真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

22 / 38
~関羽、志を貫くのこと~

 

明日の先陣を務める事となった義勇軍。天幕にて、戦の作戦会議を行っていた。

因みに、あの後、愛紗は劉備に深く頭を下げ、謝罪した。劉備は戸惑いながらも、彼女を許したのだった。

 

「先ず関羽殿には、張飛殿の隊を率いてもらう」

「……はい」

「関羽、大丈夫か?」

「あ、ああ…何でもない」

 

馬超が心配そうに聞くと、愛紗は弱々しく返事をする。自分に言い聞かせるも、心のどこかで引き摺ってしまう。

 

そこへ、一人の義勇兵が入ってきた。

 

「劉備殿!」

「何事だ?」

「村が……桃花村が、賊の大群に襲われました!」

「「えっ!?」」

「……なんだと?」

 

突然の報告に、愛紗と馬超は声を上げる。

 

「たった今、着いた村からの伝令によりますと、相手はかなりの数。恐らくは、これまで退治した賊の残党共が協力して、一気に襲ってきたのではないかと」

 

この世は因果応報。

人が行った事は、例え善かろうと、悪しかろうと、必ず報いとして返ってくるものだ。

 

「くそっ……!で?」

 

劉備は密かに舌打ちをし、面倒そうに顔をしかめる。

 

「孔明殿が指揮をとって、庄屋の屋敷に村人を連れ、防戦に務めていますが、“いつまで持つか分からない。増援を乞う”と……」

「何てこった!」

「劉備殿!」

 

馬超は机を叩き、愛紗は劉備に呼び掛ける。しかし、劉備は動く気配を見せない。

 

「何をしているのです!直ぐに村へ――――」

「いや、村には戻らない」

「なっ!?」

 

劉備の発言に、驚きの声を漏らす馬超。

 

「何を言ってるんです!早くしないと、こうやっている間にも村が!」

「大丈夫。(ほり)(やぐら)で守備は完璧の筈。きっと孔明殿が――――」

「伝令!」

 

そこへ、また一人の兵士がやって来た。

今度は、全身が泥と傷だらけで、肩には矢が刺さっている。

 

「賊群は村の外堀を突破!至急救援を……」

「しっかりしろ!すぐに手当てを!」

 

疲弊した伝令兵は力尽き、その場に倒れた。もう一人の兵士が治療するために別の天幕へと連れていく。

劉備は眉に皺を寄せ、顔を歪ませる。

愛紗は目を見開き、動揺を隠せない。

 

村には、大切な仲間もいる。

 

公明、瑠華、鈴々――――そして、一刀。

 

心と顔を引き締め、劉備の前に出る。

 

「劉備殿!お願いです!すぐに村に援軍を!」

「だが、我等は明日の先陣を承っている……!」

「ですが!」

「明日の戦で功を立てれば、官軍の将になれるんだぞ!?それも今をときめく大将軍!何進様の側近に!」

「っ!」

 

この男、それが目的なのであろう。村ではなく、自分の利益の為に。

本心が垣間見えるも、愛紗は下がらない。

 

「しかし、今は村を救う事の方が大事では!」

「確かに拠点を失うのは辛い!蔵に溜め込んだ軍資金を賊共に奪われるのも癪だ」

「私が言いたいのは、そんな事ではない!我々が村を見捨てたら、村人がどうなるかを考えて下さい!」

「関羽殿。そなたの気持ちもよく分かる。だが世の乱れを正し、多くの民を救うには、より大きな力を手にすることが必要なのだ」

 

そんな事を言っておきながら、この男。結局は村を見捨てるつもりなのだ。そういう魂胆が目に見えて分かる。

 

「大義の為、私の為に、尽くしてもらえぬか?」

 

劉備は愛紗に近寄る。

 

対して愛紗は、手に力を入れ、握り締める。

 

「私の事だけを考えて、村の事はやむを得ない事と――――」

 

バチィィン!!と、皮膚を叩く音が天幕に響く。

 

「ぐあっ!」

 

劉備の頬目掛けて、平手打ちを食らわしたのだ。倒れる劉備に対し、怒りに満ちた表情で睨む愛紗。

 

「ひゅ〜、お見事」

 

馬超もすっきりしたらしい。愛紗は、そのまま天幕を出ようとする。

 

「ま、待て!いくらお主が豪の者でも、一人では死にに行くようなものだぞ!それよりも大義のために!」

 

赤く腫れている頬を押さえている劉備。愛紗を必死に呼び止めようとする。

 

すると、愛紗は天幕の出口で立ち止まった。

 

「あなたの大義が何かは知らぬが、私には私の志がある」

 

――――私の志は、真に愛するに至る者を守り抜く事だ!

 

劉備を睥睨し、自身の“決意”を言い放つと、走って出ていった。

 

「ま、待ってくれ……」

「あたしも抜けるぜ〜」

「ぁぁ……」

 

馬超も天幕から出ていき、一人取り残された劉備は、その場に項垂れる。

 

武将が二人も抜けてしまったのだ。討伐は、壊滅的だろう。

 

愛紗は馬に跨がり、偃月刀を片手に村へと向かう。

 

(一刀!鈴々!瑠華!孔明殿!無事でいてくれ!)

 

そう願い、愛紗は馬を走らせる。

 

 

 

別の天幕にて、曹操は玉座に腰掛け、茶をやけ飲みしていた。

あまりにも無謀な策に身を投じようとする劉備。あの男の下に愛紗がいるという事が、実に気に食わなかった。

 

「全く!何なのかしらあの劉備って奴!関羽程の豪の者が、あの様な男を主に選ぶなんて……」

 

苛立ち、更に茶を飲み干す曹操。嫉妬にも近い感情が、表情に出ていた。

 

「こんな時間に何の用だ?」

「……曹操に会わせてくれ」

 

何やら、外が騒がしい。

怪訝に思っていると、突如、天幕に来訪者が現れる。

 

「お、おい!よさんか!」

「曹操!話がある!聞いてくれ!」

 

夏候惇が羽交い締めで食い止めようとするも、馬超は強引に押し通る。

突然の来訪にも関わらず、曹操は夏候惇を下がらせ、馬超の話を聞く事にした。

 

「……成程。それで、私にどうしろと言うの?」

「関羽は頭に血が上って、一人で飛び出しちまった……。たった一人じゃ殺されに行くようなもんだ!だから、あたしに兵を貸してくれ!」

「嫌よ」

 

馬超の頼みを受け入れる事なく、曹操は躊躇なく突き放した。

 

「愚かな主を選んだ報いよ。助ける義理はないわ」

「この通りだ!」

 

勘違いだったとはいえ、かつては父の仇と命を狙った身。頼みを聞いてもらえないのも無理はない。

だからこそ、馬超は頭を下げ、土下座で示した。

 

「だから、頼む……!」

「馬超……何の為に、そうまでする?」

「友の為だ!」

 

顔を上げた馬超の額に、地面の土がこびりついている。それは、友に対する思い。そして、己の覚悟を表していた。

 

「……下らないわね」

「華琳様!」

「春蘭。今から手勢を率いて“偵察”に行きなさい」

「偵察……?」

 

部下に、そう指示する曹操。

すると夏候惇は、その真意を察し、笑みを浮かべる。

 

「偵察中に“賊と遭遇した場合”は、如何致しましょうか?」

「それは自分で判断なさい!いちいち私に聞かないで……」

「分かりました」

「曹操……」

「何ぐずぐずしてるの!早く出発なさい」

「はっ!直ちに!」

 

曹操は恥ずかしそうにそっぽを向き、早くするように促す。

馬超は感謝の意を込め、礼を述べた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――桃花村は今、危機に陥っていた。

突如として出現した賊の大群に襲撃されたのだ。瞬時に行動を開始し、村人は屋敷へと避難する。

 

「これで全員ですね!?守りを固めて籠城します!」

 

孔明が指揮を執り、瑠華も村民の避難誘導に参加する。

 

「負傷者の救護を最優先に!後、西のやぐらに増援を!」

「私が行きます!」

 

孔明の指示に従い、それぞれ動き出す少数の兵士達。村人の中にいた“紫色の長髪の女性”が、弓を手にやぐらへと向かった。

 

「くそっ……!」

 

避難誘導を終え、瑠華は一人、門の向こうを睨む。

外では、賊が数人がかりで丸太を持ち、門にぶつけて破ろうとしている。

 

(このままじゃ、村の人達が……!)

 

振り返った先には、体を寄せ合い、怯えている村人達がいる。守る兵士がいるとしても、それはごく少数。賊の大群に囲まれればひとたまりもない。

そうなれば、村は壊滅。村人達がどうなるか。

 

――――もう、失いたくない。

 

瑠華は一瞬俯くと、顔を引き締め、門の方へと向かう。

 

「瑠華君!一体どこへ!?」

「決まってるよ!僕も戦う!」

「その体でどうやって戦うんですか!?」

 

孔明の言う通り、今の瑠華は右腕にギプスをはめている状態。戦う所か、剣を持つのも無理であろう。

 

「大丈夫、僕は戦えるよ!もしもの時は――――」

「“もしもの時は”――――何ですか?」

「ぁ……いや、それは……」

 

言葉が詰まる。

ばつが悪そうに目を反らすと、孔明は問い続ける。

 

「もしかして、江東の“あの姿”が関係しているんですか?」

「……やっぱり、見られてたか」

「そう、なんですね……」

 

孔明は、あの時に見ていた事を告白。

図星だったらしく、瑠華は自嘲気味に笑う。

 

「僕は……普通の人じゃないんだ」

「…………」

「でも、“あの力”を使えば、賊を倒すことができる!村の人達を守ることが出来るんだ!」

「……瑠華君は、どうなるんですか?」

「僕はどうなっても構わない!みんなを守れるのなら、僕は――――」

 

意を決し、門に向かおうとする――――急に、引き留められた。

振り向くと、孔明が俯きながら、瑠華の服の裾をぎゅっと握っていた。離すまいと、目一杯握りしめている。

 

「こ、孔明?何してるの?早く離してよ」

「……嫌です」

「そ、そんな事を言ってる場合じゃ――――」

「嫌なんです!瑠華君が瑠華君じゃなくなるなんて!絶対に嫌なんです!」

 

孔明の瞳には溢れんばかりの涙が出ており、頬を濡らしている。孔明の悲痛の叫びに、瑠華は押し黙ってしまう。

 

「私の我儘なのは、分かっています……でも、瑠華君を失いたくないんです」

「…………」

「お願いだから……行かないで……」

「朱里……」

 

瑠華に抱きつき、額を瑠華の肩につける。いつの間にか、瑠華は彼女の事を真名で呼んでいた。

今まで呼ばなかったのは、鈴々の事があったからである。

――――呼ぶんだったら、鈴々と一緒に。

瑠華なりの、配慮のつもりらしい。

するとそこへ、赤毛の少女が蛇矛を担ぎ、此方へ歩いてくる。

 

「り、鈴々!どうして!?」

「こんな時に、鈴々だけ寝てる訳にはいかないのだ……」

「でも!」

「愛紗は、鈴々に留守を頼むと行ったのだ。だから、絶対村を守るのだ。そして、村の子達と一緒にお花見するのだ」

「鈴々……」

 

村の子供達との約束。その時の事を思い出し、動きを止める瑠華。引き留めようと、肩に乗せられた瑠華の手を掴み、離させる鈴々。

 

「鈴々ちゃん……」

「――――“朱里”!瑠華とお兄ちゃん、後の事を頼むのだ!」

「っ!分かりました!ご武運を!」

 

鈴々は真名で呼ぶ。真名は信頼の証。

全てを託された朱里は涙を拭い、軍師の顔で見送る。

 

 

 

そして、村の門前にて、数人の賊が丸太を抱え、門を破壊しようとしていた。

 

「後はこの屋敷だけだ!一気に落とすぞ!」

 

ついに、門が破られた。

 

我先にと、攻め込もうとする賊の大軍。

それを、阻止すべく立ち上がった一人の武人。

 

突如、丸太が浮かび上がり、賊が丸太にしがみつきながら、足をばたばたとさせる。

武人――――鈴々は、片手で丸太を持ち上げ、ズシン、ズシン!と地面を踏みしめて、前に出る。

 

「通せない……ここは絶対通せないのだ!」

 

軽々と丸太を放り投げ、蛇矛を立てる。

 

「ここから先は、この張翼徳が絶対に通さないのだ!命の惜しくない奴は掛かってくるのだ!」

 

鈴々は、蛇矛を振り回す。その姿は、正に通り名そのもの。

賊は、鈴々の気迫に押されていた。

 

「あれが、“燕人張飛”…」

「おい!何びびってやがる!相手は一人だ!やっちまえ!」

「「「おおおおおおっ!!」」」

 

賊頭の喝で我に帰り、賊軍は得物を手に攻撃に出る。

 

「うりゃりゃ〜〜!!」

 

相対するは、張翼徳。“燕人張飛”のたった一人の防衛戦が始まった。

 

 

村の中、門から少し離れた場所で、瑠華と朱里は立ち尽くしていた。

 

「鈴々……」

 

瑠華はその場に膝を着き、右腕を押さえる。今も痛みがあり、動けそうにない。

 

この怪我さえなければ……!

 

「何で……何で、僕はこんな弱いんだ!」

 

地面に、片方の拳を何度も叩きつけた。悔しさを、怒りをぶつける。

鈴々が必死で村を守ろうとしているのに、自分は何もできない。

 

――――“あの時”もそうだった。

全てを失ったあの時、自分は何もできなかった。そして、今も、何も出来ずにいる。

 

「くそぉ……!」

「……瑠華君」

 

自分は、親友も救えない。

鈴々は、孤独だった自分と一緒に遊んでくれたり、楽しい事を教えてくれた大切な友達だ。

その親友と一緒に戦う事すらできない悔しさ。

朱里は、瑠華の背中からそう感じ取った。軍師である自分も何も出来ない。

ただ祈る事しか。

 

二人が絶望に打ちのめされる。

 

――――後ろから足音が聞こえた。

 

身に付けている白い服は、月に照らされて輝いており、腰には一本の刀を携えている。青年は、瑠華の肩に、そっと手を置いた。

 

“諦めるな”

 

瑠華と朱里は、振り向く。

青年を見た瞬間、目尻に涙が溜まり、二人は歓喜の笑みを浮かべる。

 

――――希望が、そこにいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

鈴々は一人、賊の大群を必死に食い止めていた。陀矛を巧みに操り、持ち前の馬鹿力で、賊を薙ぎ払う。

しかし、体調不良のせいで、体が思うように動かない。倦怠感が体を襲い、充分に発揮できずにいる。

更に、賊は大勢で襲いかかる。例え鈴々が武人でも、多勢に無勢。数の暴力に押されていた。

それでも、蛇矛を駆使して止めている。

 

(村を……みんなを、守るのだ……!愛紗との約束が、愛紗との……約、そく……)

 

蛇矛が弾かれ、鈴々は尻餅をつく。

 

得物を失い、意識が段々と薄れていき、頭が回らない。最早、力も入らない。

目前では、大男が斧を振りかぶっている。

 

「その首もらったぁ!」

 

斧が鈴々に降りかかる。刃が迫り、鈴々の目には、スローモーションの様に見える。

 

鈴々の口が、微かに、動いた。

 

 

 

 

――――お兄……ちゃん………

 

 

 

 

ガキィン!という金属音と共に、斧が真っ二つに斬られた。同時に、大男が後方へ、ゆっくりと倒れる。

 

頭が追い付かない鈴々。徐に、横を見てみる。

段々と、意識が覚醒していく。そこには、“大好きな兄”の後ろ姿があった。

 

「俺の大切な妹に手ぇ出してんじゃねぇ……!」

「お兄、ちゃん……お兄ちゃん!」

「ああ。待たせてごめんな、鈴々」

「うぅ……」

 

一刀は優しく微笑み、鈴々の頭を撫でる。安心する、この温もり。嬉しさのあまり、今にも泣きそうな表情になる。

 

「て、てめぇ……!」

 

賊の大将が、一刀を睨み付ける。他の賊達も、得物を構え直した。

 

「俺が、みんなを守る!」

 

一刀は、腰に携えている“刀”に、手を添える。

左手の親指で、チャキッと音を鳴らし、鯉口を切る。右手で柄を掴み、ゆっくりと抜いた。

鞘と擦れる音と共に、刃の部分が月に照らされる。鍔の部分から切っ先まで月の光が反射して、その光沢はまるで“流星”の様。

そして引き抜くと、一刀は刀を構える。

 

「行くぜ!」

 

――――“流星丸!!”

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。