逃げるようにしてエ・ランテルに帰還した三人は、早速薬草を換金した。流石に採取中の籠を持って帰る余裕は無かったので空間に仕舞ってあった分だけになるがそれでも予定していた半分以上は手に入った。ただ、それでも安物のマジックアイテムを一つ買えるだけ。価値を考えるとそれほど欲しい物ではないので購入は保留。アインザックに帰還した事を伝えて今は酒場で打ち上げをしている。
「お疲れさまでした!」
何度目かになる乾杯の音頭をペロロンがとる。
「しかし、無事に帰って来られてよかったな」
「そうですね。最後まで気配すら分かりませんでしたから」
森の外に出てからも警戒していたが姿を見る事は無かった。あまりにも不確かな情報なので冒険者組合には報告していないが仮に今度行くとしたら万全の準備が必要だろう。
「ロリとショタですよ? そんなに警戒しなくても大丈夫ですって」
「意味が分かんねぇよ。見た目が幼くても凶悪な相手なんていくらでも居るだろ? そもそもエルフなら俺達よりも年上の可能性があるわけだしな」
「そもそも声だけで判断できるんですか? 茶釜さんみたいな例もありますし」
ペロロンの姉であるぶくぶく茶釜は声優をしている。それもペロロンの好みであるロリキャラの声を主に演じている。
「だからこそですよ! 姉ちゃんのおかげで俺のスキルは鍛えられたんです! 本物か声優かぐらい分かります!」
自信満々なペロロンには悪いが二人にはよく分からない世界の話だ。
「でもさ、どうするよ? アインザックさんの話だと明日か明後日まで話し合うんだろ? それまでエ・ランテルでただ過ごすのもどうかと思うんだが?」
三人が冒険者組合を訪れた時、調査に行った者達を交えてエ・ランテルの有力者達がアインザックと話し合っていた。結果は、国家の危機として取り扱うべきだと判断されているようだ。王都の方には既に早馬を飛ばしているようだがどうなるかはまだ不明だ。
「モモンさん達がまだなようですからね。お二人から話を聞くまでは対策も難しいと思います。精々警戒を強める程度でしょう」
「強めるって言っても難しいですよね? 不審者を探すか怪しい場所を探すかぐらいですか? ウルベルトさんの仮面姿とか絶対にアウトですね」
エ・ランテルの人達の中には見慣れた人も居るがそうでない人間からは驚きと共に警戒される。
「世知辛い世の中だよな。別に仮面ぐらいいいじゃねぇか。蒼の薔薇のイビルアイさんとか着けてても何も言われないのに」
「アダマンタイト級となれば違うのでしょうね。少なくとも私達とでは、信頼と知名度の点だけでも雲泥の差がありますから」
「早くデカイ手柄でも上げてアダマンタイト級になりたいもんだな。そうすれば、ラキュースさんもきっと俺を認めてくれるだろうし」
「認めるのと好きになるのは一緒じゃないと思いますよ?」
「いいんだよ細かいことは。貴族と平民の壁を壊したい俺の心が分かんないか?」
「私は、応援しますけど難しそうですね」
ウルベルトの恋物語は始まってすらいない。相手は、貴族で英雄。今のウルベルトからしたら手の届かない相手だ。
「同席してもよろしいですか?」
突然、声を掛けられる。
「ナーベさん?」
三人の下に来た来訪者は、漆黒の戦士であるモモンの唯一の仲間である美姫のナーベだ。ナーベに気づいてから分かったが周囲の視線を集めている。
「かまいませんか?」
一目見た者を魅了するとされる美貌を誇る彼女の言葉。ただ、丁寧ではあるがどこか威圧感がある。
「いいですよ! どうぞどうぞ!」
「美人が同席とか酒が美味くなるな!」
酒が既に入っているペロロンとウルベルトは、そんな威圧感をまったく気にもせずに上機嫌でナーベを迎え入れる。
「ナーベさんは、なにか頼みますか?」
空いていた席に着いたナーベに訊ねる。
「そうですね……」
ナーベは、テーブルの上にある物を見ていく。
「同じ物をお願いします」
「分かりました。すみません」
たっちがナーベに代わり注文をしていく。ナーベの好みが分からないので少し多めにいろいろと頼む。
「モモンさんはどうしたの?」
「モモンさんは、冒険者組合で話をしています。二人も要らないという事で私はその事を皆さんに伝えに来ました」
「なるほどね。でも、こうして美姫として有名なナーベさんと席を共にできるなんて光栄だな。今度、ルクルットの奴に自慢してやるか」
「誰でしょうかその人物は?」
ナーベから疑いの目で見られる。
「あぁ、漆黒の剣って言うエ・ランテルを拠点にしているチームの冒険者だよ。ナーベさんに興味があるらしい」
「……どのような方でしょうか?」
何かを考えている仕草を経てから訊かれる。まるで尋問をされているような気分だ。
「もしかして、共同で作戦をとれるかどうかの審査だったりします?」
モモンは、たっち達の事を共に戦う仲間と言ったが、もしかするとナーベは反対なのかもしれない。だからこそこうして調べに来たのではないだろうか?
「いえ、そうではありません。ただ……」
ナーベは、慌てて自らの口を手で塞ぐ。
(いけない。話してしまうところだったわ)
どうもペースが乱される。他の人間達と違い何故か嫌悪感が無いこの三人にはスラスラと話してしまいそうになる。
(モモン様の御言葉を思い出しなさい)
ナーベは、主であるモモンの言葉を思い出す。
「いいか、ナーベ。お前は、これから私と共に冒険者をやっていく上で人と関わっていかなければならない。そこで、この前会った三人と関わりを持つことで慣れてもらう。私が冒険者組合で話をしている間に今後の話をしておけ。それと、用事を一つ頼む事にする」
今回のナーベは、モモンから大事な任務を受けている。
(頑張りなさい、ナーベ)
覚悟を決め直してから三人を見据える。
(名前が同じだけのただの人間。恐れる事はない)
下等な人間などに心を乱されるわけにはいかない。誇り高きプレアデスとして対応する。
「実は、皆さんにお話があります。一度、お互いの実力を確認しておいた方がいいとモモンさんが言っておられます。もしよろしければ、一度御一緒して頂けないでしょうか?」
「やっぱり審査じゃねぇか」
「信頼ないですね」
ウルベルトとペロロンは、試されることに少々不満があるようだ。遠慮もせずに口に出す。
「そ、そうではありません! 不満と言う訳では!」
美姫と言われ、物静かなナーベから出た突然の大声に三人を含め、盗み聞きをしていた者達もポカーンとする。
「……すみません。失礼しました」
自らの醜態を理解したからかナーベは俯いてしまった。そのどこか恥じらいのある姿に内心喜んでいる者も居るだろう。少なくともウルベルトの心には響いたようだ。
「俺には、ラキュースさんが居る。俺には、ラキュースさんが居る……」
思わずキュンとした自分を窘めるように何度も繰り返す。傍から見ればおかしな人に見えるだろう。
「これから共に戦うのでしたら必要な事ですね。ただ、私達は明日か明後日には王都に行くと思いますがいつ頃にしますか?」
「それでしたら、王都からこちらに戻られてからではどうでしょうか?」
持ち直したナーベは、先ほどまでの事が無かったように答える。
「分かりました。早めにこちらに戻る事にします。お二人もそれでいいですか?」
「俺は、いいですよ。ただ、一日ください。イビルアイちゃんを口説くにはそれだけあれば十分ですから!」
「俺も一日は欲しいかな。ペロロンさんと違って相手次第だけど。本当にその性格が羨ましくなるよ」
「問題ないそうですので、王都から戻って来た後でお願いします」
「分かりました。モモンさんには、そのようにお伝えしておきます。それでは、失礼します」
「えっ!? 食べてかないの? 頼んだのに?」
ペロロンの言葉で思い出し、店内の方を見る。すると、出来たばかりの料理が運ばれてくるところだった。
「……それでは、少しだけ頂きます」
改めて座り直すと、ナーベの前に料理とお酒が置かれていく。
「安いですけど美味いですよ、此処は」
「酒も混ぜ物無しだ」
「お口に合えばいいのですが」
三人に勧められ、お腹は空いていないが手近にあった焼いた肉の料理に手を伸ばす。ナイフとフォークを巧みに使い、小さく一口だけ口へと運ぶ。その仕草と姿勢の良さに育ちの良さが窺える。これが姫と呼ばれる由縁なのかもしれない。
「……美味しくないです。どこが美味しいのでしょうか?」
場の空気が悪くなる。これには、流石のたっちも苦笑いだ。
「よし! 店を変えよう! お勘定は此処に置いて行くから!」
「そうですね行きましょう! とりあえず! 早く!」
「ごちそうさまでした。ナーベさんも御一緒に」
「どうかしたのですか?」
状況がよく分かっていないナーベの腕を引いて三人は足早に店から出て行く。これでしばらくの間はこの店に顔を出せそうにない。
「申し訳ありません」
店から少し離れた所で理解していなかったナーベに説明をした。
「別に謝らなくてもいいですよ。好みは人それぞれですから」
「そうそう。ナーベさんの場合、単純に舌に合わなかったって思われる程度ですみますって」
「俺が高い店の料理を大して美味いと思わないのと一緒だからな。その逆があるってだけだ」
「ですが……皆さんにご迷惑を……」
ただでさえ美人なナーベは人目を引くのに謝らせていると更に視線を集める。たっちが居るにも拘らず完全に悪者に思われている目を向けられている。
「そうだ! せっかくですからナーベさんに合う味を探してみたらどうでしょう? 屋台で少し食べ歩きをしませんか?」
「食べ歩きですか?」
「馴染みが無いかもしれないけど屋台の食べ物を買ってその場で食べるんですよ。コレが美味いんですよね」
「買って帰るとそうでもないけどな」
戸惑うナーベを連れ、三人はエ・ランテル中の屋台に顔を出す事に決めた。
「定番の焼き串ですね。どうぞ、ナーベさん」
「ありがとうございます」
三人はもとより、屋台の店主をはじめ周囲に居た者達もナーベが焼き串を食べるところに注目する。上品良く串に刺されている肉を食べるだけなのに妙な緊張感がある。
「どうですか?」
ナーベの咀嚼が終わるのを固唾を飲んで見守る。
「美味しいです」
言葉と共に満面の笑顔。これには、店主も周囲に居た人達も大喜びだ。但し、三人を除いて。
(嘘だな)
(嘘ですね)
(妹さんとか居るのかな?)
先ほどの事を思えば演技だと分かる。屋台の店主が嬉しそうに三人にも焼き串をくれるので何も言えないが。
「他のお店にも行きましょう」
こうしてナーベを交えての屋台巡りが行われたのだが、最後まで同じ反応しかなかった。