それでは、どうぞ!
【序章】
「はぁ…はぁ……!」
雷が轟き、豪雨が降り続ける。
酷い嵐の夜、暗い森の中を、黒い外套に身を包んだ女性が走っていた。雨露で体が濡れ、所々傷だらけで何かから逃げている様だ。胸元には、綺麗な鏡を両手で抱えていた。落とさぬよう、大事に持っている。
「何とか…逃げないと―――」
「見つけたよ」
「…っ!?」
懸命に走っている時に、横から声がした。突如、現れた黒マントの男。顔には、道士の紋章をした白と黒が混じった仮面を被っている。男はいきなり手から黒い棘を突き出し、女性に攻撃してきた。
「がはっ……!」
棘が女性の胴体を突き刺し、女性は鏡を抱えたまま、滑るように横向きに倒れた。致命傷を与えられた女性は痛みに耐え、顔を歪ませる。
「がっ、はぁ…はぁ……!」
「やっと追い付いたよ。あまり手間を掛けさせないでくれ………おや?」
男が話していると、その場に三人の男達が突然現れた。こちらも同様に黒のローブで身を包んでいる。どうやら、三人は黒マントの男の仲間の様だ。
「君たち、遅いよ?」
「すみません、この女にしてやられまして」
「フン!よくも邪魔を!」
「マッタクネ」
四人の男達は、女性を囲みながら言った。
(ここで、倒れる訳には……!)
歯を噛み締め、立ち上がろうとする。しかし激痛が走り、体が思うように動かない。刺された部分から血が溢れ出ており、外套が赤く滲んでいた。
「やれやれ…まあ、いいか。どう抗おうと僕たちの計画の邪魔はさせないよ?」
仮面の男は泥にまみれた地面を踏み、女性に近づく。右側の裾から鋭利な棘が突出。それを逆手に持ち替え、ゆっくりと振り上げた。
「じゃあね」
突き刺そうとしたその時、女性が持っていた鏡が輝きだし、光を放った。目を突き刺す様な目映さに、男達はたじろいでしまう。
「くっ!」
「こ、これは!?」
「なっ何を!?」
「ウ、ウゥ!」
「っ!今しかない!」
黒マントの男達が光に怯んでいる隙に、女性は鏡に手をかざした。すると、鏡は一瞬だけ輝きを増し、渦巻くように消えていった。
「なっ!?」
「き、貴様!!」
「はぁ…はぁ…こ、これで…私の役目は、終わった……」
未だにズキズキと痛む傷を押さえ、女性は立ち上がる。だが、膝は微かに震え、押さえている手の隙間から、鮮血が雨水と混じってポタポタと滴る。
「おのれ~!」
「オマエ、コロス!」
怒りに震える男達。攻撃しようとしたその時、女性の体が弱く光り出し、段々と薄れていく。
「……どうやら、ここまでのようですね。一つ、予言をしましょう」
「何?」
「予言、だと?」
「ええ、そうよ…」
息も絶え絶え、正に満身創痍の状態。女性は体が薄れてゆく中、静かにこう告げた。
「この世界に……一本の刀を、携え…光り輝く服を身につけた、天からの使者が降り立ち………邪悪なる野望を……打ち砕き………平和を、もたらす……」
黒マントの男達は無言で、口を挟む事なく耳を傾ける。
「あなた達の、思い通りなんかには……させない……!」
彼女を包む光が強くなっていき、体が更に薄れてゆく。
(私自身、どうなるか…分からない―――でも!)
女性は何かに抗うように、空を見上げた。フードの下から見える澄んだ瞳は、暗雲に強く向けられていた。
(お願い……この世界を、救って………)
一筋の涙が頬をつたい、女性は前向きに倒れる。
そして跡形もなく、光の粒子となって消滅した。
その場には、四人の黒マントの男達だけになった。
「くそッ!あの女、やりやがった!」
「せっかく苦労して手に入れた神器、“
「ア~ア、ヤレチャッタネ~」
「どうする!?」
「…………」
「おい、なんか言えよ!葛玄!」
「ふむ……」
葛玄と呼ばれた男は腕を組み、何かを考えていた。こちらの問いに答えない彼に、業を煮やす青年。
「聞いてんのか!」
「まあまあ、少し落ち着いて下さい。左慈」
「于吉!てめぇは黙ってろ!」
「騒いでも仕方ありません。それにあんな予言ただの負け惜しみですよ。そんなことあるわけが――――」
「どうだろうね?」
「え?」
葛玄は女性が言い残した、あの予言について疑問を抱いていた。
(あの女が予言した天からの使者……もし本当にそうだとしたら……)
葛玄はそう考え終えると、口を開いた。
「本当かどうか分からない。けど、用心に越したことはない」
「では、どうするのですか?」
「我々の脅威になるものであれば、計画の妨げになる。現にもう我々に牙を向いているのもいるしね」
葛玄はそう言うと仮面を取った。黒フードを被っており、暗くて顔はよく見えないが、彼の顔には大きい×字の傷が深く刻み込まれていた。
「ああ、あの子ですか…」
于吉がそう言うと、葛玄は仮面を被り直した。
「別行動を取ろう。僕は引き続き“アレ”の監視を続ける。于吉は、例の書物の捜索を」
「分かりました」
「俺はどうすればいい?」
「左慈君は蟇蝦と共にこの場所へ向かってくれ」
葛玄は、左慈に一枚の古びた地図を渡した。
「ここは?」
「名を【桃花村】この村の太守の屋敷のどこかに“アレ”の欠片があるんだ。それを探して入手してきてほしい」
「確かなのか?」
「ああ、噂で耳にしたし、“アレ”がこの村のある方向を見つめてたからね」
葛玄がそう答えると、左慈は地図を懐に入れる。
「……分かった。行くぞ、蟇蝦!」
「アイヨー」
左慈と蟇蝦は一斉に飛び上がり、森の中へと去っていく。
「では、私も失礼します」
そう一礼すると、于吉は透ける様に消えた。
葛玄は三人が行動に移したのを確認し、
「―――管輅め…………」
恨み、苛立ち、或いは忌々しい程の憎悪を込めて呟き、渦巻くように姿を消した。
後の話も、多少の修正を加えてから、投稿致します。
これから、よろしくお願い致します。
それでは!