真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~一刀と関羽、仲違いするのこと~

夕日が沈みかけ、もうすぐ夜になろうとする頃、屋敷の庭で一刀は、木刀を両手に素振りを行っていた。

 

「面っ!、面っ!、面っ!」

 

その太刀筋は一見、ちゃんとしている様に見える。だが、達人級の人物から見れば、どこかぶれている様にも見えるだろう。そして振る力は、徐々に弱くなっていく。

 

「面っ!、面――――はぁ……」

 

一刀の脳裏を、あの光景が過る。愛紗と劉備の二人が一緒にいるという事実が。

 

剣は人の心を写す物。師匠から教わったことである。それを体現するかの如く、一刀の素振りは安定していない。

これでも気を紛らわせることができなかった。

一刀は、木刀を降ろし、溜め息をつく。

 

「……駄目だ。いつまでも、このままじゃ」

 

木刀を肩に担ぎ、その場を後にする。

 

屋敷の廊下を歩きながら、部屋に戻ろうとする一刀は、ふと思う。

 

(やっぱり俺、ここまで愛紗の事を……)

 

この世界に来て、初めて会った黒髪の少女。一目見たその時から、心を奪われた。

彼女と共に旅をし、鈴々を始め、様々な人々と出会った。共にいたからこそ、彼女の内面を知ることも出来た。

 

世の中の為に武を振るう軍神。その反面、すごく女の子らしい面もあり、そこがとても可愛らしい。

 

彼女の笑顔を見るだけで、心が温まる。

 

「一刀……」

 

振り返ると、そこには彼女――――愛紗が立っていた。

満月に照らされ、艶やかな黒髪は更に美しく見える。

 

「や、やあ、愛紗……」

「……」

 

一刀は、ぎこちない返事を返す。愛紗の方は、一瞬俯き、すぐに顔を上げる。そして弱々しく、呟いた。

 

「何故、避けるのですか?」

「え?」

「……何故、私を避けるのですか?」

「いや、それは、その……」

 

二人がいる場に、不穏な空気が流れる。

 

「私が……何かしましたか?」

「い、いや……」

「気に障る様な事をしてしまったのであれば、謝罪します……ですから」

「そ、そんなことは―――― 」

「では何故!?」

 

大声で叫ぶ彼女の瞳は、潤んでいる。今にも崩壊しそうなくらい、涙が溜まっていた。ここ数日、愛紗は不安でいっぱいだった。出会えば目を反らされ、話しかけようとすれば避けられる。

心が締め付けられる感覚だった。

 

一刀は後悔し、拳を握る。自分が情けない。仲間をここまで追い詰めてしまうなんて。

 

一刀は、意を決して、向き合う。

 

「えっと、愛紗」

「……はい」

「――――劉備さんの事、好きなの?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

鈴々達と別れ、自室へ戻る瑠華。廊下を歩いてると、二人の男女が目に留まった。

 

(一刀と愛紗?どうしたんだろう?)

 

疑問を抱きつつ、瑠華は陰に隠れ、二人の会話を聞く。

 

「……劉備さんの事、好きなの?」

「…………はっ?」

「っ!?」

 

不意に投げ掛けられた一刀の質問。愛紗は顔を赤くし、暫し呆ける。瑠華は思わず吹き出しつつも、慌てて口を押さえる。

どうやら、気づかれていない様子。安堵し、再び話を聞く。

 

「な、何を言い出すんですか!?」

「あ、いや、最近仲が良さそうだな……と思ってさ……」

 

慌て出す愛紗とは対照的に、何故か落ち着きのない一刀。彼の様子を見て、愛紗は一呼吸置き、話し出す。

 

「……似ているんです」

「え?」

「劉備殿は、亡くなった兄に似ていて……初めて会った瞬間、死んだ兄と再会出来た様な――――そんな気持ちになったのです」

「そう、だったんだ」

 

それを聞き、胸を撫で下ろす一刀。

内心、ホッとしたような感じに疑問を抱きながらも、何とか平静を保つ。

 

「そこで、私は劉備殿についていこうかと思っているんです」

 

一刀の表情が、固まった。

 

「劉備殿の志を聞いて、私は劉備殿と共に、世の為、大義の為、すべてを尽くそうと思っている」

「……」

 

愛紗は、決心した様に、そう語る。

だが一刀には、“何か違う”様に捉えられた。彼の心に、不安が過る。そして、“ある感情”も。

 

「だから、一刀。あなたも一緒に――――」

「愛紗、判断が早くないか?」

「えっ……?」

「今の君は過去に囚われ過ぎている。劉備さんにお兄さんを重ねては駄目だ。劉備さんは劉備さん。お兄さんはお兄さんなんだから」

「な、何を言って……私は」

「過去に振り返るのも悪いことじゃない。だけど、今の君は劉備さんにお兄さんを重ねる事で、心の安らぎを得ようとしている」

 

 

そのせいで、決断力に欠けている。一刀に面と向かって言われ、愛紗はカッとなって反論する。

 

「そんな事はない。私は至って冷静だ。一刀の方こそ、お節介にも程がある」

「お節介って……俺はただ、愛紗にももう少し冷静になってもらいたくて」

「それがお節介だと言っているんだ!」

 

愛紗は大声を張り上げる。

 

「じゃあ一刀は!愛する家族を忘れろと!愛する兄を忘れろと!そう言いたいのか!」

「だから、そうとは言ってないだろ!」

「私にはそう聞こえたのだ!!」

 

愛紗は目を吊り上げ、睨みつける。一刀も弁解の意を唱えるが、一向に伝わらない。

激しく言い争う二人。瑠華も驚きと、悲しみを隠せないでいた。

 

「…………」

 

耳を塞ぎ、その場に座り込む。

大好きな二人が喧嘩する所なんて、見たくもなかったから。

 

「いい加減にしろよっ!」

 

一刀の大声が、廊下に響き渡る。

 

 

そして――――

 

「死んだ人はもう戻らないんだっ!いつまでも過去にすがるなよっ!」

 

――――言ってしまった。

 

我に帰り、前を見る。

 

一滴、一滴と、大粒の涙が、茫然とした彼女の頬を濡らしていく。止めどなく、溢れ続ける雫。

 

「あ……愛紗……ごめん、俺……本当に、ごめん……」

 

顔面蒼白となった一刀は、震えながら声をかける。一歩進むと、愛紗は一歩下がった。

――――拒絶だ。

 

「……一刀……あなたには……あなたにだけは……言われたくなかった」

「まっ、待ってくれ愛紗……違うんだ…俺は――――」

「触るなっ!」

 

差し伸べられた手を払う。バシンッ!と乾いた音が鳴り、一刀もたじろぐ。

 

「大体――――何も失った事もない、“赤の他人”であるお前に言われる筋合いはない!!」

 

――――言われてしまった。

 

心が張り裂けそうな感覚。

 

呼吸をするのも忘れてしまう程の動揺が、体全体を襲う。

 

否、剣で心臓を貫かれた様に、一刀は胸元をぎゅっと握り締める。痛々しい程、制服に皺が出来ていた。

 

愛紗は、一刀の横を過ぎ去り、その場を後にする。その最中、瞳から溢れ落ちた雫が宙を舞った。

 

(愛紗……!)

 

愛紗の後を、瑠華は急いで追いかけた。

一刀も心配だったが、彼女にはどうしても伝えたいことがある為、その場を去る。

 

「…………」

 

ふらふらと、よろめきながら、背中を壁にぶつける。ずるずると力が抜けてしまったかの様に、座り込んでしまった一刀。

 

「………俺は、何を……しているんだ……?」

 

彼女の為を思っての行動の筈だったのに、それどころか、逆に彼女を追い詰め、傷つけてしまった。

 

――――いや、本当に彼女の為だったのか?

 

ふと、愛紗が劉備と二人きりでいた光景を思い出してしまう。

 

見るだけで、心がざわつく。

 

「俺……嫉妬してたんだ」

 

愛紗が劉備の側にいる。それが、嫌だった。例え、尊敬している偉人であっても、それは譲れない。

 

その結果、想い人を追い詰め、心まで傷つけてしまった。

しかし、彼女の涙を見た瞬間、言葉を失い、自らの過ちに気づく。謝罪の言葉は届かない。

最低だ。自分が情けなくなる。

 

「俺は……どうすれば……」

 

――――それは、突然の事だった。

体が、“謎の氣”を感じ取った。

今まで感じた事のない氣。とてつもなく恐ろしい、禍々しくも強い。

 

「これは……っ!」

 

放置してはおけない。心が乱れているまま、得体の知れない恐怖を抱きながらも、一刀はその場に向かった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

部屋に戻ると、扉に背を預け、そのまま地面に崩れ落ちる愛紗。膝を抱え、踞って泣いていた。

 

どうして言い争ってしまったのだろう。大切な仲間と。

 

悲しみに明け暮れていると、不意に扉が叩かれた。

 

「愛紗、いる?」

「……瑠華か?」

 

愛紗は涙を拭い、扉の方を向く。

開けると、心配そうに、こちらを見つめる少年がいた。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ、平気だ……」

 

愛紗は誤魔化すも、瑠華には嘘だと分かった。

なんせ、目を腫らしながら、無理に笑みを浮かべているからだ。部屋に入り、唐突に話しかける瑠華。

 

「……あのさ、愛紗」

「な、なんだ?」

「一刀の事、許せない?」

「…………」

 

愛紗は目を反らし、俯く。

瑠華は愛紗に近づき、彼女と向き合う形で椅子に座る。

 

「愛紗、今から言うことを聞いてほしいんだ」

「えっ?」

「このまま、二人が争う所なんか、見たくないから……」

「瑠華……」

 

そして、瑠華は語る。

 

一刀と初めて会った日の事。

 

そして、彼にも家族を失った過去があった事を。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

屋敷では、兵士が半刻毎に交代し、見張りを行っている。夜となり、暗闇の中を、松明を手に合流する見張りの兵二人。

 

「おい、異常はなかったか?」

「ああ、何も――――」

 

次の瞬間、二人の兵士の後ろに二つの影が降りた。

その一人が、兵士の口を塞ぎ、胴体を手刀で貫いた。

 

「ぐむっ!?」

「何奴――――がっ!?」

 

もう一人の兵士も、首の骨を折られ、その場に倒れる。

 

「ア〜ア、警備弱スギ」

「骨のない事なのは分かっていた筈だ。急いで済ませるぞ」

 

警備の兵を容易に殺害した二人は、闇の中を進んでいく。見張りの目を掻い潜り、屋敷の中心にある御堂に辿り着いた。

 

「この中か――――ちっ!鍵がかかってやがる」

「大体、ソウイウモンデショ。マア、任セトイテヨ」

 

片方の男が、南京錠の鍵穴に指を押し付ける。数秒後、時計回りに回すと、ガチャリ!という解錠音と共に、南京錠が外れた。指を離すと、指先が鍵のような形になっており、数秒経つと、指が元に戻る

 

「一丁上ガリ♪」

「よし、開けるぞ」

 

御堂の扉を開き、中にある秘宝に近づく二人組。括られた紐を解き、箱を開ける。目的の物である、“白い勾玉”。

秘宝を手にし、懐に収める。

 

「さて、とっととずらかるか」

「ホイホイ」

「待てっ!」

 

驚きながら、二人は一斉に振り向く。

そこには木刀を手に、白い服を身に付けた青年がいた。暗がりで、顔はよく見えない。

 

「お前ら、そこで何してるんだ!」

「ちっ……見つかったか」

「アリャリャ、気ヅカレチマッタネ〜」

 

一刀は警戒しながら、木刀を構える。対して、二人は焦りの様子を見せない。否、焦っていなかった。

 

「まあいい、ここで消してしまえばいいだけの事だ」

「ソユ事〜……ケケケ」

 

一人は、手首をゴキゴキと鳴らし、もう一人は、不気味に首を揺らしながら笑っている。

どちらも臨戦態勢に入っている。一刀は感じた事のない殺気に、動揺を隠せずにいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

用意された一室にて、寝間着で眠っていた馬超。

 

「う〜ん、おしっこ……」

 

夜中、尿意によって、目を覚ました。

厠へ用足しに行くため、廊下を早歩きで進む。

 

「う〜ん、早くしないと漏れちゃう……ん?」

 

馬超は、道中で気づき、庭の方を向く。

そこには、黒い外套に身を包んだ二人と、木刀を両手に構えている一刀がいた。

 

それを見た馬超は、咄嗟に叫んだ。

 

「敵襲だ〜〜っ!!」

「「「っ!?」」」

 

馬超の叫びは、屋敷全体に響いた。

 

「みんな起きろ〜!!敵襲敵襲敵襲だ〜!!」

「ば、馬超……?」

「まずい!退くぞ!」

「チョ、チョット待ッテヨ〜」

「お、おい!待て!」

 

馬超は大声で叫びながら、屋敷の中を走る。

二人組は、屋敷の塀目掛けて走り出した。直ぐ様、一刀も後を追いかける。

二人は、高さ三メートルはある塀を、いとも簡単に飛び越えた。

 

「なっ、何なんだあいつら……!?」

 

常人離れした身体能力を目の当たりする。一刀も負けじと、壁を使い、二段跳びで飛び越える。

二人組は、暗い森の中へと進んでいき、一刀もその後を追いかけていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「敵襲だ~~っ!!」

 

愛紗と瑠華は、馬超の大声に驚き、顔を見合せる。

 

「て、敵襲だと!?」

「……愛紗、僕行くよ」

「瑠華!」

 

愛紗は、瑠華を呼び止める。

 

「さっきの話は……」

「ああ、全部本当の事だよ」

「私は……一刀に、なんて事を……」

 

愛紗は、自分の言った事を激しく後悔する。

瑠華も彼女に悲しい表情をさせてしまった事を悔やむ。

しかし、彼女には知ってもらいたかった。一刀にも、彼女と同じ悲しみを背負ったのだと。

瑠華は、部屋を出る。

 

「……一刀っ!!」

 

我に帰った愛紗も、急いで部屋を飛び出した。

 




自分でも読み返して見て、なんか物足りないな……と思い、色々と付け足していきました。
う~ん、キャラの心情を書くのって、改めて難しい。

ってなわけで、次回もお楽しみに!

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