真・恋姫†無双~北刀伝~   作:NOマル

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~馬超、曹操を狙わんとするのこと~

とある屋敷に設置されている、広い鍛練場。そこでは、一人の男性と、一人の少女が相対していた。得物である槍を構え、相手の出方を見る。

 

しばらくすると、少女に変化が生じた。得物を構えている手が、カタカタと震えだしたのだ。

 

「――――(すい)、お前何か隠し事をしているな?」

「な、何言ってんだよ!?あたし、今朝おねしょなんてしてな――――あっ!」

「はっはっは!そうかそうか、隠し事はおねしょか」

 

男性――――名は馬騰(ばとう)と言い、少女の父親だ。少女こと翠は、顔を赤くしていた。

 

「け、けど、何で分かったんだよ?あたしが隠し事してるって……」

「武術というものは、正直なものだ。心に(やま)しい所があれば、それが気の濁りとなって表れる」

「それじゃあ……」

「ああ。お前の構えには、心気の曇りが感じられた」

 

そう説明すると、翠は武器を構えたまま、落ち込むように俯く。

 

「どうした?おねしょの事ならそんなに気に病む事じゃないぞ」

「そうじゃないよ……。父ちゃんはあたしの構えを見て、あたしの気持ちが分かったのに……。あたしが父ちゃんの気持ちが分からなかったのが悔しくて……」

「なんだ、そんなことか。大丈夫。お前もちゃんと修行すれば、すぐに気が読めるようになる」

「本当に!?」

「もちろん」

 

暗い顔から一変、明るい満面の笑みを浮かべた。対する馬騰も、父親として優しくそう答えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「父ちゃん……あたし……いっぱい練習するから――――ん?」

 

幼い頃の夢。

翠こと馬超は、寝ぼけながら瞼を開けた。

 

「夢、か……」

「やっと起きたか」

「ん?」

 

突如、下の方から声が聞こえてきた。見てみると、部屋の床には星がいた。

 

「何で、そんなとこで寝てんだ?」

「好きでこうしている訳ではない。寝ている間にお主に突き落とされたのだ」

「ええっ!?わ、悪ぃ、あたし寝相悪くって……」

 

まさか自分が原因だったとは。

馬超は顔を赤くして、申し訳なさそうに謝罪する。

すると、星は笑みを浮かべた。

 

「何、そう謝ることではない。お返しに私もお主が寝ている間に――――いや、見たところ生娘の様だし、何をしたかは黙っておいた方がよいか」

「――――って、寝ている間にあたしに何かしたのか、おい!?」

 

舐める様に馬超の体をを見ながらそう答える星。やや乱れた寝巻き姿に、髪を下ろした姿は、異性の目を釘付けにする程の魅力があった。

思わず、赤面しながら叫ぶ馬超。

 

因みに一刀、愛紗、鈴々、月読の四人はまだ寝ていた。

 

 

 

それから少し経った後、全員が起床し、朝食をとる。

 

「いや〜、相部屋させてもらった上に飯までおごってもらって悪いな」

「気にすることはないのだ。“旅は道ずれ世は――――世は情けない”って言うし」

「“世は情け”だ。まあ、三人部屋に無理言って六人で泊まらせてもらってるのは情けないと言えば情けないが……」

 

正直、かなり無理を言っている様にも見える。

 

「武闘大会の賞金、ちゃんともらってくればよかったのだ」

「そうだよな。けど、今更のこのこ取りに行くってのもな〜」

「まあ、しょうがないさ――――ん?」

 

一刀はそう言うと、今度は月読の方へ目をやった。皿には何も盛られてなく、月読はただ座っているだけだった。

 

「どうした、月読。食べないのか?」

「えっ……いや、別に……」

「……どこか具合が悪いのか?」

「いや、そうじゃなくて……お腹が空いてないだけ――――」

 

タイミングが悪そうに、月読の腹部から、グゥ〜と腹の虫が鳴った。口はそう言っているものの、体は正直なものだ。

 

「はぁ、遠慮してたのか?」

「それは……」

「いいか?俺達はもう仲間なんだ。そんな固くなんなよ」

「う、うん……」

 

今までたった一人で過ごし、人との接触を避けていた為でもあるのだろう。

呆れた様に一刀が言うと、月読はぎこちなく頷いた。

 

「一刀殿の言うとおりだ。子供が遠慮することはない、ほら」

「………ありがとう。いただきます」

 

愛紗は笑みを浮かべながら、更に朝食を盛ると、月読に渡す。漸く、月読は食べ始めた。余程我慢してたのか、すごい勢いで口に放り込んでいた。

まだまだ育ち盛りな年頃な男の子、中々な食べっぷりである。

 

(まあ、ゆっくり慣れていけばいいかな)

「お主達、こんな話を知っておるか?」

 

一刀が一息つくと、唐突に星が語り始めた。

 

「昔、とある国の王“勾践(こうせん)”は、敵国に囚われていた時の事を忘れぬよう、寝室の天井から苦い肝を吊るし、それを嘗めては復讐の気持ちを新たにしたと言う」

「へぇ〜そうなんだ。で、それがどうかしたのか?」

「いや、特に意味はない。」

 

意味ないんかい、と突っ込みたくなる。

 

“二人”を除く全員が、呆れた様子で星を見ていた。

 

一刀はちらり、と横目で月読を見る。月読は聞いているのかどうかは分からないが、黙々と食事をし、モグモグと咀嚼している。こうして見ると、どこにでもいる普通の男の子だ。

 

しかし、その心の内には、とてつもない“憎しみ”を抱いている。

 

その事を知っている一刀は、複雑な心境だった。

 

 

全員が朝食を食べ終える。すると、鈴々が急に立ち上がった。

 

「よぉ~し!月読、遊びにいくのだ〜!」

「ええっ、ちょ、ちょっと!?」

「おいおい、待てって!」

 

突然、鈴々は月読の手を引いて外へ出た。流されるままに連れていかれ、馬超も慌てて追い掛ける。

 

「やれやれ」

「あれ?愛紗、てっきり叱るのかと思ったけど」

「いえ。今回はまあ、いいと思いまして」

「……愛紗、月読の事なんだけど――――」

 

月読の事を告げようとすると、愛紗は手を前に出し、口を止める。

 

「分かっています。赤銅山の時の子でしょう?」

「分かってたんだ」

「まあ、あの“金色の眼”はそうそう忘れませんからな」

 

壁にもたれていた星も気づいていたらしく、話に加わってきた。

二人はお見通しだったらしく、一刀は拍子抜けする。

 

「それにしても、二人共よく受け入れてくれたね」

「拒む理由がありませんからね」

「うむ、その通り」

「それに、何故かあの子をほっとけなく思えて……」

 

愛紗は頬をかきながら、苦笑いで答えた。鈴々の時もそうだが、彼女にはこういう面倒見の良い所もある。

 

「でも、二人が受け入れてくれてよかったよ」

「ええ、まあ……」

「フフッ」

 

笑顔で答えると、愛紗は照れくさそうにし、星は腕を組んだまま笑みを浮かべていた。

 

「さて、それじゃあ、俺も鈴々達と一緒に――――」

「「お前は働け」」

「ですよね、はい」

 

乗じてさぼろうとしたが、そうは問屋が卸さない。愛紗と星の切れ長の瞳が鋭さを増し、一刀を射抜いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

冀州の町中、曹操率いる軍勢が賊の一団を捕らえ、袁紹の屋敷へと向かっていく。その最中、馬に誇りながら、一人考えに耽る曹操。

 

(残りの賊五十人、一体誰が?)

 

後方にある、木製の牢屋――数十人が入れる程の大きさ――に目を向けた。そこには、捕縛した賊達が入れられていた。

合計で二十数人。後は全員討伐された。

半分は曹操軍が制圧した賊だが、もう半分は違う。

今朝、村へ着いた時には、残りの賊五十人は全員打ちのめされていた。村人達に聞いた所、たったの二人組が討伐したという。一人は茶髪で白く輝く服を着ている青年。もう一人は瑠璃色の髪で、金色の眼をしている小さな少年だと。

 

(不思議な事もあるものね)

「華淋様」

「何、春蘭?」

 

物思いに耽っていると、横から自分の部下である夏候惇が控えていた。

 

「どうかなさいましたか?」

「ええ、賊五十人を討伐した二人組の事を考えていたのよ」

「賊五十人をたった二人で……相当の手練れかもな、秋蘭」

「そうかもな、姉者」

 

秋蘭と言われた女性はそう言った。

白に近い水色の髪で顔半分が前髪で隠れており、夏候惇と対照的な青い服を着ている。名を【夏候淵(かこうえん)】真名を【秋蘭(しゅうらん)】と言う。

 

「まあ、出会えるとは限らないけどね」

 

曹操はそう言うと、前を向いた。

 

 

 

曹操軍の隊列を、遠くから眺めている一人の少女。

 

「うにゃ、何なのだ?」

 

鈴々は月読、馬超の二人と歩いていると目の前に人だかりができているのを見つけた。

人混みを抜けると、そこには一つの軍隊が、町の中央を横断していた。

 

「あっ、曹操なのだ!」

「ちょ、ちょっと!?」

「っ、曹操……!?」

 

鈴々は月読の手を引いて、曹操の方へ向かった。

 

馬超はというと、曹操の名を耳にした途端、目を大きく見開いた。

 

「こんにちはなのだ!」

「お前は、この前の……」

 

鈴々が大きい声で挨拶をすると、曹操は気づき、馬を止めた。

 

「今日はあの黒髪の者は一緒ではないのか?」

「愛紗はお仕事中なのだ」

「ほう、あの者は愛紗というのか」

「愛紗は真名で、名前は関羽というのだ」

「そうか――――ん?」

 

すると曹操は、鈴々の横にいる月読に目を向けた。

 

「その者は?」

「鈴々の友達で、月読なのだ」

「月読、です……」

「…………」

 

月読はペコリと一礼し、挨拶をする。対する曹操は、目を細めてじっと見つめていた。

 

(瑠璃色の髪、金色の眼、まさかこの子が……?)

「あの、なにか……?」

 

心の奥を見透かされる様に凝視され、月読は居心地が悪くなる。気まずそうに聞くと、曹操は口を開いた。

 

「あなた、もしかして――――」

「曹操!覚悟っ!!」

「っ!!」

 

突然、馬超が曹操軍の兵士から奪った槍を手に、曹操目掛けて上から突撃する。

 

「なっ!?」

「くっ!」

 

しかし、咄嗟に夏候惇が武器である大剣で馬超の攻撃を防ぎ、夏候淵は曹操を抱えて回避した。

 

二人の迅速な対処に驚きつつ、馬超は槍を構え直す。

「何奴!?」

「西涼の馬騰が一子(いっし)、馬超推参!!」

「なっ!?」

 

夏候惇は驚いた表情を浮かべ、曹操も表情に微かな変化が生じる。

 

「父の敵、執らせてもらうぞ!!」

「やめるのだ馬超!」

「ちょっと待った!」

 

突然、前から鈴々が馬超の首にぶら下がり、後ろからは月読が馬超の腰に両手で抱きついた。抵抗するも、二人は必死に食い止めていた。

 

「おい、離せ!お前ら!」

「ダメなのだ!喧嘩は良くないのだ!」

「なんだかよく分かんないんだけど、とにかく落ち着いてっ!」

 

馬超は二人を引き剥がそうとするが、中々離れない。

 

「何をしている!早く引っ捕らえよ!」

 

夏候淵の言葉に、我に帰った兵士が馬超を包囲した。

瞬く間に包囲される。気づいた時には、四方八方から槍を突き付けられていた。馬超は顔を悔しそうに歪めながら、舌打ちをして動きを止めた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一刀、愛紗、星の三人はいつも通りバイトに励んでいた。一刀は、飲食店で。愛紗と星はメイド喫茶で働いていた。

 

「「お帰りなさいませ、ご主人――――」」

 

いつも通りの台詞を言おうとしたら、二人とも急に止まった。二人の目の前に、男性ではなく女性がいたのだ。

女性――――夏候淵は鈴々を右に、月読を左という風に脇に抱えていた。

 

「私は夏候淵。ここに関羽という御仁がいると聞いたが」

「こいつらひどいのだ!馬超がいきなり斬りかかったら、怒って馬超を捕まえちゃったのだ!」

「……お主の説明では、相手はあまり悪くないように思えるが」

「そりゃそうだよね」

 

とにかく、事情を説明してもらわなければならない。五人は、店の控え室に向かい状況を理解した。

 

「成程、そうでしたか。分かりました。馬超は私の妹分の友。このまま捨て置くわけにもいきません。とりあえず、会って話をしてみましょう」

 

そう言うと愛紗は、鈴々の方を向いた。

 

「私は、曹操殿の所へ出向いて馬超に会ってくる。鈴々は星と月読、一刀殿と一緒に宿に戻っていてくれ」

「どうしてなのだ!?鈴々も行って、馬超を取り戻すのだ!」

「短気なお主が一緒では、纏まる話も纏まらなくなるだろう。ここは愛紗に任せよう」

「でもっ!!」

「鈴々、私を信じろ。馬超は必ず取り戻す」

 

微笑みながら、妹の目を見てそう誓った。やや不安な表情を浮かべながら、鈴々はコクリ、と頷いた。

 

「……分かったのだ」

「うむ、月読も留守番を頼んだ」

「うん。関羽も気を付けてね」

「ああ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

冀州の町から少し外れた場所。野営している曹操軍の一つの天幕。その中には、木製の簡易牢屋――一人サイズ――があった。

その中に、馬超は踞りながら、じっとしていた。そこへ、夏候惇に連れられた愛紗がやって来た。

 

「――――馬超」

「……関羽」

「話は聞いた」

「はは……あたしとした事が、頭に血が昇りすぎてドジ踏んじまった。まさかあんな所で出くわすなんて思ってもみなかったし、おまけに張飛と月読が邪魔しやがるから」

「お主、何故、曹操殿を殺そうなどと……」

 

自嘲気味に笑いながら、馬超は話した。いつもの元気な様子は見られず、とても弱々しく見える。

愛紗の質問を聞くと、馬超は顔を怒りに歪める。

 

「曹操は……我が父を――――あたしの父ちゃんを殺したんだ!!しかも、卑劣極まりないやり方で……!!」

 

告げられたその言葉に、愛紗は大きく目を開き、驚愕した。

 

 

 

 

 

それから夏候惇に連れられ、曹操に謁見する愛紗。

 

「華淋様。関羽殿が参られました」

「通しなさい」

 

天幕の中に入ると、曹操が玉座に座っていた。

 

「意外だったわ。こんな形であなたと再会するなんて」

「曹操殿。単刀直入にお聞きするが、馬超をとうなさるおつもりです?」

「もちろん、斬るわ」

「っ!そんな……」

 

愛紗の質問に、曹操はなんの躊躇いもなく言い放った。

 

「理由はどうあれ、この曹操の命を狙ったんですもの。それなりの報いは受けてもらうわ」

「いや……だが……」

「官軍の命を狙ったのよ?無罪放免というわけにもいかないでしょう」

「それはそうだが……曹操殿!馬超の命、なんとか救って頂くわけには参らぬか?」

 

必死に懇願する愛紗。すると、曹操はにやりと笑みを浮かべた。その言葉を待っていた、と言わんばかりに。

 

「関羽。そこまで馬超を助けたいのなら、私と取引しない?」

「取引?」

「そう――――今夜一晩、私と(ねや)を共にするの。そうすれば馬超の命、助けてあげてもいいわ」

 

予想だにしない発言に、思わず愛紗は赤面する。

 

「な、何をバカな……!」

「初めて見た時から、あなたの艶やかな黒髪、手に入れたいと思っていたの。そして私は、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる」

「ひ、人の命が懸かっているのに、そんな(たわ)けた事――――」

「そう、あなたの気持ち一つで人の命が救えるのよ」

 

その言葉に愛紗は言葉を詰まらせる。友を助けるために、自分を……。

 

 

 

不意に、仲間である“青年”の顔が脳裏を過った。

 

 

 

拳を握りしめ、俯く愛紗。そして、悩みに悩んだ結果――――

 

「本当に、一晩閨を共にしたら、馬超を助けてくれるのだな?」

「ええ、約束するわ」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

とある天幕の寝室。天蓋付の寝台に、愛紗は横になっていた。シーツの下は、生まれたままの姿で。

羞恥からか顔は真っ赤に染まり、心臓の鼓動が、耳の中で煩く木霊する。

すると、寝室に曹操がやってきた。曹操は上着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になると、愛紗のいる寝台に入っていく。布の擦れる音と共に、愛紗に覆い被さる。

 

「あら、そんなに怖がらなくてもいいのよ?」

 

初々しい反応を見た曹操は笑みを深める。自分の物になる。そう思うだけで気分が高揚する。

そしてゆっくりと、愛紗に顔を近づけていく――――その時、頭上から黒い影が落下してくる。天井に張り付いていた刺客は、短剣を手にしていた。

 

「っ!!」

「何!?」

 

二人に危険が迫る――――瞬間、横から大きな影が突撃してきた。

 

「うおおおお!!」

「ぐあっ!」

「っ!?」

「一刀殿!?」

 

一刀は横から飛び出し、その隠密めがけて体当たりを繰り出す。端まで飛ばされ、一刀と刺客はゴロゴロと地面を転がる。

 

「く、くそっ!」

「待てっ!」

 

不利と判断し、刺客は去っていく。一刀もその後を追いかけていった。

 

「賊だ!出合え!」

 

曹操の号令が、その場に響き渡った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「春蘭、賊の方は?」

「はっ、申し訳ありません。取り逃がしてしまいました」

「そう……」

「一刀殿、一体どうしてここに?」

「星から事情を聞いたんだ。そしたら、いてもたってもいられなくなってね。でも、探すのに苦労してね。だけど、なんか怪しい氣を感じて、行ってみたらこうなったって訳」

 

刺客の内にある微弱な氣、それに殺意が加わっていた為、何とか感知する事が出来た一刀。

愛紗にそう説明すると、後ろから声をかけられた。

 

「ねぇ、あなた……名前は?」

「えっ?ああ……俺は北郷 一刀と言います」

「一昨日、村で賊と遭遇しなかった?」

「一昨日?う〜ん……」

 

神妙な面持ちで語りかける曹操。一刀は腕を組み、暫し考える。すると、ハッと何かを思い出したか、手をポンと叩く。

 

「確かに、村が賊に襲われている所に遭遇して……」

「賊は何人位いたの?」

「何人って言われてもな〜。数えてはいないけど、ざっと五十人位かな?でも、ほとんどは俺の仲間がやってくれたけど」

(茶髪に、白く輝いた衣服……)

 

上から下まで、品定めする様に一刀を観察する曹操。無言が数分程続いた後、息をつきながら、成程と頷いた。

 

「どうやら、借りが出来ていたそうね……」

「え?」

「興が覚めた。あなたには命を助けられたしね。褒美として、馬超の命は助けるわ」

「本当か!?」

「よかった……」

「但し、私はまだあなたの事を諦めた訳ではないわ。その美しい黒髪、必ず手に入れてみせる。春蘭、馬超を引き渡してあげて」

「畏まりました」

 

何とか事なきを得た様だ。主の命に従い、夏候惇は一刀と愛紗を連れて天幕を出る。天幕には曹操一人となった。

 

(――――ついでに……あの男も頂こうかしら?)

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

夏候惇に連れられている間、一刀は愛紗から馬超の事を聞いた。 何故、曹操の命を狙ったのか、その理由を。

 

「そんなことが……」

「ああ――――夏候惇殿、一つお聞きしたい事があるのだが」

「私に答えられる事なら、何なりと」

「曹操殿が馬超の父上を手にかけた、というのは、本当なのですか?」

 

すると、夏候惇は急に立ち止まり、少しため息を吐いた。

 

「……北郷殿、関羽殿。今から私は独り言を言う」

 

その言葉に怪訝に思いながらも、一刀と愛紗は真剣な面持ちで話を聞く。

 

「あれは、今から数年前。都で何進大将軍の屋敷に招かれた時の事であった――――」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

大将軍、何進の屋敷内にある宴会場には、高貴な人々が椅子に腰掛け、豪華な食事を楽しんでいた。中央の玉座には、銀髪で露出の多い服を着ている女性――――何進が寛いでいた。

 

「曹操」

「何でしょう?」

「妾はそなたの事を知謀の氏と思うていたが、聞けば剣の腕も中々の者だとか」

「恐れ入ります」

「どうじゃ?この中の誰かと立ち合うてその腕を見せてはもらえぬか?」

「大将軍の仰せとあらば」

 

曹操は立ち上がり、辺りを見回す。他の人々は、全員下を向き目を合わさない様にしていた。曹操の実力ははこの場にいる誰もが知っている。かの大将軍の目前で負け恥を晒す訳にはいかない。

 

そんな中、招待客の一人である馬騰は、構わずに酒を楽しんでいた。そして、何進の目に止まってしまった。

 

「馬騰殿、如何であろう?」

「ん?お望みとあらば――――」

「お待ち下さい」

 

指名され、馬騰が立ち上がろうとすると、曹操は手を前に出して呼び止める。

 

「お見受けした所、馬騰殿はかなり酔いが回られているご様子。座興とはいえ、剣をお取りになられるのは……」

「何のこれしき、飲んだ内にも入らぬ――――おっとと!」

 

曹操の制止を無視し、立ち上がろうとするも、よろけて尻餅をついてしまった。体は正直で、曹操の言う通り酔いが回っている様だ。それを目の当たりにした他の客達は、忍び笑いを浮かべる。

 

「どうやら曹操殿の言うとおり、馬騰殿は少し酔われている様じゃの。無理はせぬ方がよかろう」

「くっ……!」

 

万座の中で恥をかいたのを紛らわす為か。その後、馬騰は浴びる様に酒を飲んだ。そして宴の後、供も連れず一人で帰途についていたのだが、その途中で落馬してしまい――――

 

 

そこを偶々、夜間の警備をしていた夏候惇の一隊が見つけた。落ちた時に頭を強く打ったのだろう。当たり所も悪く、既に虫の息だった。

 

 

 

「酔って馬から落ちて死んだ等とは武門の恥……この事は、内密にしてもらいたい――――」

 

 

 

馬騰が夏候惇に残した、遺言である。

 

 

 

「その場にいた者には固く口止めしたのだが、どこかで見ていた者がいたのか、暫くすると妙な噂が……」

「妙な噂?」

「我が主が、恥をかかされた腹いせに馬騰殿を襲わせたと」

「どうしてそんな……」

「我が主は……その、少し誤解されやすい所があって。こうした事があると、口差のない者が勝手に悪い噂を立てるのだ。恐らくは馬超もそれを鵜呑みにしたのだろう」

「しかし、それなら何故真実を明らかにせんのだ?」

「私も何度かそう申し上げたのだが、我が主は“西涼にその人ありと言われた馬騰程の武人が最後に口にした頼み。聞かないわけにはいかない”と」

 

最後まで武人としてあり続けたいと願う馬騰の言葉を、曹操は守っていた。一刀は、その器の大きさに驚いていた。

 

「それに父の武勇を誇りに思う子に、父のそんな死に様を知らせたくはなかったのかもしれん。いや、これはあくまで私の勝手な想像なのだが……」

「しかし、それでは曹操殿が……」

「そういう人なのだ、あの方は……」

 

寂しげに呟く夏候惇。すると、口を閉ざしていた一刀が、漸く開口する。

 

「夏候惇さん」

「何か?」

「今の独り言、馬超の前でもう一度言ってくれないか?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

真実を聞かされ、馬超は木製の牢に拳をぶつけた。

 

「そんなっ!父上が……あたしの父ちゃんが……酔って馬から落ちて死んだなんて………!!」

 

殴られた牢はへし折られ、馬超は動揺を隠せずにいた。

 

「馬超、曹操さんは馬騰さん。そして君の事を思って、黙っていたんだ。武人としての馬騰さんの気持ち、それを尊重して自ら悪評を背負ったんだ。立派なものだよ」

「しかし、そのためにお主が曹操殿に怨みを抱き、その命を狙うことになってはかえってお主のためにもならな――――」

「嘘だ!曹操の手下の言うことなんか信じられるか!」

 

二人の説得を遮り、馬超は夏候惇を睨みつける。

負けじと、夏候惇も眉を潜ませる。

 

「ほう……それでは私が偽りを言っていると?」

「夏候惇さん、馬超は取り乱しているんだ。馬超、君の気持ちも分かるけど少し落ち着いて――――」

「触るな!大方お前らも曹操に丸め込まれたんだろ!?うまく事が運んだら召し抱えてもらう約束でもしたか!?」

 

手を振り払い、怒りを露にする馬超。愛紗は痛々しく顔を曇らせ、一刀も閉口してしまう。

 

(駄目だ……かなり氣が乱れてる)

「馬超!立って武器を取れ!」

 

突然、後方から夏候惇が怒気を含んだ声で叫んだ。

 

「夏候惇さん!?」

「私も武人!嘘つき呼ばわりされては黙って引き下がれぬ!」

「望むところだ!」

 

有無を言わさず、二人は天幕の外に出た。一刀と愛紗が呼び止めようとするが、二人は聞く耳をもたない。

 

馬超は槍を。夏候惇は得物である幅広の剣【七星餓狼(しちせいがろう)】を構えている。

 

月夜に照らされる中、両者共、ピクリとも動かない。

 

すると、馬超の腕が微かに震えていた。

 

(何だ、こいつ?全く隙がない……まるで――――)

 

ふと、尊敬する父の言葉が、頭を過る。

 

「武術というものは正直なものだ。心に疚しい所があれば、それが気の濁りとなって表れる」

 

相対する夏候惇。その姿に、一切のぶれがない。

 

その瞬間、馬超は力が抜けた様に、膝から崩れ落ちた。

 

「それじゃあ、やっぱりこいつの言ったことは本当で……父ちゃんは……!」

「夏候惇さんに気の濁りがないことに気がついたんだな」

 

馬超はうん……と頷き、一刀は馬超に近寄って頭を撫でた。 優しく、温かい感触。それに触れ、馬超の目尻に涙が溜まる。

 

「う、うわああああああ!!」

 

馬超は一刀にしがみつき、子供の様に泣き出した。溜まっていた思いを、全て吐き出すように。

これで彼女の悲しみが軽くなるのであれば、捌け口にでもなんでもなってやる。

一刀は引き剥がす事はせず、そのまま泣き止むまで頭を撫で続けた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌日、宿を後にした一行は、二つに分かれた道にいた。

 

「それじゃあ、ここでお別れだな」

「せっかくお友達になれたのに残念なのだ」

「やっぱり、一度西涼に戻るのか?」

「ああ、故郷の連中に本当の事を教えてやんなきゃならないから」

「そうだな、それがいい」

「北郷、関羽。あんた達には色々世話になったな」

「気にしなくていいよ」

「それほどでもない」

「それと……」

 

恥ずかしげにする馬超は、一刀と愛紗の手を取り、他の者達と距離をとる。

 

「あたしが泣いたこと、秘密にしておいてくれよ」

「ああ、分かったよ」

「もちろんだ」

 

照れ臭そうにする馬超が小声で言うと、一刀と愛紗は承諾した。

 

「じゃあな!」

「またなのだ〜!」

 

馬超は手を振りながら、走っていった。鈴々も元気に手を振った。

 

「友との別れだと言うのに、随分ニコニコしているな」

「人は別れ際に相手の顔を覚えておくものだから、馬超には鈴々の笑顔を覚えてほしいのだ」

 

一刀達は、鈴々の言葉に優しい笑みを浮かべた。一方で、月読は様子を黙って見ていた。

 

「笑顔、か……。張飛は友達が多いんだね」

「そうなのだ。後、月読も友達なのだ。だから鈴々の事は鈴々でいいのだ」

 

えっ?と、月読は目を丸くする。真名の意味は、月読も知っている。だからこそ、そんな大事なものを自分なんかに託していいのか?そう思ってならない。

 

「うむ、そうだな。私の事も、愛紗でいいぞ?」

「私は星だ」

「いや、でも僕……」

 

こうして真名を預けてくれるのは、素直に嬉しい。だが、月読は顔を俯かせた。自分には信頼の証とも言える真名がない。何も、報いる事が出来ない。自分には、“月読”という名前しかないのだ。

 

「言っとくけど、俺も真名はないぞ」

「え、そうなの?」

「うん――――あれ?でもここでは【一刀】がそうなるのか?」

「………あるんだ」

 

ぼそっと呟くと、そっぽを向く月読。それを見た一刀は、どうしようかと腕を組む。

 

「……よしっ、分かった!じゃあ、俺が真名を付けてやる」

「えっ!?」

「えっと、嫌か?」

「それは、その……」

 

戸惑いを隠せない月読。出会って間もない筈なのに、どうしてこうも簡単に自分に心を許しているのだろうか?

不思議でしょうがない。今まで、信じるという事が出来なくなっていた自分にとって、不可解な事ばかりだ。

 

(でも……この人達なら……)

 

どこか、心が安らぐ。自分に向けてくれる優しい微笑みを見て、嬉しく感じてしまう。

 

何より、自分を受け入れてくれた青年――――一刀も、こうして真剣に自分と向き合ってくれている。今すぐ分かち合う、とまではいかない。でも、いつかは……。

 

「――――うん、お願いするよ」

「おう、任せとけっ!」

 

この人になら付けてもらってもいい。そう思い、承諾した。

 

それからと言うもの、一刀は思考に浸る。名付けを申し出たのだ。きちんとした名前を付けてやらないといけない。

とはいえ、中々これといった物が出てこない。

 

「う~~ん………ん?」

 

閉じていた目を開く。その視界に、一輪の花が写っていた。野原の中で、たった一つだけ、そこに咲いていた“瑠璃色の花”。何ていう花だろう?と、何気なく思っていた。

その瞬間、何か閃いたのか、顔を上げる一刀。みんなが待つ中、口を開いた。

 

「名を月読――――真名を【瑠華(るか)】ってどうかな?」

「【瑠華】……」

「綺麗な瑠璃色の髪で、華の様に可愛いから瑠華。気に入らなかったかな?」

「………ううん。ちょっと恥ずかしいけど……その真名、気にいったよ」

 

月読、改め【瑠華】は、満面の笑みで答えた。余程嬉しかったのか、何度も小声で呟いている。一刀もほっと息をつき、笑顔で瑠華の頭を撫でる。

 

「では、改めてよろしく頼む、瑠華」

「よろしくなのだ、瑠華♪」

「ふっ、よかったな瑠華よ」

「うん。一刀、愛紗、鈴々、星、よろしく」

 

瑠華は信頼の証とも言える仲間の真名を呼び、改めて“仲間”になった。

 

 

こうして、五人は旅に出発した。

 

 

 

 

五人が去った後、その場に咲いていた瑠璃色の花。

 

名を、“瑠璃溝隠(るりみぞかくし)”という。

 

花言葉は“謙遜”、“譲る心”。

 

 

 

そしてもう一つ――――“悪意”

 

 




【臥薪嘗胆】―がしんしょうたん―

将来の成功の為、苦労に耐えること。
“臥”はふし寝る事、“薪”はたきぎ、“嘗”はなめること、“胆”は苦いきも、という意味。
古代中国にた、敗戦の恥により、仇を討とうと、自分自身に苦労を重ねること。

何気なく聞き流していたのですが、星の言ってた事はこういう事だったのか、と今更ながら思いました。本当かどうかは分かりませんが。

次回もよろしくお願い致します。

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