――――皆さんこんにちは。北郷一刀です。今、俺は………暇です。うん、めっちゃ暇。
窓際の寝台で横になり、外の風景を眺めている一刀。天候は快晴。村も賑やかだ。
こういう時は、外へ出て思いきり体を動かしたい――――と思うのだが、一刀は安静に安静にしている。体の傷も癒えてきて、完治とまではいかないが、体調は良好になりつつある。
しかし、彼は寝台にて寝ていた。
「はぁ……何日も体を動かしてないと、訛っちゃうよな〜」
日々の鍛練は怠るべからず。少しでも運動は必要だ。何より、暇で暇でしょうがない。
すると、誰かがコンコンと扉を叩いた。
「ん?どうぞ〜」
「失礼します」
一刀からの許可をもらい、長く艶やかな黒髪の少女が、扉を開けて部屋へ入室する。
「やあ、愛紗」
「具合は如何ですか?」
「ああ。痛みも引いてきて、体も楽になってきたよ」
「それはよかった」
安心した様に、愛紗は綺麗な笑顔を見せる。それに見惚れるも、一刀は咳払いをする。
「えっと、だからさ……外へ出ても――――」
「駄目です」
「ですよね~……」
即答だ。
「体調が良くなっているからこそ、安静にしておかないと。外へ出たりしたら、途中で倒れてしまうかもしれませんよ?」
「いや、でもさ、ここんとこ全然動いてないんだぜ?流石に――――」
「駄目なものは駄目です」
「………はい」
愛紗に睨まれ、一刀は小さく返事をする。
花見をした“あの日”以来、何故か分からないが、愛紗が自分に対して過保護?ナーバス?みたいな感じで接してきている。病人には優しくするのが当たり前なのは分かるのだが、少々心配し過ぎなのでは?と一刀は心中で呟く。
「それでは、私は瑠華の様子を見てきます。くれぐれも、安静にしておいて下さいね?」
「ああ、分かったよ」
念を押すように言うと、愛紗は部屋を出ていった。
途端に一刀は寝台に身を預け、ため息を吐く。
「はぁ……暇だ」
「溜め息なんかついてどうかしたか?」
「うわっ!?」
突如、自分にかけられた静かな声音。慌てて窓を見ると、星が窓際に腰掛けていた。
「なんだ星か……驚かすなよ〜」
「一刀が勝手に驚いたのであろう?」
手で口元を隠しながら、星はくすくすと笑っている。
「何か用か?」
「特にないが、敢えて言うならお主の見舞いかな」
「そっか、ありがとな。星」
微笑みながら、彼女に感謝する一刀。こうして見舞いに来てくれるだけでも、嬉しく感じる。
すると、星は顔を反らした。仄かに赤く染まっている頬を隠す様に。
「……所で、調子はどうだ?」
「絶好調!とまではいかないけど、大分マシになったよ」
「それは良い事だな」
「おかげさまでね」
さっき来た愛紗と同じ様に、星は笑顔で喜ぶ。一刀もこう思われて、嬉しく思う。
「で?ため息の原因は?」
「いや、その〜……愛紗の事なんだけど」
「ふむ、最近やけに自分に対して優しくなってる気がすると」
「そこまで言ってないのに俺の言おうとした事よく分かったな」
「それはそうであろう。周りから見たら、一目瞭然だ」
「そうなの?」
「うむ」
星は真顔で頷く。どうやら周囲もそう思っているらしい。
一刀は愛紗が来た時の事を話し始める。
「別に嫌な訳じゃないんだ。心配してくれてるって事は、俺を仲間として見てくれてるって事だからさ」
「ふむふむ、それで?」
「嬉しいんだよ?嬉しいんだけど……その……」
「成程な」
頭をかきながら話す一刀を、星はじっと見ていた。見れば、腕を組みながら何かを考えている。
そして、一回頷くと、一刀の方を向いた。
「一刀よ」
「ん?」
「明日、愛紗を逢い引きに誘ったらどうだ?」
「………え?」
逢い引き。この時代での言葉。現代風で言う所の、“デート”である。一刀も、逢引の意味くらいは、知っている。知っているからこそ、戸惑っているのだ。
「い、いきなり何を言うんだ!?」
「何って、だから愛紗を逢い引きに――――」
「いやいやいや、何でそういう考えになるんだよ!?」
「おや?一刀は愛紗と逢い引きをするのは嫌か?」
「い、嫌な訳ないさ。むしろ凄く嬉しいけど」
「よし、じゃあ決まりだな」
「っておいちょっと待てって!」
一刀は窓際から外へ出る星を呼び止める。
一刀の方も愛紗とデートをするのは嫌じゃない。彼女の様な顔立ちの整った美少女――それに加え、モデル顔負けのスタイルの持ち主――とデート。これを拒む様な男はいないだろう。
「要するに、一人で行くのは駄目なのだろう?だったら、付き人として二人で一緒に行くという形なら構わないのでは?」
「で、でも、それだったら逢い引きとは言わないんじゃ……」
「何を言っているのやら。それでは“からか”――――“二人の為”にならないではないか」
「確実にからかう事前提なんだな、おい。それに何が二人の為なんだよ?」
「……何となく?」
「何となくって……」
真顔で言う星に、一刀は苦笑するしかなかった。
「まっ、少し妬けるけどな……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でもない。それじゃ、明日はしっかりな?」
「ああ、相談に乗ってくれてありがとう」
「構わんよ。では私はこれで」
「おう」
星は、一階の窓から外へ出ていった。道に吹く風が彼女の水色の髪をなびかせる。
一刀は星の後ろ姿を見送った後、窓を閉め、寝台に大の字で寝転ぶ。
「ふぅ……デートか」
愛紗とのデート。女の子とのデートは一刀にとっても初めての事であるため、無意識に鼓動が高鳴る。思わず、浮かれてしまいそうだ。
しかし、一刀はあることに気づく。
「あれ?これって……俺から言うん、だよな?」
そう、デートのお誘い。熟練、或いは手慣れている男性ならともかく、一刀は何の経験もないド素人の青年。知識がない訳ではないが、実践は無い。
この難易度の高さに、不安を隠せない。
「おいおい……これって結構勇気がいるんだよなぁ……って、ん?」
扉の向こう、廊下からドドドッ!という地鳴りを上げて、何かが近づいてくる。同時に、元気で明るい声が聞こえてきた。
「お〜〜に〜〜い〜〜ちゃ〜〜ん!!」
「り、鈴々……?」
勢いよく扉を開け、鈴々は一刀に飛びかかった。
「とぉ〜〜♪」
「ぐほっ!!」
鈴々は一刀の腹に抱きつき、一刀は大きなボールを投げつけられたかの様な衝撃を食らった。そのまま仰向けで寝台に倒れ、鈴々は一刀に馬乗りしながら頭を傾げる。
「んにゃ?どうしたのだ、お兄ちゃん」
「り、鈴々……病人には、もうちょっと……優しく、な……?」
「よく分かんないけど分かったのだ♪」
無邪気な笑顔で答えると、一刀はピクピクと引きつった笑みを浮かべながら、ガクッと意識を落とした。
こんな調子で大丈夫なのだろうか……。
◇◆◇◆
一刀に助言し終え、星は一人、屋敷の廊下を歩いていた。すると、向こう側から歩いてくる愛紗と出くわす。
「おう、愛紗か」
「星、どうかしたか?」
「何、さっき一刀の様子を見てきた所で、瑠華の様子も見ておこうと思ってな」
「瑠華なら、ついさっき眠ってしまった。腕の方も物を握れる位までに治っているが、激しい運動はまだ無理らしい」
「そうか」
瑠華の方も骨折した腕が回復しているそうで、星は安堵する。
「まあ、今はそっとしておいてやってくれ」
「うむ、顔を見る程度にしておこう」
愛紗は星の横を通り過ぎようとすると、急に呼び止められた。
「愛紗よ」
「ん?」
「明日は、楽しみにしておれよ?」
「はぁ?」
星はクスクスと笑みを浮かべ、瑠華の部屋に入っていく。訳が分からず、頭に?マークを浮かばせる愛紗であった。
「成程、気持ち良さそうに寝ているな」
寝台には、小さな男の子が横になっていた。星は寝台の端に腰かけ、瑠璃色の髪を優しく撫でた。
今の彼女は、端から見れば、穏やかな印象を与える事だろう。
「さて、早速♪」
途端に、悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、星は瑠華の頬をつんつんとつっつく。
幼さ故か、中々に柔らかい。それでいて、温かみがある。
「ふむ、中々の感触だ♪」
星は更に続ける。
つん、つん。
「う〜ん…」
つん、つん。
「ん、む〜……」
つん、つん。
「えへへ……♪」
「……可愛い」
頬を朱色に染めて、口元を隠す星。
子供特有の無邪気な笑顔を浮かべる瑠華。いつもの彼とは違った愛らしい表情。
その表情に、星は呆気にとられるも、すぐに笑みをこぼす。
「これは、そっとしておいた方がいいな」
もう一回瑠華の頭を撫で、そっとその場を去ろうとする。しかし、何かに袖を引っ張られ、ボフンと寝台に尻をつく。
「おやおや」
「ん〜……」
彼女の長い袖を、瑠華が片手でぎゅっと握っていたのだ。離すまいとしている愛らしい様子を見て母性を刺激されたのか、無理矢理引き離す事はせず、星はくすっと笑った。
すると、星も横になり、子供と一緒に寝る母親の様に、瑠華の肩に手を乗せ、そのまま眠りに落ちた
二刻後、起きた瑠華が恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き、星はくすくすと笑いながら、彼の頭を撫でていた。