――――愛紗!
「っ!?」
幼い頃の悪夢により、愛紗は目を覚ます。やや荒くなっている息を、何とか整える。肌も若干、汗ばんでいた。
夢か……と安堵し、体の力を抜く。頭が、ポフッと何かに当たる。
同時にあることに気がつく。横で寝ている一刀に、しっかりと抱きついていたのだ。胸元に、頭を預ける様にして。
「っ!」
愛紗は瞬く間に顔を赤くし、すぐに離れる。一刀の右隣では瑠華がくっついておいる。その隣では、鈴々と孔明が寄り添いあって眠っていた。
「顔でも洗ってくるか……」
落ち着きを取り戻し、寝床にしている洞窟から出る――――
「なっ!?」
そこは、戦場と化していた。
目前で、大軍同士による戦いが繰り広げられている。
鳴り響く喧騒に、武器がぶつかり合う金属音。地鳴りも凄まじく、所々で砂煙が発生している。
「うわああ!!」
「っ!」
悲鳴が聞こえた。見てみると、一人の男性兵士が、切られた肩を押さえ、目の前の男に怯えていた。男の手には剣が握られている。
「やめろ!!」
「なにぃ!?」
愛紗は咄嗟に叫び、男は振り向く。
「てめぇも義勇軍とかの仲間か!」
「っ!」
「覚悟しやがれぇ!!」
愛紗を敵と認識し、剣を振り襲いかかってきた。愛紗は剣を真剣白羽取りで受け止める。
「ぐっ……!」
愛紗は顔を歪ませ、なんとか防ぐ。
「どうしたんですか、関羽さん……?」
洞窟の中から、睡眠から覚めた孔明が、目を擦りながら出てきた。
「何やら騒がしいですけど――――」
「孔明殿!戻れ!今すぐ一刀達を起こしてきてくれ!それから私の青龍偃月刀を!」
「は、はい!」
愛紗の叫声により、意識がはっきりとした孔明は、急いで一刀達を起こしに向かう。
愛紗は徐々に追いやられ、背中が壁に触れる。反撃として、男の腹に蹴りを入れた。男は尻餅をつくも、すぐに剣を取り、愛紗に襲いかかる。
「このぉ!!」
すると愛紗は体を少し後ろにずらす。
次の瞬間、男は吹き飛ばされた。
愛紗の横には、木刀を両手に持った青年がいた。
「愛紗、無事か!?」
「一刀!」
一刀に続いて、瑠華と鈴々もやって来た。
「か、関羽さ〜ん!」
「すまん!」
孔明は両手で青龍偃月刀を持つも、その重さに耐えきれず、派手に転んでしまう。孔明の手から離れた得物は、そのまま愛紗の手に収まった。
「く、くそ……!」
さっき吹き飛ばされた男が立ち上がり、他の仲間も気づいたのか、一刀達に武器を向ける。
「みんなまとめてケチョンケチョンにしてやるのだ!」
「孔明は下がってて!」
「はい!」
「行くのだ!瑠華!」
「うん!」
瑠華は孔明を後ろに下がらせ、鈴々と共に駆け抜ける。
「何だかよく分からんが!」
「やるしかないようだな!」
一刀と愛紗は背中合わせで武器を構える。
「「はあああっ!!」」
愛紗は敵の一撃をかわしながら、偃月刀で 凪ぎ払っていく。
一刀も相手の動きを見ながら、木刀で急所めがけて打ち込んでいく。
「うりゃりゃ〜〜!!」
「ぐあああっ!!」
鈴々は蛇矛を振り回し、敵を叩く。今度は、後ろから敵が剣を降り下ろす。しかし、それは遮られる。
「なにっ!?」
「っ!」
「ぐはっ!」
クナイ付きの紐で剣を縛り付け、動きを封じる。その間に、瑠華は敵の顔面に蹴りを入れ、上から叩き切った。
「鈴々、大丈夫?」
「おうなのだ!」
四人は、お互いにカバーしながら、敵を圧倒していく。
「な、なんだ!こいつらは!?」
「こいつらとやりあうなんて、命がいくつあっても足らねぇ!」
四人の圧倒的な武に恐れをなし、敵軍は尻尾をまいて逃げていく。
もう一方の軍――――義勇軍の大将らしき人物。馬に乗っている大将らしき人物も、四人の武を目の当たりにする。我に帰ると、腰に携えている――綺麗な装飾が施されている――剣を抜く。
「おい、何をしている!敵は崩れたぞ!押し返せぇ!」
大将の号令により、兵は追撃する。
戦いを終え、軍の大将らしき男性が、一刀達に近づいてきた。
「いや〜、どなたか存じませぬが、御助勢頂き、
男は馬から降り、一刀達に礼を述べる。
「私は、この義勇軍を率いる劉備。字を玄徳と申します」
(この人が……劉備か)
三国志には欠かせない、英雄の筆頭とも言える人物。その仁徳に家臣達は惹かれ、共に戦乱の世を歩んできた。
その英雄に出会えた事に、一刀は感嘆の声を漏らす。
「初めまして、俺は北郷一刀です」
「私は関羽。字は雲長と申します。これなるは、妹分の張飛。こちらは月読」
「孔明と申します」
自己紹介する中、愛紗は劉備の顔を見つめていた。
(兄者……)
劉備が亡くなった兄と重なって見えたのだ。面影があり、顔立ちもよく似ている。
「つかぬ事をお伺いしますが……もしや、そなたは“黒髪の山賊狩り”では?」
「えっ?」
愛紗の艶やかな黒髪を目にし、自分の予想を口にする劉備。
「いや、まあ、自分から名乗った訳ではないのですが……」
「やはりそうでしたか!先程の武勇に、噂に違わぬ美しさ。まさか、こうしてお目にかかれるとは……」
目を輝かせながら、歓喜の声を上げる劉備。その対応に戸惑いながら、苦笑する愛紗。満更ではない様だ。
「…………」
一刀は、そんな彼女の横顔を、横目で見ていた。
◇◆◇◆
そのまま一刀達は義勇軍についていき、本拠地である村へと案内される。
村の前に置かれた岩には、“
道中、畑仕事をしている村民が、劉備に話しかける。
「どうしたんだい、大将さん?なんだか勝って帰ってきたみたいな様子で」
「勝って、きたのだ!」
「ほ〜、勝ったのかい――――ってええ!?」
細目の村民は、目を大きく見開いて、驚愕した。
桃花村を治める太守の屋敷の客間、勝利の報告を聞いた太守も驚きを隠せずにいた。
「いやはや〜劉備殿が勝って帰ってくるとは……長生きはするものですな」
「ん、んんっ!」
劉備はごまかす様に咳をする。
「あの〜、劉備殿の義勇軍はそれほど負け続きだったのですか?」
「ええ、わずかの手勢を連れて桃花村を訪れて来て、最初は賊かと思っていたのですが、話を聞いてみると、中山清王劉勝の末裔だとか」
村長はその日の事を思い出しながら、そう答える。
「そして、準備を整えいざ出陣となったのですが――――七度出陣して、七度負けるという有り様で」
村長は呆れた様に横目で見ると、劉備は居心地悪そうにしていた。
「ま、まあ、いいではないか!今回は勝ったのだから」
誤魔化すように、劉備は声を上げる。そして、真剣な表情で一刀達と向き合う。
「関羽殿、あなたのその武を、我が義勇軍に貸していただい!」
これにより、一刀達は、義勇軍に参加する事となった。
◇◆◇◆
それから、数日が経過。
一刀達が参加した義勇軍は、賊の本拠地にて、戦を行っていた。
その部隊には、一刀と瑠華がいる。二人は武器を手に、立ち向かっていた。
「いいですか?まずは一刀さんと瑠華君率いる少人数の部隊で賊達を挑発します。挑発に乗った賊達が砦を出てきたら、囮の部隊は、すぐに後退させて下さい」
孔明の立てた作戦に従い、陽動を行う。
「――――これくらいだな。よし、撤退だ!」
一刀の号令で、その部隊は、撤退する。
好機と見たのか、賊の大将らしき男が槍を手に、馬に乗って出てきた。
「よしっ!腰抜けの義勇軍共を蹴散らしてやれ!」
「「「おおおおっ!!」」」
挑発に乗った賊達は、一刀達の後を追う。
作戦にあった目的の谷に入り、賊達も入り込む。すると、同時に両脇から、馬に誇る愛紗、豚に誇る鈴々率いる部隊が出現。
「し、しまった!罠か!?」
「乱世に乗じて善良な民草を苦しめる賊共め!その命運、ここで尽きたと知れ!」
「ケチョンケチョンにしてやるのだ!」
愛紗達は、勇猛果敢に、崖を駆け落りる。
「関羽さんと鈴々ちゃんが、ここで迎撃をします。その間に劉備さんは、別の一隊を率いて下さい」
反撃を食らった賊の大将は、一人で本拠地へと馬を走らせる。
「くそっ!義勇軍の奴等、小賢しい事を!」
悪態をつきながら、一旦出直すために、大将は本拠地に辿り着いた。
「おい、門を開けろ!」
そう叫ぶが、門は開かない。その代わり、砦の塀から、“劉”の字が記された旗が上がった。
「一足遅かったな!この砦は、我ら義勇軍が頂いたぞ!」
「な、に……!?」
敗北。賊の頭は、力なく、得物を溢した。
こうして義勇軍は、制圧に成功した。
それからというもの、桃花村の近くに潜む賊達を次々と征伐、一刀達が加わったおかげで、全ての戦は連勝続きだった。
そしてその日も、戦に勝利し、祝杯を挙げ、宴会を開いていた。
大広間にて、一刀達も宴を楽しんでいた。
鈴々は両手に持つ肉を頬張り、その横で他の一同も、料理を食していた。
そこへ、村長――酔っている為か、顔がやや赤い――がやって来た。
「いやいや、関羽殿達が義勇軍に加わってから連戦連勝♪この辺りはすっかり平和になりました」
ご機嫌な村長は、愛紗達を称賛する。
「北郷殿の武、そして孔明殿の知略には恐れ入りました。正に名軍師そのもの」
「はわわっ、そ、そんな名軍師だなんて」
孔明は慌てて、両手をあたふたさせる。
「私はただ、皆さんにちょっとした助言をしているだけで……」
「いや、孔明の作戦もあったからこその結果だよ。孔明は充分すごい」
「瑠華の言う通りさ。孔明ちゃんの立てた作戦のおかげで俺達は勝利することができたんだからさ」
「る、瑠華君、一刀さん……ありがとう、ございます」
一刀と瑠華からも誉められ、孔明は恥ずかしさのあまり、俯いてしまう。
「むぅ〜鈴々だって頑張ったのだ!」
「分かってるって、鈴々」
「にゃははは〜♪」
ふてくされる鈴々の頭を撫でると、鈴々は機嫌を良くし、擽ったそうにしている。
「よし、それでは次の戦でもまた勝利できるように御堂に祈願していかねば」
「御堂?」
「ああ、そういえばまだ話してませんでしたね。せっかくですし見せてあげましょう」
村長の言葉に一刀が疑問を抱くと、村長はそう答えた。そして、一刀達を屋敷中庭。その中心に位置する小さな御堂に案内した。
扉には南京錠が掛かっており、村長は鍵を取り出すと、南京錠を解き、扉を開ける。
紐で括られている、小さな木製の箱があった。
「これが、我が桃花村の秘宝です」
村長は紐を解き、箱を開けた。
月灯りに反射し、綺麗な光沢を放つ掌サイズの白い勾玉があった。
「わぁ……」
「綺麗です」
「村長、これは一体……?」
「ええ。あれは何年前だったか。突然、夜空が一瞬輝いたと思ったら、白い流星がこの村の近くに落ちたのです」
「白い流星が?」
「はい。地が少し揺れて、落ちた場所を見てみると、これがあったのです。きっと、天からの贈り物と思い、この村の秘宝として祀っているのです」
「へぇ、そうだったんですか」
「不思議な事があるものですね」
「本当なのだ」
村長の話を一刀、そして孔明と鈴々が聞いている中、一人だけ村長の話も耳には届いていなかった。
瑠華は、その勾玉を直視している。いや、目を離すことが出来なかった。
そもそも、この村に着いてから、どうも自分の様子がおかしかった。どこか落ち着かないような、“何かを求めている”様な、そんな感情が瑠華の心を支配していた。そしてこの勾玉を見た瞬間、何かが反応した。
瑠華は、ピクッと指を動かし、右手を上げ、勾玉へと手をゆっくり、ゆっくりと伸ばす。
――――ヤット……見ツケタ……
「――――華?瑠華!」
「っ!?」
我に帰り、周りを見渡すと、他の四人が何やら心配そうに様子を見ていた。
瑠華は右手を見ると、慌てて引っ込め、俯く。
「大丈夫か?」
「う、うん……ちょっと疲れてるみたいだから、先に休むよ」
「じゃあ、ついてってやるよ。すみません、村長。お先に失礼します」
「はい、ごゆっくり」
一刀は瑠華に付き添い、部屋へと戻っていく。
「瑠華の奴どうしたのだ?」
「さ、さあ……?」
二人は、頭を傾げた。二人の背中を見送りながら。