「お待たせ~じゃあ行こっか」
「うん」
「ああ......」
朝、
その頭を目覚めさせる北風が吹いた。
「さむ......」
「ですね......」
「もぉ~」
寒さに背中を丸めて歩く俺と
「ほらっ胸って」
「............」
確かに、胸を張って背筋を伸ばしていた。
「
「花びらが付いてるぞ」
「あっ、ありがとー」
「上手く誤魔化しましたね」
何やら
話ながら三人で桜並木を歩いていると、幾つもの視線を感じた。そちらを確かめて見る。
「どうしたんですか?」
「いや、
「弟くん?」
「うん?」
桜並木を抜けるとすぐに風見学園が現れた。校門を潜る。
「さて。俺は、こっちだ」
「そっか、来客用の玄関なんですね」
「ああ。生徒じゃないからな」
「保健室の場所はわかる?」
「......分かりたい」
「何ですか、それ? はぁ~......私が案内します。中庭は、わかりますか?」
「ああ、そこは昨日行ったからな」
「じゃあ、中庭で待ち合わせしましょう」
二人と別れ来客用の玄関から学園内に入る。廊下を進み、昨日来た中庭に出た。右から左へ流し見る。
「お待たせしました。こちらです」
隣を並んで歩き、案内してもらう。
「はい。ここです」
横開きの扉の上に「保健室」と書かれたプレートが掲げられている。
「サンキュ、助かった」
「いえ」
保健室の中には、椅子に腰を掛けた白衣を着た女性が一人。彼女は俺に気がつき立ち上がると、目の前までやって来て、小さく微笑んだ。
「キミが、
「世話になる。よろしくお願いします」
「いい返事ね。こちらとしても助かるわ。私は、風見学園の保健教師の
「いいえ」
確かに、
「なんだお前、居たのか」
「や、一応気になりますから。私、保健委員ですし」
「ふーん」
何が気になるのかは分からないが、適当に返事をしておく。
「
キレイに畳まれた白衣を受け取り、上着を脱いで袖を通す。
膝裏近くまである長い衣、胸ポケットには
「へぇー、意外と似合いますね」
「本当。
薬品を手に取りながら一つ一つ用途を丁寧に説明してくれる。
俺は、今日から風見学園で
何故そうなったかは昨夜の事だ。
テレビを見ながら夕食を囲んでいると、さくらが訊いてきた。
「
「どうもこうも人が少な過ぎる。商売をしようにも平日じゃ人が集まらないな」
気候もいいし、暮らすのは良いところだろう。だが、俺にとっては致命的に人口不足が否めない。
「休日なら、それなりに集まるんですけど」
「うん、だね」
「まぁ、田舎ですし」
「クリパの時には集まるのか?」
風見学園主催のクリスマスパーティ。
初音島内外から客が集まると言う話だが、にわかには信じられない。一応、保険を掛けて起きたいところだ。
「バイトでもするか......」
「バイトですか? この島、あまり求人無いですよ」
「マジか......」
どうやら、クリパに賭けるしか手はないらしい。
「じゃあ、
「......は?」
と言った、軽い感じの乗りで決まった。
さくらの話によると、風見学園の保健教師は
その話を聞いた俺は、ここで厄介になることにした。
「だいたいこんな感じだけど。わかったかしら?」
「ああ、なんとなくは。まぁ、何とかなるさ」
先ずは、用具ロッカーからモップを出して掃除を始める。掃除を終え、昼休みまでの四時間で五人の生徒が保健室にやって来た。授業中のケガ、気分が悪くなったなど理由は様々、初勤務の俺にとっては激動の午前中だった。
「はい、お疲れさま。お昼行ってらっしゃい」
「あんたは?」
「私は、
時計を見る。一時まで四十分程の時間があった。
昼飯を食べて戻って来るには十分な時間。
「わかった」
白衣を着たまま外に出る。一応さくらからは、学食を使って良いと許可をもらっている。
「とりあえず、学食に行ってみるか......で、学食ってどこだ?」
前途多難だ。
「あっ、おーい、
「ん? ああ、
中庭へ出る方の廊下から
「生徒会室、行こっ」
* * *
「キミが、
「ああ。あんたは?」
「私は、
「
「よろしくね」
「ああ」
「ささ、挨拶も済んだ事だしお昼にしよ」
「まだ、飯を買ってないんだが」
買いに行く前に、
「大丈夫、
「そいつはありがたい。いただきます」
手を合わせて、
「うまい!」
「ホント、美味しいよ。
「よかった~」
飯を食べながら雑談をしていると話題は、
「弟くん。今年は何を企んでるの?」
「何も企んでませんよっ」
「そうだよ、まゆき。弟くんはそんなことしないよ、ねっ?」
「ホントかにゃ~?」
ふざけた語尾で疑るまゆき。
「何の話だ?」
まゆきに訊くと、附属の三年は
先の体育祭では賭け事。文化祭では、他クラスへの妨害工作やキャバクラ紛いの事をしたらしく、常にその中心に居るのが
「いや、俺は
「そうだよ、まゆきっ。弟くんは人形劇で主役をするんだから、そんな悪さする暇はないよっ、ねっ、弟くんっ?」
「あ、ああ......。そうだね」
「ふぅ~ん、人形劇ね~」
何かを企んでいるような悪戯な笑顔。
「私も見に行こうかにゃ~?」
「いやいや、大した劇じゃ無いですから!」
「まっ、見回りで行けないんだけどね」
「ふぅ......」
「
「うんっ、任せてっ!」
「ごちそうさま」
「はやっ!」
「俺が早いんじゃない。お前たちが遅いんだ」
三人が談笑している間に俺は弁当を食べ終えた。蓋を閉めてハンカチで弁当箱を包む。
「
「おそまつさまですっ」
「ふーん」
「なんだ?」
「いや、ちょっとビックリしてさ。
「タメだし、
朝倉姉、朝倉妹なんて呼ぶのも面倒だ。
「お前を呼ぶ時は
「好きに呼んでくれていいよ。
「なら、まゆきだ。さて、そろそろ戻る。
「
「ああ。おい、そこの娘とも呼べないだろ? それに本人も別に良いって言ってたからな」
何故か三人とも驚いていた。まあコイツらにとっては教師な訳だし当然と言えば当然の反応か。
「じゃあな」
「う、うん。がんばってね」
「ああ、労働に励むさ」
生徒会室を出て、保健室へ戻る。
そう言えば......あの夢......。
足を止めて窓の外を見る。
青い空はどこまでも遠く続いていた。
いつか何処かで見たような、そんな気がする。