艦隊これくしょん 横須賀鎮守府の話 特別編短編集 作:しゅーがく
目を覚ましたのは私室だった。
窓から光が差し込んでいるので、もう朝になっていたんだろう。
「お目覚めですか」
「……お、おはようございます」
ただ、室内の様子はいつもと違っていたのだ。廊下に立っていたはずの門兵が2人とも俺の私室に入ってきていたのだ。小銃を携え、完全武装状態で。
深く被ったヘルメットと門兵全員に着用が義務付けられているバラクラバで表情は見えないが、声色や背丈、BDU越しの体系でなんとなく性別くらいは分かる。
どちらも男性門兵だ。
その門兵がどうして俺の私室の中に居るのだろうか。
確か廊下で立ち番をしている、ということになっていたはずなんだが……。
「昨夜、何があったんですか?」
「へ?」
門兵は急にそんなことを訊いてきた。むしろ俺が聞きたいことがあるというのに……。『どうして俺の私室に入ってきているのか』ということを聞きたかったんだが。
「昨夜? ……あ、あったにはあったんですが、よく、覚えていないんですよね」
「ふむ……」
とは言ったものの、今さっき少し思い出した。
恐怖で混乱し、発狂したのだ。それを思い出したのだ。
「い、いいえ……今思い出しました。……怖くて、怖くて、それで……そこからは今は思い出せません」
「そうですよね。そうでなければ、あのようなことにはなりませんから」
門兵が妙に"あのようなこと"を強調した。
昨日の俺に一体何があったのだろうか。怖いものを見たことまでは覚えているのだが、その先はどうしても思い出せない。
「叫び始めたところで私たちは確認しに私室に入らせていただきましたが、紅提督が声にならない叫びをしているだけでして……。少々暴れておりましたから抑えていたんです。それからは落ち着いて、寝てらしたので……」
PTSDの症状が出た、ということで良いんだろうな。今の門兵の口ぶりからすると。
と、なると……。
「そ、そうですか……」
「身体が震えているようですが、どうかされましたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
となると、昨夜の俺が何を見て発狂したのなんて理由は1つしかない。
艦娘だ。ただのフラッシュバックだったのなら、俺にも記憶が残っているはず。だとしたら、恐らく目の前に"居た"ということになるだろうな。
すぐに視線を隠し扉の方に向けた。
廊下と執務室を繋げる入口は門兵2人が立ち番していたはずだ。だとしたら、俺の私室に入ってこられるルートは1つだけ。隠し通路を通って隠し扉から出てくるしかないのだ。
だが、変な点がある。
門兵は俺の発狂する声を聞いてすぐに入ってきたという。となると、発狂してからすぐにはおそらく俺の目の前に艦娘は"居た"ことになる。ならば門兵たちは艦娘の誰かと鉢合わせしていないとおかしい。
廊下から私室まで、急いで入ってくると2秒や3秒だ。それまでの間に隠し扉から隠し通路に出ていき、隠し扉を閉めることなんで出来ない。これは俺が昔実験しているのだ。
ということは、艦娘たちはその瞬きする間程度の時間で、どこかに隠れたことになる。
「……この部屋には俺以外は居なかったんですよね?」
「はい。……変なことおっしゃいますね。紅提督の声を聞いてすぐに来た私たちの目から隠れることなんて、ほぼ不可能ですよ」
推測であったので、確認を取ってみたがやはりそうだ。門兵が俺の私室に駆け付けた時には、俺以外この部屋には誰も居なかったのだ。
「とりあえず、身支度を整えますので……」
「はい。退出しますね」
俺は門兵に出て行ってもらい、考えるよりも先に行動することにした。
着替えた後、何かないか調べるのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
朝のうちに『俺に何があったのか』分かることは何もなかった。ただ、俺が『何か』を見て発狂したことだけは分かったのだ。
俺が私室で何を『見て』、どうしてそうなったのかは推測が立てられる。だが、それをそのまま信じる訳にはいかなかった。
状況から考えれば、俺は私室で艦娘を見たことになる。
そうしなければ、現状発狂する要因として考えられるものはない。
「……」
朝食を作りながら俺は考える。
「……紅くん」
今日の俺の"護衛"と"監視"に付いているのは姉貴だ。
所用でここ2週間以上も鎮守府を開けていたので、その間で起きた事件は口頭でしか聞いていない、ただ1人の人物でもあったりする。そもそも、横須賀鎮守府の人間が外でそんな長い間戻ってこないことなんてないから仕方ないのかもしれない。
帰ってきたのは昨日の夜で、そこから不在中に起きたことを門兵の人たちから色々聞いたらしい。どういう反応をしたのかは知らないが、今朝来た時の様子を見る限り心配したことに変わりはないみたいだ。
「何?」
「いいえ、なんでもありません」
歯切れの悪い会話しかできていないが、それだけのことは伝わってきていた。
それよりも俺としては、そっちに問題がある訳ではない。
昨夜の出来事は本当になんだったのだろうか。何があったのか、全く分からなかったのだ。
「今日は工廠に用事があるけど、付いてくる?」
「付いていきますよ。任務でなくても」
「そう」
今日は艦載機のことで、工廠から呼び出しがあったのだ。
妖精がそのことを口頭で伝えに来たので、執務を終わらせた俺は工廠へと向かう。
果てしなく大きな建物である工廠の入口を潜り、奥へと進んでいく。
工廠の中は薄暗く、鉄臭く、油臭い。それに大きな棚がいくつも並べられており、そこには部品やらがたくさん収納されている。
そして工廠の中を妖精たちが駆け回っているのだ。全員が仕事をしており、機械油でまみれている。
俺が通ると止まって敬礼をしていく中を奥まで進んでいき、艦載機を主に扱っているところに到着した。
そこにはマーキングを見る限り瑞鶴航空隊の流星がバラされていた。オーバーホールでもするのだろうか。
そして俺を呼び出したであろう妖精が、俺の目の前に現れた。
「紅提督。御足労いただきまして、ありがとうございます」
「良い。早速本題に入ろうか」
「えぇ」
一瞬、妖精の顔が凄く悲しそうな表情になったんだが、どうしたのだろう。
刹那、背後で物音がする。物が落ちたとか、そういうものではない。
後ろを振り返ると、そこには姉貴が気を失って倒れていた。一体何が起きたというのだろうか。すぐに俺は姉貴に駆け寄り、身体を起こす。
だが、俺もそれと同時に気を失ってしまった。気を失う時、少し聞こえた気がした。
『申し訳ありません、紅提督』
俺を呼び出した妖精の声だ。
ーーーーー
ーーー
ー
目が覚めた時、どこにいるのか分からなかった。ただ、ここが工廠でないことは分かる。
工廠特有の臭いがしないのだ。だが、どこか匂ったことのある匂いではあった。
「……」
状況を整理する。工廠で気を失って、気づいたらここにいた。恐らく、自分で移動した訳ではないだろう。自分で移動したのなら、どこにいるのか分かるはずだ。
夢遊病ということもないだろう。そもそも気を失った訳で、寝てなどいないからだ。
何らかの要因で気を失ったのなら、おそらく妖精か誰かが目を覚ました時に声を掛けてくれているはず。
ならばこの状況は一体なんだというのだろう。
それに今更ではあるが、身体の自由が少しない気がする。足が重い。多分、何か足に付けられているんだと思う。それにこの部屋、暗くて全く何も見えないのだ。
状況がまるで分からない。あ、あと口が塞がれているな。今気づいた。
これじゃあまるで、誘拐されたみたいになっているじゃないか。
俺が状況分析をしていると、隣の部屋に誰かが入ってきたみたいだ。
足音がする。そしてそれはどんどん近づいてきて、ついに俺の居る部屋にまで来たみたいだ。扉が開くのと同時に光が差し込み、遂に部屋がどこなのかが分かった。
艦娘寮だ。となると、俺は……
「お目覚めですか?」
艦娘に……
「やっと起きたデース」
誘拐……
「ふふふっ」
されたのか
「怯えてるわ」
「それは仕方ないです」
「仕方ないとはいえ、"アレ"は私たちの意思ではなかったわ」
頭の中に声が木霊し、今ここにいる艦娘の表情が浮かんでくる。
だがどれも笑っていたりするものではない。あの顔だ。見下ろし、汚いものを見るかのような……そして、それを見て"嗤っている"顔。
「ん"ん"ん"んッ!!」
塞がれている口で叫ぶが、たいして大きい声は出ない。
何とか逃げようと暴れてみるものの、足枷は全く取れないどころか、金剛に押さえつけられてしまった。
艦娘たちの力というのは、性別・歳相応のものだと思っていたが、全然そんなことない。金剛に押さえつけられてしまってからは、身体が全く動かなくなってしまったのだ。
両手を封じられ、俺は徐々に近づいてくる赤城、加賀、鈴谷等々の艦娘たちから目を逸らすことしかできなかった。
必死に抵抗を続けても、びくとも動かない俺の身体。そしてもう息が当たるほどの距離にまで近づいてくる。
その刹那、息が止まったかのように思えた。
酷く歪んだ口角に、皆の目はなんとも形容しがたいがとても怖い目をしていた。あんな目で見られたら、もう……。
そこでまた、俺の意識は飛んだの"かもしれいない"。
気が付くと、そこは工廠の中にある休憩所だったのだ。俺を呼び出した妖精がそこにいて、近くには姉貴も寝かされていた。
この状況は一体なんなのか。そして、俺がさっきまで見ていた"アレ"はなんだったのだろうか。俺には全く分からなかった。
ーーーーー
ーーー
ー
工廠での出来事以来、俺への護衛が増員された。昼間は4人、夜間は8人になった。
だがそれでも、俺は毎日1度は艦娘寮のどこかに居て、部屋に入りきらんばかりの艦娘たちの"あの顔"を見ていた。その度に門兵たちは気絶させられていたみたいだが、対策の講じようがない。
そして、そんなことが続くようになって、俺は"艦娘"というものが悪魔かそれに付随する"何か"のように思えて仕方なくなってしまったのだ。
今日もきっとその時間はやってくる。
「……」
あの"目"で俺を見てくる艦娘たち。俺をいつの間にか連れ去り、身体の自由を奪って、俺が気絶した後に"何か"をした後に何事もなかったかのように、連れ去ったところに戻していくあの時間が……。
これにて『壊れた関係』は終わりです。
特にコメントはありませぇん!! こういうネタがあるということは、こういうのが書きたかったってだけですからね!!
ご意見ご感想お待ちしています。