艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※他の特別編企画とは関連はありません。


おめでとう! これで結婚ねっ! その3

 

 小休止を済ませた俺は、大井が回復したのを見計らって脱出か説得の算段を立てる。

と言っても、考えだして1分も経たないうちに頓挫してしまっているわけだ。今の俺にはあの艦娘たちを説得できるだけの力はない。

 俺が考えては考えなおすことを繰り返していると、大井が俺に話しかけてきた。

 

「ねぇ、あなた」

 

「ん? あなたって呼ばれるのには慣れんが、どうした?」

 

「逃げ回らなくてもいい方法がありますが、知りたいですか?」

 

 大井はニコニコしながら言う。なんだか嫌な予感がするんだが、どうしてだろう。とてつもなく良くないことを言い出すんじゃないか、と考えてしまう。

 だが、無下にも出来ないので聞いてみる。

 

「ど、どんな方法だ?」

 

「それはですねぇ……」

 

「はいストップ。嫌な予感がしたから、待った」

 

 俺は大井は話すのを無理やり止め、別の方法を考える。

この状況を打破する方法を考えるのだ。

 

「第一、 俺はこの状況を何一つとして理解していないんだぞ?」

 

 そう。俺はこの状況を理解していない。普通に寝ていて、普通に過ごしていたはずなのに、何が起きているのかさっぱり分からないのだ。

起きたときに説明されたし、訊いた話だが、ほぼ全員が練度99ということ。そして、武下と新瑞と共謀していること。何がしたいのかさっぱり分からない。

 

「なら私が説明してあげます」

 

 大井はそう言って、ホワイトボードを引っ張り出してきた。俺がよく使っているものだ。

 

「多分、起きたときに『『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』特別編っ! おめでとうっ! これで結婚ねっ!』って言われたと思います」

 

「まぁ……そうだな。こんなことがあったって記憶はあるんだが」

 

「それは多分、『私たちが登場する『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』がお気に入り登録者が1000人突破したんですよ!』のことですね」

 

「確かに……それだ。それの記憶はあるんだが、どうにも『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』の意味が分からん」

 

「それはですねぇ……」

 

 そう言って、大井は年表を書き始めた。

左から俺の着任、大きい事件を数個書いて最後に『艦娘たちに呼ばれた提督の話』と書いた。そして、そのあとから『提督を探しに来た姉の話』と書いて、それ以降は何も書かれていない。

一体、どういうことなのだろう。

 

「えっと……は?」

 

 つまり、俺はこの年表さえも理解できていない。どういうことなのだろう。

 

「適当に理解してくだされば問題ありません」

 

「あ、はい」

 

 適当でいいらしい。適当でいいならいいや。そう思って、考えるのを止めた。

 

「赤城さんが『『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』特別編っ! おめでとうっ! これで結婚ねっ!』って言ったということは、この年表に合わせて言えば……今はここになります」

 

 大井はキャップを閉めたペンでホワイトボードを叩いた。ペン先が指しているのは、『提督を探しに来た姉の話』。

 

「はぁ……」

 

「まぁ……そういうことです。これが、現状。時間軸?」

 

 大井は首を傾げながら、ホワイトボードの字を消した。そして、違うことを書き始めた。

 

「それで、今ここで起きているのは、その『艦娘たちに呼ばれた提督の話』でも『提督を探しに来た姉の話』のどちらでもないこと。つまり、そういうことです」

 

 満足気にペンをホワイトボードに置いた大井は座った。

 

「いや、そのつまりが分からないんだが……」

 

 その先を知りたいんだ。今の説明で何となくだが、理解した。俺の記憶にある『お気に入り登録者1000人突破記念』的な何かが起きているんだろう。どうせ、どっかのタイミングで作者がどうのって言うに決まっている。

 

「あのときと同じってことですよ」

 

 何故か大井が胸を張っているが、まぁいい。考えるだけ無駄だろう。どうせすぐに終わるからな。

 俺は、ホワイトボードを元の位置に戻して立ち上がる。

多分、艦娘たちが嗅ぎつけてここに来るだろうから逃げなければならない。それに、大井を連れている以上、動きが制限されてしまう。早いところ逃げ場所を考えて、そこに向けて移動を始めなくてはいけないのだ。

 

「とりあえず、どこか逃げる場所をだな……」

 

 その刹那、扉が勢いよく開かれた。もう、このタイミングを考えると、アレしかないだろう。

 

「提督ぅー! 新しい婚姻届を持ってきたデースッ!!」

 

「さぁ、書いて! ねぇ! 書いてぇ~!!」

 

 そう。武下の部屋に飛び込んできた金剛と鈴谷だ。武下に論されて、俺に婚姻届を書かせるために、新しいモノを用意して書き込んできたんだろう。

 この鎮守府内は治外法権が適応されているが、婚姻届は国に提出する公正証書。偽りや偽装は許されないのだ。だからあのとき、飛び出して行って、夕立と時雨に捕まって食堂に連れて行かれた時も居なかったのだ。

 俺はこの時、あることを思いついた。

この危機的状況を回避する、艦娘、総勢百何人が一斉にこの動きを止める言葉を。

 

「なぁ、金剛」

 

「何デスカー? 書いてくれる気になりマシター?」

 

「あぁ、別に良いんだが……」

 

「はぁー!!! ホントニー?!」

 

「あぁ。それとその前に確認だが、これ、国に出すんだろ?」

 

「そうダヨ? そうしないと、私たちが夫婦って認められないデース! だからハイッ!書いて欲しいネー!!」

 

 満面の笑みで俺に婚姻届を手渡してきた金剛に、俺は渾身の一撃を食らわせた。

 

「国に出すと、多分認められないぞ。夫婦って」

 

「な、なんですトーーーーー!!!!」

 

 金剛はオーバーリアクションをした。それをしてくれたのなら、こうやって溜めた甲斐がある。

 

「まぁ、色々原因はあるんだが……そこの大井が出してしまった時点で、俺と大井は夫婦ってことになるし……」

 

「ちょ!」

 

 鈴谷が口を挟んできたが、俺は知らない。もうやけくそだった。

結婚がどうとかということに関しては、整理がついていた。日本皇国と日本国の政治体制が違うことは分かっていることだが、法律体制はどうだろう。日本皇国の前身が日本国であるならば、法律体制も天皇絡み以外は手付かずだと考えれば、国防関連が変わっているだけで変わっていない。つまり……。

 

「重婚制度もなければ、認められていないだろうな。むしろ刑事処罰だろう」

 

 その瞬間、金剛の目から光が消え失せた。そして、その目が捉えたのは大井と大井の手に握られている婚姻届だった。

 

「それを消してしまえば、私は提督と結婚……」

 

「破いちゃえば、鈴谷は提督と結婚……」

 

 ついでに、鈴谷も大井の婚姻届を狙っているらしい。そして、俺もここであることに気がついた。

そう。俺、この国に戸籍があるのだろうか。

 

「あー」

 

 俺は思い出したかのような振りをして、コチラに3人の意識を集中させた。

 

「俺って、戸籍あるのか?」

 

 そう言うと、突然扉が開かれた。そこに居たのは赤城だ。

 

「問題ありませんよ。旦那様の戸籍抄本ならここに」

 

「おい。個人情報……」

 

 俺はそう言いながら受け取り、内容を読んでみた。そうしたら、確かに赤城の言う通りで、俺の戸籍があったのだ。

いよいよ、俺の逃げ道が『重婚』だけになったわけだが、なんだか嫌な予感がする。

 

「とりあえず、大井さんの婚姻届は没収&焼却処分です」

 

 赤城がそう言って、大井の手から婚姻届を奪い取った。その姿というか、その光景が何というか見てられない。

 

「嫌ですっ! これは紅さんに書いてもらった婚姻届。役所に出しに行かなといけないんですからっ!」

 

「へっへっへっ~。甘いですよ、大井さん。ここでは多勢に無勢。抵抗するだけ無駄ってものです」

 

「さぁ、それをこっちに寄越すデース」

 

「痛い目みたくないでしょ~? 良い子だから」

 

「嫌ぁー!! 酷いっ!! 紅さんが”自分の意思”で書いて下さったのにー!! 酷いです! あんまりですっ!!」

 

「これがあると、私は旦那様と結婚出来ないですからね。ふふふっ」

 

「止めてっ!! 赤城さんっ!! 破かないでっ………」

 

 赤城がピラピラと目の前で大井と俺の婚姻届を振り両手で持った時、大井は座り込んでしまった。そして、俺の横にいるから見えるが、大井の目に大粒の涙が溜まっていた。

 

「これは没収です。旦那様と結婚するのは私です。大井さんは……そうですねぇ……着任も結構遅かったことですし、愛人80番くらいですかね? 私は許しませんけど」

 

 そう言って笑った赤城の顔を見て絶望した大井は、目に溜まっていた涙を流し、泣いてしまった。声をあげる訳でもなく、静かに。

 

「ぐすっ……」

 

 何というか、俺は客観的に見た、いつぞやの俺を見ているような気分になった。

とても気分が悪い。

 確かに、大井は汚い手というか、俺に直接何かを言って書かせた訳ではないが、俺の手で書かせた。あのときは、助けてやる代わりに書いて欲しいという条件だったが、俺もその紙を受け取って、何も見ずに書いてしまった。

大井の婚姻届は、いわゆる、書面上のやり取り。これで大井が提出して、俺が申し立てをしたところで、離婚届を書かない限り俺と大井は夫婦ということになる。

つまり何が言いたいかというと、大井の婚姻届は俺の意思が反映されていないとはいえ、俺が書いたものだから”責任”を持たなければならない、ということだ。

 

「旦那様のために尽力していた1人ということで、情状酌量で愛人20番くらいにしてあげますよ? 私は許しませんけど」

 

 なんだか赤城も、笑い方が悪い方向に向かっている。それを見て、更に俺は嫌な気分になっていた。

 

「ぐすっ……あんまりです……」

 

 大井の鼻が赤くなり始めた頃で、俺は少し顔に出ていたんだと思う。俺の様子を見ていたであろう、鈴谷が赤城に言った。

 

「色々言いたいことあるけど、紅は”私の”だけど……紅を見てよ」

 

「ん? あっ……」

 

 やっぱり、顔に出ていたんだろう。赤城と金剛、鈴谷の顔が青くなっていた。

つまりそういうことだ。我慢も限界だったので、俺は閉じていた口を開くことにした。

 

「黙って訊いてたけど、はたからみたらこれは良くないな」

 

「えっと……旦那様?」

 

 少し冷や汗を流しながら、困った顔をした赤城が訊いてきた。

 

「赤城」

 

「はいっ?!」

 

「それを寄越せ」

 

 俺は赤城に持っているものを渡せと言った。

俺から言われた通り、赤城は俺に持っていた婚姻届を渡してきた。赤城が書いた方を。ちなみに、赤城も新しい婚姻届を持ってきていたようで、俺の記入する欄と印は空白になっている。

 

「違う」

 

 俺はそれを受け取らずに、赤城がおずおずと出してきた大井の結婚届を受け取ると、そのまま大井に渡した。

見てられなかったからだ。

 

「中々酷いことをするじゃないか、赤城」

 

「えっとぉ……その……」

 

 完全に赤城は困った状態から、急転落してしまったようだ。

ちなみに察しのいい金剛は、もうすでにシュンとしている。言われることを分かっているようだ。

 

「ん? どうした赤城?」

 

 俺は訊く。赤城との距離を詰めながら。

一方で、大井は涙を拭きながらよろよろと立ち上がろうとしていた。

 

「何か言うことがあるんじゃないか?」

 

「ご、ごめんなさいっ……」

 

「俺に言ってどうする」

 

「大井さん。……ごめんなさい」

 

 なんだか、このやりとり懐かしいと思いつつ、俺はそれを見た。

赤城はちゃんと、大井に謝った。まぁ、これで良いだろう。そう俺は思ったが、現実はそんなに甘くない。

 

「で、どうするノ? そうは言うものの、ダーリンだって流れとはいえ、騙されたようなものデスシ……」

 

 金剛がそう言ってしまった。その通りだ。俺も騙されたようなものだ。だが、俺に責任がある。内容を確認せずにサインと印鑑を押してしまったからだ。それをしてしまった時点で契約は成立。後から何を言おうと、俺ではどうにもならないのだ。

 

「いや。大井のやつに関しては、俺が悪い。煮るなり焼くなり好きにしろ。俺も腹を括るさ。大井と結婚するかしないか」

 

 俺はそう言って、遠い所を見た。

もう考えているのも馬鹿らしくなったのだ。俺ではもう手に負えない。何をしてもどうにもならないのだ。そして、婚姻届を大井から奪い取って破り捨てることも出来ない。俺の良心が邪魔をするのだ。

だから、俺は遠いところを見て現実逃避を始めたのだった。

 




 何だか流れが怪しいですが、今回だけです。すみません。
あと、結構理不尽じゃないって言うのが、推敲後の感想です。後で理不尽にしますけども……。
 結婚ネタが終わった後のことを考えていますが、どうなるか分かりません。一応、2つほどネタ上げしているんですけどね。
多分、どこかで万策尽きたらアンケート取ります。その時はよろしくお願いします。

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