艦娘とメシ   作:はすむかい

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台湾(正面海域の島)までパインケーキを食べに行くお話。
1行40文字で560行。9479文字。長い。
8月17日はドール社が決めたパインの日だそうです。


パイナップル大作戦

 その日、鎮守府には暗雲が立ち込めていた。

 伊58がゴーヤを踏んづけてすっ転び、瑞鶴はぬいぐるみにカガという名前を付けていることがすっぱ抜かれ、飛龍は多聞丸の真似をして腹を下し、何故か陸奥でなく長門が爆発した。

 

 いわゆる幸運艦が次々と不幸に見舞われるこの事態に、秘書艦の頭領である大淀は緊急事態を宣言。

 ほんの少しの異変も見逃さぬよう、徹底した調査が行われた。

 そして浮かび上がってきたのが、1つの可能性。

 

 ――彼女の元気が、無い。

 

 彼女。

 陽炎型駆逐艦の8番艦、雪風。

 その幼い容姿や性格と裏腹に、運と実力を兼ね備えた天才だ。

 大きな作戦があるときは必ずどこかに組み込まれ、その必然的なラッキーパンチはときに姫や鬼をも一撃で吹き飛ばす。

 また人懐こさや生来の明るさからマスコットやムードメーカーとしての役割も果たしていて、政戦の両面において鎮守府運営に欠かせない一員となっている。

 

 だから、そんな雪風がしょんぼりと肩を落とし小さくなっている今の状態は、決して思わしいものではない。

 特に、幸運の女神のキスが感じられません……なんて呟いている現状は。

 

 最初にその様子に気付いたのは不知火だった。

 朝食の時間、第1士官次室(ガンルーム)で書類を提出しにいった陽炎を待っているときのことだ。

 普段であれば時津風や天津風などと一緒になってはしゃぎ、初風に怒られるのが雪風の行動パターンであり16駆逐隊の日常だ。

 ところがこの日、不知火が見た16駆逐隊はまるでお通夜のようであった。

 

「ゆきかぜー! げんきないよぉー?」

 

「うるさいのはアレだけど、静か過ぎるのも良くないわよ」

 

「何か嫌なことであった? 連装砲くん貸してあげようか?」

 

「いえ……大丈夫です」

 

 真っ先に暴走する時津風ですら気を使うほど、雪風の元気が無い。

 背中は伸びず丸まっているし、肝心の朝ごはんも突っつくだけで口に運ぼうとはしないことから、食欲もあまり無いものと思われた……。

 

 

 

 

 司令室の一画に、秘書艦の机はある。

 提督のものより高さも面積も一回り小さいが、それでもずっしりとした質感を持つ高級そうな机と椅子のセット。

 そこに納まっているのは、本日の秘書艦である大淀だ。

 

 装備や物資どころかネジ1本、紙1枚の場所と数まで把握しているとされ、無情にも解体を提督に進言し、戦場に立てば強力な司令部機能や通信能力でもって戦艦すら指揮下に入れることのある軽巡洋艦。

 不知火たち駆逐艦にとって彼女は、ボスの中のボスといっても過言ではない。

 

「なるほど……ではこの幸運艦不幸事件の原因は、雪風さんの元気が無いことに起因すると、不知火さんはそう考えているんですね?」

 

「はい。不知火はオカルトなどあまり信じるほうではありませんが、さすがに雪風クラスともなれば話は別です。彼女の元気が無いせいで、幸運の女神とやらが機嫌を損ねてしまったのではないかと思われます」

 

 不知火は自論を述べた。

 なにしろ雪風の戦闘能力は文字通り神がかっている。

 模擬戦での話ではあるが、一度など、どう考えても避ける隙間の無い飽和水雷攻撃を回避したことすらあった。

 調定だかジャイロだかが狂ったのか、まるで魚雷の方から雪風を避けるように動いたのだ。

 それ以来、不知火も運の存在を信じるようになった。

 

「ふむ……一理あるかもしれませんね」

 

「では、不知火からの報告はこれで終わります。退出してもよろしいですか」

 

「あぁ、いえ。少し待ってください。命令書を書きますので」

 

「命令書、ですか」

 

 はいと頷き机の引き出しから書類を取り出した大淀は、やたらと高そうな万年筆をサラサラと滑らせていく。

 几帳面そうなやや角ばった文字は、実に大淀らしい字だ。

 

「略式ですが、これでいいでしょう」

 

 発信/送信 大淀―紙面

 指定 ニカ

 着信/受信 不知火

 ○○鎮守府秘書艦海軍指令20160817-001号

 

 駆逐艦娘不知火

 右ニ我ガ軍ノ指揮掌握ヲ強固ナラシムルベク

 重要艦娘ノ士気向上ヲ計ルヨフ任ゼシム

 同時ニ必要ト認ムル場合ニ於イテ

 駆逐艦ヘノ指揮権及ビ出撃ノ権利ヲ付与ス

 

「要するに、何とかして雪風の機嫌を取れ、ということですか」

 

「誰と指定はしていません。不知火さんが状況から判断してください。必要ならキラ付け出撃も可能ですから」

 

 指摘に対し、大淀はにこりと笑って返した。

 余計な口を開くなというオーラが背後から伝わってくる。

 不知火はそこで食って掛かるほどバカではないが、さりとて一言は刺してやらねば駆逐艦の名折れでもあった。

 

「ずるいですね」

 

「仕方がないんですよ。贔屓だ差別だと言われると面倒くさいんです……主に提督が」

 

「あぁ……」

 

 不知火は納得する。

 提督たちはたたき上げが多く指揮能力には信頼が置けるが、妙に屈折した愛情を艦娘に注ぐことが多いので、場合によってはとても面倒くさい存在に成り変わるのだ。

 例えばどこかの鎮守府では、文月を御神体に祭り上げ宗教を興した提督もいるとか。

 

「そういうわけですから、これがギリギリの命令なんです。もし名前なんか指定して提督に知られたら、雪風だけといわず全員にバカンスだ! なんて言い出しかねませんから」

 

 さすがに財政的にも戦況的にも厳しい状態でそれを言い出すようには思えないが、しかし提督というのはある意味で規格外の存在である。

 100%無いとは言い切れない。

 

「了解しました。では不知火はこれより、ゆきか……ではなく重要艦娘の士気を向上させるよう努めます」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「では、今度こそ退出します」

 

 まるでドイツ兵のように硬い敬礼をすると、不知火は踵を鳴らして回れ右。

 重たい司令室のドアを潜り抜けた。

 とりあえず、目指すのは第1士官次室(ガンルーム)

 まだ16駆逐隊の面々がいるかもしれないからだ。

 

 

 

 

 はたして、彼女たちはそこにいた。

 さすがに朝食の乗ったトレーこそ片付けてはいたが、席はそのままに16駆逐隊がテーブルを囲んでお喋りに興じている。

 悪いとは思ったが、これも任務のためだと不知火は聞き耳を立てることにした。

 隣のテーブルを占拠し本を読んでいるフリをするのだ。

 もちろん耳だけでなく視線もチラチラと横へ送る。

 

「ねーねー、聞いて聞いて。昨日ね、しれぇにアイスを買ってもらったの。間宮さんで」

 

「ちょっと、私それ知らなかったんだけど。何で誘ってくれないのよ」

 

 テーブルに身を乗り出した時津風を、天津風が半目で睨む。

 間宮アイスは間宮羊羹に勝るとも劣らない一品だ。

 主力艦娘や味覚の渋い艦娘は羊羹を支持するが、駆逐艦、特に容姿や性格の幼めな特3型や一部の甲型はアイスの方を好むことが多い。

 天津風もそのアイス派だったのだろう。

 頬を膨らませ不満をアピールする。

 

「でもでもだって、天津風、しれぇのこと好き?」

 

「すっ!? し、司令官のことなんて好きじゃないわよ……!」

 

 と思ったら、今度は真っ赤になって大慌てだ。

 なんとも忙しい妹だと、不知火は呆れる。

 自分のように落ち度無く過ごせば、慌てることなど無いというのに。

 

「でしょでしょ? だからしれぇのこと好きな雪風を誘おうと思ったんだけど、見つけられなかったんだよねぇ。昨日、どこか行ってたの?」

 

「ちょっとお買い物に行ってました」

 

 小首をかしげた時津風に、雪風がポツリと返した。

 まだまだ元気を取り戻してはいないようで、一言二言返すのがやっとのよう。

 そんな雪風と何とか会話を続けようとしたのか、今度は初風が身を乗り出す。

 

「あら、雪風が買い物ってちょっと興味あるわね。官給品で済ませてしまいそうなイメージがあったから。何を買ったの?」

 

「中華に使う材料と、それからパイナップルを買いに行ったんです」

 

「ほうほう、ぱいなっぷるぅ! ……あたし、あれきらーい。イガイガするの」

 

 イガイガ、と言いながら喉元を押さえしかめ面。

 時津風の会話には良くジェスチャーやボディランゲージが混ざるので、以外に盗み聞くのが難しいということを実感する。

 

「たんぱく質の分解酵素が含まれていて、それがピリピリイガイガするそうよ」

 

「でもパイナップルなんて、ここのところ見たことないわ」

 

「九州の南の方でほんの少しと、あとは小笠原諸島や沖縄が生産地だったから……」

 

 初風が博識ぶりを披露した。

 国の統計上では、パイナップルの生産地は沖縄に限られる。

 生産量は平和な時代で6000トンから7000トンほどだ。

 だが、深海棲艦による海上封鎖が続く現在では、本土でパイナップルを見かける機会などほとんど無い。

 他に運ばなくてはいけないものが山ほどあるからだ。

 それに沖縄の生産地も今は潰されて、芋や米が育てられているところが多い。

 東京や大阪のような超大都市ほどではないにしろ、広島や福岡といった地方1位の都市並には食料自給率の低い沖縄だ。

 海上輸送が潰されると、もう果物を育てているような余裕は無いのだった。

 

「それじゃあ、八百屋さんじゃ買えないねー。買えた?」

 

「ダメでした」

 

「ところで、どうしてパイナップルなの? 他の果物ではいけないのかしら」

 

「8月17日は、パイナップルの日なんです。だから鳳梨酥が食べたくて」

 

 初風の質問に答えた雪風は、とても辛そうだった。

 後に言葉を続けることはなく、俯いてしまう。

 

「おんらいそー?」

 

「パイナップルケーキのことよ。台湾のお菓子で……あぁ、そういうことなのね」

 

 雪風にはもう一つの名前がある。

 中華民国海軍の駆逐艦であり旗艦、丹陽。

 その本拠地は中華民国が大陸から排除された後は、台湾だった。

 そして、所属していたのは日本海軍よりそちらの方が長い。

 

 きっと、日本で生まれ日本で戦い日本で沈んだ船には解らない何かが、そこにはあるのだろう。パイナップルの甘い果肉の中に。

 

「ゆきかぜぇ……」

 

 天津風から耳打ちで説明を受けた時津風などは今にも泣き出しそうだし、他のテーブルの駆逐艦たちも聞き耳を立てていたのだろう、第1士官次室(ガンルーム)全体がしんみりと静まり返っている。

 似たような立場だった響がやって来て雪風の肩を柔らかく叩くと、小さな嗚咽が漏れ出した。

 

 何とかしてやりたい。

 どうにかしてパイナップルを食わせてやりたい。

 それが出来ずして、何のための仲間なのか。

 

 第1士官次室(ガンルーム)にたむろしている駆逐艦娘の心は一つになっていた。

 

「まったく、こういうのは陽炎の役目でしょう」

 

 誰にも聞こえないような小さい声で呟いた不知火は、わざと大きな音をガタリといわせて立ち上がる。

 視線が集中した。

 今ここにいる20隻近い駆逐艦の意志が、全て不知火に向けられている。

 

「不知火は鎮守府海域までキラ付けに行きます。我こそは駆逐艦。そう確信している大馬鹿だけ付いてくるように」

 

 先ほど受領した命令書を掲げる。

 第1士官次室(ガンルーム)は空っぽになった。

 

 

 

 

 まだ昼だというのに、周囲は闇夜のようだ。

 勢力の強い台風というのは、ときに太陽を打ち負かしてしまう。

 

「良い天気だなぁ!」

 

 覆いかぶさるほど巨大な波に正面から突っ込んで、深雪が嘯いた。

 復原性の改良後とはいえ33ノットは出る特型だが、台湾と九州の間を北上する大型台風の渦中にあっては20ノットも出ない。

 横方向へ移動するための運動エネルギーが、波浪を乗り越えるため縦方向への運動エネルギーに変換されてしまうからだ。

 

「絶好の船旅日和ですね」

 

 不知火も表情は変えずにそう嘯き返す。

 改良の進んだ陽炎型でも、基本的には駆逐艦だ。

 特型より若干マシではあるが、50歩100歩のどんぐり争いでしかない。

 荒れる水面に脚をとられ、思ったような速度が出せずにいる。

 夕張並みの巨体を持つ島風や秋月なら別だが、彼女たちはここにはいないのだ。

 

「この荒天なら航空機は出てこれないから、それだけはありがたいけど、ねっ」

 

 波を乗り越えた初風が、壮絶に笑う。

 花魁揺すりと下品に称されるこの大波こそ、駆逐艦にとっての戦友だ。

 爆撃機が操作不能に陥り、レーダーは遮られ、聴測は雑音混じりになり、砲撃は安定しない。

 そんな状況でこそ駆逐艦は活きるのだ。

 

「前方、イ級が4!」

 

「反航で片付けます、単縦陣を二つで逆さハの字に展開。挟み込んで砲火を交差(クロスファイア)。魚雷は温存するように」

 

「「「了解っ!」」」

 

 教科書通りの水雷戦隊戦術、包囲襲撃だ。

 本来は魚雷をぶっ放すのだが、さすがにイ級相手ではもったいない。

 

「ほらほら! 暁はこっちよ!」

 

 探照灯をビカビカに光らせる暁が正面から緩く突っ込むと、イ級は4隻ともがそちらに意識を取られ砲撃を開始。

 だが荒れる波間からの遠隔砲撃では正確性などあったものではなく、仮に夾差したとしても弾着すら見えたものではない。

 その間に他の駆逐艦娘はこっそりと左右から回り込んで展開と機動を終えていて……。

 

「射点に到着。砲戦、開始!」

 

 距離4000という極至近距離からの砲撃が、横殴りにイ級を包み込んだ。

 12.7cm砲の徹甲榴弾が音を置き去りにして吐き出され、生物だか金属だかよく解らないイ級の黒い肌をぶち抜いて、その体内で諸共に柘榴の如く弾け飛ぶ。

 

 駆逐艦娘だけとはいえ、連合艦隊に支援艦隊までついているのだ。

 通常の駆逐隊が相手では訓練用の的と大して変わらない。

 

「戦闘終了。航路に戻ります」

 

「ねぇねぇぬいぬい。台湾まで、あとどのくらい?」

 

「ぬいぬいは止めてください……台風の勢力圏さえ抜けてしまえば、もう目の前のはずです」

 

 言うが早いか、進路前方の黒雲は徐々に薄くなり晴れ間が見え始めた。

 更にその下の水平線には、まだまだ小さくしか見えないが島が浮かぶのが解る。

 台湾だ。

 

 鎮守府海域に浮かぶこの島は、平和な時代には40万トン近くのパイナップル生産量を誇り、世界17位にランキングされるほど。

 雪風が食べたがった鳳梨酥(オンライソー)だけでなく、茹でエビとパイナップルの和え物だとか、パイナップルのアイスだとか、色々なパイナップル料理が生み出されていて、文化の一部を形成していた。

 

 しかしこれほど近くにあるというのに、今となっては台湾との往来は難しい。

 この海域には稀ではあるが空母機動部隊すら出現するので、ある程度まとまった戦力での軍事行動ならともかく、物資や旅客の輸送までは手が回りにくいのだ。

 

「勢力圏から抜けるわ」

 

 緊張を孕ませたような声で、天津風が呟くように言った。

 最大の味方である台風が後方へ過ぎ去っていく。

 それはつまり、敵航空戦力が動けるようになったということだ。

 

「対空見張り!」

 

 不知火の号令一過、全員が目を皿のようにして空を見上げる。

 上空の航空機というヤツは、まるでゴマ粒のようにしか見えない。

 小バエを見つけるよりも、なお難しいのだ。

 

 台湾まで残り30キロか40キロか。

 最後1割の行程が、もっとも緊張を強いられる状況になってしまった。

 こめかみの辺りから流れた汗が、頬を伝ってアゴ先から滴る。

 

「敵機! 9時上空!」

 

 叫んだのは誰だっただろう。

 全員がその黒いゴマ粒を捉える頃には、もう羽音のようなエンジン音すらも聞こえる距離まで近づかれていた。

 数は爆撃機のみだが30ほど。

 そこから逆算するに軽空母が1。

 

「輪形陣。対空戦闘用意……はじめ!」

 

 各々が装備する様々な口径の機関砲が、吼える。

 青空の中に曳光剤が黄色い尾を引いて飛び、その隙間を縫うようにゴマ粒がひらひらと舞った。

 駆逐艦用の三式弾が花開いて43個の子弾を撒き散らし、覆い包まれた爆撃機が黒煙を吐いて螺旋を描きながら落下する。

 

「うわっ、ち!」

 

 至近に爆撃を喰らった吹雪が二の腕に火傷を負ってうろたえ、それを見た白雪が怒り狂って砲煙を吐き出す。

 戦列から分離した谷風が敵機を大量にひきつけ、雨のように降り注ぐ爆弾を強引に捌いた。

 

「今だぜ、みんな!」

 

 ひきつけ密集した敵機の群れへ、三式弾と零式弾が殺到した。

 燃え上がる子弾が体内に潜り込み内部から深海棲航空機を炎上させ、破裂した零式弾の破片が紙も同然の装甲を貫通し蜂の巣にする。

 回避する隙間の無いほどに子弾と破片で埋め尽くされた空間の中で、深海棲航空機は次々と炎上し爆散した。

 

 ここからは、駆逐艦のターンだ。

 航空機を失った軽空母とその護衛を、徹底的に叩かねばならぬ。

 

「単縦3つ。3つ固めで突撃。魚雷の使用は指示を待つように」

 

 三つ固めとは、水雷戦隊の使う包囲戦術の1つ。

 「∴」の黒点を1つの駆逐隊が担当し、中心に敵の船団を置くように包むやり方だ。

 今回はこの点1つを6~7隻の駆逐艦が担当する。

 

「第11駆逐隊、突撃します!」

 

「6駆が一番なんだから!」

 

「16駆逐隊が、おんぶに抱っこという訳にもいかないわよ!」

 

「残りは各個の判断で先を行く駆逐隊に合流してください」

 

 争うように船足を上げた11、6、16の駆逐隊を、残りの駆逐艦娘が追う。

 不知火だってもちろんそこに加わりたいが、しかし三つ固めの際の旗艦は後方と位置が決まっていた。

 そこから全体の指揮を執るのが仕事なのだ。

 

「ヌ級、イ級、イ級、イ級! 船団護衛艦隊から輸送艦だけ抜いたみたいな艦隊だぜ、こりゃあ!」

 

 通信を入れてきたのは、先頭の先頭にいる11駆逐隊の深雪。

 報告に混じって砲声が聞こえるのは、既に交戦状態に入っているからだろう。

 

「吹雪、頭を抑えてください。出来ますか」

 

 ヌ級は足が遅い。

 台風も過ぎ去って波が穏やかになっている今なら、機動では圧倒することが出来る筈だ。

 

「任せてください!」

 

 言うが早いか真っ直ぐ突っ込んでいた11駆逐隊は「ヘ」の字を描くように折れ曲がって転進し、敵艦隊の進路を塞ぐ。

 先頭に居たイ級が慌てて進路を変えようとするが、それに連動して11駆逐隊とは敵艦隊を挟んで反対に位置していた6駆逐隊が壁を作っていた。

 ならばと180度回って引き返そうとする敵艦隊だが、後方は既に16駆逐隊によってシャットアウトだ。

 「△」に包囲されて逃げ場などどこにも無い。

 

「飽和水雷……発射!」

 

「「「発射!!」」」

 

 そして放たれる20艦178本もの魚雷たち。

 1本ごとに5度の散布角をつけ扇状に放たれた魚雷は、直線で構成される幾何学模様でもって海という平面を逃げ場の無いほどに埋め尽くす。

 最初に図体のでかいヌ級が2本の魚雷で半身を吹き飛ばされて轟沈。

 次は最後尾のイ級が包囲を突破しようとして、炸薬に頭を抉り取られた。

 半狂乱になって砲を海面に叩き込み魚雷を破壊しようとした先頭のイ級は、そちらばかりに気を取られていたために6駆逐隊の砲撃を全てその身に受けてズタズタに引き裂かれ、ゆっくりと水底に還る。

 最後に残ったイ級が一番悲惨で、後方から尾を毟り取られて半ばまで水没した後に、口から侵入した魚雷によって文字通りに木っ端微塵となって、青黒い体液をそこら中に撒き散らす結果になった。

 

「まぁまぁね」

 

 不知火は表情を変えずに笑う。

 一部が傷を負ったが、それも小破にすら至らない軽傷だ。

 数で圧倒的に勝っていたとはいえ、敵に軽空母がいたことを考えるとかなり良い結果だった。

 

「こちら天津風、そろそろ上陸してもいいですか」

 

「こちら時津風だよー、もう雪風がそわそわしちゃってさぁ、待ちきれないみたいなの」

 

「もう、時津風ったら! 雪風はそわそわなんかしてないです!」

 

 どうやら雪風ももう調子を取り戻したようで、不知火は胸をなでおろした。

 大淀の無茶振りもこれで達成できそうだからだ。

 

「それでは、各駆逐隊は警戒を怠らないようにしつつ上陸を開始……ところで、まさかドラム缶を積んで来ていない者はいませんね」

 

「「「持ってまーす!!」」」

 

 合唱で返事が来る。

 全く抜け目無い駆逐艦娘共で、頼もしさに泣けてきてしまう。

 ドラム缶の中身は、台湾に不足しているであろう食料品や化粧品などだ。

 それを売り捌くか物々交換に用いるかして、利益を上げようというのである。

 マフィアとまで言われる駆逐艦娘の、面目躍如であった。

 

 

 

 

 台湾の市場は、なんだかサイバーパンクの歓楽街として出てきそうな雰囲気だった。

 電飾と旗や幟で華やかに装飾された中に、漢字と英字の入り混じったネオンサインがバチバチジリジリと電工音を奏でている。

 日本のアメ横に、もっと大陸や東南アジアのスパイスを加えたようなイメージだ。

 

 店先には点心でも入っているのか蒸気を吹き上げる機械があったり、丸のブタをナタみたいな大包丁で豪快に解体していたり、鳥肌剥き出しの鶏が逆さまに吊るされていたり、秋葉原で売っていそうな電子部品まで雑然と並べられていたりして、もの凄い活気だ。

 

 艦娘たちはそんな中を歩き回っては商店主と交渉し、持ち込んだ物資を売り捌く。

 そして、途中で雪風が丹陽の艦娘だとバレてしまい80だか90だかのご老体に囲まれて色々ともてなされるといったハプニングなどもあったが、最終的に市場の一角にある喫茶コーナーに集合していた。

 

 ここは雪風と16駆逐隊の奢りだそうだ。

 注文されたのはパイナップルケーキとウーロン茶のセット。

 

「これが件のパイナップルケーキ?」

 

「なんか、クッキーっぽい」

 

 そう。

 パイナップルケーキというのは、実のところ日本人の想像するようなケーキではない。

 四角いクッキー生地にパイナップルの果肉やジャムを使った餡を包んだ、小ぶりの焼き菓子を指すのである。

 見た目はクッキーで作った小さなレンガだ。

 

「あ、でも凄く甘い香りがする」

 

「バターの香り凄い」

 

 口々に感想を言い合う声に押されて、不知火も一つ手にとってみる。

 四角いクッキー生地は卵黄をたっぷりと使って黄色っぽく、見た目の武骨さと相まって素朴で男らしい印象を受ける。

 

「美味しいですから! 雪風のオススメです! さぁ食べちゃってください!」

 

 言われるままに、サクリと一口。

 クッキー生地は見た目のとおりに卵が濃厚だが、甘さはむしろ控えめで軽い。

 アジアの伝統菓子にしては珍しく、軽めで女の子向けなのだろうか。

 そんな風に油断した瞬間だ。

 アジアらしい濃厚な甘さがどろりと溶け出してきたのは。

 

「ん~! あまい! これこれ!」

 

 雪風がふるふると震えて叫んでいる。

 それくらい、パイナップルケーキは甘かった。

 べっとりと言って良い。

 皮にあたるクッキー生地は控えめな分、中のパイナップル餡がとても甘ずっぱいのだ。

 だが不思議と飽きはこない。

 甘くないクッキー部分に、中のパイナップル餡が中和されているらしい。

 あぁ、これは確かにとても印象深くて、記憶に残る味だ。

 

「それでも残る甘さは、お茶ですっきりです!」

 

 なるほど、とウーロン茶をごくり。

 台湾は台湾茶というジャンルが設けられるくらいにはウーロン茶作りが盛んだ。

 今回のものは紅茶に近い味わいのお茶で、洋風のパイナップルケーキにはぴたりと嵌る。

 

「これは買って帰ろう」

 

「お土産に良いかも」

 

「むしろレアだから取引材料にも」

 

 他の艦娘にも評判は良いようで、既に注文をしている者までいる。

 

鳳梨酥(オンライソー)には二種類あって、今のものみたいに皮が甘くなくて餡が凄く甘いタイプと、皮も餡も普通に甘いタイプがあるんですよ!」

 

「え! 先に言いなさいよ! 注文しちゃったじゃない!」

 

「あたしは普通に甘いのにするー」

 

「私は一番美味しいの探して食べ歩きするわ」

 

「「「私も」」」

 

 初風の案に乗った駆逐艦たちが、再びぞろぞろと市場へ繰り出していく。

 幸いにしてパイナップルケーキはそれほど大きいものではないから、かなりの種類を食べ比べることが出来るだろう。

 

「えへへ、皆に気に入ってもらえてよかったです!」

 

 満面の笑顔を浮かべる雪風の目の端には、光る雫が一粒。

 元気が出ても泣くんだから、なんとも泣き虫な妹といえる。

 不知火は指を伸ばすと、その輝きを拭ってやった。

 ビックリしたような顔で放心している雪風が、なんだか小動物みたいに見えた。

 


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