1月1日。
世間的にいえば正月、賀正新年。他にも元旦・元日とさまざまな呼び方があるが、どれも新しい年を迎えためでたい日を祝う言葉。
思い返せばこの一年、いろいろなことがあった。
そして、
「できたよー。弟くん、テーブルあけて」
「了解」
芳乃宅の台所から、白い湯気と食欲をそそる良い匂いがする料理が盛り付けられた大皿を持った
「それじゃあ、いただきます」
十二時ぴったり、昼飯にありつけた。味付けは相変わらず旨い、
「
「えっとね、二時だよ」
「じゃあ、まだ時間あるね。お茶淹れるよ」
「私が淹れるよ」
「ううん、いいよ。座ってて」
七夕にした約束通り正月休みに合わせて、
「どこかへ行くんですか?」
お茶が出る前に席を立った俺に、
「散歩がてら、酒屋に行ってくる。
「ハァ、ほどほどにしてくださいよ。おじいちゃんたち、もう若くないんだから」
「ああ、わかってる。一本だけにするつもりだ」
上着をはおって家の外に出ると、冷たい北風が頬を撫でた。吐く息も白く、温かかった身体を容赦なく冷ましていく。さすがに寒空の下で長居はしたくない、それに予定の時間も迫ってる。
――行くか......。寒さでかじかむ両手をうわぎのポケットに突っ込んで、重い足を一歩を踏み出し、商店街へ向かい早足で歩きだした。
* * *
買い物を終えた時には芳乃家に戻る時間もなく俺は、直接港へ向かったのだが。すでにフェリーは港に着岸していた。
「あっ、遅いですよーっ」
「悪い遅れた」
俺に気がついた
ちょっと商店街の買い物に少し時間がかかりすぎた。予め連絡を入れておいたとはいえ不満や抗議の声を受けるのは致し方がないだろう。
その聞き流しながら
「
「オレからも礼を言わせて欲しい。ありがとう......!」
「
さっきから、
「
――喜んでくれるといいんだけど、と
* * *
「それじゃあ、かんぱ~いっ!」
さくらのハイテンションな音頭を合図にコップを合わせる。積もる話をしながら夕食を終えたあと、俺が使わせてもらっている芳乃家の客間で、元々あった一枚板のテーブルと座布団、ストーブを設置して。俺、さくら、
「うむ、この酒は旨いね」
「だな。知り合いに教えてもらったんだ」
去年の夏、
『これ、うちのとっておきやねん』
『そうなのか』
『なんや? そのコップ』
『くれないのか?』
『あほぅ、とっておきやゆーうたやないかっ。特別な日に空けるんや!』
『特別って、どんな日だよ?』
『せやな。あんたが子どもでも連れてきたったら空けたってもええな。いつになるんやろな~』
と、まあこんな感じで自慢された。銘柄を覚えていたから商店街の酒屋を何軒か探し回って、ようやく一本だけ見つけることが出来た代物だ。
「
さくらが、新しいコップを差し出して来た。
「子どもが飲むものじゃないぞ」
「ボク、大人だよ! 大きくなったもんっ」
「まだ身体は未成年だろうが」
身体の成長を止める魔法を使わなくなったさくらは、たしかに成長した。でも元が小学校低学年くらいの見た目だったんだ。それが附属くらいになったからって、身体の機能自体はそう変わらないだろう。
「
「もう少しデカくなったら、いくらでも付き合ってやる」
「......約束だよっ?」
――ああ、約束だ。と、さくらを納得させ再び飲み出す。もちろんさくらは、ジュース。
「みてみて~!」
居間で
背負っているランドセルは、
「かわいいでしょっ!」
何故か本人以上に得意気な
「
「早いものですね。我々も年を取るわけですな」
「まったく......」
「まさか、
「もう恥ずかしいな。このくらいのことで大げさすぎだって」
時の流れを憂い、感慨深く、しみじみ飲む老人二人。父親の方は
残っていた酒をぐいっと飲み干してコップを置いた
「ところで二人は、いつ籍を入れるんだい?」
突然のことで言葉の意味が上手く理解出来ず、俺たちは固まってしまった。先に自分を取り戻したのは
「お、おじいちゃん、何で急にそんな話するのっ!?」
「ん? さくらから届いたメールじゃ、そろそろじゃないかって感じだったんだが」
「お前、何を書いたんだよ......?」
「え? ボクはただ、
なるほど、受け止め方によってはそう思われても仕方がない文章だ。
「
「当時は色々と想うところもあったが
「ええ、お互い長生きはするものですね」
爺さん同士の共感に場の空気がしんみりした。
「まあ子どもを一番に抱くのは、
「ダメダメ! 二人の子どもを一番に抱くのは、ボクなんだからね!」
「ダメです!
「むぅ~......」
にらみ合いのあと話は結婚どころか更に先の舞台にまで突き抜けて大盛り上がり、終いには子どもの性別や名前にまで議論が及んでいた。
それにしても、こう言う話は一筋縄ではいかないと相場決まっている物だと思っていたけど、まったく反対する素振りもみせず。それどころか姉妹の父親が一番乗り気だったのが意外だった。
お陰で、決心がついた――。
* * *
時計は、午前0時を回り宴会はお開きになった。
そんな訳で俺は、
部屋に入ると、
「あっ、もう消していいよ」
「そうか」
電気を消して俺も布団に入る。すると暗闇の中
「あのね、おばあちゃんに教えてもらったんだけど。お父さんとお母さん、駆け落ちだったんだって」
「マジか? やるな」
「うん、私もビックリしたよ」
姉妹の母親
それに当時の二人は、まだ二十歳そこそこと若かったこともあって勢いに任せていた節もあった。
結局さくらに、
「どうりでさくらに頭が上がらない訳だな」
「うん、そういうことがあって私やお姉ちゃんが結婚するって言っても反対出来ないみたい。する理由もないって言ってたけど......」
「そっか......」
「うん......」
結婚と言うワードが出たところで会話が止まってしまった。
どちらも言葉を発することなく部屋は静寂に包まれた。カーテンの隙間から月の光が漏れる。妙に明るい今夜は満月かもしれない。そのおかげでこちらを向いている
俺は、布団を出て枕元のバッグを漁った。
「何してるんですか?」
「ちょっとな」
手に触れる固い感触。目当ての物はすぐに見つかった。
「
「カーテン? これでいい?」
思った通り夜空には、銀色の光を放つ丸い月と無数の星々の煌めきが彩っている。満月を見ながら心を落ち着かせて俺は、話を切り出した。
――よし......。
「誕生日おめでとう」
「あ、そっか、もう十二時回ったんだ。ありがとうございます」
今日は1月2日、
俺は、誕生日プレゼントを用意出来なかった。目当ての物は予め用意出来たけど、昼間酒屋を探し回るのに時間がかかりすぎたからだ。
「誕生日プレゼント、何がいい?」
「それ今聞くんですか......?」
目を細めてタメ息をついた。
事前に用意しておけ感が伝わってくる。
「思い浮かばなかったんだ。代わりと言っちゃなんだが、これならある」
「何ですか?」
自分の身体が影になってよく見えないらしく顔を近づけて来る。俺は見える様に、差し出した正方形の小箱の蓋を開けた。
小箱の中央で月明かりに照らされ光る指輪。
それを見た
「こ、これっ......!」
「――ああ、受け取ってくれるか?」
付き合い始めてまだ半年、変わったことといえば敬語で話すことが減ったことと。俺を下の名前で呼ぶようになったことくらいだ。
結婚を決めるには少し早い気もしたが、恋人として一緒に過ごすうちに改めて
恐る恐る指輪を手に取った
つまり、あとは
「どうですか?」
「ああ、似合ってるぞ。それで返事は......?」
「分からないの? ちゃんと見てくださいっ」
顔の横で手の甲をこちらに向ける。指輪は左手の薬指で光っていた、つまりそう言うことだ。
「そもそも結婚を前提って言ったの
ああ......そうか、そうだったな。
最初から、そのつもりで受け入れていたんだな。
「
「は、はい」
俺は、改めて
――俺と結婚してくれ。
――はいっ。ふつつかものですが、よろしくお願いしますっ。