冒険者モモンの下に冒険者組合からの使いが来たのは、次の日の朝だった。モモンは、明日以降であるのならいつでもかまわないと伝えてもらい、ナーベを宿に残し、一人でナザリック地下大墳墓へと帰還する。
(うわぁ……)
アルベドにンフィーレア・バレアレと冒険者達を捕らえるように頼んだ。どうやら言ったことは守ったらしい。ただ、てっきり目隠しなどをして連れてくるかと思ったら棺桶のような物を執務室に持ってきた。と言うのも、どうやらデミウルゴスがナザリックに戻っているようで協力を頼んだそうだ。だが、問題はここからになる。棺桶を開けた中には、バレアレが居た。確かに、こちらの情報を知られないようにしろとは言った。言ったのだが――
「どうかなさいましたか?」
不思議そうにアルベドが聞いてくる。
「いや、なんでもない。これなら情報は守れそうだな」
バレアレの姿は、人であった頃なら悲鳴の一つと、嘔吐の一つはしただろう。バレアレは、目隠しをしていない。そもそもする必要が無い。なにせ、目玉が両方とも抉り取られているのだから。耳もそうだ。耳の穴だと思われる場所からは、血が噴き出している。何かしらの方法で潰されたのだろう。鼻に関しても何かで塞がれている。赤黒い何かで。口に関しては、舌が無い。何か口から音が漏れているが、それが何かはわからない。それと、手足が無い。止血はしているようだが、生きているのが不思議なぐらいのありさまだ。
「確認の為に聞くが、こちらの情報は何も知られてはいないだろうな?」
「はい。捕らえる時も万全を期しております。デミウルゴスが、アウラとマーレに呼ばれていたようですので協力して頂きました」
「そうか。アルベドとデミウルゴスの二人なら心配はないな。偽装の方はどうだ?」
「はい。場所なども吟味してあります。野盗に襲われたような跡も残しましたので、この者が乗っていた荷馬車と共に配置すれば問題はないかと」
「洗脳後は、私とナーベと共にエ・ランテルへ戻る事になる。冒険者の方で昇級試験を受ける事になったが、一日は猶予がある。その時に計画を実行する。再度確認をしておけ」
「畏まりました。それと、アインズ様。昇級試験の相手は調べておいた方がよろしいのでしょうか? もしかしたら未知の何かを持っているかもしれません」
「アルベド。お前の言いたいことは分かる。だが、相手はたかだかシルバーだ。あのカルネ村に居た戦士長なら分かるが、その辺の者に私が負けると?」
「い、いえ、そんな事はございません! 至高の存在であるアインズ様が負けるなどある訳がございません! 申し訳ありません、出過ぎたまねを」
「かまわん。私の身を案じての事だ。それよりバレアレの件を任せる。あの者は、予定通りいけばカルネ村の住人となる。私の為に精々働いてもらおうじゃないか」
即興で考えた計画だが、このままいけば上手くいくような気がする。と言うか、いってもらわないと困る。
「既に、アインズ様の御考えの通りに動いております」
「よろしい。多少の問題はあったが全ては私の計画通りに事が運んでいる。アルベド、忙しいと思うがよろしく頼むぞ」
「アインズ様の為でしたらこのアルベド、忙しいなどとは思いません。どのような事でも致します。アインズ様がお望みであるのなら私をもっと好きなようにお使い下さいませ。アインズ様の欲望のままに、このアルベドを!」
グッと、力の籠った目で見られる。ついでに近づいてきてもいる。
「そ、そうか。忠誠心は、確かに受け取った。忙しいだろうから今日はもう休みなさい」
「いえ、私は大丈夫でございます! なんなら今からでもかまいません!」
「な、なにがだ!? ――そ、そうだ! アルベド、今回の件が終わったら何か褒美を与える。だから、落ち着け」
「褒美ですか? アインズ様が、私に?」
「そうだ。いろいろと世話になっているからな、労いを兼ねてだ。まだ金に余裕がある訳ではないが何か街で買おう。それで、どうだ?」
今はいろいろとお金が必要になる。ユグドラシルの物が使えればいいのだが、この世界の事を知らない今はあまり目立ちたくはない。とはいえ、背に腹は代えられない。アルベドの暴走は、自分がアルベドの設定を変えてしまったのが原因だ。これも、仲間の考えた設定を勝手に変えてしまった自分への罰だろう。
「アインズ様が私に……私だけの為に……」
アルベドは、アインズの言葉を受けて何度も自分の中で繰り返し余韻に浸っている。とても幸せそうな表情をしている。
「まぁ、そういう訳だ。すまないな、アルベド。少し用を思い出した」
余韻に浸るアルベドの邪魔をしないようにコソコソと執務室から逃げ出す。アルベドの事は嫌いではないが、時々怖くなる。自分のせいだと分かっていてもなかなか慣れない。
♢♢♢♢♢
ナザリック地下大墳墓の第六階層には、巨大樹がある。そこは、アウラとマーレの家になっており、今日はデミウルゴスをそこに呼んである。
「お待たせいたしました」
デミウルゴスは、外とアルベドから頼まれた仕事を終えたばかりだ。
「ごめんね、デミウルゴス。忙しいのに」
「ごめんなさい」
「いえ、かまいませんよ。お二人が私に相談など珍しいですからね。それで、いったいどのような事で?」
アウラは、トブの大森林での出来事をデミウルゴスに話す。話の途中でデミウルゴスの表情に変化があったような気はするが、続けるように言われたので最後まで話す。
「――なるほど。確かに興味深いお話ですね」
アウラから話を聞いたデミウルゴスは、思案を巡らせる。最高の英知を持つ悪魔の頭の中がどうなっているかは分からないが、アウラとマーレでは考えつかないような事も浮かんでいるのだろう。
「どうすればいいと思う?」
「……そうですね。まず一つ言える事は、この事は此処だけの話にしておいた方がいいという事です。お二人もそうですが、ナザリックの者達は至高の御方々に関しては些細な事でも気になります。いらぬ混乱を招くおそれがある以上は、やめておいた方が賢明でしょう」
デミウルゴスの言葉に二人は納得する。特にアウラは、今も気持ちが落ち着かない。未だに、もしかして、と思ってしまう自分が居る。
「……ねぇ、デミウルゴス。もしなんだけど、今度森に来た時にお話とかしちゃダメ? 姿とか見られないようにするから」
少しだけでも話がしたい。そうすれば、今の気持ちが少し収まると思う。
「できれば、それは避けて頂きたい。あまりにも情報がありませんからね。アウラの話では、確かに至高の御方々ではない可能性の方が高いです。しかし、そうでない可能性もあります」
「そ、それって、もしかして本物かもしれないってこと?」
「はい。あくまでも可能性ですが。それに、仮に違ったとしても関係者かもしれません。例えば……そうですね、至高の御方々の子孫などはどうでしょうか? 何かしらの事情で私達よりも先にこの世界に来た。そして、人間との間にお子を産まれた。子が親に似る事は珍しい事ではありません。可能性は低いですが、ないとは言い切れませんね」
「至高の御方々の子供……」
「その場合ってどうなるんだろう?」
アウラとマーレは、それぞれ至高の御方々に子供ができた時の事を考えてみる。忠誠心は、至高の四十一人よりはないが、悪い気はしない。
「お二人共、あくまでも可能性だという事をお忘れなく。先ほども言いましたが、今のような事を考える者がナザリックから出るかもしれません。そうなれば、ナザリック内で必ず揉める事になるでしょう。それだけは、避けなければいけません」
デミウルゴスの言葉に二人は謝る。
「他にもさまざまな可能性はあります。しかし、あまりにも情報が少ない。今の私は、アインズ様の御命令で別件を扱っています。もっともこれは、お二人も同じですがね。しかし、確かに気にはなります。そうですね、時間を見て私が調べておきます」
「ごめんね、忙しいのに。でも、なにか分かったら教えてね」
「ボクも知りたい」
「分かりました。お約束しましょう。それで、お二人は私を此処で待たれていたようですが、アインズ様から下された御命令の方はどうなっているのかな?」
「――あっ、そうだった!? マーレ、急いで戻ろう」
「う、うん。ありがとう、デミウルゴスさん」
「ありがとね、デミウルゴス!」
アウラとマーレは、急いで自分の仕事へと戻る。
「ウルベルト様……」
思わず一人になり、口から自分の創造者であるウルベルト・アレイン・オードルの名前が零れる。先ほど、アウラとマーレに言った言葉は、自分に対してのものだ。あの二人にとっては、あくまでも至高の四十一人なのかもしれないがデミウルゴスにとっては、自分を創りだした者なのかもしれないのだ。胸中は、穏やかではない。
「可能性としては低いですが、本人であるという事も……」
あの二人には言わなかったが、本人である可能性だって十分にある。例えば、何者かの手によって人になってしまった。至高の存在である御方々は確かに強い。しかし、プレイヤーと呼ばれる同格の者達が居る。このナザリック地下大墳墓に攻めてきた憎むべき者達。その者達が、ワールドアイテムか何かでアインズ以外の至高の御方々を人間へと変えてしまった。その為に力を失い。それが理由でこの場所を去ってしまった可能性だってある。
他には、単なる戯れもありえる。話だけではあるが、至高の御方々はよく冒険や旅に出かけられていた。もしかしたらその一環なのかもしれない。力があるが故に戯れで人になる。神話などでは神が人になる話は少なくはない。アインズの反応から考えるに、この世界に来たこと自体は偶然だ。ただ、似たような事が他の至高の御方々に起きたら?
「……いけませんね。思考の罠に掛かってしまいそうです」
他の誰かならこうはならない。しかし、自分を創造したウルベルトが居るかもしれないのだ。焦るなと言うのが無理な話だ。会えないと思っていた者がそこに居る。確かめたくて仕方がない。仕方がないが――
「――今は、アインズ様の御命令の方が優先ですね」
所詮は、可能性にすぎない。自分達の為に最後まで残られたアインズの命令を蔑ろにしてまで動く程ではない。
「あの二人を使うべきだったのかもしれませんね」
最悪ではある。しかし、今の自分には調べる時間と手駒が無い。なにか、何かを考えなければならない。
「今は、役割を果たすとしましょう。本当に至高の御方々なのでしたら何事も問題なく過ごされるはずですからね」
自分の知る至高の四十一人とはそういった存在だ。別に焦る必要はない。今は、役割を果たし、調べるための準備をするだけでいい。