真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~張飛、馬超と相打つのこと~

 

 

 

 

中国の行政区分の一つ、【冀州(きしゅう)】。その冀州を治めている領主、【袁紹 本初】。

 

後漢時代、四代に渡って三公――司徒、司空、太尉という三つの官職――を輩出したとされる名門袁家の後継者。

 

その袁紹が住む、冀州の中心に位置する巨大な城。

城内に設けられている大浴場で、一人の女性が湯船に浸かり、体を清めていた。

 

長い金髪をロール状にし、金持ちのお嬢様の様な雰囲気を持つ女性――――袁紹。

浴場から上がると、側に控えていた侍女が、体にバスタオルを巻いていく。体に巻いたまま、自室にてゆったりと過ごしていた。

そこへ二人の少女が入室する。一人は、薄緑の髪でハチマキを巻いている少女、文醜。もう一人は濃い青紫のボブカットの少女、顔良だ。

 

猪々子(いいしぇ)斗詩(とし)、二人揃ってどうしましたの?」

「麗羽様、曹操がお目通りしたいと出向いて来ておられますが」

 

文醜の言葉を聞くと、袁紹は面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「お風呂に入って、ようやく目が覚めた所なのに、朝からあんないけ好かない小娘と顔を合わせなければならないなんて」

「って、もうお昼ですよ?麗羽様」

「睡眠不足はお肌の大敵なのよ?」

 

そう、太陽は真上にあり、朝ではなく、既に昼を過ぎているのだ。

袁紹の言い訳に二人は顔を合わせ、共に苦笑する。

 

「とにかく、我が領内に逃げ込んだ賊を征伐する為に、わざわざ都から参られたのですから、ご挨拶しないわけには……」

「分かってますわよ」

 

椅子から腰を上げ、袁紹は立ち上がる。

 

「服を着たらすぐに行くから、もう少し待たせておきなさい」

 

それから暫く経ち、謁見の間。

 

玉座に腰かける袁紹。側に控えるは文醜、顔良。そして、三人の前に一人の少女がいた。

輝くブロンドの髪を、髑髏を象った髪飾りで二つに纏め、袁紹と同じ様にカールした髪型。人形のように小柄で、整った顔立ちをしているも、その姿は堂々としていた。

 

名を【曹操 孟徳】。

 

彼女こそ、後に三国志にて名を轟かせた、覇王その人である。

 

「都からわざわざ賊退治とは、ご苦労なことね曹操」

「ええ、本来ならば私が出向くことはないのだけれど、賊があなたの領地に逃げ込んだのであれば話は別。放っておけば、みすみす逃してしまうようなものですからね」

「ちょっと、それはどういう意味かしら?」

 

曹操の言葉を不愉快に思い、直ぐに問いただした。そして彼女は、あっさりと、はっきりと言い放った。

 

「袁紹、あなたが“賊一匹退治できない無能な領主”だって言ってるのよ」

「っ!」

「曹操!袁紹様に向かって無礼であろう!」

 

曹操は袁紹の無能さを説いた。もっとも、これは事実なのであるが。

馬鹿にされ、袁紹は怒りを覚える。文醜は曹操に無礼を指摘しようとしたが、

 

「いっくら本当の事でも言っていい事と悪い事があるんじゃないのか!」

「ちょっと!それはどういう意味ですの!?」

「あ、いや、咄嗟の事で、つい本音が……」

「何ですって〜!?」

「え、あ、いや、そ、その、あ〜」

 

墓穴を掘り、さらに怒らせてしまう文醜。その様子を見ている曹操は、鼻で笑った。

 

「ふん、無能な領主に間抜けな家臣とは、いい取り合わせね。恐れ入ったわ」

「はん!参ったか!」

「ちょっと、今の馬鹿にされてるのよ!?」

「そうなの?」

 

真顔で聞く文醜に、顔良は頭を抱えた。あまりの醜態に、曹操は必死に笑いをこらえていた。

 

袁紹自身も、体をふるふると震わせ、怒りを押さえ込んでいた。

 

謁見を終えた後、廊下を歩いていく袁紹達三人。

 

「全くもう!あなた達のせいで大恥をかいたではありませんか」

「あなた達って、私は何も……」

「けど、いいんですか?いくら曹操が来たからって、賊のことを全部任せちゃって」

「いいんですのよ。賊退治なんて汚れ仕事、あの小娘にやらせておけば。」

 

面倒は御免だと言わんばかりに、に、曹操に賊退治を擦り付ける事にした。

 

こんな領主で本当に大丈夫なのだろうか……。曹操が言った無能という言葉の意味が、よく分かった様な気がする。

 

「そんなことより、武道大会の方はどうなっていますの?」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その頃、賑やかな街中で、曹操は馬に跨がり、部下らしき女性と移動していた。部下の方は、長い黒髪で一本のアホ毛があり、赤いチャイナ服を着ていた。

名を【夏侯惇】と言い、曹操の右腕的存在だ。

 

「華淋様、袁紹殿はいかがでしたか?」

「相変わらずよ。名門の出であることに胡座(あぐら)をかいて、己の無能さに気付きもしない。あんな愚物が領主としていると思うと、虫酸が走るわ」

 

曹操は袁紹の無能さを改めて語った。苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、再度溜め息をつく。

 

「春蘭、兵達はどうしていて?」

「はい。すでに門外に待機しています。合流し次第、すぐにでも出発できます」

「そう」

 

夏侯惇の真名を呼ぶと、夏侯惇は兵達の状況を説明し、曹操は返事を返した。袁紹との話にも出ていた、賊退治の件だ。

はっきり言って、無能である袁紹の尻拭いをする様で気に食わない。だからといって見過ごす訳にもいかない。我が覇道の為にも、邪魔な敵は排除しなくてはならない。

 

 

一人残さず……。

 

 

すると、横の方から声がした。

 

「うわ〜。あの人、頭がすっごいぐるぐるなのだ」

「こ、こら!鈴々!」

 

声のした方を向くと、四人組の男女がいた。こちらを指差している赤毛の少女の口を、黒髪の少女が慌てて手で塞いでいる。

 

「し、失礼した!この者は、髪の事を言ったのであって、別に頭の中身がどうとではなく!」

「愛紗、それ墓穴掘ってると思うぞ」

 

さりげなく悪態をついてしまっている事に気づいていない。咄嗟の謝罪に、一刀は苦笑いを浮かべた。

曹操は暫し四人組を見つめていると、フッと笑った。

 

「子供の戯言(たわごと)、咎めるつもりはない」

「むぅ、子供って……」

「いいから」

 

子供と言われ、頬を膨らませる鈴々を愛紗は宥めた。

曹操は、更に口を開く。

 

「髪といえば、あなたも中々美しいものを持っているわね」

「いや、これは他人に褒められる程のものでは……」

「“下の方”も、さぞかし美しいのでしょうね」

「なっ!」

 

予想だにしない事を言われ、愛紗は顔を真っ赤にし、スカートを押さえた。

 

「そうなのだ!愛紗は下の方もしっとりつやつやなのだ!」

「こ、こら!何を言って……」

「ふぅん……それは是非とも拝んでみたいものね」

 

曹操はニヤリと笑いながら、愛紗を見つめている。獲物に狙いを定めた、狩人の様に見える。

愛紗は顔を赤くしたまま、口をパクパクと開閉していた。

 

「けど、今は野暮用があって残念だ。我が名は【曹操】。縁があったら、またいずれ」

 

そう言い残すと、曹操は夏侯惇と共に去って行った。

 

「な、なんなんだ?」

(あれが最近、噂の曹操か……侮れぬ奴)

(あの子が“覇王”、曹操なのか……)

 

星は曹操の姿を見て、目を微かに細めた。

またも三国志に名を残す人物との邂逅に驚く一刀。

 

一人の少女が纏いし、王者の風格。それを直に目の当たりにした。

 

 

 

 

それからしばらく経った後、

 

「「「おかえりなさいませ!ご主人様(なのだ)」」」

 

愛紗、鈴々、星の三人はメイド喫茶で働いていた。

 

「うぅ、何で私がこんな事を……」

「今日の宿代に事欠く有り様なのだから、やむを得まい。それにここの方が給金が良かったのだ」

 

壁に手を付き、項垂れる愛紗。そんな彼女に対し、真顔で答える星。

 

「し、しかし、主でもない者にご主人様と言うなんて……」

「おかえりなさいませ、ご主人様♪さあ、こちらへどうぞ♪」

 

客が一人入ってきた。

同時に、すかさず星は声を可愛らしく変え、接待をした。

あまりの変貌ぶりに、愛紗は驚きを隠せない。

 

「お、おい……ちょっとうまくやりすぎてないか?」

「腹が減っては戦はできぬ。これも軍略の内だと思えば、どうってことはない。それに一刀の方を見てみろ。しっかりやっているではないか」

 

星は隣の飲食店の方を指差した。愛紗もその方を見てみる。

そこでは、一刀もウェイターとして働いていた。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

「は、はい……」

「はぁ……」

「いいなぁ……」

 

一刀は笑顔で接客をしていた。その笑顔にほとんどの女性客が見惚れていた。女性客の熱を帯びた視線が、一刀一人に集中していく。

たまに、厨房の方も手伝っており、料理の腕もかなりのもので、そのおかげで店はかなり繁盛していた。

店内は満席、店の前では小さな行列が出来ている。

 

「ほら、中々……かなりのものだろう?」

「そ、そうだな……」

 

愛紗は一刀と他の女性が会話しているのを見ている。見る限り、会話が弾んでいる様で、楽しんでいるのが目に見えて分かる。

 

「…………」

 

モヤモヤした様な気分になる。

 

何だろう、この気持ちは……。

 

苛立ち、焦燥、羨望。

 

或いは……。

 

「やれやれ……。おかえりなさいませ、ご主人様♪」

(くっ!恐るべし、趙子龍)

 

何となく、愛紗の抱いている感情に検討が付いている星。しかし、客が入ってきたと同時に、直ぐ様業務に専念する。

 

一方、鈴々の方も仕事に励んでいた。

注文された料理を、テーブルに運んでいく。

 

「お待たせしましたなのだ」

「あれ?あの、大盛り頼んだはずなんだけど……あっ!」

 

鈴々の口元を見てみると、食べかすが付いていた。

 

「と、当店では、これが大盛りなのだ」

「ってお前!」

「し、失礼しました!すぐに代わりのものをお持ちいたします!」

 

駆けつけた愛紗はすぐに謝罪し、鈴々を裏の方へと連れていった。

 

「客へ出すものに手を出す奴がいるか!」

「にゃ、にゃはは……ごめんなさいなのだ。次から気を付けるのだ」

 

厳重に注意され、鈴々は反省の言葉を述べる。

 

しかし、

 

「はにゃ〜!」

 

転んで皿を割ったり、

 

「はにゃにゃ〜……」

 

ラーメンを客にかけてしまったりと、失敗続きだった。

 

「ここはもういい!宿へ戻って、部屋で大人しく待っていろ!」

「うにゅ〜……」

 

愛紗に叱られ、仕方なく鈴々は街へ出る。

するとそこへ仕事を終えた一刀がやって来た。

 

「お〜い、鈴々」

「あ、お兄ちゃん!」

「どうかしたのか?そんな膨れっ面して」

 

二人は並んで町中を歩いていく。

鈴々は一刀に今の状況を話した。一刀はその話に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ちょっと失敗しただけなのに、愛紗ったらひどいのだ!」

(う〜ん、“ちょっと”かな〜それ……)

「こうなったら、何とかしてお金を稼いで、愛紗をびっくりさせてやるのだ!」

「といっても、何か当てはあるのか?」

「ないのだ!」

「………」

 

一刀はまたも苦笑いを浮かべた。しばらく歩いていると、門前に人だかりができていた。

近づいていくと、そこには一つの看板が立て掛けてある。

 

「う〜ん、難しい字が多くて読めないのだ」

「………漢字ばっかで全然読めねぇ」

 

ここは古代中国。文字は全て漢字、ひらがな等は一切――それどころか存在してるかどうかすら怪しい――ない。

 

鈴々はともかく、一刀は当然、読むことが出来ない。

 

二人が読むのに困っていると、横から声がした。

 

「“冀州一武道会本日開催!飛び入り参加歓迎!優勝者には賞金と豪華な副賞あり”だってさ」

 

濃い茶髪で、馬の尻尾を思わせるポニーテール。男勝りな雰囲気を持ち、十字型の槍を持った少女が、説明をした。

 

「じゃあ、これで優勝したら賞金がもらえるのか!」

「確かにそうだけど、まさか優勝する気でいるのか?」

「もちろんなのだ!」

 

茶髪の少女がそう聞くと、鈴々は元気よく答えた。

 

「随分な自信だな。でも、それは無理だな」

「なんでなのだ!?」

「当然だろ。優勝するのは、このあたしなんだからさ!」

 

茶髪の少女は胸を張って答えた。対して、鈴々は負けじと答える。

 

「むぅ〜……!でも、こっちにはお兄ちゃんがいるのだ!ね?お兄ちゃん!」

 

鈴々がそう聞くと、一刀は一人、違う方向を見ていた。

 

「…………」

「お兄ちゃん?」

「……ん?あ、ああ。ごめんな、鈴々。俺ちょっと用事が出来た」

「用事?」

「うん、じゃあな。がんばれよ!鈴々!」

 

笑顔で応援をすると、一刀はどこかへと走っていった……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「さあ、ついに始まりました!冀州一武道会!北は幽州から南の方まで、全国各地から集まった猛者が競います」

 

城外の大広間に設けられた大闘技場にて、武道会が始まった。観客席には大勢の観客で埋まり、喝采の渦が巻き起こっている。

 

司会を務める眼鏡の少女――――陳琳(ちんりん)は言葉を紡いでいく。

 

「ではまずは、本大会の主催者をご紹介いたします!紀州太守にして超名門!袁家の当主であられる袁紹様!」

「皆さん!私主催の武道会へようこそ!心ゆくまで楽しんでいってくださいね!」

 

開会の言葉を言い終えると、文醜と顔良が“掌鼓”と“声呼歓”と書かれた看板を観客に見せつける。それに応じ、観客は拍手と歓声を贈る。

 

そして、拍手と大歓声?の中、ついに始まった。

 

【第一試合】

 

「まずは、優勝候補とも声がある鉄牛選手!」

 

巨大な(まさかり)を持った、背丈が2mを越えている筋肉隆々の男、鉄牛。

 

「対するは、今回の参加者の中で、最年少の張飛選手!果敢にも飛び入り参加してきた張飛選手には頑張ってほしいところですが、これは相手が悪いか!?」

 

観客側から見ても、両者の背丈の差は倍以上ある。見た目だけなら、分が悪いのは鈴々の様に思える。

 

 

“見た目だけなら”

 

 

試合開始の合図として、銅鑼が鳴り響く。開始と同時に、鉄牛は巨大な鉞を振り上げ、鈴々目掛けて降り下ろした。

 

「ぬおおぉぉぉ!!」

「先制攻撃は鉄牛選手!張飛選手、早くも敗退か!?」

 

観客のほとんどがそう思っていた。

 

しかし、ガギンッ!という金属音が鳴り響くと同時に、目を疑った。

 

「おーっと!張飛選手!あの一撃を受け止めた!」

 

鈴々は蛇矛で鉞の一撃を受け止めた。鉄牛は力を込めるが、全然動かない。対して、鈴々は微動だにせず、しっかりと相手を見据えていた。

 

「そんな程度では、鈴々には勝てないのだ~~!!」

 

鈴々は鉞を反らし、鉄牛の腹部目掛けて蛇矛の一撃を食らわせた。張翼徳の一撃を食らい、その巨体は観客席まで飛んで行った。

 

「うぐっ!くっ…」

 

鉄牛は気を失い、試合は決した。

 

途端に大歓声が上がった。

 

「やりました!張飛選手!これは序盤から大番狂わせです!」

 

【第二試合】

 

「さあ!開始から随分経っております」

 

第二試合では、先程の茶髪ポニーテールの少女が、槍を持った女性と戦っていた。

 

「今、絶賛武者修行中の馬超選手は西涼からの参加です。一方、相手は槍の名手との事ですが」

「はぁ!」

 

相手の槍使いが茶髪の少女――――【馬超】に、槍の連続突きを繰り出してきた。鋭く、素早い刺突。馬超はそれを、得物である十文字槍【銀閃】で防いでいる。涼しげな表情で、全てを全てを見透かしている様に。

 

相手は疲弊しており、肩を上下させている。

 

「なんだ、もうおわりか?」

「なにっ!?」

「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぜ!!」

 

すると馬超は槍を構え、相手目掛けて凄まじい速さで攻撃を繰り出した。

 

「でやぁぁぁぁ!!!!」

「うわぁ!」

 

馬超による高速の反撃に成す術なく、相手は槍を手放し、倒れてしまった。

 

「安心しな、急所は外した。」

 

馬超が勝利し、またも大歓声が上がった。

 

それから張飛、馬超の二人は猛者達を次々と打ち倒していき、決勝戦へと勝ち上がっていった。段々と熱気を帯びていく会場。

ついに、決勝戦となった。

 

「紀州一武道会も、とうとう最後の試合です!決勝の場に進んだのは、張飛選手と馬超選手!今大会の最強を決める時がやって参りました!」

 

司会と大歓声の中、試合開始の銅鑼が鳴った。

 

「まさか、本当に決勝まで登って来るとはな――――かかってこい!」

「お前に勝って、優勝賞金は鈴々がもらうのだ!」

 

二人はお互い武器を構え、フゥっと息を吐いた。

 

気を落ち着かせた直後、同時に動いた。

 

「でりゃああぁぁぁぁ!!!!」

「うりゃああぁぁぁぁ!!!!」

 

二人は地を蹴り、空中へ飛んだ。まずは一撃打ち合い、着地してまた打ち合う二人。まさに決勝戦に相応しい戦いとなっていた。

馬超の一閃を鈴々は体を反らしてかわす。体をひねり、回転を加えた一撃を馬超に繰り出した。馬超もそれを防ぎ、二人は鍔迫り合いをしていた。

 

(こいつ、ちっこいくせに中々やるな!だが!)

 

心中で称賛しながらも、馬超は鈴々を力で強引に押し返した。

 

「勝つのは、あたしだぁぁ!!」

 

鈴々目掛けて、銀閃を降り下ろす。力の込められた、重い一撃。それが、鈴々に当たる――――

 

 

 

 

と思われたその時、ぐぅ~、と腹の虫が鳴った。

 

「なっ!?」

 

あまりにも場違いな音に、馬超は体勢を崩してしまい、槍が地面に突き刺さってしまった。観客からも、小さな笑いが巻き起こった。

 

音源である鈴々は、恥ずかしそうに頭をかいていた。

 

「え、えへへぇ〜……」

「えへへじゃないだろ!?真面目にやれ!」

「にゃはは、ごめんなのだ。」

「まったく、勝負の最中に腹が鳴るなんて、緊張感が足りな……」

 

馬超のお腹からも、ぐぅ~、と大きく鳴った。観客席から更に笑いが起こった。こうなれば、ぐうの音も出ない。本人は恥ずかしさから、顔を赤くしていた。

 

「両者そこまで!この勝負、引き分け。よって両者優勝とします!」

 

突然、袁紹による閉会宣言。会場全体はしん……と静まった。

我に帰った文醜と顔良は慌てて看板を上げる。すると、観客から拍手が贈られ、武道会は幕を閉じたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

武道会の後、張飛と馬超の二人は袁紹の屋敷へ招待された。客間にて、並べられていた豪華な料理を、ものすごい勢いで口にしていた。大量にあった料理が、瞬く間に減っていく。

 

「今日のあなたたちの戦いぶり、本当に見事でしたわ。そこで、あなたたちに相談なんですけど。もし良かったら我が袁家の客将になっていただけませんこと?」

 

袁紹は、二人に勧誘の声をかけた。

 

「モグモグ……客将って何なのだ?」

「う〜ん……まあ、簡単に言えばお客さんみたいなもんだな」

「ふ〜ん……。客将になったら、毎日こんなごちそうが食べられるのか?」

「おーっほっほっほ!もちろんですわ!最高の料理人が腕を振るった料理をお出ししますわよ」

「だったらなるのだ〜!」

「少しの間ならいいかな」

 

二人は即決で、袁紹の誘いを引き受けた。

袁紹はまた高笑いをし、その様子を陰で目にしていた文醜はその場を去った。

 

 

向かった先は、顔良の部屋。

 

「う〜ん。ここのところ、あんまり出陣していないから、ちょっと運動不足かしら?」

「斗詩!大変だ!」

 

顔良は鏡を見ながら、お腹の肉を摘まみ、ため息をついている。お腹回りが気になる様だ。

 

そこへ、ノックもなしに文醜が入ってきた。

 

「何よ、猪々子!急に入って来ないでよ!?」

「麗羽様、どうやら張飛と馬超を召し抱えるみたいだぞ」

「いいじゃない。あの二人強いし、きっと戦力の増強に――――」

「何いってんだ!今でこそあたいらは、麗羽様の一の側近だけど、もしあんな馬鹿強い奴らが来たら!」

「た、確かにそうね」

 

文醜の言う通り、あの二人の武は計り知れない。少なくとも、自分達では絶対に敵わないだろう。

このままでは、自らの地位が危うくなってしまう。

 

「ど、どうする?」

「う〜ん………そうだ!」

 

何かを閃いた顔良は、文醜の耳に向かって、ひそひそと呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――翌朝。

 

謁見の間にて、袁紹は側近である二人の言葉を聞いて、眉をひそめる。

 

「張飛と馬超を召し抱えるのをやめろですって?」

「いや、そこまでは言ってませんけど……」

「あなた達も見たでしょう?あれだけの豪傑を配下にすれば、きっと曹操の鼻を明かしてやれますわ」

「武勇に優れているのは認めます。ですが、あの二人“強く、賢く、美しく”を掲げる袁紹軍の将としてふさわしいかどうか……」

「……確かに余りお上品とは思えないわね」

 

後一押しと、顔良は口を開く。

 

「そこで、一つ提案があるんですけど」

「提案?」

「はい。馬超と張飛が麗羽様の配下にふさわしいか試験をするんです」

「成る程、適正試験ということね?」

「「はい」」

 

二人は声を揃えて、返事をした。といっても二人も馬族出身なので、人の事は言えないのだが。

 

「いいでしょう。では、試験の問題は私が決めます。それであの二人と勝負なさい」

「ええっ!?」

「勝負、ですか?」

 

鈴々と馬超に無理難題を吹っ掛け、失格にするという作戦。その筈だったのに、予定が完全に狂ってしまったのであった。

 

「あの二人に勝ったら、私の側近はあなたたち。もし負けたら……」

「「負けたら……?」」

「“コレ”よ。“コレ”」

 

袁紹は右手で、首を切るように動かした。

 

これが意味する事は……。

 

「“コレ”って、斬首!?」

「違うわよ!クビってこと!」

「なぁんだ。よかっ――――て、ええ!?クビ!?」

 

絶対に負けられない文醜と顔良であった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「さあ!突発的に始まった袁紹軍適正試験!張飛、馬超の新参組と、お馴染み文醜、顔良組が強さ、賢さ、美しさの三つを競います」

 

場所は昨日と同じく、城外にある闘技場。司会は引き続き、陳琳が担当する。

 

「よう、鈴々!」

「あ、お兄ちゃん!」

 

声がする方向を方向を見ると、観客席に一刀がいた。鈴々は直ぐ様近くへ向かう。

 

「お兄ちゃん、いつ帰ってきたのだ?」

「ああ、ついさっきね。それにしても、一体全体これはどうなってんだ?」

「なんかわかんねぇけど、適正試験だってさ」

「そうなの?ええと……」

「ああ、あたしは馬超。字は孟起だ。」

「俺は北郷一刀。よろしく、馬超」

「ああ!」

 

またも偉人に出くわすが、流石にもう慣れてしまった一刀。

自己紹介をし終え、二人は戻っていき、一刀は席に座った。

 

そして試験が開始。

 

まずは【賢さ】

 

普通の椅子と木で出来たマジックハンド。そして、結構な高さ――三メートル程――まで吊るされたバナナが、闘技場に用意された。

 

(……なんだ、これ?)

 

一刀は心の中で呆れるしかなかった。

 

「う〜ん、あたいこういうの苦手なんだよな〜」

(いや、苦手とかそういうのじゃなくて……)

「こんなの簡単なのだ」

 

鈴々は椅子をバナナの下まで移動させ、椅子の上に立った。だが、それだけではバナナには届かない。

 

「あれ?届かないのだ。」

(惜しい、惜しいぞ!鈴々!)

 

心の中で鈴々を応援する一刀。

 

「馬鹿だなぁ〜。こういう時は道具を使うんだよ」

 

馬超はマジックハンドを手に取り、地面に足を付けたまま、バナナを掴もうとする。しかし、それでも届かない。

 

「あれ?届かないぞ?」

(惜しい、惜しいんだ!鈴々に馬超!そうじゃなくて!)

 

何もアドバイス出来ないもどかしさを感じながら、一刀は必死で二人に念を送っている。

当然ながら、二人は気づいていない。

 

「あの……これって、こうやってやればいいんじゃ………」

 

顔良は、椅子をバナナの下まで移動させ、その上に立ち、マジックハンドでバナナを取った。

 

「おお!」

「その手があったのだ!」

「どうだ!知力34の力を思い知ったか!ダ~ッハッハッハ!」

「うぅ、勝ったけどあんまり嬉しくない………」

(ていうか、難易度低すぎだろこれ)

 

続いて【美しさ】

 

四人は、それぞれの衣装部屋で準備していた。

 

「面白い服がいっぱいなのだ。」

「参ったなぁ〜。あたしオシャレとかあんまり……」

「お〜、結構あるなぁ」

「うおっ!?」

 

服選びに悩んでいると、一刀が突然出てきて、馬超は驚く。

 

「び、びっくりするだろ!」

「ごめんごめん。それより、ここは俺に任せてくれないか?」

「ええ?」

「うにゃ?」

 

そして、準備時間が経過した。

 

「さぁ、準備が整ったようです。まず最初は、張飛と馬超組です!」

「ガオーガオーなのだ〜♪」

 

まずは、桃色の虎の着ぐるみを着た鈴々が出てきた。本人も乗り気で、マスコットの様な愛らしさを出していた。観客側も、微笑ましく眺めている。

 

続いて、馬超が恥ずかしそうに出てきた。

白と黄色を基調としたワンピース、ポニーテールを解いて髪を下ろした彼女は、清楚な雰囲気を出していた。

 

観客から好印象をもらい、歓声が起こる。

 

「あ、あんまジロジロ見んなよ。あたし、こういうヒラヒラしたものは似合わないってわかってんだから……」

「そんなことないって。すごく可愛いじゃん」

「えっ!?そ、そうか……?」

「ああ!」

 

観客席から、一刀は笑顔で馬超を褒めた。面と向かって称賛され、顔を真っ赤にして俯いてしまった。もじもじと照れ臭そうにしている様は、いつもの男勝りなイメージはなく、可愛らしい乙女そのものだった。

 

所謂、ギャップ萌えというものだろうか。

 

「それでは客席の皆さん!審査をお願いします!」

 

すると、多くの観客が◯の札をあげていく。集計が行われ、結果、

 

「出ました!87点!かなりの高得点です!」

「よしっ!」

「にゃはは〜」

「やったぁ!」

 

一刀はガッツポーズを組み、鈴々と馬超も喜んだ。二人のプロデュースをした身としては、大変嬉しい結果となった。

男であり、あまり着飾らない一刀は苦戦したが、何とかなって何よりだった。

因みに選んだ理由はというと、似合っていたから、との事

 

 

次は、文醜と顔良の番である。

 

「くっ、やるな!こうなったら一か八かの勝負だ」

「ええ!?でも、この格好は……」

「行くぞ!」

 

二人は同時に飛び出した。

 

「乱世に乗じて平和を乱す賊共め!」

「漢王室に変わって成敗よ!」

 

何やらヒロインもののコスプレをした文醜と顔良。武器を手にし、決めポーズをとる。

 

結果、

 

「え〜っと、集計の結果13点です」

 

この有り様だ。

 

「87対13で張飛、馬超組の圧勝です!」

「よっしゃ!」

「やったのだ!」

「よかったな、二人とも」

 

張飛、馬超は二人で喜び、一刀も笑顔で答えた。

 

「負けた……」

「色々捨てたのに……負けた………」

 

対して、文醜と顔良の二人は、脱け殻の様になっていた。

 

最後に【強さ】

 

両者共、武器を取り出し、戦いを始める――――と思いきや、

 

「では最後、袁家に代々伝わるこの華麗で、優雅で、壮麗な白鳥のまわしを締めて、女相撲で決着をつけていただきますわ!」

 

そう言うと袁紹は、股間の部分から白鳥の頭が伸びている白いまわしを取り出した。

 

「「「「えええっ!?」」」」

「なんじゃそりゃ……」

 

四人は顔を真っ赤にし、一刀はまたも呆れていた。

 

準備を終えると、文醜と顔良はまわしを締め、顔を赤くして胸を押さえていた。まわし以外は何も身に付けていない為、二人の肌が観客に晒される。

観客から歓声が上がる――特に男性から――。

そして、最後の試験が始まる――――

 

「え〜、ここで残念なお知らせです。張飛、馬超組は最終試合を棄権するのことです」

 

事はなかった。

 

陳琳の放送により、二人は袁紹の側近を続けることが出来た。

 

だが、それと同時に失ったもの――精神的に――が多い結果となった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一方、一刀と鈴々、馬超の三人は町中を歩いていた。

 

「いや〜、いくらなんでもあれは勘弁してほしいよな〜」

「さすがの鈴々も、あれはちょっときついのだ」

「まあな。でも、二人のあの衣装は可愛かったけどね」

 

一刀がそう言うと、鈴々は、にゃははと笑い、馬超はまたも顔を赤くする。

 

「そういえば、お兄ちゃんはどこへ行ってたのだ?」

 

気づいた様に、鈴々は一刀に質問する。

 

「ああ、実はね――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――“四人”が宿に帰った時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

自分達の部屋へ、一番に入る鈴々。

 

「ただいまなのだ〜」

「こらぁ〜!!」

「ふにゃ!?」

 

開いた直後、突如響き渡る愛紗の怒声に、ビクッと肩を震わせた。部屋には、愛紗と星がいる。

 

「一体、今までどこに行ってたんだ!ちゃんと宿でおとなしくしていろと言ったのに、フラフラといなくなって一晩も帰ってこないなんて!」

「ま、まあまあ、愛紗。そんなに怒らなくても……」

「一刀殿もですよ!」

「はい」

 

宥めようとしたら巻き添えを食らってしまった一刀。

 

「昨日、どれだけ心配した事か……」

「ごめん、愛紗……」

「ごめんなさいなのだ……」

 

愛紗に心配をかけたことを素直に謝罪した二人。二人の落ち込み様を見た愛紗は、許すことにした。

 

「ま、まあ、今度から気をつけてくれれば――――ん、お主は?」

「えと、あの、どうも。あたし、馬超っていうんですけど……」

 

扉の方から、馬超が遠慮気味に顔を覗かせる。

 

「あのね、馬超はね、鈴々の新しい友達なのだ!」

「そ、そうなのか――――ん?一刀殿、その子は?」

「ああ、紹介するよ。この子は――――」

 

愛紗に聞かれ、一刀は“もう一人”の人物を皆に紹介する。

 

 




次回は、オリ話です。
張飛と馬超と別れた一刀は、どこに行っていたのか?という話になります。
次回も是非、ご覧下さい。

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