D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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告白 ~answer~

 1月1日。

 世間的にいえば正月、賀正新年。他にも元旦・元日とさまざまな呼び方があるが、どれも新しい年を迎えためでたい日を祝う言葉。

 思い返せばこの一年、いろいろなことがあった。

 音姫(おとめ)のこと、観鈴(みすず)のこと。

 そして、由夢(ゆめ)とのこと――。

 

「できたよー。弟くん、テーブルあけて」

「了解」

 

 芳乃宅の台所から、白い湯気と食欲をそそる良い匂いがする料理が盛り付けられた大皿を持った音姫(おとめ)が、食卓(居間のコタツ)にやって来た。娘の桜姫(ゆうき)も、人数分のコップが乗ったおぼんを持って昼飯の手伝いをしている。

 由夢(ゆめ)が茶碗に米をよそい、全員分行き渡ったところで音姫(おとめ)の挨拶で手を合わせる。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 十二時ぴったり、昼飯にありつけた。味付けは相変わらず旨い、義之(よしゆき)とも由夢(ゆめ)とも少し違う家庭的な味。まあどうにせよプロ顔負けの旨い料理ってことだ。

 

音姉(おとねえ)純一(じゅんいち)さんたちが港に着くの何時だっけ?」

「えっとね、二時だよ」

「じゃあ、まだ時間あるね。お茶淹れるよ」

「私が淹れるよ」

「ううん、いいよ。座ってて」

 

 七夕にした約束通り正月休みに合わせて、純一(じゅんいち)たちが初音島に一時帰省してくる。時計の針は今、十三時。迎えに行くには、まだ少し時間に余裕がある。今のうちに用事を済ませておこうと思い、俺はコタツから出た。

 

「どこかへ行くんですか?」

 

 お茶が出る前に席を立った俺に、由夢(ゆめ)が訊く。

 

「散歩がてら、酒屋に行ってくる。海外(むこう)じゃあまり、日本酒を置いてないだろうからな」

「ハァ、ほどほどにしてくださいよ。おじいちゃんたち、もう若くないんだから」

「ああ、わかってる。一本だけにするつもりだ」

 

 上着をはおって家の外に出ると、冷たい北風が頬を撫でた。吐く息も白く、温かかった身体を容赦なく冷ましていく。さすがに寒空の下で長居はしたくない、それに予定の時間も迫ってる。

 ――行くか......。寒さでかじかむ両手をうわぎのポケットに突っ込んで、重い足を一歩を踏み出し、商店街へ向かい早足で歩きだした。

 

 

           * * *

 

 

 買い物を終えた時には芳乃家に戻る時間もなく俺は、直接港へ向かったのだが。すでにフェリーは港に着岸していた。

 純一(じゅんいち)音夢(ねむ)、姉妹の父親。それと葛木(かつらぎ)の当主(姉妹の母形の祖父)の四人は船を降りて、さくらたちと話をしている。

 

「あっ、遅いですよーっ」

「悪い遅れた」

 

 俺に気がついた由夢(ゆめ)は、少し頬を膨らませて駆け寄ってきた。

 ちょっと商店街の買い物に少し時間がかかりすぎた。予め連絡を入れておいたとはいえ不満や抗議の声を受けるのは致し方がないだろう。

 その聞き流しながら由夢(ゆめ)の頭にぽんっと軽く手を乗せて輪に加わる。

 

国崎(くにさき)くん、本当にありがとう」

「オレからも礼を言わせて欲しい。ありがとう......!」

純一(じゅんいち)にも言ったけど、俺は何もしてない。運命に打ち勝ったのは音姫(おとめ)の力だ。それより、それなんだ?」

 

 さっきから、音夢(ねむ)が持っている大きな紙袋が気になっていた。

 

桜姫(ゆうき)ちゃんへのお土産よ」

 

 ――喜んでくれるといいんだけど、と音夢(ねむ)は穏やかな微笑みを浮かべて言った。

 

 

           * * *

 

 

「それじゃあ、かんぱ~いっ!」

 

 さくらのハイテンションな音頭を合図にコップを合わせる。積もる話をしながら夕食を終えたあと、俺が使わせてもらっている芳乃家の客間で、元々あった一枚板のテーブルと座布団、ストーブを設置して。俺、さくら、純一(じゅんいち)、父親、当主の五人で酒を酌み交わす。因みにさくらはジュースだ。

 

「うむ、この酒は旨いね」

「だな。知り合いに教えてもらったんだ」

 

 去年の夏、晴子(はるこ)と飲んだ時の事だ。大事そうに戸棚の奥から一本の日本酒をテーブルに置いて言った。

『これ、うちのとっておきやねん』

『そうなのか』

『なんや? そのコップ』

『くれないのか?』

『あほぅ、とっておきやゆーうたやないかっ。特別な日に空けるんや!』

『特別って、どんな日だよ?』

『せやな。あんたが子どもでも連れてきたったら空けたってもええな。いつになるんやろな~』

 と、まあこんな感じで自慢された。銘柄を覚えていたから商店街の酒屋を何軒か探し回って、ようやく一本だけ見つけることが出来た代物だ。

 

往人(ゆきと)くん、ボクにもちょうだーいっ」

 

 さくらが、新しいコップを差し出して来た。

 

「子どもが飲むものじゃないぞ」

「ボク、大人だよ! 大きくなったもんっ」

「まだ身体は未成年だろうが」

 

 身体の成長を止める魔法を使わなくなったさくらは、たしかに成長した。でも元が小学校低学年くらいの見た目だったんだ。それが附属くらいになったからって、身体の機能自体はそう変わらないだろう。

 

往人(ゆきと)くん、いじわるだよ~」

「もう少しデカくなったら、いくらでも付き合ってやる」

「......約束だよっ?」

 

 ――ああ、約束だ。と、さくらを納得させ再び飲み出す。もちろんさくらは、ジュース。純一(じゅんいち)の、慣れない海外生活に悪戦苦闘する日々の生活を肴に晩酌を始めて約一時間、突然ふすまが開いた。

 

「みてみて~!」

 

 居間で音姫(おとめ)たちと一緒にテレビを見ていた桜姫(ゆうき)が、自分の身体の半分くらいありそうな真っ赤なランドセルを背負って、客間へやって来た。後ろから音姫(おとめ)由夢(ゆめ)も遅れて入ってくる。

 背負っているランドセルは、音夢(ねむ)たちからの入学祝いだそうだ。あの紙袋は、ランドセルだったんだな。

 

「かわいいでしょっ!」

 

 何故か本人以上に得意気な表情(かお)由夢(ゆめ)。相変わらず叔母バカは健在だ。ひととおり可愛いと褒めて貰えて満足したのか桜姫(ゆうき)は、音姫(おとめ)と手を繋いで居間へ戻って行った。

 

桜姫(ゆうき)も、四月になったらもう小学校へ上がるのか......」

「早いものですね。我々も年を取るわけですな」

「まったく......」

「まさか、由夢(むすめ)にこうして酒を注いでもらえる日がくるなんて......!」

「もう恥ずかしいな。このくらいのことで大げさすぎだって」

 

 時の流れを憂い、感慨深く、しみじみ飲む老人二人。父親の方は由夢(ゆめ)に酌をしてもらって若干涙ぐんでる。

 残っていた酒をぐいっと飲み干してコップを置いた純一(じゅんいち)は、俺と由夢(ゆめ)に訊いてきた。

 

「ところで二人は、いつ籍を入れるんだい?」

 

 突然のことで言葉の意味が上手く理解出来ず、俺たちは固まってしまった。先に自分を取り戻したのは由夢(ゆめ)だった。顔を紅くして、純一(じゅんいち)を問い詰める。

 

「お、おじいちゃん、何で急にそんな話するのっ!?」

「ん? さくらから届いたメールじゃ、そろそろじゃないかって感じだったんだが」

「お前、何を書いたんだよ......?」

「え? ボクはただ、往人(ゆきと)くんと由夢(ゆめ)ちゃんの子ども早くみたいな~って、書いただけだよ?」

 

 なるほど、受け止め方によってはそう思われても仕方がない文章だ。

 

芳乃(よしの)さんの気持ちは分かります。私も今は、由夢(ゆめ)の子どもを抱くことが一番の楽しみですから」

「当時は色々と想うところもあったが由夢(ゆめ)音姫(おとめ)、それに桜姫(ゆうき)も......。人生とは分からないものだ」

「ええ、お互い長生きはするものですね」

 

 爺さん同士の共感に場の空気がしんみりした。

 

「まあ子どもを一番に抱くのは、由夢(ゆめ)の父親であるオレだけど!」

「ダメダメ! 二人の子どもを一番に抱くのは、ボクなんだからね!」

「ダメです! 桜姫(ゆうき)の時はさくらさんに譲ったんですから、由夢(ゆめ)の子は譲れません!」

「むぅ~......」

 

 にらみ合いのあと話は結婚どころか更に先の舞台にまで突き抜けて大盛り上がり、終いには子どもの性別や名前にまで議論が及んでいた。

 それにしても、こう言う話は一筋縄ではいかないと相場決まっている物だと思っていたけど、まったく反対する素振りもみせず。それどころか姉妹の父親が一番乗り気だったのが意外だった。

 お陰で、決心がついた――。

 

 

           * * *

 

 

 時計は、午前0時を回り宴会はお開きになった。

 葛木(かつらぎ)の当主は普段俺が使っている芳乃家の客間に泊まり俺は、義之(よしゆき)の部屋を使わせてもらう予定だったが。はしゃぎ過ぎて疲れたのか桜姫(ゆうき)が寝てしまい。義之(よしゆき)の部屋は、桜内一家が使うことになった。

 そんな訳で俺は、由夢(ゆめ)の部屋で一晩厄介になることになった。薄桃色のカーペットの上に来客用の布団を敷いてから風呂を借り、部屋へ戻る。

 部屋に入ると、由夢(ゆめ)は先にベッドに入って雑誌を読んでいた。

 

「あっ、もう消していいよ」

「そうか」

 

 電気を消して俺も布団に入る。すると暗闇の中由夢(ゆめ)が話しかけてきた。

 

「あのね、おばあちゃんに教えてもらったんだけど。お父さんとお母さん、駆け落ちだったんだって」

「マジか? やるな」

「うん、私もビックリしたよ」

 

 姉妹の母親由姫(ゆき)の実家のお役目を知った純一(じゅんいち)音夢(ねむ)は、――なぜ自ら過酷な道を歩むのかと当時二人の結婚に反対したそうだ。

 それに当時の二人は、まだ二十歳そこそこと若かったこともあって勢いに任せていた節もあった。

 純一(じゅんいち)たちは、結婚そのものに反対していた訳ではなく焦らなくていいんじゃないか、と言う思いだったらしいが。その思いは上手くは伝わらず。頭ごなしに結婚を反対されたと思い込んだ二人は、アメリカへ飛び枯れない桜の研究していたさくらに泣きついた。

 結局さくらに、純一(じゅんいち)音夢(ねむ)を説得してもらったらしい。

 

「どうりでさくらに頭が上がらない訳だな」

「うん、そういうことがあって私やお姉ちゃんが結婚するって言っても反対出来ないみたい。する理由もないって言ってたけど......」

「そっか......」

「うん......」

 

 結婚と言うワードが出たところで会話が止まってしまった。

 どちらも言葉を発することなく部屋は静寂に包まれた。カーテンの隙間から月の光が漏れる。妙に明るい今夜は満月かもしれない。そのおかげでこちらを向いている由夢(ゆめ)の顔が良く見える。

 俺は、布団を出て枕元のバッグを漁った。

 

「何してるんですか?」

「ちょっとな」

 

 手に触れる固い感触。目当ての物はすぐに見つかった。

 

由夢(ゆめ)、カーテン開けてくれ」

「カーテン? これでいい?」

 

 思った通り夜空には、銀色の光を放つ丸い月と無数の星々の煌めきが彩っている。満月を見ながら心を落ち着かせて俺は、話を切り出した。

 ――よし......。

 

「誕生日おめでとう」

「あ、そっか、もう十二時回ったんだ。ありがとうございます」

 

 今日は1月2日、由夢(ゆめ)の誕生日。

 俺は、誕生日プレゼントを用意出来なかった。目当ての物は予め用意出来たけど、昼間酒屋を探し回るのに時間がかかりすぎたからだ。

 

「誕生日プレゼント、何がいい?」

「それ今聞くんですか......?」

 

 目を細めてタメ息をついた。

 事前に用意しておけ感が伝わってくる。

 

「思い浮かばなかったんだ。代わりと言っちゃなんだが、これならある」

「何ですか?」

 

 自分の身体が影になってよく見えないらしく顔を近づけて来る。俺は見える様に、差し出した正方形の小箱の蓋を開けた。

 

 小箱の中央で月明かりに照らされ光る指輪。

 

 それを見た由夢(ゆめ)は目を大きく開いて、口元に両手を持っていった。

 

「こ、これっ......!」

「――ああ、受け取ってくれるか?」

 

 付き合い始めてまだ半年、変わったことといえば敬語で話すことが減ったことと。俺を下の名前で呼ぶようになったことくらいだ。

 結婚を決めるには少し早い気もしたが、恋人として一緒に過ごすうちに改めて由夢(ゆめ)となら、これから先も穏やかに賑やかに暮らしていける心からそう思えた。

 恐る恐る指輪を手に取った由夢(ゆめ)は、指輪を見つめたまま動かない。順番的には、このあと親父さんに許しを乞うんだろうけど。孫を一番に抱く宣言が飛び出したくらいだ、既に許しはもらったようなものだと思っている。

 

 つまり、あとは由夢(ゆめ)の返事次第だ――。

 

 由夢(ゆめ)は、後ろを向いて手を月にかざしている。白い指に通された指輪が月光に反射してキラリと輝く。

 

「どうですか?」

「ああ、似合ってるぞ。それで返事は......?」

「分からないの? ちゃんと見てくださいっ」

 

 顔の横で手の甲をこちらに向ける。指輪は左手の薬指で光っていた、つまりそう言うことだ。

 

「そもそも結婚を前提って言ったの往人(ゆきと)さんでしょ? 告白を受けた時点で、私の返事はもう答えは決まってるんですよ......」

 

 ああ......そうか、そうだったな。

 最初から、そのつもりで受け入れていたんだな。

 

由夢(ゆめ)

「は、はい」

 

 俺は、改めて由夢(ゆめ)に問い掛ける。

 

 ――俺と結婚してくれ。

 

 ――はいっ。ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ。

 

 


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