三人は、王都からエ・ランテルへ徒歩で向かう事にした。もっとも馬を借りるお金もないだけなのだが。移動手段である馬は、意外と値が張るのだ。
「ウルベルトさん。そんなに落ち込まないでください」
「そうですよー。頑張って下さいって言われただけマシじゃないですか? 俺なんて、イビルアイちゃんに会えなかったんですから」
たっちとペロロンは、気落ちしながら歩くウルベルトを励ます。こんな状態じゃまともに歩けないと思い、ウルベルトの荷物は二人で交代しながら持っている。
「変な奴だって思われた……嫌われた……」
二人の協力を得た昨夜の戦いは惨敗した。
「ウルベルトさんは、こう見えても料理が上手なんですよ?」
「そうなんですか。どのようなお料理を作られるのですか?」
「パ、パンに合う物とか、です……」
「パンにですか?」
「はい……」
弾む事の無い会話。他にも。
「最近、新しい魔法を覚えたんですよね、ウルベルトさん?」
「ファイヤーボールを覚えました……」
「第三位階の魔法ですよね? 凄いです、ウルベルトさん! 魔法を使える人にとっては、誇れるものですよ」
「そ、そうですか?」
「才能のある方でも覚えるまでには時間が掛かりますから」
ラキュースは、ウルベルトに微笑みかける。ラキュースも才能はあるが、努力をして今の力を得た。その事を知っているラキュースは、ウルベルトの努力を素直に心から称えている。
「ラキュースさんにそう言ってもらえると嬉しいです。すっごく嬉しいです」
「頑張ったかいがありましたね、ウルベルトさん」
「うんうん、よかったよかった」
「俺、今めちゃくちゃ嬉しい」
好きな人に褒められた事も嬉しい。努力を認められたのも嬉しい。これ以上ないほどに幸せだ。
「そろそろ時間ですね。申し訳ありません。そろそろ私は、お部屋に戻りますね。皆さん、今日は楽しかったです。依頼の方、頑張ってくださいね」
どうやらもういい時間のようだ。ラキュースは、部屋に帰る為に席から立つ。
「も、もう帰られるんですか?」
「あまり遅くまで起きているとお肌によくありませんので。では、皆さん、おやすみなさい」
ラキュースは、最後に別れの言葉を言う。
(いいのかウルベルト? このまま見送るだけで)
ウルベルトは自分に言い聞かす。ここで何もしなければ前に進めない。
「あ、あの! ラキュースさん!」
「なんでしょうか?」
ウルベルトの声にラキュースは立ち止まる。
「お、俺、もっと頑張ります! 魔法をもっと覚えます! だからその時は、一緒に世界を変えましょう! 二人で最高の世界を創りましょう!」
思わず出た言葉がこれだった。
「世界を変えるとか……昔の癖が出るなんて……」
ウルベルトは、過去の自分を恨む。現実の世界に不満があったウルベルトは、ユグドラシルの世界で徹底的に悪を目指した。今ある不公平で汚い世界を壊すために。不満をぶつける為に。理想の世界を願って。
「大丈夫ですよ、ウルベルトさん。確かにスケールの大きい夢ですけど、ラキュースさんも引いてはいませんでしたから」
「そうですよ。ちょっと、どう返していいか分からなかっただけで」
三人が見たラキュースの姿は、苦笑いだった。
「素敵な夢ですね」
そんな状態から出た言葉がこれだ。
「どうすればいいんだよ……」
あの時は、いっぱいいっぱいだった。自分なりに頑張った。その結果が世界を変えるだ。
「――たっちさん、ウルベルトさん。前方にモンスターが見えます」
ペロロンから二人に警戒するように指示が出る。弓兵として、いち早く敵を発見するためにレンジャーのスキルも覚えている。
「相手は?」
「ゴブリンが三体。オークが二体ですね。見た限り、最下級の奴ですね」
この世界に来てから見るゴブリンとオークは、最下級のものばかりだ。話によると上のランクの者も居るそうだが、森などに行かない限りはまず会わないとの事だ。逆に言えば、そのおかげで森などにはなかなか行けない。モンスターは、一つでも上のランクになると能力も攻撃方法も変わってくる。勝てる見込みがない限り戦いたくはない。
「矢が少し勿体ないですが、ペロロンさん。お願いできますか?」
「いいけど、威嚇? それとも、攻撃?」
ペロロンに言われて分かったが、距離はまだ十分に離れている。それこそ戦闘を回避して逃げられる距離だ。
「ウルベルトさん。モンスターが出ましたが、戦えそうですか?」
未だ調子の悪いウルベルトに尋ねる。
「……使ってもいいか? 後の事考えないで? 無性に炎をぶち込んでやりたい気分なんだ」
目が据わっている。本気でヤル目だ。よほどストレスが溜まっているのだろう。そうなると組み立てを考えないといけない。
「どうせならまとめて焼きたいですね。回復分は残しておきたいですから。私とペロロンさんで敵をできる限りまとめましょう。その後にウルベルトさんが敵を焼き払う。これでどうでしょうか?」
「俺は、それでいいですよ」
「俺もそれでいい。焼いてやる。憎しみの炎で灰も残らず」
「……うん、大丈夫そうですね」
敢えて考えない事にする。
「ペロロンさん。敵を此方に」
「わかりました」
ペロロンは、《遠矢》のスキルを発動する。他の二人、特にたっちの装備を優先していたのでペロロンの弓は初期装備の物だ。それを補うためにも飛距離を伸ばす遠矢は、最適のスキルだ。
「あの辺りかな?」
ついでに《精密射撃》のスキルも発動する。これで、遠くであっても狙いが定まりやすくなる。ペロロンは、弓に矢を番い狙い定め、放つ。放たれた矢は、モンスター達の中央よりもやや此方側で地面に落ちる。
「――どうやら掛かりましたね」
モンスター達は、矢を辿り此方に気づいた。
「もう一つ行きますね」
ダメ押しにもう一度矢を放つ。今度は、当てないようにわざと掠るように放つ。すると、掠りかけたゴブリンが怒りだす。当然だろう。
「ペロロンさんは、援護を。ウルベルトさんは、いつでも魔法を放てるようにお願いします」
「当てないように気をつけますよ」
「ちゃんと逃げろよ?」
「後は、お二人に任せます!」
怒りを露わにしたゴブリンが先頭に立ち、此方へと向かってくる。それを迎え撃つのは、たった一人。
「うおおおおお!!」
雄たけびを上げる事により、気合を入れ、相手を怯ませる。別にスキルでもなんでもないが効果はお互いに出る。たっちの声に怯んだゴブリンは、思わず立ち止まりバランスを崩す。それを見逃さない。ゴブリンの身体は、両断こそされないものの一撃のうちに倒れる。その光景にモンスター達は、呆気にとられるがそうする事すら許されない。
「ギャァア!?」
飛んできた矢が身体に刺さる。貫通こそしないものの狙われている恐怖が脳裏をよぎる。
「ニゲル! ニゲル!」
残りのゴブリンが叫び出す。
「逃がしません!」
たっちは、矢に射られた方を無視して叫ぶゴブリンに一気に近づく。皮鎧に金属の板を張り付けただけの身軽な装備のおかげでたっちの動きに制限はない。動揺していたゴブリンが身構える頃には、既にたっちは間合いに入っており、剣で真横に薙ぎ払う。
「グエガァ……」
あと少し早ければ。あと僅かでも傷が浅ければ、もしかしたらゴブリンが振り下ろそうとした剣がたっちに届いたかもしれない。しかし、それはもう届く事はない。
「早く離れろ、たっち!」
ウルベルトの声が聞こえ、反射的にたっちはその場から離れる。すると、二体のオークがすぐ傍まで迫っており、一体はたっちが居た場所に手に持っていた棍棒で力任せに叩きつけていた。
「お願いします!」
「わかっている!」
たっちが離れたのを確認すると、魔法の射程範囲まで近づいていたウルベルトが魔法を唱える。
「ファイヤーボール」
ウルベルトが唱えた火球は、オークの一体に当たるともう一体を巻き込むように爆発する。
「ペロロンさん!」
たっちは、体勢を立て直しながらペロロンに確認を取る。
「……まだ動いてますね」
そう言うと、ペロロンは追撃で矢を放つ。一つ、二つ、三つ。先ほど、矢が刺さった方は既にペロロンが射殺しているので、これで戦いは終わる。
「火力が足りないな」
節約をしているので上乗せはしなかった。そう分かっていても不満は出る。本当なら灰も残さず焼き払いたかった。
「ウルベルトさんには、回復の役割がありますからね」
そう言うたっちも全力ではない。今回は、常時発動している身体能力を向上させるもの以外はスキルを使用していない。こちらも節約だ。
「矢の回収、矢の回収」
それに比べ、ペロロンはスキルと矢を消耗した。こちらに関しては、ある程度は仕方がないと割り切っているが矢はタダではないので少し困る。それでも危険を冒し、怪我をするよりかはマシだと考えている。
「矢の値段にはなったかな?」
モンスターから換金用の部位を取り考える。元は取れるが割には合わないかもしれない。
「それでは、改めてエ・ランテルに行きましょう」
「そうだな。だが、できればもう少し戦いたい」
「エ・ランテルが見えたら全部出しきっちゃいましょうよ、ウルベルトさん。溜まると身体に悪いですからね?」
ペロロンがウルベルトに小突かれながら再びエ・ランテルを目指し歩き出す。道中の小遣い稼ぎとウルベルトのストレス解消を兼ねながら。
スキルが少し不安ですね。
何か意見があればお願いします。