D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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白衣 ~white coat~

「お待たせ~じゃあ行こっか」

「うん」

「ああ......」

 

 朝、朝倉(あさくら)姉妹と芳乃(よしの)家を出て風見学園へ向かう。例によって義之(よしゆき)は今日も寝坊だ。かと言う俺もまだ頭半分眠っている。

 その頭を目覚めさせる北風が吹いた。

 

「さむ......」

「ですね......」

「もぉ~」

 

 寒さに背中を丸めて歩く俺と由夢(ゆめ)に、音姫(おとめ)は人指し指を立ててしゃんとしなさい、と少し眉をつり上げて叱った。

 

「ほらっ胸って」

「............」

 

 音姫(おとめ)の胸の辺りを見る。

 確かに、胸を張って背筋を伸ばしていた。

 

国崎(くにさき)くん、何か言いたい事があるのかな?」

「花びらが付いてるぞ」

 

 音姫(おとめ)の肩に乗ってる桜の花びらを払う。

 

「あっ、ありがとー」

「上手く誤魔化しましたね」

 

 何やら由夢(ゆめ)が耳打ちしてきたが、何の事かさっぱりわからん。

 話ながら三人で桜並木を歩いていると、幾つもの視線を感じた。そちらを確かめて見る。義之(よしゆき)と同じ学ランを着た男子生徒が複数人。目が合った瞬間、さっと目を背ける。なるほど、そう言う事か......。少し同情に近い笑いが込み上げて来た。

 

「どうしたんですか?」

「いや、義之(よしゆき)も苦労するなってな」

「弟くん?」

「うん?」

 

 桜並木を抜けるとすぐに風見学園が現れた。校門を潜る。

 

「さて。俺は、こっちだ」

「そっか、来客用の玄関なんですね」

「ああ。生徒じゃないからな」

「保健室の場所はわかる?」

「......分かりたい」

「何ですか、それ? はぁ~......私が案内します。中庭は、わかりますか?」

「ああ、そこは昨日行ったからな」

「じゃあ、中庭で待ち合わせしましょう」

 

 二人と別れ来客用の玄関から学園内に入る。廊下を進み、昨日来た中庭に出た。右から左へ流し見る。由夢(ゆめ)は、まだ来ていないようだ。ベンチに座って待っていると、由夢(ゆめ)はすぐにやって来た。

 

「お待たせしました。こちらです」

 

 隣を並んで歩き、案内してもらう。

 

「はい。ここです」

 

 横開きの扉の上に「保健室」と書かれたプレートが掲げられている。

 

「サンキュ、助かった」

「いえ」

 

 由夢(ゆめ)にお礼を言って、扉に手をかける。

 保健室の中には、椅子に腰を掛けた白衣を着た女性が一人。彼女は俺に気がつき立ち上がると、目の前までやって来て、小さく微笑んだ。

 

「キミが、国崎(くにさき)くんね。芳乃(よしの)学園長から話は聞いているわ」

「世話になる。よろしくお願いします」

「いい返事ね。こちらとしても助かるわ。私は、風見学園の保健教師の水越(みずこし)舞佳(まいか)。よろしくね。由夢(ゆめ)さん、案内してくれてありがとう」

「いいえ」

 

 由夢(ゆめ)の声に振り返る。

 確かに、由夢(ゆめ)が後ろに立っていた。

 

「なんだお前、居たのか」

「や、一応気になりますから。私、保健委員ですし」

「ふーん」

 

 何が気になるのかは分からないが、適当に返事をしておく。

 

国崎(くにさき)くん。まずは、これに着替えて来て」

 

 キレイに畳まれた白衣を受け取り、上着を脱いで袖を通す。

 膝裏近くまである長い衣、胸ポケットには国崎(くにさき)と書かれたネームプレートが付いていた。

 

「へぇー、意外と似合いますね」

「本当。身長(タッパ)があるから栄えるわね。じゃあ、さっそく説明するわね。まずは、これ。擦り傷や切り傷は大体これで......」

 

 薬品を手に取りながら一つ一つ用途を丁寧に説明してくれる。

 俺は、今日から風見学園で舞佳(まいか)の助手をすることになった。

 何故そうなったかは昨夜の事だ。

 テレビを見ながら夕食を囲んでいると、さくらが訊いてきた。

 

往人(ゆきと)くん。どう? 初音島は」

「どうもこうも人が少な過ぎる。商売をしようにも平日じゃ人が集まらないな」

 

 気候もいいし、暮らすのは良いところだろう。だが、俺にとっては致命的に人口不足が否めない。

 

「休日なら、それなりに集まるんですけど」

「うん、だね」

「まぁ、田舎ですし」

「クリパの時には集まるのか?」

 

 風見学園主催のクリスマスパーティ。

 初音島内外から客が集まると言う話だが、にわかには信じられない。一応、保険を掛けて起きたいところだ。

 

「バイトでもするか......」

「バイトですか? この島、あまり求人無いですよ」

「マジか......」

 

 どうやら、クリパに賭けるしか手はないらしい。

 

「じゃあ、風見学園(うち)で働けばいいよ」

「......は?」

 

 と言った、軽い感じの乗りで決まった。

 さくらの話によると、風見学園の保健教師は天枷(あまかせ)研究所という施設の職員でもあり、風見学園の保健教師と兼任のため、保健室に居ないことも多々あり手伝いを探している。

 その話を聞いた俺は、ここで厄介になることにした。

 

「だいたいこんな感じだけど。わかったかしら?」

「ああ、なんとなくは。まぁ、何とかなるさ」

 

 先ずは、用具ロッカーからモップを出して掃除を始める。掃除を終え、昼休みまでの四時間で五人の生徒が保健室にやって来た。授業中のケガ、気分が悪くなったなど理由は様々、初勤務の俺にとっては激動の午前中だった。

 

「はい、お疲れさま。お昼行ってらっしゃい」

「あんたは?」

「私は、国崎(くにさき)くんが帰ってきてから、一時までに戻ってもらえると助かるわ」

 

 時計を見る。一時まで四十分程の時間があった。

 昼飯を食べて戻って来るには十分な時間。

 

「わかった」

 

 白衣を着たまま外に出る。一応さくらからは、学食を使って良いと許可をもらっている。

 

「とりあえず、学食に行ってみるか......で、学食ってどこだ?」

 

 前途多難だ。

 

「あっ、おーい、国崎(くにさき)くーんっ」

「ん? ああ、音姫(おとめ)か」

 

 中庭へ出る方の廊下から音姫(おとめ)がやって来た。

 

「生徒会室、行こっ」

 

 

         * * *

 

 

 音姫(おとめ)に連れられ生徒会室へ。生徒会室には義之(よしゆき)が居た。それと、初めて見るショートヘアの女生徒。音姫(おとめ)と同じ制服を着ている。本校の生徒のようだ。

 

「キミが、国崎(くにさき)くんだね。音姫(おとめ)から聞いてるよ」

「ああ。あんたは?」

「私は、高坂(こうさか) まゆき。音姫(おとめ)と同い年で、風見学園の生徒会副会長」

 

 音姫(おとめ)とタメ、なら俺ともタメか。

 

国崎(くにさき) 往人(ゆきと)だ」

「よろしくね」

「ああ」

「ささ、挨拶も済んだ事だしお昼にしよ」

 

 音姫(おとめ)とまゆき、義之(よしゆき)はそれぞれ弁当を取り出した。だが、俺だけ手ぶら。

 

「まだ、飯を買ってないんだが」

 

 買いに行く前に、音姫(おとめ)に掴まったのが原因。

 

「大丈夫、国崎(くにさき)くんのもあるから。はいっ」

「そいつはありがたい。いただきます」

 

 手を合わせて、音姫(おとめ)お手製の弁当をいただく。

 

「うまい!」

「ホント、美味しいよ。音姉(おとねえ)

「よかった~」

 

 飯を食べながら雑談をしていると話題は、義之(よしゆき)に事になった。

 

「弟くん。今年は何を企んでるの?」

「何も企んでませんよっ」

「そうだよ、まゆき。弟くんはそんなことしないよ、ねっ?」

「ホントかにゃ~?」

 

 ふざけた語尾で疑るまゆき。

 

「何の話だ?」

 

 まゆきに訊くと、附属の三年は義之(よしゆき)を筆頭に問題行動を起こす生徒が多々いて、学園イベントの度とんでもないことを仕出かすらしい。

 先の体育祭では賭け事。文化祭では、他クラスへの妨害工作やキャバクラ紛いの事をしたらしく、常にその中心に居るのが義之(よしゆき)と先日人形を直してくれた雪月花(せつげっか)たち。

 

「いや、俺は杉並(すぎなみ)に......。それにクリパは忙しいですからっ」

「そうだよ、まゆきっ。弟くんは人形劇で主役をするんだから、そんな悪さする暇はないよっ、ねっ、弟くんっ?」

「あ、ああ......。そうだね」

「ふぅ~ん、人形劇ね~」

 

 何かを企んでいるような悪戯な笑顔。

 

「私も見に行こうかにゃ~?」

「いやいや、大した劇じゃ無いですから!」

「まっ、見回りで行けないんだけどね」

「ふぅ......」

音姫(おとめ)、動画撮っといて」

「うんっ、任せてっ!」

 

 義之(よしゆき)の安堵も束の間だったようだ。

 

「ごちそうさま」

「はやっ!」

「俺が早いんじゃない。お前たちが遅いんだ」

 

 三人が談笑している間に俺は弁当を食べ終えた。蓋を閉めてハンカチで弁当箱を包む。

 

音姫(おとめ)、旨かったぞ」

「おそまつさまですっ」

「ふーん」

「なんだ?」

「いや、ちょっとビックリしてさ。音姫(おとめ)を下で呼び捨てにする男子って国崎(くにさき)くんだけだからね」

「タメだし、由夢(ゆめ)も居るからな」

 

 朝倉姉、朝倉妹なんて呼ぶのも面倒だ。

 

「お前を呼ぶ時は高坂(こうさか)の方がいいか?」

「好きに呼んでくれていいよ。高坂(こうさか)でもまゆきでも」

「なら、まゆきだ。さて、そろそろ戻る。舞佳(まいか)が待ってる」

舞佳(まいか)って......。水越(みずこし)先生の事ですよね?」

「ああ。おい、そこの娘とも呼べないだろ? それに本人も別に良いって言ってたからな」

 

 何故か三人とも驚いていた。まあコイツらにとっては教師な訳だし当然と言えば当然の反応か。

 

「じゃあな」

「う、うん。がんばってね」

「ああ、労働に励むさ」

 

 生徒会室を出て、保健室へ戻る。

 

 

 そう言えば......あの夢......。

 

 

 足を止めて窓の外を見る。

 青い空はどこまでも遠く続いていた。

 

 

 いつか何処かで見たような、そんな気がする。


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