三人が行く!   作:変なおっさん

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第23話

 

 ブレイン・アングラウスが裏口のある方へと足を進めると物音が聞こえ始める。人の声。響く足音。

 

「どうやら予想は当たったようだな」

 

 見える姿は二人。裸の女を胸に抱きながらこちらを警戒する全身鎧の戦士がそこに居る。女の方は、捕虜だった者だろう。性欲処理としてあてがわれる事になったが必要としなかったために断ったので詳しくは知らなかったが酷いもんだ。隣に居る者に身体を支えられなければ立っていられない程に弱っている。

 

「他にも居るのか?」

 

 裏口があり、野盗の長が使っている部屋の奥にある裏口の方から音が聞こえる。隠す気のない足音。それが――二つか。

 

「おい誰か居るぞ!?」

 

「たぶん噂の人じゃないですか?」

 

 ぽっかり空いた暗闇から新しく姿を現す。一人は、肩を大きく揺らして睨みつける粗暴の悪そうな男。身なりからして魔法詠唱者だろう。もう一人は、飄々としているが手に持っている弓をいつでも構えられるように気を張っているように思える。

 

「ハズレだと思ったがどうやら違うようだな。お前ら……強いだろ?」

 

 思わず笑みが零れる。囮としての表側に比べれば大した事のない奴らが裏へと回ったと思っていたが違う。これはあくまでも勘だが、この三人は戦い慣れしている。

 

「ヤバいですよ。あの人マジで強いです」

 

「あぁ、力量の分かんない俺にも分かる」

 

 今、この空間には明確な物がある。

 

「本物の殺気ですね」

 

 三人の目には、アングラウスから向けられる殺気が目に見えそうになるほど明確に分かる。空間に殺意の色が満ち、それが自分の死を教えてくれる。

 

「いいな、悪くない。分かるか?」

 

 隠す気もない殺気。それを受けてもこの三人は怯える事もなく、恐れる事もなく、頭を働かせ行動に移そうとしている。

 

「俺が殺気を向けてこれだけ平然といられるのはよほどのバカか相当な経験を積んでいるかのどちらかだ。特に力量が分かっているのなら尚更だ」

 

 ゆっくりとした動作で腰に下げている武器を抜く。この辺りでは珍しい武器。此処から南にある国で作られる武器。魔法などは特に込められていないが純粋な切れ味はその辺の物では比べ物にならない武器。

 

「刀ですか」

 

 その武器を目にして思わず呟く。

 

「知ってるのか? この辺りじゃ珍しいが知っているのなら嬉しいな」

 

 腰に下げられた鞘から抜いた一品。己の切れ味を誇示するように光を受け、刃を光らせる業物。

 

「早速で悪いが試させてもらう。あんたらのお仲間が表で張り切っているようでな応援に向かわないといけないんだわ」

 

(モモンさん達ですか)

 

 予定では囮となって敵を引き付けているはず。アングラウスがこちらに来たのは予定外ではあるが役目は果たせているようだ。

 

「私とペロロンさんが戦います。ウルベルトさんは、彼女をお願いします」

 

「うっし! 任せておけ!」

 

 弱音を吐いている場合ではない。ウルベルトは、気合を入れる為に自らの頬を思い切り両の手で叩く。だが、世の中はそんなに甘くない。

 

「イヤァ……」

 

 たっちの影に隠れるように捕虜の女はウルベルトから逃げる。

 

「……この差はなんなんだよ。スリープ」

 

 近くで笑っているペロロンの頭を引っ叩いてからスリープの魔法で眠らせた捕虜の女を抱きかかえる。

 

「すぐに戻って来る。それまで持ち堪えろよ?」

 

「わかりました」

 

「だったら叩かないでくださいよ」

 

「知るか。フライ」

 

 フライの魔法で宙に浮かぶ。狭い洞穴を移動するのに適さないが非力で体力を消耗している今の状態だと他に選択肢もない。ウルベルトは、速度を落とす気もなく洞穴へと飛び込む。たとえ体中が傷ついても止まらずに進む覚悟を持って。

 

「これで心置きなくやれるな」

 

 言葉が終わると共にアングラウスは駆け出す。軽装であるが故にその速度は速い。

 

「《速射》」

 

 しかし、それにペロロンは合わせる。初めから狙っていたからこその行動だ。

 

「――チッ……」

 

 ペロロンから飛んでくる矢に気づいたアングラウスは急停止からの旋回で刀を振るう。無駄のない動作。すぐにでもまた駆け出せるような動作――だが、それは行われない。

 

「《スパイクアタック》」

 

 矢を刀の一振りで落とした面前に既にたっちが距離を詰めてそこに居る。重装備を考えるとこちらが矢に反応した頃には動いてはずだ。

 

「面白い!」

 

 迫りくる盾。既に刀は振られ返して切り付けるには無理がある。なら他に方法もない。

 

 アングラウスは躊躇いもなく盾に体当たりをする。優勢なのは先に全体重を乗せた技を繰り出したたっちにある。だが、当たる場所に差がある。たっちは、あくまでも盾を突き出した左腕だけ。アングラウスは、肩口からの身体全体を利用してのものだ。仮にもしアングラウスの行動に躊躇いがあれば動作の遅さなどで競り負けていただろう。

 

「いいな、おい!」

 

 互いに体勢は崩れる。ただ、この相手達はアングラウスを休ませてはくれない。

 

「《速射》と《連射》でもくらえ!」

 

 仲間が居ると分かっていながらも矢が飛んでくる。

 

(当たるのが怖くないのかよ)

 

 不思議な相手だ。戦い慣れているのは分かった。ただ、力量のわりに戦い慣れ過ぎている。合図も無しに互いの動きが分かっている。言葉を交わさず、見もせずにここまで動けるものなのか? 体勢を崩したたっちの身体の隙間を潜り抜けるように飛んでくる矢を見て興奮しない訳がない。

 

(お前はどうする、ブレイン?)

 

 刀を振るい。今度は、無理やり体当たりを繰り出し。今は、それらのせいで体勢を取り繕うのも難しい。それなのに矢が続けさまに三本も飛んでくるんだ。

 

「決まってるよな!」

 

 身体で動かせる場所を探す。右足、左足は無理だ。刀を持つ右手も無理。なら、唯一動かせる左手を使え。アングラウスは、左手を使い矢を撃ち落としにかかる。万全な状態なら上手くできたかもしれない。だが、これだけの状況ならそれは無理だろう。最初に飛んできた矢は傷と共に弾いた。二本目の矢は盾にした左腕で甘んじて受けよう。だが、他の二本の矢の逃げ道に用意されていた三本目はこのまま避けさせてもらう。

 

「確か、たっちだったな。それで、あっちはペロロンだったか。これで、さっきのウルベルトとか言う魔法詠唱者も加わるのか」

 

 たっちを盾にして体勢を整える。正直に言えば、これだけの事を行える弓兵を視界から外したくはないが、此処は狭い洞穴。回り込まれる心配はない。今は、体勢と呼吸を整える。

 

「一つ訊いていいか? お前達と表の奴らどちらが強い?」

 

「表に居る方々ですよ。本来なら情報を相手に与えたくはないですが、モモンさん達なら別です」

 

「モモンか……聞いたことないな。お前達もそうだ。どうやら裏に籠っている間に表は面白くなってそうだな」

 

 アングラウスは、刀を鞘に納める。一見すると敵を前にして行うものではない。

 

「居合ですか?」

 

 変わる事のない殺気。否、殺気はより濃いものへと変わった。

 

「そこまで分かるか。そうなると困るな」

 

 居合には一つ弱点がある。どうやらそれを知っていそうだ。やりにくい相手だ。嬉しい相手だ。

 

「武技は分かりませんが、居合に関するものでしょうか? 剣速を上げる……そんなところだと思うのですが?」

 

「御名答。お前は、良い相手だな。できれば、一対一でやり合いたいがそうもいかないんだろう?」

 

「こちらの目的は戦いではありませんので」

 

「そうか。分かった」

 

 アングラウスは殺気を抑える。

 

(罠か?)

 

 急に空間から殺気が消えていく。怪しいが、どうやら罠にしては雰囲気が違う。

 

「今回は見逃してやる。だが、今度会ったら俺と勝負しろ。一対一でだ」

 

 たっちは考える――が、どうすればいいかが分からない。アングラウスが強いことは分かる。居合は行動に制限は掛かるが、まったく動けないかと言われればそうではない。一気に間合いを詰められて振るわれる場合もある。捕虜を逃がす事を最優先で考えれば見逃してもらう方がいい。だが、これだけの危険人物を野放しにするのが果たしていいのだろうか?

 

「見逃してくれるのならそうしましょう。今回は、討伐ではなく捕虜の奪還なんですから」

 

 後ろから聞こえるペロロンの声。確かにその通りだ。目的を見失うな。

 

「分かりました。勝負はお預けします」

 

 たっちは、警戒を解かないままゆっくりと後退する。すると、アングラウスの視界にペロロンの姿が映る。一切警戒を解かずに矢先をこちらに向けている姿が。

 

「俺の名前は、ブレイン・アングラウスだ。今度会う時までに腕を上げときな」

 

 アングラウスの言葉に答えずに二人は洞穴の闇へと消えていく。

 

「アングラウスさん!」

 

 表側の方から先ほどの野盗の一人がこちらへと走って来る。しかし、他には誰も居ない。

 

「他はどうした?」

 

「それがですね……皆やられちまいました」

 

「……そうか」

 

 驚きはしたが納得もした。あれだけの実力を持つ者が信頼している相手だ。コイツ等程度なら相手にならないだろう。

 

「此処から出るぞ。外で合流する」

 

「わかりやした。俺は、アングラウスさんに従います」

 

 既に満身創痍だ。当然だろう。此処に居るのは今や二人だけ。戦う気など無くなる。いや、最悪の場合は本当に二人だけかも知れない。外に居る者達がどうしているかは分からないが敵の力量を知らずに挑む可能性は十分にある。なにせ相手は無名なのだから。

 

「足を洗うかぁ……」

 

 金目の物があるか分からないが手分けして探す。どうせ見逃す為の時間がある。今は身を隠し、再戦の準備をしたい。

 


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