艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※あくまで可能性の話です。


一つの可能性 その5

 

 新国連総会での騒動は日本皇国内のみならず、世界規模で話題になった。総会に一国の将校が招致されることが異例であり、それは旧国連総会でも同じことであった。

各国メディアが取り上げて脚色しながら広がりゆく情報は、尾鰭が付いて暴走していく。行けるところまで脚色された話題はそれぞれの国民を大いに刺激していったようだ。日本皇国の強大さは言うまでもなかったのだが、その中心に存在する海軍横須賀鎮守府艦隊司令部は恐れるべき存在であり、甘く見積もっていた自国政府を糾弾するには十分すぎる要素でもあったようだ。

結局のところ、日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部がどういう組織であるのか、という疑問が各所で浮かんできたという。その説明は日本皇国は散々してきたものでもあるのだが、やはり荒唐無稽であることは間違いなく、関係者が眉唾物であると謂わしめるものであった。

 新国連参加各国は結局大きく三つに分裂するに至った。先ず新ソ連を代表とした脅威派。日本皇国の保有する戦力は強大であり、一国で世界を統べるだけの力があると信じている者たち。軍事力と確認出来ているだけの皇室の歴史、数千年は地球上に存在する最も古い王朝であり神話を背景に持っている世界最古の国家である事を脅威として見ている。

次にアメリカ合衆国を代表とした恭順派。日本皇国が世界を脅威に晒していた深海棲艦撃滅の立役者であり、それなしでは叶うことのなかった平和な世界であると考えている者たち。軍事力は確かに脅威かもしれないが、横須賀鎮守府の扱いさえ間違えなければどうにか穏便に済ませることができると理解している。

最後に傍観派。少数ではあるが、深海棲艦からの脅威に日本皇国によって解放された事実を理解しつつも、あくまで対等に接するべきであるという姿勢を見せている者たち。横須賀鎮守府の扱いも、形式に倣って真摯な態度で接すれば問題など起こるはずもないと考えている。

この三大勢力で参加国が分裂してしまった。奇しくもその形は天色提督を大いに刺激する様相を魅せている。

 

「さて、と」

 

「今日は私を呼び出されて、どうかなさいましたか?」

 

 起き抜けに本部棟執務室に呼び出された私は、用意を済ませるなり朝一で天色提督の執務室を訪れていた。あくびをしながら私室から出てきた天色提督が、そのまま給湯室でお茶を挿れて下さり、先程ソファーに腰を下ろしたところだ。私と天色提督は正面を向き合って座っている様子だ。

 

「今後の方針を考えようと思ってな。一応、この場では巡田中佐の立ち位置は日本皇国軍ということになるがいいか?」

 

「はぁ、それは構いませんが……天色提督も日本皇国軍人ですよね?」

 

「そうではあるのだが、今からは日本皇国軍人 天色海軍大将ではなく天色 紅でいこうと思う」

 

「了解しました。では、どのようなお話で?」

 

 いつも被っていない帽子を脱いで机の上に置いた天色提督は、私の目の前に書類を置いた。私はそれを手に取り、内容を確認していく。

内容は至って簡単だった。新国連での派閥に関してだった。国際的な話題として、割とポピュラーなものだと思う。これがどうしたのだろうか。

 

「確認したな? それは現在、世界を取り巻く状況だ」

 

「はい。ですが……この問題は特段何が起きているという訳でもないと伺っていますが」

 

「"今は"だ」

 

「……というと?」

 

 溜息を吐き、天色提督は説明を始める。

 

「これはある歴史の流れにそっくりなんだ」

 

「ある歴史の流れ……。それは天色提督にしか知り得ないこと、でしょうか?」

 

「そうだ。現在、世界では深海棲艦との戦争の傷跡を早々に癒やし、力を蓄えつつも、超大国としての片鱗を見せつつある国がある」

 

「アメリカと新ソ連……」

 

「あぁそうだ。かの二ヶ国は、元々日本皇国を中心とした意見の衝突によってそれぞれの道を進み始めた。それと同時に立て直した国力を使い、あることを始める。それも二ヶ国同時に、だ。何だと思う?」

 

「……軍拡でしょうか?」

 

「端的に言えばそうだ。詳細に言えば、先進技術開発と材料・航空・電子・工作・通信・情報、ありとあらゆる分野に力を入れている。一纏めに言ってしまうが、技術が驚異的な進歩を遂げる要因として戦争がある。より効率的に敵を圧倒し勝利を勝ち取る手段として、開発されたばかりのものを軍事転用したりそれ専用に国庫や技術者を使う。結果的に最新の兵器を開発することが先走りになっているんだ」

 

 天色提督は例を挙げて説明する。学校に通っていた頃に習ったことのある、第一次世界大戦時の兵器についてや、普段私たちが使っている日用品が元々兵器であったことについて事細かに。

 

「何処の国でも余力があれば力を入れる分野ではあるのだが、進み具合が比べ物にならない。それはまさしく戦時下であるように、だ」

 

「ですが、それがどのように?」

 

「技術開発だけではないのだが、互いに牽制し合っているのは日本皇国軍からも報告がある。ベーリング海やアラスカ、カムチャツキー半島は今や火薬庫だ。両国軍が集結しつつあり、核兵器も秘密裏に運ばれているという」

 

「か、核兵器……」

 

 嫌な単語だ。第二次世界大戦・太平洋戦争末期に広島と長崎に投下された物が核兵器、原子爆弾だったのだ。その名を聞いて気分を悪くする日本人は多いだろう。

 

「日々尋常じゃない速度で開発される新兵器の数々。そして、両国間の緊張状態。これを俺はレイセンだと考える」

 

「レイセン? それは艦載機の」

 

「いいや違う。冷たい戦争と書いて"冷戦"だ。丁度主義主張も新ソ連の社会主義とアメリカの資本主義で別れていることだしな。両国間で日本皇国に対する姿勢が違うことがあり、双方強い影響力を持っているからこそ分裂していった結果がこれだ」

 

 天色提督の仰っている言葉の意味があまり分からないが、ともかく新ソ連とアメリカが対立しているということだけは分かった。

 

「その冷戦状態? に入っていることが天色提督にどのような意味があるんですか?」

 

「俺の知っている冷戦は何度か大規模な代理戦争が発生している。世界各地で紛争の耐えない現状、いつ大きな人類同士の戦いが起こってもおかしくないんだ。その原因の元を辿っていくと俺になるんだよ」

 

「それは新国連総会での出来事と関係があるのですか?」

 

「いいや。それよりも前からだ」

 

「というと、終戦?」

 

「戦時下から、この状況が起きることを予測していた」

 

 戦時下。つまり十数年前の私がまだ小さい頃から予測していたということなのだろうか。なんというか……天色提督がどんな人物なのか分かった気でいたが、見直す必要があるようだ。

 

「艦娘たちは皆、分かっていると思うからこうして巡田に話しているんだが……ここからが本題だ」

 

「……っ」

 

 私は息を飲む。これまでの話から、恐らく天色提督は大きな決断を下すのだろう。それは、私が部下ではない立場で話を聞かなければならないようなことであるということだったから、自分を『天色 紅として』と切り出して話しだしたのだろう。

 

「俺は横須賀鎮守府から、日本皇国から出ていこうと思う」

 

「っ?!」

 

「艦娘たちが数年前から任務以外で鎮守府から出撃している様子を見ていると思うが、それはこのための準備だ」

 

「な、何故急に」

 

「さっき言っただろう? 俺という存在が、深海棲艦を退けたこの世界で戦禍の火種になりかけている」

 

「なりかけているからといって、何故日本皇国から出ていく必要があるんですか?!」

 

「日本皇国にいるからだ。俺が日本皇国にいなければ、日本皇国を中心に据えた米ソ対立は根幹が消え去る。それぞれの国がそれぞれの国同士で力を合わせ、時には喧嘩をしながら繁栄していかなければならない。今、対立していては駄目なんだ。何処も結局は深海棲艦による傷跡は癒えていない。そんな国々が自分たちの力で解決していかなければならない問題を、俺たちを頼って自分たちでは何も解決しようとしない姿勢が不味い。それが米ソ対立を生み出し、今後起きるであろう人類同士の戦争を誘う」

 

「ならば仲介しては」

 

「駄目だ。そうしたならば、世界がそれぞれの国家である意味がなくなる。それぞれの国家は自分の意志で巨大な共同体を作るのなら作るべきであり、他の大きな力が作用して形成される強制的共同体である必要はない。それはきっと将来大きな禍根を遺すことになる」

 

「ですが……っ」

 

 気付いたら私の頭はどんどん下へと下がっていってしまった。今見えるのは膝の上で握り込まれている拳と震える足。そして、拳の上で震える水滴。顔を見ることも出来ない私に、天色提督は話し続ける。

 

「だから俺は日本皇国を出ていく。何処の国家にも所属しない、別の地へと移る」

 

「……っ」

 

「米ソ対立を解消し、将来訪れるであろう最悪な情景を回避することができるかもしれない。ならば、俺はよろこんでその選択肢を選ぶ」

 

「……」

 

「俺は滅びに貧した人類のために戦う艦娘たちに呼ばれたからな」

 

 刹那、私は顔をあげていた。霞む視界には、いつもの天色提督があるのだが、その微笑みは何処か儚げに見えた。止めなくては、そう思った時には既に遅い。遅いことに気づきながらも、私は止める。

 

「何故、何故そこまでして貴方は!! 貴方は決断できるのですかッ!!」

 

「俺が"提督"だからだろうな」

 

「いつも私たちの前を歩いていて、いつも私たちの前で艦娘の皆さんと壁になって、いつも私たちの心配を他所に矢面に立って、いつも、いつもいつもいつも……」

 

「すまないな」

 

「……だから私の父は貴方のために戦ったんですかッ!!!」

 

「そうかもしれない」

 

「いつも皆を助けてきた貴方が今度は本当の意味で独りになることを選ぶというのですか……ッ!!!!!」

 

「皆と一緒だ。独りじゃない」

 

「そうやっていつもいつも」

 

「俺は独りじゃない……ッ!!!」

 

 力と威圧を言葉に乗せて天色提督が放つ。この頃には私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 

「皆がいてくれたから独りじゃない」

 

「……っ」

 

 そう呟き、天色提督は一呼吸を置いた。そして、あることを伝える。

 

「今日0900、旅立つ。本日0900付けで俺は日本皇国海軍を退役して、横須賀鎮守府も日本皇国に返還する。艦娘の皆は未明までに物資を積んで出れる者から先に出て行ってもらっている。後は俺を乗せて出る赤城たちだけだ」

 

 そういえば、今朝は全く艦娘の皆の姿を見ていない。

 

「行き先は聞くな。ただ言えることは、俺たちの向かう場所は誰のものでもない土地だ。そこでひっそりと暮らす」

 

 言い出せない。私も付いていく、と。口が重く開かない。

 

「知っているだろう? 巡田。巡田がここに来た時から、いいや、巡田中尉の葬儀の時から、言ってしまえばこの世界に来た時から俺は変わっていないんだ」

 

「ぐすっ……」

 

「なんて言うんだろうな。どうも不老不死になってしまったらしい、俺は。精神年齢で言えば、いいところのおっさんなんだけどな。もう、家庭を持って子どもが居てもいいくらいの」

 

 次々の脳裏で思い出したことが反芻されていく。天色提督との会話や、その端々で垣間見える性格や考え方が。時より見せた思いつめるような仕草や、"何か"をぼーっと見ている姿を。

 

「だからさ」

 

 天色提督はおもむろに手を伸ばし、私の前にあるものを置いた。それは天色提督が所有していた軍刀だった。手を引っ込めた天色提督は置いていた帽子を被って立ち上がり、私に言い放った。

 

「これからの世界を頼んだ。もう俺はこの世界には必要ない」

 

「そんなこと……ない、です。まだ、必要……です」

 

「そう、なるかもしれないな。そういう時は願え。間に合うか分からないが、何か変えてくれるかもしれない」

 

「いや……です……っ」

 

「聞かないからな。もう散々止められてきたんだ。陛下や皇太子夫妻、親王にまで止められて泣かれた。この前退役されて病床に臥せった総督も、輸液スタンド引いて病院服で来た。新瑞長官にも止められたし娘さんにも泣かれた。全部振り払ってきたんだ」

 

「まだ、私たち……天色、提督に……なにも、なにも返せて、ない、ですよ……っ!!」

 

「そうだな。だけど俺はそんなもの求めてなんかいない」

 

「なら……っ!!」

 

「皆に、なんて説明すれば……いいん、ですか……!! 皆、慕って、るんです……天色、提督……のこと……!!」

 

「普通に頼む」

 

「いやっ!!」

 

「命令だ」

 

「私は……嫌……ッ!!」

 

 既に準備していたのか、いつも外出する時に使うカバンを手にとった天色提督は、そのまま執務室の扉へと向かう。

 

「さよならだ、巡田」

 

「待って……」

 

「これからの日本皇国の未来、貴官らに託す」

 

「待って!!」

 

「俺が居た頃よりも、いい世界にしてくれよ」

 

「行かないでッ!!」

 

「じゃあな」

 

 扉を開けて出て行った天色提督が見切れる瞬間、私は……

 

「いやぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 現実が受け入れられなくなっていた。

 

※※※

 

 私の中で知らぬ内に天色提督の存在は大きくなっていたみたいだった。軍人だとか上司部下とかそういうのは関係なしに、私は天色提督のことを慕っていた。父の上司だった天色提督は私の上司にもなり、普通の軍人では見せない姿を私に見せていた。その背中を私は追い続けていた。憧れだったのかもしれない。ついていけばきっと凄いことができるかもしれない。そんなことを考えていた頃もあった。だが、いつしか別の存在へと変わっていたようだった。

 彼のような男はいない。同じ振る舞いをする人なら多くいるだろう。だが、それが何処か嘘のように見えた。いつも私は背中を見てきたが、その背中は広く大きかった。だが、時より見せる別の面での背中は小さく傷だらけ。そんな背中を見ていたからかもしれない。

艦娘の皆が時々話していたことをふと思い出す。天色提督は危うい、と。それはよく見なければ分からないことだが、何年も付き合っていれば見えてくることもあるらしい。私にもそれが分かっていたのかもしれない。

 あの日、私は呼び出された執務室から一向に戻ってこないことを不審に思った部下が、本部棟に入って確認をした。そうすると、朝から感じ取っていた違和感に気付いたそうだ。艦娘が誰一人としていないことに。本部棟ならば誰かしら居て、入ってこれば必ず話しかけられるのだ。なのに、執務室に近付いているというのに誰も話しかけてこない。それどころがその影もなかったという。そうして執務室に付き、ノックしても誰の返事もなく仕方なく執務室の扉を開くと私が居たらしい。呆然と涙を流して座っており、目の前には天色提督の軍刀が置かれていたという。

それから私は運び出されて、気付いた時には警備棟の医務室に居た。何があったのかと尋ねられ、私は説明をした。天色提督が日本皇国軍を退役し、出て行ってしまったことを。何処か別の場所へと行ってしまったことを。皆、呆然としたが、ある者が「そうか……坊主は……」と呟いたことから、すぐに動き出した。各所への連絡と今日は通常通り任務を行うことを。

程なくして事務棟から連絡が入り、数日以内に警備部・事務部・酒保に派遣・出向している兵士は大本営に出頭することを命じられた。

 大本営に出頭すると、私たちは原隊に復帰してもその実力を遺憾なく発揮することは難しいと判断され、新設される部隊に丸々転属することになった。その部隊の名は

 

――――――横須賀鎮守府艦隊司令部

 

という。

 

※※※

 

 あれから十年の月日が経った。天色提督の退役は瞬く間に世界中へと発信され、どういう経緯での退役だったのかを説明する報道が何度も流れた。国内に動揺が走り、一次的にショックで経済が停滞した程だった。だがすぐさま持ち直していった。そして米ソ対立は崩壊し、元の軌道へと戻っていった。その最中、天色提督が危惧されていたような戦争が起こりそうなことが何度かあったが、その度に所属不明の部隊が戦場に乱入していたらしい。彼らは一世紀も昔の航空戦力を有し、歩兵は一切居ない武力介入をしたという。

私は横須賀鎮守府艦隊司令部に配属され、警備部部長であったことや、その職務柄、天色提督の指揮を間近で見ていたことから艦隊司令を任された。階級も天色提督の次に高かったというのもある。配属と同時に少将に昇進し、そのまま海軍が運営する純日本皇国海軍の鎮守府として再稼働することとなった。艦娘を主に運用し、併設する横須賀基地と共同での作戦行動を基準とする部隊として私たちは動き出したのだった。

 天色提督が使用した頃の施設は丸々残っており、滑走路も有効活用されている。羽田基地に駐屯していた航空教導団は横須賀鎮守府に異動し、本隊を置くこととなった。更に、歴史資料館としても運用されることとなり、事務棟をそのまま資料館として改装して運用している。その他酒保も一般にも使用できるようにされ、グラウンドは相変わらず訓練や艦娘たちの遊び場として使用されている。

 

「提督」

 

「何?」

 

「先日より未確認艦隊が確認されており、本日のを含めて五件目です」

 

「状況は以前と変わらない?」

 

「はい。深海棲艦残党の目撃情報があった海域に向かっている最中、何処の国籍でもない艦隊群を発見。無線によって停船と国籍、航行目的を開示するよう呼びかけましたが応答はなかったとのこと」

 

「それで、残党への攻撃は?」

 

「ありません。当方の艦隊が到着した際には、既にどこかの戦闘後だったようで確認されていた深海棲艦全てが撃破されていました。残骸でも確認出来ています」

 

「そう。記録を取っておいて」

 

「了解しました」

 

 秘書艦である加賀が少し不審げに報告を終わらせる。だが、自分の席へと戻ろうとはしなかった。

 

「何故提督はこの不明艦隊群の調査や攻撃を命じられないのですか?」

 

 そんな疑問を私にぶつけてきた。

 

「そうね……」

 

 私は少し考えて答えを出した。

 

「調査をしても、恐らく何もわからないわ」

 

「ならば攻撃を」

 

「貴女たちでは絶対に歯が立たないわ」

 

「……」

 

「納得できない、という顔ね」

 

「はい……」

 

 私は書いていた書類を中断して立ち上がり、壁の棚からファイルを適当に抜き出した。適当なページを開き、そこを加賀に見せる。それは戦闘報告書だ。

 

「これは……戦術指南書外伝。私たち艦娘が目指すべき境地」

 

「その外伝にある戦闘記録を持った艦隊で互角に戦えるか……若しくは負けると思う」

 

「そんなことを何故、提督が知っているのですか。正体不明の艦隊という情報だけで」

 

「理由は教えれない。だけど、本当のこと」

 

 そう本当のことだろう。あの日、彼は旅立ってしまった。何処に行ったのかは全く分からないが、恐らくここだろうという当たりは付けている。そしてもし彼が静かに暮らしているとすれば、平穏な世界を取り戻すために力を使ったのかもしれない。

 

「……ここが深海棲艦との戦争を終結に導いた英雄の鎮守府だったことは知っています。提督は英雄が居た頃から軍にいらっしゃったようですが、何か知っているのですか?」

 

「知ってるもなにも、私は彼の部下だったけど?」

 

「それは初耳です」

 

「ならば行き先とかは?」

 

「知らない。教えてもらえなかったもの。ただ、知っていることはあるわ」

 

「それは?」

 

「私たちの誰のものでもないところ」

 

「……? わからないわ」

 

「私にも分からない。でも確かにあの時、彼はそう言った」

 

 私がそう言うと、加賀は思考の海へと入っていってしまった。私はそんな加賀が見なくなった戦術指南書外伝、戦闘記録を閉じて棚に戻す。この本も元は書類の束だったのに、今では全国の鎮守府にコピーが置かれるようになってしまった。題名も『戦術指南書外伝』だなんて名前を付けられて。

 自分の席に座り直し、天井を見上げる。私のいる場所は本部棟執務室。天色提督が座っていた場所だ。そんな場所で物思いに耽る。

 世界は順調に平和の道を歩んでいる。各国共同で宇宙開発まで始まったくらいだ。深海棲艦の脅威もなくなり、艦娘ももしもの時のために規模を縮小された。もう国内の鎮守府のみとなっている。

人々が安全に海を渡り、異文化に触れることができるような世の中になっているのだ。日本皇国は独自に発展した文化が、海外で人気を呼んでいるらしい。年々観光客は増加しつつあり、観光でも日本皇国は発展をし続けている。

新国連も参加国はないと言っていいほど、しっかりとした組織となった。人道支援が活発に行われており、先日発生した災害支援のために各国が食糧と救助隊をすぐさま現地に派遣された。まだまだ人類は発展の余地があり、精力的に各国は技術開発競争を行っている。また深海棲艦のような未知の敵に備え、国連軍が発足されるかされないかというのもあるほどだ。

 

「提督……貴方が私たちに託した未来、思い描くようなものになったでしょうか?」

 

 窓から望む空は青く澄み渡っており、水平線が遥か遠くまで望むことができる。

 

「私たちは少しでも貴方に返すことが出来たでしょうか?」

 

 海にはポツポツと黒い影が浮かんでおり、それは巨大なタンカーや貨物船。世界各国との貿易のため、日本や各国を行ったり来たりしている。勿論、軍による護衛はいない。深海棲艦に怯えるようなことはないからだ。

 

「天色提督……私は貴方のことが……」

 

 締め切っているはずの室内に潮の匂いを乗せた風が吹く。

 

「提督?」

 

「ん? 何?」

 

「そろそろ時間です。昼食に行きましょう」

 

「そうね」

 

 私は匂いを気にすることなく立ち上がった。そして扉を開け放ち、皆が待つ食堂へと向かう。

 

『"日本皇国の為、その身その力を全て使い戦った英雄。世界に蔓延した深海棲艦による災厄を跳ねのけ、ただ一人、立ち向かった。味方少なく、共に戦うのは百数十の艦娘と、彼を慕う千余りの兵士達"』

 

『"何度背中から攻撃されようが、背中に守る人の為、決して倒れることはない。深海棲艦に攻撃される敵でさえ、その身を盾に庇い戦う"』

 

『"最後に世を憂い、自らを消すことによって世界を平和へと導いた"』

 

『"我々は日本皇国軍。人を護る者也。英雄の様で在れ"』

 

『"唯、英雄は日本皇国民に非ず。人の為、この世界に降り立った異邦人也"』

 

 何処からか聞こえてくる言葉。

 

『士官学校に入った時、これを一番最初に習ったよなぁ』

 

『私も同じ。誰の言葉なんだろう?』

 

『さぁ? だけど俺、この言葉を聞いて士官学校に進むことを決めたんだ』

 

『そうなんだ? あ、そろそろ戻らないと曹長にどやされるな』

 

『曹長にどやされる少尉ってどんななのよ』

 

『そういうお前もだろうが!!』

 

 その言葉は誰の耳にも届くことはない。だが……。

 

――――――今日も異常なし

 

――――――テートクゥー!! 今日は何するネー!!

 

――――――お茶会がいい

 

――――――オッケーネー!! すぐ準備するから待っててネー!!

 

――――――三十四番格納庫の作業終了しました

 

――――――じゃあ五十六番格納庫の建設に取り掛かってくれ

 

――――――はい

 

――――――そういえば研究局で新型艦載機の開発が行われてるとか

 

――――――おい赤城、逃げるな

 

――――――わ、私は今回無関係です!!

 

――――――じゃあツェッペリンか?

 

――――――わ、私もだぞ、アトミラール

 

――――――そんな挙動不審にしても意味ないぞ!! あぁもう!! お前らいつまで経っても変わらないのな!!!!

 

 何処かでそんな会話を潮風が運んできたのだった。それは酷く冷たい風が一万五千キロという距離を、流れに身を任せて。

 




 息抜きに書かせていただきました。今回のテーマは『一つの可能性』です。行き着く先、どのような結末が待っているのか、ということを別視点で書かせていだきました。
人によってどのように判断するかは違ってくると思いましたので。
 さて、プロット段階では『未来』というテーマになっておりましたが、ぶっちゃけ相対して変わらないんですよね。ということで、これまでお読みになれた方は分かると思います。
これは正史ですが、別視点での物語となっていますので、お間違いなきように。
 では、また何処かでお会いしましょう。

 ご意見ご乾燥お待ちしております。

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