暗闇の中を、一刀は走っていた。息切れしながらも、目前の二人を必死に追跡していく。
「ちっ、しつこい奴だ」
「ドウスル?」
「……返り討ちにしてくれる」
すると、男は急停止し、走ってくる一刀に蹴りを繰り出す。
「うわっ!」
予想外の攻撃に、一刀は体を反らし、何とかかわす。そのまま、二人の間に挟まれた一刀。
「はあ……はあ……」
「っ!?お前は……」
「ンン?アッ、コイツ……!!」
満月の光によって、一刀の顔が照らされる。二人組は一刀を見た瞬間、驚いた素振りを見せる。
(な、なんだこれはっ!?)
不意に、二人組の氣が変わった。
それは身に染みてよく分かる――――“憎しみ”だ。
睨むだけで自分を殺す事が出来るのではないか?と錯覚する程の負の感情。それほどの強烈な殺意を、体で感じ取る一刀。
「……蟇蛾、追加だ。この男を――――“北郷 一刀”を始末する!!」
「何っ!?」
「うらああああっ!!!」
男は、またも一刀に蹴りを繰り出していく。それは、人体の急所に向かって攻撃され、一撃一撃が、鋭利な鎌の様に速い一撃だ。
一刀は、それを紙一重でかわす。男の蹴りは空を蹴り、鋭い音が鳴り止まない。体勢を立て直す為、後方に下がる一刀。荒くなっている呼吸を何とか整える。
「ぜぇ……はぁ……なんで、俺の名前を……」
「知っているのか、か?ふん……仕方のない事とはいえ、逆に何で“お前は俺達の事を知らない”んだ?」
「し、知るかよ!盗みを働く奴なんかの事なんかな!!」
「盗み?……ああ、これのことか」
男は懐から取り出した勾玉を、手でポンポンと弾ませる。
「これはお前らには必要のない物だ。必要のない物を盗んで何が悪い?」
「開き直ってんじゃねぇよ!大体、お前らはその勾玉をどうするつもりなんだ!」
「ふん、何も分からない奴に説明しても、分からないだけだ」
「それに、お前ら何で俺の事を――――」
「もう語る言葉はない……死ねっ!」
男は、鋭い蹴りを連続で繰り出す。まるで、ナイフで切りつけられている様な感覚に陥る。それほど、男の技術は磨き込まれていた。
「くっ、こんのおおおっ!!!」
「ちっ!」
隙を見つけた一刀は、木刀を降り下ろす。男は、舌打ちをするも、それを容易に防ぐ。片手で弾き、がら空きとなった顎に一発。
「ぐっ!」
「うらぁああ!!」
「がはっ!?」
胸に、拳と掌底を二発打ち込み、ふらついた所を、体を捻りながら、腹目掛けて回し蹴りを繰り出す。
一刀は後方に飛ばされ、地面の上を滑る。
「げほっ!がっ……!」
「おいおい、その程度か?」
「くっそぉ……!」
腕を組み、こちらを見下ろす男。顔は見えないが、蔑んだ表情を浮かべているのが分かる。
一刀は木刀を手に、再度、立ち向かう。
「なにっ!?」
「ソウハ、イカナイッテネ〜」
もう一人の男の顔から生えている――蛙の舌の様な――触手は、木刀を絡めとり、動きを止めていた。
「うらあっ!!」
「げはっ……!」
一刀の胴体目掛け、男は、強烈な一撃を食らせる。
見事に入り、メシメシと骨が軋む、或いは砕ける様な音が鳴る。一刀は後ろの木に叩きつけられ、食らった所を押さえる。
「あっ、ぅぐ……!」
「ふん、他愛もない」
「ケケケ、弱ェナァ、オイ?」
スタスタと歩み寄る男。もう一人も、おちょくる様に、挑発の言葉を並べていく。
「つ、強い……」
「いや、お前が弱いだけさ」
ふと呟かれた言葉を耳にし、男は言葉を投げ掛ける。
「“あっちでのお前”は、平凡で何の力もない人間だった。しかし、“ここのお前”にはないものを持っていた」
「俺に、ないもの……?」
「――――“覚悟”だよ」
男は一刀を見下ろし、言い放つ。
「この世界のお前には力がある。その癖に、信念が弱い。“あっち”では、大切な人を守るとかほざいていたが……お前はどうだ?」
「あ、当たり前だ……!俺は……みんなを、守るんだ……!」
「じゃあ“殺せる”か?人を」
――――寒気がした。
気がつけば、両手が震えている。体が勝手に動きだし、止まる気配がない。
その様子を見て、鼻で嘲笑う男達。
「とんだ腰抜けだな、お前」
「ソンナコトデ、出来ルノカ〜?」
「俺は……俺は……」
「死ネ……バァ!」
拡声器を通した様な声で叫び、もう一人の男が、蛙の様な舌を出す。それは、一刀に向かっていった。
「うわっ!」
一刀は何とかかわす。自分がいた木を見てみると、木は男の舌で貫かれていた。もしも避けていなかったら――――そう思うと背筋が凍りつく。
「考エテミレバ、ドウセ殺シチャウンダシ、顔見ラレテモ平気ダヨネ」
「なっ!?」
「フゥ〜、ヤァット不自由ナマントガ脱ゲルヨ」
男――――【
その瞬間、一刀は目を疑った。
それは“人間”ではない。
全身が白色で、体をとぐろが巻いている様な、関節部分には蛇腹の模様が見える。両手足は水掻きがあり、髪は頭のてっぺんから下へと肩まで伸びており、顔を覆っている。
そして特徴的なのが、目である。
大きな単眼で、カメレオンの様な――中心から外へ波紋が広がっている――螺旋状の眼が、ギロリと色んな方向へ動いている。
まるで河童を思わせるかの様な不気味な容姿は、動きも相まって更に恐怖を増す。
「確かに、それもそうだな」
もう一人の男も、外套を脱ぎ捨てる。
こっちは、さっきの男とは正反対の、美少年だった。
亜麻色の髪で、野獣の様な切れ長の眼をぎらつかせる。道士の様な服に身を包むその男――――【
「この世界――――いや、ありとあらゆる世界で生きていくには、必ず力が必要だ。相手をねじ伏せる程の力が」
男の右手に、紫色の禍々しい氣が集まる。渦を巻く様に、ゆっくりと。
「お前は何だ?力がある癖に、何の覚悟もできちゃいない。貴様には、守るどころか……武器を持つ資格もないわっ!!」
「っ!!」
闇の氣を込めた拳で、正拳突きを繰り出す。一刀は木刀で防ごうとする。
しかし、男の拳は木刀にヒビを入れた。そして木刀全体に亀裂が走る。
「うらあっ!!」
「ぐああっ!!」
木刀が弾き飛ばされ、一刀はその一撃をもろに受けてしまう。
男は攻撃の手をやめず、そのまま顔を、腹を、何度も殴りつける。男の連続して繰り出される猛攻に一刀は成す術なく、前のめりに倒れる。
地面の上に倒れ、呼吸も荒くなっている。
「ふん……雑魚が」
唐突に、斬撃が繰り出された。男は、それを容易にかわす。まるで、来ることが分かっていたかの様に。
乱入した少年は、撃剣を片手に、一刀を守る様にして、立ち塞がる。
「お前は……」
「瑠、華……」
瑠華は撃剣を構え、相手を見据える。その瞳は、鋭く研ぎ澄まされており、憎悪に満ち溢れていた。
「アリャリャ?久シ振リダネ〜、坊ヤ」
「ふん……餓鬼が」
左慈は忌々しげに顔を歪め、蟇蛾は気さく――小馬鹿にする様に――に声をかける。
「瑠華、逃げろ……」
「お前ら……」
「だ、駄目だ……瑠華……!」
瞳が、紅くなった。
一刀の様子を見て、瑠華は更に怒りを募らせる。いつもの冷静さを失い、瑠華は力任せに撃剣を振るう。
左慈は、呆れた様な顔で避け、瑠華の両手を受け止める。
「くっ……!」
「馬鹿が……これだから餓鬼は嫌いなんだよ!」
「うわっ!」
腹に膝蹴りを入れ、裏拳で顔を殴る。
吐血し、瑠華の口から血が地面に飛び散る。そのまま、左慈は力任せに投げ飛ばし、瑠華は木に叩きつけられる。
「くっ……!」
「ふんっ!」
落ちた撃剣に、手を伸ばそうとした瞬間、左慈は踵落としで、瑠華の右腕を砕いた。
「ぁああああああああっ!!」
「瑠華ぁっ!」
嫌な音が鳴り、あまりの激痛に瑠華は右腕を押さえ、踞る。荒い呼吸を行い、何とか痛みに耐える。
「うぅ……ぐっ……!」
「オ~ヤ~ス~ミッ!ト」
「がっ……!」
後ろに回り込んだ蟇蛾は、両手を握り、振り上げて、瑠華の後頭部に降り下ろした。瑠華の意識が一瞬にして途絶え、前のめりに倒れる。
「くっ、瑠華……!」
「ほらどうした?守るんじゃなかったのか……ああ!?」
「ぐはっ!」
左慈は一刀を足蹴にし、蹴りを食らわせる。何度も何度も、蹴りを浴びせていく。
何も出来ず、ただただ耐えるしか出来ない。仲間が倒れているのに、助けに行くことができない。
悔しくて、悔しくて、堪らない。
「ア〜ア〜……左慈ノ奴、荒レテルネ〜」
蟇蛾は瑠華を蹴飛ばした後、瑠華の撃剣を手に取る。それを逆手に持ち、刃先を胸元に向ける。
左慈はボロボロになった一刀の胸ぐらを掴み上げ、後ろを振り返った。
「おい蟇蛾、何やってる?」
「ダッテサ、生カシトイタラ、後々面倒デショ?ダ〜カ〜ラ……ココデ始末シチマオウト思ッテサ」
「何、だと……!?」
消えかけていた意識が、一気に覚醒した。
「いいのか?計画にはそのガキも必要なんだろ?」
「イヤイヤ、必要ナノハ、コノ子ノ“中ニアルモノ”ダカラネ。殺シテカラ取リ出セバ無問題」
「ふざけんな……そんなこと、させるか……!」
「ギャハハハハ!ナニイッテンダヨ馬~~鹿ッ!コンナ“化物”ヲ助ケルナンテヨ~~」
腹を抱えて笑いこける蟇蛾。一刀は、その言葉が気になっていた。
「瑠華が、化物だと……出鱈目言うなっ!」
「いいや、事実だ。見た事くらいあるんじゃないのか?こいつの異変を」
「オヤオヤ~?コノ様子ダト、言ッテナイミタイダネ~?」
瑠華の顔を覗き、またも笑い出す蟇蛾。
そんな中、一刀は思い出した。
呉での出来事。朱里を庇った際に、瑠華が放ったとてつもない殺気。自分も思わず、木刀に手を添えてしまう程のものだった。
確かに、あれは“人間”が身に付けられるものではない。愛紗達、武人とは違う、異質な氣。
一刀は体の痛みに耐えながら睨むも、左慈は一蹴する。
「マッ、ソリャ言エル訳ナイヨナ~!ケヒャハハハハ!!」
「“アレ”は人間じゃない。分かるか?化け物なんだよ、“アレ”は!」
「…………」
「そうとも知らずにあんな“化け物”と過ごしていたとはな。哀れ……いや、滑稽だよ、お前は」
左慈は、鼻で嘲笑う。蟇蛾も手を叩きながら大声で笑っていた。
確かに、瑠華は他の人間とは違うのかもしれない。まだ、何も聞いてはいないが、隠している事もあるのだろう。
「――――それがどうした」
左慈は、顔を歪ませる。胸ぐらを掴んでいる手を見れば、一刀が力強く左慈の手首を握りしめていた。圧迫され、徐々に手が痺れている。
「な、何……!?」
「瑠華は、仲間だ……俺の大切な、仲間だっ! 」
「馬鹿が!化け物にそんな事が分かるものか」
「分かるさ!あいつは……化け物なんかじゃねぇ!瑠華は瑠華だ!」
(こ、こいつ!どこからこんな力が……!?)
大切な仲間との絆を馬鹿にされ、一刀は怒りに燃えていた。左慈は抗い、更に力を込めるが、徐々に力が弱まる。
無理矢理手を離させ、逆手に持っていた木刀の柄尻を、左慈の懐に叩き込んだ。
「ごふっ!?」
予想だにしない攻撃に、思わず後退する左慈。一刀は休む間もなく、蟇蛾に迫る。
「はあっ!」
「ウオワッ!?」
横に一閃。しかし、蟇蛾は間一髪で避け、左慈の元に戻る。
木刀を構えるも、すぐに膝をついてしまう。満身創痍、最早戦える状態ではなかった。
「一刀っ!」
「あ、愛紗……!?」
そこへ、愛紗が偃月刀を手に駆けつけた。長い黒髪を靡かせ、相手を睨み付ける。
「一刀、今行く!」
「止せ、愛紗……!」
「次から次へと、鬱陶しい」
「ウッヒョ〜♪カワイコチャン、見~~ッケェ!」
蟇蛾の大きな単眼が位置する箇所のすぐ下――恐らく口元――、中心から、外側へ一本の筋が入る。液体の糸を引きながら、上下にパカッと開き、そこから粘り気のある舌が突出する。
口から飛び出した舌は、蛇の様にうねりながら、愛紗に向かっていく。
「くっ!」
「ソォレッ!」
咄嗟に防ぐ愛紗。しかし、舌は急に方向転換。彼女の足元に絡み付いた。不意を突かれ、地面に尻餅を尻餅をついてしまう。
「ぐっ!」
「ゲッヒャヒャ!」
「しまった!」
またも偃月刀で防ごうとするが、間に合わない。もう駄目だ、と眼を瞑る。
――――ザクッ!と、“彼”の胴体が貫かれた。
「――――えっ?」
愛紗はゆっくりと眼を開ける。
視界に写ったのは、宙を舞う鮮血。その雫が、白い頬に付いた、
次に、自分にのし掛かる体。恐る恐る見てみると、一刀がいた。
しかし、身に付けている白い制服が、赤く滲んでいる。体を貫いていた触手が抜け、更に出血。血がどんどん流れ出ている。
一刀が、身を挺して、自分を守ってくれたのだ。
「ああ……か……ず……一刀……!」
「愛紗……無事、か……?」
「どう、して……」
「怪我は、ない、な……よかっ、た………」
「一刀っ!!」
倒れる一刀を抱き止める愛紗。血は更に溢れ出ており、白い生地を更に紅く染めていく。
愛紗は必死に押さえるが、血は止まらない。華奢な手が、血で汚れている。
唇は震え、瞳孔が開き、表情が凍りついている。血で汚れている掌を目の当たりにし、“あの悪夢”が脳裏を過る。
「そんな……嫌だ……いや……いやぁ……!」
もう失いたくない。もう、これ以上は、何も。
「チクショウ、邪魔シヤガッテ」
「くっ、おのれ〜……!」
左慈と蟇蛾は、一刀を睨む。
すると、森の奥が段々明るくなってきた。人の声なども聞こえてくる。どうやら、救援が来た様だ。
「ちっ、追手が来やがった!」
「コイツハ〜マズイネ――――ン?」
蟇蛾は、地面に横たわる一刀の木刀に目をやった。
「まあいい、目的は達成した。ずらかるぞ」
「……ン~?」
「おい!行くぞ蟇蛾!」
「イタッ!モウ、分カッタヨ〜……」
急かすように、左慈は蟇蛾の頭を叩く。やれやれ、と言った風に、ついていく蟇蛾。
二人は一斉に飛び上がり、闇へと消えていった。
「一刀……私のせいで……!」
愛紗の瞳は潤んでおり、彼女の服と綺麗な手は、一刀の血で紅く濡れている。
それでも、彼女は必死に呼び掛ける。
しかし、それでも一刀は眼を覚まさない。それどころか、呼吸も絶え絶えになっていき、段々と体が冷たくなっていく。瞳孔も、定まっていない。
――――息が、止まった。
「一刀ぉぉおおおお!!!」
愛紗の悲痛な叫びが、木霊した。
◇◆◇◆
左慈は握りしめられた手首を押さえながら、顔を歪ませる。ズキズキと、今も尚、痛みが治まらない。
「くそっ、北郷一刀めっ!」
「アノサ〜、左慈」
「うるさい!今は話しかけるな!」
「イヤ、ドウシテモ言イタイ事ガ……」
「黙ってろ!!」
「ヘイ〜……」
左慈の気迫に押され、蟇蛾は押し黙る。
(くそっ!くそっ!くそっ!北郷一刀!貴様は必ず、この俺が殺す!!)
一刀に一撃を食らったのが、それほど悔しかったのか。左慈は決意を固め、憎悪を膨らませる。
(コワ〜、左慈コワ〜……)
後方で恐れを抱きつつも、蟇蛾は“あること”が気になっていた。
一刀の木刀だ。
左慈の正拳突きによって、ひび割れた箇所が、微かに光ったのだ。
(アノ木刀、一体何ナンダ?)
それについて、頭を動かしていた。
使い物にならない位にボロボロになった木刀が、一瞬だけ光った。
――――まるで、“刀が放つ光沢に似ていた。
書き加えていたら、あまりにも長かったので、区切る事にしました。
色々と変更点があり、戸惑うかもしれません。前と見比べてみて、どうですかね?一章の頃は、未熟な部分が大幅に出ていたので、改めて見るとすっごい駄文で恥ずかしい……!
夏バテでくたばっていましたが、頑張りたいと思います。皆さんも、体調管理にはお気をつけて。
それでは!