明日の先陣を務める事となった義勇軍。天幕にて、戦の作戦会議を行っていた。
因みに、あの後、愛紗は劉備に深く頭を下げ、謝罪した。劉備は戸惑いながらも、彼女を許したのだった。
「先ず関羽殿には、張飛殿の隊を率いてもらう」
「……はい」
「関羽、大丈夫か?」
「あ、ああ…何でもない」
馬超が心配そうに聞くと、愛紗は弱々しく返事をする。自分に言い聞かせるも、心のどこかで引き摺ってしまう。
そこへ、一人の義勇兵が入ってきた。
「劉備殿!」
「何事だ?」
「村が……桃花村が、賊の大群に襲われました!」
「「えっ!?」」
「……なんだと?」
突然の報告に、愛紗と馬超は声を上げる。
「たった今、着いた村からの伝令によりますと、相手はかなりの数。恐らくは、これまで退治した賊の残党共が協力して、一気に襲ってきたのではないかと」
この世は因果応報。
人が行った事は、例え善かろうと、悪しかろうと、必ず報いとして返ってくるものだ。
「くそっ……!で?」
劉備は密かに舌打ちをし、面倒そうに顔をしかめる。
「孔明殿が指揮をとって、庄屋の屋敷に村人を連れ、防戦に務めていますが、“いつまで持つか分からない。増援を乞う”と……」
「何てこった!」
「劉備殿!」
馬超は机を叩き、愛紗は劉備に呼び掛ける。しかし、劉備は動く気配を見せない。
「何をしているのです!直ぐに村へ――――」
「いや、村には戻らない」
「なっ!?」
劉備の発言に、驚きの声を漏らす馬超。
「何を言ってるんです!早くしないと、こうやっている間にも村が!」
「大丈夫。
「伝令!」
そこへ、また一人の兵士がやって来た。
今度は、全身が泥と傷だらけで、肩には矢が刺さっている。
「賊群は村の外堀を突破!至急救援を……」
「しっかりしろ!すぐに手当てを!」
疲弊した伝令兵は力尽き、その場に倒れた。もう一人の兵士が治療するために別の天幕へと連れていく。
劉備は眉に皺を寄せ、顔を歪ませる。
愛紗は目を見開き、動揺を隠せない。
村には、大切な仲間もいる。
公明、瑠華、鈴々――――そして、一刀。
心と顔を引き締め、劉備の前に出る。
「劉備殿!お願いです!すぐに村に援軍を!」
「だが、我等は明日の先陣を承っている……!」
「ですが!」
「明日の戦で功を立てれば、官軍の将になれるんだぞ!?それも今をときめく大将軍!何進様の側近に!」
「っ!」
この男、それが目的なのであろう。村ではなく、自分の利益の為に。
本心が垣間見えるも、愛紗は下がらない。
「しかし、今は村を救う事の方が大事では!」
「確かに拠点を失うのは辛い!蔵に溜め込んだ軍資金を賊共に奪われるのも癪だ」
「私が言いたいのは、そんな事ではない!我々が村を見捨てたら、村人がどうなるかを考えて下さい!」
「関羽殿。そなたの気持ちもよく分かる。だが世の乱れを正し、多くの民を救うには、より大きな力を手にすることが必要なのだ」
そんな事を言っておきながら、この男。結局は村を見捨てるつもりなのだ。そういう魂胆が目に見えて分かる。
「大義の為、私の為に、尽くしてもらえぬか?」
劉備は愛紗に近寄る。
対して愛紗は、手に力を入れ、握り締める。
「私の事だけを考えて、村の事はやむを得ない事と――――」
バチィィン!!と、皮膚を叩く音が天幕に響く。
「ぐあっ!」
劉備の頬目掛けて、平手打ちを食らわしたのだ。倒れる劉備に対し、怒りに満ちた表情で睨む愛紗。
「ひゅ〜、お見事」
馬超もすっきりしたらしい。愛紗は、そのまま天幕を出ようとする。
「ま、待て!いくらお主が豪の者でも、一人では死にに行くようなものだぞ!それよりも大義のために!」
赤く腫れている頬を押さえている劉備。愛紗を必死に呼び止めようとする。
すると、愛紗は天幕の出口で立ち止まった。
「あなたの大義が何かは知らぬが、私には私の志がある」
――――私の志は、真に愛するに至る者を守り抜く事だ!
劉備を睥睨し、自身の“決意”を言い放つと、走って出ていった。
「ま、待ってくれ……」
「あたしも抜けるぜ〜」
「ぁぁ……」
馬超も天幕から出ていき、一人取り残された劉備は、その場に項垂れる。
武将が二人も抜けてしまったのだ。討伐は、壊滅的だろう。
愛紗は馬に跨がり、偃月刀を片手に村へと向かう。
(一刀!鈴々!瑠華!孔明殿!無事でいてくれ!)
そう願い、愛紗は馬を走らせる。
別の天幕にて、曹操は玉座に腰掛け、茶をやけ飲みしていた。
あまりにも無謀な策に身を投じようとする劉備。あの男の下に愛紗がいるという事が、実に気に食わなかった。
「全く!何なのかしらあの劉備って奴!関羽程の豪の者が、あの様な男を主に選ぶなんて……」
苛立ち、更に茶を飲み干す曹操。嫉妬にも近い感情が、表情に出ていた。
「こんな時間に何の用だ?」
「……曹操に会わせてくれ」
何やら、外が騒がしい。
怪訝に思っていると、突如、天幕に来訪者が現れる。
「お、おい!よさんか!」
「曹操!話がある!聞いてくれ!」
夏候惇が羽交い締めで食い止めようとするも、馬超は強引に押し通る。
突然の来訪にも関わらず、曹操は夏候惇を下がらせ、馬超の話を聞く事にした。
「……成程。それで、私にどうしろと言うの?」
「関羽は頭に血が上って、一人で飛び出しちまった……。たった一人じゃ殺されに行くようなもんだ!だから、あたしに兵を貸してくれ!」
「嫌よ」
馬超の頼みを受け入れる事なく、曹操は躊躇なく突き放した。
「愚かな主を選んだ報いよ。助ける義理はないわ」
「この通りだ!」
勘違いだったとはいえ、かつては父の仇と命を狙った身。頼みを聞いてもらえないのも無理はない。
だからこそ、馬超は頭を下げ、土下座で示した。
「だから、頼む……!」
「馬超……何の為に、そうまでする?」
「友の為だ!」
顔を上げた馬超の額に、地面の土がこびりついている。それは、友に対する思い。そして、己の覚悟を表していた。
「……下らないわね」
「華琳様!」
「春蘭。今から手勢を率いて“偵察”に行きなさい」
「偵察……?」
部下に、そう指示する曹操。
すると夏候惇は、その真意を察し、笑みを浮かべる。
「偵察中に“賊と遭遇した場合”は、如何致しましょうか?」
「それは自分で判断なさい!いちいち私に聞かないで……」
「分かりました」
「曹操……」
「何ぐずぐずしてるの!早く出発なさい」
「はっ!直ちに!」
曹操は恥ずかしそうにそっぽを向き、早くするように促す。
馬超は感謝の意を込め、礼を述べた。
◇◆◇◆
――――桃花村は今、危機に陥っていた。
突如として出現した賊の大群に襲撃されたのだ。瞬時に行動を開始し、村人は屋敷へと避難する。
「これで全員ですね!?守りを固めて籠城します!」
孔明が指揮を執り、瑠華も村民の避難誘導に参加する。
「負傷者の救護を最優先に!後、西のやぐらに増援を!」
「私が行きます!」
孔明の指示に従い、それぞれ動き出す少数の兵士達。村人の中にいた“紫色の長髪の女性”が、弓を手にやぐらへと向かった。
「くそっ……!」
避難誘導を終え、瑠華は一人、門の向こうを睨む。
外では、賊が数人がかりで丸太を持ち、門にぶつけて破ろうとしている。
(このままじゃ、村の人達が……!)
振り返った先には、体を寄せ合い、怯えている村人達がいる。守る兵士がいるとしても、それはごく少数。賊の大群に囲まれればひとたまりもない。
そうなれば、村は壊滅。村人達がどうなるか。
――――もう、失いたくない。
瑠華は一瞬俯くと、顔を引き締め、門の方へと向かう。
「瑠華君!一体どこへ!?」
「決まってるよ!僕も戦う!」
「その体でどうやって戦うんですか!?」
孔明の言う通り、今の瑠華は右腕にギプスをはめている状態。戦う所か、剣を持つのも無理であろう。
「大丈夫、僕は戦えるよ!もしもの時は――――」
「“もしもの時は”――――何ですか?」
「ぁ……いや、それは……」
言葉が詰まる。
ばつが悪そうに目を反らすと、孔明は問い続ける。
「もしかして、江東の“あの姿”が関係しているんですか?」
「……やっぱり、見られてたか」
「そう、なんですね……」
孔明は、あの時に見ていた事を告白。
図星だったらしく、瑠華は自嘲気味に笑う。
「僕は……普通の人じゃないんだ」
「…………」
「でも、“あの力”を使えば、賊を倒すことができる!村の人達を守ることが出来るんだ!」
「……瑠華君は、どうなるんですか?」
「僕はどうなっても構わない!みんなを守れるのなら、僕は――――」
意を決し、門に向かおうとする――――急に、引き留められた。
振り向くと、孔明が俯きながら、瑠華の服の裾をぎゅっと握っていた。離すまいと、目一杯握りしめている。
「こ、孔明?何してるの?早く離してよ」
「……嫌です」
「そ、そんな事を言ってる場合じゃ――――」
「嫌なんです!瑠華君が瑠華君じゃなくなるなんて!絶対に嫌なんです!」
孔明の瞳には溢れんばかりの涙が出ており、頬を濡らしている。孔明の悲痛の叫びに、瑠華は押し黙ってしまう。
「私の我儘なのは、分かっています……でも、瑠華君を失いたくないんです」
「…………」
「お願いだから……行かないで……」
「朱里……」
瑠華に抱きつき、額を瑠華の肩につける。いつの間にか、瑠華は彼女の事を真名で呼んでいた。
今まで呼ばなかったのは、鈴々の事があったからである。
――――呼ぶんだったら、鈴々と一緒に。
瑠華なりの、配慮のつもりらしい。
するとそこへ、赤毛の少女が蛇矛を担ぎ、此方へ歩いてくる。
「り、鈴々!どうして!?」
「こんな時に、鈴々だけ寝てる訳にはいかないのだ……」
「でも!」
「愛紗は、鈴々に留守を頼むと行ったのだ。だから、絶対村を守るのだ。そして、村の子達と一緒にお花見するのだ」
「鈴々……」
村の子供達との約束。その時の事を思い出し、動きを止める瑠華。引き留めようと、肩に乗せられた瑠華の手を掴み、離させる鈴々。
「鈴々ちゃん……」
「――――“朱里”!瑠華とお兄ちゃん、後の事を頼むのだ!」
「っ!分かりました!ご武運を!」
鈴々は真名で呼ぶ。真名は信頼の証。
全てを託された朱里は涙を拭い、軍師の顔で見送る。
そして、村の門前にて、数人の賊が丸太を抱え、門を破壊しようとしていた。
「後はこの屋敷だけだ!一気に落とすぞ!」
ついに、門が破られた。
我先にと、攻め込もうとする賊の大軍。
それを、阻止すべく立ち上がった一人の武人。
突如、丸太が浮かび上がり、賊が丸太にしがみつきながら、足をばたばたとさせる。
武人――――鈴々は、片手で丸太を持ち上げ、ズシン、ズシン!と地面を踏みしめて、前に出る。
「通せない……ここは絶対通せないのだ!」
軽々と丸太を放り投げ、蛇矛を立てる。
「ここから先は、この張翼徳が絶対に通さないのだ!命の惜しくない奴は掛かってくるのだ!」
鈴々は、蛇矛を振り回す。その姿は、正に通り名そのもの。
賊は、鈴々の気迫に押されていた。
「あれが、“燕人張飛”…」
「おい!何びびってやがる!相手は一人だ!やっちまえ!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
賊頭の喝で我に帰り、賊軍は得物を手に攻撃に出る。
「うりゃりゃ〜〜!!」
相対するは、張翼徳。“燕人張飛”のたった一人の防衛戦が始まった。
村の中、門から少し離れた場所で、瑠華と朱里は立ち尽くしていた。
「鈴々……」
瑠華はその場に膝を着き、右腕を押さえる。今も痛みがあり、動けそうにない。
この怪我さえなければ……!
「何で……何で、僕はこんな弱いんだ!」
地面に、片方の拳を何度も叩きつけた。悔しさを、怒りをぶつける。
鈴々が必死で村を守ろうとしているのに、自分は何もできない。
――――“あの時”もそうだった。
全てを失ったあの時、自分は何もできなかった。そして、今も、何も出来ずにいる。
「くそぉ……!」
「……瑠華君」
自分は、親友も救えない。
鈴々は、孤独だった自分と一緒に遊んでくれたり、楽しい事を教えてくれた大切な友達だ。
その親友と一緒に戦う事すらできない悔しさ。
朱里は、瑠華の背中からそう感じ取った。軍師である自分も何も出来ない。
ただ祈る事しか。
二人が絶望に打ちのめされる。
――――後ろから足音が聞こえた。
身に付けている白い服は、月に照らされて輝いており、腰には一本の刀を携えている。青年は、瑠華の肩に、そっと手を置いた。
“諦めるな”
瑠華と朱里は、振り向く。
青年を見た瞬間、目尻に涙が溜まり、二人は歓喜の笑みを浮かべる。
――――希望が、そこにいた。
◇◆◇◆
鈴々は一人、賊の大群を必死に食い止めていた。陀矛を巧みに操り、持ち前の馬鹿力で、賊を薙ぎ払う。
しかし、体調不良のせいで、体が思うように動かない。倦怠感が体を襲い、充分に発揮できずにいる。
更に、賊は大勢で襲いかかる。例え鈴々が武人でも、多勢に無勢。数の暴力に押されていた。
それでも、蛇矛を駆使して止めている。
(村を……みんなを、守るのだ……!愛紗との約束が、愛紗との……約、そく……)
蛇矛が弾かれ、鈴々は尻餅をつく。
得物を失い、意識が段々と薄れていき、頭が回らない。最早、力も入らない。
目前では、大男が斧を振りかぶっている。
「その首もらったぁ!」
斧が鈴々に降りかかる。刃が迫り、鈴々の目には、スローモーションの様に見える。
鈴々の口が、微かに、動いた。
――――お兄……ちゃん………
ガキィン!という金属音と共に、斧が真っ二つに斬られた。同時に、大男が後方へ、ゆっくりと倒れる。
頭が追い付かない鈴々。徐に、横を見てみる。
段々と、意識が覚醒していく。そこには、“大好きな兄”の後ろ姿があった。
「俺の大切な妹に手ぇ出してんじゃねぇ……!」
「お兄、ちゃん……お兄ちゃん!」
「ああ。待たせてごめんな、鈴々」
「うぅ……」
一刀は優しく微笑み、鈴々の頭を撫でる。安心する、この温もり。嬉しさのあまり、今にも泣きそうな表情になる。
「て、てめぇ……!」
賊の大将が、一刀を睨み付ける。他の賊達も、得物を構え直した。
「俺が、みんなを守る!」
一刀は、腰に携えている“刀”に、手を添える。
左手の親指で、チャキッと音を鳴らし、鯉口を切る。右手で柄を掴み、ゆっくりと抜いた。
鞘と擦れる音と共に、刃の部分が月に照らされる。鍔の部分から切っ先まで月の光が反射して、その光沢はまるで“流星”の様。
そして引き抜くと、一刀は刀を構える。
「行くぜ!」
――――“流星丸!!”