真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~一刀と関羽、黄忠の企みを阻まんとするのこと~

姉妹の仲直りも経て、雲一つない快晴の下、一刀達は旅をしていた。

 

「いいお天気なのだ♪」

「そうだな」

「こんな晴れた日は何かいいことがあるかもしれ――――」

「きゃあっ!」

 

突然、悲鳴が聞こえた。

悲鳴が聞こえた方へと向かってみる。

強面で髭を生やした中年男性が、一人の少女の手を掴んでいた。

 

「ちょっと!離しなさいよ!」

「そこまでだ!か弱き者を虐げんとする悪党め!この場で成敗してくれる!」

 

正義感から見逃せず、愛紗は偃月刀を構える。

 

「悪党って、おらはただ――――」

「問答無用!覚悟!」

「ま、待て!愛紗!」

 

一刀が止めに入るも、時すでに遅し。偃月刀による軍神の一撃が、その男性を吹き飛ばしてしまった。

 

 

そして、真相はというと。

 

「えぇ!?食い逃げ!?」

「んだ。あの娘っ子、飲み食いした後、金を払わずに逃げようとしたから」

「いや、そうとは知らず、とんだ勘違いを……」

 

早とちりだったようだ。申し訳なさそうに、謝罪する愛紗。あの少女も、いつの間にか姿を消している。

 

すると、店主は手を前に出した。

 

「代金。食い逃げの」

「ああ、そうか――――って何で私が!?」

「おめぇさんのせいで、あの娘っ子が逃げちまったんだから。弁償してもらわんと」

「うぅ……」

 

ぐうの音も出ない。愛紗は大人しく、代金を支払う羽目になった。

 

その後、愛紗は落ち込みながら、とぼとぼと歩いている。

 

「とほほ…とんだ災難だ……」

「関羽さん、元気だして下さい」

「孔明の言う通りだよ」

「そうなのだ」

「次からは気をつければいいさ、な?」

 

仲間達に慰められ、心が少し和らいだ愛紗。

 

「ちょっと〜!待ちなさいよ〜」

 

後方から声が聞こえ、一同は振り返る。見れば、先程の食い逃げした少女が走ってきた。

 

「お主はさっきの食い逃げ娘!今までどこに行ってたのだ!お主のせいで私は!」

「あんた達、中々見込みあるわね。気に入ったわ。シャオの家来にしてあげる」

「えっ?」

 

出会い頭、唐突にそう答える。桜色の長髪を二つのリング状に纏め、褐色肌の少女。

 

「えっと、シャオとやら。話の意味が――――」

「ちょっと!初対面なのにシャオだなんて馴れ馴れしく呼ばないでよね!」

「自分でシャオって言ったのに…」

「確かに…」

「うるさいわよ!そこの“チビッ子その二”と“その三”!」

 

シャオと呼ぶその少女は、孔明と瑠華を指差しながらそう言った。

 

チビッ子、というフレーズを耳にし、聞き流せなかった瑠華は、カチンと頭にきた。

 

「……そういう君もチビッ子なんじゃないの?“チビッ子その四”」

「な、なんですって〜!」

「はわわ、喧嘩は駄目ですよ~……」

 

瑠華と少女が睨み合い、孔明が弱々しく仲裁に入る。

 

「ぷぷっ、孔明と瑠華チビッ子扱いなのだ」

「あの、私と瑠華君が“チビッ子その二”と“その三”なら“チビッ子その一”は鈴々ちゃんだと…」

「誰がチビッ子なのだ!」

「はわわ!私が言ったんじゃないです〜」

「まあまあ、鈴々落ち着いて」

「瑠華も、喧嘩はいかんぞ?」

 

混乱する状況の中、一刀と愛紗が間に入る。

小学校の先生が生徒を止める様に、チビッ子達をまとめる。

 

すると少女は、改まった様子で言い出した。

 

「と・に・か・く、あんた達はこの江東に覇を唱える孫家の末娘。孫尚香の家来になるの。いいわね?」

 

ええっ!?と、驚きを隠せない一同であった。

 

 

 

 

そんなこんなで、【孫尚香】も旅に同行をする事になった。半ば無理矢理な感じだが、付いてきてしまったのものは、やむを得まい。

しばらく歩いていると、町に着いた。

 

「さ〜て、晩御飯はどこにしようかしら」

 

賑わいを見せる町中、尚香はいきなり駆け出し、一軒の飲食店を目にする。

 

「うん、ここがいいわ。ここにしましょ」

「飯は宿を決めてからだ」

「え~、いいじゃない。シャオお腹空いた〜。ねぇ〜ご飯〜」

 

尚香は子供の様に駄々をこね始める。

 

「そう言われてもな〜。そもそも、ご飯を食べる金はあるのかい?」

「何言ってるの?そんなの家来のあんた達が払うに決まってるでしょ」

「えぇ!?」

「おい!」

 

なんと無茶苦茶な。勝手に付いてきた上に、奢らせるというのか。

 

「大体、お金があったら茶店で食い逃げなんかするはずないじゃない」

「あ〜、成程」

「そこ感心するところじゃないと思うんですけど」

「しかし、それならこれまでどうしていたのだ?」

「まさか、ずっと一文無しで旅をしていたわけじゃないだろ?」

「もちろん、それなりの路銀は持ってたわ。でも、前の町でこれ買っちゃって♪」

 

尚香は頭に飾ってある、金色に輝く高価そうな髪飾りを見せつけた。太陽に反射し、輝きを増す。

 

「って、路銀全部はたいてそれ買ったのか!?」

「だって欲しかったんだも〜ん」

 

なんという金の無駄遣いだ。

一刀達は呆れるしかなかった。瑠華の方も、イラッと顔をしかめていた。

 

「キラキラしてて綺麗でしょう?こうして見るとうっとりしちゃう♪」

(あ~すごくめんどくさいな、この子)

 

恍惚な表情で髪飾りを見つめる尚香を、腕を組んでジト目で睨みながら、瑠華は心中で呟いた。

 

その様子を一羽の(カラス)が見つめていた。すると、その烏はその簪に狙いを定め、翼を広げて飛び出した。

 

「きゃあ!」

「あっ!」

 

尚香から奪い、髪飾りをくわえて、烏は空高く飛行。

 

「何すんのよ!この泥棒ー!」

 

急いで烏を追いかけるが、烏は徐々に速度と高度を上げていく。

 

「っ!」

 

瑠華は並んでいる建物の屋根に上り、素早く駆け出す。屋根伝いに走っていき、勢いよく跳躍する。

 

「このっ!」

 

右手を突きだし、後もう少しで届く――――と思いきや、それは空を切る。

 

「あっ、うわあああ!!」

「瑠華!?」

 

烏はその手を容易くかわし、瑠華はそのまま落下していった。

烏はそのまま空高く舞い上がる。空を飛べる訳もなく、最早どうする事も出来ない。

 

「こら~!返せ〜!」

「だめだ。この高さじゃとても……」

 

何も出来ず、空を仰ぐ一同。

 

一刀達の前にある、金色の瓢箪が飾ってある店。その窓から、一人の女性がその様子を見ていた。

すると、その女性は弓矢を取り出し、烏に矢を向けて狙いを定める。

 

「っ!?」

「ちょ、何を――――」

 

ビシュンッと、その矢は放たれた。速さを保ったまま、矢は烏の頭の横を通り過ぎ、空を切った。

 

(外したか……?)

 

一刀と愛紗がそう思っていると、烏が急に落下してきた。脱力してしまった様に、力なく落ちていく。

すかさず、鈴々は烏をスライディングキャッチ。尚香も落ちてくる髪飾りを両手で受け止めた。

 

「すごい!当たったのだ!」

「よかった〜!壊れてない」

 

尚香は髪飾りが無事なことに、ほっと肩を下ろす。

 

「うわわっ!」

「いたたっ!」

 

突如、目を覚ました烏は暴れだし、鈴々の腕から逃げ出した。尚香に八つ当たりした後、どこかへと飛んでいった。

 

「もう!何すんのよこのバカ~!!」

「一体どうなっているのだ?」

「恐らく、矢が頭の近くを掠めた時に起きた強い空気の波にうたれて、気を失ったのだろう」

 

愛紗はそう推測する。

 

「でも、そんな事できるのですか?」

「出来るも何も、今目の前で起きたことだ」

「信じがたいけどね」

「偶然、じゃないですか?狙いが外れてそれでたまたま……」

「そうかもしれない。だが、もし狙ってやったのだとすると、正に神業」

「神業、か……」

 

一刀がいた世界では、そんな事はまずあり得ない。

しかし、ここは多少の違いはあれど、数々の英雄が集う【三国志】の世界。一刀の世界とでは文字通り、次元が違う。

一刀と愛紗は矢が放たれた、金瓢箪の店を見つめた。

 

(恐ろしい程の腕前だ…)

 

矢を放った相手の事を考え、真剣な表情を浮かべる。

 

「………悪いんだけど、そろそろ助けてくれない?」

「「あっ……」」

 

ちなみに瑠華は、店の屋根の端にフードが引っ掛かり、みのむしの様にぶら下がっていた。

 

 

 

一刀が瑠華を下ろした後、今日の宿を見つけ、一刀達は食事をとっていた。

 

「美味しかったのだ〜♪」

「でしょ〜?このシャオ様の目に狂いはなかったってわけね」

「ふん、鈴々はお腹が空いていればなんでも美味しく感じる体質だから別にお前が威張ることじゃないのだ」

「鈴々ちゃん、そこ自慢するところじゃ……」

「でも、鈴々の言う通り威張ることじゃないよね」

「何よ!さっきあんな失敗したくせに」

「うぐっ」

 

尚香が得意気に言うと、瑠華は目を反らす。食事を終え、一刀が本題に入る。

 

「所で、尚香ちゃん。君は本当に孫家なのか?」

「もちろんよ」

「別に、疑ってるってわけじゃないんだけどさ……何か証明するものとかは」

「証明も何も、こうして本人がそう言ってるから間違いないわ」

 

尚香は胸を張って答えた。

その様子を見て、一刀達は小さく集合し、小声で話し合う。

 

「――――と言っているけど、みんなはどう思う?」

「孫家と言っている割にはあまりにもその、なんというか……」

「お姫様がおへそを出して一人でうろうろしているなんておかしいのだ」

「そうですね。最近陽気ですし、もしかしたら……」

「あり得るね。じゃなかったら、あんな馬鹿な金の無駄遣いはしないし、イライラするワガママなことを本物のお姫様なら絶対しないよ」

 

それぞれ口々に意見を述べる。最後は完全に悪口だが。

 

「そこっ!聞こえるようにヒソヒソ話さない!特にチビッ子その三!」

「僕はチビッ子じゃない!月読だっ!」

「こらこら、落ち着け瑠華」

 

怒る瑠華を愛紗が宥める。

 

「しかし、孫家の末娘が何故、供も連れずに旅を?」

「えっ、それはその、いろいろあるのよ……」

 

明らかに動揺している尚香。ジ〜ッと怪しげな物を見る様に、見つめる一刀達。

 

「ね、念のため言っとくけど!堅苦しいお城暮らしにうんざりして、家出当然に飛び出して来たとかじゃないんだからねっ!」

 

何という我が儘な理由だ。

一刀達は自分勝手なお姫様の言い訳に呆れるしかなかった。

 

「な、何よその目は」

「別に?」

「おやまあ、きれいに平らげてくれたもんだね〜」

 

尚香を半目で見つめる瑠華。

そこへ女将らしき女性がやって来た。

 

「お茶のお代わり、どうだい?」

「あ、すいません」

 

女将はコップにお茶を注いだ。

 

「あんた達、旅の人みたいだけど、明日の行列を見にきたのかい?」

「行列?」

「おや、違うのかい?あたしはてっきり」

「女将さん、その行列というのは何なんですか?」

 

一刀は女将にそう質問する。

 

聞けば、ここの領主の姫の元へ、隣の領主の三番目の息子が婿入りするらしい。そして明日の昼過ぎ、そこの通りを行列が通るとの事。

 

「へぇ〜、それは豪華だな」

「なんでも、婿入りしてくる三番目の息子ってのが飛びっきりの美形ってもんで、これは一目拝んでおかなきゃっと近くの村から来てるんだよ」

「そうだったら、女の人の人気はすごいだろな」

「まあね。でも、そういうあんたも中々の美形だよ?」

 

陽気に笑いながら、一刀の容姿を褒める女将。現に、他の席にいる数名の女性客の視線を集めている。チラチラと、顔を赤らめながら、眺めていた。

一刀は照れくさいのか、頬をかく。

 

「なんにしても結婚とはめでたいものだ」

「ところが、近頃妙な噂があってね……」

「噂、ですか?」

「というと?」

 

女将は人の目を気にするかの様に周りを見渡し、小声で話し始めた。

 

「ここだけの話なんだけどね。領主様の側近だか身内だかで、今度の結婚に反対している人がいるらしくて……。その一味が婿入りしてくる息子の暗殺を企てているんじゃないかっていう」

「暗殺……」

「それはまた物騒な……」

「ほんとだよ。せっかくの晴れの舞台だっていうのにね」

「けど、これで理由が分かりましたね」

「理由?」

「ほら、この町へ入る時、関所で妙に調べられたじゃないですか」

「あ、確かに……」

「あれはきっと、怪しい人が入って来ない様に警戒していたんですよ」

 

孔明の言う通り、実はこの町に入る際、門番が検問を開いていた。町に入る人々に、怪しい者はいないかを調査していた。

 

「ならば、明日は十分な警護を固めているはず。なに、事前にもれた陰謀が成功することなど、そうそうないものだ」

「そうだといいんだけど……。とにかく殺したり殺されたりは、もううんざり。早く穏やかな世の中になってくれないものかねぇ」

 

重いため息をつき、女将は去っていった。

その後ろ姿を見て、愛紗はやりきれない思いを抱いていた。

 

(穏やかな世の中……か)

 

一刀は右手を見つめ、強く握りしめてた。

 

 

 

 

因みに、その隣の席では。

 

「へいお待ち!ニンニク、チャーシュー抜きのメンマ大盛りね」

 

外套に身を包む一人の少女が、メンマが大盛りに乗っているラーメンを見て、よだれを垂らしていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

そして翌朝。宿屋から出る一刀達一行。

 

「ふぁ……まったく、何で二人部屋に六人も押し込まれなきゃなんないのよ〜」

 

尚香は眠たそうに欠伸をしている。

 

昨日、二人部屋しか用意することが出来なかったということで、六人で寝る羽目になった。

どうやってベットで寝るのかを一刀が愛紗達にじゃんけんを教え、それで決めた。結果、一刀は自分から椅子に座って寝ると言い出し、愛紗と孔明、瑠華と鈴々と尚香、といった感じで寝るということになった。

二人はまだしも、三人となると狭いなんてものじゃない。寝心地はよくなかった。

瑠華の方も自分も椅子で寝ると言い出したのだが、健康によくないと一刀と愛紗と孔明に止められた。

自分のじゃんけん運を恨みながら、渋々寝ることになった。

 

「おかげでろくに眠れなかったじゃないの〜」

「お腹丸出しでいびきかいてたくせによく言うのだ」

「ちょっと!いい加減なこと言わないでよ!このシャオ様がいびきなんてかくわけないでしょ!」

「いいや!絶対かいてたのだ!」

 

文句を言い合いながら、睨み合う鈴々と尚香。

 

「どっちもかいてたけどね……?」

 

二人の横で弱々しい声が聞こえた。見た瞬間、二人はたじろぐ。

目の下は隈ができており、瞼をかろうじて開けている。瑠華は見るからに眠たそうにしていた。

 

あの夜、じゃんけんで一番最初に負けた瑠華は鈴々と尚香の間に挟まれる様に寝る事になった。

最初は女の子と一緒に寝るのはどうかと思っていたが、なんとか我慢し、眠りについた――――思ったのが束の間。両方から大きないびきが鳴り始めた。

突然の事に起き出した瑠華は、耳を塞ごうとするが、いつの間にか抱き枕にされており、両腕をがっちり掴まれ、塞ごうにも塞げず、一晩中そのいびきを聞く羽目になり、全然寝付けなかった。

更には寝相も悪く、何度拳と蹴りを入れられた事か。

 

(もう二度とあの二人と寝るもんか……)

 

瑠華はジ〜ッと一刀と愛紗と孔明を睨み、三人は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、目を反らした。

 

「しょうがないな。ほら」

「ん〜……」

 

一刀は前に屈み、背中を瑠華に向けた。最初は恥じらいがあったが、眠気の方が勝っていた瑠華は、一刀の背中に抱きついた。

一刀が瑠華をおんぶすると、瑠華は瞬く間に寝てしまった。

 

(ちょっと悪いことしちまったかな)

(ふふっ、かわいい寝顔だな)

 

背中ですやすやと寝息を立てている少年の頭を、愛紗は子供を見守る母の様な優しい笑みを浮かべながら撫でている。

すると、愛紗の目に“あるもの”が写った。

金色の瓢箪が飾ってある店だ。

 

「っ!!」

 

愛紗の脳裏に一つの可能性が生まれた。

 

明日の昼過ぎ、この通りを通る大行列

 

昨日目撃した、正に神業とも言える、的確な弓矢の腕。

 

その射程は、あの店の二階から充分見渡せる。

 

「っ!」

 

愛紗は“一つの仮説”を立て、店へと走り出した。

 

「はわわっ!関羽さん!?」

「ちょっと!どこ行くのよ!?」

「愛紗!」

「待つんだ鈴々」

「お兄ちゃん?」

 

一刀は鈴々達を手で止めた。

 

「全員で行ったら怪しまれる。ここは愛紗に任せて、俺たちは後から行こう」

 

その言葉に訳が分からず、首を傾げる三人。一刀は、愛紗が向かった先を見つめていた。

 

 

 

店の二階にある一室。そこに、一人の女性がいた。

 

「私に客?」

「はい、なんでも昨日のお礼がしたいと……」

「昨日のお礼?」

 

店員にそう言われたが、何の事か分からずにいた。

 

そして、愛紗は女性の部屋に入り、その女性と向かい合う様に椅子に座った。

 

「そうでしたか。あなたが昨日の」

「関羽と申します。先日は連れの者が世話になりました」

 

愛紗は一礼をする。

 

「いえ、礼を言われることは何も。根がお節介なものですから、つい余計なことをしてしまって」

 

御淑やかで、魅力的な笑みを見せる。

 

「あ、申し遅れました。私は【黄忠】字は【漢升】と言います」

 

黄忠と名乗ったその女性。

藤色の長髪に、綺麗な顔立ち。大人特有の穏やかな雰囲気を出しており、特にボディラインが凄まじく、正に大人の女性を体現したかの様な美女だ。

 

「すみません、今お茶を――――」

「それには及びません」

「えっ?」

 

愛紗は椅子から立ち上がり、窓を大きく開けた。

 

「いい天気だ。大通りの方まで、よく見える……」

 

黄忠の額に、一筋の汗が流れる。

 

「とはいえ、ここから見える大通りを通る人の頭はせいぜい豆粒程。しかも動いているとあっては、生半可な弓の腕ではまず当たらない」

「……関羽さん?あなた、何を仰りたいのかしら?」

 

動揺を隠し通し、黄忠は平静を保ちながら、愛紗に問いかける。

 

「いや、もし弓の神【曲張(きょくちょう)】に匹敵する程の名手がいたら、不可能を可能にすることができるかもしれないと」

「っ!」

 

この少女に、全て悟られている。感付いた瞬間、黄忠は壁にかけていた愛紗の偃月刀を手にするが、狭い部屋の中。偃月刀の刃が壁に突き刺さってしまった。

その隙に、愛紗は黄忠の得物である弓矢を構え、矢尻を黄忠の目前に向けた。

 

「動くな!どうやら、長物の扱いは弓ほど得意ではないようだな」

「くっ……」

「みんな、もういいぞ」

「えっ?」

 

黄忠が顔を歪ませていると、部屋に一刀達が入ってきた。

隠すのは無理だ。黄忠は観念し、偃月刀を力なく下ろした。

 

それから、黄忠は静かに語り始め、一刀達もそれに耳を傾けている。

 

「数年前に主人を亡くした私は、幼い娘の璃々と二人、この町から少し離れた村で静かに暮らしていました」

 

ある日の事、黄忠が隣の町への用を終えて帰ってくると、家には娘の璃々の姿がなかった。その代わり、その場に置き手紙が残されていた。

 

――――娘は預かっている。こちらの指示に従えば無事に返す。そうでなければ、命の保証はしない、と。

 

「なんと卑劣な!」

「許せないのだ!」

 

愛紗と鈴々が怒りを募らせる中、一刀自身も両手を握りしめ、怒りを募らせていた。

 

「そして、待ち合わせ場所に行くと……」

 

暗がりの廃屋にて、黄忠は娘を誘拐した相手と対峙する。

 

「娘は、娘は無事なんでしょうね!」

「全てはお前の返答次第」

「私に、一体何をしろと……」

 

黒い外套に身を包み、目元を隠す仮面を付けた男は、口角を吊り上げた。

 

そしてもう一つ。腰には、金色の装飾が施された剣を携えていた。

 

「成程、それでやむ無く、暗殺を請け負ったのか……」

「はい……。どんな理由であれ、人の命を影に隠れて奪うことは許されることではありません……でも――――」

 

黄忠は俯いていた顔を上げる。その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「娘の璃々は私の全てなんです!!璃々を救うためには他にどうしようもなくて……」

「黄忠さん…」

 

悲痛な思いを叫ぶ黄忠。愛する家族を失う辛さは一刀も痛いほど分かる。だからこそ、こんな辛い思いをさせた連中に対し、怒りが込み上げてくる。

 

「ん?ねぇ、これって?」

 

尚香はふと、机の上にある数枚の絵を見つけた。色鉛筆の様な物で描かれている。

 

「それは娘の璃々が監禁場所で描いた絵です。昨日、一味の一人が娘の無事を知らせるために置いていったんです」

「これって……」

 

孔明が一枚の絵を手に取った。髭を生やした男性の似顔絵。それを見て、思考する。

 

「それにしても、何でこんな絵を描いたのかしら?」

「さあ……」

「この絵がどうかしたのか?」

「これ、誰かに似てると思いませんか?」

 

その絵をじっくり見てみる。すると、ある事に気がついた。

 

「あっ!茶店の髭オヤジ!」

「それではあの茶店の主人が?」

「いえ、それはないと思います。もし、これが犯人一味の誰かを描いたものなら、これを黄忠さんに渡すようなヘマはしない筈」

「そうか、確かに」

 

孔明の推理に、一刀も頷く。わざわざ証拠を渡す様な事をするほど、馬鹿ではないだろう。

 

「これは、娘さんが閉じ込められている場所から見たものを描いたのだと思います」

「閉じ込められている場所から見たもの……」

「まさか、あの茶店の向かいの!」

 

一同は記憶を辿り、再び思い出す。

あの茶店の正面に、古ぼけた廃墟のような二階建ての建物があった。

 

「娘の居場所に心当たりがあるのですか!?」

「はい、多分……」

「場所を教えてください!すぐに私が――――」

「待って下さい!場所はお教えしますけど、黄忠さんは行かない方がいいと思います!」

「どうして!?」

「顔を知られている黄忠さんが監禁場所に近づいたりしたら、娘さんの身に危険が及ぶかも知れません。ですから、黄忠さんはここにいてください」

「でも……」

「黄忠さん。辛いのはよく分かる。でもここは、孔明ちゃんの言う通りにした方がいい」

 

黄忠の肩に優しく手を置き、安心させる様に語りかける一刀。その言葉を耳にし、黄忠も落ち着きを取り戻す。

 

「茶店まで、走っていけばなんとかなるか」

「それでは……」

「ああ、黄忠殿。この関羽、あなたの娘、璃々殿を必ず救い出すと約束しよう」

「俺、北郷一刀も手を貸します。だから安心してください。黄忠さん」

「関羽さん、北郷さん……」

 

救いの手を差し伸べられ、黄忠は感極まり、涙を浮かべる。

 

「ところで、瑠華君はどうするんですか?」

 

「あっ……」と、またまた忘れていた一刀達。その本人はというと、黄忠の部屋にある寝台の上で、今もすやすやと眠っている。

 

「だめだ。全っ然、起きねぇ」

「どうしましょう?」

「しょうがない、この下の部屋を使わせてもらおう」

 

何度揺すっても起きる気配がない。仕方なく、一刀達は瑠華を下の部屋にある寝台に寝かせると、その監禁場所へと向かった。

 

一刀達が去った後、一人の男が黄忠の部屋に入ってきた。誘拐した男の一味の一人だ。

 

「よう」

「……何の用?」

「そう、つれなくすんなよ。親分から首尾を見るよう言われてな」

「そう、それはご苦労ね」

 

どうやら、監視役らしい。孔明の言う通りだった。

 

(危ない所だったわ。もし、私が飛び出していたら……)

「ん?」

 

男は急に窓の方を振り向いた。

 

「どうしたの?」

「いや、気のせいか……」

 

男は窓から離れる。

 

その部屋の屋根には、外套に身を包んだ女性がいた。その事に、男は気づく様子はない。

 

そして、下の階では。

 

「――――さて、と」

 

寝台の上で、眠っていた少年が瞼をゆっくりと開け、大きく目を見開いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

茶店に着いた一刀達は、店の主人に事情を説明した。

 

「えっ、向かいの建物にさらわれた子供が?」

「その子を救う為に、お主の協力が必要なのだ」

「協力……?」

 

一方、向かいの建物では、一味である男達がいた。二階の部屋には、幼い少女が膝を抱え、怯えながら座っていた。その他に、二人の男もいる。

そこへ仲間の一人がやって来た。

 

「おい、異常はないか?」

「な~んにも。つか、無さすぎて退屈で退屈で」

「ちょっと!変な言いがかりはやめてよね!」

「ん?」

 

不満げに呟いていると、外から声がした。

チビは穴から外を覗くと、茶店の前で言い争っている少女と髭の男性がいた。

 

「このシャオ様が、せこい盗みなんてするわけないでしょ!」

「この間、食い逃げしといてなに言ってるだ!だから今回もおめえに違いねぇ!」

「分かったわよ!そんなに言うんなら裸にでもして調べたらいいじゃない!」

「何っ!?」

「ウヒョッ♪」

 

すると、シャオは服を脱ぎだす。衣服を身に纏っていない、褐色肌の未発達の上半身。勢いに任せて脱衣し、下着だけになった。

 

「どう?これでいい?」

「ま、まだだ!まだ下が残ってる!」

「分かったわよ!」

 

少し顔を赤くして、主人はそう言う。尚香は怒りながら、今度はスカートを脱ぐ。

 

「ちょっとちょっと、面白いことになってますよ♪」

「どうしたどうした?」

「何なんだな?」

 

チビにつられ、アニキとデブも穴から外を覗く。途端、だらしない声を漏らし、厭らしい表情を浮かべる。

 

(も〜、まだなの?さすがにこれ以上は脱げないわよ〜……!)

 

尚香が敵の視線を引き付けている間、愛紗と鈴々は建物の陰に隠れている。一刀は木に登り、二階への突入を試みる。

茶店の陰では、孔明が団扇を持ち、三人が配置についているかを確認する。

 

引き付けは、成功した。確認した後、孔明は団扇を上にあげる。

 

一、二、三――――

 

「今です!」

 

孔明は団扇を降り下ろした。

 

「はあっ!!」

 

愛紗と鈴々は一階から突入し、一刀は勢いよく二階に突入した。窓に取り付けられた木片を蹴り飛ばし、受け身を取って着地する。

 

「げっ!?」

「な、なんだ!てめぇは!」

「――――黙れ」

「ひっ!」

 

ゆっくりと立ち上がり、一刀は目前の男達を睨みつける。ただならぬ空気を感じ取り、三人は恐れおののく。

 

「何の罪もない親子を巻き込みやがって――――てめぇらみたいな卑劣な奴らは絶対に許さねぇ!!!」

 

押さえ込んでいた怒りを爆発させ、更に鋭く睨みつける。三人は凄まじい怒気に怯んでいた。

 

「な、なんだこいつ!」

「ひ、怯むな!やっちまえ!」

「お、おう!」

 

三人は小刀を取りだし、一刀に襲いかかる。

 

「死ねぇ!」

「っ!」

「ぐはっ!」

 

アニキは小刀を降り下ろすが、一刀はその手を受け止め、その勢いを利用して背負い投げをお見舞いした。

 

「もらった!」

「ふんっ!」

「ぐへっ!」

 

後ろからチビが小刀を突き刺してくる。それを体を横にずらしてかわし、後頭部に手刀を食らわした。

 

「ぬお~!」

「はぁ!!」

「げほっ!」

 

今度はデブが襲いかかるが、一刀はデブの顔面に、後ろ回し蹴りを繰り出す。窓硝子を割りながら、その巨体は外へと吹き飛ばされた。

 

「一刀殿!無事か!?」

「お兄ちゃん!下の奴らはケチョンケチョンにしといたのだ」

「愛紗、鈴々。こっちも終わったよ」

 

愛紗と鈴々も、問題なく終わった。

一刀は、後方で怯えている少女の方を振り向いた。

紫の髪で短いツインテールにしている幼い少女。この子が、黄忠の娘である璃々だ。

 

「君が璃々ちゃんだね?」

「うん……」

「俺達と一緒に帰ろう。お母さんが待ってるよ」

「っ、お母さん!」

 

一刀は優しく微笑みながら、璃々の頭を撫でた。その穏やかな笑顔に安心したのか、璃々は笑みを溢す。

 

璃々の手を引きながら外へ出ると、茶店の前に一頭の馬がいた。

 

「この馬、どうしたんだ?」

「はい、皆さんが飛び込んだ後、変な仮面を付けた女の人がこれを使えと」

「仮面の?」

「……まさかな〜」

 

愛紗達が首を傾げる中、一刀は何となく見当がついていた。恐らくは、“彼女”だろう

 

「と、とにかく!急ぎましょう!」

「そ、そうだな!よし!愛紗、後は任せた」

「え?一刀殿が行くんじゃ」

「いや、俺……馬に乗れないんだ」

「ええっ!?」

 

一刀の言葉に愛紗は驚いた。戦地にて必要になってくる馬。武人の一人であれば、乗馬の経験くらいはあると思っていたからだ。

 

だが、それも仕方のないこと。一刀のいた世界では、主に電車や車、自転車といったものを移動手段として使っている為、馬は一切使わない。せいぜい、牧場で見かけるか、競馬場で見るかだ。

 

「仕方ない、私が行こう。璃々殿、しっかり掴まって」

「はい」

「はっ!」

 

愛紗は急いで乗り、前に璃々を乗せて、馬を走らせる。

 

(頼む!間に合ってくれ!)

 

手綱を握り締め、全速力で町へと向かう。

 

 

 

その頃、町では大行列が始まっていた。家臣達が前に出ており、婿入りする隣町の領主の息子が、豪華な馬車に乗っていた。

周りには人だかりが出来ており、一種のお祭り騒ぎと化していた。

 

「おい、そろそろだぞ」

「……分かってるわ」

 

男に促され、黄忠は弓矢を手にする。

 

(北郷さん……関羽さん……)

 

愛紗は、ようやく町に辿り着いた。しかし、門番によって阻まれる。

 

「馬はだめだ!ここで降りろ!」

「くっ!」

 

やむを得ず馬から下り、璃々を抱えて走り出す。しかし、人混みが邪魔で横断出来ない。警備兵も配備されており、目立った動きも取れない。

 

目に見える場所にまで来ているというのに。

 

(このまま宿に行ってたら、間に合わない!)

 

愛紗は、目的地である金瓢箪の店を見る。

 

(こうなったら、一か八か!)

 

愛紗は、賭けに出た。

 

 

一方、大行列は順調に進んでおり、目的の通りまで、後もう少しの距離まで来た。

 

「来た!頼むぞ!」

「え、ええ……」

 

領主の息子を乗せた馬車が、視界に写り込む。

黄忠は弓矢を構える。だが、その手は震えており、息も荒くなっている。視界も揺れ、頬に汗が流れる。

 

「おい、早くしろ!」

 

急かされ、更に動揺する。

 

(もう、これ以上は……!)

 

瞼を強く瞑り、もう駄目かと……諦めかけた――――その時だった。

 

黄忠は、ある一点を見つめている。

 

雑踏の中、こちらに向けて大きく手を振る、幼い少女。無垢で可愛らしい笑顔で、黒髪の少女に高く抱き上げられながら、何かを呼んでいる。

 

黄忠は、ゆっくりと呟く。

 

「お……か……あ……さ……ん……っ!」

 

黄忠の瞳には、しっかりと愛しい我が子が写っていた。

愛娘の無事な姿を見て、弓矢をゆっくりと下ろした。

 

「お、おい!一体どうしたんだ!?」

 

男が黄忠の肩を掴もうと、手を伸ばす。だが、唐突に後ろから伸ばされた“短剣付きの紐”に阻まれる。紐は手首に巻き付き、そのまま男は引っ張られる。

 

「うぉっ!?」

 

とっさの事で、男は仰向けに倒れる。後頭部を打ち、痛みに顔を歪ませる。しかし今度は、腹部に強烈な痛みを感じた。

 

「ぐぉっ!?」

 

高く跳躍した瑠華は、そのまま急降下し、男の腹に目掛けてダイブ。鞘に入れた撃剣の(こじり)の部分を叩き付ける。

 

男に悶絶する間を与える事なく、止めを刺す様に、もう一度飛び上がって、勢いよく踏み切った。

 

男は力なく倒れ、ピクリとも動かない。

 

「……一件落着、かな?」

「良かった……本当に、良かった……!」

 

慌てて振り向く黄忠。瑠華が敵ではない事を悟り、力が抜けた様に、その場に座り込んだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

暗殺を未然に防ぎ、罪なき親子を救った一刀達。

 

「お名残惜しいけど、ここでお別れね」

 

町から出て、別れ道で黄忠は頭を下げる。

 

「北郷さん、関羽さん。あなた達には、なんてお礼を言っていいか」

「ありがとう♪お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「いや、礼は充分過ぎる程もらったので」

「気にしないでください、黄忠さん」

「北郷さん、関羽さん」

 

黄忠は一刀と愛紗の手を握る。

 

「若いから大変かもしれないけれど、これからも小さな子を持つ同士、がんばっていきましょうね」

「「はっ?子供?」」

 

二人して、呆けた表情を浮かべる。すると、黄忠は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「あ、あら、ごめんなさい……私てっきり鈴々ちゃんの事を」

「な、何を言って!?鈴々は私の娘ではなくて!一刀殿とも、そういう関係ではなくて――――」

「愛紗とお兄ちゃんとは、布団の中で契りを交わした仲なのだ」

「あら、それじゃ……」

「ち、違います!契りというのは姉妹の契りで別にそれは、って誤解を招く言い方するな~~!!」

 

大声を張り上げる愛紗。横で苦笑いを浮かべている一刀。

 

一刀達の旅は、まだまだ続く。

 


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