三人が行く!   作:変なおっさん

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第43話

 王国から五人が帝都に来てから数日が経過した。皇帝であるジルクニフは、パラダインから受け取った報告書に目を通していくのだが予定していたのとは別の物も含まれている。

 

「この報告書を見て、お前はどう思う?」

 

 ジルクニフは、傍に控えているバジウッド・ペシュメルに報告書を手渡す。ペシュメルは、『雷光』の二つ名で知られるバハルス帝国の最強戦力である四騎士の内の一人。普段は、ジルクニフの身辺警護などを行っているが勅令が下れば困難な任務ですら成し遂げる実力者である。ジルクニフは、そんなバジウッドに意見を求めた。

 

「……陛下、これはなにかの冗談ですか? 」

 

 まだ内容の半分しか目を通していないが思わずそんな言葉が出る。

 

「それは、彼らに同行していた冒険者組合員からの報告書になる。バジウッドと同じように戦いを知る者が書いたものだ」

 

 冒険者組合から五人に同行者が付くことになったのは、最初のアンデッド討伐を終えてからだ。彼らは、幾つもの依頼を受けたわけなのだが夕方には帝都へと戻って来た。どれも内容は組合の方で選んだ物であり、そう簡単に終わるものではない。しかし、本人達はそれを終えたと主張した。その為、確認を行いながらも同行を付けてより詳しく調べる事になった。

 

「いや、それでもこれはおかしいでしょう? 一日で、アンデッドを千近く倒してますよ、これ? 確かにスケルトンやゾンビは敵じゃないですが数が尋常じゃない。それに他にもいろいろと混ざって……ってか、スケリトル・ドラゴンとかも含まれてません?」

 

 バジウッドは、呆れた態度をとりながら言葉を口にする。本来なら許されるものではないが、あくまでも護衛としての役割として必要なので礼儀などは必要としていない。そんな彼だからこそ率直な意見を聞く事も出来る。

 

「それにコレ。ココの部分ですけど、たった三人で挑んだとか書いてますよ。確かに魔法詠唱者じゃ、魔法に耐性を持つスケリトル・ドラゴンとは戦えません。戦えませんが、三人だけで数百のアンデッドとスケリトル・ドラゴンと戦うとかありえんでしょう」

 

 スケリトル・ドラゴンは、ギガントバジリスクやエルダー・リッチに並ぶ代表的なモンスターになる。魔法に対して絶対的な耐性を持っており物理攻撃でしか倒す事の出来ない凶悪なアンデッド。推奨されている冒険者のクラスは、ミスリル級になる。

 

「だが、報告にはそう書いてある。それに他にも面白い事が書いてあるな。どうやら王国の弓兵は前線で戦うものらしい。戦士二人と共に敵陣に突撃し、乱戦で戦うそうだ」

 

 自分で言っていて意味が分からない。一般的な弓兵とは、敵から距離をとることで安全な場所から一方的な攻撃をするものだ。少なくともジルクニフの常識ではそうなっている。しかし、報告書の中に居る弓兵は、二人の戦士と共にアンデッドの群れの中に突入して戦うと書いてあった。確かに相手の数が圧倒的に多い場合に限り乱戦に持ち込むことで同士討ちを誘う戦い方はある。だが、それは命ある者の話しでありアンデッドは別だ。アンデッドは、同士討ちを恐れたりはしない。

 

「打撃武器と弓を器用に使い分けて戦うそうだ。バジウッド、お前はそんな戦い方をする者を見た事があるか? まるで曲芸師のように戦う者を」

 

「いやいや、普通はないですよ。それだと弓の意味がないですからね」

 

 自分で聞いておいてなんだが当たり前だ。他に書かれている事もそうだ。報告書に書かれている事は何もかもがおかしい。それにパラダインが自分の部下に調べさせた話もそうだ。最近だとモモンとかいう戦士は、ミスリル級冒険者チームを相手に武器を使わずに倒したそうだ。別に己の肉体のみで戦う事を主とするモンクではないのに。

 

「なら別の聞き方をしよう。四騎士で、同じような事は出来るか?」

 

 重要な問題だ。

 

「陛下の御命令ならやってやらんこともありませんが、できる事なら一回限りにしてほしいですね。ココに書いてある通り、戦う時以外はずっと移動するしかないですからね。唯一休めたのが戦闘の時の僅かな時間だけとか意味が分かりませんが」

 

「各地に出没しているアンデッドと戦うためには仕方がないのだろうな。戦闘よりも移動の方に時間が掛かるのは。だが、軍でもここまでの強行軍は行わせてはいない」

 

 そもそも前提がおかしい。パラダインが用意させた複数の依頼は、あくまでも多様性に富んだものであり、それによって出方を調べるための物であった。それを全て受け、成し遂げるなどとは誰が思うのか?

 

「それで、これからどうする気だ? 内容を見るに戦士と弓兵の実力は分かるが、肝心の魔法詠唱者の情報は既に調べた内容の物しかない。爺、どうやら思惑が外れたようだな」

 

 先ほどから黙ったまま蓄えた顎鬚を静かに手で撫でるパラダインを見る。その表情を見るに心ここにあらずと言ったところだろう。

 

「そうでもありません、陛下。確かに事前に集めた情報以外の事は分かりませんが、行動を共にする以上は見合う実力があるということ。できれば、手の内を晒してほしかったのですが今すぐに会いたいぐらいですぞ」

 

 パラダインには、相手の魔力から行使できる魔法の力を見抜く事が出来るタレントがある。これにより相手の力量が推測できるのだが習得している魔法や戦術までは分からない。だからこそ会って警戒される前に調べておきたかったのだがあてが外れた。

 

「そうか。ならば、後は爺に任せるとしよう。私も興味はあるが立場として会うわけにもいかない。実力はともかくミスリル程度で会っていては他に示しがつかないからな。爺、王国に帰す前に必ず見極めろ」

 

「もちろんでございます。その為に呼んだのですから」

 

 パラダインは、気持ちを抑えられずに礼儀を忘れ、今にも駆け出しそうな勢いでその場から立ち去る。己の知識欲を満たしてくれるかもしれない者に会うために。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 冒険者が請け負わない仕事を受ける事を生業とする者をワーカー(請負人)と呼ぶ。ワーカーの多くは、組合の規則に反した冒険者や大きな見返りを求めてなる場合が多い。一見すると金にがめついならず者に思えるかもしれないが必ずしもそうとは限らない。

 

 例えば、組合の規則では不用意に魔法で人の傷を癒してはならないとある。仲間であるのなら問題はないのだがそうでない場合は注意が必要だ。一般的に人の傷を癒したり病を治すのは、神殿の預かりとなっておりその仕事を安易に奪ってはならない。神殿は、治癒の魔法を使う代わりにお布施を得て運営されている。それを無料で冒険者が行ってしまえば、神殿の経営が成り立たなくなる。お互いにそれぞれの利益を守るために必要な規則になるわけだが、中にはそれに疑問を抱く者も少なくはない。

 

 フォーサイトと呼ばれるワーカーチームは、定期的に請け負うカッツェ平野のアンデッド退治を終え、拠点としている帝都へと戻ろうとしていた。

 

「まったく、カッツェ平野で嫌ってほどアンデッドを見たってのに本当に嫌になるぜ」

 

 フォーサイトのリーダーであるヘッケラン・ターマイトは、何度目かになるアンデッドの遭遇に悪態を吐く。

 

「仕方ないわよ。今じゃ何処もかしこもアンデッドだらけなんだから」

 

 ヘッケランの恋人で、ハーフエルフのイミーナもヘッケラン程ではないが嫌気が差している。それもそのはずだろう。カッツェ平野から帝都までは歩きで数日は掛かる距離だ。その道中いつ現れるかもしれないアンデッドに常に注意を向けていないといけない状況なのだから。

 

「アルシェ。疲れてはいませんか?」

 

 フォーサイトの最年長者である神官のロバーデイク・ゴルトロンは、まだ幼い仲間へと声を掛ける。

 

「――大丈夫。心配しなくていい」

 

 若くして、第三位階の魔法を行使できる魔法詠唱者アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、手に持つ杖で身体を支えながら答える。小柄で体力がないアルシェにとっては、身体に無理を強いる距離だ。

 

「無理はするなよ。いざって時に魔法が使えないなんて勘弁してほしいからな」

 

 アルシェは、ヘッケランの言葉に頷いて答える。疲れているから戦えませんとは言えない。

 

「でも、あれだな。こんな状況なら別にカッツェ平野じゃなくてもいい気がする。その辺に居るのならそれでいいじゃねぇか」

 

「馬鹿言わないで。軍の仕事に手を出したらなに言われるか分かったもんじゃないわ」

 

「言ってみただけだろ。軍も冒険者もしない仕事をするのが俺達の仕事なんだからな」

 

 帝国では、治安維持を軍が担い、それを冒険者が補う形になっている。カッツェ平野のアンデッド退治は必要な事ではあるが人は住んでいないので優先順位はどうしても低くなる。だからこそワーカーに仕事が回ってくる。

 

「なぁ、イミーナ。周囲には何も居ないよな?」

 

 帝都までそう遠くない場所に居るのだが既に陽は沈み暗くなっている。途中の村で一晩泊まるか悩んだ結果になるのだが今の状況で夜を迎えたのは愚策だった。全ては金が悪い。

 

「居ないわよ。今はね」

 

 弓兵であるイミーナが周囲を確認する。アルシェに《ダーク・ヴィジョン》の魔法を掛けてもらい闇夜でも真昼のように見えてはいるが油断は許されない。闇は、アンデッドの領域なのだから。

 

「――ちょっと待って」

 

 なにかに気づいたイミーナの声で三人はすぐに臨戦態勢をとる。フォーサイトは、冒険者で言えばミスリル級の実力を持つ。いつでも戦闘に移れるだけの場数は踏んでいる。

 

「どうした? なにか居たか?」

 

 ヘッケランは、抜いた剣を構えながら背中越しに訊ねる。

 

「今、あっちの方からなにか音が聞こえた気がする」

 

 イミーナの指差した方は、帝都へ向かう道から少し外れた方向。森とまでは言わないが木々が邪魔をして先まで見えない。

 

「あの向こう側でなにかあるのか?」

 

「たぶんね。なんだか戦っている気がする」

 

 他の三人は、確かめようと耳を傾けるがなにも聞こえない。どうやら距離があるらしくイミーナにしか聞こえないようだ。

 

「少し様子をみるか。関わりたくはないがこのままだと後ろをとられる可能性がある。俺とイミーナが先に行く。ロバーデイクとアルシェは後から付いて来い」

 

 四人は、木々に隠れる為に森へと向かう。アンデッドは、生命探知を行う為に隠れても無駄ではあるがそうでない場合もある。相手の姿を確認できない内は警戒し過ぎて悪いことはない。

 

「……この先。この先で戦ってる」

 

 イミーナはそう口にするが、言われるまでもなく他の三人も理解し始める。森を進むと聞こえる音。そして――揺れる地面。

 

「これって、大物だよな」

 

 ヘッケランの言葉に不安の色が濃くなる。大きなモノが地面に倒れる音を伴い僅かに地面を揺らしている。そう考えるのが普通であろう。

 

「どうする引き返すか? これ以上は進みたくないんだが」

 

 それは、他の者も同じだ。だが、だからこそ確認しておかないと不安が残るのも事実。ここまで来たら確認するしかない。

 

「いつでも動けるようにしておけよ。危険だと判断したらすぐに逃げるからな。いいな?」

 

 目と目を合わせ仲間を確認してから前に踏み出す。傍に信頼できる者が居なければ挫けてしまいそうに――見えた。見えてしまった。あと少しで森から抜け出そうなところでそれらは居た。

 

「――隠れろ」

 

 戦うでもなく逃げるでもなくヘッケランはそう指示する。

 

「ねぇ、アレってなに? アレってスケリトル・ドラゴンよね? なんで二体も居るの?」

 

 四人は、限界まで隠れながらそこに居る巨大な骨の竜の姿を見る。魔法に絶対的な耐性を持つ危険なアンデッド。アンデッドが自然発生するカッツェ平野でも滅多に見かけない危険なモンスターが二体もそこに居る。

 

「他にも居ますね。スケルトン。ゾンビ。他にも居ますが上位種も少し混ざっています」

 

 骨の色が赤いレッド・スケルトン・ウォリアー。ガリガリに痩せている死肉を貪るグール。下級の吸血鬼であるレッサー・ヴァンパイアなどがスケリトル・ドラゴンの周囲を埋め尽くしている。

 

「おい、あれって人だよな? 戦ってるのかあの中で?」

 

 よく見るとアンデッドの群れの中で動く何かが周囲のアンデッドと戦っている光景が見える。数にして三人。そのたった三人があれだけのアンデッド相手に奮闘している――いや、奮闘ではすまない。その三人に対して、スケリトル・ドラゴンが巨大な腕を振り下ろし圧死させようとするわけだがそれを逆に巨大な剣で弾き返している姿がある。すると、まさかの力負けをしたスケリトル・ドラゴンが体勢を崩し、先ほどから聞こえていた音と揺れを再現してくれる。

 

「化け物の中に化け物が居るのかよ? 意味わかんねぇ」

 

「ねぇ、あそこにも人が居ない?」

 

 イミーナが指さす方を見ると、馬の上から魔法を放つ者の姿を見つける。その者の周りには、乗っていたと思われる馬が居るようで手綱を持って守っているようだ。ただ少し数が合わない。戦場に居るのが三人になるのだが空いている馬の数は四頭。一人足りない。

 

「殺されたか」

 

 これだけの数を相手にしたのだ。死んでも仕方がない。

 

「――みんな……あそこを見て」

 

 アルシェが言葉を口にする。口にするのだが……その言葉はどこか絞り出したかのように苦しいものに聞こえる。

 

「どうかしたのか、アルシェ?」

 

 思わずアルシェの方を見る。

 

「――ば、化け物が居る」

 

 アルシェの顔は引きつり、カタカタと震えながら空を――アンデッドの群れで見る事の無かった場所を指差す。

 

「……おいおい、もしかしてアレが噂のズーラーノーンってヤツか?」

 

 ヘッケランの言葉に他の者達も同意する。空に浮かぶその者は、多くの悪魔を従えながら戦場を見下ろしている。その容姿から魔法詠唱者だということは分かるのだがどこか不気味な雰囲気をまとっている。

 

「――気をつけて。第四位階を使う。それも普通じゃない。私は、第四位階の魔法を使える人達を知ってる。でも、あそこに居るのは異常。異常なまでに魔力量が多い」

 

 アルシェには、彼女の師匠と同じタレントがある。『看破の魔眼』とも言えるその力は、相手の魔力から使える位階魔法を知る事が出来るのだが、その過程で知る事の出来る魔力量がアルシェの知る第四位階の使い手達よりも多く見える。それもただ多いだけではなく深いのだ。底が見えない。まるで夜よりも深い闇を更に濃くしたような程に今のアルシェでは理解できない深さ。それは、その者の才能を意味する。限界が分からない。こんな深さは、師匠であるかの偉大な魔法詠唱者であるパラダ――アルシェの思考を一つの叫びが途切れさせる。

 

「――敵よ!」

 

 イミーナの叫びで現実に引き戻されたアルシェの目に悪魔の姿が見える。それは、あの化け物の周囲に居た者と同じ。悪魔の正体は、インプ。イタズラ好きの力の弱い悪魔ではあるが背筋が凍るほどの恐怖を覚える。別にインプ相手にそう感じたわけではない。アルシェの脳裏には、このインプが『使役された者』ではないかと浮かんだからだ。アルシェは、それを確かめる為にゆっくりと恐怖と戦いながら化け物の方を見――目が合った。化け物が使役していたインプにより気づきこちらを見ている。

 

「――に、逃げる……」

 

 不気味な仮面。悪魔の姿。それは、ジッとこちらを見ている。凶悪な底の見えない悪魔がこちらを見ている。

 

「撤退だ! 全力で逃げるぞ!」

 

 インプを一太刀で切り倒したヘッケランの言葉に従い一斉に元来た道を戻る。スケリトル・ドラゴンを二体に加え大量のアンデッドを従える化け物。戦っている者達も同様の化け物だろうが今は静観しているからこそ戦えているだけかもしれない。既に仲間の一人の姿がない。奮闘していると思ったがもしかしたら違うのかもしれない。

 

 フォーサイトの四人は、振り返ることなく逃げる。逃げて逃げて、走れなくなるまで逃げたところで後を追って来ないことに気づき力無くその場に倒れ込む。

 

「聞いてはいたけどよ、あんなのがズーラーノーンには少なくとも二人は居るのか?」

 

 帝都にアンデッドの大群を引き連れたズーラーノーンの高弟であるエルダー・リッチが宣戦布告したことはまだ記憶に新しい。フォーサイトの四人はその姿を見てはいないが仮面などはしておらず、よく知るエルダー・リッチの姿だったと聞く。既に姿を晒している者が仮面で顔を隠す事はしないだろうと考えると、仮面の化け物は別人となる。

 

「とにかく今日は此処で朝を迎える。まったく、これなら宿代をケチるんじゃなかった」

 

 四人は、身を寄り添いながら生命の象徴である太陽が空に昇るのを神に祈りながら待つ。あの化け物がこちらに来ない事を祈りながら。

 


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