王都の屋敷にて、セバスは来客の対応をしていた。
「お忙しい中御出で頂きありがとうございます」
「いえいえ、アインズ様の御命令ですからお気になさらず」
「そうですよ、セバス。アインズ様が御認めになり、許されたのですからいつまでも引きずっていてはそれこそ失礼と言うものです」
セバスの前には、今回の件の対処をアインズから一任されたパンドラと手伝いとして来たデミウルゴスが座っていた。
「それよりも幾つかお聞きしてもよろしいでしょうか? パンドラから話を聞きましたが改めて確認をしておきたいのですが?」
デミウルゴスがセバスの件を聞いたのは、ソリュシャンからパンドラに連絡があってすぐの事だ。だが、デミウルゴスは別の件で忙しく、次の日である今日に至るまでの情報を此処に来る前にパンドラから簡単に聞いただけだ。
「それでは、僭越ながら私が場を取り仕切らせて頂きます。アインズ様からこの件を一任された私は、デミウルゴス様に連絡を入れさせて頂いた後にペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ殿を人間の治療のために派遣させて頂きました」
ペストーニャは、ナザリック地下大墳墓のメイド長であり高位の神官でもある。ソリュシャンには、回復用のスクロールと呼ばれる一回限りのアイテムを持たせてはいるが、現時点では安定したスクロールの供給が出来ない状況にある。その為に使用の許可は下りず、代わりにペストーニャが派遣される事となった。
「その後からは、私からお話させて頂きます。ペストーニャの魔法により無事にツアレニーニャ・ベイロンは傷が癒え助かりました」
「それが人間の名前なのかい?」
セバスは、頷く。
「ペストーニャの話では、後遺症があり上手くまだ言葉などは話せないのですが聞きとれた限りではそのようです。今は、パンドラ様から言われた通りにペストーニャとソリュシャンによりメイドとして使えるように練習をさせています」
「そこが少し気になる。パンドラ、どうしてそのような事をアインズ様は命じられたのかな? それは、パンドラとアインズ様が二人だけで行っている事に関係があるのだろうか?」
デミウルゴスは、注意をパンドラへと移す。デミウルゴスとパンドラの付き合いは短い。パンドラは、最近まで宝物殿の中に居たために存在を正確に知っていたのはアインズだけだ。外での活動を行っているデミウルゴスにとっては、パンドラはあまりにも未知の部分が多い。
「一度、セバス殿の付き添いで私もお話させて頂きました。するとどうでしょう? か弱き人間の身体を奮い立たせ、恐怖に怯えながらもセバス殿の行った行為を咎めないでほしいと懇願されました。涙を流しながらも、私のこの目を見ながら真っ直ぐに言葉を口にした姿は……今まで手に入れた人間とは違うと判断致しました」
パンドラは、ドッペルゲンガーの姿のまま力を隠匿せずにツアレに会った。普段、力を隠匿するアイテムの効果によりセバス達は人として活動が出来ている。しかし、本来の姿は王国を一日足らずで滅ぼす事が出来る化け物。パンドラは、それを包み隠さずにした状態でツアレと会いこう言った。「貴女を助けたことにより、セバス・チャンは殺される事となりました」、と。
「なるほど、それは興味深いね。アインズ様から貸し与えて頂いた人間達にも見習ってもらいたい限りだよ。少し教育を施し、その身をもって私の仕事を手伝ってもらったらすぐに音を上げてしまったからね。いろいろと苦労したよ」
デミウルゴスは、その時を思い出したからか笑みを零す。それに対して、セバスは表情を曇らす。デミウルゴスがなにをしているかは知らなくても、なにをするかは予想が出来る。他人の不幸を喜びとする悪魔の笑みは、生者にとってはなによりも恐ろしい。
「そこで、セバス殿の命を助ける代わりとして条件を提示しました。内容は、メイドとしてセバス殿達の活動の手伝いをすること。セバス殿は、最後まで責任をとる必要がありますし、人が居ることで活動もしやすくなることでしょう」
「確かにそうだね。この規模の屋敷を持つ者が、使用人を一人だけしか雇っていないのは少々怪しいところがある。全てを知った上で自ら行うと決めたのなら裏切る可能性も少ない。これで、セバスに好意の一つでももってもらえさえすれば良い人形になるんだけどね」
「なるほどなるほど。それは、面白そうですね」
当の本人を置いて、デミウルゴスとパンドラはそれぞれの思惑で笑みを零す。
「さて、もう聞きたいことはこれで十分です。今回の私の任務は、少々厄介でしてね。手に入れた人間だけで行えと言うのがアインズ様と相談されたパンドラからの条件ですので時間が惜しいですから」
「できそうですか?」
「そうですね。不安が無いと言えば嘘になります。一応、見張りは付けておきますが少なくとも裏切ることはないと思います。むしろそれだけの物があるのならばもう少し楽しめたのですが、残念です。それでは、私はこれで失礼させて頂きます」
デミウルゴスは、二人に別れの挨拶をすると任務へ移る。
「セバス殿。今回の件は、直接関わった者以外には『アインズ様の御命令』で人間を確保したとお伝えします。アインズ様は、今回の件は自分に責任があるとお考えでおられます」
「悪いのは私です! アインズ様には何一つ――」
パンドラは、人差し指を口の前に持って来る。それ以上は言わないようにと。
「アインズ様は、私達の心の内まで見抜いておいでです。この場所は、セバス殿にとっては心を揺さぶられる事と思います。奇しくも同じ名前を持ち、その人柄も酷似している。感化され、たっち・みー様に対して思いが強くなるのも仕方がないこと。アインズ様は、そう思われたからこそ今回の件を許されたのです」
返す言葉もない。冒険者たっちの話を聞く度にたっち・みーの姿を思い出していた。
「セバス殿。貴方の中では、未だにたっち・みー様が強く残っておられるのですね?」
答えるまでもなく見抜かれているのだろう。
「……はい。未だにたっち・みー様をお慕い申しております」
「私達を見捨てたかもしれないのに?」
「例え、見捨てられたとしても私がたっち・みー様の御手により創られた事は変わりません」
「そうですか」
セバスの言葉を聞いたパンドラは、ジッとセバスの事を見る。球体に二つの穴が空いたような目を持つパンドラの表情はセバスには読めない。
「仮の話なのですが、アインズ様とたっち・みー様。どちらかを選ぶとしたらどうしますか?」
選べるわけがない。どちらも神のような存在。選べるわけが……
「私は、アインズ様を選びます」
悩むセバスとは違い、パンドラは呆気なくそう答える。
「私は、正直に言ってしまえば他の御方に関しては、アインズ様程にお慕いしてはおりません。アインズ様が命じれば、たっち・みー様を殺す事に躊躇いなどはありませんよ」
パンドラの言葉に湧き上がる感情がある。
「……たっち・みー様を殺す?」
「はい。そう申しました。躊躇いもなく、この手で――」
その言葉を聞いた時には手が出ていた。
「……これは?」
二人の間に在った調度品であるテーブルを踏み壊し、パンドラの軍服の胸倉を強く掴んでいる。
「訂正してくれませんか?」
「なにを、です?」
「たっち・みー様を殺すと言った事です」
普段の温厚な紳士であるセバスが見せる事のない表情をパンドラへと向ける。次に発する言葉次第では殺しかねない。
「……合格です。セバス殿になら話してもいいかもしれません」
「合格?」
「そうです。これからセバス殿に一つお話があります。これは、アインズ様と話して決めた事です。私には、それをセバス殿に話す役割があります。その後でよければ殴るなり、殺すなりお好きになさってください」
アインズの名前が出た事により冷静さを取り戻していく。
「――どうかなさいましたか!?」
部屋の扉が勢いよく開き、ソリュシャンが慌てた様子でそこに居る。今の音でなにかあったと思ったのだろう。
「これは、失礼。ついつい話が盛り上がってしまい騒いでしまいましたね。なにもありませんのでご心配なさらず。そうですよね、セバス殿?」
「……その通りです」
セバスは、ゆっくりとパンドラから手を放し離れる。
「そうですか。お二人がそう仰るのなら私からは何も」
ソリュシャンは、疑いながらもその場から去る。間違いなくアインズに報告をすることだろう。
「申し訳ありません。失礼な事をしてしまいました」
セバスは、深々と頭を下げる。
「かまいませんよ。挑発するように言ったこちらに原因がありますので。ですが、今回の件と合わせて合格です」
「……パンドラ様。先ほどから申している合格とは何の事なのでしょうか?」
「立ち話もなんですから座りましょう」
パンドラに促され二人は座る。座るのだが、パンドラは先に席に着いたセバスの隣へと腰掛ける。
「これから話す事は、私とアインズ様しか知らない事です。他言した場合は、殺すことになりますのでお忘れなく」
そう口にする言葉は、ツアレに行われた試験ではなく殺意が込められた本物の死の宣告。パンドラは、明確な敵意を持ってセバスへと口にする。
「勿論、アインズ様からの許可は得ておりますので御安心ください」
アインズが許可を出したのならその時は抵抗などはせずに受け入れる。それが、アインズを主として仕える者としての在り方だろう。
「他言する気はございません」
「いい返事です。まぁ、話を聞けばしないと判断したからなんですが。セバス殿は、この世界に居る冒険者たっちが気になって仕方がない御様子。そこで、アインズ様の御言葉として本物かどうかを御伝えします。そうすれば、セバス殿の中にあるわだかまりも無くなると思います」
「そのようなことでいいのですか?」
アインズの言葉なら形として納得は出来る。むしろそうしてもらえた方がありがたい。
「そのような事とはいけませんね。アインズ様の御言葉を聞いて行われた行動は、アインズ様に僅かばかりとは言え責任が生まれます。それ故に行った行動によっては死をもって償うのが仕える者としての務めではないでしょうか?」
「確かにそうですね。私は、既に一度自らの判断で勝手な行動をとってしまいました。次に何かあった時は、どのような処分でも甘んじて御受けします」
「結構。それでは、アインズ様の御言葉として御受け取り下さい。冒険者たっちは、間違いなくたっち・みー様になります」
……今、パンドラはなんと言った?
「他の御二方もそうです。ウルベルト・アレイン・オードル様。ペロロンチーノ様になります」
「……それは、真なのでしょうか?」
「アインズ様の御言葉として、と申したと思いますが疑いになられるのですか?」
「い、いえ……そんなことは……で、ですがそれだと――」
本物という事になってしまう。
「少し事情が込み入っています。その為にこの話は、アインズ様と私だけしか知りません」
「それでは、何故私にこの話をしたのですか?」
「そこなんですよ! セバス殿は、人間をどう思いますか? 殺したいですか? 食べたいですか? 玩具として遊びたいですか?」
「いえ、そのような事は特には思いませんが」
「それが今は必要なのです! 後で、実際に御三方を私と共に見に行きますがその意味がよく分かると思います。今の御三方は、生まれ変わり人間へとなられたのです。転生のアイテムなどで行う種族を変えるものではなく、もっと根源的な転生。その為か、記憶などはありますがアインズ様に感じるような繋がりはないのです」
パンドラの言葉がよく理解できない。至高の存在である御方々がこの世界に居た。それだけの話ではないのだろうか?
「詳しいことは、またの機会としましょう。百聞は一見に如かずとも申します。それでは、共に会いに行きましょう」
パンドラは、姿を人間のものに変えると変装を施し、セバスを連れて目的の場所へと移動する。
「気持ち悪い……吐きそう……」
「俺も……」
「飲み過ぎですよ」
たっちは、昼過ぎまで飲んでいたペロロンとウルベルトに肩を貸して宿へ戻っている。弓騎兵を倒した祝宴は、ストロノーフ達が帰った後も行われた。
「ウルベルトさん……魔法を……」
「もう空っぽだよ。何度も気持ち悪くなっては使ってたから残ってねぇ……うぅ……気持ちわる……」
ウルベルトとたっちからも金を借りて行われたデスマーチ。酔って潰れようにもウルベルトによって回復させられ全員が最後まで参加をする事となった。
「今日は、このまま休みましょう。明日は、朝一番でエ・ランテルに戻りますから。いいですね?」
「耳元で騒がないでくださいよ……」
「わかったから、静かにしてくれよぉ……」
たっちによって、宿へと二人が運ばれている姿を見つからないようにパンドラとセバスは見ていた。
「どうですか? たっち・みー様だと確証がありますか?」
「……いえ、分かりません」
パンドラの言っていた意味が少しだけ分かった気がした。姿は変わってもその声や仕草は記憶にあるたっち・みーそのものに思える。だが、アインズに感じる繋がりのようなものはない。
「繋がりは、アインズ・ウール・ゴウンに所属する者だけが持つものです。ですが、至高の御方であるアインズ様の場合でいえば、私達のとは違い繋がりの光のようなものは一際大きくあります。仮に御三方がお戻りになられ所属しなおしたとして……どちらになると思いますか? アインズ様と同じか? それとも私達と同じか?」
セバスに分かるわけがない。話からするにアインズですら分からないのだろう。
「確たる証拠をお持ちなのは、アインズ様だけ。命じられれば、異を唱える者は居ないでしょうがそれではいけません。些細な事が不和をもたらす事もあります。なにもかもがアインズ様と同じになれるという保証がない以上は安全を確保してからでないとお迎えすることは出来ない。そう、アインズ様は御判断なされました」
「私は、なにをすればよろしいのでしょうか?」
「セバス殿には、後で私と共にアインズ様と御会いになって頂きます。その時にまだ話していない事や今後の事について御話しします」
♢♢♢♢♢♢
パンドラと共にセバスは、人払いが済まされたアインズが居る執務室へとやって来た。
「形式的なものはいらない。早速、本題へと入ろうか」
アインズは、この場所から一部始終を遠隔視の鏡によって全て見ていた。二人が行動する上で安全を確保する意味もあったが自分の目でセバスの様子を確かめたかった。
「私の口から改めて言おう。あの三人は、本物で間違いない。私は、人として在る三人と会った事があるからな。ちなみに、先ほどのパンドラが模した人の姿は私になる」
セバスは、同じように並んでアインズの前に立つパンドラの方を見る。すると、改めてパンドラは人間の姿へと変わる。
「この姿は、アインズ様の人として在る時のものだそうです。今回は特別に私がその高貴なる御姿をお借りしております」
パンドラは、敬意を表すためにアインズに首を垂れる。
「パンドラ。気持ちは嬉しいがその姿ではやるな。自分にそんな事をやられるのは気味が悪い」
「申し訳ありません。以後、気をつけます」
パンドラは、姿勢を正し本来の姿へと戻る。
「さて本題なのだが、たっちさんに対してセバスは未だに忠誠心があるとこちらは判断した。先ほどのパンドラへの行為を見せてもらったがよかったぞ」
「お恥ずかしいところをお見せ致しました」
「そう言うな。人間を助けた事からもセバスが人に対して悪意を持っていない事も分かった。私としては、三人の安全を確保するためにも協力をしてもらいたい」
「何なりとお申し付けください。全身全霊を捧げます」
セバスの言葉には、今まで以上の決意が感じられる。アインズだけではなく、たっち・みーの事があるからだろう。
「結構。それでは、セバスには手に入れた人間をペストーニャとソリュシャンと共にメイドとして一人前に育ててもらう。その後、折を見て誰かをそちらに送る。ナザリックの者達は、人に対してあまりにも対応が悪い。そのように創ったのは私達だが今回ばかりはそうも言っていられない。私には分からないがパンドラが言うには、私と三人では受ける印象が違うらしい。それが単にギルドに所属しているかの有無だけなのかが分からない以上は慎重に行動したい」
「アインズ様の御心のままに」
「では、詳しいことはまた話すとしよう。いきなりで頭の中も混乱していると思うからな。それと、他にもやってもらう事がある。今、ナザリックでは連携の大切さを学ばせている。セバスもそれに参加してもらう。既に他の者達は、アルベドの下で行っている。パンドラ、歩きながらでかまわないから説明してやれ」
「畏まりました。それでは、セバス殿こちらに」
セバスは、パンドラに連れられ部屋から出て行く。
「パンドラに言われ、セバスを協力者にしてみたが悪くは無かったな」
対応を任せたパンドラからセバスを協力者へと招くかどうかを相談された時はどうしようかと思った。ただ、パンドラの言うアインズと三人との印象の違いというものがよく分からなかった。そこでセバスで三人を見た時の反応を試したのだが、見ていた限りセバスもどうやら素直に受け入れられないぐらいの差はあるらしい。
「やはり、人に対してもう少し対応がよくなってからでないとダメだな」
今回の件で、迎え入れるのは時期尚早であると再確認できた。せめて、至高の存在として思えなくても最低限の安全を確保できるぐらいの関係を築きたい。
「さて、どうするか……」
今も遠見の鏡は三人を映している。そこに加わりたいと願う事しか今はできないが、必ずもう一度そこに加わってみせる。その為にもできる事を考え一つずつ確実に成し遂げて行く必要がある。