ウルベルトとペロロンが身動きを封じた野盗達を乗せた荷馬車を走らせ。たっちが捕虜の女性達を乗せた荷馬車を走らせモモン達が居る表側へと急ぐ。
「なんで戦わないんだよ」
アングラウスの強さは理解していたが、それでもラキュースへの手土産を得ることに失敗したウルベルトは不満気に愚痴を零す。
「あのまま戦っていれば負けてましたよ。相手は間違いなく私達に勝てる自信があったはず。洞穴でなければ話は別でしたけどそこまで持つかどうか」
「そうですよ。捕虜の女性を助けただけでも十分でしょ」
「確かにそうだけどさ……俺達の手柄になるのか?」
捕虜の女性達の反応は終始決まっている。これが格差社会だ。
「こればっかりはね? ウルベルトさんも少しは笑顔で居ればいいんですよ、ほらスマイルスマイル」
「……それだけでいけるのか?」
「無理ですね」
隣に座るペロロンの足を蹴飛ばす。
「それよりも間に合いますかね?」
裏口のある場所から荷馬車で表に向かう場合は、どうしても通ってきた森を迂回する必要がある。先にウルベルトが空を飛ぶかペロロンがレンジャーとして隠密で行くべきなのだろうがそうはいかない。ウルベルトの魔力の残量。ペロロンの矢の数を考慮すると単独での行動は危険だ。
「あの口ぶりだと問題はなさそうですけど、外に居る分が戻ってくれば挟み撃ちですからね」
アングラウスの言葉を真に受けるのならモモン達は囮として敵を引き付けている。そんな状況で後方から敵が現れれば危険だろう。
「やっぱり俺が先に行くか? 闇夜に紛れれば少しはマシだろう?」
ウルベルトの提案をリーダーであるたっちが決める。
「危険だと判断した場合は無理をしない方向でお願いします」
「了解。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。操縦頼むな」
「任せて下さい」
手綱をペロロンに渡し、自分は空を飛ぶ準備に入る。
「馬鹿な真似はするなよ?」
念の為に馬車の中に転がしている野盗達に声を掛ける。ペロロン一人だと後ろをとられる形になるが、見る限り戦意はない。
「大丈夫ですよ。手足が折れるか外されている上に縛られてるんですから」
「それでも念を入れてだ。じゃあ、行って来る」
ウルベルトは、フライの魔法で上空へと舞い上がる。地味な格好なのですぐに闇夜と混ざる。
「いってらっしゃい」
「気をつけて下さいね」
そんなウルベルトを二人は見送る。
♢♢♢♢♢♢
ウルベルトが上空から警戒して飛行していると状況が遠目に見えてくる。
「……マジかよ」
警戒は無駄に終わった。ウルベルトの目には、こちらに手を振るモモンの姿があるがもちろんそれだけではない。モモンの周囲には動かない人間達が山のように積まれている。
「お疲れ様です。そちらはどうでしたか?」
モモンの傍に降り立ったウルベルトに何事もなかったようにモモンは言葉を口にする。
「あんた強いな」
積まれている人間達はどうやら生きているようだ。見る限り剣で切られたわけでも魔法でなにかされたわけでもない。外傷から考えられるのは、モモンが手に持つ大剣の横っ腹でぶっ叩いたと言ったところだろう。と言うか、先ほどからナーベの姿が無い。もしかしなくてもモモン一人によるものだろう。
「いえいえ、弱い相手でしたから。噂の相手は来ていませんが、そちらに居ましたか?」
「居た、見逃してもらったよ」
「……見逃してもらった?」
「捕虜が優先だったからな。まぁ、狭い洞穴だとこっちが不利だったけど。でもな勘違いしないでくれよ? 外でなら俺達の方が強いんだからな」
あくまでも可能性ではあるが勝つ自信はある。対空手段さえなければウルベルト一人でも勝てるはずだ。
「わかっていますよ。皆さんが負けるなんて思っていません」
「そうか。あんた、見る目があるな」
「それほどでも」
「それより、ナーベさんの姿が無いけどどうしたんだ?」
先ほどから居ない人物の事を訊ねる。
「それでしたら応援を呼びに行かせました。先ほどメッセージの魔法で連絡がありまして、直にエ・ランテルの方から応援が来るそうです」
「ほぅ……戦士なのに魔法も使えるのか」
「メッセージの魔法だけですが便利ですからね。でも、内緒でお願いします。面倒なのは嫌いなので」
「わかった。これでも口は堅い方だ。忘れるまでは覚えてるよ」
どうやらこれで一段落のようだ。近くの木に背を預けるようにして休む。
「なぁ、もう一つ訊いていいか?」
「なんでしょうか?」
「実際のところどうなんだよ? やっぱり付き合ってんのか?」
「なんのことでしょうか?」
「とぼけんなよ。あんな良い女と一緒に二人旅をしてナニもないなんて嘘ってもんだろ? 時間もあんだしさ、話せよ」
ニヤついたゲスな笑みをウルベルトは浮かべる。
「そんな関係ではないですよ。あくまでもナーベとは旅の仲間としての関係です」
「二人だけなんだから言っちまえよ。別に悪いとは思ってないんだろ?」
「それは……まぁ……」
「はっきりしないな。それともアレか。もしかして兄弟とか親戚だったりするのか?」
「違いますよ」
「ふーん。だったら何が問題なんだ?」
そう言えば何が問題なんだろう? 今思うと人間としてのナーベは普通に美人だ。いや、違うだろう。ナーベは仲間達の忘れ形見だ。大事な家族みたいなものだろう。
「兄弟でも親戚でもないですが、ナーベは家族みたいなものなんです」
「家族みたいなもんか……」
ウルベルトは少し考え込む。
「モモンさんだっけか、あんた親とか居るか? もし居るなら名前とか教えてくんない?」
「それを聞いてどうするんですか?」
「なんとなくだよ。無理にとは言わないが」
「親はもう居ません。私もナーベにも。名前は、申し訳ありませんが教えられません」
「そっか。悪いこと聞いたな、忘れてくれ」
深くは訊かずに話を終え、ウルベルトは本格的に休みに入る。少しでも魔力を回復しておきたいからだ。
「……私からもいいですか?」
「ん? 別にかまわないけど?」
「皆さんは、いつから旅をなされているのですか?」
「そうだなぁ……数か月前ぐらいかな? いろいろあって王都の近くに飛ばされたんだよ。たぶん転移の魔法か何かだと思うんだけど」
「数か月前ですか。それ以前はどちらに?」
「おいおいそんなこと聞いてどうすんだよ? 過去なんてどうだっていいじゃねえか」
「では、せめて皆さんの武勇伝でも聞かせてください」
グイグイと食い気味に問い詰めてくるモモンに若干引いてしまう。
「まぁ、暇だからな。その代わりそっちも頼む。そっちの武勇伝も聞いてみたいし」
ウルベルトは、この世界に来てからの事を簡単にまとめて話す。できる限りおかしくないように、変なところが無いように。今までも酒場などで話した事があるので慣れたものだ。
(羨ましい……)
ウルベルトから聞く三人の冒険譚は、モモンの、モモンガの心に嫌と言う程響く。内容は、モモンが知る一般的な冒険者のものと変わらないのになんと楽しそうに過ごしているのだろう。いや、この三人とならあまり関係ないのかもしれない。
(いっそのこと人間になろうかなぁ……)
転生のアイテムを使用して人間になる。ナザリックはパンドラ達に任せてもいいんじゃないかな? でも、それが最善の選択かと言われれば違う気もする。未知の世界に敵。ナザリックの者達が持つ人間に対しての感情。そして、自分達を創造した至高の存在への思い。それらを考えると今の姿と立場を安易に捨てる事などできない。
(神はなんと残酷なんだ)
目の前に求めていた物がある。それなのに手を出す事が出来ない。アンデッドの特性である精神抑制がなければ発狂してしまいそうだ。
♢♢♢♢♢♢
たっち達が先に到着し、安全を確保してからウルベルトによる捕虜となっていた女性達の治療が再開された。その間にナーベがエ・ランテルからの応援を連れて来た。面子は、たっち達の知る者達だが実力は少々不足していた。緊急だったので、すぐに動ける者達が先行してきたようだ。
「とりあえずこれで終わりですね」
たっちが離れると捕虜の女性達が動揺するので、モモン達と共にウルベルトとペロロンが洞穴へと入る事となった。調査の結果はもぬけの殻。残されている物は大した価値もない。外に居たであろう野盗の親分達が戻って来る様子もない。これ以上此処に居ても意味が無いのでエ・ランテルへと戻る事になったのだがそこで事件が起きる。
「そう言えば、なんであんな所にお二人は居たんですか?」
荷馬車の一つをモモン達に譲り並ぶようにして走らせている。
「そうですね。皆さんになら話してもいいかもしれません」
モモンは、意味深な間を空けてからゆっくりと口を開く。
「実は、私達はとある者達を追っています。ズーラーノーンと名乗る組織を知っていますか?」
「聞いた事あるような?」
「アレだよ、アレ。昔、街一つで儀式をやったって言う」
「そう言えばそんなのもありましたね」
街一つを利用した死の螺旋と呼ばれる大儀式。それがどんな物かは不明だがアンデッドが上限なく増える危険な物であることは分かっている。それもアンデッドがより強いアンデッドを生みだすというオマケ付きだ。
「話によると、彼らはこの近くに居るらしいのです」
「そうなんですか。つまり、お二人はそのズーラーノーンを追って此処まで来たと?」
モモンは肯定するように頷く。
「ただ、相手は強大な力を持つ者達です。できれば、皆さんのお力をお貸し頂ければ助かるのですが」
「私は別にかまいません。二人はどうですか?」
「ラキュースさんの敵になるならやる。そうでないなら保留」
「俺は、別にどっちでもいいですよ。お宝とかありそうですし」
「だそうです。ですが、モモンさん達のお力になれるか分かりませんよ?」
「いえ、そんな事はありません。皆さんなら必ずや私達の力になってくれると確信しています。それはもう」
モモンの期待の高さに少し困惑するが特に断る理由も今のところはない。
「でもよ、協力とかなにすればいいんだ? ズーラーノーンの話とか聞いたことないんだけど」
「それに関してはこちらから連絡をさせて頂きます。ウルベルトさんがメッセージの魔法を使えればいいのですが無いようですので、冒険者組合を通す形をとりたいのですがよろしいですか?」
「私達の拠点はあくまでも王都なのですがそれでもいいですか?」
「問題はありません。それでは――」
話は大きな爆音にかき消される。馬は音により慌てふためき。人間達も何事かと視線を動かす。そして――世界の脅威を知る。
「おい、アレってなんだよ……」
誰が言葉を口にしたかは分からない。そもそも聞こえていない者の方が多いのかもしれない。なにせ、彼らの視線の先には夜空を赤く染め上げる火柱があったのだから。
「アレは、おそらくですが魔法ですね」
その場に居た者達の疑問にモモンが答える。
「馬鹿言うなよ。あんなのが魔法なわけないだろ? あんなの第三位階とかじゃすまないぞ?」
距離は此処から大分離れている。それなのにこうして目視できる程の範囲魔法。そんな事を信じられる者は……ユグドラシルの知識があるウルベルト達三人ぐらいだろう。それほどまでに異常な事態なのだ。
「ふふふっ、これはこれは面白い者達が居る」
それは、闇夜の空から聞こえてきた。不快な音。人が使う言葉とは違う異質な物。
「お前は、カジット!」
その声に反応したモモンは、咄嗟に背中から下ろしていた大剣をその声の主へと投げる――が、それは空を切るだけで当たる事はなかった。だがそのおかげで多くの者がその存在に気づく事が出来た。
「リッチ……違う、あれはもっと上の存在だ」
「ほぅ……そこに居るモモン以外にも骨のある者は居るようだな。そう! 我こそは、偉大なるズーラーノーンの高弟が一人カジット・デイル・バダンテールである! 盟主のお力によりエルダー・リッチとして生まれ変わったこの私に勝てる者など居らん!」
エルダー・リッチ。それは、ミスリル級の冒険者チームで勝算があるとされる相手だ。たっち達やモモン達なら戦える相手だが、実力の劣る他の冒険者たちは怯えてしまうか荷馬車の影に隠れるようにするのが精一杯だ。
「愚かな者どもよ、聞くがよい! 我らが盟主は死の底よりお戻りになられた! 先ほどの火柱がその証! 我らがズーラーノーンに怯え、恐れ、称えよ! 我らにその身を差し出せ!」
「馬鹿を言うな! そんな事はさせない!」
モモンが荷馬車から飛び降りる。
「ふんっ! 貴様に何ができる」
「確かに私だけでは難しいかもしれない。だが、私は新しい仲間を得た。皆さん!」
モモンがたっち達の方を見る。
「もちろんです! 加勢します!」
たっちは、恐れる事もなくモモンの横に並ぶ。
「おいおいマジかよ。エルダー・リッチでも大変なのにあんな魔法を使う奴とやり合うのか?」
「ラキュースさんの敵になりますよ?」
「かかってこいや!」
ウルベルトも威勢よく喧嘩を売る。
「まったくしょうがないですね。付き合いますよ」
ウルベルトを焚きつけたペロロンも矢を弓に番える。
「面白い。だが、今回は挨拶だけだ。なにせ、まだ盟主は完全ではないのでな。精々首を洗って待っていろ」
そう言い残すとカジットは魔法で姿を消す。
「転移の魔法か」
モモンは、周囲を見渡すがそこにカジットの姿はない。
三人の前に現れたズーラーノーンを名乗る新たな敵。モモンとナーベと言う仲間を加えての新しい冒険が今始まろうとしている。