カジットは、転移の魔法を使い火柱が上がった場所まで移動してきた。
「素晴らしい出来でしたよ」
そんなカジットを大規模に焼け焦げた場所で出迎える者が居る。穴が二つだけ空いた仮面を被り、全身を覆い隠すような漆黒のローブを身にまとっている者。
「ありがたき幸せ! 光栄の極みです!」
カジットは、地に額を付けるほどに深々とその者に頭を下げる。その姿は、生者から恐れられるエルダー・リッチとは思えない程に小さい。
「我が主は、喜んでおられます。貴方は、これからは我が主の人形として振舞ってもらいます。さすれば、貴方の真なる願いも叶えられるでしょう」
名も知らぬ者の言葉にカジットは歓喜に震える。カジットには、どうしても叶えたい願いがある。それは幼き頃に亡くした母親をこの世界に蘇らすこと。かつて複数の人間による儀式で蘇生させようとしたが失敗に終わった。その為、更なる力を求める事にしたが残念ながらそれを成すための時間がない。だからこそエ・ランテルに住まう者達の命を利用した魔法儀式で不死の力を得ようとした。ただ、それは突然の襲撃者によって壊される。壊されるが……それこそがカジットにとって願いを叶える希望となった。
(なんと恐ろしい。なんと素晴らしい)
地に伏せて思うは、この者の力。名すら知らぬ者ではあるが、その力は絶対。魔法儀式を行わなくてもいとも簡単に不死の力を与えて下さった。それに先ほど見せられた魔法もそうだ。少なくとも第六……いや、神話にあるとされる第七や第八かもしれない。分からない。理解する事すら許されないだけの差がある。それなのに使い魔なのだ。この者ですら主と比べれば。
(この者の主なら母を生き返らすことも……)
そんなカジットの心を読んだかのように目の前に居る者は言葉を口にする。
「我が主は、生と死を自在に操る事が出来る神である。お前の望む願いを叶える事など容易い」
「このカジット・デイル・バダンテールの全てを捧げます!」
「良い心掛けですね。そんな貴方にコレを差し上げましょう」
その者は、ローブから取り出した杖をカジットの前に無造作に放り投げる。まるで価値のないゴミのように。
「こ、コレを私にお与えくださるのですか!?」
カジットの目の前には、金を下地に宝石で装飾が施された豪華絢爛な杖があった。おそらく一国の王でも手に持つことは難しいであろう物だ。それになにやら力を感じる。これは、ただの杖ではない。なにかしらの魔法の力が込められている。こんな物を目の前に居る者はどうした?
「主からしたら価値の無い物です。本来なら主の手元にある事すら不思議な程に」
圧倒的な存在。絶対的強者。愛する母を奪い取った神に……いや、主となった真なる神に感謝と共に絶対的な忠誠を捧げる。未だ姿すら見る事すら許されないが願いを叶える事が出来る存在する神に。
♢♢♢♢♢♢
エ・ランテルの冒険者組合長であるプルトン・アインザックは頭を抱えている。まず一つは、討伐が失敗した事だ。偵察部隊が相手側に見つかり計画通りにいかなくなった。ただこれはそこまで悲観する事ではない。野盗の集団の頭領を倒す事などは出来なかったが報告を受けるに事実上の壊滅だろう。拠点と手下を大勢失った今となってはそこまでの脅威にはならない。それに多くの者を捕虜として捕らえる事もできたので情報を聞き出す事もできるだろう。後は、応援の為に用意していた者達で周辺の探索だけで今は大丈夫なはずだ。
二つ目は、その中に居たとされるブレイン・アングラウスの存在。かつて王国主催の御前試合に参加していた者で、かの有名な王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと拮抗するだけの戦いを行った強者だ。話を聞く限り用心棒のような事をしていたと考えられる。金と相手を求める方法の一つとしては良い方法ではないが一般的なものだ。どうやらたっちとの再戦を望んでいるようなのでこれも一旦は保留とした。
そして、最後になる件が最大の問題だ。
「人を送ったのでその結果次第となるが話が本当なら緊急事態になる」
たっち達と応援に向かった者達から聞いた話。夜空を赤く染める程の火柱にエルダー・リッチ。そして、それらにズーラーノーンが絡んでいる。最初に聞いた時は馬鹿らしいと思ったが、三人はともかく他の者達の表情はその時の恐怖を物語っていた。今は人を送り状況の確認に行かせているが内容次第では国が動く必要があるかもしれない。
「それで、情報を持っているモモン君達は、そのズーラーノーンの高弟の一人であるカジットと名乗る者を探しに行ったと」
唯一情報を持っているモモン達は、姿を消したカジットを探しに向かったそうだ。これに関しては、後でゆっくりと話を聞くとしよう。
「君達が現れてからいろいろとあったが今回はまた面倒な事になったな」
組合長室でたっち達三人を前にしている訳だが愚痴の一つでも零したくなってきた。最近、本当にいろいろとあり過ぎて退屈はしないが気が休まる時が無い。
「コレ美味いですね。パンに挟んだ肉と野菜が良い感じですよ」
「こっちのシチューも美味いぞ」
「……たっち君」
「なんでしょうか?」
「冒険者チームを変える気はないかね?」
労いの為に食事を用意させたのだが、ペロロンとウルベルトは報告も碌にせずに先ほどから食事をとっている。唯一真面目に話をしているたっちを見て思う事があっても致し方ないだろう。
「やめて下さいよ、引き抜きとか」
「だな」
「申し訳ありません。私の背中を預けられるのは二人しかいませんので」
勿体ない。将来有望な人材が前途多難な道をわざわざ歩くなど。確かに実力に関しては申し分ないのだが如何せん品性が無い。それも自覚しているところが尚更たちが悪い。
「二人を前にして言うのもどうかと思うが、たっち君ならいくらでも受け入れ先はある。まぁ、無理にとは言わないが」
たっちの性格を考えれば言葉にしている以上は曲げる事はないだろう。本当に勿体ない。
「それよりもさ、アインザックさん。あのアングラウスとか言うのはどうすんだ? 指名手配とかするのか?」
「そうですね。アレは危険ですよ。久しぶりにビビっちゃいましたからね」
「用意したのは私だが、君達は少し食べるのを止めたらどうかね? ブレイン・アングラウスに関しては注意をするように組合員や関係各所に伝達するだけに留まる。残念ながら身元の保証の無い君達や捕虜となっている犯罪者の証言だけでの手配は無理だ。それに話から考えると当面の脅威にはならないだろう。但し、たっち君には注意してもらわないといけないが」
「それまでには今よりも腕を上げておきます」
「頼もしい言葉だな。君の場合、戦士長殿との戦いも経ている。勝算はあるとみていいのかな?」
「はい。必ずや勝ってみせます」
アインザックの言葉にしっかりとした肯定の意思を持って答える。
「それで、肝心なズーラーノーンの問題についてだが……今はモモン君達に話を聞くとしよう。こちらとしても情報を集めてからでないとはっきりとした事は言えない」
「でも、動くなら早い方がいいんじゃないですかね? あの規模の魔法だと第六位階とか超えてますよ」
「ウルベルト君は、第六位階以上の魔法を知っているのかな?」
「勘です」
「……そうか」
きっぱりと言われると返しようがない。
「とにかく君達には、しばらく此処に待機してもらいたい。情報が集まり次第になるが王都に使いとして行ってもらう。前に依頼した内容はその時でかまわない。急ぎの内容でもないしな」
「わかりました。ウルベルトさんもペロロンさんもそれでいいですね?」
「あぁ、それでいい」
「俺もいいですよ。それよりもたっちさんも食べましょうよ。組合長が選んだだけあって美味いですよ、コレ」
短期間でミスリル級にまで上り詰めた者達。これからの事を考えれば居ないと困る人材ではあるがもう少しなんとかならないものかと思わずにはいられない。