三人が行く!   作:変なおっさん

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第16話

 今日は、エ・ランテルを拠点とする冒険者達にとっては一つのイベントがある日だ。突如現れ、冒険者組合で啖呵を切った風変りな二人組。貴族と思えるほどの見事な全身鎧に二本のグレートソードを持つ戦士モモン。そして、美姫と一部の者達が呼ぶようになった美しき魔法詠唱者ナーベ。まだ二人の戦っているところを見た者はいないが、組合に持ち込まれたモンスターの部位の量と内容を見るにアダマンタイト級ではと噂されている。そんな二人の昇級試験が本日行われることになるのだが、その内容は決闘である。命のやり取りはしないものの本気で戦いその内容で昇級するかを判断する。

 

 そして、その相手となるのが今やエ・ランテルでは知らぬ者はいない新星たっち。シルバー級ではあるが冒険者組合が目を付けるだけの才能を持つ人材で、礼儀正しい好青年は多くの者達から好感を持たれている。最近だと、負けはしたが王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと剣を交えたと噂になっている。本日は、戦士としてモモンとたっちが代表として戦うので同じチームの仲間であるウルベルトとペロロンは居ないが、彼を応援する者は少なくはない。中には、身分不相応の装備とナーベを連れている事に対する嫉妬もあるが。場所は、エ・ランテル近郊の平原。街から少し歩くが、多くの冒険者が見に来ている。

 

「彼が、モモンだ」

 

 アインザックから相手の紹介をされる。されるのだが――たっちの目には、その隣に居るナーベが映る。

 

(似ている……)

 

 たっちの脳裏にナーベラルの存在が思い浮かぶ。ナザリック地下大墳墓に居る戦闘メイドであるプレアデス。名前は、ナーベラル・ガンマ。あくまでもユグドラシルのNPCになるのだが、よく似ている。

 

(名前もそっくりですね……)

 

 もしかして、本人? 確かに可能性は考えていた。自分達が来たようにユグドラシルの者がこの世界に居る可能性。そうなると、その隣に居るモモンは――

 

(まさか……モモンガさん?)

 

 可能性はある。おそらくだが、あの最後の日もモモンガはユグドラシルの中に最後まで居ただろう。しかし、何故戦士の格好を? モモンガは、魔法詠唱者だ。仮にオーバーロードと呼ばれる異形種を隠すのだとしても戦士になる必要などあるのだろうか?

 

「――どうかしたか?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 気になる。気にはなるが、仮にモモンガではなかったら?

 

(話してみれば分かりますね)

 

 とりあえず話をしてみよう。話せばわかるはずだ。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

「まったく、娯楽のつもりなのか」

 

 見世物のようでいい気はしないが、これも冒険者として必要なので我慢しておく。

 

「しかし、相手はあんなのか」

 

 見る限り弱そうだ。安物の全身鎧。それに、剣と盾。所詮は、シルバー級の冒険者か。

 

「まぁ、問題はないな。ナーベ、離れ――どうかしたか?」

 

 隣に居るナーベが、ジッと相手の事を見ている。珍しい。人間に対して興味のないナーベが凝視するほどの相手。

 

(もしかして、隠れた実力者か?)

 

 もしかすると、ナーベは相手の何かを感じたのか?

 

「ナーベ、どうかしたのか?」

 

「――あっ、いえ……」

 

 ナーベの表情は困惑を浮かべている。

 

「あの者からは……他の人間とは違う何かを感じます。あちらに居る下等生物とは違う何かを……」

 

 観戦をしている者達の中にもそれなりのクラスの者は居るだろう。シルバーだと甘く見ると痛い目を見るかもしれない。

 

「なるほど。女の勘とでもいうのか? よく分からんが注意しよう。ナーベ、邪魔にならないように移動しろ。但し、揉めるな」

 

「畏まりました。モモンさーん」

 

 ナーベは、一礼すると他の冒険者達の居る所へと向かう。

 

「ナーベちゃん! 今日も可愛いねー!」

 

「話し掛けるな、ゴミ虫。いい加減その辺で野垂れ死になさい」

 

「いやー、ナーベちゃんに覚えてもらえて光栄だねぇー!」

 

 さっそく揉めている。誰かは知らないが、あまり絡まないでほしい。

 

「さて、行くとしよう」

 

 相手は、アインザックと話をしている。そういえば――名前を聞いていなかったな。シルバー級の冒険者が相手だとしか聞いていないが、初めての戦士としての戦いだ。名前ぐらいは知っておきたい。

 

「初めまして、たっちと言います」

 

 ――――ん?

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでもありません。私は、モモンと言います。今日は、よろしくお願いします」

 

「はい。今日は、お互いに頑張りましょう!」

 

 二人は固い握手を交わし、アインザックを中心として距離を取る。

 

 モモンは、距離を取ると背中にあるグレートソードを二本とも抜き、一本を地面へと突き刺す。軽々と行うその動作に歓声が上がるが、モモンにとってはどうでもいい事だ。

 

(たっち……まさか、たっちさん?)

 

 ありえない者の名前が浮かぶ。たっちこと、たっち・みーは、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの一人だ。特にたっちは、モモンにとっては誰よりも心に残る人物だ。ゲームを始めた当初、当時流行っていたプレイヤーによる異形種狩りからたっちがモモンを助けた事からユグドラシルでの全てが始まる。モモンにとって、たっちの存在は何物にも代えがたいほどに大きい。

 

(しかし、たっちさんが此処に居る可能性は……)

 

 おそらくない。そもそもたっちは、ユグドラシルをやめている。それこそアカウントも消している。最後の日にも現れなかったたっちが此処に居るのはおかしい。

 

「――なら、偽物か」

 

 残念だ。残念だが僅かとは言え、いい夢が見られた。

 

「しかし、奇しくも同じ装備か」

 

 内容は天と地ほども違う。たっちが身に着けていた装備とは違う。安物の装備だ。しかし、全身鎧に剣と盾。更に言えば、構え方も似ている。モモンは、戦士としての戦い方の参考にギルドメンバーを使っている。たっちもその中の一人なのでよく分かる。

 

「せめて、似た名前のよしみだ。あまり時間を掛けずに戦おう」

 

 これだけ大勢の観客の前で別人とは言え、たっちが無様に負けるのはいい気がしない。早々に終わらそう。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

「違うのかな?」

 

 先ほど会話を交わしたモモンとユグドラシルで知っているモモンガとは雰囲気が違う。少しとは言え間は空いたが、それでもまだ忘れてはいないはずだ。

 

「他人のそら似かな?」

 

 世の中には、三人は似た者が居ると言う。名前も似ているのは珍しいが此処は異世界だ。そう思うと、不思議ではないのかもしれない。

 

「しかし、困りましたね。あんな剣を受けられるのでしょうか?」

 

 たっちの持つ盾は、鋼鉄製の小ぶりな円形の盾だ。受けるよりも流す事を考えて作られている物。正面から受ければ壊れそうだが、上手く丸みのある部分を利用して捌けばいけるか?

 

「話だとアダマンタイト級。戦士長様との戦いで少しは成長しましたが、おそらくはパワータイプ。違う戦いができそうですね」

 

 王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフも力はある。しかし、剣を交えてみると技術の高さを感じた。今目の前に居る者の力量は分からないが、わざわざグレートソードを、それも二本持つことから力を活かした戦いをすると思われる。速さで翻弄するのが効果的だろう。

 

「――頑張ってください、たっちさん!」

 

 自分を応援する声が聞こえる。今日の事を聞き、応援に来てくれた漆黒の剣の姿が見られる。肝心の仲間であるウルベルトとペロロンは、結局は応援に来なかった。今は、冒険者組合で紹介してもらった人物の下で読み書きの勉強をしている事だろう。仲間なんだから少しぐらい応援してほしい。

 

「まぁ、ない物をねだっても仕方ありませんね」

 

 たっちは、最後の確認で軽く剣と盾を扱う。盾を使うのは久しぶりだが、感覚は忘れていない。これなら問題はないだろう。

 

「では、行きましょう」

 

 たっちは、未知の相手との戦いへと向かう。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 たっちとモモンは、互いに向き合う。距離は、十歩よりも空いているぐらいだ。アインザックの立ち合いの下に行われるわけだが、昇級試験とは思えない緊張感が漂っている。この緊張感を生みだしているのがシルバー級とカッパー級なのだから信じられない。

 

「――準備はいいな?」

 

 アインザックは、二人に問う。

 

「私は、いつでもかまいません」

 

「こちらも」

 

「そうか。では、始めるとしよう」

 

 アインザックは二人から離れ、他の観戦者達の所まで行く。本来なら此処まで離れる必要はないが、二人から感じる気配がそうさせる。この二人は、加減をする気が無い。念の為に回復魔法を使える人間を呼んであるが死んだら意味がない。

 

(まったく、血の気が多い)

 

 悪態の一つも吐きたくなるが、この勝負の水を差す気はない。アインザックも冒険者組合長ではなく戦士として興味がある。

 

「では、昇級試験を始める。念のために言っておくが殺しはなしで頼む。――始めっ!」

 

 勝負はいきなり動いた。開始早々モモンが動いたのだが、このような事を誰か予想できたか? モモンは、全身鎧を着ている。剣も背丈ほどはある大剣だ。そんなモモンが、一息で十歩以上は離れている距離を一瞬で詰め剣を振るうとは誰が予想できるのか? モモンは軽々と片手で剣を振るい、予想を遥かに上回る速さでたっち目掛けて奇襲を仕掛けたのだ。

 

(速い――が、相手はたっちだ)

 

 この場にいる者の中でモモンの動きを捉えていたのは、アインザックを入れても少ない。それも遠くから見ているから分かるようなものだ。しかし、たっちはそれに反応していた。

 

(――お見事です)

 

 たっちは、モモンに合わせて前に踏み出していた。モモンが前進するために踏み込んだとするなら、たっちはそれを迎え受ける為に踏み込んだ。

 

「《スパイクアタック》」

 

 踏み込んだたっちは盾を使い、モモンの剣を持つ手を狙う。モモンの持つ超重量級の剣をたっちの盾では受ける事はできない。捌く事はできるかもしれないが危険ではある。だからこそ剣以外の部分を狙った。

 

「――素晴らしい」

 

 しかし、モモンもそれに反応する。傍から見れば、一瞬の攻防だ。モモンは、剣を持っていない方の手で自分の剣の腹を横からぶん殴る。すると、踏み込んでいたたっちに向けてモモンの腕ごと金属の塊が一気に動く。

 

「――ッ―――」

 

 たっちは、それを剣で捌こうとする。しかし、受けて見てわかった。異常だ。異常な力が剣を伝わり、腕に、身体へと電流のように伝わる。思わず剣を落としそうになるが、歯を食いしばり耐える。耐えるが――バランスを崩し、簡単に地面を転がされる。

 

(女の勘というヤツは侮れないな)

 

 モモンは、たっちが立ち上がるのを待っている。その姿は無様なものだ。追い打ちをかければ簡単に倒せるだろう。しかし、そんな無粋な真似はしない。モモンが今の動きに対応できたのは、レベル100の力によるものだ。異形種としての感覚も合わさり、人間の頃とは全ての感覚が段違いの物になっている。そんな自分にシルバー級の冒険者が一矢報いようとしたのだ。称賛に値する。

 

(カルネ村を襲った者達よりも強い。戦士長には負けるが、これも戦士としての才能なのだろうか?)

 

 モモンは、剣を構える。どうやら名前負けはしていないようだ。

 

(たっちさんには遠く及ばないが、十分に楽しめそうだ)

 

 

 早く立ちあがってほしい。次の戦い方を見せてほしい。それを糧として、目標である本物を超える。

 

「強い、ですね……」

 

 たっちは、立ち上がる。相手が待っていてくれたから立つ事ができた。これだけの衝撃は今まで受けた事が無い。少なくとも戦士長よりは上だと思う。なんて、馬鹿力だ。

 

「まだやるかね?」

 

 遠くからアインザックの声が聞こえる。どうやらよほど無様な姿を晒したようだ。

 

「いえ、まだやらせてください」

 

 既に相手は、こちらを待つようにして構えている。やる気のある相手に感謝を述べたくなる。

 

「モモンさんでしたね。あなたはとてもお強い。おそらく、アダマンタイト級の戦士でしょう」

 

「そうですか? もしや、アダマンタイト級の戦士と戦った事が?」

 

「ええ、二人ほど。どちらも負けましたけどね」

 

 たっちの言葉にモモンは納得する。どうやらこの相手は、ただのシルバー級ではないようだ。

 

「たっちさんでしたか? 私のお願いを聞いてもらえますか?」

 

「お願いですか?」

 

「はい。正直に言うと、私は貴方をなめていました。所詮は、シルバー級の冒険者なのだと。しかし、こうして戦ってみて分かりました。貴方は、強い。だからこそ、もう少し付き合って頂きたい」

 

「……そう言われたらやるしかありませんね。いいでしょう」

 

 盾を突き出すようにたっちは構える。二人には怒られるかもしれないが、勝ちたい。

 

「――行きます!」

 

 たっちは、駆け出す。先ほどのモモンに比べれば雲泥の差がある。しかし、モモンはそれを迎え受ける。グレートソードを肩に担ぎ振り下ろせる体勢で。それも、先ほどと違い両手で持ちながら。

 

「うぉおおおおお!」

 

 たっちが雄たけびを上げる。それに伴い速度を上げる。どうやら本気ではなかったようだ。

 

「――遅い!」

 

 モモンは、たっちが間合いに入ると同時に力任せに振るう。剣速は、先ほどは桁が違う。地に脚で踏ん張り、両腕に力を込めて一気に振るう。その剣速は、轟音を響かせ地面へと落ちる。その際に地が揺れた気がするが、気のせいではないだろう。モモンを中心に一気に舞う土煙がそれを証明している。

 

 ――その時、金属の響く音が聞こえる。

 

「――固すぎますね……」

 

 たっちは、モモンの横に立ち剣を振るっていた。しかし、たっちの持つ剣ではモモンの鎧に傷一つ付ける事はできず、中ほどから折れていた。

 

「……貴方は素晴らしいですよ」

 

 モモンは、最後に称賛を送る。剣は折れたが、それだけの力で振るったのだろう。

 

「アインザック殿。たっちさんをよろしく頼みます」

 

 モモンの目には、片腕を切り落としたたっちの姿が見える。あの瞬間、盾と自分の腕を犠牲にしてもモモンの懐へと飛び込んだ。効果は僅かなものだったかもしれないが、たっちの剣をモモンに届かせた。腕を失っても剣が折れるほどに振るうだけの闘争心を持つ戦士。

 

「わかった。すぐに回復を」

 

 アインザックの指示で待機していた神官がたっちの下へと向かう。

 

「――待ってください!」

 

 たっちは、モモンを呼び止める。

 

「片腕が無くなっただけです! 魔法で治せる程度の物です! まだ――私は戦える!」

 

 腕を切り落とされても、あれだけの怪力を見せられてもたっちの目から闘志は消えない。むしろ、それは強まっている。

 

「馬鹿を言うな! このままでは死んでしまうぞ!」

 

 アインザックもこれには怒声を飛ばす。

 

「――なるほど。貴方は、本当に素晴らしい」

 

 モモンは、たっちの方を振り返る。

 

「貴方は、私の知り合いに似ている。何れは、素晴らしい戦士になるでしょう。だが、今は私の方が強い。再戦は、いつでも受けます」

 

 モモンは、そう言うとナーベを連れ立ち去る。

 

 昇級試験はこうして終わるが、観戦していた冒険者達によりこの戦いは皆の知るところとなる。不屈の闘志を持つ天才と称されるたっちと、それに勝った無双の漆黒の戦士の戦いを。

 


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