三人が行く!   作:変なおっさん

18 / 57
第18話

 宝物殿には、アインズ・ウール・ゴウンの四十一人が集めた宝の数々が置かれている。金貨や宝石は山を築き、それが連なるように山脈を形成している。その量は、枚数を数える気が起きない程だ。他にも強力で価値の高い武器などやアイテムを作成するためのデータクリスタルなどがある。財宝と呼べるような装飾品なども数多く保管されている。そして、最奥には真の宝とも呼べるワールドアイテムもある。この場所は、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーしか持つことが許されないリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用しなければ来る事ができない仕組みになっている。ただ念の為ではあるが、指輪を奪われた時用の罠やギミックなども用意されている。アインズは、あまり会いたくはないが背に腹は代えられぬ状況なので自分の創りだしたパンドラズ・アクターに会いに、この場所を訪れた。

 

「ようこそおいで下さいました、私の創造主たるモモンガ様!」

 

 ピンク色の卵のような頭を持つドッペルゲンガー。パンドラズ・アクターは、アインズが創りだした宝物殿を守る領域守護者である。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 表情は読み取れないが、心配はしていると思う。

 

「いや、久しぶりなもので……ついな……」

 

 アインズが自分にとって最高の味方になるかもしれないパンドラに会いたくなかったのは、パンドラの格好にある。20年ほど前に欧州アーコロージー戦争で話題になったネオナチ親衛隊の制服に酷似した軍服をパンドラは着用している。それに、アクターと名付けたので役者のようにオーバーなリアクションを取るようにもしてある。今は、大袈裟な動作で右手を帽子に添えて、敬礼している。当時は、これがカッコいいと思っていた。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「はい。モモンガ様」

 

「一つ確認をしてもいいか? 私は、お前の創造者であり、お前の忠義を一身に受けている。そうだな?」

 

「その通りでございます。モモンガ様。私は、貴方様に創られました。他の至高の方々に戦いを挑めと言われれば迷いなくそれを行います」

 

(……これは、どう受け止めればいいんだ?)

 

 自分の為なら他の至高の存在とも戦える。他の守護者達の話だと抵抗はある感じだが? 今の状況を考えると危険な気もするが、それだけ自分に対しては忠義があるという事なのだろうか?

 

「そうか。つまり、私の言う事は絶対なのだな?」

 

「モモンガ様に死ねと言われれば、このパンドラズ・アクター。喜んで自らの命を絶ちます。全ては、モモンガ様の御心のままに」

 

 表情は未だに分からないが、きっぱりと言われる。

 

「パンドラズ・アクター、いや、パンドラ。お前を信頼して相談がしたい。だが、その前に今置かれている状況を話しておく」

 

 相談をする前に話をしておく。アインズの事をモモンガと呼んでいる事から察するにパンドラは現状を知らない。アルベドやマーレには指輪を渡したので此処に来られない事もないが、特に来る理由もないので何も聞いていないのだろう。ナザリックがユグドラシルとは違う世界に転移したこと。モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗る事になった経緯。そして、最近の出来事を話しておく。ついでに、敬礼などはやめるようにも言っておく。なんだか自分の黒歴史を見ているようでいい気はしない。

 

「私の知らぬ所でそのような事が」

 

「まぁ、そういう事だ。それで、ここからが本題だ。実はな、会ったのだ……たっちさんに」

 

「それは、至高の四十一人であるたっち・みー様の事ですか?」

 

「正確に言えば、ウルベルトさんとペロロンさんも居た」

 

「それは、良い事なのではないのでしょうか? 私は、アインズ様が奥にある霊廟で至高の方々を思いアヴァターラをお作りになられていた事を知っております」

 

 ワールドアイテムの保管場所は宝物殿の最奥になるのだが、その手前には霊廟と呼ばれる場所がある。そこには、ユグドラシルをやめていった仲間達を基にアインズが製作したゴーレムがある。

 

「そうなんだが、少し問題があってな。今の三人の姿は、異形種ではなく人間なんだ」

 

「人間? それは……確かに問題ではありますが、アイテムなどで元の御姿にお戻りになられればよろしいのでは?」

 

「事はそう簡単ではない。詳しくは話せないが、どうやら三人は私とは違うようなのだ。ナーベラルがたっちさんを見た時に私とは違うように感じたらしい。アインズ・ウール・ゴウンに所属していないからかもしれないが、至高の存在としては認識していないようなんだ」

 

 パンドラは考える。設定上だとナザリック随一の頭脳を持つデミウルゴスにも負けていないはずだ。

 

「先ずは、確かめる必要があるかと。本物であるのか? アインズ様とどのように違うのか? もしかしたらナザリックを転移させた何者かが罠を仕掛けている可能性も考えられます」

 

「本物だとは思うが……まぁ、確かめてはみよう。それとだ、これから六階層にあるコロシアムに行く事になっているのだが、一緒に来い」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

「……パンドラ。それは、やめろと言ったはずだ」

 

「申し訳ありません」

 

 ドイツ語。今でもカッコいいとは思うが、痛々しい。いや、傍から見るとなのだろう。しかし、パンドラは役に立つ。頭脳もそうだが、能力に関しても強い。パンドラは、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー四十一人の力が八割程度ではあるが使用する事ができる。ドッペルゲンガーとして姿を変える事により行使できるのだが、相手に合わせて戦い方を変えられるのは強みになるだろ。

 

「今後については、歩きながら話すとしよう」

 

 コロシアムへ向かうまでに簡単ではあるが話し合っておく。アインズとしては、たっち達の事を早急に調べたい。しかし、他にも問題がある。パンドラには、こちらの手伝いをしてもらいながらそちらの方の対処もお願いしたい。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓にある第六階層のコロシアムでは、一部を除く階層守護者であるシャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスと守護者統括のアルベドがアインズの到着を待っていた。

 

「アインズ様からの緊急の呼び出し。いったい何があったのかえ?」

 

「そんなのあたし達が分かる訳ないじゃん」

 

「ボ、ボク……何かしちゃったかな?」

 

「心配スル事ハナイ。何カアッタトハ聞イテイナイカラナ」

 

「しかし、何かがあったからこそ呼び出されたのではないでしょうか? アインズ様の事です。私達では理解できない何かを見つけられたのかもしれません。アルベド、貴女は何か御存知ではありませんか?」

 

「捕らえた者からの情報をアインズ様に御報告はしたわ。此処に居る者には、先ほど話したでしょう?」

 

 時間があるので、アルベドが捕虜であるクレマンティーヌから得た情報を集まった守護者達に話した。

 

「ワールドアイテム。至高の御方々が探しておられた物でありんすえ? 確か、強力なマジックアイテムだとか?」

 

「ええ、そうです、シャルティア。ワールドアイテムは、他のマジックアイテムとは違います。ナザリックにも幾つかはありますが、どれもが強大な力を保有しています。中には、世界の在り方すら変えられるような物すら存在します」

 

「確カ、我々ガ置カレテイル状況ニ鑑ミテワールドアイテムガ使用サレタ可能性モアルノダッタナ?」

 

 ナザリック地下大墳墓が転移した可能性の一つとしてワールドアイテムの使用がある。アインズ・ウール・ゴウンに敵対している何者かがワールドアイテムを使い異世界へと転移させた。今は、その可能性も考えて慎重に動いているところだ。

 

「セバスさん達、大丈夫かな?」

 

「何かあればすぐに連絡をするように言ってあります。それよりもそろそろアインズ様も御出でになられるでしょう」

 

 女の勘なのか? アルベドの言う通りコロシアムの一角に転移の門が現れ、そこからオーバーロードであるアインズが――

 

「……アインズ様?」

 

 アルベドをはじめ、守護者達はそれを疑いに満ちた目で見る。姿形は確かにオーバーロードであるアインズだが、感じる物は別物だ。

 

「どうやら、すぐに正体がバレてしまいましたね」

 

 その偽物は、特に悪びれもせずに言ってのけるが、至高の存在であるアインズの姿形を真似た者に対する不快感を誰しもが隠すことなく滲みだしている。

 

「もういい、パンドラズ・アクター。やはり、完璧とまではいかないようだな」

 

 今度は、別の所からアインズが現れる。こちらは、コロシアムの貴賓席から姿を現す。守護者達は両者を見比べるが、すぐに本物が貴賓席の方だと分かり首を垂れる。

 

「忙しい中、よくぞ集まってくれた」

 

 そう言うと、《フライ》の魔法を唱え守護者達の下へと降りる。

 

「話をする前に紹介しておこう。この者の名は、パンドラズ・アクター。私が創った宝物殿の守護者だ」

 

 アインズの紹介を受け、パンドラは元の姿へと戻る。

 

「見ての通り、この者はドッペルゲンガーである。私を含め、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー四十一人の外装と能力を保持している。完全ではないが、それを巧みに使いこなすだけの力はある」

 

「守護者統括殿。各階層守護者殿。以後、お見知りおきを」

 

 パンドラは、大袈裟にお辞儀をする。

 

「守護者統括として知ってはいましたが、会うのは初めてですね、パンドラズ・アクター。アインズ様の御手により御創りになられたのは羨ましいですが、皆を代表して歓迎します」

 

「これは、ありがたき幸せ。共にアインズ様をお支えしていきましょう」

 

 アルベドとパンドラの間に何かが見える気がする。少なくともアルベドからは嫉妬の念が見える。愛されるのは嬉しいがほどほどでお願いしたい。

 

「さて、パンドラの紹介も済んだので本題へと入る。先日、捕らえた者から得た情報で危険な者達が居る事が分かった。それも、相手は異形種を嫌うスレイン法国に属する者達だ。他にも真なる竜王などもいるようだが、既に関わりのある方を警戒すべきだと考える」

 

「アインズ様。失礼ながら申し上げます。既にアインズ様が来られる前に各自には話してあります」

 

 どうやら待たせ過ぎたようだ。少しパンドラと今後について話していたからだが、説明の手間が省ける。

 

「そうか。なら、先に進めよう。アルベドから聞いていると思うが、相手はワールドアイテムを所有している可能性がある。ワールドアイテムは、レベル差などを超えて危険な物だ。《聖者殺しの槍》と呼ばれる使用者と共に相手を抹消する物。《光輪の善神》と呼ばれるカルマ値がマイナスの者に強大な効果を発揮する物。他にも世界に関与しかねない規格外とも言えるような物もある。他にもあるが、どれか一つでも所有していれば被害は甚大な物になる」

 

「アインズ様。それでは、スレイン法国をお探りに? 既にこちらは、スレイン法国の者達に危害を加えておりますが?」

 

「問題はそこだ。もしかしたら既に動いているかもしれない。しかし、そうでない可能性もある。そこで、幾つかの案がある。まず一つが、影武者だ。カルネ村での一件を監視していたのがスレイン法国と考えるのなら偵察に来る可能性がある。パンドラには、私の影武者としてアインズ・ウール・ゴウンを名乗り、私の代わりをしてもらう」

 

 あくまでも保険だ。あの戦いの際に監視していたのがスレイン法国の者なら監視が失敗したことに関して調べに来るかもしれない。その時にアインズの代わりにパンドラを影武者として対応させる。

 

「二つ目に捕虜の扱いだ。アルベド、まだ生きているな?」

 

「はい。言われた通りに」

 

「そうか。あの者には、使い道がある。スレイン法国に追われている身でありながら、ズーラーノーンと呼ばれる組織に属している。あの者には、これから行われる汚れ仕事を全て請け負ってもらう。それと、エ・ランテルに潜んでいる仲間も使う。捕らえておけ」

 

 これも保険だ。場合によっては、ナザリックの代わりにスレイン法国と戦ってもらうとしよう。

 

「そして、最後になるが戦力の強化を図る。お前達は強者ではあるが、それだけではダメだ。戦闘経験やワールドアイテムなどの強力なアイテムの使用で負ける可能性がある。他にも私達が知らない武技やタレントなどでも。私は、戦士モモンとしてレベル差がある相手と戦った。負ける要素などはなかったが、確かに相手の剣が私に届いた。心の何処かで慢心や油断があったのだろう。一度、ナザリックの者達に自分の保持する力の確認とチームワークを学ばせようと思う。これは、私と仲間達に言えたことだがチームワークを駆使すれば強敵であっても戦い勝つ事ができた。強者は、力ある弱者達に負ける。アルベド、パンドラを補佐として付ける。忙しいと思うが、よろしく頼むぞ」

 

「畏まりました。必ずや御身のお望みのままに」

 

「後の事は、また後日に申し付ける。今日は、守護者達の戦力を調べたいと思う。私にお前達の力を見せてくれ」

 

 場に居る者は、アインズに首を垂れる。アインズに自分の力を見せる為に。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 アインズ監修の下行われた最初の守護者達の模擬戦は、一定の成果と課題を残して終わった。デミウルゴスは、アインズに命じられた仕事に戻る前に現状の確認をしておこうとナザリック内で作業をしていたのだが、移動の途中に廊下で立ち話をしていた戦闘メイドであるプレアデスの二人を見つける。

 

「おやおや、いけませんね。アインズ様に仕える者が廊下で立ち話などとは」

 

「申し訳ないっす、デミウルゴス様! 今度から気をつけます!」

 

「気をつけますぅ」

 

 人狼のルプスレギナ・ベータ。虫の集合体で人に擬態しているエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの二人だ。

 

「そんなに楽しいお話だったのですか?」

 

 アインズの前ならともかく、そうではないのでデミウルゴスも怒りはしない。

 

「いや、楽しいわけじゃないんすけど、ナーちゃんから話を聞いたもので」

 

 確か、ナーちゃんとは、同じプレアデスであるナーベラル・ガンマの事のはずだ。

 

「アルベド様への定時報告の時に何かあったら私達にも教えてくれるんですぅ。それでぇ、なんだかアインズ様が戦われたみたいなんですぅ」

 

 先ほどの話に出ていたものだろう。詳しくは知らないが戦士モモン相手に善戦した者が居たようだ。

 

「確か、アインズ様に一矢報いたのでしたね?」

 

「デミウルゴス様も知ってるんですか!? 私達もビックリしましたけど、たっち・みー様なら納得っす!」

 

 思わず頭の中が真っ白になる。アインズと同じ至高の存在であるたっち・みーが戦った? いや、少し違う。

 

「あくまでも似た人ですぅ。アインズ様が違うって仰ったんですからぁ」

 

「そうでした。名前が同じだけでしたっすね。せっかく、至高の御方々が見つかったと思ったのに、残念っす……」

 

(アインズ様が否定なされた……)

 

 おそらくだが、その相手はアウラが言っていた者達の事だろう。至高の御方々である可能性があったが、アインズが否定したのならその可能性はない……本当にそうなのか? いや、これは願望なのかもしれない。たっちが偽物であるのなら一緒に居るウルベルトも偽物である可能性が強まる。

 

「他に何か言ってはいませんでしたか?」

 

「他にですか? んー、確か、ナーちゃんが人に慣れる練習をするとか言ってたような?」

 

「他とは違うって言ってましたからぁ、練習にはもってこいだと思いますぅ」

 

 アウラと同じ。ナーベラルも何かを感じた。

 

「そうですか。面白い話をありがとうございました。しかし、今後は気をつけるように」

 

 ルプスレギナとエントマは、返事をすると何処かへと歩いていく。

 

「至高の御方々である可能性は限りなく低くなりましたね」

 

 同じ至高の存在であるアインズが否定したのなら可能性はないだろう。だが、他の可能性、子孫などはまだありえる。

 

「やはり、早急に調べておきたいですね。しかし、人手が……あぁ、そういえば捕虜の扱いについてはまだ具体的には決まっていませんでしたね」

 

 まだ捕虜の扱いに関しては保留だったはず。アインズに命じられている案件で人手が足りない。既に心は折っているはずだが、管理も兼ねて申し出てみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 アインザックからの依頼を受け、エ・ランテルから王都へと向かう道中。

 

「へぇー、ナーベラルにそっくりだったんですか」

 

「もしかしたら本物かもな」

 

 たっちが昇級試験の時の事をペロロンとウルベルトに話していた。

 

「でも、モモンさんの方は違うと思います。名前からしてモモンガさんだと思いましたけど、言葉に力がありました。噂通り、本当に貴族の方なのかもしれません」

 

「モモンガさんは、俺達とあまり変わらないからな。貴族って事はないだろう」

 

「意外と、頑張ってなりきってるだけかもしれないですけどね」

 

「いえ、あれは上に立つ者の――」

 

 たっちが二人を手で制止する。

 

「武装してますね」

 

 ペロロンもたっちと同じぐらいのタイミングで分かった。見えるのは、三人組だ。一人は女で、他の二人が男。冒険者か、傭兵か、野盗のどれかだろう。

 

「……野盗って感じじゃないな」

 

 近づいてくるとウルベルトでも分かる。野盗なら待ち伏せをするだろう。しかし、目に見える者達は明らかに何かから逃げているようだ。

 

「助けてー!」

 

 間違いない。先頭を走る女から助けを求められる。

 

「どうします?」

 

 たっちが二人に相談する。普段なら迷わずに助けるのだが、今回ばかりは少し事情が違う。

 

「あれが罠ならビックリですね」

 

「あの女から話を聞こう。たっちさん、お願いできますか?」

 

「分かりました」

 

 ウルベルトは少し下がり、ペロロンはいつでも弓を構えられるようにする。野盗やモンスターに襲われている者を演じる野盗も三人の知る限り存在するからだ。

 

「どうかしましたか?」

 

 たっちも警戒をしながら先頭を走っていた女に話し掛ける。

 

「――ミスリル!? よかったー、これで助かる……」

 

 女は、たっちが首から下げているミスリルの冒険者を表すプレートを見て安堵の声を漏らす。

 

「あなたは?」

 

「申し訳ありません! 私は、アイアンの冒険者のブリタって言います!」

 

 クラスの差があるからか急ぎ身なりを整え、自分の持つアイアンのプレートをこちらに見せて質問に答えてくれる。

 

「それで、どうされたのですか?」

 

 ブリタの後ろには、同じように逃げてきた者達が安心したからか座り込んでいる姿が見える。相当走ったのだろう。ローブを身にまとった魔法詠唱者と思われる男に関しては、今にも倒れそうだ。

 

「野盗のアジトを見つけたのはいいんですが見つかってしまって。既に仲間の一人がエ・ランテルの方に知らせに行っているとは思うんですけど、このままだと逃げられます。力を貸して下さい!」

 

 おそらくだが、蒼の薔薇からの依頼で聞いた野盗の件かもしれない。エ・ランテルの冒険者組合からアジトを探すための者達が派遣されていると聞いていたが、この者達の事だろう。

 

「その野盗とは、腕の立つ者が居ると噂の?」

 

「はい。実際に会いましたけど、私達じゃとても敵いませんでした。仲間の一人が戦いましたが……殺されました」

 

 辛い言葉を口にさせてしまった。仲間の死を思い出したからか表情が暗くなる。

 

「相手は、剣士だ。私の魔法を使いながら逃げるだけで精一杯だった」

 

 後ろに居る魔法詠唱者が話に混ざる。

 

「分かりました。皆さんは、念のためにエ・ランテルへ話を持って帰って下さい。もしかしたら先に向かっている方が襲われている可能性もありますから」

 

「確かにそうですけど、案内役は必要じゃないですか?」

 

「案内役が居てくれた方が確かにいいですが、私達は皆さんをかばいながら戦える程強くはありません。大体の場所を教えて頂ければ十分です」

 

「分かりました」

 

 ブリタは、遠回しに足手まといと言われたことに不満を表さずにたっちにアジトの場所を説明する。アイアンとミスリルの差はそれだけあるし、実際に逃げる事だけで精一杯だった。

 

「今度会ったらお礼をさせて下さい」

 

「そうですね。その時は、今日の事を肴に飲みましょう」

 

 ブリタは、疲れている仲間に手を貸し、再びエ・ランテルへ向けて走り出す。一刻も早くこの事を知らせる為に。

 

「噂の野盗とばったりとか……運が悪いですね」

 

「上手く行けば、ラキュースさんに土産話ができるってもんだ。……それで、どうするよ、たっちさん? 相手は、人間だ」

 

 ウルベルトは、たっちに尋ねる。

 

「分かっています」

 

 たっちは、それだけを口にする。

 

「本当か? 俺は敵なら殺せる。ペロロンさんも戦える。でも、たっちさんは違うだろ?」

 

 これまでも野盗と、人間と戦う機会は何度もあった。

 

「……すみませんが、投降する意思がないか確認させてください」

 

 しかし、たっちだけは戦うのが躊躇われた。相手は人間。理由があるからと言って簡単には殺せない。

 

「人を殺すのに慣れろとは言わない。ただ、相手によっては俺達が死ぬ。それだけは忘れないでくれよな」

 

「本当なら避けたいんですけどね。でも、たっちさんの事だから見逃せませんよね」

 

「ご迷惑をお掛けします」

 

「たっちさんの性格は知ってるからな。まぁ、いざとなったら俺達がやるさ」

 

「汚れ仕事に手を染めるなんて少し前までは考えてもいませんでしたけどね」

 

 三人は、教えてもらった野盗のアジトを目指す。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。