冒険者組合で計画を遂行するための話を終えたアインズは、ナザリック地下大墳墓に戻りアルベドから報告を受けながら執務を行っていた。アルベドがナザリック内の事を。デミウルゴスが外の事を。パンドラがカルネ村とアインズの補佐をしてくれているので大分やる事がなくなって楽になった。おかげで舞台を整える準備に集中できると言うものだ。
「――となります」
「そうか。ご苦労だったな」
エ・ランテルから戻って来たナーベラルの報告を受ける。問題なく……とは言えないが、任せていた任務はやり遂げたようだ。ただの伝言役だが。
「それで、どうだった? 食べ歩きの方は? 遠慮はせずに思った事を言ってみろ」
「あの程度の物をありがたがるとは愚かであると思いました」
食べた事は無いがナザリックの料理は美味いらしい。料理をするのにもスキルが必要になるがその影響なのだろう。
「ただ……」
「ただ、なんだ? ナーベラルが思った事を言ってみろ」
ナーベラルの表情に困惑の色が見える。言おうか悩んでいるようだが、主であるアインズの言葉に躊躇いながらも口を開く。
「初めて食べ歩きを行いましたが、悪くはなかったと……思いました」
「つまり、楽しかったと?」
「……はい」
人間を虫けら程度に思っているナーベラルにとっては不思議な体験だったのだろう。人間と一人で行動を共にした訳だが、そこに正の感情とも言えるものがあった。自分の中に生まれた感情をどう判断すべきか悩んでいると見える。
「わかった。今度もまた頼む」
「御方のお望みのままに」
ナーベラルは、頭を垂れると執務室から出て行く。
「アインズ様の御考えに水を差す気はありませんが本当に必要なのでしょうか? わざわざ人に合わせる事などは私共には要らぬことと思います」
「力で従わせればいいと?」
傍に控えるアルベドをはじめその考えを持つ者はナザリックには少なくない。否、ほぼ全員と言っていい。
「必要とあれば力を使う事になるだろう。だが、魔法などは解かれる場合がある。今、パンドラやデミウルゴスが行っているような懐柔なども限度はあるだろう。既に我々に対抗できる力を持つ者達の存在を把握する事が出来た。この優位性を捨てる必要などはあるか?」
「申し訳ありません。出過ぎた真似を」
「かまわん。これからも何かあれば口を出せ。私の言葉だけを全てだと思う者を傍に置いておく気はない。それだけは忘れるな」
アルベドもそうだが頭の良さでは競う事すらできない。所詮は、ただの人間だったアインズでは知恵者に勝つ術はない。だが、今はそれを超える必要がある。仲間を迎え入れる為に。
「しかし、食べ歩きか……」
人が面倒な事をやっている間に三人と食べ歩き。羨ましいよなぁ~。ズルいよなぁ~。そりゃ楽しいに決まってるよね。たっちさんやペロロンさんやウルベルトさんと遊んだんだからさ~。でも、俺は食事が食べられないんだよなぁ~。もう人間になっちゃおうかなぁ~。嫉妬と切望で気が狂いそうになる。
「アインズ様」
「ん? なんだ、アルベド?」
「アインズ様の御傍に居る為に一つ御提案をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「よろしい、許す。これからも遠慮なく考えを私に言え」
「ありがとうございます、アインズ様。それでは、御提案なのですが今度行う予定である人間達との共闘演習を是非私達にもお見せ頂けないでしょうか?」
「共同演習をか?」
「はい。現在、アインズ様の御命令通り私を含め守護者達は、連携の大切さを学んでいるところです。そこで一度だけでも人間達の戦いを学ぶ機会をお与えしてほしいのです」
アルベドの言う事には一理ある。守護者達に強敵との戦いを想定して連携での戦いを学ばせているが結果は今一つ。そもそも連携が必要な場面に遭遇した事が無い以上は感覚が上手くつかめないのだろう。そう考えるとたっちさん達の戦い方は一見の価値があるのかもしれない。だが……話はそう簡単ではない。ナーベラルからナザリックの者達にもたらされた情報は今や皆が知る事となっている。今更制限を掛けても逆に怪しいだけなので放置しているが見せるとなると……どうなのだろうか?
「見てみたいか?」
「連携の参考もそうですが、至高の御方々と同じ名前を持つ人間に興味を持っている者は少なくありません。一度見れば気が済むと思われます」
「ふむ……」
セバスは、ソリュシャンと共に未だ囮として外で活動している。囮である以上、三人の情報を含めこちらの情報を与えていないので来ることはないだろう。デミウルゴスは、今はナザリックに居る事が多いが忙しいことには変わりない。ただ、ウルベルトの事になれば他よりも優先して見に来る可能性が高い。シャルティアは、ナザリックで待機しているために必ず見るだろう。どうせなら不穏な行動をとられる前に先に手を打っておくのも悪くないか。
「許可を出そう。但し、あくまでも支障のない範囲で参加させろ。名前が同じだけで別人なのだからな」
「私の提案を受けて頂きありがたき幸せ。早速、調整に入らさせて頂きます」
「頼んだぞ」
後でパンドラに相談しよう。何かあった時に上手くフォローをしてもらわないと困る。
♢♢♢♢♢♢
アインザックから渡された密書を持って王都まで三人はやって来た。王都の冒険者組合に密書を渡し、モモン達と共にミスリル級の冒険者になった事を伝える。疑問は持たれたが今はそれどころではないという事で昇級の件は保留。時期を見て指定した依頼を受ける形をとる事になった。
「もうミスリルかあっという間だったな! 今日は、祝い酒でもするか!」
話を聞いた蒼の薔薇のガガーランが自分の事のように喜んでくれる。
「ありがとうございます、ガガーランさん」
「ただ、残念だがウチのリーダーは参加できない。もしあれなら俺が相手をしてやるがどうする、ウルベルト?」
「遠慮しておきます」
ラキュースが用事で出かけていると聞きウルベルトはテーブルに項垂れるように倒れ伏している。木製の山羊の仮面を被っているローブ姿なので事情を知らない者は何事かと視線が集まる。
「イビルアイちゃん! 俺、ミスリルになったよ! これも全ては愛がなせる奇跡だと思わない? それとコレ、お土産だよ!」
「寄るな、変態!」
「御褒美です! ありがとうございます!」
土産で買って来た動物の木彫りの置物を渡すついでに触ろうとしているペロロンをイビルアイは足蹴りしている。蹴れば蹴るほどにテンションが上がる姿は、ウルベルトとは別の意味で視線を集める。
「しかし、ここ最近はいろいろとあるな。お前達もそうだし、モモンとナーベとか言う実力者が現れる。ズーラーノーンが動いている上に盟主のご登場か。バランスは良いが、お前達が呼び込んだんじゃないだろうな?」
「無いとは思いますけど……自信はないです」
「おいおい冗談だって。真面目に受けんなよ。まったく、なんでたっちみたいなのがこの二人と居るのか不思議で仕方ないぜぇ」
「私にとっては、大事な仲間です。楽しいですし、頼もしいですよ?」
そう言われて視線を二人に送る。
「これが運命だとでも言うのだろうか。あぁ、神よ……哀れな子羊に慈悲をお与えください」
「離れろっ! このっ! どこ触ってんだっ!」
「照れなくても大丈夫だよ~」
「……良い仲間を紹介してやるぞ?」
「大丈夫です。いつも通りですから」
平然と紅茶を飲んでいる姿を見るとたっちももしかしたらそっち側の人間なのかもしれない。
「それにしてもガゼフのおっさんが探していたブレイン・アングラウスがここで見つかるとはな。それも、たっちと戦いたいなんておっさんに伝えたらどんな表情をするか楽しみだ」
「戦士長様が探していたんですか?」
「王国は、帝国や法国に比べて弱いからな。少しでも戦力は欲しいだろ? ずっと探してたみたいだぞ」
確かにアングラウスは強者である。言い方は悪いが、危険に満ちる今の世の中だと実力があれば犯罪者であっても重宝される。上には立てないだろうが、ガゼフの監視の下に傍に置いておくことぐらいなら今でもできるだろう。
「でも、決闘をするなら俺も見たいな。なぁ、たっち。もし決闘する時があったら俺が立会人をしてやるから呼んでくれよな?」
「ガガーランさんならこちらからお願いしたい限りです。あちらの許しがあればお願いします」
「あっちから言ってきたんだから聞く必要はねぇよ。それじゃあちょっくらおっさんの所に行ってくるわ。イビルアイ、三人の相手をよろしくな!」
「待て、ガガーラン! 私を一人にする気か!?」
「じゃあな、頑張れよ」
大袈裟に手を振りながらガガーランはイビルアイを一人置いていく。
「たっちさん、ウルベルトさん! 此処は、俺に任せて下さい!」
イビルアイに抱きつくように縋りついているペロロンは、まるでこの場を死守するかのような覚悟を決めた顔で言ってのける。
「頼むから私をこの変態と一人にしないでくれ!」
「どうしたらいいと思います、ウルベルトさん?」
「知らん。もうどうでもいい」
アダマンタイト級と瞬く間にミスリル級にまでなった者達の揉め事に首を突っ込もうと思う者は居ない。ガガーランが戻るまでこの状況は続く事だろう。