艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
状況を悪化を辿っていく。
艦娘の異変が始まってから4日が経過していた。今日はというと、俺を悪く言う言葉が耳に入るようになってきたのだ。
ここまで怒ることなのだろうか。
俺は感じる。何かしてしまったのではないか、そう思って原因探求をしてきたが、一端も掴めていない現状、この状況を打開する術は俺には無い。
そして、初日よりも悪化したこの事態を、どう収拾させるのか。俺にはそれすらも考えられなかった。
事務棟に取りに行く時間は、事務棟が開く午前6時過ぎ。3食全て自炊。
時たま、警備棟に向かう。
終始、この自体を武下に報告しているのだ。
だが、武下から帰ってくる答えは、俺の求めているものではない。
「昨日も門兵を数人使いましたが、至って普通でしたよ?」
「そうですか?」
「はい」
武下は俺の言葉を疑うことも無く、力を貸してくれていた。
それでも、俺はこの状況を誰にも伝えれていなかった。武下らは、疑うことはしないが、信じてはないみたいなのだ。
信じさせるのなら、どうにかして自分らの目と耳で確認してもらう必要がある。それを試みるものの、ことごとく失敗している。
どうしたものだろうか。
「……現在の状況は?」
「悪口ですね。まぁ、大丈夫ですよ」
「そう、ですか。……そんなことを言うようには見えないんですけどねぇ」
武下とて、艦娘をちゃんと知っている訳ではない。
俺が知らないのだとしたら、武下も知らないと考えた方がいいのだ。
「そもそも、私たちが動くとなるとそれこそ、暴動のようなものが起きた時になりますからね。それまでは静観しているしかありませんよ」
「そうですよね」
武下から、俺にあることが伝えられたのだ。
艦娘の暴動を抑えることも、門兵の任としてされているのだ。
だが、それ以下のことは手出し出来ないようだ。
艦娘がもしそれを訴えたならば、武下たちは大本営から何か言われるらしい。俺にはそのあたり、詳しく教えてくれなかった。多分、任を解かれるとかだろう。俺は勝手にそう解釈している。
それはそうと、俺が置かれている状況が一気に悪化した原因は、この4日間で何1つとして掴めていない現状だ。
どう打開したものか。
「ありがとうございます。では、戻りますね」
「はい。お疲れ様です」
俺は警備棟を出て、執務室に戻った。
扉を開き、執務室に入る。
「は?」
一瞬、部屋を間違えたかと錯覚してしまった。だが、たしかにここは執務室だ。
部屋が荒らされている。
それも、出撃記録などが納められている本棚は手付かず。
荒らされているのは、俺が普段使っている机だけ。
引き出しは開けられ、中身が散乱。紙は破られ、幾つか物がなくなっていた。
間接的で一番大きな攻撃が始まってしまったのだ。
俺は散乱した紙切れを拾い、ゴミ箱に入れる。
机に入っていた紙といえば、俺が勉強に使っていたノートや、印刷したプリントくらいだろう。使ってあるものだから、破られてもいささか何も思わないが、やられたらそれは気分が悪くなる。
床に膝を付き、残っている紙切れを拾いながら、俺は考えた。
(エスカレートしてきている)
攻撃がエスカレートしてきているのだ。
最後の紙切れをゴミ箱に入れ、俺は椅子に座る。
そして、ふぅと息を吐いた。
心を落ち着かせる。
この状況、海軍として深海棲艦と戦うことすらかなわないだろう。
そう悟った。
戦闘行動なんて取れるはずない。俺はそう思い、窓の外を眺める。
「なっ?!」
埠頭から艦隊が出港していた。
艦種は陸奥、利根、筑摩、阿武隈、由良、蒼龍。編成の癖が違う。俺が指示したものではないのだ。
俺はすぐさま地下司令部に走りこみ、通信妖精に言い放った。
「出撃している艦隊の旗艦に繋いでくれ!!」
「はい」
妖精が変調をきたしてないことは、初日で分かっていたことだ。
だから、ここには安心して入ってこれた。
『こちら第一艦隊。陸奥』
「おい! 出撃命令は出してないぞ!!」
『出ているわよ? それに貴方から出撃命令が出ていたとしても、私は聞かないわ』
「なにっ……!?」
『どうして貴方の命令を聞かなくちゃいけないの? 嘲笑わせないで』
「どこからの出撃命令だ」
『どうして貴方に教えなくちゃいけないの? うっとおしいから、どっか言ってちょうだい』
そう言って陸奥は通信を一方的に切られてしまった。
俺の顔を覗き込む妖精は、眉をハの字にしている。
「紅提督……」
「あぁ。すまなかった」
「いいえ。ですが」
「いい」
俺は声をかけようとしてくれていた妖精を振り払い、地下司令部を出て行く。
地下司令部から地上に出て、執務室に戻る途中、艦娘にすれ違う。
耳に入る話し声は、俺を蔑むようなことばかりだ。
そういう精神状態になっているとも考えられるが、自分だと分かるはずもない。誰かに見てもらわなければ分からない。
俺はなるべく聞かないようにして、執務室へと戻った。
途中、面と向かって言われたことを思い出した。
『アンタ、なんでここにいるの?』
『は?』
『ウザったいわ。息しないでくれる?』
誰が言ったかなんて覚えていない。
それを言われたこと自体が衝撃的だったのだ。
(どう、なっているんだ)
そんなことを言われても、俺は未だに何も掴めていない。
日々悪化していく状況に頭を悩ませていた。
完全に執務室と私室の往復しかしていないが、前ならもう少しは外に出ていたことだろう。
時計を見ながら、そんなことをふと思う。
急激に変調した艦娘たちの態度。俺にはどうやってもとに戻せばいいのか、分からない。
原因も掴めない。状況も分からない。そんな分からないことだらけに置かれ、身動きが取れなくなってしまったのだ。
(恐怖政治をして……も良いだろうが、掛ける足が見つからないな)
統率が取れなくなったのなら、強引に取り戻す手だってある。
何もかもが分からない現状だからこそ、そういう手を取ってしまってから、後々に戻していけばいいかとも考える。
だが、恐怖政治を敷く準備が出来ない。俺は現状をそう解釈していた。
“あの時”は少数派が居た。それを伝に手を広げることが出来たのだ。
だが今回はそれすらもない。全員がそっち側だからだ。間接的に門兵を利用する、という手もある。
門兵にはいつもような態度だったのだ。
それは確認済み。遊んでいる姿も、この4日間は何度も見ているのだ。
門兵を利用して再統率するにしても、このまま行くと状況が更に悪化することが目に見えていた。
全権を握る前に手を打たれる可能性が十二分にある。
俺の勝算は0に等しい。
結局、手を打ったところで、それが無に還るのだ。
(ダメだ……。打開策が思いつかない)
陽が落ち、暗くなりかけた執務室で、そんなことを考えた。
打開策がない。もうどうしようもない状況なのだ。
諦める気は無いが、静観しているというのも手だろう。そう思い、俺は夕食を摂るべく、私室に戻った。
ーーーーー
ーーー
ー
艦娘が変調をきたして1週間が経った。
今日も俺は自分で書類を取りに行き、執務に励み、提出する。
終われば本を読み、勉強をしたり、戦術を考えたりなどして過ごした。
ずっと1人。
慣れていない訳ではない。だが、ここに来てずっと、誰かが近くに居たから落ち着かない。
1時間置きに読書と勉強、戦術考案を繰り返している。集中出来ないのだ。
どうしても気になってしまって。
(手も足も出ない、か)
そんなことを考えながら、俺は今、読書に浸っていた。
1週間も経てば、再統率することも考えなくなっていた。ハッキリ言って、取り付く島もない状況。一体、どうやって手を出していけばいいのか分からないのだ。
今日から3日前。旗艦を陸奥に添えた艦隊が出撃して以来、色々な兆候が見られるようになった。
その1つが、そろそろ起ころうとしている。
「そろそろ、か」
俺は本を閉じ、扉の方を見た。
そうすると扉が思いっきり開かれ、艦娘が数人入ってくる。
俺の机の前まで来ると、そのまま机に蹴りを入れたのだ。ドンと音を立て、机がガタガタと揺れる。
「いつまでここに居るの? さっさと出てってよ」
「何を言っている。ここに俺を呼び出したのは、紛れもなく時雨たちだろう?」
「何を言っているのか分からないね」
時雨ら白露型駆逐艦が入ってきたのだ。全員が俺に対して敵意に近いモノを滲み出させている。
「いいかい? ここは執務室。君みたいなのが居ていい場所じゃないんだ。出て行って欲しい」
反応は返さない。返答できる内容の時だけ、俺は言葉を返すようにしていた。
「村雨たち、アンタみたいなのをここに置くなんて言ってないわよ?」
嘘。言っていた。
村雨たちは、俺がここに来る前から横須賀鎮守府に居た。ということは、俺が来ることを望んでいたはずだ。
「汚れちゃうよ。どいて。そこは提督の椅子」
白露も冷めた目で俺のことを見ていた。
「そこは提督さんの椅子。貴方なんか便所に座ってた方がいいわ」
いつものことだが、ぽいを言わない夕立もそんなことを言ってくる。
この4人の中で1番当たりの悪いのは夕立だ。
何故なら、もう”あの”前触れが出ているからだ。
「うざいわ……」
そう言って俺の横に来て、手を挙げる。
「ぐっ?!」
握りこぶしの右ストレートが、俺の右胸に入ったのだ。
一瞬、息が止まり、鼓動が早くなる。
「けっ、後で洗わなくちゃ。行こ」
一通り言いたいことを言って出ていく。これが3日間続いているのだ。
だが、手が出たのは今日が初めて。
それが始まってしまうと、今度は口だけではなく、手も出てくるようになるだろう。
夕立の右ストレートは痛い。だが脂汗が滲むほどではなかった。
まだ手加減をしているのかもしれない。
そう思いながら椅子に持たれかかる。
「一体、どうしたんだ……」
そんなことを空に呟き、俺は本を開いた。
本を開くが、頭に全く物語は入ってこない。ただ目で文字を追って、意味を解釈しているだけの作業。本を読んでいるとはいえない状態だった。
もし暴力が頻発するようになれば反撃に出てもいい。だがそれは俺の信条に反していた。
異性に無闇に触れない。暴力なんて論外だ。防ぐこと、躱すことは良い。だが、それが複数からの攻撃だったら? 不意打ちだったら? 急所を狙った攻撃など、かばうことも無く受けることになってしまう。
自分の信条は曲げる気はない。曲げるとそれは信条ではなくなってしまうのだ。
俺は自分に言い聞かせた。そのうち良くなる、正気に戻るだろう、と。
だが現実は甘くなかった。
俺は買い物に行くため、外を歩いていた。
冷蔵庫の中の食材を切らしてしまったからだ。
財布をポケットに入れ、厚手の上着を着ていた。
そうしていると、前から艦娘が歩いてくる。
何か言われるんだろうと、身構える。
こっちに来ていたのは金剛だった。
「あ」
そう小さい声で言った金剛は、俺の方にまっすぐ歩いてきたのだ。
この1週間。金剛の姿を見ていない。もしかしたら、他の艦娘みたいにはなってないかもしれない。そう思っていた。
「お、金剛。後で執務s」
身体が浮いていた。
靡く栗色の髪に、特徴的な結い方をしていることから、それが金剛だということは分かった。
そしてその髪は俺の目の前で靡いている。
急に食堂を駆け上がる、酸を吐き出しそうになりながらも、俺は金剛の顔を見た。
「ちっ」
殺気が滲み出ていたのだ。そして、腹部のあまりの痛さにその場で膝を付いてしまう。
「◯ねば良いのに……」
そんな言葉が聞こえた気がする。
痛む腹部を押さえながら、俺は歩き去る金剛の姿を見ることしか出来なかった。
痛みが引くまで道の脇にある低い木の裏で座り、ぼーっと空を見上げた。
土と草木の匂いが鼻に入る。
「何やってんだか」
腹部の痛みもなくなり、そのまま鎮守府を出て行く。
酒保に入れば艦娘と鉢合う確率が高い。それならば、外に出て買いに行く方が安全だろう。
金剛から腹部に一発貰ったことで、保身に転じたのは仕方のないことだ。それならば、外の方が幾分かマシだろう。幸い、最近デモ隊が現れることもなくなってきた。
上着は白くないので、パッと見は提督には見えない。そう確信があったから、外に出れるのだ。
1番近くにあるスーパーマーケットに行き、食材を買って鎮守府に戻る。
出ていく時に使った門から入り、そのまま私室に戻った。
途中、艦娘を避けるために道を選んだから、行きよりも時間がかかってしまった。
私室に着き、冷蔵庫に食材を入れてから、執務室の自分の椅子に腰掛ける。
ひんやりと冷たい椅子。少し考え事にふけった。
(どうにかしよう……)
もう、具体的なことは考えられなかった。
ただただ、この状況を漠然的に打開することだけを考えた。
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ーーー
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金剛に腹部を殴られて以来、身体的な攻撃が始まった。
執務室にいれば1時間置きくらいで艦娘が複数人で入ってくる。
その度に俺は殴られ、蹴られた。
抵抗しないのか、と面白がった龍田が訊いてきたことがあった。
返答はした。だが、どう龍田が解釈しかなんて分からない。ただ嗤っていたんだ。
どんどん状況は悪化していきます。
完結済の方で、紅の過去とかが語られていますが、それを一度確認すると良いと思います。
……完全に、前作からの読者しか読んでない前提で申し訳ありません。
ご意見ご感想お待ちしています。