何処かの世界での話。リ・エスティ―ゼ王国と呼ばれる場所に三人の男達が居た。彼らが居るのは、王国の王都リ・エスティ―ゼ近くの平原。近くには小さいながらも川があり、その近くで天幕を張って生活している。
「ハッ! セイッ!」
好青年を思わせる出で立ちの戦士。身に着けている物は、寄せ集めの武器や防具だがキチンと装備している為にどこか真面目さと気品を感じさせる。この世界に来てからは、剣の稽古を欠かさずに続けている。
「たっちさん。そろそろ出来るぞ」
その近くで、たき火で炊いた鍋をグルグルかき回しながら別の男が口を開く。こちらは、たっちと呼ばれた男に比べると少々ガラが悪い。あまり服装なども興味がなさそうに緩く着ている。そんな彼が食事の担当で、今日の朝ごはんとして小麦とチーズを溶かした物に野菜の切れ端を入れた物を作っている。ついでに言えば、固いパンも用意されている。
「ありがとうございます。ウルベルトさん」
たっちは、剣の稽古をやめて汗を拭い、二つ空いている席のうち一つへと腰を下ろす。
「いやー、見て下さいよ! 大きな魚が釣れましたよー!」
そんな彼らの下に小川で釣りをしていた青年が近寄ってくる。二人に比べると歳は少し若いぐらいで、今日の釣果を自慢気に見せている。
「凄いですね、ペロロンさん」
「そうだな。大物だな」
「もっと褒めてもいいんですよ? 早く焼いて食べましょうよ!」
ペロロンは、釣ってきた魚をウルベルトに渡す。すると、手慣れた手つきで魚を捌く。
「上手くできるようになりましたよね」
「美味くはないけどな」
「なに言ってるんですか? ウルベルトさんの料理は美味しいですよ! それに、俺達は料理できないですからね」
ウルベルトが料理をできるようになったのはつい最近の事だ。今までも三人で挑戦はしてきたが、煮るだけ、焼くだけの料理ですら失敗する。煮る事はできるが味がまずい。焼く方に関しては炭化する。
「やはり、この世界はゲームの中なのでしょうか?」
「かもな。経験を積めばスキルを覚えられるみたいだからな。昔は、邪魔だと思っていた物が今じゃ大事なもんだ」
「料理は生活するには必要ですからね。でもよかったじゃないですか! これで、パンとジャムだけの生活からおさらばできるんですから。もう飽きましたよ、流石に」
「そうですね。ウルベルトさんのおかげです」
「……もう出来たぞ」
魚を捌き、木の枝で刺して焚火から少し離して地面に枝の部分を刺し込む。その後に他の二人の分から器に鍋の中身を入れていく。
「今日は、どうしましょうか?」
「レベリングにも飽きましたし、一度帰りましょうよ! せっかく集めても腐ったら無駄になるんですから」
「俺としては、このまま続けてもいいと思う。金に関しては、まだ少しはある。先にレベルとスキルを上げた方が後々楽になると思うぞ?」
三人は、今後について考える。この世界では、モンスターと戦うか、何かしらの仕事をして経験を積むと頭の中にゲームの時と似たようなシステムが浮かぶ。それが何かはわからないが、その中にあるスキルを選択すると使用する事ができるようになる。たっちは、騎士を選択。ウルベルトは、魔術師と司祭を選択しながら料理人を少しだけ。ペロロンは、弓兵を選択しながら商人を少しだけ覚えた。他にも必要そうな物は、その時々で考えながら覚えていった。
「安全第一で行きたいですね。回復に関しては、ウルベルトさんに任せっきりですから。回復アイテムが異様に高いですからね」
「ボッタくりですよね、あれ。商人のスキルを取っても少し値下げしてくれるぐらいですし」
「ならどうする? たっちさんが決めてくれ。俺もペロロンさんも急ぐ理由はない。戻る場所のあるたっちさんには、悪い事をしたと思う」
この世界に三人が来た理由。昔の友人から連絡があった。最後にもう一度会いたいと。しかし、素直に会いに行く事はできなかった。この場に居る三人は、会う資格がなかった。昔の友人と知り合ったのは、ユグドラシルと呼ばれるオンラインゲームの中。この場にいる者ともそこで出会った。他にも仲間達は居たが、それぞれの事情でその場所から離れていった。
「そんなことないですよ。私も、ウルベルトさんとは仲直りがしたかったですから」
きっかけは、友人からの連絡だった。
「俺が、モモンガさんに会う前に二人に仲直りしてもらおうとしたのが原因です。そうしなければ、こうはならなかったと思います」
ペロロンからたっちとウルベルトの二人に連絡があった。モモンガさんに会いに行きましょう。一緒に、と。仲直りをして一緒に居る姿をモモンガさんに見せましょうと。
「ペロロンさんは、悪くないさ。誰がこんな事を予想できる? まさか、新しいアカウントを作成してログインしたらこんな知らない世界に居るなんて」
「初めは、バグか何かだと思いましたよね。サービス終了間際にログインしましたから」
ペロロン立会いの下、二人は無事に仲直りができた。そして、友人の待つユグドラシルの世界に行くために急いで新しいアカウントを作成してログインした。ゲームのサービス終了間際だったので、延長時間に懸けてのログインだったがまさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
「見知らぬ場所。見知らぬ世界。言葉は通じますが、読み書きは別でしたね。言葉が分かったおかげで何とかなりましたけど」
「不幸中の幸いってヤツだろうな。それに、ゲームの時と同じようにできるのも運がよかった。いきなりモンスターに襲われた時は、流石に死んだと思ったからな」
「新アカですと、レベル1からですもんね。装備も初期装備ですし。たっちさんが居なかったら下手したらゲームオーバー、死んでましたよ……」
ペロロンの言葉に空気が重くなる。状況を理解する前にモンスターに遭遇して襲われた。今思うと、ゾッとするような話だ。
「でも、人間でよかったですね。時間がないからアバターを使ったのがよかったんでしょうか? この世界の人間は、異形種に対していい感情を持っていないですから」
「ある意味では、ユグドラシルと変わらないけどな。ただ、元のキャラのままだと生活はし辛かっただろう」
今の三人の姿は、現実を元にしたアバターだと思う。もしかしたら現実の姿で居るだけかもしれないがゲームに近い事を考えるとそっちの方が自然だと結論が出た。
「私の意見でいいのでしたら一度、王都に戻りましょう。無理をして死んでは意味がない。私は、お二人を失いたくはありませんから」
「たっちさん……」
たっちには、帰るべき場所がある。最初の頃は、元の世界に、妻と子供の居る世界に戻ろうと必死だった。今でも諦めてはいない。しかし、心の何処かでは諦めているのか知れない。最近のたっちは、あまり現実の話をしなくなった。
「じゃあ、王都に帰るのに決定で! 今日は、久しぶりの街ですから大騒ぎしましょうよ! たっちさん! ウルベルトさん!」
場の空気を変える為にペロロンが無理して騒ぎ立てる。
「ええ、今日は飲むとしましょう。ウルベルトさん。今日は、負けませんよ?」
「他はともかく、飲み比べで俺に勝てると思うなよ?」
離れてから時間は経った。喧嘩もした。憎みもした。そんな関係だった二人が今ではこうして、一緒に居る事ができる。
「俺の事も忘れないで下さいよー」
「忘れてませんよ、ペロロンさん」
「忘れてはいないが、どうせ最初に潰れるからな?」
三人は、この知らない世界で生きる。生きていく。