夜、芳乃宅。
「
「どうと言われても。まだ、初日だからな」
とは言え、十人弱の患者(内、教師が一人)が保健室を訪れ。一応、最初に一通りの説明を受けたのだが。初日と言うこともあり、
「......保健医の助手ってのもなかなか大変だ」
「にゃははっ、お疲れさま~」
「まったくだ」
患部によって、絆創膏のサイズや貼り方にも違いがあったりと、細かな見極めも重要だったりもする。
「にしても。あいつら、遅いな」
時刻は、夕食の時間を少し回ったところ。いつもなら、
「お待たせしました」
「おおっ!」
「ありがとー、
湯気の立つ、とても美味そうな匂いがする料理を大きなおぼんに乗せて、
「いえいえ、さあ食べましょう」
「うんっ」
「ん? 待ってなくていいのか?」
「ああ、
「ふーん」
いつも来ている訳じゃないのか。
料理を摘まみながら話を聞くと大半は、芳乃宅で一緒に食事をする事が多いが今日の様に実家で食べる事もあるらしい。まあ、それが普通なんだろうけど。俺には、家族在り方ってのはよく分からないが、そういうものなんだとは何となく思う。
「うまいな! この煮っころがし」
「ありがとうございます」
「
「ああ、そうだな」
「いやいや、誉めすぎですよ。て言うか、気も早すぎです」
「けど、大変でもあるな。ある意味で」
「うん、そうだねー」
「はあ?」
意味を理解出来なかったのか。
「おい、さくら。本人は、自覚が無いみたいだぞ?」
「そこが、
「あの。いったい、何の話ですか?」
「飯が美味いって話だ」
「うんうんっ、そうだよー。美味しいね~」
食後、
「どこか行くのか? こんな時間に」
「えっ!?」
驚いたのか、一瞬ビクッと身体が震え俺の方を向いた。
「あ、なんだ~......
別に、そんなつもりは無いんだけどな。
「どこ行くんだ?」
「う~ん......ちょっと散歩だよ。
「いや、湯冷めするから寝る」
「そう。じゃあ行ってくるね」
「気を付けろよ」
「はーい、おやすみ~」
笑顔で手を振ると、玄関を閉めて外に出ていった。
客間に戻って布団を被る。疲れからかすぐに睡魔が襲ってきた。
* * *
桜が舞っている。
深々とそれはまるで雪のようで......視界をさくら色に染めていった。
その中に一人佇む少女。
『まだ、大丈夫......』
そう、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
* * *
朝、自然と目が覚めた。
障子の隙間から日差しが漏れている。
「朝か......」
清々しい朝だ。
布団から出て、洗面所で顔を洗っているとガラッと玄関が開く音が聞こえた。
「おはよー」
「おはようございます」
聞き覚えのある二人の女の声。
この声は、
「あっ、
「おはようございます。早いですね」
「ああ、おはよ。目が覚めたんだ」
一度客間へ戻って着替えを済ませ、改めて居間に入る。すると、
「はい、
「悪いな」
茶碗を受け取り、三人で朝飯を食べていると
「弟くん。おはようっ」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。
「ああ、おはよ。早いな」
「今日から、朝練なんですよ」
「お前、部活してたのか?」
「いえ、違います。人形劇練習です。もう、
そう言うと急いで朝食をかっ込み、鞄を持って立ち上がった。
「
「はーい、いってらっしゃい」
「兄さんが真面目に練習なんて。今日は、雪が降るかもですねっ」
「うるせー、じゃあなっ」
空は、今にも鳴き出しそうな灰色の雲に覆われていた。
「
「ははは......」
「二人とも行くよーっ」
先を歩く
桜並木を三人で歩いていると、昨日と同じ様にやたらと視線を感じた。
「やっほー!
突然、後ろから声を掛けられた。
「おはよー、まゆき」
「おはようございます。
「ああ、お前か......」
昨日生徒会室で一緒に昼飯を食べた、まゆきだった。
彼女を含め四人で登校、視線はより強いモノに変わる。
校門を潜り、校舎付近で別れ、俺は一人保健室へ向かう。
「おはようございます......」
一応、確りと挨拶をして保健室の入る。
「いらっさ~い、今日もお願いね。
「ああ、シャカリキ労働するさ」
さっそく用具室からモップを出して掃除を始める。
床、窓、棚、新しいシーツを替えてベッドメイクまど一通りの掃除を終える。
「終わったぞ」
「はい、ごくろうさま。急ぎで悪いんだけど、お使いお願いできるかしら?」
「ん、ああ。別に、構わないぞ。何を買ってくればいいんだ?」
「ちょっと待ってね。今、書き出すから」
「全部、商店街で揃うから。場所は、わかる?」
「何度か行ったことがあるから、大丈夫だと思う」
「そう。じゃあお願いね」
業務用の財布を受け取り、商店街へ向かう。
ありがたい事にメモの順番と店の順番が同じだったため、買い物はスムーズに進んだ。
全ての店で領収書をもらい、最後のメモに書かれる店を訪れず。そこは、青果店だった。
「バナナ?」
これが経費で落ちるのかは甚だ疑問だが。とりあえず、一房購入して学園へ帰る。
「買ってきたぞ」
「ありがとう、助かるわ~」
領収書の入った財布と買い物袋を渡し、通常業務に戻る。
午前中は、怪我人も来ることなく平和だった。
昼休み、昨日と同様に先に昼飯を摂る。今日は、学食に行ってみる事にした。
「すげー人だな......」
学食は、本校と附属の生徒でごった返していた。
とりあえず食券機に列に並び、無難な日替わり定食の食券を買い求め、カウンターで料理に換え、空いている席を探す。
「あっ、
「ん? ああ、
「はい。よかったら、どうぞ」
四人掛けの席に一人で居た
「兄さんたちも居たんですけど。
「ふーん、そうなのか」
「それより聞いてくださいっ。兄さんてばっ......」
いつも問題ばかり起こして、妹としては......と。食べている間中、延々と愚痴を聞かされた。
「なぁ......」
「はい?」
「いつも、こんななのか?」
他のテーブルに目を向けると、サッと顔を逸らす生徒たち。男子だけはなく、女子もだ。
「何言ってるんですか、半分は
「俺? ああ~......この格好は目立つもんな」
腕を上げ、着ている白衣を見て思う
「私のクラスでも話題になってますよ。新しい保険医が来たって」
「ただの手伝いだけどな」
完全に珍獣扱いだな。珍獣枠なら、はりまおで事足りるだろうに。向けられる視線を無視して昼飯を食べ終え、保健室へ戻る。
「失礼します......」
昼休みも終わりに近付いた時、一人の女生徒がやって来た。
「あら、
「
「
「よっ」
軽く手を上げて見せる。
「あら、知り合い? なら、お姫様だっこね」
「はぁ?」
「どうして?」
「それが、この私が支配する
「意味不明だ」
「大丈夫です。自分で行けますから。あっ......」
歩き出した
考えるより先に動き、ふらついた体を支える。
「おっと」
「......あ、ありがと」
触れた
「これは、照れる......」
「やるわね。様になってるわよ」
「うるさい。さっさと診てやれ」
ベッドに寝かすと、さっそく診察が始まった。腹痛や頭痛は無い、おそらく疲れからくる突発的な発熱と、
先ほど買ってきた栄養ドリンクを飲ませ、念のため
そのため必然的に保健室は、俺一人で運用する事に......まあ、何とかなるかと思っていると、勢いよく扉が開いた。
「
慌てた様子で、
「
「えっ!? どこへ?」
「
「ええーっと......」
「はぁ......はぁ......」
「くそっ! どうすれば......」
「さ、さくらい......」
とりあえず、空いているベッドに寝かせて。デコに除熱シートを貼っておく。
「何で、こんなときに......」
「まあ、落ち着けよ。その内帰ってくる。バナナでも喰うか?」
買い物袋から、バナナを取って差し出す。
「バナナっ!? く、くださいっ!」
よほど腹が減っていたのか。勢いよく奪い取ると、皮を剥いて少女の口元に持っていった。どうやら、病人に食わせるためだったらしい。まあ、バナナだしいいか。
「ほら。
「あっ......ああ......」
バナナを一口食べると、すくっと身体を起こした。
ついでに機械音も止まったが、別の箇所から異常が見られた。
「もう、良いのか?」
「ああ、助かった。礼を言う」
「ホント、ありがとうございました!」
「いや、それは構わないんだが。ところで、それは何だ?」
少女の耳から出ている煙を指差す。
「えっ......あ、ああーっ!」
「何だっ
「その耳から煙が出ててんだよっ」
「なにーっ! ちっ、対処が遅かったか......」
「まぁ、何だ。バナナ喰うか?」
話を聞くと、女生徒の名前は
何と彼女は、精巧に造られたロボットらしい。
見た目は、本当に完全な女生徒。
「ふーん」
「あ、あれ? あまり興味無さそうですね......?」
「ん? いや、まあ実際ないしな」
「なにィ!? 貴様ァ、
腕を伸ばすが、何も起こらない。
「いや、付いてないだろ」
「そうだったー!」
「ハァ、
「ああ、別に話すことでもないからな」
安堵の
「貴様、ロボットが嫌いじゃないのか......?」
「あん?」
若干睨むような目付きで聞かれた。
「
「別に、いいんじゃないか?」
「......なに?」
「人間同士だって好き嫌いはある。親子や兄妹でいがみ合ってる家族だってある。別に、気にすることでもないだろ」
「
詳しい事情は解らないが、色々と有るみたいだ。
しかし、俺が知らない間に、科学はとてつもない発展をしているらしい。
まるで、浦島太郎になったような気分だった......。