さよなら、しれえ   作:坂下郁

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 戦後まもない頃、人間不信に陥った鈴谷が出会った一人の人物。


第八話 抜錨

 唐突に戦争が終わった日、鈴谷には何が起きたのか分からなかった。だって営倉に入れられてたんだよ! 今思い出しても……ほんとあったま来る。鈴谷のいた鎮守府の提督は、顔は確かにイケてた。でもね、だからって『割り切った関係』なんて冗談でしょ、キモッ! あんまりにもしつこいから、思わずビンタしちゃったら、即けんぺーさんが飛んできて営倉入り。ちょ、ちょっと、逮捕する相手間違ってるんですけどっ!!

 

 戦争が終わったら終わったで、外地からの復員、私達艦娘の武装解除と退役、関連するいろんな手続きとか、みんなが大混乱して大忙しの所にひょっこり帰ってきた訳で。

 

 事情が分からず呆然としてる私に、大本営から派遣された係員の人が慌てて駆け寄ってきて色々説明してくれたけど……ふーん、お腹すいたから間宮さんトコで何か食べながら教えてよ、って言ったら呆れた顔をしながら付き合ってくれた。

 

 

 間宮さんの所で餡蜜を突きながら、ふんふん、と生返事をして説明を聞いた結果、鈴谷の理解としては、私達にも選択の自由ってゆーのが与えられた、ってこと。でも多くのみんなは、やっぱり軍関係のお仕事を選んでるみたいだね。鈴谷だってどこにでもいけるし、何でもできる……はずだったのに。

 

 あんちくしょーっ!

 

 最後の嫌がらせに、鈴谷の事を不名誉除隊で退役処理するなんてっ!! だから顔だけ良くてもモテないんだよ、あのクズ提督。不名誉除隊じゃ退職金も艦娘年金も止められちゃうし、軍関係に再就職もできないしっ。痛い……あまりにも痛いぃ……! 係員の人によれば、不名誉除隊退役への異議申し立てはできるけど、結審まで時間がかかるって言うし、その間鈴谷無一文じゃん!

 

 行くとこもお金も無くて途方に暮れていた鈴谷に、係員の人は艦娘専用の退役後の相談デスクってゆーのがあって、何でも相談に乗ってくれるって教えてくれた。てかアンタは何もしてくれないんだね、ってジト目で見たら思いっきり目を逸らされた……。

 

 教えられた電話番号に掛けてみると……艦娘福祉事務所ってゆーんだ、ふーん。事務的な応対のあと、相談者殺到のため数日後の予約になります、とか言われた。相談日を待つ数日の間は今まで通り鎮守府で過ごして、それで終わり。悪い事ばかりじゃなかったけど、そんなにいい思い出もないこの鎮守府とお別れ。

 

 

 

 艦娘福祉事務所……なるほどなるほど、艦娘の社会化教育と自立支援を目的としたなんちゃらかんちゃら、か。何かよく分かんないけど、手を貸してくれるってことね。あのー、それよりもですね……マネー的な何かも相談に乗ってもらえるのかな、えへへ。いやー、退職金も年金もないもんで……。え? お給料は貯金してなかったのかって? 鈴谷、宵越しのお金は持たないタイプだしっ! そうキッパリ言ったら唖然とされた、どして?

 

 いろんな書類を書かされてサインして、取りあえず今日のホテルを予約してもらって、ホテル代込で当座のお金を貸してもらった。くれるんじゃないんだ、ちぇっ。でも返済は三か月後から毎月少しでもいいから必ず、って話だし、まーきっとなんとかなるっしょ。何でも相談してみるもんだねー。

 

 紹介されたホテルに向かう途中にあるカフェに立ち寄り一休み。オープンテラスの空いてる席に座って周りを見渡してみる。あの夫婦もあの家族連れもあのカップルも、みんな幸せそうだねー、にこにこしちゃって。そっか、これが戦争が終わったって事なんだねぇ。

 

 「つまりこれ鈴谷のお蔭ってことじゃねっ!?」

 

 思わず立ち上がってガッツポーズしちゃった。あ、すんませーん、うるさかったですよね。艦娘……? って小さな、けど聞き流すには嫌なニュアンスの籠った声が聞こえたような気がしたけど、気のせいだよね? 立ち上がったついでに、ぶるっと身体が震えた。ちょっとお手洗いに、えへへ。

 

 

 えっと………あれ?

 

 目をこしこし擦ってみるけど、ない。何度見ても……鈴谷のバッグがなーーーーいっ!!

 

 お手洗いから戻ってきたらオープンテラスにいたお客さんは誰もいなくて、鈴谷のテーブルにあるマグカップだけが残っていた。けれど足元に置いたバッグがなくなってる。え、うそ、なんで? あの中には着替えとかスマホとかお財布とか全部入ってたのに。手元にあるのは化粧ポーチだけ。とにかく慌ててオープンテラス中を探してみるけど、やっぱないものはない、よね……。やべ、ここの支払いどうしよう……。ごそごそスカートのぽっけを探ると、一〇〇〇円札が一枚入ってた。取りあえずこの場は何とかなるけど……はあ、どうしよ。

 

 お店の人に事情を話してけーさつに被害届を出そうとしたけど、何か困った顔してる。はあ? 手荷物から目を離した鈴谷が悪い? だからって人の物盗んでもいい訳ないじゃん! ………平和にはなったけど、長年の海上封鎖で物資が途絶えたせいでみんな暮らしに困ってる? もっと早く深海棲艦に勝ってれば? ()()()だって好きで盗んだ訳じゃない? ……ちょっと待って、今『あの子』って言った? てか見てたのに止めなかったって言う訳!? せっかく一生懸命戦って、痛くても怖くても戦い続けたのに……なんでこんな目に合わなきゃなんないのよっ!!

 

 悔しくて悲しくて泣きそうになったけど……絶対に泣いてる顔なんて見せてやるもんか。俯きながらすたすたと早足でお店を後にする。あーあ、せっかくおいしいカフェラテだったのに、もう来たくない。ぐいっと乱暴に拳で目を拭って、今来た道を引き返す。多分まだ艦娘福祉事務所は開いてるはず。いや、てか開いててくれないと困るっ!!

 

 ……事務所が開いてる事と、力を貸してもらえることは別だった。窓口の人に、荷物盗まれた事とかカフェの店員さんの態度とか、命懸けで戦ってきた鈴谷にみんなして酷い事する、って盛大に文句言って、もう一度お金を貸してもらおうと交渉。でも、鈴谷の話をちょっと悲しそうな顔で聞いていた窓口の人から、返済実績のない鈴谷にはこれ以上お金を貸せない、って言われちゃった。あ、あははー……泣いていい? それでも窓口の人は分厚いファイルで何か探して、どこかに電話している。電話が終わって鈴谷に説明を始めた。え、なになになに? 三食付で住み込みの仕事? 今からでもおk? やる、やりますっ、やらせてくださいっ!! え、もう細かい事はいいから、そもそも選択肢ないしっ!!

 

 

 

 福祉事務所でもらった地図を見ながら、目的地に辿り着いた頃にはもう夜になってた。お腹ペコペコだけど、三食付ってゆーし、それだけを頼りに歩き続けた。で、やっとの思いで到着した仕事場は……なんてゆーか結構な大きさの和風の家。でもこの時間なのに家の中は真っ暗で、人の気配がしない。え……お化け屋敷、とか? ごくり、と唾を飲みこんで、ちょっとだけ震える指先でインターホンを押す。あれ? もう一度。むむっ? 何度も連打するとようやく返事があった。うわ、不機嫌そうな声でちょっと待ってろ、だって……。 てか、鈴谷のちょっとはだいたい三〇秒くらいなんですけど? すでに三分くらいは待たされてる感じ。この寒空に女の子待たせるとかマジ意味分かんないんですけど……と思ったら、やっと玄関に灯りがついた。からからと音がして横開きの戸が開き、中年のオジサン的男性がひょこひょこ、危なっかしい足取りで杖を突きながらこっちへ向かってくる。

 

 あ、そゆこと、か……だから時間かかったんだ。悪いことしちゃったな。

 

 目の前で見るからに不機嫌そうなおじさんが、門を開け無言で顎をしゃくる。あれ? 鍵かかってなかったんだ。先を行く姿はやっぱり危なっかしい。よしっ、鈴谷に任せてちょーだい。すっと追いつき、おじさんをひょいっと小脇に抱えてすたすた家の中へと入る。なんかおじさんがぎゃーぎゃー騒いでるけど気にしない気にしない。楽でしょ。

 

 上がり框におじさんを置いて、鈴谷も靴を脱ぐ。そして怒られた。え、何で? へ、契約書を読んだのか? あー、確かに何か分厚い書類もらったけど……あーゆーの読むと鈴谷眠くなっちゃうんで、あははー。あ、そゆこと? インターホンで到着を知らせたら勝手に中に入ってよかったんだ。苦笑いしながら頭をぽりぽり掻く鈴谷を呆れた顔で見ていたおじさんは、要点を掻い摘んで教えてくれた。

 

 要するに鈴谷のお仕事は老人介護……ごちんっ! あいったーっ! グー禁止っ! 具体的にゆーと、ここの離れに住んで、買い物とか掃除とか家事全般と、三食ご飯を用意。そして一番大事なのが、リハビリのサポート。契約期間は三ヵ月間で働きぶりによって更新あり。でも何でそんな怪我した訳? へえ、おじさんって元提督、しかも元大将!? お偉いさんだったんだね。ん? そこって確か深海棲艦の猛攻を受けて、提督が重傷を負って基地を放棄しなきゃならなくなった泊地だっけ? 鈴谷が噂で聞いた泊地の顛末に触れると、おじさんは辛そうな悲しそうな、でもどこか懐かしそうな顔になった。

 

 「あの……それでですね、鈴谷、もうお腹ペコペコなんですけど……。お仕事は明日から、ということで、今日はご飯食べてお風呂入ってふかふかのベッドでお休みしたいなーって」

 

 ………え、鈴谷が作るのっ!? いやー、三食付って言うからてっきり……。鈴谷、料理なんてしたことないんですけど……。おじさんは頭を抱えながら、ゆっくりと壁伝いに台所の方へと進んで行った。いや、その……何かスミマセン……。

 

 よく話聞けばよかった。これじゃおじさん、鈴谷を雇ってくれなさそうだね。何とか頼み込んで今晩だけ宿を借りて、明日また福祉事務所に戻って別な仕事紹介してもらわなきゃ……。

 

 

 

 でもおじさんは不思議と鈴谷と正式に契約してくれた。なんで? ハッ!? 鈴谷に何か邪な目を向けている?……とか一瞬思ったけど、よく考えたらおじさんはそんなことできるような状態じゃないし、万が一そんなことになっても十分逃げられるから大丈夫か。おじさんも鈴谷がジト目で警戒してるのが分かったみたいで、苦笑いしながら()()には興味がない、とか言っちゃってくれた。ま、何はともあれ契約成立、ってことで。

 

 

 それ以来、いろいろ悪戦苦闘はしてるけど、何とかおじさんのお世話を続けて、もうどれくらい経っただろうか。

 

 

 「ねー、朝ご飯できたよー。食べたらまじ美味しくてぎゃふんって言うし」

 や、実際ぎゃふんなんて言う人は見たことないけど、まあそれくらい驚かせたいってこと。

 

 今日の朝ご飯は……市販品のコーンスープと、カットしたトマトと塩ゆでしたブロッコリーのサラダ。それにちょうど良くカリカリに焼けたトースト、それになんとジャムが二種類っ!! ……何よ、笑う所じゃないからね。鈴谷ね、お掃除とかお片付けはまじ好きなんだけど、どうしても料理は苦手っていうか、や、まだ本気出してないだけだし!! そうそう、テーブルにお皿を並べて、おじさんを迎えに行かなきゃ。とかやってるうちに、右手で杖を突きながら左手で壁を伝い、おじさんが現れた。

 

 「なんでー!? 待ってればいいじゃーん。そんなにお腹空いてたの?」

 

 慌てておじさんに駆け寄って体を支えて、手を取ってゆっくり引いてあげる。その度におじさんは何か言いたそうな表情になるけど、何も言わない。何だろ、言いたい事は言えばいいのに。もしかしてまだ遠慮してるのかな。そんなの気にすることないっしょ。今さらだよ、今さら。だってお風呂の時とか湯船の出入りで溺れたり事故があるとまずいからいつも一緒じゃん? もちろん、鈴谷は濡れてもいいようにお風呂専用のスウェットとか着てるし、そこっ、変な誤解しないっ!

 

 ま、それよりも冷めないうちに食べよ。いっただきまーす。

 

 

 にしても、おじさんが元提督でよかったよー。鎮守府の事とか、あの戦争がどんだけ大変だったか、やっぱ一緒の時間を過ごした者同士じゃないと分かり合えないとゆーか。おじさんが鈴谷の提督だったらよかったのになー、他の人間とは大違いだよ。他の人間なんてさ、もっと早く戦争に勝ってれば良かったとか、鈴谷の荷物盗んだり、セクハラした挙句に鈴谷を不名誉除隊にしたり、ほんっとロクでもない。買い物とか行ってもね、何かこう、誰もが余裕が無くて、人の事なんか構ってられない、って感じ。確かに物資は色々足りないよね。でもそれって鈴谷のせい? 色々微妙な目で見られてるのが良く分かるし。艦娘がそんなに気に入らない訳? そもそも誰が鈴谷達を作ったのさっ! 作っといて持て余すとか在りえないしっ!!

 

 いつも鈴谷がガーッと捲し立てる。割と鈴谷の話はループしがちで、でもおじさんは考え込む様な表情でいつも聞いてくれる。そして小さい子をあやす様に宥めてくれる。アメとか食べないしっ! でもおじさんは自分の事をあんまり話さない。昔の泊地のことは懐かしそうに教えてくれることもあるけど、ケッコンカッコカリの話になると黙っちゃう。今でも指輪をしているおじさん、でもこの広い家に鈴谷が来るまで独り暮らし。だから勝手に想像してる……多分、ペアの指輪の持ち主は、もう会えない場所に行っちゃったんだろうって…。

 

 

 

 長い事一緒にいると、そりゃいろいろ変な事ってゆーか、止めてほしいことも多いよ? Tシャツをパンツ(しかもズボンとか言うし)にインが基本とか、変なクシャミしたり、知らない歌の歌詞を適当に歌ったり、電話だと妙に偉そうだったり。もうほんとおじさん。でも、そういうのも慣れるってゆーか、や、でも嫌なのは嫌なんだけど、何てゆーか生温かく見られるようになった。でもこないだの電話は凄かったな。誰と喋ってたのか知らないけど、マジもんで怒鳴り散らしてた。

 

 おじさんと二人だけの小さな小さな鎮守府、いつしかそんな風に思うようになってた。毎日同じ事の繰り返しで、特に変わった事もない。戦争が終わった時、鈴谷は何がしたいって、どこに行きたいって思ってたんだっけ? ま、でも、いざ戦争終わったら嫌な思いしかしてない訳で、こうやって穏やかに過ごすのも悪くないかな。何度目かの契約更新が近づいて来たけど、もう自動更新でいいんじゃね……と思ってたら、おじさんは違ったみたい。

 

 

 

 庭に出たい、っておじさんが言いだした。いつも通り鈴谷が支えて縁側から庭に降りる。綺麗に手入れされた芝生の緑が鮮やかなお庭。や、手入れしてるのは鈴谷だけどね。で、おじさんは鈴谷に向こうに行けっていうの。この辺? じゃなくて? え、もっと遠くって、ほとんど庭の端じゃん。まぁいいけど……。

 

 な、ちょ、何してんのっ!? あり得ないんですけどっ!!

 

 おじさんが杖を捨てて鈴谷の方に歩いてこようとして……すぐに転んだ。立ち上がろうとしてるけど、なかなか上手く行かない。もうね、ダッシュで駆け寄ろうとして、思わず足が止まる。今まで聞いたこともない鋭い声で、そこで見てろ、って言われた。なによそれ……。何度転んでも、おじさんは諦めない。見てらんないよ、こんなの。え? 何? これが人間の姿だ……って意味わかんないし。やめてよ……もう、お願いだから。そんなことに何の意味があるのっ!?

 

 芝生の緑がこびりついた服、土で汚れた手と顔と両方の膝。それでも、どれだけの時間をかけたのか、おじさんは鈴谷の所までよろめきながらやって来た。ごめん、もう我慢できない。たっと駆け寄って抱きしめるようにしておじさんを支える。何でこんな事するのよっ、って怒鳴ろうとしたけど、先に言われちゃった。沁みるような優しい声。

 

 「お前の仕事は、俺のサポートをすることだ。先回りして俺を甘やかす事じゃない。何度転んでも、人間は常にやり直し立ち上がる。そりゃ間違う事も失敗することもあるが、居心地のいい場所にいることだけが全てじゃない。それを分かって欲しかったんだ。鈴谷、お前は守ってきたはずの人間に不当に扱われたと思い込んでいる。いや、事実そういう事もあったのだろう。だから人間全てをそういうものだと見ている。けどな、それが全てじゃないんだ」

 

 

 何よ、それ……鈴谷が悪いってゆうの? おじさんまでそんな事……。

 

 

 「俺のように艦娘と過ごした事のある人間なんて、全体からすれば少数派だ。みんな知らないだけなんだ。お前は明るくて優しい艦娘だ、まぁ多少ドジな所はあるが、な。狭くて広く、美しいが残酷……全部ひっくるめてそれが世界だ。俺の事はもういい、今までありがとうな。俺も懐かしくて、お前についつい甘えてしまった。お前との契約は今回で終わりだ。新しい世界を、お前が守った世界を、その目で見てこい」

 

 いやいやと無言で頭を振り続ける。涙が零れ落ちる。何で……何でそんなこと言うの? 嫌だよ……。

 

 

 

 何度話してもおじさんの決意は固く、その日の晩御飯は無言のまま時間が過ぎた。はあ……鈴谷、何か嫌われるような事しちゃったかな……? でも雇い主に契約終わりだって言われちゃったら……。考え事しながらお風呂に入ってたらのぼせそうになるくらい時間が経ってた。タオルで頭をわしゃわしゃしながら離れに戻る。どうしてもだめかな? 髪を乾かしたら、もう一度お願いに行こうかな……。部屋に戻ると、見慣れない物に気が付いた。

 

 

 え、なにこれ? 私のだけど、私のじゃないちょっと古びた制服と、手紙が置いてある。それはおじさんからの手紙で、今まで教えてくれなかった事が書かれていた。

 

 

 おじさんの泊地があった島は深海棲艦に急襲され、不意を突かれて泊地機能の多くを失い、おじさんも重傷を負った事。その島には多くの民間人も住んでいて、一刻も早い避難が必要だった事。避難民の護衛を担当する組と、全滅覚悟で泊地に敵を拘束する組に分かれた艦隊で、後者を率いていたのが、当時の秘書艦の()()()()()()()()()()()()()ーーおじさんのケッコンカッコカリの相手ーーは二度と帰る事は無かった事……。

 

 そして福祉事務所の人は電話でこんな風に言ってたって。

 

 『人間に不信感を抱いてしまった艦娘がいます。辛いのは承知と思いますが、提督なら、彼女の……鈴谷さんの心を開くことができるはずです。鈴谷さんを、新しい世界へ導いてください』

 

 

 もう、これ以上わがままは……言えなくなっちゃった、ね……。

 

 

 

 気付かれないうちに、そっと出て行こう。おじさんの顔を見たら、ぜったい気持ちが揺らいじゃう。きっといい提督だったんだろうな……。

 

 「忘れ物だ」

 

 その声に振り返ると、ぽんっと投げ渡された通帳。え……何この金額っ!? 意味分かんないし!  ……そゆことなんだ、いつかすごい剣幕で怒鳴ってたのは……。鈴谷の不名誉除隊は取り消され記録からも抹消、退職金も年金も支払われたって……てか、そんなことどうやって? 鈴谷の問いにおじさんは肩を竦めて、これでも元大将だからな、と気取って答える。な、なによ、TシャツINパンツのくせにっ。

 

 「じゃあね、おじさん……ううん、提督っ! 鈴谷、新しい世界を見に、抜錨しますっ!!」

 

 きっと自分史上一番ビシッと決まった敬礼で、おじさんに宣言する。これから何ができるのか、それは分からないけど、でもとにかく歩き出そう。そしていつの日か、また帰って来るよ。ここはもう、鈴谷の母港だから。

 


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