魔法の弓を手に入れた三人は、エ・ランテルに戻るとモモンとナーベと合流し、アンデッドの討伐に精を出していた。もっともペロロンのレベリングを重点的に行いたいので主に戦っているのはペロロン一人だけだ。
「常時発動型の《最適化》は最高ですね! 今まで以上に楽ですよ!」
パッシブスキルである最適化は、行動に補正が付く。既に習得済みの《速射》に《狙い撃ち》と《連射》を組み合わせて普段は行っている訳だが、これらの一連の流れを無駄なく行える。時間にすれば一秒にも満たないものではあるが本人の技術と合わせると一手増える事になる。他にも《狙撃》のスキルの習得により遠距離の敵に対しても補正が付いた。
「ペロロンさん。新しい矢です」
「どうもです」
ペロロンは鼻歌交じりで空になった矢筒を外し、代わりにたっちから受け取った新しい矢筒を装着する。これで取り替えた矢筒は、五つ目になる。
「単純だと楽で良いですよね」
最近では、スケルトンやゾンビ以外にもスケルトン・ライダーやレッサー・ヴァンパイアなどが混ざるようになってきた。それでも純ミスリル製の魔法の弓を手に入れたペロロンによる遠距離からの一方的な攻撃に成すすべもなく倒れていく。魔法の弓により火属性の力を得た鋼鉄製の矢は、スケルトンやゾンビ程度の弱いアンデッドなら一撃で葬るだけの威力がある。
「ペロロンさんの腕があってこそだと思いますよ」
連射により手元は忙しく動く。ほぼ同時に三本の矢を放ち、その上で頭部を狙って射貫けるのはペロロン自身の腕によるものだ。スキルは、あくまでも補正でしかない。
「たっちさん、スケルトン・ライダーが来ます」
「任せて下さい」
スケルトン・ライダーがペロロン目掛けてランスを突き出しながら迫って来る。それを間に割って入るようにして、たっちが盾をスケルトン・ライダーに向けて身構える。勢いの乗ったランスの一撃が迫りくるがそれを逸らすようにして盾で弾き飛ばし、《スパイクアタック》によって逆に骨の馬に盾で迎撃する。すると、まるで巨石にでも衝突したかのように骨の馬は盾に触れた部分から砕け亡骸を撒き散らす。
「痛そうだな」
そんな二人の様子をキャンプ地から一部始終見ていたウルベルトに召喚されていたインプ達は、命じられていた通りに行動をしていく。彼らの手には、打ち漏らしを処理するためのクラブが握られており、ケラケラと不気味な笑みを浮かべながら地面でもがく者達を叩き潰していく。
役割を分担しながらレベリングを行っている訳だが最近は少し物足りなくなってきた。ユグドラシルの時と同じようにレベル90までは簡単にレベルが上がると予想しているのだが流石に敵が弱過ぎる。数が居るのでいずれは成長する事になるが時間が掛かる。だからと言って、まともな装備が揃わない現状では対処できる敵も限られる。
「すいませんね、ウチの鍛錬に付き合ってもらっちゃいまして。お礼にとびきり美味いのを作りますから待っていてください」
三人の中で唯一料理のスキルを持つウルベルトは戦いの補助をインプ達に任せて料理を行っている。今日は、トマトソースの瓶詰めと出来立てのパンが手に入ったので、ピザパンとトマトスープを作る予定だ。モモンとナーベを加えた過剰な戦力は、アンデッド討伐をピクニックへと変えている。おかげで戦いながらでも普通に昼ご飯を作れるぐらいの余裕が持てる。
「ウルベルトさんは、料理がお好きなのですか?」
火を囲んで向かい合うナーベに聞かれ考え込む。
「今は好きかな? 前は、食えればいいやぐらいだったけど自分で作るようになってからは少し拘ってるかな。人気のパン屋のフワフワなパンに酸味がほどよいトマトソースを掛けて山羊のチーズを乗っける。最後にベーコンを乗っけて焼いてやればウルベルト特製のピザパンの完成! 残りのトマトソースは、先に茹でといた野菜を加えてスープにすればもう一品だ」
ウルベルトは、密かに料理スキルのレベルをⅠからⅡに上げている。初めは仕方なくやっていたが、今では素材にも拘るぐらいにハマっている。
「あと少しで出来るけどモモンさんはどうする?」
モモンは、キャンプ地を挟んだ反対側の小岩に腰掛けながら背を向けるようにして見張りをしている。
「誘ってはみますが、おそらくモモンさんは断られると思います」
五人で行動するようになってから分かったことがある。モモンには、宗教上の理由で戦いで命を奪った日は食事を他の者と共にできないという制約がある。ただ、それとは別に一緒に食事をとらない理由があった。
「モモンさんは、過去の出来事を忘れる事ができません。食事をしている時に奇襲を受けた事を」
モモンが語った昔話。一時的にとはいえ共に行動していた者達がモンスターの奇襲により全滅。未熟故に見張りが必要ないと判断して警戒を緩めたせいで奇襲に対応できなかったと今でも後悔しているとモモンは語った。もしかしたらその時の事が影響して珍しい戒律へと繋がっているのかもしれない。
「まぁ、無理強いはしないけどさ。はい、コレ。モモンさんの分」
綺麗な布に出来立てのピザパンを乗せてナーベに渡す。
「スープは、もう少し掛かるから先に持って行ってあげて」
「ありがとうございます。それでは、モモンさんの下へと持って行きます」
ナーベは、準備していた紅茶の入ったコップを一緒に持って見張りをしているモモンの下へと向かう。そんな様子をウルベルトは、他の分を用意しながら見ている。こちらを向いていないので顔は見えないがヘルムを脱ぎ、ナーベから受け取ったピザパンをモモンは食べている。髪は、ナーベと同じ黒。話によると、スレイン法国より南にある国の者達の特徴らしい。モモンとナーベは、あまり過去を語らないが最近ではそちらの出身なのではないかと噂されている。
「お腹ペコペコですね」
「お疲れ様です、ペロロンさん」
どうやらアンデッドの討伐が終わったようだ。モンスターの質が低く数も百程度ならこんなものだろう。
「あと少しで二人の分もできるから」
調理中のピザパンの前に紅茶を沸かしていた手鍋から二人の分の飲み物を準備する。
「今日もモモンさんは一人ですか」
「ナーベさんも傍に居ますけどね」
ナーベは、モモンが食事をしている時は片時も傍を離れない。食事をしているモモンの代わりに警戒をしているのだろうが、傍から見ると恋人にしか見えない。
「本当に恋人じゃないんですかね?」
「どうでしょうか? 本人達は違うと言っていますからね」
「別にどっちでもいいだろ。ほら、二人の分も出来たぞ」
二人の分も綺麗な布に乗せて手渡す。
「そう言えば聞きました? モモンさん達とクラルグラの一件」
「あぁ、聞いた聞いた。イグヴァルジさんとこが喧嘩売ったって話だろ?」
これは、三人が王都に行っていた頃の話だ。エ・ランテルの冒険者組合に所属するミスリル級の冒険者チームは四つある。イグヴァルが代表の『クラルグラ』。ベロテが代表の『天狼』。モックナックが代表の『虹』。そして、チーム名は正式には無いが、漆黒の戦士であるモモンが代表であるために『漆黒』と呼ばれるモモンとナーベの冒険者チーム。彼らは、ズーラーノーンの対応を話し合うために冒険者組合に呼ばれたのだがそこで騒動が起きた。
「アインザック組合長。私は、どうも納得がいかない。いや、私だけじゃない。他の二人も本心ではそうだ。確かに最近ご活躍のようだが本当にそこに居るモモン達はミスリル級に相応しいのか? 聞いたところによるとたっちとの戦いだけで判断したそうじゃないですか?」
モモン達の昇進は異例中の異例。エ・ランテルの冒険者組合長であるプルトン・アインザックの独断に近い形で判断されたもの。苦労しながら実績を積み重ねていった者達から不満があっても無理はない。
「不満は分かる。だが、君達も見れば納得したはずだ」
モモンとたっちの戦いは、今では街の語り草になっている。腕を斬り落とされても闘争心は衰えず、むしろ一矢報いようと剣を振るった英雄候補と呼ばれるたっち。それを圧倒する形で倒した英雄の領域に踏み込むモモン。あの戦いを見さえすれば、アインザックの判断に異を唱える者は居ない程だが、見ていなければ尾ひれが付いた夢物語のようなものだ。
「見れば、の話でしょう? そもそもたっちは、ゴールド級の冒険者だった。私達ミスリル級の冒険者とは違う。実績に関しても疑問の余地はある。数百規模のアンデッドを二人だけで倒したというが雑魚ばかりなら難しくはない。ギガントバジリスクに関しても第三位階の魔法と石化に耐性のあるマジックアイテムがあれば話は別だ」
イグヴァルの意見には穴がある。だが、それを埋めるには抱く不満が大き過ぎる。
「ならどうすれば納得するのかね? 戦ってみれば納得でもするのか?」
イグヴァルの口角が釣りあがる。欲しい言葉が出たからだ。
「機会をくれれば是非。私が本物のミスリル級の冒険者がどんなものか教えてあげますよ。ついでに、そこのお嬢さんに誰に付いて行けばいいかもね」
イグヴァルの視線にナーベは不快感を表す。キッと睨み返すが力を隠匿している状態では効果が薄い。
「抑えろ、ナーベ」
「申し訳ありません、モモンさん」
念の為に言葉を掛けておく。ナーベは、未だにたっち達以外の人間相手だと感情に素直になりやすい。
「私は、彼の提案に賛成です。わだかまりがあると今後に響きます。あぁ、それと私は一人だけでいいので文句のある方は御一緒にどうぞ。なんなら皆さん全員でもかまいませんよ」
「――ふっ、ふざけるなよっ!」
モモンの言葉に思わず感情が表に出る。これには静観を決め込んでいた他の者達も黙ってはいない。モモンに対しての不満が次々に言葉として出る。
「いいか、よく聞け! 本当ならたっち達も俺達は気に食わないんだ! だがな、あいつらは王都の冒険者で蒼の薔薇が後ろに居る! だから見逃してきたがお前達は違う! 誰が上か教えてやる!」
「どちらが上ですか。そうですね、いい機会です。アインザック組合長殿。少しばかりお時間を頂きます。なに、すぐに終わりますよ」
「……彼らも大事な戦力だ。ほどほどにしてくれ」
アインザックの態度に更に不満は強くなる。だが、そう言う以外に術はない。彼らは見ていないから強く出られるのだ。モモンの力は、既に英雄の領域に踏み込んでいる。それを知らないからこそ敵意を剝き出しにできる。
「――聞いた話だと、モモンさんは剣を使わずに戦ったらしいですよ。密かに街の外でやったから目撃者は少ないですけど、イグヴァルさんの鎧が凹むぐらいのものだったらしいです。そのせいか他のところは畏縮しちゃって結局クラルグラだけがボコボコにされたって話ですよ」
「クラルグラの奴らも可哀想だよな。剣を使わなかったのにボロ負けとか。俺でも姿を隠すわ」
この話は、三人がエ・ランテルに戻って来た頃には街中に広まっており、クラルグラはひっそりと暮らしているそうだ。噂だと近々帝国に拠点を移すかもしれないらしい。
「でも、これでレートは変わるだろうな。剣を使わずにミスリル級冒険者チームを相手にできるんだから」
「まだ期間はありますけど勝つ自信あります? 俺とウルベルトさんは、内容に関係なくたっちさんに賭ける予定なんですからね?」
王都での決闘の話をモモンは了承している。これで、王国最強の戦士が決まる事になる。
「正直に言うと今は勝てないと思います。ですが、必ず勝ってみせますよ」
普段と変わらない口調だが、確かな意思がそこにはある。
「だったら少し遠出でもするか? 今の装備だと不安もあるしな。たっちさんに全財産賭ける予定だから勝ってもらわらないと困る。ここは、帝都に行って強化を図るべきだと思う」
「いいかもしれませんね。どうせいつかは行かないといけないですからね。五人で活動しているおかげでエ・ランテル周辺は綺麗なもんです。通常の依頼料の倍は出してくれるって話しですし、帝都は品物も充実してるって聞きます。行くなら丁度いいんじゃないですか?」
帝国の冒険者組合からの催促は今も続いている。話によると、依頼料は通常の倍。他にも泊まる場所や馬なども用意してくれるそうだ。
「そうですね。半月ほど時間を頂いて行ってみましょう」
「じゃあ、決まりって事で。後で、モモンさん達に話していつ行くか決めるとするか」
帝国の重鎮とも言われるフールーダ・パラダインが背後に居るのが気にはなるが、三人は帝都に行く事に決めた。賭けで一儲けするためにも実りのある時間を過ごしたい。