艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集   作:しゅーがく

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※あくまで可能性の話です。
※視点はとある人物の娘です。話の途中で正体が判明します。


特別編企画 第7回目 『一つの可能性』
一つの可能性 その1


 母曰く、私の父は殉職した。そんな母は父が何をしていたのか、どのような状況で殉職したのかを頑なに教えてくれなかった。

私が気付いた時には、父は仏壇に置かれた写真でしかなく、その姿しか知らなかった。私にとって当たり前のことであるが、何一つとして父のことを知らない。

 私は母、祖父母と共に築五十年程の戸建てに住んでいる。母は毎日働きに出ており、平日は日中いない。繁忙期だと夜遅くまで働いている。祖父母は年金生活を送っている。母の稼ぎで私たちは暮らしていた。

私には兄弟がおらず、一人っ子だ。その代わりに、これまで引っ越しをしてこなかったため、近所の同年代とはとても仲がいい。小さい頃から一緒に育ってきた。小中高と進学してもほとんどが一緒のところに通った程だ。

 友人たちと一緒に遊んでいると、皆が口を揃えて言うことがあった。両親についてだ。叱られた、褒められた、プレゼントを貰った、お祝いをした。私もやってもらっている。だが、違う点はあった。私には父がいない。

 小学生の頃、宿題で作文が出されたことがあった。お題は両親について。授業参観の日に音読するものだ。担任は例を挙げて私たちにわかりやすく説明をしてくれた。私も宿題を理解したため、家に帰ると早速書き始めた。母のこと、祖父母のこと。だが、どうしても引っかかる。私には父がいたはずだ。だが、私は何も知らない。どのように書けばいいのか分からなかったのだ。

仕事から帰ってきた母に相談すると「天国にいるのよ」と。いつも聞かされていることを言われるだけで、私は仕方なくそれを書いた。

授業参観日、母は有給を取って小学校に来てくれた。私は堂々と作文を読み上げるが、やはり私の胸に疑問は残ったままだった。作文にはそれは現れており、「お父さんは天国にいます。ですが私はどうして天国にいるのか分かりません」と言ってしまった。小学生ながら、教室の空気が変わったことに気が付いたが、何をする訳でもなかったし、できなかった。

 不自由なく私は成長したと思う。確かに父がいない理由は分からないままだったが、私は中学を経て高校生になった。

大学受験を考えており、母や祖父母にも「したいようにしなさい」と言われていた。なので私は国公立大学を目指して勉強を始める。

だが、大きな壁に当たった。したいことが漠然とすらない私は、その時々の感覚で学部を決めていた。文系であることを加味して、文学か国際か経済・政治・法学等、様々考えつつも勉強をしていたはいいものの、国公立大学の試験で落ちる可能性が浮上していったのだ。

私は悩んだ。母にこれ以上苦労はかけまいと考えていたからだ。レベルを下げるにしても、下げた場合、地方になる可能性が高かった。下宿費用を稼ぎながら大学生をするのも考えたが、母や祖父母は仕送りをしてくるに決まっている。ならば、ある程度年間で使う金額の少ないであろう地元私学にした方がいいのではないか、と考えた。それならば、地元で通学・アルバイトをしながら家にお金を入れつつも生活できると。

高校三年に上がる直前の春休み、私は母に相談をすることにした。

 

「お母さん」

 

「何?」

 

「大学進学の件なんだけど、国公立を第一志望にしてることは前にも話したよね?」

 

「そうね」

 

「第一志望ばかり考えてもアレだから、第二志望以降のことも考えたの。第一志望よりもハードルの低い国公立大学を精査したら、地方になっちゃうことが分かったんだ」

 

「そうなるわよね。いいと思うわよ? ただ、一人暮らしをしたいって言うならいいと思うし、反対もしないわ。心配ではあるけどね」

 

「そう言うと思ってた。だけど、私はこれ以上お母さんに負担も心配も掛けたくないの。だから地方国公立大学に進学した際の学費と生活費の予想と、地元私学だった場合の学費の差し引きを計算したら地元私学の方がいいって思った。だから、お金が掛かるかも知れないけど、滑り止めで私学受けてもいい?」

 

「えぇ、貴女の好きになさい。貴女の人生だもの、好きに生きて欲しいわ」

 

「……ありがとう。お母さん」

 

 以外とあっさりしていた。回答の予想はしていたし、予想通りではあった。だけど、やはり負担や心配事については私も心配している。

 私は進路を決めて固めた。もう深く考えることはせず、第一志望第二志望滑り止めが全て合格するように勉強するだけだ。

 

※※※

 

 厳しい受験戦争を生き抜いた私は、晴れて第一志望に合格することができた。まだまだ寒い二月の中旬に合格通知と共に入学に必要な書類が送付されてきた。

届くなり開封し合格の旨を母、祖父母、高校の担任、お世話になった人に報告していった。本当に嬉しかった。

だが、あるもので私は躓いたのだ。

 入学必要書類の中に、自身のプロフィールを書くものがあったのだ。住所氏名年齢電話番号、学生証に使う写真、家族構成や緊急連絡先等々。極自然なものではあるのだが、家族構成を記入していた時のことだった。祖父、祖母、母、私と書く。父は亡くなっているので書かない。分かっているのだが、改めて疑問に思ったのだ。私は父がどのような人でどうして亡くなったのかを。

 母に尋ねるのは小学生以来だ。小学生の頃に書いた作文以来、何故かそういうものだと思ってしまった私は、母やおろか祖父母にも父のことは聞かなかった。これまで知らないままだったのだ。三人が父について知らない訳がないので、私ももういい年齢になったと思い、再び聞いてみようと思ったのだ。

そのタイミングは丁度よく訪れる。土曜日の夕食の時間。平日だと時々母とは一緒に食べれないが、土日ならば一緒に食べれる。夕食ということもあり、食べ終わった後でも時間にかなり余裕がある。だからこそ、聞くにはいいタイミングだと思ったのだ。

夕食である金曜日の残りのカレーを食べ終わった頃、私は母たちに問いかけた。

 

「ねぇ、お母さん」

 

「何?」

 

「お父さんのこと知りたい」

 

「……」

 

 母は黙ってしまった。食器を片付け始めていた祖母や、お茶を飲んで一息吐いていた祖父も動きを止めている。このようなことになるのは小学生以来だろうか。おかしな空気が辺りを覆う。たまたま全員でドラマを見ていて、濡れ場シーンに突入してしまった時とは違う空気だ。

緊張し、左親指を握り込んでしまう。机の下で握りこぶしとそれを包む右手。震えはしないが、何処と無く感じ取った緊張感に少し汗ばんだ。

 

「そう……よね」

 

 そう言った母は、姿勢を正して私の目を見る。その目はいつも私に向ける目とは少し違い、感情が入り乱れているような気がした。形容し難い目に見えた。自然と私も背筋が伸び、結んでいた手を解いていた。

 

「貴女のお父さんはだいぶ昔に亡くなったことは分かっていると思うけど、葬式や通夜のことは覚えてる?」

 

「えっと……あんまり覚えてないかな。親戚やお父さんお母さんの知り合いが集まって家に来ていて、式だからって私は暇でぐずっていたような」

 

「そうね。貴女はずっと暇だって言っていたわ。年の近い親戚の子がいても、やっぱり小学生や中学生にもなると空気で分かるみたいだから、ずっと静かにしていたわね」

 

「うん。覚えているのはそれくらいかな。どういう式だった、とかは全く」

 

「無理も無いわ。まだ貴女は幼かったもの。小学生にもなっていない、まだ幼稚園の年中くらいだったかしら?」

 

「多分」

 

「なら、お父さんが生きていた頃の話からしましょう」

 

 母は急に立ち上がり、どこかへ行ってしまう。片付けをしていた祖母も、お茶を飲んでいた祖父も席に戻ってきて座っている。どこか家族会議を始めようか、という空気の中で、母は何かを持って戻ってきた。箱だ。段ボールで、家の中にならどこにでもあるような箱。箱を机の上に置き、中を開く。そうすると、服や小物が見えた。だが、見慣れたことのないもの。

 

「お父さんは軍人だった」

 

「へ?」

 

 それはそうなのかな、と漠然とは思っていたが本当にそうだとは考えもしなかった。仏壇に置かれている小さな写真に写った父は、確かに軍服のような格好をしていたからだ。

 

「お母さんは普通のOLだったけど、お父さんのような人と出会えたのは今でも信じられないくらい」

 

「それはどうして?」

 

「お父さんは軍でもエリートだったの。訓練校で優れた能力を発揮して、更に頭もよかった。だから、引き抜きで特殊部隊に配属されていたの。特殊部隊って言うと、危険な任務がつきものだって貴女は考えるだろうけど、当時は殆ど危険なんてなかった」

 

「当時? お父さんが死んだ頃って確か……」

 

「えぇ。国内が混乱していた時期で、一時的に治安もかなり悪くなっていたわ」

 

「確か……『暗黒の年』とか言われていたっけ? 深海棲艦が沿岸部を攻撃したりしていて、食糧の供給が不安定になったっていう」

 

 私が幼かった頃、日本皇国は戦争をしていた。今でこそ戦争は終結しているものの、未だ爪痕は癒えていない。『深海棲艦』と呼ばれる人類に敵対的な未確認艦船群による制海権奪取によって、世界中の人々は困窮した。資源、食糧、人、ありとあらゆるものの交易が完全に途絶え、滅びる国家は数知れず。そんな中、日本皇国は懸命に生き長らえていた。

横須賀鎮守府艦隊司令部。私の住んでいる家からほど近いところに立つ軍事施設。『艦娘』と呼ばれる特殊能力を有する少女たちの基地。その基地が深海棲艦との制海権の取り合いを行っていた。進退を繰り返しながら、一時期戦闘提示状態に陥ったものの、息を吹き返し怒涛の快進撃を始めた。深海棲艦出現直後に定められたルールによって、日本皇国が引き受けるべき領域を奪還し終えると、戦闘力を失っていた世界中の国家と接触するため地球全域の海を渡り歩いた。

これが私が小さかった頃の日本皇国。知り得る情報は多かったが、私自身興味がなかったこと。知っていることはあまりない。戦争末期に日本皇国軍の一部がクーデターを画策し、内乱状態に陥ったこと。艦娘が私たちの命令を聞かないということ。横須賀鎮守府の司令官の言うことしか聞かないこと。その司令官が撃たれたことによって『暗黒の年』が到来し、一時期国内は不安定になったこと。それくらいだ。

その『暗黒の年』に父は亡くなっている。それと密接に関係しているのだろうか。

 

「『暗黒の年』とはあまり関係ないの。それ以前のことよ。私たち日本皇国が艦娘に深海棲艦のことを任せっきりにしていた時は、軍人共々平和な世の中だったわ。今と同じくらいにね」

 

「知らなかった」

 

「無理もないわ。私だってその頃、日本皇国が戦争をしていたことなんて知らなかったくらいだもの」

 

「え?」

 

「まだ数年とか十数年の前の話だから、この辺りの勉強はしなかったよね。日本皇国海軍に艦娘は組み込まれていたけど、それは建前でそうなっていただけ。本当は日本皇国と艦娘は協力関係にあったの。例えるならば、条約を結んだ国家同士という感じね」

 

「……し、知らなかった」

 

「まぁ、前置きはそれくらいにして……。お父さんは戦時下で国内の治安を維持するために活躍していたらしいわ」

 

「らしいって?」

 

「当時、どのようなことをしていたのかは分からないの。ただ、特殊部隊にいたっていうことだけ分かってるの」

 

 知らなかった……。

 

「まぁ、お父さんは日本中で軍からの命令で活動していたみたい。色々なことに関わっていたみたいだけど、私も詳しいことは知らないの」

 

「そうだよね。多分、機密とかだろうし」

 

「えぇ。そんなお父さんに私は出会って、結婚したの。デートも滅多に出来なくて、任務だからっていつも連絡が取れなかったの」

 

 話の道筋が惚気話になりそうだ。

 

「まぁ、その辺りは省略するわ。そういう感じで付き合っていって、会える時にだけどれだけでも良いから会って話してを繰り返して、結婚したの」

 

「そうだろうね」

 

「お父さんは忙しいからって、親戚だけで式を挙げたの。そうしたらまたお父さんは任務だって出ていっちゃう」

 

「特殊部隊だもんね」

 

「そうね。お父さんは任務だってまた日本中を飛び回ってた。帰ってくる度に軍服脱がしてお風呂に入れて、軍服は得意じゃないのに私が直したりしてね。そんなことが二年くらい続いたある任務では何ヶ月も帰って来なかった。手紙とかは送ってくれていたけどね。いつ帰って来るんだろうって、思ってたら帰ってきたの」

 

 突然、母の表情が固くなった。

 

「ある人に見込まれたって言って帰ってきたの。いつもみたいにボロボロの格好で」

 

「見込まれた、って?」

 

「分からない。だけど、やっと帰ってきたと思ったらそれだったの。頬も痩けてたし、ボロボロだったけどね。そうしたら本当に転属したの」

 

 母は深く息を吐く。

 

「転属先は海軍横須賀鎮守府艦隊司令部」

 

「……は?」

 

「貴女も知っている人だとは思うけど、天色 紅海軍大将にヘッドハンティングされて転属したのよ」

 

「え、えぇぇぇぇぇ?!」

 

 今日イチの驚き。否。この話イチの驚きだ。そうだったなんて知りもしなかった。お父さんがあの、戦争を終結に導いた現世の英雄にヘッドハンティングされたなんて。

 

「何があったとかは聞けなかった。格好はいつもと同じボロボロの格好だったし、痩せこけてたもの。だけど、あの時の顔は覚えてるわ」

 

「そうなんだ」

 

「それからは、特殊部隊にいた頃よりも頻繁に帰って来るようになったの。ボロボロさ加減も落ち着いてきてたけどね。そうして一年位経つと『暗黒の年』に入ったわ」

 

「……」

 

「お父さんは天色海軍大将が撃たれた時、側にいて応急処置もしたとか。本当は機密だったみたいだけど教えてくれたの、どんな様子だったのか。お酒を浴びるほど飲んで泥酔して、泣きながら」

 

 その辺に酒瓶大量に転がしてね、と母は言う。

 

「当時、大将は十九だった。貴女と大して変わらない年齢なのに、殴られて撃たれてたって。何箇所も銃創があって大量に血を流していたのに気長に振る舞っていらっしゃったって。軍病院に運ばれた時には心肺停止していたとか。あれだけ出血していたら危険だし、もう助からないかもしれないって」

 

 祖父の様子が少しおかしくなった。うつむいて震えているのだ。どうしてなのかは分からないが、今は聞ける状況じゃない。

 

「それからすぐに『暗黒の年』は来た。大将の安否は機密になって、それは横須賀鎮守府にも伝えられなかった。状況をよく知っていたお父さんや、艦娘の方が生存は絶望的だと分かっていた。艦娘の皆さんは完全に戦意を喪失して、貴女もよく知る状況になったわ」

 

「深海棲艦の再侵攻で、海岸線は危険地帯になったっていう……」

 

「えぇ。なんとか立て直そうと軍部もお父さんも努力したみたいだけど、駄目だった。艦娘の皆さんには大将の声しか届かなかったから。丁度その時期だったかしら。軍の一部できな臭い動きが出てきたとかで、大本営がクーデターを察知したの。あちこちでクーデターが起きそうになっては、軍同士が衝突していたわ。一晩で基地がいくつも無くなったこともあった。そんな中、横須賀鎮守府にある人が現れたの」

 

「え?」

 

「貴女もよく知ってる人よ。毎年お盆に来る」

 

「あぁ、あの人。名前は知らないけど」

 

 お母さんの言った人。『暗黒の年』に現れて、毎年お盆に家に来ている人は同一人物なのだろう。よく知らないが、私が小さい頃は毎年お盆に誕生日やらお年玉、クリスマスとかまとめて置いていく人だった。若い女の人。

 

「あの人、大将の姉よ」

 

「で、でもあの人……小さい頃に見た時から変わってない……」

 

「その様子だと、他にも知らないことがあるみたいね」

 

「う、うん」

 

「大将、天色海軍大将はね、異世界人なの」

 

「え?」

 

「異世界人。SFとか映画とか小説であるでしょう? 異世界から来た人のこと。彼は異世界人。日本皇国の大罪の一つ。自国民を国のために使うことは普通のことだけど、大将は異世界から連れて来られた人。日本皇国のために働かされた人。分かるでしょ? 深海棲艦と戦ったのは艦娘の皆さん。艦娘の皆さんは大将の言うことしか聞かなかった。だから日本皇国は大将を軍役に従かせた。当時まだ18歳の頃。まだ高校は卒業してなかったらしいわ。元いた世界に帰ることもできない。こっちでは常に危険と隣り合わせ。命も狙われて、実際に撃たれてる人よ」

 

「……」

 

「意味分かるわね? 私たちは大将に生かされてたの。まだ成人もしていない青年によって。まぁ、それは追々知っていくことになると思うから、その時にでも知りなさい」

 

「うん……」

 

「話を戻すと、お父さんや横須賀鎮守府は大将の安否がどうしても知りたかった。そんなところに同じく異世界人のましろさんがやってきたの。彼女もまた、行方不明になった大将を探してこの世界に来てしまった人なんだけどね」

 

 話が飛躍しすぎて頭が少し追いつかない。だが、母は話を続けた。それに、あのお姉さんはましろさんっていうことを初めて知った。

 

「この世界に大将がいることを知ったましろさんは、安否不明であることを知り動き出したの。鎮守府の兵士たち、お父さんたちや艦娘の皆さんと話して、大本営に直談判したの。そうしたら、国内の安全を確保したらと言われ、協力を申し出たの」

 

「協力って? それはクーデターの鎮圧?」

 

「そうね。最初は関東近郊に残っていた基地。その後、クーデター軍の本拠地」

 

「倉敷島の戦い」

 

「えぇ。その戦いには横須賀鎮守府は大部隊を派遣したの。いくつもの艦隊、艦載機、所属する兵士たち。その中にお父さんもいたわ。経験を活かした特殊部隊の配置だったみたい」

 

「そうなんだ……」

 

 お父さんがあの戦いに参加していたなんて……話を聞き始めてから想像もしなかった。

 

「そして戦死したの」

 

「……」

 

「空挺降下後、破壊活動中に狙撃を頭に。即死だったって」

 

 そして、父の戦死は呆気なかった。狙撃を頭に受けて即死だなんて。

 

「それからは貴女も知ってることよ。葬儀と通夜が家で行われたわ」

 

「そうだったんだ……」

 

 少し間を置いた母は、話を切り替えた。

 

「ましろさんの見た目が変わらないって、さっき言ったわね?」

 

「うん。小学生の頃から毎年来てるし、去年も来たけど、変わってないよね?」

 

「ましろさんもだけど、大将も変わってないらしいわ。こっちの世界に来た18歳の時から。ましろさんは22歳だったかしら?」

 

「不老不死になったってこと?」

 

「分からない。詳しくは聞いてないから。だけど、見た目の年は取ってないみたい」

 

「そうなんだ……」

 

 私は少し頭の整理を行うことにした。少し黙り、集中する。父の話、天色海軍大将の話、ましろさんの話。全てを関連付けていき、整理をし終える。以外と簡単な気もするが、本当はもっと複雑なんだろう。

私を待っていた母は、机の上に薬莢を置いた。小さい薬莢を一つ。拳銃のものだろうか。

 

「これは?」

 

「拳銃の薬莢。天色海軍大将のものよ」

 

「それがどうして?」

 

「お父さんの通夜の時、彼は自分の足を撃ったの」

 

「な、なんで?!」

 

「私が莫迦だったから」

 

「それって……」

 

「私は知った気になっていたの。お父さんっていう人が身近にいたから、日本皇国という国について調べていたの。どういう状況にあって、どのような世論で、どのように政治が行われているか。だけど、それは上辺でしかなかった。深く知ろうとも、疑ろうともしなかった。私は愚かだったのよ」

 

「でもそれがどうして?」

 

「お父さんが死んだのを、彼の責任だと言及したのよ。身代わりになって死んだんだ、って」

 

「……」

 

 脂汗が滲み出る。天色海軍大将なんて人に、母はそんなことをやったのかと。

 

「そうしたら、責任を取ろうって言って庭に出るなり拳銃で自分の足を撃ったの。これで逃げられない。殺すのなら拳銃でも刀でも貸す。自分でやりたくないなら言えってね」

 

「そんな……」

 

「そこにお祖父ちゃんが出てきて私を叱ったの。私がどうしようもない莫迦で、お父さんのことを何も分かってないって」

 

 そんなことまで起きていたなんて、知りもしなかった。そして、そこまで私の家が時代の中心人物に関与していたことも。

脂汗がある程度引いた頃、母は笑った。

 

「あの頃の貴女、彼の膝に抱きついて「おじさん」なんて言ったのよ。彼は困り顔していたけど」

 

「そ、そうだったんだ」

 

 私もとんでもないことをしていたらしい。

 母も深く関わりがあることも、初めて知った。場合によっては母は逮捕されていたかもしれないというのに、こうして普通に暮らしていることにも少し驚いた。話の道筋から、過失はなかったってことにもなったのかもしれないが、相手が相手だ。その辺りはゆっくり理解していけばいいだろう。

 

「この話は終わり。今まで黙っていてごめんなさい」

 

「……別にいいよ。お父さんのこと、知れてよかった」

 

「そう……。じゃあお風呂入っちゃいなさい」

 

「え?」

 

「もういい時間よ」

 

 母にお風呂を進められたが、気が付けば話し始めてかなり時間が経っていた。私は席から立ち上がり、自分の部屋へと向かう。祖父も祖母も立ち上がって、片付けやらを始めた。そんな二人の姿がどこか、いつも違うように見えて、まだ座っている母の表情が見たこともないものになっていることを気にしつつも、私は部屋を出て行った。

 




 お久しぶりです。少々忙しかったのと、リハビリ、気分転換のために書きました。
本日より三連続連日午前7時半に投稿します。

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