――――時は二世紀も末の頃。この乱世に一人の青年が舞い降りた。その青年の名は【北郷 一刀】。
未知なる世界にて、一刀は新たな出会いを果たしていく。
乱世に蔓延る悪を切り裂かんと、美しい黒髪を靡かせ、青龍偃月刀を振るう【関羽】。
その関羽と堅い姉妹の契りを交わした
、【張飛】
不思議な縁に導かれ、その三人の元へ集った、【趙雲】、【馬超】、【黄忠】、【諸葛孔明】。
そして、謎の少年【月読】
無双の姫達が織り成す物語が今、再び――――
◇◆◇◆
とある谷にて、戦が繰り広げられていた。一方は山賊、もう片方は桃花村を拠点とする義勇軍。烏合の衆の山賊に対し、二人一組となり、お互いに連携しながら戦う義勇兵達。日頃の鍛練の甲斐あってか、敵を難なく討ち倒していく。
一人の兵士が“馬”の文字が入った旗を掲げる。
「はああっ!」
「「ぐあああっ!」」
“錦馬超”こと馬超は、馬に誇り、十字型の槍、銀閃で賊を薙ぎ払う。
「村を襲う賊共め!この錦馬超が相手をしてやるぜ!」
賊の前に立ち塞がり、通さんとする。
「うりゃうりゃ〜〜!!」
一匹の子豚に跨がって、蛇矛と“張”の文字が描かれた旗を担いでいる、燕人張飛。
「鈴々様のお通りなのだ〜〜!!」
「「ぐぎゃあああっ!!」」
その小さな体からは考えも出来ない怪力で、陀矛と旗を振るい、敵を吹き飛ばす。
「出てこい大将!鈴々と勝負するのだ〜!!」
賊軍の後方辺りでは、大将がいる。狭い谷の道で前に行けず、正にぎゅうぎゅう詰めになっていた。これでは援護しようにも援護できない。
「ちくしょう、これじゃ身動きが……!」
「このままじゃ前方は総崩れですぜ……」
「狭い谷に誘い込んだのは罠だったんだナ」
大将であるアニキ、その部下のチビとデブは焦りを隠せずにいた。
「一旦引くぞ!広い所に出て反撃だぁ!!」
このままでは不味いと判断した大将は号令をかける。賊共はそれに従い、後退していった。
「こら〜逃げるな〜!皆追撃するのだ〜!」
「張飛待てよ」
「なんで止めるのだ?今が好機なのだ」
「って、孔明の策を忘れたのか?」
「あっ、そうだったのだ」
呆れながら聞くと、鈴々はすっかり忘れていたらしい。
「後は皆に任せようぜ」
「うん」
鈴々と馬超は笑みを浮かべて、賊が向かった方向を振り向いた。
◇◆◇◆
賊軍は、そのまま反対の道を走っていた。道の横には草が大きく茂っている。そこに、数十にも及ぶ伏兵が潜んでいた。
「孔明ちゃんの読み通り、こっちへ逃げてきたわね」
突然、銅鑼の音が鳴り響いた。
賊達は驚き、音の方を向く。紫の長髪の女性、黄忠率いる弓矢部隊が、威嚇する様に弓を引いた。
「賊共よ!武器を捨てて下れば良し!刃向かうならば黄忠が弓の餌食となれ!」
一人の武将としての迫力を見せる黄忠。
「お頭!伏兵が!」
「くそっ!嵌められたか!」
焦りを見せながら、馬を走らせる賊軍。すると、更に銅鑼の音が鳴り響き、上を見上げる。
「今だ!」
白馬に跨がる水色の髪の少女――――趙雲こと星は、赤い刃の直槍、龍牙を上に掲げる。その合図で、横にいる兵士達が大きい丸太を転がした。
落石の様に落ちてくる丸太に賊共は混乱し出す。
「地獄への道案内、この趙子龍がつとめてやるぞ!」
転がる丸太と共に、崖を駆け降りる趙雲。
英雄達の活躍により、次々と討ち倒されていく賊軍。最早、軍ではなく、数人程になった。
「もう俺達しか残ってないんだナ……」
「うるせぇっ!」
「お頭……ま、前」
「ん?」
チビに促され、前方を見る。天高く“関”の旗を掲げる隊を見つけた。
「関の旗?てことは………」
黒い馬に跨がり、隊の横から出てきた黒髪の少女は、賊を睨み付ける。
「げぇっ!!関羽ぅ!?」
賊の命。最早ここまでだ。
「乱世に乗じて民を虐げんとする賊共め!我が青龍偃月刀の錆となれ!」
関雲長、参る。
◇◆◇◆
桃花村の鍛練場。そこで、青年と少年は向かい合っていた。二人は武器を構えており、相手の動きを観察している。
「「…………」」
会話はなく、その場は静寂に包まれていた。じりじりと二人は摺り足で距離を縮める。
「「っ!!」」
同時、二人の距離は一瞬で縮まり、お互いの武器で甲高い金属音を鳴らした。
そして、そのまま鍔迫り合いを行う。一旦離したかと思いきや、今度は凄まじい速さで刀と撃剣をぶつけ合う。目にも止まらぬ速さで、所々残像が見えている。火花が散り、耳に木霊する程の大音量の金属音が鳴り響く。
しばらく打ち合うと、また同時に距離を置いた。
「――――今日は、この位にしとくか」
「うん」
一息つき、二人は剣を鞘に収める。
「よしっ!俺はもういけるっぽいな」
青年――――北郷 一刀は、体を伸ばしながら、そう呟く。
「瑠華、お前はどうだ?まだ痛いのなら、休ませるけど……」
「大丈夫だよ。ほんのちょっと痛むけど、前よりは断然ましだよ」
少年こと、【月読】。真名を瑠華と言う。
瑠華は右手を押さえ、掌を開閉し、調子を確かめる。
「あんまり、無茶すんなよ?」
「一刀には言われたくないな……」
ボソッと小さく呟きながら、二人は近くの石垣に座る。
「そろそろ、戦にも参加しないと」
「体は、もういいの?」
「ああ。体も完全に回復したし、これ以上みんなの足手まといになるのは悪いからな」
「そっか」
一刀は立ち上がろうとして、そのまま刀に手を添える。
「……っ!」
「一刀?」
手にした瞬間“あの光景”が脳裏を横切る。口を手で押さえ、膝をついた。瑠華は慌てて一刀に駆けつける。
「だ、大丈夫……?」
「――――ああ、平気だ」
「本当に……?」
「大丈夫大丈夫、な?」
瑠華の頭を撫でて、何でもないと言い張る。しかし、平気そうにはどうしても見えなかった。
「ねぇ、一刀…」
「あ、愛紗達が帰ってきたみたいだ。行こうぜ瑠華」
「う、うん……」
ごまかす様にその場を走り去った一刀。
瑠華は、一刀に対して心配、或いは不安という感情を抱いていた。
◇◆◇◆
義勇軍は、頼れる豪傑達の活躍によって、今回の戦も勝利を収めた。村では宴が行われ、兵士達も屋敷の庭にて談笑し、食事を楽しみ、大いに騒いでいた。
客間では台の上に豪華な料理が並んでおり、愛紗達も食事を楽しんでいた。馬超と鈴々の大食いコンビは、相も変わらずの食べっぷりを発揮し、星もメンマと酒に舌鼓を打つ。黄忠の横には一刀が座っており、その膝には、璃々ちゃんが当たり前の様にちょこんと座っている。お気に入りの場所らしく、時折一刀が璃々に食べさせてあげている。食べている姿を見て、一刀が和むのも日常と化していた。
「いやぁ〜、この辺り一帯に巣食っていた賊を殆ど退治され、めでたい限り♪」
酒に酔い、庄屋がご機嫌良く話しかける。
「これも全て皆様のおかげと一同感謝しております。とりわけ孔明殿の知謀の数々、この庄屋誠に感服いたしました」
「そんな、私なんてまだまだ……」
庄屋の称賛に、朱里は照れ臭そうに顔を赤くしている。
「そう謙遜することはない。我等義勇軍の勝利は、孔明殿の策におう所が大きいのは事実だ」
「まあ、愛紗が一番おいしい所を持っていくのが多いのがちと不満だがな…」
愛紗も朱里を褒め称える。星はメンマに手を伸ばそうとした馬超を睨み付け、馬超はたじろいだ。食べ物の恨みは、恐ろしい。
「いやいや、関羽殿と並んで趙雲殿、馬超殿、黄忠殿と我が桃花村の義勇軍は強者揃い♪」
「むっ、鈴々が入ってないのだ!」
「中でも!戦場を豚に乗って駆け回る張飛殿の姿は勇ましく、兵達に[猛豚将軍]と呼ばれているとか」
「にゃ、にゃははは〜♪そんなに褒められると照れるにゃ〜なのだ〜♪」
自分だけ外された鈴々は怒るも、庄屋に褒められた途端、照れる様子を見せる。
「隙あり!」
「あっ!」
馬超が残り一つの焼売に箸を伸ばすと、そうはさせまいと箸を出す鈴々。そのまま二人は箸で焼売を掴みあう。
しかし、焼売は馬超の口へと運ばれた。
「馬超!鈴々の焼売返すのだ!」
「もう食べちゃったもんね〜♪」
怒る鈴々に対し、得意気に笑う馬超。
「もう、二人共お行儀悪いですよ」
「けど朱里!」
「璃々ちゃんが見てるんですから」
「わ、悪かったよ。孔明」
「分かったのだ……」
朱里に叱られ、ばつが悪そうに頭をかく馬超と、大人しくなる鈴々。
「なんかお母さんみたいだな、孔明ちゃん」
「そうだね」
一刀と瑠華は平和な光景を微笑ましく見ていた。
「あっ、鈴々ちゃん。ほっぺに何か付いてますよ?」
「む〜っ、止すのだ朱里。自分で出来るのだ〜」
朱里がハンカチで、鈴々の頬に付いている食べかす拭う。
こうして世話を焼く姿を見ると、ますます年上らしく見えてしまう。
「鈴々お姉ちゃん子供みた〜い」
「これ璃々。いくら親しい相手でも、相手から許しを得ずに真名を呼んでは駄目よ?ちゃんと張飛お姉ちゃんと言いなさい」
真名を呼んで良いのは、許しを得た者のみ。
母親として、娘を叱る黄忠。しかし、璃々は頬を膨らませ、反論する。
「え〜、いつも鈴々お姉ちゃん自分の事“鈴々”って言ってるよ?」
「それでもです。許しも無しに呼べば何をされても文句は言えないのよ?」
「別にいいのだ!」
突然、声を出す鈴々。皆の視線が向けられた。
「璃々はもう家族みたいなものだから、真名で鈴々って呼んでもいいのだ」
「よかったわね、璃々」
「うん、鈴々お姉ちゃん大好き♪」
愛らしい笑顔を見せる璃々。微笑んで見つめ、一刀は優しく頭を撫でる。
和やかな雰囲気となり、皆は食事を楽しんだ。
そして食事を終え、湯浴の時間。
「賊退治の後の風呂はまた格別だぜ〜♪宴の料理も旨かったし、言うことなしだな」
宴が終わり、馬超は一人ゆったりと湯に浸かっていた。健康的で豊満な裸体に溜まった疲れが、安らいでいく。
この時代では今と違い、湯を沸かすのに手間が掛かる。風呂に入る日が決められている為、こうして入れるのは正に有難い事なのだ。
「けど可笑しかったな、張飛の奴。よりによって璃々に子供みたいって言われちゃって」
馬超は宴の時の事を思い出し、くすっと笑う。次に鈴々と朱里との会話が引っ掛かり、疑問が浮かび上がった。
「いつの間に張飛の奴、孔明の事を真名で呼ぶ様になったんだ?あたしがここに来ての時は違ったよな……」
何かに気がつき、湯を飛ばしながら立ち上がる。その際、豊かな二つの球体が揺れた
「つぅか、なんであたしの事を真名で呼んでくれないんだぁ!?仲間だろ友達だろ戦友だろ!?」
今更ながら、真名を呼んでもらっていない事に気がついた。
「いや待て、あたしだってあいつの事を真名で呼んでない訳だし……」
馬超は頭を悩ませ、湯に浸かり直す。
何となくだが、中々きっかけがなく、まだ真名を預けあっていなかった。
「だからと言って、今更預け合うってのも、こっ恥ずかしいし」
どうしたものかと馬超は顔だけを湯に浸け、ブクブクと泡立てる。何かを決めたのか、顔を上げた。
「よしっ!風呂から上がったら鈴々!って呼んでみるか!案外“馬超が鈴々の事、真名で呼んだから鈴々も馬超の事を【翠】って真名で呼ぶのだ〜”とかってなったりしてな」
鈴々の声真似をしながら、決意を改める馬超。
因みに【翠】とは彼女の真名である。
「はぁ、考え事してたらちょっとのぼせちまったな…」
火照ってしまった体を、手で仰いで冷ます馬超。顔は暑さで紅潮し、少しはだけた寝間着から見える胸元は、中々に艶々しい。ポニーテールを解いた彼女は、普段とはまた違った印象を与えるも、容姿が綺麗なことに変わりない。
「あ、馬超」
「おっ!?よう……」
噂をすればなんとやら。廊下を歩いていると、件の少女とバッタリ出会ってしまった。
「お風呂、どうだったのだ?」
「あ、ああ、良い湯加減だったぜ……?」
「じゃあ鈴々も入ってくるのだ!」
陽気に話しかける鈴々に対し、馬超はぎこちなく返事をした。風呂の感想を聞き終え、鈴々は馬超の横を通り過ぎていく。
(絶好の機会じゃないか!ここで何気無く、鈴々って)
チャンス到来。馬超はすかさず、鈴々の名を呼ぶ。
しかし、言葉が止まってしまった。
「り、り、鈴、り………」
「何なのだ?」
鈴々が不思議そうに覗きこむと、馬超は顔を更に紅潮させ、狼狽える。
「ちゃんと言ってくれないと分からないのだ」
「いや!何でもない!本当、何でも……」
「変な馬超なのだ」
キョトンとした鈴々は踵を返し、風呂場へと向かった。馬超はため息と共に、がっくしと肩を落とした。