真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~張飛、孔明と張り合うのこと~

 

晴れ渡る青空の下、一刀達五人は森の中を歩いていた。その道中、“一人だけ”どう見ても怒っている様にしか見えない者がいる。

他の四人の間には、気まずい空気が流れていた。

 

「なあ星、さっきの事まだ怒っているのか?」

「別に怒っていない。酷く不機嫌なだけだ」

「やっぱり怒っているではないか……。お主が厠に行っている間にメンマを食べたことは謝る!この通りだ!」

 

愛紗は星の方に体を向け、頭を下げる。しかし、星は顔を反らしたままである。

 

「いや~、ずっと残していたから、てっきり嫌いなのかなぁと思い、つい……な?な?」

 

横で鈴々も、慌てながら首を縦に振る。

 

「そうではない。大好物だったから最後に食べようと大事に取っておいたのだ」

(やれやれ……)

 

横で一刀は、ため息混じりで困り果てていた。

 

そもそも、何故こんなことになっているのかというと――――

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――時を遡る事、少し前。

 

 

旅の途中で立ち寄った、町の拉麺屋で昼食をとることにした五人。一刀と星は厠に行き、愛紗、鈴々、瑠華は拉麺を食している。

 

「ぷはぁ〜、おいしかったのだ♪」

「ふぅ、御馳走様」

「あれ?」

 

愛紗と鈴々の二人が先に食べ終えた。すると鈴々は、星の拉麺の器にメンマが残っているのを見つけた。

 

「星、メンマ残しているのだ」

「ここのメンマ、美味しいのに勿体無い」

「じゃあ、鈴々が食べるのだ♪」

「では私も」

 

二人はそう言うと、メンマを一口で食べた。

 

「そういや、星。お前、メンマ残してなかったか?」

「ああ、メンマは大好物なのでな。最後にとっておいて、万全な状態で食したいのだ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

一刀と星は厠から戻り、席に戻った。そして、空っぽの器を目にした星。

 

「ああああああああああああ!!!!!」

「「「っ!?」」」

 

顔面を真っ赤にし、絶叫。一刀と愛紗達は勿論、店内にいた店員と客も驚いている。叫び終えると、星は愛紗と鈴々をギロッ!と睨み付けた。

 

「ごふっ……ごほっ!」

「だ、大丈夫か瑠華?」

 

星の叫び声に驚き、むせてしまった瑠華。咳をしている彼の背中を優しく擦る一刀。ただただ、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして今に至る。

 

「メンマ……」

 

後ろで星が天を仰ぎ、メンマと愛しそうに呟いている。

 

「鈴々、お前が食い意地張った事をするから」

「愛紗だって食べたのだ!」

「だからそれは……」

 

互いに言い合っていると、星が冷たい目でこちらを睨んでいた。

 

「そ、そうだ!次の村へ着いたらまた拉麺を食べよう!今度は私のメンマをやるから!」

「鈴々のも食べていいのだ!」

「星。二人も謝ってるし、許してやれよ。俺のメンマもやるから」

 

横で瑠華もコクコクと首を縦に振っていた。

 

「人とメンマは一期一会。どうやってもあの時のメンマは帰ってこない……」

 

嘆くように、天を見上げながら呟く。どうする事も出来ず、四人は深いため息をついた。

 

 

 

気まずい空気のまま、道を進むと二手に別れた道に辿り着く。

 

「分かれ道か。どっちに行ったものかなぁ〜」

「………」

「うぅ……」

 

愛紗が大声で言うも、星は知らんぷりのままである。

 

「こんな時は鈴々にお任せなのだ!」

「どうするの?」

「こうするのだ!」

 

瑠華が聞くと、鈴々は蛇矛を立て、両手を合わせて念を送る。すると、蛇矛は右へ倒れた。

 

「あっちなのだ」

「はいはい。それじゃ、そちらへ行ってみるか〜」

 

またも大声で言うが、星は相変わらず、そっぽを向いたままである。

 

その状態のまま、しばらく歩いていると、うっすらと霧が出てきた。

 

「霧が出てきたな」

「どんどん濃くなっていくのだ」

「まったく、“切りがないな”。なんちゃって〜……」

「「「………」」」

 

愛紗が咄嗟に言ったダジャレ。

 

思わず、三人は絶句。一瞬、ヒヤッとした感覚に見舞われた。星は相変わらず無言のままである。

そうこうしている内に、段々と霧が深くなっていく。視界の先が薄らと白くなっていく。

 

「まずいな、これだと道が外れても分からないぞ」

「待て鈴々、一人で先に行くな」

「あれ、星はどうしたのだ?」

 

先に行く鈴々を止めると、星がいないことに気づく。

 

「星、いるのか?どこにいる?いつまでも怒っていないで、返事をしてくれ」

 

愛紗が叫ぶが、返事がない。

 

「いかん……どうやら星とはぐれたようだ」

「急いで探そう!」

 

四人は霧の中を探し始める。

 

「お~い、星!どこなのだ〜!」

「返事してくれ〜!」

「星〜!」

「星!どこにい――――きゃあ!!」

「愛紗っ!?」

 

突然の悲鳴に、他の三人は動きを止める。

 

「みんな、足下に気を付けろ。崖になっているぞ。」

 

どうやら無事の様だ。

三人は足下に注意しながら、愛紗の元へと駆け寄る。

 

「愛紗、怪我はないか?」

「ああ、大丈――――くっ!」

「どうした?」

「……足を、挫いてしまったようだ」

「ええっ!?どうしよう……」

「この霧じゃどうにもならない。下手に動くよりも、しばらくここでじっとしていよう」

 

一刀の提案で、霧が止むまでその場に留まる事にした。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その頃、

 

「メンマ…………………あれ?」

 

周りをキョロキョロと見渡す星。真っ白い霧に覆われている森林の中。

 

星は完全に迷子になっていた……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その場で霧を凌いでいた一刀達。しばらく経ち、霧が薄れ始めた。

 

「大分、霧が晴れてきたな」

「あ、あそこに家があるのだ」

 

鈴々が指を差した方向。大きな山の麓に、屋敷があるのが見える。

 

「助かった。あそこで少し休ませてもらおう」

「そうだな。よし、それじゃ」

「え?きゃ!」

 

一刀は屈んで、愛紗を背負う。鈴々が偃月刀を持ち、瑠華が一刀の木刀を持っている。

 

「す、すみません。一刀殿……」

「気にしないでいいよ」

 

愛紗は顔を赤くしながら、一刀の背に体を預けた。

 

(まあ、これはこれでいいかな……)

 

愛紗の豊満な胸が、自身の背中に当たり、むにゅ、と柔らかな感触が伝わってくる。ただ、口にすれば只では済まされないだろう。顔を赤くしながら、山の方へと向かった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

長い階段を登り終え、漸く辿り着いた。

 

四人は門前まで行き、鈴々が門をノックした。

 

「頼も~、頼も~なのだ~」

「は〜い」

 

愛らしい声音と共に、門が開いた。門を開けたのは、一人の少女。

 

髪は金髪のショートカット。朱色のベレー帽を被っている、華奢で背の小さな少女だ。

 

「はわわっ!先生〜!」

 

一刀達を見た途端、その少女は慌てて家の方へと走っていった。屏に囲まれた小さな屋敷は、中々に広々としていた。

 

「大変です!水鏡先生!」

「どうしたのですか、朱里?そんなに慌てて」

 

少女が家に入ると、そこには知的な雰囲気を出す美しい女性がいた。机の上で筆を持ちながら、怪訝そうに訪ねる。

 

「旅の方々が来られたんですけど、ひどい怪我をされてて」

「ええ、それは大変!?」

 

宿主のご厚意により、屋敷へと案内された一行。先程の女性に、愛紗は足を診察してもらう。

 

「そうですか、それは災難でしたね。この辺りでは、急に濃い霧が出る事はよくありますから……」

 

女性は愛紗の挫いた足に薬を塗り、治療を行う。

 

「これで良し。足が治るまで、ここでゆっくりなさるといいわ。その内に、はぐれた方が見つかるかもしれないし」

「ありがとうございます」

「かたじけない」

 

一刀と愛紗は、女性に礼を言う。

 

「私は司馬徽。水鏡と号しております」

「私は諸葛亮。字を孔明と言います」

 

女性と少女が自己紹介をする

 

中でも、諸葛亮という名に、一刀は心中で驚いていた。

 

“臥竜”と評され、三国志の中では、劉備の元でありとあらゆる策を練り、蜀の成果に貢献した。その大賢人が、目の前にいる可憐な少女になっているとは。

 

「朱里、包帯を巻いてあげて」

「はい」

「世話をかけるな……」

「いいえ」

 

水鏡に言われ、諸葛亮は薬が塗ってある愛紗の足に、包帯を丁寧に巻いていく。

 

「ふぅ……できた」

「あら、随分上手く巻けたわね」

「はい。先生みたいに上手になりたくて、いっぱい練習しましたから」

「そう、偉いわね」

 

水鏡が優しく頭を撫でると、諸葛亮は擽ったそうに喜んでいた。嬉しいらしく、年相応の笑顔を見せている。

 

それから愛紗は寝間着に着替え、寝台の上で横になる。近くに設置してある木製の台。その上から布で、怪我した足を吊るしている。

 

「水鏡殿、手当てしていただいたのは有難いが、ここまでしなくとも……」

「何を言ってるんですか。骨が折れていなかったのが幸運なぐらいなんですよ?動かさないようにしないと」

 

念を押して、そう忠告する水鏡。

 

「はぁ……しかし、これでは厠にも」

「大丈夫!おしっこがしたくなったら、鈴々が厠まで連れて行ってあげるのだ」

「いえ、そんなことしなくてもちゃんと“コレ”がありますから」

「へっ?」

 

そう言うと、諸葛亮は何かを取り出した。所謂、尿瓶と言う物だ。

 

「催されたら、遠慮なく声をかけてくださいね」

「いやぁ、それはちょっと……」

 

無垢な笑顔で声をかける諸葛亮。親切心からの言葉に、愛紗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

時が経ち、夕餉(ゆうげ)の時間。愛紗は一刀に肩を貸してもらいながら、食卓へと移動した。

 

「おお!これはうまそうだな」

 

愛紗の言う通り、円卓上には豪華な中華料理がズラリと並んでいた。

 

「今日の夕食は、朱里が作ってくれたんです」

「へぇ〜、孔明ちゃんすごいな」

「孔明殿は料理も得意なのか」

「美味しそうだね」

「お口に合うといいのですけど……」

「さあ、ではいただきましょう」

 

席に座り、一刀達はそれぞれ、料理を食べ始める。

 

「お、うまいな〜」

「うむ、うまい」

「おいしいのだ〜♪」

「おいしいね」

「よかった〜♪」

 

一刀達から好評価をもらい、諸葛亮も笑顔を浮かべる。

 

「しかし、その歳でちゃんとした料理が作れるとは。それに比べて鈴々は食べてばっかりで……」

「むっ!鈴々だって料理位できるのだ!」

 

呆れた様に言われ、鈴々は怒りながら反論する。

 

「ほぅ?じゃあ、どんなものが作れるんだ?」

「お……おにぎりとか………おむすびとか………」

「鈴々、それどっちも一緒だから」

 

一刀の一言で、鈴々以外――瑠華は無表情――から笑いが起こった。

 

「な、何でなのだ?何でみんな笑うのだ」

 

鈴々はご飯を口の中にかきこみ、やけ食いする。その様子を見て、また笑いが起こった。

 

 

 

 

 

夕食を食べ終えた後、愛紗は一刀に付き添ってもらい、寝台に横になりながら窓の外を眺めていた。

 

「星の奴、無事だといいのだが……」

「星なら、きっと大丈夫さ」

「そうだといいのだが……」

「所で愛紗。さっき鈴々にあんなこと言ってたけど、そう言う愛紗は料理できたっけ?」

「えっ!?あ、えと、その〜……」

 

口ごもる愛紗を見て、一刀は何となく察する。

そこへ、風呂から上がった鈴々が部屋に戻ってきた。次は、瑠華が入っている。

 

「ふはぁ〜、久し振りのお風呂気持ちよかったのだ〜♪」

「こら、そんな格好でうろうろするんじゃない」

「そうだぞ鈴々。ほら、これ着て。頭も拭かなくちゃ、風邪ひくぞ?」

「にゃはは、ありがとうなのだ♪」

 

鈴々に寝間着を着せて、タオルで彼女の頭を拭いていく一刀。そこへ、諸葛亮がお湯の入った大きな桶を持って入室する。

 

「関羽さん、お体拭きますね?」

「何から何まで世話になってすまない」

「いいんですよ。困った時はお互い様ですから。さ、服を脱いで下さい」

(えっと、孔明ちゃん?ここに男がいるんだけど?)

 

まだ鈴々の髪を拭いているというのに。気づいていないのだろうか?

 

「あ、だがその前に……」

「えっ?」

「だからその、所謂、一つの生理現象というか、なんというか……」

「ああ!これですね」

 

愛紗の様子から察した諸葛亮。思い出した様に、尿瓶を取り出した。

 

「お、お気遣いはありがたいが、それはちょっと……」

「あ、もしかして“大きい方”ですか?」

(何だろう、この子って天然なのかな……)

 

なんの躊躇いもなく答える諸葛亮。一刀は心中でそう呟いた。

 

「いや、そうじゃなくて……鈴々」

「合点承知なのだ!」

 

愛紗に呼ばれ、鈴々は彼女を担ごうとする。

 

「頼むぞ」

「お任せなのだ」

「あの、それでしたら」

 

諸葛亮は一旦、外へ出る。すぐに戻ってきた諸葛亮。同時に、木製の車椅子の様な物を押している。

 

「おお、これは」

「私が作ったんです。足を怪我しても移動できるようにって」

「これ、君が作ったの!?すごいな……」

「これは便利だ」

 

一刀は驚き、愛紗は画期的な発明に感嘆の声を漏らす。

そんな中、鈴々だけは面白くなさそうに頬を膨らましていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、宿泊させてくれた御礼にと、一刀は裏の方で薪を割っている。鈴々は藁で出来た屋根の上で寝転び、日の光を浴びていた。

 

「“子曰く、学びて時に之を習う”」

 

諸葛亮は園庭にある椅子に座り、文学に励んでいた。読んでいるのは、春秋時代の思想家“孔子”の教えを説いた論語。

 

「“朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。人知らずして恨みず、また――――えっと……」

「“また君子ならずや”」

「はわわっ!」

 

暗読し、途中で止まってしまった。その時、後ろから急に声がした。驚きながら振り返ると、そこには瑠華がいた。

 

「ごめん、驚かせちゃって」

「い、いえ……。もしかして、月読君も書を読んだ事があるんですか?」

「え?ああ、うん……昔、ね」

 

そっと目を反らしながら、答える瑠華。

 

「もしかして、全部覚えてたり……」

「えっと……“有子曰く、その人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし。上を好まずして乱を作すことを好む者は、未だこれあらざるなり”――――だっけ?」

「はわわ……すごいです!」

「いや、覚えてさえいれば誰だって出来るし……それに、僕なんかよりも、勉学に熱心に励んでいる君の方がすごいよ」

「いえ、先生に比べたら、私なんて全然です」

 

諸葛亮は本を膝に置きながら、空を見上げた。

 

「私も、いつか水鏡先生みたいに、人の役に立てる様な人になりたいんです。その為にも、もっと勉強しないと」

「……そっか。頑張ってね。孔明なら、きっとなれるよ」

「ありがとうございます」

 

勉強熱心な諸葛亮の姿に、瑠華は思わず励ましの言葉を贈る。

 

それから、瑠華も付き添いながら、諸葛亮は更に文を読んでいく。

 

 

 

その様子を、家の窓から眺めていた愛紗。今、水鏡に足の治療をしてもらっている所だ。

 

「水鏡殿、孔明殿は本当に良い子ですね。賢くて、素直で、言うことをちゃんと聞いて」

「鈴々ちゃんも良い子じゃありませんか」

「いや、鈴々は……」

「元気で、明るくて、私は大好き。それにとっても“お母さん想い”だし」

「は?お母さん?」

 

水鏡の言葉に愛紗は目を丸くした。

 

「あら、違うのですか?私はてっきり北郷さんとの……」

「ち、違います!!鈴々は姉妹の契りを交わした仲で、一刀殿とはそんな関係ではないし!そもそも何故そんな勘違いを!?それに私は子供が出来る様な行為はまだ一度も――――」

「か、関羽さん?分かりました。分かりましたから落ち着いて…?」

 

顔を真っ赤にして、手をあたふたしながら否定する愛紗を、水鏡は何とか落ち着かせた。

 

勘違いでまたも赤くなる愛紗。漸く静まり、水鏡は諸葛亮に視線を向ける。

 

「あの子は両親を亡くし、姉妹揃って親戚の所をたらい回しになり、姉と妹とも離ればなれになってしまって……。そして、私の先生に当たる人の所で世話になっていたのですが、その人も亡くなり、私が預かることになったのです。」

「そうだったのですか……」

「最近では、あの子の性格が辛い境遇を過ごしていく内に染み付いてしまった(さが)の様に思えて……」

 

水鏡から語られる諸葛亮の身の上話。愛紗は静かに聞いていた。

そしてもう一人。薪割りが一段落終え、部屋に戻ろうとしていた一刀。彼もまた、扉越しに耳を傾けていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

次の日の朝。今日も水鏡に足を診察してもらっていた。

 

「う〜ん、腫れがあまり引いてないわね。こんな時に“サロンパ草”があればいいのだけど……」

「“サロンパ草”?」

「こういう腫れ等に効く薬草なの。それがあったら 」

「先生、それなら私が取ってきます!」

 

水鏡が困った表情を浮かべていると、諸葛亮がいきなり挙手をする。

 

「でも、“サロンパ草”は裏山の方にあるのよ?」

「大丈夫です!裏山なら先生と何回も行った事がありますし」

「そうね……。出来れば、私も一緒に行けたらいいのだけれど、麓の村の方に薬を届けなければならないし……」

 

腕を組み、暫く考え込んでいた水鏡。

 

「……それじゃ、お願いしようかしら?」

「はい!」

 

愛弟子を信じ、頼むことにした。

 

それから諸葛亮は準備を整え、ポーチを肩に下げ、出発した。

 

「足下に気を付けるのですよ?」

「はぁ~い!」

 

水鏡は出発した諸葛亮の後ろ姿を、心配そうに見つめていた。

 

後方では、一刀が周りを見渡していた。

 

「あれ?鈴々がいない……もしかして」

 

姿が見えない妹。その行く先を想定し、一刀は近くにいた瑠華を呼ぶ。

 

「なあ、瑠華」

「どうしたの?」

「ちょっと頼まれてほしいんだけど。」

「なに?」

「あのな――――」

 

屈んで、一刀はゴニョゴニョと瑠華の耳元に囁いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方、“サロンパ草”を摘みに裏山へと向かっている諸葛亮。そんな彼女の後を、草陰に身を潜めながら尾行している一人の少女がいた。

 

(あいつだけにいいカッコはさせないのだ!こうなったらあいつの後を追って薬草の所まで行ったら先回りして、薬草を摘むのだ。そうすれば……)

 

鈴々は愛紗に感謝されている所を思い浮かべながら、ニシシと笑った。

 

「はわっ!」

「ん?」

 

ふと見てみると、諸葛亮は前向きに転んでいた。すぐに立ち上がり、砂埃を払った。

 

その様子を見ていた鈴々は、口を手で覆い笑っていた。

 

「プククッ!何もない所で転けるなんてあいつとんだドジッ子なのだ♪足も遅そうだし、余裕でいけるのだ」

 

まるで獲物を狙う獣の様に、目をキラりと光らせ、笑みを浮かべる鈴々。

 

そのまま進んでいると、裏山へと繋がる長い吊り橋に辿り着く。しかし、相当古いのか、所々傷付いており、下手をすれな今にも崩れそうだ。

 

「はぅ……先生と一緒の時は平気だったけど……ううん。関羽さんの為だもの。がんばらなくちゃ!」

 

諸葛亮は意を決し、ボロボロな綱の手すりを持ち、下を見ない様にゆっくりと渡り始めた。歩く度に吊り橋の足場がギシ、ギシと軋む。

怖くない、怖くない、と自分に言い聞かせる様に呟きながら、ゆっくり歩いていく。

そして、ようやく渡り終えると、体の力が抜ける様に諸葛亮は座り込んだ。

 

「はあ〜怖かった……」

「はあ〜、やっと渡ったのだ」

 

対して鈴々は、後方にて呆れながらその様子を見ていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

諸葛亮はついに白い花が咲いている草。“サロンパ草”を見つけた。

 

「あ、あった!」

 

それは崖壁(がいへき)の、かなり高い部分に咲いていた。後から来た鈴々も、その場に到着。

 

「運動がダメダメなあいつには無理なのだ。どうせ、諦めるに違いないのだ」

 

しかし、そんな鈴々の思惑とは違い、諸葛亮は崖を登り始めた。

 

「くっ!うぅ………はわっ!」

 

華奢な体、細い手で、崖を登る。すると、不意に下を向いてしまい、恐怖のあまり顔を反らす。しかし、登るのを再開した。

勇気を振り絞り、登り続ける。

 

「何でなのだ……何であいつ、あんなに必死なのだ?」

「そりゃあ、愛紗の為だからじゃないかな?」

「にゃ!?」

 

鈴々が慌てて振り向くと、すぐ後ろに瑠華がいた。武人でもある鈴々が、全くと言っていいほど気づく事が出来なかった。

 

「な、何で瑠華がいるのだ!?」

「一刀に頼まれてね。愛紗の介抱しないといけないから鈴々と孔明の様子を見といてくれってさ」

 

まあ、頼まれなくても行くつもりだったけど……。そう心中で呟くと、諸葛亮の方に目を向ける。

 

少女は尚も、登り続けている。

 

「孔明、言ってたよ。水鏡先生みたいに人の役に立てる様な人になりたいって」

「…………」

「さっきも言ったけどさ、孔明は愛紗の為にやってるんだ。鈴々も愛紗の為に来たんでしょ?」

「そ、それは……」

「意地張ってないでさ、協力しようよ。二人とも愛紗の為にやってるんだからさ」

「うぅ〜……」

 

瑠華は何とか説得しようとするも、鈴々はまだ納得してない様子を見せていた。

瑠華もどうしたものかと、頭をかきながら思考する。

 

「うっ、もう、少しで……」

 

そうこうしている内に、諸葛亮の方は“サロンパ草”のすぐ下にまで来ていた。

急いで視線を戻す二人。瑠華と鈴々が見守る中、必死に手を伸ばす。

 

 

ついに、手が“サロンパ草”に触れた。

 

 

「きゃああ!」

「「っ!」」

 

突然、彼女の足場が崩れた。バランスを崩し、地面に向かって落ちていく。恐怖により、彼女は目を瞑った。

 

しかし、痛みは来なかった。疑問を抱きながら、ゆっくりと目を開ける。

 

瑠華と鈴々が二人がかりで諸葛亮を受け止めていた。

 

「ち、張飛さんと月読君?」

「あ、危なかった……」

「何とかなったのだ……」

 

諸葛亮の無事を知ると、二人は安堵の息を吐いた。諸葛亮は、地面に足をつける。

 

「あの、どうして……」

「ち、違うのだ!散歩のついでに通りかかっただけなのだ!」

「こんな山奥を? 」

「うっ……と、とにかく薬草を摘むのだ!」

(まだ意地張ってる……)

 

誤魔化す様に、鈴々は大声でそう叫んだ。

 

呆れながらも、瑠華は背中に携えている撃剣を取り出す。崖の上目掛け、クナイを投げる。薬草の上部分に突き刺さり、瑠華は紐を引っ張って、しっかりと刺さっているのを確認。

 

次に鈴々は紐を掴みながら、崖を登っていき、薬草を手に入れると、地面に降りて諸葛亮に渡した。

 

「ん!」

「え、でもこれは、張飛さんが……」

「お前が先に見つけたんだから、お前が手に入れたのだ!」

「は、はあ……」

「やれやれ……」

 

夕焼けに染まった帰り道、三人は歩いていた。

 

そして、吊り橋の前に来ると、鈴々が諸葛亮の前に手を出した。

 

「え?」

「ほら、手を繋いでやるのだ。そうすれば、怖くないのだ」

「あ、ありがとうございます」

 

諸葛亮の右手を鈴々が握って、橋を渡る。後方では、瑠華が見守っている。

 

「きゃっ!」

「おっと、大丈夫?気を付けてね」

「は、はい」

 

諸葛亮を咄嗟に支え、大丈夫だと確認し、また歩き出す瑠華。橋を渡り終えると、諸葛亮は不意に笑みをこぼした。

 

「……張飛さんと月読君、優しいんですね」

「にゃ!?」

「ん?」

 

諸葛亮の言葉に鈴々は顔を赤くした。

 

「か、勘違いするななのだ!べ、別にお前の為なんかじゃ……」

「照れる事ないでしょ」

「う、うるさいのだ!」

「あ、あの……」

 

瑠華と鈴々が言い合っていると、諸葛亮が会話に入ってきた。

 

「えと、張飛さんと月読君の事、真名で呼んでいいですか?」

「「えっ?」」

 

突然の事に、瑠華と鈴々は間の抜けた声を漏らす。だが、瑠華は断る事はしなかった。

 

「……ああ、僕は別に構わないよ。僕の真名は瑠華」

「瑠華、君……。なんだか、女の子みたいな名前で可愛いですね」

「そ、そうかな……」

 

可愛らしい笑顔で言われ、瑠華は恥ずかしげに顔を反らす。

 

「か、勝手にすればいいのだ!お前が鈴々の事を真名で呼んでも、鈴々はお前の事を真名では呼ばないのだ!それでもいいのなら勝手にするのだ!」

「はい、鈴々ちゃん♪」

 

そっぽを向く鈴々に対し、嬉しそうに笑顔を浮かべる諸葛亮。

 

 

 

水鏡の屋敷へと無事に帰宅。門の前で待っていた水鏡に抱きつき、諸葛亮は“サロンパ草”を渡した。

 

「水鏡先生!」

「おかえりなさい。一人でよく頑張ったわね」

「いえ、一人ではなくて、鈴々ちゃんと瑠華君の三人で摘んだんです」

 

諸葛亮が二人の腕を抱いてそう言うと、夕焼けのせいか、二人の顔はより赤くなっていた。

 

仲睦まじい様子を見て、水鏡も優しく微笑んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

〈サロンパ草〉をすりつぶした薬のおかげで愛紗の足は腫れが引いていた。

 

「うん、これでもう大丈夫。“サロンパ草”がよく効いたのね」

「いや~、水鏡殿には本当に世話になって、なんとお礼を言ったらいいのやら」

「いいのですよ。困った時はお互い様です」

「いえ!それでは、私の気が済みません!私に出来ることがあるのなら!」

 

恩返しにと、後に引かない愛紗。彼女の姿を見て、水鏡は手を止めた。

 

「――――それでは、一つだけお願いがあるのですが……」

「それは、孔明ちゃんの事ですね?」

 

部屋に入ってきた一刀が、会話に入ってきた。

 

「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……」

「いいえ……一刀さんの言う通りです。ご迷惑かもしれませんが、朱里を……あの子を旅の仲間に加えていただけませんか?」

「孔明殿を?」

「はい、あの子は以前から旅に出て見聞を広めたいと言っておりました。しかし、御存知の通り、最近は物騒な事が多くなって、いくらあの子がしっかりしていてもあの年で一人旅というのは」

「それは、確かに……」

「しかし、水鏡殿はそれでいいのですか?」

「確かにあの子がいなくなったら、ここは寂しくなります……しかし、あの子が私に言った唯一のおねだり。それを叶えてあげたいのです」

 

目尻に涙を溜めながら、そう答える水鏡。娘も同然の教え子との別れ。惜しむのは当然だ。しかし、本人の成長と希望の為にもと、水鏡は二人に頼み込んだ。

 

一刀と愛紗は顔を見合せ、そして覚悟を決める様に水鏡の方を向いた。

 

「分かりました。この関羽、孔明殿を責任もってお預かり致します」

「同じく、北郷一刀。その願い、引き受けました」

「お願いいたします」

 

水鏡は、深々と頭を下げた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、孔明は一刀の旅に加わった。 無論、きちんと話し合いをした結果である。

 

「水鏡先生〜!お元気で〜!」

 

孔明が手を振ると水鏡も手を振り、見送っていた。

 

(水鏡先生!私、頑張ります!)

 

恩師から教わった知識を武器に、“臥龍”諸葛孔明が、旅の仲間に加わった。

 

 




なんだかんだで遅くなってしまいました。

なろうの方を主に書いているので、またも遅れてしまうと思います。それからリクエストの方も応えられるかどうか、分からなくなってきました……。

これからもよろしくお願い致します。

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