洞穴の中には外にあった僅かばかりの星々の光すらなく完全なる闇の世界となっている。《ダーク・ヴィジョン》の魔法で視界を確保できていなければ見つかる覚悟で松明を使う必要がある。
「先ほど捕らえた方達に聞いた話だとこの先には野盗の長の部屋があり、入り口を出てすぐ左の道の部屋に盗んだ物が置いてあるそうです。捕虜になっている方達は更に進んで右の方の部屋に。数は4人。全員鎖に繋がれているそうです」
たっちは、捕らえた野盗達から聞き出した情報を二人に伝える。
「確かにこの先の部屋はいかにも野盗のトップの部屋って感じでしたけど信用できるんですか?」
注意深く先に進むペロロンがチラリと後ろを向く。順番は、ペロロン、たっち、ウルベルトの順だ。
「俺が怖いらしい」
ウルベルトの言葉に思わずペロロンは笑いそうになる。
「なら大丈夫かもしれないですね。ウルベルトさん、傍から見ると何するか分かんない感じでしたから」
「……そんなにか?」
「平然と人の腕を折ってたら――止まってください」
ペロロンは二人を言葉と手で制止する。
「足下を見て下さい」
ペロロンに言われ二人は足元を見る。そこには、通路の端から端まで張られたロープが薄っすらとだが見える。わざわざ目立たないように汚してある罠用のロープだ。
「奥も見て下さい」
言われた通り奥を見てみる。すると奥の方にも似た様なのがあるが少し物が違う。張られているロープが太く汚れていないからか先ほどよりもはっきりと見え、そのロープの端にはわざわざ金属製の板のような物まで付いている。
「手前が本命で奥のがブービートラップです。これと似たようなのが他にもあるんですが気をつけて下さい。配置を変えてありますんで」
そう言うと楽しげにペロロンは先を進む。それを二人は追いかけながら罠に掛からないようにして進む。
「……なるほど、これは厄介ですね」
「性格悪いな」
先を進むと同じような物を見つける。先ほどとは違い手前の方に金属製の板がロープに張られている物。両方ともに板がある物や無い物。ロープも微妙に変わっていたりで、見ながらでないと引っ掛かりそうだ。
「配置に関しては覚えておいてくださいね。いざとなったらここを全力で走るんですから」
簡単に言うが全部を覚えるのは面倒だ。なにせ出る時は順番が逆になるのだから。
「めんどくせぇー」
「頑張って覚えましょう」
ウルベルトとたっちは、警戒を完全にペロロンに任せて罠の配置を覚えることに専念する。そんな事をしながらでも歩いて行けばゴールには辿り着く。
「いかにもって部屋でしょう」
ペロロンに言われ覚えるのをいったん止める。獣油特有の臭さが漂い僅かばかりの光がある部屋には、簡単なテーブルと椅子があるがそこにはこの辺りの地図らしい物があるぐらいであとは酒瓶や食べ残しなどがあるぐらいだ。部屋の隅にいろいろと雑に置かれているようだが特に金目の物はない。というか散らかっていて汚いので調べたくない。
「あくまでも個人の部屋だな。俺としては、盗品のある部屋に行きたいがそうもいかないか」
野盗達の仕事の内容を気にしない冒険者はいないだろう。特に討伐隊が結成される規模ともなれば価値のある物があってもおかしくはない。野盗の持ち物は、基本的には討伐した冒険者が戦利品として得ることが許されている。例外としては、冒険者組合に依頼がある物ぐらいだ。この場合は、冒険者組合に提出し報奨金を貰う事になる。勿体ない場合もあるが高額な物が多く、冒険者組合の評価も上がるので悪い話でもない。
「話だとブレイン・アングラウスと呼ばれる者が居るそうです。話が本当で本物であるのなら戦士長様と同格の実力者かもしれません」
たっちの言葉に二人は思考が止まる。
「……えっ? なんで今更そんなことを?」
「……そういうのは早く言えよな」
実力者が居るとは聞いていたが、かの有名な王国一の実力者とも言われる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと同格なんて聞いていない。
「知ったところでやる事は変わりません。それに話によると戦士長様には負けたみたいですから」
「いや、そういう問題じゃないだろ? 戦士長クラスとか勝てる気がしないんだが。せめて空を飛ばないと無理だ」
「俺も近づかれたら斬られる自信がありますね。それはもうバッサリと」
二人の不満も分かる。前にたっちがガゼフと戦ったことがあるがスキルを使用しても負けた。ガゼフの方も武技を使用してはいたがたっちとは違い明らかに余力を残していた。
「私達なら大丈夫です。それに戦うのが目的ではないですから」
「でも、表側に行ったらヤバくないですか? モモンさんがたっちさんよりも強いって言っても勝てるか分かんないんじゃないですかね?」
「モモンさんは、おそらくですが戦士長様とあまり変わらないと思います。技などに関して言えば戦士長様の方が上ですが、身体能力で言えば圧倒的ですからね」
「ならどっちに行くかは運に任せるか」
警戒を強め先へと進む。捕らえた者達から聞く限り中には、ブレイン・アングラウスと呼ばれる者を除くと6人居るそうだ。ただ表側の対応をしているからかペロロンが見つけた罠以外には特に障害もなく目的の場所へと辿り着く。目隠し用の天幕も明かりもない場所。そこには、世界の冷たさだけがある。
「酷いもんですね」
先を進んでいたペロロンが最初に見つける。二人もすぐに状況を目にするが雄臭い不快な臭いに表情が歪み、捕虜となっていた女性達の事を思うと怒りが込み上げる。岩肌に打ち込まれている金具から繋がれている鎖が足に届き、衣服などは着ておらず生傷だらけの裸体で冷たい洞穴の地面に横たわっている。食事も碌に取れてはいないのだろう頬がやせ細り度重なる屈辱と辱めからか目はどこか空虚なものとなっている。
「ウルベルトさん」
「分かってる」
ウルベルトが魔法で傷を治そうと近づくと一人がそれに気づき怯えた目を向ける。
「……ィャ……コナイデ……タスケテ……」
ウルベルトから逃げようと力の入らない身体を動かす。三人に気づかず未だに横たわる者達を押しのけ逃げようとするが身体は上手く動けずにその場でジタバタと僅かばかりに動くだけだ。
「……他から治す」
先に他の者達の治療を始める為に移動する。近づいて見てみると人形ではないかと思えるほどに意思を持たずにいる。
「……すまないな。今はこれしかできない」
ウルベルトが《ライト・ヒーリング》を行使している間も反応はない。僅かばかりの癒しの光。これが今の彼女達にどれだけの癒しをもたらす事ができるのか。
「大丈夫です。私達は、助けに来ただけですから」
たっちは、女性が怖がらないように剣と盾を地面に置き、兜を外して女性に声を掛ける。
「――大丈夫ですから。もう大丈夫ですから」
たっちが声を掛けながら近づくと反射的に手近にあった石を掴んで投げる。投げられた石は、弱々しくもたっちの額に当たり血が薄っすらと流れるがそれを甘んじて受ける。怯える女性を怖がらせないように表情を変えずに優しい言葉を掛け続けながら。
「必ず助けます。必ず貴女を本来居るべき場所へと返します。一緒に帰りましょう」
蹴られようが引っ掛かれようがそれでも近づき、女性の下へと届く。
「もう大丈夫ですから」
そっと親が子供に対するように優しく抱きしめる。声を掛け続け身体の震えが収まるまで。
「ペロロン、俺が運ぶから頼んだぞ」
「ええ、俺が意地でも守ってみせますよ」
ウルベルトは、治療を終えた女性の一人を抱きかかえる。魔法職のウルベルトには少しキツイがそんなことは言っていられない。今は少しでも早くこの場所からこの人達を遠ざける為に。
♢♢♢♢♢
今もあの時の事を思い出す。初めて負けを知ったあの時の事を。
――ガゼフ・ストロノーフ。
奴と出会ったのはあの時が初めてだったわけじゃない。それまでも話に聞いていた。戦っているところを見た事だってある。だが、王国主催の御前試合で見せたあの男の姿はそれまでの物とは違っていた。初めてだった。剣の道に生きてから初めて敗北を知った。本物の敗北を。
「――アングラウスさん!」
「……なんだ?」
ブレイン・アングラウスが一眠りしていると声を掛けられる。用心棒として雇われている野盗の一味のうちの一人だ。
「大変です! 表に新手が現れました!」
「それで? 俺の腕が必要なのか?」
アングラウスは、気怠そうに身体をおこす。布を敷き詰めて辛うじて寝床と呼べる場所はあまり身体にはよくない。
「はい! それが豪華な全身鎧を着てる奴ととびきりの美人の二人なんですがそれがむちゃくちゃな強さで! 女に釣られて行った奴がバカデカい剣で叩かれて吹っ飛んだんですよ、ポーンて感じで!」
剣で叩かれる? 何を言っているんだ?
「剣は叩くもんじゃないぞ?」
「そうなんですが本当なんですよ。大人程のデカさの剣でその横っ腹で軽々と。あんなバカデカいのを片手で振り回すなんてあれは化け物ですよ」
「片手で?」
何を言っているかよくわからないが仮に大人程の大きさのある剣を片手で振り回せるとしたら確かに化け物だ。そういった物は、普通は身体を軸にして両手で振り回すようにして使うような武器だ。それを片手で扱えるなら化け物と呼ぶにふさわしい。
「面白そうな相手だな」
思わず笑みが零れる。野盗の用心棒をしている理由は、強者と戦うためだ。あの男に勝つ為に。
「アングラウスさんならあんな奴なんて簡単っスよ。ただ女だけは生かしておいてくだっせえ。あんな上玉を殺したとあっては後で頭に殺されちまう」
「女の事なんか知るか」
アングラウスは野盗の言葉を一蹴する。女なんてのは剣の道の邪魔にしかならない。
「俺は、強い奴と戦えればそれでいい」
「そう言わないでくだせえよ」
どうやら相当な上玉なのだろう。冷たく一蹴したにも拘らず歩き出したアングラウスに縋りついてくる。
(うざいな……しかし、少し妙な気もする)
考えれば少しおかしな話だ。先に来た者達は弱かった。おそらく冒険者としてはカッパーかアイアンだろう。ならば今表に居るのは? 仮に話が本当なら最低でもオリハルコンにはなるだろう。だが、なんで二人なんだ?
「――どうかしましたか?」
急に立ち止まったアングラウスに声を掛けるが返事は返ってこない。
「最初が偵察。次が討伐隊か?」
以前より冒険者組合が討伐隊を結成したという話は情報として入っていた。偵察隊が先に動き、それを受けてエ・ランテルで待機している討伐隊が動くと。だからこそ移動の準備をしているわけだがどうなんだ? 討伐隊が来るにしては早過ぎる。仮に他に居た偵察隊の者だとしたら強いのはおかしい。何処に居るかもわからないようなものを探すのは金のかからない弱い奴の仕事だ。
「ありえないな」
話だけ聞けばオリハルコン級だろう。考えられるのはコイツが馬鹿な夢を見たってところだろうが、バカデカい剣で叩かれたのを見間違うとも思えない。
「おい、裏口の方はどうなってる?」
「えっ? 裏口ですか?」
「まだ積み込みは終わってないんだろ?」
「まだだと思いますが、それが?」
緊急時の避難用となっている裏口は巧妙に隠されており、知らない者には見つける事はできないようになっている。ただ、荷物の積み込みをしている今は見つける事ができるはずだ。
「もしかしたら陽動かもしれない」
「陽動ですか?」
「おそらくだが本来の討伐隊じゃない。来るのが早過ぎるし数も少ない。そうなると偶然居合わせたんだろう。中の状況が分からないから表と裏に分かれて挟撃ってところか」
冒険者チームは、4人か5人で組む事が多い。少ないと動きやすいが戦いで困る。多すぎると見つかりやすく分け前にも響くからだ。そう考えると裏には、2人か3人。囮になる表に実力のある者を配置し、裏には動けるものが行くのが定石。
「お前は残りを呼びに行け。少し早いが撤退する」
「ですが、まだ頭が戻ってませんぜ」
「欲をかいていつまでも此処に居るなと俺は言った。それでも居続けたのは自業自得だろ? 俺は、あくまでもお前達を守るように雇われた用心棒であって場所や物は関係ない。早くお前は呼びに行ってこい」
「分かりました」
野盗は、アングラウスに言われた通りに表の対応をしている仲間の下へと向かう。
「さて、少し勿体ないが此処から出るとするか」
表に居る実力者が気にはなるがまともに戦えるか分からない状況では意味もない。今は、裏に回っている者達だけで我慢するとしよう。