――――皆さん、こんにちは。月読です。僕は今……怒られてます。
桃花村の屋敷の庭にて、瑠華は正座をしていた。ビシッ!と、まるで見本を見ているかの様に。目の前には、ご立腹な様子を見せる少女が両手を腰につけて立っていた。
「まったく!瑠華君、安静にしておかないと駄目じゃないですか!」
「はい」
「それにこんな所で蹴鞠を蹴るなんて!」
「はい」
「分かってるんですか!?」
「はい」
「大体あなたはですね――――」
怒りを露にし、朱里は更に説教を続ける。そんな中、瑠華は半刻前までの出来事を思い返していた。
◇◆◇◆
それは、半刻前の事。
「……暇だな」
庭にある椅子に腰掛け、一人呆ける瑠華。右の前腕には包帯が巻かれている。骨にヒビが入っており、まだ小さい体のせいか、完治はできていない。念の為にと安静にしておくように言われたのだが、ず〜っと部屋の中にいたんじゃ逆に動きたくてしょうがない。
そう思い、こうして外に出ているのだ。
「早い所治さなきゃ……ん?」
瑠華は、ある物を見つけた。
「これって、鞠か」
白色の球体、今で言うボールが置いてあった。瑠華は近づくと、足を乗せた。
「……ちょっと位ならいいよね」
下から鞠を蹴り上げ、頭に乗せた。器用にバランスをとり、前に落下する鞠を右足で蹴って、今度は左足、また右足と交互に上向きに蹴る。その場からあまり動いていない所を見ると、かなりのリフティング技術を持っていると窺える。
どこにでもいる子供みたいに年相応な表情を見せる瑠華。
「やばっ!」
すると、当たり所が悪かったのか、鞠が見当違いの方向に行ってしまった。
更にタイミングの悪い事に、本を手に持った一人の金髪の少女が歩いてきた。
「朱里、よけて!」
「えっ?」
「あっ……!」
「はわわっ!?」
咄嗟に手に持っていた本で防ぎ、鞠は地面に着地。朱里はその反動で尻餅をついてしまった。
そして、瑠華は目にしてしまう。朱里のスカートから見える、白き布を。
「はわわ~~っ!?」
「え、と〜……」
朱里は慌ててスカートを押さえ、瑠華は思わず赤面してしまう。
お互い無言のまま、気まずい雰囲気が漂う状況の中、朱里は恨めしげに見つめる。
「……見ましたか?」
「あ、その……」
「見たんですね?」
「………」
「瑠華君!」
「ご、ごめん!」
「ちょっとそこに座って下さい!」
「は、はい!」
朱里は頬を膨らませ、瑠華を地面に座らせる。有無を言わせない気迫に押され、それから半刻もの間、瑠華は朱里の説教を聞く羽目となった。
「お〜い、どうしたんだ?」
「北郷さん」
すると、そこへ一刀がやって来た。
「どうしたんですか?全身びしょ濡れですけど……」
「ああ、ちょっとね」
一刀は気まずそうに返事を返す。
「それより、どうかしたのか?」
「実は――――」
朱里は一刀に状況を説明する。それを聞き、成る程と納得する一刀。そして、助け船を出す事にした。
「孔明ちゃん、瑠華も反省しているみたいだし、この位で許してあげてもらえないかな?」
「それは……まあ、いいでしょう」
「瑠華も、ほら」
「うん……朱里、本当にごめん」
「いえ、もう気にしてませんから」
朱里は笑顔で許してくれ、一刀は落ち込んだ瑠華の頭を優しく撫でてあげる。
すると、黄忠が廊下を歩いてきた。何かを探しているのか、きょろきょろと周りを見渡している。
「黄忠さん、どうかしましたか?」
「あら、北郷さん。璃々を知りませんか?」
「璃々ちゃん、ですか?」
「ええ、夕食が出来たので、呼びに行こうとしたら、部屋にいなくて」
「村の子供達と遊んでるんじゃあ」
「それが、子供達も知らないと……」
そんな中、瑠華が思い出したかの様に顔を上げる。
「そういえば、鈴々と一緒だった様な……」
「瑠華、知ってるのか?」
「うん。二階から見たんだけど、あの方角は多分隣町の方へ行ったんじゃないかな?」
「隣町か」
「大声で、“鈴々と璃々で〜鈴姉妹〜♪”って歌ってた」
「よし、じゃあ迎えに行くか」
「私も行きます」
「すいません、北郷さん」
「気にしないで下さい。それじゃ」
一刀と朱里は、鈴々と璃々を迎えに、隣町へと向かった。
◇◆◇◆
空が橙色に染まった頃、一刀は璃々を肩車で乗せ、右に鈴々、左に朱里という配置で手を繋いでいた。
「高い高〜い♪」
「そっかそっか。でも、危ないからしっかり掴まっておくんだよ?」
「うん♪」
可愛らしい笑顔で、璃々はぎゅっとしがみつく。
「今日は、二人ともたくさん遊んだのか」
「鈴々はお姉ちゃんだから、璃々と一緒に、い~っぱい遊んだのだ♪」
「そっか、偉いな鈴々」
「うふふっ♪」
横にいる朱里も笑みをこぼす。
「でも、いくら璃々ちゃんが“健全な意味で可愛がらなきゃならない幼女”でも、路上でおっぱいを出すのはどうかと」
「……確かに、な」
「にゃははは♪」
「えへへ♪」
苦笑いを浮かべる一刀と朱里に対して、子供二人は笑っていた。
後ろ姿から見れば、大変仲の良い家族の様に見える。
◇◆◇◆
待ちに待った、夕食の時間。
相変わらず、鈴々と馬超は物凄い勢いで料理を腹に収めていった。他の一同もそれぞれ食を進めている。
すると、一刀の前に炒飯と青椒肉絲が一品ずつ置かれた。
「あれ?黄忠さん、これって」
「うふふ♪まずは食べてみてください」
「じゃあ、遠慮なく…」
何か意味ありげな表情を浮かべる黄忠。その様子に戸惑いながらも、一刀はそれを口にした。
隣にいる黒髪の少女は、不安そうに窺っている。
「どうですか?」
「うん、美味しい――――けど、これ黄忠さんが作ったんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、誰が……」
「よかったわね、関羽さん♪」
「えっ?」
黄忠の視線に合わせて一刀は振り向く。視線の先にいた愛紗は、ホッと息を下ろし、顔を赤くして俯いていた。
「もしかして、愛紗が作ったのか?」
「あ、ああ……黄忠殿に、御教授頂いてな……」
「黄忠さんの料理とは、ちょっと味が違うなぁとは思ってたけど……そうだったんだ」
――――だからあの質問を……。
初めて、女子――しかも美少女――の手料理を味わえた事に喜びを感じる一刀。改めて、吟味する。
「ありがとう愛紗。とっても美味しいよ」
「そ、それは良かった……」
「ふむ、“愛”という隠し味が詰まっているのだな」
「せ、星っ!」
星にからかわれ、愛紗は思わず立ち上がる。そして、その場は笑いに包まれた。
一刀は味を楽しみ、完食した。
「いやぁ、これなら何品もいけるよ」
嬉しさの余り、そう“言ってしまった”。
「そ……そうかそうか!そう言ってくれるか!」
「うん。でも、今日はもう――――」
「ちょっと待っていてくれ」
すると、愛紗は厨房へと向かった。
どうしたんだ?と皆が怪訝にしている中、黄忠一人が苦く笑う。
そして、愛紗は戻ってきた。
“大量の中華料理”を乗せた盆を持って。
「………………えっ?」
「いや〜、もしもの為にと思ってたくさん作っておいて良かった♪」
「あ、あの、愛紗さん?俺、もう」
「さあ一刀、遠慮せずにどんどん食べてくれ」
「いや、だから……」
「さあ♪」
期待に満ち溢れた、綺麗な笑顔を見せる愛紗。こんな顔で言われたら今更無理ですとは言える筈もない。いや絶対言えない。
他の仲間たちはたちまち苦笑いを浮かべ、黄忠の方を向くと“頑張って”と見放された様な感じで見られた。
しかし、これだけの料理を収める程の余裕は一刀にはもうない。殆どない。全くない。
だがしかし、折角作ってくれたのだ。残す訳にもいかない。
一刀は、意を決して食した。
その結果。
「うぷっ……」
食べに食べまくった一刀は、ボールの様なまんまる体型になってしまった。顔は青ざめており、横向きに倒れている。他の仲間たちは心の中で“よくやった!”と一刀を褒め称えた。
そんなことも露知らず、愛紗は足取りを軽くし、鼻歌混じりで皿を洗っている。横にいる黄忠は“何故こうなってしまったのやら”と、食器を拭きながら思うのであった。
「お兄ちゃんまんまる〜♪」
璃々はキャッキャと笑いながらポヨンポヨンと一刀のお腹を叩く。
これが、幸せ太りって奴か……………ガクッ