D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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桜、翼 ~cherry and wing~

 また、あの夢だ。

 少女が一人、桜前で佇んでいる。

 

『もう少し、もう少しだけ......夢を......』

 

 続きを聞く前に、彼女は光に包まれた。

 

 

         * * *

 

 

 ふと、目が覚めた。

 目覚まし時計は、午前1時を表示している。寝る前に飲んだ茶が祟ったのかもしれない。布団を這い出て、寒さに耐えながらトイレに向かう。用を足して戻ろうとすると、玄関に黒い影があった。ゆっくり近づいて、物影の正体を確かめる。

 

「さくらか?」

「うにゃっ!? ゆ、往人(ゆきと)くん?」

 

 黒い影は、芳乃家の家主さくらだった。居間に移動して、炬燵(コタツ)に入る。

 

「おコタはいいよねぇ~」

「まったくだ」

 

 冬場の炬燵(コタツ)は、人類を堕落させる魔性の家具。テーブルにみかんと茶があればなおいい。なんて事を考えていたら、腹の虫が鳴いた。

 

「腹へったな......」

「にゃははっ」

「確か、戸棚に餅があったな。食うか?」

「うん、もらおうかなぁ~。きな粉でおねがーい、食器棚の中にあると思うよ」

「わかった。少し待ってろ」

 

 炬燵(コタツ)から出て、キッチンへ向かう。刺すような寒さに体が震える。真冬の深夜はもはや凶器だな、と思いながら戸棚の中を探すと記憶通り、切り餅を見つけた。

 餅をオーブントースターで焼いている間に、きな粉を用意する。俺は何にするかな、定番の醤油砂糖でいくか? 海苔をつけて磯辺も捨てがたい。長野で食った五平餅風に味噌ダレでいくか。悩んでいるとある事を思いついた。

 

「待たせたな」

「ありがと~って、スゴい量っ!」

「何にするか決められなかったんだ」

 

 迷うなら、全部食えばいい。テーブルの上は、大量の焼き餅と調味料が入った小皿で埋め尽くされた。

 

「さて、食うか」

「うんっ、いただきまーす」

 

 餅を食べながら、さくらに訊ねる。

 

「おいしいねぇ~」

「さくら。お前、何かしてるだろ?」

 

 気丈に笑顔で食べてはいるが実際、餅一つの半分も進んでいない。

 

「あにゃ~、バレてるかぁ。実は最近、会議が多くて......」

「そうか、大変だな」

 

 嘘だな。コイツの嘘は分かりやすい。わざとらしく無理に笑顔を見せて、安心させようとする。

 

「そうだっ。往人(ゆきと)くん、一緒に時代劇見よっ」

「疲れてるなら寝ろよ」

「だいじょうぶ、だいじょ~ぶっ。息抜きも必要だよ。ねっ、いいでしょ? おねが~いっ」

 

 手を合わせて、俺を拝み倒そうとしている。

 ――まあ、それで息抜きになるならいいか。

 

「仕方ないな、少しだけだぞ?」

「やったぁー! じゃあ準備するねー」

 

 さくらは、居間を出て行った。茶を入れ直すか。給湯ポットのお湯を急須に落とし、空になった湯飲みに新しくお茶を淹れて一服していると、スーツから半纏(はんてん)に着替えたさくらが戻ってきた。

 

「お待たせ~。セットするねー」

 

 ディスクを再生機にセットして、テレビの電源を入れた。画面に、小綺麗な爺さんが映し出された。両手にサブマシンガンを構えている。

 

「相変わらず、ファンキーな爺さんだ」

「これがいいんだよ~。斬新だよね」

「江戸中期にマシンガンがあったかは甚だ疑問だけどな」

「もちろん無いよ。機関銃が日本に来たのは、幕末だからねー」

 

 作り物の世界だから、何でもアリって事か。

 一風変わった時代劇は、幕府の老中が悪代官と手下が市民を牛耳っている所を救うというありきたりな内容。物語は進み、いよいよクライマックスの乱戦シーンに突入。爺さんが、着物の下に忍ばせていたサブマシンガンを乱射し、次々と悪役の手下を仕留めていく。

 

「やるな、爺さん」

「でしょっ?」

 

 相手は、白兵の刀。対する爺さんは、強力な現代兵器を操っている。理は明白だったのだが、途中から発破音ではなくカチッカチッと乾いた音に変わった。

 

「弾切れか?」

「大丈夫だよ。老中には、とっておきの秘密兵器があるんだ!」

「秘密兵器? 鈍器代わりにして殴るのか?」

 

 弾が切れたマシンガンを放り投げた爺さんは胸元に手を突っ込み、取り出した何かを投げつけた。それは、敵陣の中心で大爆発を起こした。まさかの一撃で、悪代官は降参。これにて一見落着と高笑いしている。

 

「ね、大丈夫だったでしょ!」

手榴弾(パイナップル)か。マジで何でもアリだな」

「さあ、つぎつぎっ」

 

 リモコンを操作して、エンディングロールを早回し。次の物語が始まるとほぼ同時に、居間の戸が開いた。顔を向ける。義之(よしゆき)が立っていた。

 

「あっ、義之(よしゆき)くん。ただいま~」

「おかえりなさい、さくらさん。二人は、なにしてるんですか? こんな時間に」

「時代劇を見てるんだよー」

「あと、餅を食ってる。お前も食うか?」

 

 皿には、あと三つほど残っている。

 

「えっと、じゃあ、いただきます」

 

 義之(よしゆき)炬燵(コタツ)に入って、残りの餅を食べ始めた。

 

「そういえば、気になってたんですけど」

「な~に~?」

「んー」

 

 時代劇を見ている俺とさくらは、適当に生返事を返す。

 

国崎(くにさき)さんって、何で旅してるんですか?」

「あん? なんだよ、唐突に」

「あ、それ、ボクも気になる。前は聞きそびれちゃったし。ねぇ、教えて」

 

 まぁいいか、隠す話でもない。

 

 この空の向こうには、翼を持った少女がいる。

 それは、ずっと昔から。

 そして今、この時も......同じ大気の中で翼を広げて、風を受け続けている。

 

「それ以上の詳しい話を聞く前に、母親は死んだ。それ以来俺の道連れは......」

 

 人形をテーブルに置いて立たせる。

 

「空に居る翼を持つ少女の話と、この人形だけだ」

国崎(くにさき)さんも、その子を探してるんですか?」

「一応な、他に目的もないし」

「う~ん......」

 

 さくらは人差し指をアゴに当てながら、少し上に視線を向けて何かを考え込んでいる。

 

「どうした?」

「聞いたこと無いかな~って思って記憶を辿ってるんだけど、わかんないや」

「だろうな。けど、お前ら信じるのか?」

 

 普通の人間なら、この手の話しを聞くとおかしな目で見るのが普通だが、二人は特にバカにする様子もない。

 

「ま、初音島ですし」

「ボクたちも、ちょっとだけ魔法が使えるからね」

「魔法?」

 

 二人が、おかしな事を言い出した。

 初音島に伝わる魔法の桜の話は聞いたが......。

 

「あっ、信じてないでしょ?」

「まーな」

 

 俺の法術(ほうじゅつ)みたいに実際使っている場面を見れば信じられるけど。

 

義之(よしゆき)くん、見せてあげてっ!」

「え? あ、はい。国崎(くにさき)さん、見ててください」

 

 義之(よしゆき)は、何もない右手の手のひらを見せてから拳を握り、ゆっくりと握った拳を開いた。開いた手のひらの上には綺麗な和菓子が乗っかっている。

 

「手のひらから和菓子を出せる。これが、俺の魔法です」

「手品じゃないのか?」

国崎(くにさき)さんの人形劇は手品ですか?」

 

 質問を質問で返してきた。

 この返しで手品ではなく本当に魔法なんだと信用するには十分。空に居る翼を持つ少女の話しをバカにしなかった理由がわかった。

 

「さくらも使えるんだろ? すげぇーな、お前ら」

「俺には、国崎(くにさき)さんの魔法の方がスゴいと思いますけどね」

 

 苦笑いは、義之(よしゆき)。他に何か出来るのか? と訊いたら、他人の夢を強制的に見させられるぐらいですね、と義之(よしゆき)は答えた。

 

「他人の夢ね......」

 

 もしかしたら、義之(よしゆき)も見ているかも知れない。初音島に来てから定期的に見る夢。訊いてみるか。

 

「桜と少女が登場する夢を見たことはないか?」

「桜と少女、ですか? どんな感じの?」

「大きな桜の木の下で何かをひたすら謝ってる。そんな夢だ」

「うーん......ちょっとわからないですね」

「そうか」

 

 やっぱり、俺だけか。ふと、さくらを見るとまた考え事をしているのか伏し目がちだった。

 

「さくら、どうした?」

「ん? う~ん、ちょっと眠くなってきちゃって」

「俺も、もう2時を回ってますし......」

「だな、寝るか」

 

 食器を片付けて、それぞれ部屋に戻る。布団を被り目を閉じると、直ぐに睡魔に襲われた。この日、夢の続きは見なかった。

 

 

         * * *

 

 

 翌日の放課後、俺は一人保健室に居た。

 ここの責任者の舞佳(まいか)は、研究所に用事があるからと言って、先に帰宅した。

 

「暇だ」

 

 怪我人も病人も居ないのは良いことなのだが、如何せんやることがない。何か動かしてみるか。目に入ったペンを動かしてみる。

 

「動けっ!」

 

 念じるとペンは空中を飛び回った。そして......。

 

「うおっ!?」

 

 縦横無尽に飛び回っていたペンが前髪をかすめた。これは、危険だ。仮にハサミだったら死んでたかもしれない。ペンを拾って元の場所に戻して椅子に座る。ちょうど、扉がノックされた。

 

「失礼します。国崎(くにさき)さん」

義之(よしゆき)か。どうした? 気分でも悪いのか」

 

 入ってきたのは、義之(よしゆき)と見知らぬ男子生徒の二人。不健康には見えないが、保健医らしく訊いておく。

 

「いえ、今日は紹介したい奴いまして......」

「貴殿が、噂の国崎(くにさき) 往人(ゆきと)か?」

「噂は知らんが、国崎(くにさき) 往人(ゆきと)で間違いない。で、お前は?」

 

 男子生徒は、義之(よしゆき)の一歩前に出た。

 

「これは失礼。俺は、杉並(すぎなみ)。同士桜内(さくらい)の話を聞いて、貴殿に会いに来た」

「そうか、で?」

「えっと、俺から説明します」

 

 義之(よしゆき)の話によると。杉並(すぎなみ)義之(よしゆき)のクラスメイトで、非公式新聞部なる主にオカルト系の話題を扱う学園非公認の部活に所属して居る。成績もよく博識の為、翼を持った少女についてなにか知っているかも知れないと声を掛けたところ、元々俺に興味を持っていたらしく、是非会いたいと懇願して来たらしい。

 

「噂では、貴殿は手を触れずとも人形を操れると聞いた。是非、見せて頂きたい!」

「すみません、お願いできますか?」

「ま、いいけど」

 

 人形を取り出して、机に寝かせてから念を込めて起き上がらせ歩かせる。

 

「ほう、実に興味深い......」

 

 杉並(すぎなみ)は顔を近づけ、人形をまじまじと観察している。

 

「どうやって動かしているのか、皆目見当がつかない」

「もういいか?」

 

 顔を遠ざけた。良いということなんだろう。

 

「いや~、実にいいものを見せてもらった。感謝する」

「いや、で?」

「うむ」

 

 杉並(すぎなみ)は、腕を組んで真面目な顔を見せる。

 

「翼を持つ少女と関連するかはわからないが、鳥人(ちょうじん)と呼ばれる者なら世界中に幾つも伝承がある」

鳥人(ちょうじん)?」

「例えば、古代エジプトの壁画に書かれた神官、身体は人だが顔は鳥。日本にも、烏天狗などの鳥人(ちょうじん)に関する伝承は残っている」

 

 具体的な例を出して貰ったが、どちらもピンと来ない。なぜなら、どちらも()がメインだったからだ。俺が探しているのは、背中に翼を持つ少女。つまり()ではなく、あくまでも()()の姿をしているハズだからだ。

 

「俺も調べて見よう。何か分かったら貴殿に知らせる」

「いいのか?」

「なーに、良いもの見せてもらった礼と思ってくれればいい。では同士桜内(さくらい)国崎(くにさき)殿、さらばだ!」

 

 踵を返して保健室を出て行った。

 

杉並(すぎなみ)は、変わってるけど悪い奴では無いんで......」

「ああ、手がかりになれば何でもいいさ」

「そうですか」

 

 義之(よしゆき)は、ほっとした様に肩をなでおろした。

 俺も、自力で探してみるか。

 保健室を早めに閉め、義之(よしゆき)に図書室まで案内してもらい、何冊か歴史書を調べてはみたが結局、空に居る翼を持つ少女に関する記述は見つける事は出来なかった。


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