「豪快な
「ああ、相変わらずだ。それより土産は何にしたんだ?」
「えっ? あ、はい......実は、ピンっと来る物が見つからなかったんで、他で買おうかと」
「そうなのか」
「はい、そうなんですっ」
受け答えに若干の違和感を感じたが、まあいいか。
昨日来た道を逆に辿り、高台のバス停のベンチに座って、バスが来るのを待つ。
すると、そこへ見覚えのある生命体がやって来た。
「ぴこぴこ~」
「な、なに? この子......? 毛玉?」
「お前は......まだ生きてたのか......!」
「
「あ、ああ......。コイツは、犬なんだ。一応」
「いぬっ!? この子、犬なんですかっ?」
ぱっと見て、とても犬とは思えないデフォルメされた縫いぐるみのような白い生命体に驚く
「コイツの名前は『ポテト』。はりまおと良い勝負だろ?」
「さくらさんに言っちゃいますよ?」
「止めてくれ......」
「ぴこ、ぴこ、ぴーこぴこ」
後ろ足で器用に立ち上がったポテトは、以前と同じく何かをせがむようにぎくしゃくと動き出した。
「なんだお前、また人形劇が見たいのか?」
「ぴっこり」
「わっ、うなづいた」
座り直してうなづいたポテトに、
「コイツ、人の言葉が分かるみたいなんだ。よーし、久しぶりに見せてやるか」
「ぴこぴこー!」
人形を地面に置いて、着物の中に収納してある小道具の扇子を持たせて踊らせる。ポテトは、人形の回りを興奮したようすで飛び跳ね回った。暴れまわる騒がしい珍獣に、山あいにある学校のプールから帰宅途中の子どもや、バスを利用するためバス停に来た高齢者たちが集まって来た。
バスが到着するまで、子どもたちのリクエストに答えながら演技して過ごす。バスが到着したところで演技を止めると「兄ちゃん、スゴいね! どうやってるの?」と寄ってきた子ども達に「手品なんだ」と誤魔化して到着したバスに乗った。
後ろから二番目の席に座り、窓を開けて、ベンチに座ってこっちを見ているポテトに声をかける。
「じゃあな、ポテト。長生きしろよ」
「ぴーこぴこっ」
「ばいばーいっ」
「ぴこぴこ~っ」
ポテトの声を合図にした様に、バスはゆっくりと走り出した。
海岸線を通って街へと向かうバスの車中、
そして、一番底に何か固い感触の物が指先に触れた。わざわざ外に出さなくても、それが何かはすぐにわかった。紐を閉め直して床に置き、そのまま隣に目を移す。
窓際に座る
「キレイだな」
「そうですね......って、どうしたんですかっ?」
思い切り驚かれた。
「う~ん......熱はないみたい。あっ、まだお酒が残ってるんでしょ。もぅ、朝方まで飲んでるからですよ。お水飲みますか?」
「別に酔ってないぞ」
「はいはい。酔ってる人は、みんなそう言うんです。バス酔いしても知りませんよ」
まったく失礼なヤツだ。それじゃあまるで、酔っぱらって戯言を言ってるみたいじゃないか。まあもらうけど。
とりあえずペットボトルを受け取って口に運ぶ。そこで異変に気がついた。
「ん? これ......」
「どうかしましたか?」
「いや、飲みやすいと思って、口当たりが優しいって言うか」
「わかりますか? それ、この地方限定の超軟水なんだって。お昼ご飯の買い物に行ったスーパーで『酒が抜けん時は、これが一番や』って、
「へぇー......」
本当は、気がついた異変はそんなことじゃない。このペットボトルの中身が減っていたことだ。
「でも、ほんと、キレー......」
再び窓の外へ、
開けられた窓から流れ込む、僅かに香る潮の匂い。浜風に吹かれ、肩ほどまでの艶やかな髪がなびいている。
「......なあ、
「ん? なんですか?」
「どこか寄っていくか?」
「――えっ?」
「遠くまで付き合わせたからな。どこでもいい、
「えっと、じゃあここ......」
一瞬目を伏せてから顔を上げた
「わかった、行くか」
「......はいっ。私、ここの花火大会一度行ってみたかったんですっ、四万発以上の花火が上がるんだって!」
スマホで去年の映像を見てはしゃぐ
* * *
「
「ちょっと待ってくださいよーっ」
スマホを片手に、人混みを避けながら俺の後ろを早足で追ってくる。仕方ないな。俺は
「あっ、ありがとうございます」
「別にいい。それより行くぞ、もう少しだ」
「はいっ」
行きの経路とは違う大都市を経由するルートを使って、在来線から花火大会が行われる甲信越地方方面行きの最新型特急電車に乗り換えた。
切符で座席を確認しながら指定席に腰を落ち着けると、間も無く列車は走り出した。
「ふぅ......、なんとか間に合ったな」
「疲れた~」
乗車直前に売店で買った飲み物を渡して、さっきからスマホとにらめっこしている
「さっきから何をやってるんだ?」
「や、ちょっと......。まあ大事な用事です」
「そっか」
――大事なことか、それなら邪魔するの悪いな。後ろの席に誰も座っていないことを確認して、リクライニングを倒し目を閉じた。しかし目を閉じてすぐ、
「
「......
「どうしたじゃないです。もうすぐ着きますよ」
「は?」
「もしかして寝てたか?」
「はい、ぐっすりでしたよ。やっぱり疲れてるんじゃないんですか......?」
「いや大丈夫だ、ちょっと寝れたしな。それより腹が減った、会場へ行く前にどこか入るか」
「そんな時間ないですよ、ギリギリなんですから」
「マジかよ......」
一気にテンションがガタ落ちした。そんな俺に、
満員の在来線に乗り換え最寄りで降りる。俺たちと同じく、九割以上の上客がこの駅で降りた。どうやら、かなりの大人数が同じ目的地を目指しているみたいだ。
俺と
* * *
「スゲー人だな」
さすが日本有数の花火大会だけあって会場内は、日本中の人がここに集まっているのでは無いかと思えるほど、大勢の人で溢れかえっていた。
「あっちに屋台があるみたいですよ」
「おっ! じゃあさっそく行くかっ。
「んー......そうですね、何がいいかなー?」
口元に人差し指を添えながら悩んでいる。結局、何があるかもわからないことから、とりあえず出店を見て回りながら考えることにした。
定番の焼きそば・たこ焼き等に加えて、地元名物のソースカツ丼などの変わり種の屋台も出展してる。適当にいくつか食べ物と自販機で飲み物を購入して、30分ほど歩き回って、ようやく見つけたスペースにタオルを敷いて腰を落ち着ける。
「運良く座れて、良かったな」
「ほんと、ラッキーでしたね。はい、お箸」
「サンキュー」
打ち上げ開始まで後10分弱、晩飯を食べながら話をして始まりの時を待った。
そして――。
花火大会運営のアナウンスが流れ、最初の花火が打ち上がった。発光しながら上空へ光の玉が昇っていく。その光が消えると同時に身体の芯にまで響く発破音が鳴り響き、光輝く大輪の華が夜空に咲き誇った。この一発を皮切りに花火は次々と打ち上がり、色とりどりの無数の華が開いては散ってゆく。
そんな幻想的な光景を見ながら「キレイ......」と、隣で呟いた
艶やかな髪、大きな目、長いまつげ......、整った顔立ち。初めて出会った頃より、少し大人びた容姿、改めて見るとかなりの美人だ。
――って、
「ん、どうしたんですか?」
「いや......、何でもない」
「そうですか? あっ、また上がりましたよっ」
額に手をやってうつむいていたのに気づかれ、不思議そうに訊いてきた
* * *
スケジュールごとに割り振られたプログラムは、大きなトラブルもなく順調に消化されて行き、最後の花火が散って終了の時を迎えた。夜空に残る煙と火薬の匂いが、どこか寂しさを感じさせる。
そして、ひとつ重大な事に気がついてしまった。
「......さて、どうするか」
目の前には、電車・バス・タクシーを待つ大勢の人だかりで歩くことすらままならない。開始時間に間に合うかだけを考えていたから帰りのことはまったく考えていなかった。
臨時列車が運行しているとはいえこれだけの人だ。ま、電車に乗れても初音島に戻るフェリーはもう終ってるけどな。
それにきっと、近くの旅館やホテルも予約客で満室だろう。
「仕方ない、都市へ出てホテルを探すか」
「大丈夫ですよ、こっちです」
「あん?」
大丈夫と言う
「ここで、どうするんだ?」
「えっと......。あっ、来ましたっ」
「
「あ、ああ......」
「はい、
戸惑う俺の代わりに
「去年は大雨で大変でしたけど、今日は天候に恵まれましたね。花火の方は綺麗に見れましたか?」
「はい、とっても綺麗に見れましたっ」
「そうですか、それはそれは――」
最初はいまいち状況を把握出来なかったが。どうやら
旅館の玄関前で送迎車は止まる。
車を降りる。瓦屋根の綺麗な旅館、玄関の両サイドを二つの提灯の柔らかな灯りが照らし、植木の手入れも行き届いている。老舗旅館といった感じの旅館だ。
送迎してくれた運転手旅館の支配人が大きな荷物を運んでくれた。
「さ、こちらになります」
「いらっしゃいませ」と、旅館の女将と仲居さんが頭を下げて出迎えてくれた。女将の挨拶が終わるとそのまま部屋へ案内してくれる。部屋の前に到着すると仲居は頭を下げて戻っていく。
「ちょっと待て!」
「え? 何ですか?」
「何ですか、じゃない。どうして同じ部屋なんだよ?」
「だって仕方ないじゃないですか。急だったから、ひと部屋しか取れなかったんだもん」
「そもそも、急に言い出した
「ほら早く入ってください。ケンカして追い出したみたいに思われるじゃないですかっ」
「わ、わかった、こけるだろ......」
強引に手を引っ張られて部屋に入る。部屋は十畳の和室で、床の間には掛け軸に生け花中央には一枚板のテーブルがあり部屋の奥にはテラスもある。部屋の隅に手荷物を置いて座蒲団に座ると、
「何か探し物か?」
「着替えですけど。あった、これで全部。
「......行く」
海の潮風、屋台の油、人混み、汗と、このまま寝るにはさすがに辛いものがある。俺も着替えを用意して露天風呂に向かった。時間が時間だけあって他の客は誰も居らず、露天風呂は貸し切り状態。思いきり足を伸ばして、溜まった疲れを汗と一緒に洗い流して、部屋に戻る。
「マジかよ......」
部屋に戻ると明かりは消え、薄暗い間接照明だけが点っていた。他にもテーブルが隅に追いやれていて代わりに、二組の布団が真ん中に並んで敷かれている。
「あれ? 早いですね。はい、どうぞ」
「ああ......、ありがと」
「あの、訊いてもいいですか......?」
「ん、何だよ?」
どこか言い難そうにしながらも、意を決したように俺を見据えて言う。
「
「
何を言うかと思えば、
「そうだな......、一言で言うと変な奴だったな」
「変?」
「ああ、初対面でいきなり窒息させられそうになった」
「えっ!? いったい何をしたんですかっ」
「俺は何もしてない、ただ防波堤で昼寝をしてただけだ」
実際昼寝をしていて、起きたら
「恐ろしいジュースですね......。それ、本当にジュースなんですか?」
「さあな、アイツは旨そうに飲んでたけどな」
必ず冷蔵庫にストックされていたくらいだ。
それから
「......そうだったんですね。でも、どうして初音島で目を覚ましたんだろう?」
「たぶん、お前が居たからだろうな」
「へっ!? や、ちょっ、なにいって......!?」
――ちょっと待っててくれ、と言って慌てている
「あっ、これ私のお弁当箱......」
「ああ、返すの遅くなって悪かったな。あの弁当、旨かった。ありがとう」
「......ちゃんと持っててくれたんですね」
返すのに十年以上も掛かったけど。
ああ、そうか......俺は――。
「なあ、
声をかけると、
旅を終えて、初音島に戻って、
商店街での人形劇、試験勉強、
――そうだ......。どんな時でも俺の一番近くに居てくれたのは、
『あの子、あんたのこと好きやで。それもここ最近の話しやないな、きっと何年も前からや。ちゃんと答え出したらなアカンで』
不意に、
そうだな、もう認めよう。
――俺は、何年も前から
「また作ってくれないか......?」
「お弁当?」
「いや、弁当もだけど」
くそ......、柄にもなく緊張するぞ。
大きく深く息を吐いて落ち着かせる。
「これからもずっと俺の隣に居てくれ」
月と星がだけが浮かぶ雲ひとつない夜空の下、沈黙が気まずい空気を作り出す。
「えっと、それはつまり......。そういうことですよね......?」
実際は一分にも満たない短い時間だったが、俺には永遠のように長いと感じた沈黙。それを破ってようやく顔を上げてくれた
「ああ、お前が思ってくれていることで間違ってない」
「――っ!? だ、大事な行程ぜんぶ飛ばして。い、いきなりプロポーズって......!」
「プロポーズ?」
確かに、言われてみれば完全に
「なんですか、そういうつもりじゃなか......」
「いや、それでいい。結婚を前提で付き合ってくれ」
食い気味に答える。
でも今度は一瞬のことですぐに顔を上げて、小さな声で――。
それでもはっきりと言葉にしてくれた。
......お願いします、と。