艦娘とメシ   作:はすむかい

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金剛型4姉妹がフライパンクッキーでお茶会をする話。
1行40文字で328行。6165文字。
金剛がエセ中国人ぽくなってしまったので、それでも大丈夫な方のみどうぞ。


即席! フライパンクッキー!

「NOOOOOO!! 」

 

 飯盒炊爨の翌日のこと。

 朝とお昼の間の、ちょっと眠たい時間帯。

 絹を引き裂くような乙女の悲鳴が戦艦寮に響き渡った。英語で。

 

「Shit! 冷凍物は全部やられちゃってマース! 」

 

 食堂の奥にある調理場で、金剛型戦艦の長女である金剛は冷凍庫の確認をしていた。

 鈍い銀色の扉が二段重ねになった業務用の冷凍庫を、バタンバタンと開けては閉め、開けては閉めしている。

 電気が停電したということは、緊急用電源で賄われる一部の機能や設備を除いた電化製品は、その活動を停止してしまったということだ。

 もちろん重要なものは自前の電源で動く冷凍倉庫に放り込んであるが、お菓子やその材料などは後回しにされていた。

 その結果。

 

「Oh……作り置きのスコーンもどろどろネ……」

 

 取り出したビニール袋の中には、溶けたバターと小麦粉がでろでろに混ざり合った物体Xが鎮座ましましている。

 スコーンに限らずクッキーの仲間は焼く直前の段階で冷凍しておくとかなり長期間の保存が出来るため重宝するのだが、今回はそれが仇になった形だ。

 

「この物体Xは午後のお茶でホットケーキにしちゃうとして、今日のTea Timeはどうするデース?」

 

 アゴに手をやり、むむと考え込む。

 金剛が心配しているのはイレブンシスという10時から11時ごろのお茶のこと。

 ビスケットとお茶なんていう別名もあるように、小ぶりのクッキーやビスケットなどを2、3枚と紅茶をいただく時間で、ちょっとホットケーキはそぐわない。

 溶けていなければ物体Xとなる前のスコーンを出そうと思ったのだが、それもこのザマでは不可能だった。

 

「「「お姉さま! 何かありましたか!?」」」

 

 そんな悩む金剛の許へ駆けつけてきたのは、三人の艦娘。

 金剛型の姉妹である、比叡、霧島、榛名の妹たちだ。

 特に比叡は大慌てできたらしく足音がドタバタと響いていた。

 

「NOデスよ、比叡。戦艦はいつもElegantでないとネ!」

 

 ただし、恋愛と戦争は除く。

 どこかの戦車乗りが言うように、恋愛と戦争では手段を選んでなどいられない。

 

「はいっ! 気をつけます! それで金剛お姉さま、何かあったのですか?」

「Tea Timeのお菓子が台無しなのデース」

「あぁ、これは酷い。もうサクサク感は望むべくもないですね」

 

 ビニールを掲げて見せると、霧島が冷静に分析する。

 スコーンのあの食感はバターを溶かさずに刻み込むことで生まれるのだ。

 この物体Xではもう役には立たない。

 

「でもお姉さま。それなら今から他のお菓子を作ればいいのでは?」

「さすがにこの時間からオーブンに火を入れるのもネ」

 

 榛名の提案をやんわりと却下。

 その理由は戦艦寮のキッチンにある。

 ここに備え付けられたオーブンは立派なのだ。それも、立派過ぎるほどに。

 なにしろ戦艦娘全員分のロースト料理を一気に提供できるような容量を誇る、巨大なガスオーブンなのである。

 作るとすれば2、3日分の焼菓子を作りはするが、それでも隅っこを占拠するだけだ。

 無駄使いにも程があって罪悪感がしてくる。

 

「それならこちらの電気オーブンを使えば……」

「まだガスしか復旧してないのデース」

 

 榛名の指差す先には電子レンジより少しだけ大きいサイズの少人数用電気オーブンがあるが、まだ電気が通っていないために使い物にはならない。

 ガス管は確認と交換だけで復旧したが、電気は施設そのものがやられているため時間がかかるということだ。

 

「あう、お役に立てなくて済みません」

「気にしたらだめデス、榛名。色々と考えてくれて嬉しかったヨ」

「お姉さま……!」

 

 意気を落とした妹の頭をポンポンと柔らかく撫でる。

 すると榛名は、はにかんだような笑顔を返してきた。

 

「ちょっと、霧島! 私もお姉さまに撫でてもらいたいんだけど、何か良い案はない?」

「あるにはありますが……でも比叡お姉さま。ごめんなさい。これは霧島が使わせていただきますね」

「ちょ! そこは姉に譲るべきでしょう!?」

「恋愛と戦争だけでなく、姉妹愛にも手段は選んでいられないのです。姉さま」

「ひえ~! 末妹の反逆だ! ひえ~!」

 

 何だか次妹と末妹がゴチャゴチャとやっているのが気になって、後ろを振り返る。

 そこには特製26cm調理用フライパンを掲げた霧島が仁王立ちだ。

 その唇を自信満々に、挑戦的な角度で釣り上げている。

 

「金剛お姉さま。ここはこの霧島が、フライパンクッキーを提案します」

「フライパンクッキー?」

「メガネ艦のお茶会でローマから教わった、とても手早く作れるクッキーです。混ぜて伸ばしてフライパンで焼くだけで出来てしまうんです。今からでも十分にお茶会に間に合いますよ」

「Awesome! それならオーブンも使わないネ! さすが霧島だヨ!」

 

 嬉しさのあまり、霧島の長身へダイブするように抱きついた。

 胸の辺りへ顔が埋まったので、ついでにスリスリしておく。

 

「ちょ、金剛お姉さま!? くすぐったいです!」

「んー! 霧島は頼りになるネ」

「うぎぎぎ……お姉さまの頬ずり……!」

「榛名は大丈夫です……」

 

 今度は何やら次妹三妹が呟いているが、そんなことよりお茶の時間だ。

 もう僅かもしないうちにお茶の時間が来てしまうのだ。

 抱きついていた霧島から離れた金剛は、ピシリと指を掲げアテンション。

 3人6個の視線を集めると号令を下す。

 

「では霧島に教えてもらいながら、クッキーを作りマース! 作戦開始!」

「「「はい、お姉さま!」」」

 

 金剛型4姉妹がキッチンに散開した。

 

 

 

 

「まずは計量です。お手軽とはいえお菓子ですから、ここだけはしっかり厳密にお願いしますね」

「任せてくださいネー!」

 

 メガネを輝かせる霧島の指導の下、小麦粉を量る。

 ボウルのステレンス製の肌をサラサラとしたキメの細かい小麦粉が化粧した。

 分量は4人分で150gだ。

 

「本場のカニストレリはコルシカ特産の栗の粉も使うそうですが、日本では手に入りにくいので、おからで代用します」

 

 言われるがままおからを50g加えた。

 合計で200gで1人頭はクッキー3枚ほどになる予定。

 

「ひえぇ……お菓子を作るときっていつも思うけど、お砂糖の量が凄いよねぇ」

 

 比叡が量っているのはグラニュー糖で、これは60gも投入される。

 小皿に小さな山を作れる量だ。

 お腹周りを気にする一部の艦娘には絶対に見せられない。

 

「油だって凄いです。ちょっと大丈夫そうには見えません」

 

 さらにそこへオリーブ油が60gだ。大さじなら4杯と少し。

 今回作るのはカニストレリという、バターではなくオリーブ油を使ったクッキーなのである。

 これはイタリア西方に浮かぶコルシカ島の伝統的な焼き菓子で、コルシカ島の所属経緯からフランスはフランス菓子だと言い張るし、イタリアはイタリア菓子だと主張するというちょっと複雑な問題がある。

 何しろイタリアのジェノバは元コルシカの支配者で、そのジェノバにはカネストレリというカニストレリに良く似た焼菓子まであるのだ。

 

「まぁ今のところはフランス菓子だと決着しているようですが」

 

 言いながら霧島が白ワインを軽量する。

 ローマがイタリアからもらったものをさらに霧島が頂いたお高そうなワインを、小さなボウルへトクトクと注いだ。

 こちらは20gの分量で、小さじ4杯といったところ。

 

「へぇ、ワインが入るんだ」

「オリーブ油だけだと香りが味気ないので、入れるんじゃないでしょうか」

「確かにバターと違ってお菓子向けの香りじゃないからなぁ」

「ブランデーを使うともっと大人向けにもなるそうです」

 

 妹たちがワインに気を取られている間に、金剛はキッチン上に作りつけられた棚からベーキングパウダーの缶を取り出した。

 用意された材料を見てイギリスのショートブレッドに似ていると判断したため、他に必要な材料もなんとなく解るのだ。

 

「Hey、霧島! Baking Powderはどのくらい?」

「ええと……小さじ1ですから4gくらいですね」

「4gっと。それじゃあ、混ぜるのは比叡にやってもらいマース!」

「わっかりましたお姉さま! 気合! 入れて! 混ぜます!」

「ちょっと、比叡姉さま。気合入れたらダメです。切るようになるべく回数少なく混ぜるのがコツなんですから」

「わかってるてばぁ! やる気の表明をしただけ!」

 

 危ぶまれた比叡だが、その手つきは悪くない。

 むしろ手馴れた様子で鼻歌混じりにシリコンベラを使い、もう片手ではボウルを回転させるようにして、粉、砂糖、ベーキングパウダーを混ぜ合わせる。

 

「オリーブ油、投入しますね」

「どんと来て!」

 

 ボウルの肌に沿わすようにして油が流し込まれ、シリコンベラに刻まれて小麦粉の中へ入り込む。

 小麦粉は水ほどには油を吸収しないから、米粒ほどの大きさには固まるもののそれ以上になることはなく、ボソボソポロポロとした見た目だ。

 

「ワイン、入ります」

 

 翻ってワインは水分が多いから、小麦粉にどんどん吸収される。

 とはいえ量はたったの20gだから状況はさして変わらない。

 多少、小麦粉の塊は大きくなったものの、やはりポロポロのまま。

 

「かなりポロポロなんだけど、これでいいの?」

「はい。練らないようにしっかり切り混ぜたら、押し固めるように生地をまとめてみてください。それで崩れるようなら少し水を加えます」

 

 実際に比叡が生地をまとめてみるが、やはりボロボロと崩れてしまう。

 そのため先ほどのワインと同じくらいの水を入れて再び混ぜ、再チャレンジ。

 

「おお、今度はまとまった!」

「そうしたら、後は形を作って焼くだけです」

 

 本来ならラップで巻いて棒状にし、それを冷凍庫で短時間だけ固めて切り分けるのが一番簡単だ。

 だが今は冷凍庫が使えないために、まな板の上で延ばして切り分ける方式を取る。

 厚さは1cmから1.5cmくらいで幅は3cm角。

 もろく柔らかい生地を慎重に、包丁を大きく使って滑らせるように切る。

 

「Cuttingが完了デース!」

「焼くのは榛名が! ……フライパンの火はどのくらいに?」

「厚めに切ったので、弱火で両面を10分ずつ焼きましょう」

「それじゃ、並べちゃいますね」

 

 コンロに設置されたフライパンの上に四角い生地が並ぶ。

 チリチリと小さな音がして、砂糖に火が入り始めたのか甘い匂いが漂った。

 しばらくするとワインの香りがそれに混じる。

 

「Hmmm! 良い香りデース!」

「オーブンと違って焼いているところが見えるので、ワクワクしますね!」

 

 金剛は榛名の手元を興味深々に覗き込む。榛名を挟んで反対にいる比叡も、同じようにしてフライパンの中を見つめていた。

 料理や製菓をみていると過程が気になってしまうのは、姉妹共通のようである。

 後ろで霧島がパンパンと手を叩いた。

 

「さあ、金剛お姉さまと比叡お姉さまは席へどうぞ。後は榛名と霧島がやっておきますから……榛名はこのままクッキーをお願いしますね。霧島はお茶の準備をしますので」

「Sorry! 邪魔になっちゃいましたネ」

「それじゃあお姉さま! 先にテーブルへ行っていましょう!」

 

 比叡に手を引っ張られるようにして、金剛はキッチンを後にした。

 もう食堂のほうにまで甘い香りが漂っていた。

 

 

 

 

「お姉さま方、お待たせしました」

 

 後ろに霧島を従えた榛名が姿を現したのは、あれから20分ほど経過した後のこと。

 押してきたケータリングテーブル(配膳台)の上には4客のティーカップに1つのポット。そしてカニストレリの積まれたお菓子の皿。

 金剛の目に留まったのはティーポットで、耐熱ガラス製なので中が透けて見えるのだが、そこには紅茶の姿はあれど沈んでいるはずの茶葉が見えない。

 

「カニストレリはフランスのお菓子ということで、紅茶もフランス式にしてみました」

 

 霧島がメガネをクイクイと動かして、会心のドヤ顔をかます。

 フランス式というのは、もの凄く大雑把に言うと茶葉をポットに残さない淹れ方のこと。

 フィルターを使ったり一度茶葉を軽く蒸らしたりしてから淹れるやり方は、レギュラーコーヒーの淹れ方にむしろ似ている。

 

「紅茶にフランス式なんてあるんですねぇ」

「話には聞いたことがありマスけど、実際に飲むのは初めてデース」

 

 そんなことを言っている間に配膳は終わり、4姉妹が一つのテーブルを囲んだ。

 

「それでは、今日も残り半日デス。頑張ってくださいネー!」

 

 乾杯の代わりに、それがお茶会開催の挨拶。

 金剛はまず気になっていた紅茶を手に取った。このフランス式というやつ、カップに注がれた瞬間から強く自己主張をしていたのである。

 どうもフレーバーティーのようで、強烈な甘さのバニラの匂いに混じってベリーらしき甘酸っぱい香りが隠れている。

 

「でも味は薄い……不思議デース」

 

 葉を引き上げる淹れ方のせいか、香りの強さに比べて味はむしろ薄いほう。

 下手な紅茶にありがちなエグさもなく、また香りが甘いので砂糖もミルクも必要なしにすっきりと口にできる。

 とはいえやはりイギリス式の方が、慣れ親しんでいるせいか美味しく感じる気がする。

 

「榛名、このお茶は好きですね」

「私の分析によれば、ちょっと癖が強すぎるので賛否が分かれそうですね」

「うぇえ、確かに。私はあんまり……」

 

 妹たちの評価も分かれる。

 外見に似合わずアグレッシブな榛名は絶賛。

 自称頭脳派の霧島は意見を保留し、比叡からはイマイチ反応がよろしくない。

 彼女がトンデモなのはカレーのとき限定らしかった。

 

「口直し、口直し」

 

 そんな比叡がカニストレリに手を伸ばす。

 隠れたオシャレなのか良く手入れされた白い指先が狐色に焼かれたクッキーを抓んで、お行儀悪くもそのまま口元へ。

 

「ん! これは美味しいですよ、お姉さま」

「ならワタシも試してみマース」

 

 言われるまま金剛もカニストレリを手に取った。

 ただ四角にカットしただけの武骨な外見だが持ってみた重さはそれほどでもなく、食感の軽さを連想させる。

 

 口にすれば案の上だ。

 まず表面の鍋肌に当たっていた部分はサクリと心地よい抵抗があって、その後の中の部分は一気にザクザクと解れていく。

 最後の口溶けも、バターより低温で液体になるオリーブ油のおかげか、さらりと溶けてはかないほどだ。

 甘さは素朴で控えめ。懐かしい味。

 全体で言えばクッキーとスコーンの中間といったところ。

 チョコチップを散らしたら、よりスコーンっぽくなったかもしれない。

 

「ん~! これはとってもSweet! 霧島、よくやってくれたデース!」

「お姉さまのためなら、これくらいどうということはないです」

 

 そう口でいう霧島だが、感情が隠せていない。

 自分では気付いていないのかもしれないが、霧島は嬉しいときに何度もメガネの位置を調節するクセがある。

 今だって褒められて嬉しいのかクイクイと忙しそうなのだ。

 金剛はテーブルに手をついて身を乗り出し、その頭を撫でてやる。

 

「霧島は背が高くなってしまったから、頭を撫でるのは久しぶりネ」

「ね、ねえさま」

「末っ子はもっと甘えるべきデース。黙って撫でられているといいヨ」

「は、はい……」

 

 金剛は久しぶりに撫でる霧島の頭の、その艶やかな手触りを堪能した。

 

 失敗はただ一つ。

 大きな身体を縮こまらせて恥ずかしそうにする霧島にばかり目がいって、残り2人の妹をうっかり放置してしまったことだ。

 

((次は私が……!!))

 

 この後、2匹目のどじょうを狙った榛名と比叡のお菓子攻勢によって、金剛のウエスト周りと体重計が大破することになるとは、このときはまだ誰1人として知る由もなかった。


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