真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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どうも、お久しぶりでございます。今回も是非、ご覧くださればと思います。

それでは、どうぞ。



~孫策、命を狙われるのこと~

 

“江東の虎”こと【孫堅】の意思を継ぎ、長子である【孫策】は天下を極めんとすべく、長き戦の日々を送っていた。

 

孫家が治める国、呉。

赤を主体とした巨大な城。その城内で、一人の女性が血相を変えて走っていた。

桜色の髪と褐色肌で、赤を基調とした服を着ている。その女性は、勢いよく謁見の間の扉を開けた。

 

「姉様!……えっ?」

 

入るや否や、女性は茫然とする。

謁見の間にいた女性達も、同様の反応だ。入ってきた女性は、顔を羞恥に染め、慌てて合掌する。

 

「ご、ご無事での御帰還、何よりです!」

「蓮華、今更そう畏まることないわ」

「申し訳ありません。姉様が戦場で怪我をされたと聞いたので、慌ててしまって……」

「ただのかすり傷よ」

 

玉座に座っている桜色の髪の女性は、左手首に巻いてある包帯を見せる。

彼女こそが【孫策】。蓮華こと【孫権】の姉であり、この江東を治める王である。

 

「それなら、良いのですが……」

「どうした、蓮華?何か言いたそうだな?」

 

妹の言葉を察し、問いただす孫策。姉の言葉に躊躇いを見せるも、孫権はその口を開いた。

 

「姉様……姉様は、どうしてそうまでして戦いを好まれるのですか?」

「孫権!何を言うのです!」

 

孫策の横にいる女性が叫ぶ。名を孫静と言い、孫策、孫権の叔母である。

 

「孫策は此度も我が孫家を高めんとして――――」

「確かに、戦いを重ねる事で領地は増え、孫家の名も近隣に響くまでになりました。しかし、そのために国の礎である民は疲弊し、このままでは遠からず」

「滅びる、か?」

「い、いえ!決してそうは……」

 

失言だったか。孫権は目を反らした。

 

謁見の間に重い空気が漂う。そんな中、一人の穏やかな雰囲気の軍師が入ってきた。名を【陸遜】薄緑の髪で、眼鏡をかけており、かなりの巨乳の持ち主だ。

 

「みなさ〜ん、お待たせしました〜♪宴会の用意ができ――――」

 

陸遜は目をぱちぱちと瞬きをして、首を傾げた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

大広間では、今回の戦の宴会で盛り上がっていた。そして、広間の舞台の両端から二人組の可愛らしい双子の姉妹が出てきた。

 

「それでは、江東一の美少女双子の〜!」

「大喬と」

「小喬が」

「「歌いま〜す♪」」

 

孫家に仕えるニ喬は桃色の髪で二つのお団子に結っており、一目ではどっちがどっちか分からないが、若干たれ目が姉の大喬で、若干つり目が妹の小喬だ。

二人の登場で、広間は更に盛り上がる。

 

そんな中、一人の女性が宴会には参加せず、外の回廊に出ていた。手摺にもたれ掛かり、物思いに耽っている。

名を【周瑜】。長い黒髪で、眼鏡をかけており、秀麗な顔立ちで、秘書の様な雰囲気を持つ女性だ。

 

「なんだ、こんな所にいたのね」

「孫策様…っ?」

 

周瑜が孫策の名を呼ぶと、孫策は人差し指で周瑜の口を閉じる。

 

「冥琳。二人だけの時は、“真名”で呼びあう約束でしょ?」

「そうでしたね、雪蓮様」

 

孫策は周瑜の真名を呼び、周瑜も孫策の真名を呼ぶ。

 

二人は幼い頃からの付き合いで、“断金交わり”を交わした程の深い仲である。

 

「あまり浮かない顔をして、どうしたの?孫家を支える名軍師。周瑜ともあろう者が、何に頭を悩ませているのかしら?」

「孫権様の事を少し考えていて……」

「蓮華の事?」

「孫権様は、あまりに目の前のことしか見ておられない。確かにここ数年、戦続きで良民達は疲弊しています。だからと言ってここで立ち止まっては、江東に覇を唱えることは出来ても、そこで終わってしまう。到底、天下へは届かない」

 

周瑜は綺麗に輝く満月を見つめる。

 

「どれだけ苦しくても、今は明日のために戦わなければならない。それなのに孫権様は…」

「確かにそうね…でも、それがあの子の良い所でもあるわ」

「えっ?」

 

孫策の言葉に周瑜は目を丸くする。

 

「江東の虎と呼ばれた今は亡き母上。先代孫堅の意思を継いで、私が血塗れの手で奪い取ったものを、あの子なら受け継いで、守り育てていってくれる…そんな気がするの」

「何を不吉な…」

「えっ?不吉?」

「そうです!それではまるで、雪蓮様が志半ばで倒れてしまうようではないですか!」

 

心配の色を隠せずにいる周瑜とは裏腹に、孫策は笑みをこぼす。

 

「冥琳。いくらなんでもそれは考えすぎよ」

「で、ですが雪蓮様…」

「全く、頭が良すぎるというのも、考えものね」

 

呆れた様に、それでいて微笑ましく呟くと、周瑜は視線を反らす。

 

「心配しなくてもいいわ。私は必ず、天下をこの手に掴んでみせる」

 

孫策は夜空に向けて手を伸ばし、輝く満月を掴む様に、握りしめる。

 

「蓮華にやるのは、その次よ」

「雪蓮様……」

「冥琳。志を遂げるその時まで、私と共に歩んでくれるわね?」

「……はい」

 

お互いに寄り添い合う二人。満月の光が彼女達を照らしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

とある一室、孫家に仕える文官達数人が、会議を開いていた。議題は、孫策の事についてだ。

 

「えぇ〜い!戦、戦、戦!これで今年何度目だ!」

「全くだ!これでは、民が田を耕す暇もないぞ!」

「張昭殿。あなたは我等の中でも一番の長老。なんとかお諌めすることはできんのか?」

「何度も申し上げてはおる。だが、孫策様は、周瑜の方を重く用いておられて、私の諫言など耳にも入らない様子でな」

「周瑜か……!」

 

自分達よりも新参である周瑜。その彼女に立場を奪われたと、やや個人的な妬みを含めながら、怒りを募らせる文官達。

 

「我等譜代の重臣を差し置いて、政を左右するとはおこがましい!」

「張昭殿。かくなる上は一刻も早くあの計画を」

「うむ、既に手筈は整っておる」

「おお!それではついに!」

「戦狂いの孫策を倒し、“あの方”が孫家の舵取りとなられれば、必ずやまた、我等が表舞台に立つ時が来る!」

「事が成った時の周瑜めの泣きっ面を早く見たいものですな」

 

重臣達が下卑た笑いを上げる中、張昭だけは、彼らとは違った笑みを浮かべていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「うわ〜〜♪でっかいのだ〜♪」

「すげえな、これが長江か……」

 

目の前に広がる大海原。果てしなく続く水平線。長江を眺める鈴々と同様に、一刀も驚きを隠せずにいた。

 

「どう?驚いた?すごいでしょ♪」

「確かにすごいけど、別にお前が威張ることないのだ」

「確かに、僕もそう思うよ」

「はあ〜、この景色を見ると、帰ってきた〜♪て気になるわね〜」

 

ボソッと呟く瑠華と鈴々を無視して、シャオは長江を眺めていた。

 

「帰ってきた〜♪はいいが、大丈夫なのか、尚香?」

「何が〜?」

「お主、家出してきたのだろう?旅に飽きて家に戻る気になったのはいいが、家族から大目玉を食らうんじゃないか?」

「な〜にいってんの。このシャオ様はね、孫家で一番愛されている姫なのよ♪帰ってきて喜ばれることはあっても、怒られたりはしないわ〜♪」

「ほんとかなぁ?」

「ほんとよ♪」

 

余裕綽々と言った風に、尚香は答えた――――

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――のだが、

 

「まったく!あなたは何を考えているのですか!」

 

謁見の間に響き渡る程の怒声に、シャオはビクッと肩を揺らす。

 

「孫家の姫ともあろう者が、供も連れずにいなくなるなんて、みんながどれだけ心配したか!」

「あの〜、孫静叔母様、それについてはシャオにも言い分が――――」

「そんなものありません!」

 

口答えしようものなら、すぐに雷が落ちてくる。黙って説教を受ける尚香。

最中、一刀達は、他の女性達を見ていた。

 

「みんな、おへそ出してるのだ」

「うむ。恐らくはこの家の家風か何かなのであろう」

「家にも色々とあるんだな」

「別に尚香さんが残念な子って訳じゃなかったんですね」

「いやいや、あの娘はそのまんまでしょ」

 

一刀達はヒソヒソと、小声でそれぞれの感想を言う。

 

「叔母上、もうそのくらいで」

「ですけど孫策」

「それ以上叱りつけたら、また家出しかねませんよ」

 

孫策が仲裁に入る事で、孫静はやむ無く後に下がった。

 

「関羽と北郷とやら、妹が随分迷惑をかけたようね」

「大迷惑だったのだ!」

「ほんっっと〜にね!」

「おい、瑠華!」

「こら、鈴々!」

 

一刀と愛紗は慌てて、チビッ子二人の口を塞ぐ。

 

「でしょうね〜、同情するわ」

「雪蓮お姉さまひど〜い!」

 

苦労を察してか、笑う孫策。シャオは頬を膨らませ、拗ねる様子を見せる。

 

「北郷、関羽、張飛、孔明、月読、我等孫家はあなた達を歓迎するわ」

 

一刀達は、呉の城に宿泊する事となった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その日の夜、孫家の城で寝ていた愛紗。兄を失った日の悪夢によって、目を覚ました。

 

「だが、今になってどうしてあの夢を……。しかも、まだ胸が苦し――――ん?」

「むにゃ〜……これは鈴々が食べるのだ〜……」

「ってお前が原因か…!」

 

寝ぼけているのか、赤毛の妹が自分の体の上に乗っていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、孫策は城の庭で椅子に座り、欠伸をしながら寛いでいた。そこへ、周瑜がやって来る。

 

「まだ眠そうですね」

「昨夜はちょっと飲み過ぎたから」

「関羽殿と、かなり話が弾んでおられたようですが」

「ええ。かなり腕も立つようだし、あのまま野に置いておくには惜しいわ」

 

孫策は茶を飲みながら、関羽を称賛する。

 

「あの北郷って人も中々のものね。それにしても、昨日は面白かったわ〜♪あの二人顔を真っ赤にしちゃって」

「ああ、随分とからかっておいででしたね」

 

孫策は昨日の事を思い出して笑いだし、周瑜は苦笑いを浮かべる。

昨日の歓迎会で、孫策が二人に言った言葉。

 

「二人ってもうヤってるの?」

「「ぶふっ!!」」

 

一刀と愛紗は顔を真っ赤にし、口に含んでいた飲み物を、勢いよく吹き出す。

 

「後、あの張飛って子も面白いわね〜♪もしあれ以上大きくならないのなら庭で飼いたいくらい」

「ふっ、お戯れを」

「で?その客人達は起きてるの?」

「はい。既に朝食を済まされ、関羽殿と張飛殿は、尚香様と山の狩り場へ」

「誰かつけてあるの?」

「案内役として、甘寧を」

「そう、ならいいわ。他は?」

 

孫策は付け加える様に質問する。

 

「孔明殿は書庫を見たいと申されたので、陸遜が案内しています。北郷殿と月読殿は、町を見て回ると、一応大喬と小喬がついておりますが」

「そっ♪」

「もう少し見張りをつけた方がよろしいのでは?」

「ん〜?大丈夫よ。あの二人は怪しいことはしやしないわ」

「な、何故?」

「勘よ♪」

「………」

 

周瑜はそれ以上言わなかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

賑わいを見せる、呉の城下町。孔明は陸遜の案内で、書店に入店する。

 

「わあ〜♪こんなにたくさんの書物、初めて見ました♪」

 

膨大な量の書物に目を奪われていた。

 

「政や軍事に関することはもちろん、農耕、史書、暦、あらゆる分野の書物が集めてあるんです」

「もしかして陸遜さんは、これを全部読まれたんですか?」

「ええ、私書物が大好きなので〜♪」

「私もです♪」

「書物はいいですよね〜♪読むと新しい知識という快楽が波の様に押し寄せてきて――――はぁ♪」

「いえ……私はそういうのとはちょっと違うんですけど」

 

恍惚の表情を浮かべ、体を抱き締め、腰をくねくねと動かす陸遜。人とはまた変わった性癖に、孔明は若干引いていた。

 

 

一方、愛紗と鈴々は、シャオと案内役の女性――濃い紫の髪で一つのお団子に結っている――甘寧と共に狩り場に出ていた。

 

すると、急にシャオは特製の弓を取りだし、構える。それと同時に一羽の山鳥が飛び出した。シャオは矢を構え、狙いを定める。そして、矢を放ち、見事に命中した。

 

「おお……」

「この前会った黄忠程じゃないけど、弓にはちょっと自信あるのよね〜♪」

 

尚香は弓を指でくるくると回しながら、得意気に胸を張る。

 

「お見事です。尚香様。獲物は私が」

「あ、ちょっと待って甘寧。入れるならこっちの袋に入れといて」

「はあ、一緒の袋に入れたらいいのでは……」

「い、いいからほら!」

「はい、畏まりました」

 

甘寧の言葉を消すように、シャオはほのかに顔を赤く染めながら、急かすように甘寧にそう答えた。

 

「どうしたのだ?尚香」

「べ、別に……?」

「自分一人で食べるには大きすぎるのだ」

「ち、違うわよ!ていうかそんなに食べれないし!」

「じゃあ何でなのだ?」

 

シャオは弓を両手に持ち、もじもじと恥ずかしそうな様子を見せる。

 

「い、言っとくけど!月読と仲直りしたいからだとか、そういうのじゃないんだからね!」

「成程、瑠華と仲直りしたいのか」

 

シャオは顔を赤くし、両手をバタバタと振りながら、本音をこぼしてしまう。

 

「なら、そんなことをしなくとも、簡単な方法があるだろうに」

「え!ど…どんな?」

 

共に旅をしていく内に、心境の変化があったのだろう。尚香の意図を知り、助言する愛紗。

 

「もうちょっと素直にしてみたらどうだ?そうすれば――――」

「で、でも、月読は私の事なんか……」

「大丈夫だ。瑠華は一刀に似て、とても優しい子だ。口ではああ言ってるが、お前の髪飾りが取られた時、必死に奪い返そうとしてただろう?」

「あっ……」

 

シャオは思い出したかの様に顔を見上げる。なんだかんだ文句を言いながらも、瑠華は自分の要望には出来る限り聞いてくれていた。

 

「だから、瑠華は尚香の事を嫌ったりはしない」

「……うん、私、やってみる!」

「うむ、その意気だ」

 

意気込む尚香に愛紗は笑みをこぼす。

 

「瑠華がそんなことするわけないのだ。お前は心配しすぎなのだ」

「何よ!つるぺったんのお子ちゃま体形のくせに!」

「温泉の時に見たけど、お前だって鈴々とたいして変わらないのだ」

「い、言ったわね!変わるか変わらないか、勝負してあげましょうか!」

「望むところなのだ!」

 

鈴々とシャオは睨み合い、愛紗は二人の仲裁に出る。

 

「何をまた下らないことを……」

「下らなくないのだ!」

「そうよ!おっぱい勝ち組は黙ってて!」

「いや、勝ち組って……」

「張飛、あそこで乳比べよ!」

「分かったのだ!」

「大きさ、形、感度の三番勝負だからね!」

 

勝手に話を進めていき、二人は草むらの方へと行ってしまった。

 

「……山鳥でも探すか」

 

愛紗は二人に呆れながら、先へ進む。ふと、あるものが目に留まった。

 

孫家の城の庭、そこには孫策と周瑜がいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方、江東の城下町では、

 

「月読様、こちらが甘味処です」

「こちらに入りましょうよ♪」

「あ……えと……その……」

 

右腕に大喬、左腕に小喬という風に抱きつかれ、江東一の美少女双子に引っ張られながら町のあちこちに連れていかれる瑠華。正に両手の華状態である。

しかし、こういった事には何の経験もないため、瑠華の顔は赤く染まり、言葉もたじたじになっていた。

 

瑠華は後ろの方でゆっくりと歩いている一刀に助けを求める。

 

「か、一刀、ちょ、ちょっと助けてよ」

「ん?何を助けるんだ?」

(……駄目だこれ)

 

何のことかまったく分かってない一刀。

瑠華は溜め息をこぼす。

 

「あれ?」

 

兄の様に、一刀は瑠華を見守っていると、ある人物が目に写った。

 

「確か、孫権さん?どうしたんだろう?」

 

彼女の表情に何か迷いの心を感じた一刀。孫権は人混みに紛れながら、城から遠ざかっていく。

 

「瑠華、俺ちょっとそこら辺回ってるから。終わったら城の方で待っていてくれ」

 

一刀はそう言うと、孫権の後を追っていった。

 

「えっ!?ちょ、一刀!?」

「月読様♪」

「早く行きますよ♪」

「……はい」

 

ズルズルと、瑠華は連れていかれていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

江東の城下町を出て、すぐ近くにある林の陰で、孫権は木にもたれていた。

 

「はぁ……」

「どうかしましたか?」

「きゃっ!」

 

後ろから声が聞こえ、咄嗟に飛び退く。振り返ると、そこには一人の青年がいた。

 

「ほ、北郷殿……」

「すいません、驚かせちゃって」

「い、いや、お気になさらず。北郷殿はどうしてここへ?」

「いや、孫権さんに用があって」

「私に?」

「はい。孫権さん、何か悩みを抱えてるというか、迷ってるっていうか、そんな感じがして」

「………」

 

図星だったのか。孫権は、さっきと同じ迷いの表情を浮かべる。

 

「俺でよかったら、相談に乗りましょうか?誰かに話すことで楽になるってこともあるし……あっ、別に無理にとは」

「いや、北郷殿の言う通り。今、私は悩んでいる」

 

孫権は、空を見上げる。

 

「先代の王、孫堅。我らが母上の思いを受け継ぎ、姉様――――孫策様は戦いに身を投じ、この江東に覇を唱えんと、戦の日々を送っている。そして、孫家の名は広まった」

 

孫権は服の胸の部分を握りしめる。

 

「しかし、最近は特に戦が続き、民は疲弊していき、この国がいつかは滅んでしまうのではないかと、私は心配なのだ」

「孫権さん……」

「それだけではない。もし、孫策様が亡くなられたら、私は王としての務めを果たせるのか…」

 

いつのまにか、彼女の手は小刻みに震えていた。最愛の姉を失う苦しみ。王として全てを背負う覚悟。その両方に悩んでいた。

 

「孫権さん、恐れちゃ駄目だ」

「え?」

「そんなありもしない未来を考えちゃ駄目だ。まずは今を見つめることだよ」

「し、しかし、私には自信がないのだ……失敗したらどうしようと……」

「失敗したっていい。最初は誰だって失敗するもんさ。その失敗を乗り越えて、自分の成功への糧にするんだよ」

「で、でも……」

「自信がないのなら、これからつけていけばいい。あなたに足りないのは“経験”だよ。経験を積んでいけば、あなたならきっと」

 

孫権は思い返し、そして気づいた。

確かに自分は、政、戦、兵法などは書物などで勉学には励んでいる。しかし、戦場に立ったことはない。いざとなった時に自分は冷静にできるのか?そんな思いが孫権を迷わせる。

 

「わ、私は――――」

「孫権様!」

 

そこへ、孫家の兵士の一人が急いでやって来た。その兵士は、孫権に耳打ちをする。

すると彼女の表情から血の気が引いていく。

 

「っ!姉様が!?」

 

孫権は兵士と共に、急いで城の方へと向かった。

 

「……何かあったみたいだな」

 

その場に取り残された一刀は嫌な予感を感じた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

孫権は急いで城に戻り、庭には周瑜と護衛兵達がいた。

 

「周瑜!」

「孫権様……」

「姉様が襲われたって本当なの!?」

「残念ながら」

 

周瑜の様子を見て、孫権は言葉を失う。

 

「昼前、ここで寛いでいる時に、矢を射かけられて……」

「矢を?」

 

孫権は後ろを振り向く。そこは孫家が狩り場として利用している山だ。

 

「それで、姉様の容態は?」

「矢傷は浅いのですが、矢尻に毒が塗ってあって。傷口からすぐに毒を吸いだして、なんとか一命を取り留めたのですが、意識がいまだ戻られず……」

「そんな……姉様……」

 

孫権は、愛する姉の身を案じる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

狩りを終え、帰路につく愛紗達。獲物を抱え、ご満悦の鈴々。

 

「大量♪大量♪」

「やあ、みんな」

「むっ?一刀ではないか」

 

一刀と合流する愛紗達。最初は瑠華達と合流しようかと思ったが、邪魔するのも悪いかと、そのまま一人で帰って来たのだ。それだけでなく、先程の孫権の様子も気になっていた為、やや急いで戻ってきた。

 

「狩りは終わったのか?」

「うん、今日のお昼は牡丹鍋にするのだ♪」

「そっか――――ん?」

 

仲良く話しながら歩いていると、急に門の所で止められ、兵士達が愛紗を取り囲む。そして門番の一人が、愛紗に剣を突き立てる。

 

「関羽!張飛!お前達の身柄を拘束する!」

「っ!?」

「なんだって!?」

 

有無を言わされず、愛紗は手枷をかけられ、全員が謁見の間に集まる。

そこへ、瑠華と孔明が遅れて入ってくる。

 

「愛紗!」

「関羽さん!何があったんですか!?」

 

瑠華と孔明は事の事情を聞く。

 

「関羽さんが孫策さんを暗殺しようとした……?」

「嘘だ!何かの間違いだよ!愛紗がそんな事するわけない!」

「証拠は、証拠はあるんですか!」

 

孔明の質問に、孫権が答えた。

 

「証拠はない」

「それなら何故!?」

「確たる証拠はないが、姉様がいた所へ矢を射かけるには、あの山の狩り場が絶好の場所なのだ。姉様が矢を受けた正にその時、そんな所に素性の定かではない旅の武芸者がいたのだ。疑うのが、当たり前であろう?」

「当たり前じゃありません!確か狩り場には、御家中の方が案内役としてついていたはずでは……」

「ついてはいったが、ずっと一緒だったわけではないと、甘寧は言っている」

「孫策様が矢を受けられたとおぼしき頃、私は尚香様が射落とした獲物を拾いに行くため、関羽殿の側を離れていました」

 

お付きの者である甘寧は、そう説明する。

 

「でも、尚香さんが近くに――――」

「丁度その頃、シャオは張飛と一緒に関羽の近くにいなくって……」

 

気まずそうに、尚香は証言する。

ここまでくれば、流石に黙っていられない。一刀も一言申す。

 

「けど、だからって愛紗を疑うのはおかしいんじゃないのか?言いがかりにも程があると思うぞ」

「そうなのだ!」

「そうです!おかしいです!」

 

一刀に続く様に、鈴々と孔明は抗議する。

 

「甘寧さん。あなたは獲物を取りに行くために関羽さんの側から離れたと仰いましたよね?」

「いかにも、そう言ったが?」

「ということは、孫策さんが矢で射られた時、甘寧さんも山の狩り場で一人だったって事ですよね?」

「……貴様、何が言いたい?」

 

甘寧は元々のつり目を更に強く吊り上げる。

 

「狩り場で、一人になった関羽さんが怪しいなら、同じく一人だった甘寧さんも同じ位怪しいということです」

「ふざけるなっ!」

 

甘寧は孔明に怒声を浴びせる。

 

「私は孫家に仕える身だぞ!その私が孫策の暗殺を企む等――――」

「孫家に仕える身だからこそ!じゃないんですか?」

 

孔明は甘寧の怒声に臆する事なく、言い続ける。

 

「毎日の様に顔を会わせる主君と臣下ならこそ、日々の軋轢、考えの違い、利害の不一致。相手を殺してやりたいと思う可能性は、孫家とは何の関わりもない旅の武芸者よりずっと高いはず。違いますか?」

「言わせておけば……!」

 

甘寧は怒りに奮え、近くにいる兵士の剣を抜くと、孔明に目掛けて振り下ろす。

 

「この小娘がっ!」

「っ!」

「「孔明っ!!」」

「孔明殿っ!」

 

孔明は咄嗟に目を瞑る。

しかし、恐れていた痛みは来ない。ゆっくりと目を開ける。

 

「き、貴様……!」

 

剣が握られている甘寧の手を、一刀は片手で受け止めていた。

瑠華は孔明を自分の後ろにやり、甘寧を警戒しながら庇っている。

 

「くっ!離せ……!」

「目の前で仲間が危ない目に遭ってるんだ。離すわけないだろ」

「武人をここまで辱しめておいて、許されると思うな!」

「ふざけんなっ!それは関羽も一緒だ!ありもしない罪で捕まって、関羽も武人としての誇りを汚されてんだよ!」

 

一刀と甘寧は、お互いに睨みを効かせる。甘寧は力を振り絞るが、一刀も握る力を強める。握力が凄まじく、甘寧の表情が若干、歪んでいる。

 

「こ、このぉ……!」

 

甘寧が腰に携えている剣に手を伸ばした――――その時だった。

 

「「「っ!!」」」

 

――――唐突の殺気、

 

その場の全員が動きを止める。

 

一刀は、殺気のする方を振り向いた。

瑠華が腰にある撃剣に手をかざし、威嚇するように甘寧を睨み付けていた。

 

(――――動けば……殺す)

(この小僧、一体……!?)

 

幻聴なのか。それは定かではない。しかし、甘寧には、そう聞こえた。

 

(る、瑠華、君……?)

 

後ろにいる孔明はあることに気づいた。

瑠華の髪が、綺麗な瑠璃色の髪が、根元から僅かに、黒く変色していた。まるで、闇が光を蝕む様にじわじわと。いつもの彼とは違う姿に、孔明は恐怖を覚える。

 

「そこまでだ!」

 

突然の喝に、その場は静かになった。

 

「甘寧、剣を引け」

「し、しかし!」

「剣を引けと言っている」

「……くっ!」

 

周瑜の命により、甘寧は渋々、剣を下げる。痛みがあるのか、一刀に捕まれた手首を押さえている。

 

「孫権様。どうやら、(いささ)か勇み足だった様ですね」

 

周瑜は孫権と向き合う。

 

「孫策様が倒れられて、動揺しておられるのは分かりますが、こんな時だからこそ、冷静に物事を判断し、皆を率いるのが、上に立つ者の務め。そうではありませんか?」

「――――そうだな、周瑜。お主の言う通りだ」

 

孫権は、愛紗に近づき、手枷を外す。表情には、深い後悔の念がこもっている。

 

「関羽殿、すまなかった」

「いえ、分かっていただけたのなら、それでもう……」

 

孫権は、愛紗に謝罪を述べる。手首を擦りながら、許す愛紗。

 

「はわわぁ〜……」

「こ、孔明!?」

 

急に孔明が目を回してよろめきだし、瑠華は慌てて抱き止める。

 

「だ、大丈夫?」

「はわ〜、な、なんとか大丈夫です〜……」

 

この時、孔明は瑠華の髪の色を見る。

不気味な黒はなく、いつもの綺麗な瑠璃色の髪に戻っていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

孫権は、自分の部屋へと戻り、姉の無事を祈っていた。そこへ、孫静が入室する。

 

「孫権、まだ起きていたのですか?」

「叔母上……」

「孫策の容態が気になるのは分かりますが、そんなことでは、あなたまで参ってしまいますよ?」

「「孫権様!」」

 

そこへ、二喬が走ってやってきた。

 

「どうしたのです?こんな夜更けに」

「まさか姉様が!?」

「いえ、その逆です」

「孫策様の御容態が持ち直しました」

「まだ意識は朦朧としておられますが、医者は峠を越したと」

「よかった……姉様、本当に……!」

 

吉報を聞き、孫権は涙を堪えながら、姉の無事を喜ぶ。

 

「暫くは、絶対に安静だそうですが」

「熱が引いたら、会って話してもいいと」

 

二喬はそう報告をする。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

深夜、町や城の人々が眠りについている。

孫策も寝室にて、眠っている。そこへ、一人の来訪者が現れる。静かに扉を開け、入ってきた。

 

その手には、一本の針が握られていた。

 

「成程、その針の尖端に毒が塗ってあると言うことですか」

「っ!!」

 

突如、声をかけられた。孫策が目を覚まし、その人物は驚きを隠せない。

 

「ようやっと、尻尾を出しましたね――――叔母上」

「くっ!」

 

孫策の命を狙う人物――――孫静は、顔を歪ませる。

 

「私の容態が回復したと聞いて、焦りになられましたか?」

「そ、孫策!そなたは――――」

「死にかけていたのではなかったのか、ですか?」

 

動揺を隠せない叔母の言葉に上乗せする様に、孫策は答える。

 

「叔母上が私のやり方を快く思われていないのは分かっていました。まさか命まで取ろうとするとは、乱世とはいえ、嘆かわしい限りです」

 

見計らったかの様に、周瑜が護衛兵を引き連れて、やってきた。

 

「孫静様。恐れながら、反逆の罪でお身柄を拘束させていただきます」

「周瑜!これは全て、貴様の企みか!?」

「ご想像にお任せします」

 

周瑜は冷淡に、そう答えた。

 

「孫策!そなたのやり方は間違っておる!どれだけ多くの物を得ようとも、そのために流された(おびただ)しい血が、いつか孫家に仇なすこととなろう!」

「母上の意思を継ぎ、覇道を歩むと決めたその時から、それは承知の上です。ですが叔母上」

 

孫策は孫静と向き合う。

 

「どれだけ血を流そうとも、私には手に入れたいものがあるのです!」

「っ!」

「連れていけ」

 

叔母、否、反逆者を連行する兵士達。こうして、暗殺事件は幕を閉じた。

 

その後、一室では周瑜と張昭が後始末を行っていた。

 

「そうか、終わったか」

「はい。全て滞りなく」

「後は、これに名を連ねた者共の始末じゃな」

 

張昭は、机に並べた紙――“盟”と書かれた――を見ながらそう答える。そこには、孫策に仇なす者達の名前が記されていた。

 

「此度の事に対し、作った連判状じゃ。反逆の揺るがぬ証拠となるじゃろう」

 

張昭は、連判状を周瑜に渡す。これで、文官達も終わりだ。

 

「しかし、関羽殿には悪いことをしたのぉ」

「あの時、偶然あそこにいたのが身の不運。とも申せましょうが、まさか孫権様が居もしない暗殺の下手人を捕まえるとは、想定外でした」

「名軍師たるもの、神の様に全てを見通すことは出来ぬか?」

「恐れ入ります」

 

周瑜は苦笑いでそう答えた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌日、別れの日がやってきた。

港で、孫権達は一刀達を見送りに来ていた。

 

「もっと書物のお話がしたかったです」

「陸遜さん。私もです」

「気が向いたら、お手紙下さいね?」

「はい、必ず♪」

 

書を嗜む同志として、孔明と陸遜は約束を交わす。

 

「こないだは決着着かなかったけど!今度会ったら、大きな、形、色、艶、感度、弾力、味の七番勝負だからね!」

「望むところなのだ!」

 

鈴々とシャオは、訳の分からない約束を交わす。

 

「月読様!また来てくださいね?」

「待ってますから!」

「う、うん。分かったから、もう、離してくれないかな?」

「「嫌です!」」

「え〜……」

 

またまた二喬に抱きつかれ、困り果てる瑠華。

 

「どうしたら離してくれるの?」

「「そ、それは……」」

 

二喬は、一旦離れ、ヒソヒソと話し合う。お互いに頷くと、瑠華の方を振り向いた。

 

「「月読様!」」

「は、はい」

「私達の真名を、あなた様に預けます!」

「だから、月読様の真名を呼ばせてください!」

「えっ……ああ、二人がよければ」

「「本当ですか!?」」

「う、うん」

 

グイッと来る二人に驚きながら、瑠華は返事をする。

 

「では、私は大喬。真名を【桜華(インファ)】と申します」

「私は小喬。真名は【李華(リーファ)】です♪」

「桜華と李華。うん、僕の真名は瑠華。この真名を預けるよ」

「「はい!瑠華様〜♪」」

「うわ、ちょっ――――」

「ちょっと待った〜!!」

 

二人は更に瑠華に抱きつく。余程、瑠華に夢中なのだろうか。

瑠華がまたまた困っていると、シャオがやって来て、二喬を無理矢理引き剥がした。

 

「……」

「どうしたの?」

 

いきなりやってきて、だんまりとしているシャオに瑠華は声をかける。

 

「ほら、尚香」

「わ、分かってるわよ」

 

愛紗に後押しされ、シャオは瑠華と向き合う。

 

「えと、その……ごめんなさい」

「えっ?」

「だ、だから、今までわがままな事言って、困らせて、ごめん。あと、関羽達も、ごめんなさい」

「………」

 

自分の我儘で色々と迷惑をかけてしまった事について、瑠華だけでなく、一刀達にも謝罪する尚香。

瑠華は目前の事に呆然とする。

 

「……熱でもあるの?」

「バカバカバカ!!!」

「うわ、痛い痛い!」

 

頬を膨らませ、シャオは瑠華をポカポカと叩く。

 

「何よ!せっかく謝ってるのに! 」

「いや、何か裏があるなと思って」

「まあ、あるけど」

「あるの!?」

 

シャオは両手の指をツンツンしながら、口を開く。

 

「そ、その、私の事、シャオって呼んでくれない?」

「え、それだけ?」

「そ、そうよ!」

 

恥じらいながら答えるシャオ。その言葉に嘘はないと気づく瑠華。驚きながらも、返事を返す。

 

「……うん、分かったよシャオ。僕の事も瑠華って呼んでよ」

「い、いいの?」

「うん、僕もちょっと言い過ぎた所があったからね」

「っ!…う、うん。ありがとう」

 

瑠華は照れ臭そうに頭をかき、シャオと握手をする。瑠華はシャオと仲直りできたことに嬉しく思い、笑みをこぼす。シャオも俯きながらも、その顔は喜びの表情を浮かべていた。

 

「………」

「ん?どうかなさいましたか?孔明さん」

「はわわっ!な、何でも、ないです…」

「ん〜?」

 

陸遜は一人、首を傾げる。

 

(瑠華君……)

 

孔明は胸の部分を押さえる。瑠華とシャオが笑いながら握手をした時、何故か複雑な気持ちになった。二人が仲良くするのは、良い事だ。しかし、同時に、何故か居たたまれない。

今まで感じた事のない感情に、戸惑うばかりの孔明であった。

 

「いや〜良かった良かった。仲直りして」

「本当だな」

「シャオが素直に謝るなんて……」

 

後ろの方で見ていた一刀と愛紗は二人の姿を見て安堵し、孫権は妹の行動に驚いていた。

そして孫権は、二人に向き合う。

 

「関羽殿、此度の事はそなたにはなんて詫びてよいか……」

「何度も申したように、その事は」

「あの時、私はどうかしていた。すっかり気が動転して、何の罪もないそなたに疑いをかけてしまった。人の上に立つものとして、あるまじき事だ」

「“過ちを改める、即ち此を過ちと言う”」

「えっ?」

 

孫権の言葉を遮るように、愛紗は言葉を放つ。

 

「人間、誰しも過ちを犯すことはあるものです。過ちを犯した後、それに気づき謝罪し、反省して、同じ過ちを繰り返すまいとする。それが出来るあなたは、人の上に立つものとしての資質が十分にあると、私は思いますが?」

「関羽殿……」

「愛紗の言う通りだよ」

 

孫権は一刀の方を向く。

 

「あの時言った様に、何事も経験さ。時間をかけたっていい。あなたはこれからなんだぜ?孫権さん」

「北郷殿……」

「なんて、別に偉くもないのに、偉そうに言っちゃったな」

 

我ながら、思い切った事を言った物だ。恥ずかしそうに、一刀は頭をかく。その動作が、どこか微笑ましく思い、孫権も思わず微笑をこぼす。

 

「さあ、俺たちの旅立ち、笑顔で送ってください」

「ええ、分かったわ」

 

孫権は、綺麗な笑顔で答える。憑き物が取れた様な、晴れやかな笑顔だった。

 

「うん、やっぱり女の子は笑顔が可愛いよな」

「なっ!か、可愛いなど……からかわないで!」

「いや、だって本当の事ですよ?」

「っ!うぅ……」

 

一刀の笑顔と言葉で、孫権は顔を赤くし、俯いてしまった。変な事言ったかな?と、首を傾げる一刀。

 

「ぐほっ!」

「…ふん!」

 

突然、横――愛紗のいる場所――から脇腹にドカッ!と、重い一撃が入った。一刀はその場に踞る。

 

「あ、愛紗……何を――――」

「おや?どうかしたのか、一刀殿?」

「……いえ、何でもございません」

「でしょうね」

 

笑顔なのだが、目が笑っていない。とても、冷ややかな眼差しだ。それに加え、愛紗の体から、何やら黒いオーラの様なものが出ていた。

命の危険を感じ、問うのをやめた。

 

 

 

孫家に見送られ、一刀達一行は、長江を旅立った。

 

「おえ〜っ!」

「だ、大丈夫か?」

 

一刀は船酔いに遭い、愛紗が介抱していた。

 

「船酔い?」

「みたいなのだ」

「うぅ……昔からこういうのはちょっと、うっ!」

「あ〜あ〜……むっ、どうした孔明殿?船酔いか?」

「あ、いえ、ちょっと気になることがあって……」

「気になること?」

 

愛紗は孔明に顔を向ける。

 

「はい。今回の事って、本当に単なる暗殺未遂事件なんでしょうか?何か、あらゆることがあまりにも出来すぎている様な気がして……まるで一編のお芝居を見ている様な」

「お芝居?」

「そう、この背後に誰か筋書きを書いた人がいるんじゃないかとそんな気がするんです」

 

手摺にもたれかかり、何かを悟った孔明。流石は、歴史に名を残す名軍師。僅かながら、今回の出来事の真相に気づきつつある。

 

「成程、孔明ちゃんの推理。多分間違ってはいなうぅぇぇぇぇえ!!」

「お前はもう喋るな!」

「お兄ちゃん、大丈夫か〜?」

 

愛紗は叱りながら背中を擦り、鈴々は心配そうに一刀に近づく。

 

(後、もう一つ――――)

「ん?どうしたの?」

「……い、いえ、やっぱり何でもないです」

 

瑠華に話し掛けられると、作り笑いで、誤魔化す。

孔明は迷っていた。あの時に見てしまった瑠華の姿。見る限りでは、気づいているのは自分だけ。

 

(この事は、私だけの秘密に……)

 

そうでなくては、何かが壊れてしまうような――――そんな不安を、孔明は抱いていた。

 

そして瑠華の方は平静を保ってはいるものの、孔明から問われた時から、心中穏やかではなかった。

 

(まさか、見られた……?)

 

表情を見られない様に、瑠華は景色の方を向いている。その額には一筋の汗が流れていた。

 

(いつか……ばれるかもしれない)

 

手すりを掴んでいる手は微かに震えており、少年は動揺を隠すのに必死だった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その頃、呉の城内。執務室にて、周瑜は業務に取り組んでいた。

 

「周瑜様」

「陸遜か。見送りは済んだの?」

「はい♪」

「……陸遜、あなた孔明の事をどう思う?」

 

周瑜は、入室した陸遜に、唐突な質問をする。

 

「そうですね〜。あの年で理路整然とした弁舌、この先どこまで伸びるのか楽しみな逸材かと〜♪」

「楽しみか……私はむしろ、恐ろしいと思ったな」

「え?」

 

周瑜は筆を置き、腕を組む。

 

「何故かは分からぬが、いつか我らの前に立ちはだかる様な気がして……。時が来て、あの才に相応しい立場を得たらな」

 

いつ来るか分からない脅威に、周瑜は息をつく。こちらも軍師の一人。あり得るかもしれない可能性に、眉をしかめる。

 

(それにあの少年……月読と言ったか。あの少年の眼……)

 

あの時、周瑜は目にしていた。

甘寧を睨み付ける瑠華の金色の眼が、一瞬“赤く光った”のだ。

 

 

それは、鮮血の様に紅い眼光だった。

 

 


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