真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~袁紹、宝を堀り当てんとするのこと~

――――“闇”。

 

それは“光”と対極を成すもの。

 

また、人の心に必ず宿っているもの。

 

“暗闇”や“暗黒”など、様々な言葉を持つもの。

 

そして、その“闇”と呼ぶに相応しいその場――地下――に一人の男がいた。

黒色の外套で身を包んでおり、顔には陰陽の紋章とも呼べる白と黒の混じった仮面を被っている。その男は、短い溜め息を吐いた。

 

「まったく……なんとかなると思っていたけど、そう簡単にはいかないか」

 

仮面の男は右手を眺め、肩の力を抜きながら呟く。

 

「やはり、どの世界でも“彼”という存在は驚異的なものだねぇ。人望からの力か、或いは隠された才か」

 

ズキッ!と、左脇腹に激痛が走り、仮面の奥で顔をしかめる。

 

「くっ……于吉と左慈君が手こずるのも、仕方ないか」

 

痛々しい素振りを見せ、やれやれといった風に下を向き、首を振る。

 

「しかし、邪魔はされたけど、なんとか“コイツ”をこの世界に連れてこれただけでも良しとしよう。この世界には、僕達がかけた強力な結界を張っているし、いくら“あいつら”でも干渉することはできない。絶対にね」

 

男は肩を揺らして、声を殺しながら笑う。さっきの痛々しい様子が嘘の様に。

 

グルルッ……と、暗闇の奥で、唸り声が鳴る。

 

「おっと」

 

男はふと、前を見つめる。彼の目の前、壁というべき場所に“ソレ”はいた。

 

刺々しい数本の触手の様なものが“ソレ”を包むように時計回りに巻かれており、中心には切れ長の大きな一つの目が開いていた。壁に根を張るかの様に棘が食い込んでおり、獰猛な肉食獣の様な荒い呼吸を行っている。ドクン……ドクン……と、心臓の心音とも言える音も聞こえる。

何かの繭、或いは蛹を思わせる“ソレ”は、禍々しい氣を微弱ながら漂わせていた。

 

――――グルルオオオォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!

「くっ!!」

 

突然、“ソレ”は(まなこ)を大きく見開き、天に届くかの如く凄まじい咆哮を放つ。

苛立ち、苦しみとも捉えられる咆哮により、その場は地震の様に大きく揺れ動く。男も不意をつかれ、たえながら膝をつく。

 

やがて、その数十秒にも及ぶ雄叫びは終わりを向かえた。“ソレ”は満足したのか、ゆっくりと目を閉じ、眠りにつく。

 

その場の至るところに亀裂が走っており、上から土の欠片がパラパラと落ちてくる。

 

男は膝に手を置き、腰を上げて立ち上がった。荒くなった息を整える為、深呼吸する。

 

「――――気が収まったか。この感じだと地上の方に何らかの影響が出てしまったかもしれない。だが、この世界の人々の事だ。どうせ稀に起きる天変地異やらと勝手に解釈するだろう」

 

彼の肩に、ぴちゃっ……と雫が滴り落ちてきた。彼の肩が、水で滲んでいる。目を細め、疑問に思い、上を見上げた。

亀裂が走った隙間から、少量の水が流れていた。右手でその水を受けると、やや温かな水温である事に気づく。

 

「もしかして、どこかの温泉の底を空けてしまったのか。まあどうでもいいけど」

 

自分の計画には差し支えない。男は、鼻で一蹴した。

 

「さてと、それじゃあ僕は于吉と左慈君の到着を待つとしますか」

 

男は時計回りに渦巻きながら、その場から消え去った。

 

男がいなくなった後、“ソレ”の鼓動は、止むことなく、尚も鳴り続けた。

 

 

 

――――ドクン……ドクン……ドクン……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

豪華な屋敷の広い湯船にて、一人の女性がその身を清めていた。

 

「はあ〜♪こうやって静かに一人で浸かっていると、一日の疲れがとれていくわ」

「麗羽様!」

「きゃあっ!」

 

袁紹が日々の疲れ――疲労する程に働いているのか?――を癒していると、文醜が浴室にやってきた。袁紹は驚き、湯船に溺れかける。

 

「どうしたの猪々子!?まさか敵襲!?」

「そうじゃなくて、見せたいものがあるんです!」

「はぁ?見せたいもの?」

「いいから、とにかく来てくださいよ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

有無を言わせず、文醜は袁紹を裸のまま連れていく。

 

そして、謁見の間にて話を行う。

 

「……で?私の憩いの時間を邪魔してまで見せたいものってなんですの?」

「はい。実は、蔵の中のものを虫干ししてたらこんなものが出てきたんです」

 

一枚のバスタオルを体に巻き、玉座にかける袁紹。文醜は、一枚の古い地図を見せる。ボロボロで、所々が虫に食われている。

 

「何?この汚い地図は」

「とりあえず、ここを見てください」

 

顔良は、地図の左端の部分に指差す。そこには、小さくこう書かれていた。

 

地図に記せし場所に我らの生涯をかけて蓄えし宝あり――――と。

 

「宝……それじゃあ、これって」

「そうですよ!宝の地図ですよ!これは金銀財宝がざっくざく♪これで麗羽の無駄遣いで苦しんでいる当家の台所も――――」

「誰の無駄遣いが原因ですって?」

「あ、いや、それは〜……」

 

袁紹の睨みに、文醜はたじたじになる。とはいえ、文醜の言い分も間違いではないのだが。

 

「まあまあ、お金と赤ちゃんのおしめはいくつあっても困らないって言うし」

「そうそう!」

「それもそうね」

 

顔良の助け船により、なんとか誤魔化す事に成功。

 

「では、準備を整え、明日の朝に出発よ!」

 

急遽、袁紹達は宝探しに向かう事となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

日が変わり、とある山道で三人の女性が馬に乗り、移動していた。

魏の君主である曹操と、配下である将軍と軍師。

 

「しかし、いいのですか?こんな時に我々だけで慰安旅行など」

「春蘭。仕事熱心なのはいいけれど、たまには息抜きも必要よ」

「そうですよ」

 

曹操の言葉に付け加える様に、横にいる猫耳フードを被った少女が言う。

名を【荀イク】。魏の軍師である。

 

「はぁ〜、温泉楽しみ〜♪ゆっくりと浸かって、その後は華琳様と二人で……」

「ふふっ」

 

曹操と荀イクは、恋人同士の様に見つめあう。所謂、“百合”というものだ。

曹操の左隣にいる夏候惇がゴホン!と強めに咳払いをする。

 

「春蘭。そんな怖い顔しないで。あなたを仲間外れにはしないから」

「わ、私はそういう意味で……」

 

その様子に、曹操と荀イクはくすくすと微笑む。夏候惇は誤魔化す様に、また咳払いをする。

 

「それにしても、秋蘭には悪いことをしましたね。一人だけ留守番なんて」

「そうね。でも、さすがに我が軍の首脳部全員が休暇をとるわけにはいかないでしょう?念のため、誰かに残ってもらわないと」

「それもそうですが……」

 

拗ねていなければいいが……と、この場にいない妹の事を案じる夏候惇であった。

 

 

 

――――その頃、魏では。

 

「いや〜温泉は気持ちいいな〜♪」

「そうね。気持ちがゆったりするわね♪」

「来てよかったですね♪」

「秋蘭、あなたもこっちへいらっしゃい」

「はい、直ちに♪」

 

言う風に器用に作られた、曹操達によく似た指人形。それで一人寂しく戯れている夏候淵。

 

「……仕事するか」

 

大きなため息をついた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

旅を続ける一刀達。一行が山道を歩いていると、鈴々がクンクンと鼻を動かし、臭いを嗅ぎ始めた。

 

「どうしたの?鈴々」

「なんか、臭い臭いがするのだ」

「シャ、シャオじゃないわよ!」

 

急に尚香が否定の声を上げる。

 

「そ、そりゃあ、確かにおやつに食べたお芋でちょっとお腹が張ってるなぁなんて思ってたけど……絶対違うからね!」

「……」

 

鈴々は愛紗に目をやる。

 

「わ、私でもないぞ!?断じて違うからな!」

「鈴々、多分これはおならの臭いじゃないぞ」

「んにゃ?」

 

一刀が口を開く。

 

「一刀さんの言う通りです。これは硫黄の匂いですよ」

「硫黄?」

「それじゃあ、もしかして」

「はい。きっと近くに温泉があるんですよ」

 

それから一行は、一軒の小さな温泉宿に着いた。

 

「一番乗りなのだ〜♪」

「ちょっと!抜け駆けはずるいわよ!」

 

目にも止まらぬ早さでタオル一枚となった鈴々と尚香。そのまま女湯の方へと入り、湯船へと飛び込む。

だが、水飛沫が飛ぶことはなかった。ザブン!ではなく、ドスン!だった。

 

そこに湯はなく、二人は地面にお尻をぶつけてしまった。

 

「どうした!?」

「はわわっ!?」

 

音を聞き付けて、愛紗と孔明が急いで駆けつける。

 

「お湯がないのだ〜」

「どうなってるのよ!」

「一刀殿!そっちはどうだ!?」

「だめだ、こっちもお湯がない」

 

塀越しに、一刀は答える。

 

「これでは湯に浸かれぬな」

「風邪ひいちゃいますよ〜」

 

冷たい風が吹き、四人は体を震わせる。

 

「あら?」

「お主は……」

 

続いて、浴室に三人の女性客がやって来た。曹操、夏候惇、荀イクの三人。

 

「どうしてこんなところに?」

「どうしてって、温泉に入りに来たに決まってるじゃない」

「あ、そうか」

「所で関羽……相変わらず、下もしっとり艶々なのね」

「え?……あっ!」

 

曹操は目を細め、愛紗の下半身をじっくりと見つめる。その視線に気づいた愛紗は顔を赤くし、急いでタオルを体に巻く。

 

それから温泉宿の茶店で、全員は一息つく。

 

「もう、温泉がないってどういうことなのよ!」

「しょうがないだろう。地元の人の話によると、少し前に“大きな地震”が起きたから、ほとんど湯が沸き出さなくなったって言うんだから」

 

愛紗は、お茶をすすりながらそう説明した。

 

「しかし、これではせっかくの慰安旅行が台無しです」

「そうね。疲れを癒そうと思っていたのに残念だわ」

「鈴々もおっきなお風呂入りたかったのだ」

「あの〜みなさん。だったら新しい温泉を探してみてはどうでしょう?」

 

孔明は遠慮気味にそう提案する。

 

「新しい温泉を探す?」

「それって、つまり」

「温泉が沸き出る所を探して、そこを掘るってこと?」

「はい。絶対とは言えませんが、やってみる価値はあると思います」

「桂花。あなたはどう思って?」

「私も可能性はあると思います」

 

曹操の問いに、荀イクも同意する。

 

「よぉ~し!早速温泉探しに行くのだ~!」

「ちょっと待った!」

 

意気込む鈴々に、尚香が待ったをかける。

 

「なんなのだ?」

「ねぇ、折角探すならシャオ達と、あんた達。どっちが先に温泉を探し当てるか競争しない?」

「競争?」

「おいおい……」

「また勝手に……」

「面白そうね」

 

呆れる一刀と瑠華とは正反対に、尚香の提案に意外と乗り気な曹操。

 

「言っとくけど、これはただのお遊びじゃないわよ。もし、この競争でシャオ達が勝ったら、あんた達にはこのシャオ様の家来になってもらうわ」

「なっ!貴様!」

「春蘭」

 

椅子から立ち上がる夏候惇を、曹操は手で制する。

 

「孫尚香とやら、私達が負けたら、言う通り家来になってあげるわ」

「えっ!?」

「華琳様!」

 

主の言葉に、夏候惇と荀イクは動揺する。

 

「だがもし、私達が勝てば、関羽には私のものになってもらう。いいわね?」

「分かったわ」

「っておい!勝手に決めるな!」

「尚香、いくらなんでもそれは――――」

「後、北郷。あなたももらうわ」

「えっ?」

 

愛紗だけでなく、一刀まで。思わぬ思わぬ要求に、一刀は固まってしまう。

 

「いけません!華琳様!こんな得体の知れない男を引き入れるなんてダメです!華琳様が汚されてしまいます!」

「貴様っ!私の仲間を侮辱することは許さんぞ!」

 

汚物を見るかの様に、顔を歪める荀イク。大の男嫌いの様だ。

突然、愛紗は台を思い切り叩き、椅子から立ち上がって、声を張り上げる。仲間に対しての侮辱と捉え、怒りを露にする。

 

「桂花、落ち着きなさい」

「ですが!」

「いいから、落ち着きなさい。私は才ある者ならば男だろうと、女だろうと関係なく引き入れる。彼は相当な武の持ち主。あなたもそう思うわよね、春蘭?」

「ええ、それは確かに……」

 

華琳の言葉に、夏候惇も同意する。かつて、自分達の代わりに盗賊を討伐した件、そして馬超との一件の事もあり、夏候惇自身も何となしに認めてはいる。

荀イクはまだ納得していないものの、渋々、従う事にした。

 

すると、不意に瑠華と曹操の目が合う。

 

「――――ふふっ」

「っ!」

 

目を細め、口元に手をやり、くすくすと笑う曹操。それを見た瑠華は、咄嗟に目を反らす。

初めて会った時から、どうも目が合わせられない。合わせたら、こちらの心を読み取られる様な。そんな気がしてならなかった。

 

(僕、この人ちょっと苦手だな……)

(可愛い子……)

 

瑠華が苦手意識を示していることに、気づいていないのか、或いはそれを見て楽しんでいるのか。意図が分からず、曹操は笑みを深める。

 

「とにかく、そうと決まれば早速出陣よ!」

 

顔を引き締め、曹操は立ち上がり、彼女の後に部下はついていく。

 

「えっ、ちょ、あの、えぇ〜!」

 

有無を言わされずに始まってしまった競争。愛紗は思わず頭を抱えた。

 

「こうなったら、俺達も急ぐか」

「そうなのだ!お兄ちゃんと愛紗を取らせたりはしないのだ!」

「うん、それはそうだよ」

「一緒に頑張りましょう」

「ありがとな、鈴々、瑠華、孔明ちゃん」

「にゃはは♪」

「っ……」

「えへへ♪」

「気持ちいい〜♪」

 

嬉しくなった一刀は、チビッ子三人の頭を撫でる。三人はそれぞれ喜んでいた。若干一名、どさくさに紛れて撫でてもらってるが、あえて気にしないでおこう。

 

「はあ……」

「さっきは庇ってくれてありがとう、愛紗」

 

一刀は、落ち込んでいる愛紗の肩に手をぽんと置く。

 

「大丈夫、愛紗は絶対誰にも渡さない。約束する」

「っ!」

 

肩を掴み、一刀は真剣な表情で答えた。

曇りも不安もない、頼もしい姿。瞳と瞳が合い、愛紗は頬を赤くする。

急に顔を背けた事に、一刀は呆気にとられる。

 

「愛紗、どうかしたのか?顔が赤いぞ?」

「な、な、何でもない!さ、さあ、行くか!」

「出発なのだ♪」

 

誤魔化し、愛紗はぎこちなく返事をして、出発する。一刀と鈴々もそれに続いていった。

 

「ねえ、思ったんだけどさ。あの二人って……」

「はい。多分、関羽さんは一刀さんの事を……」

(二人とも、何を話してるんだろう?)

 

後方で、孔明と尚香がひそひそと小声で話していた。その様子に、瑠華は頭を傾げる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そうこうしている内に、魏の三人は着々と歩を進めていた。夏候惇は鶴嘴(つるはし)、スコップなどを肩に担いでいる。荀イクはというと、両手にL字型の金属棒を持ち、それを前に突き出しながら先頭を歩いていた。

 

「華琳様、あんな約束をしてよろしかったのですか?」

「“虎穴に入らずんば虎児を得ず”よ。関羽と北郷ほどの豪の者を手に入れるためには、多少の危険はやむを得ないわ」

「ですが、負けたらあんな素性の知れない者の家臣になるなんて……」

「私達が勝てばいいだけの話よ」

「それはそうですが……」

 

曹操の言葉に、納得のいかない様子を見せる夏候惇。

 

「どうしたの、春蘭。そんなに勝つ自信がない?」

「そういう訳では――――」

「それとも、もしかしてヤキモチ?」

「な、何を……」

 

夏候惇は顔を赤くし、顔を反らす。図星、なのだろうか。

 

「心配しなくてもいいわ。例え二人が配下になっても、あなたの事はこれまでと同じ様に可愛がってあげるから」

「華琳様、私はその……」

「可愛いわよ、春蘭」

 

恥じらう姿を目にし、曹操は笑みを浮かべる。夏候惇は咳払いをすると、気を取り直して、荀イクに話しかける。

 

「ところで桂花。もう大分歩いているが、本当にそんなもので温泉が見つけられるのか?」

「もちろんです。疑似科学の粋を集めたこの方法は温泉はおろか、途中で埋まっている土管も見つけ出せる優れものなんですから」

 

荀イクはL字型の棒を両手に、そう語る。それは所謂、“ダウジング”と呼ばれる方法だ。

 

それから所変わり、袁紹、文醜、顔良の三人組は、宝を探し求め山道を進んでいた。

文醜は土を掘る道具を担ぎ、顔良は地図を確認、袁紹は怠そうに歩いていた。

 

「斗詩……いつになったら着きますの?まさか道に迷ったんじゃ……」

「迷ってはいない、とは思うんですけど。この地図古いから、いまいち分からなくて……」

「ちょっと!それじゃあ宝の在処に行き着けないじゃありませんの!」

「で、でも、この辺なのは間違いない……筈」

「あ、麗羽様!あれあれ!」

「見つけましたの!?……げっ!」

 

袁紹は一気に気分が下がる。見れば、魏の三人が森を歩いていた。

曹操を見るや否や、忌々しそうに顔を歪める。

 

「どうして生意気小娘がこんなところに?」

「もしかして、あいつらも宝を探してるんじゃ……」

 

夏候惇の持っている道具を見て、そう推測する。

 

「あの小娘……またしても私の邪魔を〜っ……!」

「麗羽様、落ち着いて下さい。とりあえずもう少し様子を見ましょう」

「様子を見たところで、どうなりますの?」

「このまま曹操達の後をつけて、奴等が宝を見つけたら、隙を見てそれを横取りするんです」

 

怒りを募らせる袁紹を宥め、顔良はそう提案する。

 

「成程、それはいい考えね」

「さすが、知力三十二!」

「三十四よ!」

 

魏の三人は暫く歩き、桂花の持っている二本のL字型の棒が、左右それぞれにゆっくりと開いた。

この反応により、前方を見ると、荀イクの前に小さな岩が置いてある。

 

「あっ!ここです!」

「じゃあ、この岩の下に温泉があるのね?」

「それじゃあ早速、岩をどけて――――」

「ああ、ちょっと待って」

 

岩をどけようとする夏候惇を、曹操が止める。

 

「喉が乾いたわ。さっき通り過ぎた小川で水を飲んでからにしましょう」

「何も今でなくても……」

「私も行きますね」

「じゃあ、私も……」

 

一先ず、休憩に入る様だ。三人が小川に行った後、袁紹達は岩に近づく。

 

「どうやら見つけたようね」

「今のうちに宝を頂いちゃいましょう」

「そうですわね」

 

三人は、岩を持ち上げようと踏ん張る。

 

掛け声を合わせ、力を振り絞り、岩をどかすことに成功した。宝を期待し、目を輝かせる三人。

 

「っ!?」

 

しかし、一気に顔が青ざめる。そこにあったのは宝ではなく、無数の虫だった。

 

「「「きゃあああああああ!!」」」

 

あまりの気持ち悪さに悲鳴をあげた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――その頃、一刀達。

 

「ん?」

「どうした?」

「いや、何か聞こえたような気が……」

 

一刀達六――――いや、五人は、温泉を掘っていた。

 

「ねぇ〜温泉まだ出ないの〜?シャオ退屈〜」

「だったら少しは手伝ったらどうなのだ!」

「やだ。シャオお姫様だからそういう汗臭いのは嫌いなの」

「……ぐうたら姫め」

「何よ!」

 

岩に座り、尚香が我が儘を言っていると、それにむかついた瑠華がボソッと毒を吐く。

 

「大体、君から言い出したくせに何も手伝わないなんて、どういうつもりだよ!」

「だってめんどくさいんだも〜ん」

「〜〜〜〜っ!!」

 

適当な返事に、瑠華の顔は怒りの色に染まる。体もふるふると震え、手に持っていた道具をその場に置く。

 

「そもそも!元はといえば、君の勝手な提案が――――」

「落ち着けよ」

「でも!」

「止すんだ瑠華」

 

詰め寄る瑠華を、一刀と愛紗は二人で止める。瑠華の方は、まだ納得のいってない様子を見せるが、渋々下がる。

 

「そ、そういえば孔明ちゃん、出掛ける時に村の人達に何か聞いて、地図に書いてたけど……」

 

この気まずい空気を何とかする為、一刀は孔に話しかける。

 

「温泉って、地脈と水脈の交わる地点に沸くことが多いのですけど、そういう所にはよく怪異が起こると言われているんです」

 

孔明は地図を取り出す。地図には、何ヵ所かに印が付いてある。

 

「例えば、変な雲が一日中その上にかかっているとか、怪しい光が立ち上るとか、だから村の人達にそういった体験談などを聞いて、その場所に印をつけてたんです」

「へぇ〜、じゃあその印の場所にあるってことか」

「はい」

「……ん?あっ!兎!」

 

尚香は欠伸をした後、兎を見つける。暇を持て余し、兎を追いかけた。

 

「おい!一人で遠くに行くと危ないぞ!」

「待て待て〜♪」

 

愛紗の注意も聞かず、尚香は兎を追いかけ、森の中に入っていく。

 

その直後、今度は急いで戻ってくきた。兎も必死に逃げている。尚香と兎の後ろには、黒い体毛で覆われた大きな獣がいた。

 

「と、虎!虎!」

「熊だよ!」

「あっ!あれはランラン♪」

 

雄叫びを上げる熊を見た途端、鈴々は勢いよく抱きついた。

 

「やっぱりランランなのだ!ランラン♪」

「お、おい、鈴々。ランランって?」

 

愛紗が恐る恐る聞く。

 

「ランランは昔、鈴々が飼っていた熊なのだ。子熊の時からずっと一緒に暮らしてたのだ」

 

鈴々は、熊に抱きつきながら語り出す。

 

「でも、じっちゃんがもう大人になったんだから、お山に返してやれって言うから、泣く泣くお別れしたのだ……。でもこんなところでまた会えるなんて、感動の再会なのだ!」

「い、いや、でもその熊、本当に昔飼ってた熊なのか?」

 

今度は、一刀が質問する。

 

「もちろんなのだ。その証拠に、ランランはこっちの毛のふさに白い毛があって――――」

 

鈴々は、熊の左手を上げ、脇を見る。

 

見た瞬間、鈴々の顔にダラダラと汗が流れる。気のせいか、顔も青ざめている様にも見える。

 

「……………………鈴々。俺の目がおかしくなってなかったらいいんだけどさ……俺の目には、白い毛は写っていない様に、見えるんだけど?」

「……ないのだ……どうやら熊違いだったようなのだ……」

「てことは――――」

「逃げろ〜っ!!」

 

ガアアッ!!と吠え出す熊。一刀は鈴々を脇に抱え、愛紗達と共に一目散に逃げ出す。そのまま森林の中を追いかけ回される羽目になってしまった。

 

 

熊を何とか振り切り、肩を上下に揺らし、呼吸を整える一同。

 

「まったく!何が感動の再会だ!」

「よく似てたからてっきり……」

「てっきりじゃないわよ、てっきりじゃ!」

「でも、闇雲に逃げてきたから、場所が分からなくなったな」

「それじゃあ、地図で調べてみますね」

 

息を整え、孔明は地図を広げる。

 

 

丁度、その近くを通る、袁紹達。

 

「はあ〜まったく!何でしたのあれは」

「罠ですよ罠。荀イクの罠」

「あの猫耳軍師!今度あったらただじゃおきませんわ!」

「あっ!麗羽様、猪々子。あれあれ」

 

顔良は突然、小声で話しかけ、三人は草むらに身を潜める。

地図を見ている一同ごおり、近くには土を掘る道具が置いてある。

 

「どうやらあの者達も探しているみたいですわね」

「麗羽様。見たところ、あの地図新しそうですし、宝の在処が分かるかも」

「うんうん、頂いちゃいましょうよ!」

「そうね!」

 

一刀達も宝探しに来たのだと、勘違いした袁紹達。そして三人は、切り株に腰かけている尚香に狙いを定める。

 

「きゃあ!」

 

悲鳴に気づき、急いで振り向くと、尚香が袁紹達に捕まってしまっていた。

 

「お~~っほっほっほっほ!!」

「ちょっと何すんのよ!」

「あっ!お前はあの時の知力二十四!」

「三十四よ!」

「ずいぶん、三十四にこだわるな~」

「そんなことより!あなた達の地図をこちらにお渡しなさい。さもなくば、お仲間がどうなることか――――」

「別にどうなってもいいのだ」

「は?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どうなってもいいってどういうことよ!」

 

鈴々の思わぬ一言に、一刀達――瑠華以外――はずっこけた。尚香は慌て出し、袁紹の方も目を丸くする。

 

「そ、そうだぞ!人質をとった私達の立場がないだろ!」

「立場がないのはこっちの方よ!」

 

文醜の言葉にシャオはそう叫ぶ。

 

「そうだぞ鈴々。気持ちは分かるが、相手にも立場ってものが……」

「そうですよ。いくらなんでも本当の事を面と向かって言うのは良くないと思います」

「でも、言葉にしなきゃ分からないって事もあるよ。特にあのわがまま姫にはね」

「あんた達ね〜っ!」

 

容赦なく本音を言いまくる愛紗達に、尚香は顔を真っ赤にしながら体を奮わせる。

 

「お、おい……」

「ん?」

 

すると、一刀が顔をひきつらせながら、袁紹の後方を指さした。愛紗達もつられて見ると、目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 

「あの~、みんな……」

「う、後ろ……」

「おっほっほ!後ろだなんて、そう言ってこちらが振り向いた隙に人質を取り返すつもりなんでしょうけど、そんな手に引っかかると思っているのかしら。おっほっほ――――ん?」

 

高笑いしながらも、袁紹は後ろを振り向いた。

 

「「「熊ぁ~~!!?」」」

 

先程の熊が、そこにいた。袁紹達は一斉に逃げ出し、熊は袁紹達を追いかける。

一刀達は、その場にポツンと取り残された。

 

 

森の中を全力疾走し、森を抜けた。

しかし、森を抜けた瞬間、どれだけ足を動かしても前に進まない。地面の感触がなく、足が空を切る。疑問に思った三人がゆっくりと下を向く。

 

そこに地面はない。

 

あるのは、川であった。

 

「「「きゃあああああああ!!」」」

 

何十メートルもの崖から、三人はそのまま、まっ逆さまに落ちていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「――――羽様!麗羽様!」

「ん……」

 

自分の名を呼ぶ声。それに導かれ、袁紹はゆっくりと瞼を開いた。

 

「よかった!気がつかれたんですね」

「麗羽様〜〜!!」

「猪々子……斗詩……」

 

目の前には、瞳から溢れんばかりの涙を溢す二人の側近がいた。二人は袁紹が無事なのを知り、泣きながら袁紹に抱きついた。

 

(二人とも、こんなに心配してくれて……。わざわざこんな所まで探しに来なくても、宝は近くにあったのかも……)

 

部下の有り難みに、改めて思い知らされる袁紹。普段の彼女からは見られない優しい笑みを浮かべていた。

 

「さあ、猪々子。斗詩。帰りましょうか」

「え?でも、宝は――――」

「もういいんですのよ」

 

――――私にとっての大切な宝物は見つかったんですもの……。

 

 

ふと、隣にあった岩に手を置く袁紹。その大きな岩はどんどん傾いていき、ゴロゴロと転がっていった。反対方向にある、川岸の大岩にぶつかる。

 

すると、岩があった場所にヒビが入り、そこから噴水のように水が湧き出た。向こうの川岸の大岩があった場所からも、噴水が湧き出る。それは雨の様に、三人の頭上へと降り注いだ。

 

「あったかい……」

「温泉ですね〜……」

 

――――と、言うわけで。

 

「いいですこと?この温泉は私が見つけたんですからね?ちゃ〜〜んと、感謝して入って下さいまして」

 

袁紹が堀り当てた?温泉に、愛紗達と魏の三人は共に浸かっていた。

因みに、一刀と瑠華は向こうの川岸の方の風呂に入っている。

 

「ふん!どうせ偶然でしょ?」

「あら、何か言いまして貧乳小娘?それにしても、服を脱いでの戦いは私達の方が圧勝ですわね」

 

袁紹が胸を張り、曹操は歯軋りをする。確かに、体のボリュームでは劣る。その事実により、屈辱を味わう。

 

「胸の優劣を大きさで競うのはどうかと?もっと形とか、色とか、感度とか」

「あら、感度ならシャオが一番よ♪」

「そ、それならあたいだって!」

「いいえ!感度なら華琳様が一番です。そうですよね?華琳様♪」

「そ、それは……その……」

「なら誰が一番か試してみましょうよ!」

「望むところだ!」

 

魏軍対袁紹軍対尚香で、お互いの胸で競い出した。

 

……何故、こうなった。

 

愛紗は顔を赤くし、両手で鈴々と孔明の目を隠す。

 

「み、見るんじゃないぞ?これは、子供が見るものじゃないからな……」

「そこまでだ!」

 

急に大きな声が聞こえ、全員が大岩の上に目をやる。そこには、首にタオルを巻いただけの女性が立っていた。

 

「乱世を正す為、力を合わせなければならぬ筈の者達が些細な事でいがみ合うとは、嘆かわしい!」

「そういうあなたはなんですの?」

 

袁紹は面倒臭そうに質問する。

 

「私か?私はその名も――――」

「変態仮面なのだ!」

「変態仮面ではない!華蝶仮面だ!」

「だが、その格好はどう見ても変態仮面にしか見えぬが……」

 

愛紗の言う通り、彼女の姿は顔に蝶を象った仮面を着け、首にタオルを巻き、裸で仁王立ちしている、と言った姿。

見たままを言われ、華蝶仮面――星――は、顔を仄かに羞恥に染める。

 

「ふっ、諸君……さらばだ!!」

 

華蝶仮面――メンマ好き――は気まずくなったのか、逃げるように去っていった。

 

その瞬間、全員がずっこける。

 

「何しにきたのだあいつ!」

「何か水を差されましたわ」

「せっかくの温泉だ。ゆっくりと浸かったらどうだ?」

「それもそうね」

 

水を差され、気が滅入ってしまった。女性陣は、温泉に身を委ねる。

 

 

一刀と瑠華は、その反対方向の湯船に浸かっていた。巨大な岩が隔たりとなっている為、気兼ねなく浸かっていた。

 

「はぁ……こういう露天風呂もいいもんだな」

「そうだね」

 

温かな湯で、旅の疲れを癒す。近くで流れる川のせせらぎ。空は橙色に染まった夕暮れ時。風情もある露天風呂に満足だ。

 

(それにしても……)

 

一刀はふと、瑠華の方を向く。

 

まだ充分な筋肉のついていない、小柄で細い華奢な身体。湯に浸かり、濡れた瑠璃色の髪に、火照った色白の頬。

中性的な顔立ちも手伝って、少しの色気も感じてしまった。

 

「……なに?」

「あっ、いや……」

 

何やら不快な視線を感じる。瑠華は横目で睨む。それにたじろぎ、目を泳がせる一刀。

自分はノーマルだ!断じてアブノーマルではない!そう言い聞かせる。

 

「ふっ、諸君……さらばだ!」

 

女湯の方が、何やら騒がしい。

 

何事だ?と、振り向く一刀――――

 

「うおわっ!?」

「んっ?」

「えっ?」

 

一刀と瑠華の間に、何かが落ちてきた。水飛沫が上がり、二人の顔にかかる。

 

「ぶっ、な、何だぁ!?」

「いかんいかん、私とした事が」

 

顔を拭き、落下地点を見る。何も身に付けず、生まれたままの姿をした、蝶の仮面を身に付けし少女がいた。

 

「な、何でここに――――」

「すまんな。ちょっと足を滑らせてしまった」

「おまっ、体隠せって!」

「何だ?顔を赤くして、んんっ?」

 

ニヤッと、猫の様な笑みを浮かべる少女。離れるどころか、身を寄せてきた。筋肉質な体に、柔らかな感触が伝わってくる。二の腕が、形の整った二つの球体に挟まれた。

真っ赤に染まった顔を反らしながらも、歯を食い縛って煩悩を捨て去る一刀。

 

「ふふっ、可愛い反応をしてくれるな」

「だから……お前……!」

 

細い指で、胸板をなぞってくる少女。吐息も耳にかかり、唸る声が漏れてしまう。こちらが抵抗出来ないのをいいことに、好き勝手やってくれる。

 

瑠華はというと、こちらに背を向け、赤くなった顔を両手で覆い隠している。

 

流石に、これ以上は理性が持たない。そろそろお引き取り願おう。彼女を退けようと、一刀は腕を動かす。

肩の方に、手を置こうと思った。だが、顔を背けている為、狙いが定まらなかった。そのせいだろうか。

 

右手が、ふにゅ、と柔らかいボールを掴んでしまったのは。

 

「あっ……!」

「へっ?」

「んんっ!」

「これは……」

 

艶やかな声を不思議に思い、一刀は視線を向ける。右手は、彼女の左胸を、しっかりと鷲掴んでいた。

ヤバイ!と離そうとするも、その右手に、そっと手を添える少女。

 

湯のせいか、顔は蕩けており、欲情した雌となっていた。息も微かに荒く、上目でこちらを見上げている。クスクスッ、と微笑んだ。

 

「…………エッチ」

 

耳元で、呟かれた。

 

思わず、喉を鳴らしてしまう。

 

必死に抑え込んでいた理性が、今、解き放たれようと――――

 

「――――おい」

 

――――される事はなかった。

 

鋭い声音に肩を揺らし、一刀は恐る恐る、上を見上げた。

 

岩の上に立ち、こちらを見下げる黒髪の少女。タオルで身を隠し、腕を組んで仁王立ちしている。

 

絶対零度のごとき殺気が、湯船に浸かっている筈の一刀を襲った。

 

「何やらそちらの方で騒がしいから見てみれば……」

「あ、ああああ愛紗さん……こ、ここは男湯の筈、ですけど……」

「ほう……ならば何故、男湯に女を連れ込んでいるのだ?」

「いや、これは、勝手に入ってきたからで――――」

「それにしては随分と楽しそうだったじゃないか?えっ?胸を揉んでいたじゃないか?んっ?」

「それはその………………つい」

「はっ?」

「いえ何でもございません」

「おっと、邪魔が入ってしまった様だ。では、さらば!」

「って、おぉい!!?」

 

華蝶仮面はタオルを身に付け、温泉から立ち去っていった。

確かに行ってくれるのは助かる――名残惜しかったのは内緒――が、せめて弁解してからにしてほしかった。

 

愛紗は岩から飛び降り、温泉に着地。その際、“下の部分”が見えそうで見えなかった。

瑠華は目ではなく、耳を塞いでいた。背を向けていたものの、その殺気を身に染めて感じたのだろう。何にせよ、助けるという手段は選べなかった。

 

愛紗は振り返り、両手を握り締めてパキポキと鳴らしている。無表情な分、恐怖が増し、一刀は硬直してしまっていた。

 

「北郷一刀殿……ちょっと“語り合おう”じゃないか?邪魔者もいなくなった事だし……なぁ?」

「あああぁぁあぁぁぁああぁぁあああ……!」

 

向こうでは、女性陣が極楽気分に浸っている。

 

 

その裏側で、一人の男が、極楽の一歩手前へと近づいているとは知らずに……。

 

 

 

 

 

因みに、一刀達が遭遇した一匹の熊。その寝床には、大量の金銀財宝があったとか……。

 




何とか間に合いました。大幅に変わった……かな?
物足りないかな、と思っていたので、調子に乗りました。はい。

次回も遅くなりますが、これからもよろしくお願い致します。

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