艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※最初は吹雪の視点、その後鈴谷の視点に切り替わります


貞操観念逆転 その2

 滅多に当たることのない秘書艦くじ引き。私は珍しく当たりを引くことができました。嬉しいに決まっています。何故なら、秘書をするのは司令官ですからね。

前略、私たちの司令官は男性です。私たちの住まう世界とは少し違うところからやってきたとのことで、男女比率が崩れていることに驚いていました。そのため、最優先で世間での常識棟を教えられています。なので、司令官自身が知っている女性とは態度を変えて接する必要があると決めて、そのように行動されていました。最も、私たちのためでもあり、自分のためでもあると仰っていましたが。

 そんなこんなで今日まで紆余曲折あり、深海棲艦との戦争が続いている今日この頃。もうお盆が近付いてきており、早朝からでも暑い時期です。起きてすぐに身支度を整えて、いち早く執務室に到着していました。べ、別に変な意味はありませんよ? 扉一枚隔たれた向こう側で、無防備に寝ている司令官がいらっしゃると考えると少しアレですが……け、決していやらしい意味ではないです。ただ、出てくるまで時間があると思い、一人扇風機を占領していました。執務室には冷暖房が完備されていますが、操作は司令官がしています。操作するためのコントローラも司令官が持ってますから、司令官が起きてこなければ執務室の冷房は点きません。

扇風機の風をスカートの中に入れて、股関節や股に当たるとひんやりして気持ちいいんです。それをしていたんですが、最初の頃は司令官も顔を背けていたそうですが、ここ最近は全く気にする素振りもしないとかなんとか。なので、気にせずやっていたんですが、聞いていた話と違っていました。司令官が私室から出てくるなり、顔をそっぽ向けたんです。原因は私の行為以外ありません。

 司令官は冷房を点けて、急ぎ執務室の中を冷やしてくれます。その間は暑いままですから、司令官も扇風機の風を当たっていたんですが、そもそも格好がおかしいんです。

私室から出てきた時、司令官のリアクションを見ていて格好までは見ていなかったので気づきませんでしたが、かなり薄着で出てきたんです。いつも第二種軍装を身に纏って、ちゃんとした格好で出てくるというのに、今日はスラックスにシャツ。しかもボタンを2つも開けて、長袖を捲っているんです。これはアレですか? 誘っているんですか?

シャツが透けて下着が見えていますし、少し汗ばんでしっとりしている首筋がチラチラと見えます。捲っている腕は、あまり外に出ないために白く、頻繁には運動をしない方なので細いですが、男性らしく筋張っていて血管も浮いています。

何といえばいいのか分かりませんが、とにかく司令官が挑発的な格好をしていることに変わりはありません。これから終業まで、私は私を保っていられるでしょうか。

 

※※※

 

 ということがあり、私はなんとか終業を迎えることができました。秘書艦になれることは嬉しいことですが、それ以上に私にとって有り難いことでした。これは自慢出来るし……ぐへへ。午後はラッキーなこともありましたし、不意にボディータッチもありましたからね。

終業して早速寮に帰ると、やはりと言ってもいいのか皆集まっていました。毎日あることではありますが、今日は司令官の異変に気付いていた人も多かったようです。門兵の方もちらほらいるみたいですね。

 吹雪型の寮室は大部屋です。一応仕切りがあるものの、かなりの大人数が入ることの出来る部屋になっています。頑張れば100人位なら入りそうです。そんな部屋に、人がギュウギュウに入っているのなら、100人はいるんでしょうね。

中心に誘導された私は、司会役をしている叢雲に様々な質問をぶつけられていく。こうして秘書艦をした人が、司令官の情報を共有していくんです。そして最後の質問が終わる頃には、会場は異様な空気に包まれていました。

 

「い、今まではガードが硬かった提督が」

 

「緩くなった上に」

 

「無自覚でエロいことをしてくれるって?」

 

「キマシタワー!!」

 

 何というか、これが女子校ノリというか、青春を謳歌する同年代のノリなんでしょう。そう門兵さんが言っていました。吹雪型の寮は大賑わい。盛大に鼻の下が伸びている艦娘や門兵さんばかりです。私もその1人なのかもしれない。多分、話している時も、実際に執務室に居た時もそんな感じだったのだと思います。司令官には少し不審がられていましたが、私よりも別のところに意識が向いていたようなのでノーカンです。

 あれやこれやと私のことを質問責めにし、情報を搾り取った皆は妄想に耽る人やモジモジしながら退散する人が多数。ある程度人数が減り、時間が立って落ち着いてきたところで、近くで聞いていた鈴谷さんが私に話しかけてきました。

 

「ね、ねえ吹雪」

 

「なんですか、鈴谷さん」

 

「その、提督がさ、エロくなったって、どこで分かったの? 確かに、今朝食堂で見た時は薄着で下着見えてるなーって思ったけども、それだけじゃないんでしょ?」

 

「はい。あれだけ色々あると、流石に……」

 

「へ、へぇ~」

 

 鈴谷さんがモジモジしながら横に座る。どうやらまだ横にいるつもりみたいだが、一体どうしてなのだろうか。

 

「あ、明日の秘書艦、鈴谷なんだよね」

 

 その言葉で全てを察してしまった私は、取り敢えず適当な話をして帰って貰うことにした。私にとっては恥ずかしいこともあったので、そういうのはなしにして教えていきます。取り敢えず、鈴谷さんが満足するまでは話に付き合いましょう。

 

※※※

 

 今日の秘書艦は鈴谷だよ。昨日、提督の様子がおかしかったってことは耳に入っているけど、どうもおかしい部類がちょっと違っていたような気がしなくもない。艦隊運営に関わるようなことは、基本的にビシバシキリキリと動く提督。それ以外でのプレイベートな時間だったり、デスクワークでの姿は至って普通になるという。鈴谷もその姿は秘書艦経験から何度か見たことがある。だけど、今回の話に関しては、それとは全然違うこと。

 吹雪曰く、ガードが硬い提督がオープンになった、みたいな?

健全な艦娘である鈴谷からすると『超ラッキー』だよね。ラッキーすぎるでしょ。いつまで続くのか分からないけど、世界一優良物件でありガードが固く、前世代のタイプであるならばアプローチしない手はないよね。だからあれだけ吹雪型の寮室は人が集まっていたし、皆鼻息荒くしていた。鈴谷もその一人ではあるんだけどね。

 ともかく、今日の秘書艦を勝ち取った鈴谷は勝負を掛けるべきだと思うんですよ。という訳で、午前6時前には執務室に身支度を整えて向かう。

すれ違う艦娘も少なく、早朝まで任務があったか私用で何処かに行っていた艦娘たちは少ないみたい。門兵さんも巡回をしているみたいで、窓から外を見ると、分隊規模の警備が歩いているのが見えた。

 執務室は、まだ提督の姿はない。吹雪も言ってたけど、この時間帯の執務室は暑い。冷房も点いてないし、何処で操作するのかも分からないから扇風機に当たっている。スカートの中に風を送ると気持ちいよね。スースーして。

そんなこんなしていると、隣の私室で物音が聞こえてくる。

 考えてみれば、隣の私室ではあられもない姿の提督が無防備に寝ているんだよね。想像するだけで……ぐへへっ。それに、割と皆し知らないことだけど、私室と執務室と繋げる扉は、基本的に鍵を締めてないみたい。緊急時のために開けてある、と以前提督が言っていた。そうすると、何かしら理由を付けて、今私室に飛び込んでも少し怒られるだけで済むかもしれない。ならばやらねば。

 

「すー、はー」

 

 深呼吸をして私室の扉の前に立つ。まだ出てくる時間じゃない。何かラッキーなことがあってもいい筈。

思い切って扉に手を掛けて押し入るとそこは……。

 

「ご、ごめーん提督!! トイレ借りぶはぁぁ!!」

 

「す、鈴谷?!」

 

※※※

 

 楽園(エデン)が見えた。金剛さんじゃないけど天国(ヴァルハラ)とでも言える。トイレを理由に私室に突入した鈴谷は、どうやら鼻血を出して倒れたらしい。気付いた時には、私室のベッドで寝かされていた。否、この状態でも十分ウハウハなんだけども。

 

「気付いたか?」

 

「うぇ?!」

 

「上?」

 

「ふと!! ここ、提督のベッド?!」

 

「ふと? あ、あぁ。俺のベッドだが、倒れた鈴谷をそのまま床に転がしとくのも悪いと思ってな」

 

 顔から火が出そう。恥ずかしいという意味ではなく、興奮して(鼻血)が出そうなのだ。

 確かに鈴谷はラッキースケベを狙って私室に突入した。そしたら、思惑通りラッキースケベになったよ? だって着替えてる途中だったもん。既にスラックスは履いてたけど、上は下着のままだったからね。ガッツリの胸元が開いてるVネックのシャツ。胸筋の盛り上がりとか、谷間の凹みとか見た瞬間オチてた。

そして目が覚めたら提督のベッドに寝かされている。ということは、何かしらの方法で床に倒れた鈴谷を運んで寝かせてくれたってことでしょ? さっきまで提督が寝ていたベッドに。意識しないと、鼻孔が無茶苦茶反応してしまう。凄くいい匂いだし、まだ温かい。温かい。枕も提督のだとすれば、つまりこれはあれだ。提督を全身で感じているという……。

 

「どうして顔が赤くなるのか分からないが、大丈夫か? 急に鼻血を出して倒れて」

 

「だ、大丈夫大丈夫」

 

「体調が悪いなら寝てろよ。書類は俺が取りに行くから」

 

「それは悪いよ!! というか出ちゃ駄目!!」

 

「何故?」

 

「なんでも!! 鈴谷が行くから!!」

 

 鈴谷の体調を気遣ってくれるのは有り難いけど、提督を外に出す訳にはいかない。しかも事務棟に行くというのだ。あそこは危険地帯なのだ。

 事務棟は横須賀鎮守府の中でも鎮守府外からやってきた人間が一番多くいる部署だ。内外のやり取りを行っているところであり、鎮守府へ書類を運ぶ人や手続きに来る人も多く入ってくる。そのため塀のところに建てられており、事務棟の中を通って外に出ることも出来るのだ。

機能や利用方法以外でも、事務棟に入る人が多くいる。主に外からだけど。理由は提督にある。一目提督を見ようと、民間の企業や団体が必要以上に手続きを長引かせていることがあるのだ。時々、提督は自分で事務棟に行くことがあるからだ。何処からその情報が漏れたか知らないけど、もし遭遇しようものなら面倒なことになること間違いなし。過去に実際、面倒なことになったから。

 名残惜しいけど、提督のベッドから出て自分で取りに行くしかない。

ベッドから出て、すぐに靴を履く。そのまま提督に「行ってくる!!」と言って、そのまま執務室を飛び出した。両鼻にティッシュを詰めたまま。

 

※※※

 

 急いで戻ってくると、執務室が丁度よく冷えていた。飛び出して事務棟までは全力疾走していたため、結構身体が熱くなっている。汗もかいてしまったため、長い髪が首筋に張り付いたりしてて気持ちが悪い。帰りは歩いて帰ってきたが、時間が時間だったため、そこそこ早歩きをして戻ってきた。

 

「た、ただいま」

 

「おかえり」

 

「はい、今日の書類」

 

「ありがとう」

 

 一息吐いて時間を確認する。まだ午前6時15分。時間に余裕がある。昨日の夕食後、連絡事項として提督が時間をズラして食事をすることを伝えられていた。朝食は午前7時半までに行くことになっているが、空き始めるのは午前7時だ。提督はどうするのだろうか。

ハンカチで汗を拭きながら、提督の方を確認する。

 

「今日は7時半からにしようか。鈴谷」

 

「うん? 提督がその時間がいいなら、鈴谷は合わせるよ?」

 

「そう? さっき走って飛び出していったから分かっていたが、鈴谷、朝っぱらから汗まみれだと嫌だろ?」

 

「そ、そうだね」

 

 汗臭い女って思われたら鈴谷、多分ショックで寮から出てこれなくなると思う。というか今が臭いのか?!

 

「ほら、雨の中を傘なしで歩いたような感じになってるぞ。タオルと着替えを用意してやるから風呂入ってこい。その間に洗濯と乾燥してやるから」

 

「え、う、うん……」

 

 うん? お風呂の話になったのはいいんだけど、文脈的に何かおかしい気がする。

 

「私室の風呂場は分かるよな? 使っていいから入ってこい。あと、洗濯物は洗濯機に放り込んでいいから、ネットに入れるモノは入れといてくれ。後はやっとくから」

 

「わ、分かった」

 

 提督に促されるまま、私は私室に入って風呂場へと向かう。確かに場所は知っているが、こうして使うことになるとは思わなかった。

扉を一度閉めて服を脱ぐ。夏仕様だから上着は着ていないから、シャツとスカート、ソックス、下着くらいだ。下着、スカート、シャツは洗濯機に掛けてあったネットに分けて入れる。そのままお風呂の中へと入っていく。

 何というか落ち着かない。シャワーを浴びてると、脱衣所に誰かが入ってきた。

 

『鈴谷。洗面台の前にタオルと着替えを置いとくから、取り敢えずそれを着てくれ』

 

「わ、分かったー」

 

 提督はそのまま洗濯機を触り始めたみたいで、機械音が聞こえてくる。

 

『何かいるものがあれば言ってくれ。あれば出すから』

 

「特にないよー」

 

『そうか。じゃあ俺は出るから』

 

「はーい」

 

 ヤバい。何がヤバいって、よく考えたらここで提督が毎日お風呂に入ってるんでしょ? さっき何も考えずに脱衣所に居たけど、あそこよく思い出したら提督の私物とか結構置いてあったじゃん。

考え出したら止まらなさそうだから、手早く済ませてしまおう。一通り洗ってお風呂から出ると、洗面台のところにタオルとジャージが置いてあった。その上にはメモもある。内容は『女性の下着はないんだ。すまない』とあった。確かに提督が女性の下着を持っている理由はないよね。一人暮らしだけど、ここは軍の施設内でもある。外ならカモフラージュで女性物と一緒に干す男の人がいるって聞いたけど、ウチではする必要がないもんね。

 身体と髪を拭いてジャージを着るが、ここでもあることに気付く。

このジャージ、サイズが大きい。まぁ、当たり前だけど提督のジャージだよね。裸のまま男の人のジャージを着るって、何だか変態みたい。というか変態でしょ?! ヤバいって!! こんなこと誰かに知られたらなんて言われるか分かったもんじゃない。でも、何というかこの背徳感がたまらない。ちょっと堪能しとこうかな。

 

「ドライヤーあるから」

 

「……ありがと」

 

「あと飲み物。お茶でいいか?」

 

「うん」

 

 至れり尽くせりじゃん。提督はお茶を出したら、鈴谷残して執務室に行っちゃうし。チャンスだから見回して見ようかな。

 提督の私室に入ったことのある艦娘はいない。初めて私が入ったということで、少し詳しく見てみようと思う。

提督が読書家だということは知っているが、それは私室内を見ても見て取れる。壁際に大きな本棚があり、そこには文庫本やハード本がたくさん収められている。漫画とかはないみたい。あと、室内はよく整頓されて綺麗にしてある。慌てて掃除したようには見えないから、普段から掃除をしているんだろう。ダイニングには調理器具がたくさんある。料理をするなんて知らなかった。それに奥の方に見えるのは洗濯物だ。あまり見えないが、そういう部屋なのだろう。扉を隔てて廊下があり、その奥に部屋があるみたいだ。ハンガーが見えるから、多分洗濯物だろう。

もしかして提督って、自活能力が高い人なのかも。家事全般が出来るんだろう。

 私室観察をしていると、脱衣所の方から機械音が聞こえてくる。洗濯機でも停まったんだろうか。鈴谷がお風呂から出た時には動いていたし、時間も経っている。ただ、提督も聞こえていたはずなのに来ないってことは、乾燥も一緒にしているんだろう。脱衣所の方で洗濯機が停まっていないようなので、多分乾燥が始まっているんだと思う。

 お茶を飲み終わり、私はジャージのまま執務室に向かう。私の秘書艦としてやらなければならないことがある。それに、まだ朝食に行くと言っていた時間までかなり余裕がある。

秘書艦の席に座り、私はやらねばならないことを始める。そうこうしていると、再び私室の方で機械音が聞こえてきた。それを聞くなり、提督が立ち上がって私室に行ってしまう。洗濯機から出してくれるんだろうと思いつつ、私は自分のことをし続ける。

 

「……あれ?」

 

 区切りがいいところで意識を戻すと、どうも提督は執務室に戻ってきていない様子。気になって私室に入ってみると、私が放置してしまったコップは片付けられており、提督はというとアイロンがけをしていた。勿論、私のシャツとスカートだ。

 

「おう鈴谷、下着は乾いてるから履いてもいいぞ。こっちももうアイロン終わるから、これ着たら飯行こう」

 

「う、うん……」

 

 ヤバい。ヤバいね。いろんな意味で。うん。語彙力? そんなモノは知らない。

 だって提督が鈴谷のシャツとスカートをアイロンがけしてくれてるんだよ? いつも洗濯物は艦種毎に纏めてやってるし、担当がいるから鈴谷がやることはあまりない。それでも、何だかグッと来るよね。前世代の男性だっていうのは分かってるんだけど、前世代で家事万能ってヤバくない? これで本当にご飯作れるとかなら鈴谷、今まで以上に本気出すんだけど。今まで壁作られてたから、提督がオープンになっている今がチャンスだよね。

 洗濯も終わり、提督が手早くアイロンがけをした服に着替えると、かなり遅れて食堂に向かった。

 


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