Fate/Asura's Wrath 悪鬼羅刹と行く第五次聖杯戦争   作:放仮ごdz

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プロローグ#Zero:憤怒の兆し、炎の記憶

そこは、地獄だった

 

 

 

 

歩く。歩く。ただひたすらに、歩く。そこは見慣れているはずの道だった。建物が多く広がっているはずだった。

 

決して道なき道が、赤い空が、崩れた建物が、熔けているナニカが、そして何より、全てを飲み込んだ忌々しい炎が。広がっているはずがない、場所だった。かつては日常の象徴だった光景は、既に失われた。

 

 

あの、黒い孔(・・・)から落ちて来た泥によって、私の住み慣れた街は劫火に飲み込まれ地獄になった。

 

 

無感情に歩く。かつて人だった黒焦げの物体を踏み付け、瓦礫の山の上を行き、例えそれが赤ん坊の様な形をした何かだとしても何も感じず無情に潰して焼けつく風の中、歩みを進める。ただ、生き残るためだけに感情を捨て、無心に歩く。忘れるな、私は死ぬ訳には行かない。なめるな、この程度の炎で私の怒りが燃え尽きて堪るか。

 

 

目の前でゴロリと、黒焦げの死体から頭部が取れて目の前に転がり、心拍数が上がり動揺するが、今の自分の姿を見下ろして冷静になる。

光を失った淀んだ瞳、煤で汚れた白い肌、お気に入りだったリボンは燃えてしまい前髪を垂らして貞子の様になっている、ウェーブのかかっていたはずなのに微塵も感じさせないボロボロの長い黒髪、かつて白かったが今や汚れて灰色になってしまったワンピースは、私の様な八歳の少女が身に付けているべき物じゃない。

 

そうだ、この程度で動揺するな。こんなもの、この数時間でもう見慣れてしまっただろうに。…いや、数日前から私はこういう物を見ているんだ。いい加減慣れろ、一々動揺していたら助かる物も助からない。今はただ、ここから逃れることだけを考えろ。

諦めるな、死んでも歩け。何が在ろうと生き抜け。復讐しろ、この事態を引き起こした奴等を滅ぼせ。

 

 

 

・・・復讐? 何故? 誰に?

 

・・・まあいい。目的は何でもいい、決まっていればそれを糧に生き残れる。

 

 

――――お前の所為で滅んだ

 

 

私には関係ない。

 

 

――――お前の所為で死んだ

 

 

ああそうだ、私が何もしなかったから弟は無残に死んだ。

 

 

――――お前の所為で失った

 

 

・・・違う。勝手に死んだんだ、私と違って生きようとしなかったから両親は死んだんだ。

 

 

――――お前の所為で生きられなかった

 

 

知るか、生きようとしないのが悪い。

 

 

――――お前の所為で折れた

 

 

私の所為じゃない。

 

 

――――お前の所為で殺された

 

 

ああそうだ、私が助けようともしなかったから弟は殺された。

 

 

――――お前の所為で奪われた

 

 

私も全てを奪われた。奪ったのは私じゃない。

 

 

――――お前の所為で壊れた、壊された

 

 

壊れたのは自分のせいだろう。「平和」を壊されたのは、私も同じだ。

 

 

――――お前の所為で憎んだ

 

 

憎むべきはこの惨状を生み出した要因だ。私じゃない。

 

 

――――お前の所為で欲した

 

 

欲するのはいいことだ。恨んでどうする?

 

 

――――――――お前の所為で怒った

 

 

いいじゃないか、怒らないとやってられない。

 

 

――――――――お前の所為で諦めた

 

 

諦めるな。それだけは断言できる、諦めたらそこで全てが終わる。逆に言えば、諦めなければ絶対に終わらない。

 

 

 

――――全てお前の所為だ。全罪だ。

憎い、お前が憎い。死ね、死ね、死ね!お前の所為だ。罪状を言おうか――――復讐せよ――――

 

 

・・・もういいよ。全部私のせいでいいから、もう私の頭の中でほざくな。鬱陶しい、目の前に集中できない。

 

 

――――お前、なんなんだ?

 

 

お前がなんなんだ。

 

 

――――俺か?俺はこの惨状を生み出したお前の言う「要因」、この世全ての悪(アンリマユ)

 

 

お前の所為か。死ね、お前が死ね。いや、この惨状を元に戻してから死ね。

 

 

――――無理だな。俺は願いを叶えただけだ。つまりただの道具だ、この惨状を願った奴は別にいる

 

 

でも、あの孔から泥を落としたのはお前なんだろ?じゃあ関係ない、死ね。

 

 

――――お前、そればっかりだな

 

 

怒るのは当たり前だろう。この怒りは当然の物だ。全てを奪われて、怒らない奴がどこにいる?

 

 

――――そこまで露骨なのはお前しかいねーよ

 

 

で、なんなんだ。さっきのは。目障りだ、もう喋るな。

 

 

――――この世全ての悪意、呪いだ。お前はそれに耐え切っちまったんだ。大したもんだ、何で死なない?

 

 

むしろこっちが聞きたい。あの程度で何で死ぬんだ。

 

 

――――お前以外はあらかた死んだぜ?あの泥はそういう代物だ

 

 

ああ、なるほど。悪意に蝕まれて心が死んでしまうと、お前はそう言いたい訳だ。

 

 

――――ああ。お前には一ミリも効いちゃいないがな。俺はそれが不思議な訳だ

 

 

答えは簡単。この程度に屈する訳にはいかない。私は生き残らないと行けない、復讐しないと行けない。貴方が言う、「願った奴」じゃない、この一連の災厄の「元凶」にだ。そのために心は捨てたんだ、心が在ったら、私は壊れてしまうから。

 

 

――――なるほど、お前は既に心が死んでいた訳だ。それを強力な意思を持って自我を保ってるんだな。今の時代にはそう言う奴もいるのか、英雄気質だなアンタ

 

 

英雄なんてなりたくもない。世界なんて救う価値なんてない。一瞬で壊れてしまう物なんて、何度救っても限が無いからね。

 

 

――――ほう、お前はこの世全ての悪(オレ)があってもいいと言うのか

 

 

あっても無くても変わらないってだけ。死んでしまえば全部一緒。どこかの藪医者が「人に忘れられた時、本当に死ぬ」と言っていたが私はそうは思わない。人は、死んだらそこで終わりだ。生き返る事も、死に方を変える事も出来ない。

 

 

――――言うじゃねーか。ああそうだ、死んでしまえばもう既にそこには正義も悪も無い

 

 

そう、だから貴方がこの世全ての悪だろうと関係ない。だけど、それでも。

 

 

――――ん?

 

 

殺されたと言う「理不尽」だけは、死んでも尚、必ずそこに存在する。私はこの理不尽に怒るんだ。理不尽を与えた誰かに怒るんだ。

 

 

――――それが、神様・・・いや、世界が与えた運命だとしてもか?

 

 

そう。世界が与えた理不尽なら、私はそんな世界を否定する。神様が与えた理不尽なら、私は神様だって殺してみせる。理不尽だけはこの世に在ってはならない。貴方がこの災厄を起こしたのだって、誰かの「理不尽」な願いの所為だ。

 

 

――――ああ、そうだな。俺がこの世全ての悪にされたのだって、そんな理不尽の所為だ

 

 

悪とかは関係ない。ただ、理不尽がそこにあるだけ。だから人は苦しむし、私だってこんな災厄の真っ只中に居る。だけど。

 

人の願いで生まれた理不尽な災厄?

 

多数の人間に理不尽な死を与える大火災?

 

だとしたなら、私は絶対に死なない。意地でも死なない、死んでも死なない。死んだ部位を斬り捨ててでも、何としても生きてやる。そしてこの理不尽を与えた「誰か」に復讐するんだ。同じ理不尽を与えて。

 

 

――――お前、矛盾している事を言ってるぜ?

 

 

ああそう、私は理不尽を許さない。だけど、理不尽を与えた奴が理不尽で死ぬのならそれはただの自業自得だ。

 

 

――――本当に8つの餓鬼なのか末恐ろしく思うね、俺は

 

 

・・・もうね、数日前から子供らしい思考なんて捨てたんだ。私は弟の死を受け入れないと行けなかったから。あのギョロリとした目、忘れはしない。あの整った顔のオレンジ髪も、弟の変わり果てた姿も。忘れもしない、私の目に焼き付いている。

 

 

――――納得したぜ。お前、キャスターの犠牲者の親族か。そりゃ子供じゃ居られないわな

 

 

今はこの景色も、両親の変わり果てた姿も、泥が落ちて来た孔だって全部私の目に焼き付いている。でも、例え私が生き延びて全部喋ったとしても頭のいい大人は、認めようとしないだろうね。私が狂ったとでも言うんだろう。だから誰にも言わない、私がやらないと行けない。

 

 

――――やり方はどうする?ただの餓鬼が、怒りだけで理不尽に挑めるのか?

 

 

まずは理不尽に対抗できる()を手に入れる。そして、貴方を使う。

 

 

――――お?

 

 

願いを叶えるんでしょ。だったら貴方を使って、復讐を成し遂げてやる。

 

 

――――そいつはいい。何の因果か俺も復讐者(アヴェンジャー)でな?同じ理不尽で全てを壊された者同士だ、喜んでその復讐に力を貸してやるよ

 

 

ありがとう、アンリマユ。

 

 

――――だが生憎俺は最弱でな?願いを叶える程度しか力を貸してやれない

 

 

大丈夫、私はどんな手を使ってでも強くなる。怒りが在る限り、私は復讐を諦めない。

 

 

――――そうか。だったらまずは生き残れ、君ならできるだろ?

 

 

言われなくても生き残る。もう、希望は見えた。

 

 

 

風が吹き荒れる。一瞬、炎が膨れ上がりこちらを飲み込もうと迫る。だがそれがどうした。

 

 

「死んで、たまるか…!」

 

 

理不尽にだけは、屈しない。身を丸め、突進して炎の壁を突き破る。その先には、炎が届いていない無事な道路が広がっていて・・・・・・・・・やっと、地獄を抜けられた。同時に、倦怠感が私を襲う。そして瓦礫に足を取られて転倒し、意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十年、私は目が覚めた病室に訪れた神父に引き取られ、まあそれなりの平穏を過ごしてきた。…うん、それなり。もう一人の父親のせいでちょっと平和とは呼べない平穏だけども、あの地獄よりは平穏だ。

精神統一できるからという理由で入部した弓道部では部長も務めた。後輩にも慕われている、だがそれでも、忘れる事なんてできやしない。

 

あの大火災は日本どころか世界に震撼させる大災害として報道されたが、その直前にあった「いざこざ」は無かった事にされていた。正確には、大火災の印象が強過ぎると言うのもあるのだろう。それでも、私は忘れない。育ての親に教えられた・・・「魔術師」がもたらした理不尽を。

 

 

力を得たんだ。

 

理不尽の正体を知ったんだ。

 

願いを叶える訳には行かなくなったけど。

 

 

それでも、私は貴方を求める。理不尽と戦う。怒りを糧に、理不尽をねじ伏せて見せる。

 

 

そう誓い、橋の上からすっかり復興された新都を見下ろしながら立ち上がった私は、視界の端で主張する右手の甲に刻まれた赤い蜘蛛の様な刺繍を見て微笑んだ。

 

 


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