「それで、どこへ行くんですか?」
「ここ」
菓子を食べながら訊いてきた
「特別観光地って訳じゃないんですね」
「普通の田舎だ。だから言っただろ? 面白くないって」
肘掛けに肘を置いて頬杖を突き車窓へ顔を向ける。都会、地方都市、郊外、市街地と進む度に少しずつ姿を変えていく景色を眺める。
昼前に乗り換えの駅に到着。電車は乗り換えずに駅周辺の食事処で少し早い昼飯を食べることにした。
「うまい!」
「あっ、ほんとおいしい~っ」
「やっぱ違う土地へ来たら地元の物を食う。これが旅の醍醐味だよな」
「ですね。ところで、あとどのくらいかかるんですか?」
「そうだな......」
箸を置いてメモしておいた電車とバスの時刻、待ち時間を計算しておおよその到着時刻を割り出し、今の時刻を照らし合わせて逆算する。
「あと二、三時間ってところだな」
「思ったよりもかかるんですね」
「ローカル線だから鈍行しか運行してないんだよ」
事前に調べたけど、目的地へは快速や特急が走ってる反対方向から目指すことも出来る。だが一度、大都市を経由することになるため移動距離的にはかなり遠回りになる。それにどっちを通っても結局、到着時刻はどっこいどっこいだった。
「や、別に不満とかじゃですよ。景色もキレイで飽きないし」
「そうかよ。発車までしばらく時間もあるし、これ食い終わったら、商店街で買い物でもしていくか?」
「あ、はい。この辺りの銘菓ってなんだろう?」
食事処を出てた俺たちは、しばし商店街で買い物をして発車時刻に合わせて駅へと向かう。ここからはまた長い電車移動だ。
電車に乗ってしばらく人通りのある住宅街を移動していた車窓の景色は、やがて田園風景に変わった。均一に区切られた升目の田んぼで鮮やかな緑の葉が風に吹かれ揺れている。
空にいる少女を探して旅をしていた頃によく見た懐かしい風景。
「
「すぅすぅ......」
突然、肩に感じた重み。
朝からテンションが高かったから疲れたのか隣に座っていた
「しょうがないなヤツだな。ほら、風邪引くぞ......」
夏場とはいえ電車内は冷房が効いていささか肌寒い。起こさないように荷物から上着を出して、
* * *
「あっ!
「別に珍しくもないだろ」
終点で電車からバスに乗り換えての移動。
バス停を出て山道を走っていた市営バスは海沿いの道へ出た。真夏の太陽が青い海をより青く見せる。波間に反射した日差しに照らされ、海はまるで宝石を散りばめたかの様にキラキラと白く輝きを放っていた。だが、そんな
「もう~、わかってないなー。出掛けた先で見るからいいんじゃないですか」
「どこで見ても同じだろ」
「全然違います! それにどこでじゃなくて......」
『後乗車ありがとうございます。次は――』
何かを言いかけた
「なんだよ?」
「はぁ、なんでもないです。ほら、次のバス停で降りるんでしょ? 荷物持ってくださいっ」
停車ボタンを押した
「ど田舎だ......」
地面に降り立つと思わず心の声が溢れた。
遠ざかってゆくバスのエンジン音、蝉時雨、浜風に乗って微かに香る潮の匂い。バス停横に植えられたいくつもの向日葵は大輪の花は太陽に向かって咲いている。
青く澄んだ空、どこまでも続く青空に一筋の飛行機雲が白いラインを描いていた。
高台にあるバス停から見下ろす町並み。
目の前には、記憶の中と変わらない景色が広がっている。
――あの日と同じだ......。
「あつーい......」
いや、今日は
一瞬見入ってしまいそうになったところで、足元に置いたバックから商店街で買っておいた日傘を開いて差し出す。
「ほら、日傘」
「ありがとうございます。あの、そろそろ教えてくれませんか?」
「この町はな、俺の――」
――永遠のように思えた。長い、長い旅の終着点。
荷物を持って、バス停から町へと続く階段を一歩一歩踏み外さないように降りる。
「それで、どうするんですか?」
「先ずは、商店街に行く。買いたいものがあるんだ」
真っ昼間にも関わらず車通りも疎らな商店街。それでも、スーパーを始めたとした食料品店、飲食店、本屋、診療所もある。都会暮らしをしている奴には物足りないかもしれないが、普通に暮らすには十分な町だ。
「ありがとうございましたーっ」
「
「はい、いいですよ」
花屋で買った花束を
「ちょっと待ってくれ」
一緒に歩く
「何ですか? そのジュース」
「どろり濃厚ピーチ味だ」
「......おいしいんですか?」
普通の清涼飲料ではありえない前代未聞の『果汁400%』と記載されているジュースに怪訝な眼差しを向けている。
「そうだな、一言で言うなら......カネを貰っても飲まん」
「なんで、そんなジュースを......?」
「世の中には変わったヤツが居るのさ。さあ行くぞ、もう少しだ」
お喋りを止めて、海から真っ直ぐ延びる坂道を上る。
そして――。
「ここだ」
ある平屋建ての一軒家の前で立ち止まった俺は表札を確認してから敷地に入り、玄関の前でいったん持っている荷物を下ろす。
「ここが
「ああ、この
ひとつ大きく深呼吸をして呼び鈴を鳴らす。少しの間があってから「はーい、ちょっと待ってやー」と返事が聞こえた。玄関の曇りガラスに人影が写る。
そして、横開きの玄関が開いて。
長い髪を頭の後ろで束ねた喪服姿の女性が出てきた。
「どちらさん――あんた......!?」
「よう、久しぶりだな。
「......立ち話もなんや、とりあえず上がり」と、この家の家主――
――遅くなって悪かったな......。
目を閉じて、心の中で話しかける。
「挨拶は済んだか?」
ちょうど報告を終えたところに、背後から
「そうか......。ほな、飲もかっ!」
「は?」
「え?」
台詞の前後半で人が変わったかのようなハイテンションな声に思わず俺たちは振り向いた。すると、短パンに白いキャミソールと涼しげな部屋着に着替えた
「この酒、旨いなぁ。あんたも気ぃ効くようなったんやな~」
しみじみ言いながら、なみなみに注がれた酒を一気に飲み干す。これで四杯目だ
「飲みすぎると身体に毒だぞ」
「あほぅ。こんな旨いもん飲まん方が身体に毒やっ。ほら居候、あんたも飲まんかいっ」
「おい、溢れただろ」
危うくテーブルに置いてあるスマホが水没するところだった。
「そない細かいこと気にすんなやっ、男やろ? 付いとるんやろ!?」
「......何してるんですか?」
白い目で見られた。
「はぁ~......。はい、晩ごはんとおつまみ出来ました、テーブル片してください」
冷たい声に俺と
「ごっつうまっ! こない旨い酒ひさびさやー。ほらあんたも飲みぃ、うちの奢りや」
「えっと、私たちそろそろ......」
「なんや、もう帰るんか?」
「宿を探さないといけないんだ」
酒に付き合っていたおかげで外はもう日暮れだ。長居しすぎたため日帰りには難しい時間だ。この町に民宿でもあればいいが、無かったら大きな街まで戻る必要がある。
「なんやそんなことかいな。そんなん
「勝手にやってろ」
「あ、あはは......」
絶好調な家主が主導権を握り夜は更けていった。
「居候だったあんたが医者とはなぁ......」
「医者じゃない。ただの養護教師だ」
「どっちも似たようなもんやないか。世の中分からんもんやな」
時刻は午前1時を回り
「あんた、どこで
「......俺は、ずっと見ていた。あんたと
「はぁ? 見てたってあんた、うちが帰ってきた時には居なくなってやないか?」
「あの時の俺は、カラスだったからな」
七年前の夏。この港町にたどり着いた俺は、この神尾の家で厄介になっていた。
そして、
母親から聞いた少女の特徴「昔へと遡る夢を見る」「全てを忘れていく」「あるはずの無い痛みを感じるようになる」「最後の夢を見終わった朝、その子は死んでしまう」
でも。どうすることも出来ない自分の無力さ知った俺は、せめて最後まで見届けると誓った。
その時だ――。
ずっと一緒に旅をしてきた人形が、まばゆい輝きを放った。そして次の瞬間どういう訳かカラスに姿を変えた俺は、
そして、最期の時を見届け。空に想いを届けた俺は、初音島の枯れない桜で目を覚ました。
「......
二人しか知り得ない話を聞いた
「って、うちの目ぇ突いたんはお前かー! 危うく失明するとこやったやないか!」
「ちゃんと詫びを持ってきたじゃないか」
持ってきた酒を、
「まぁ、ええわ。この旨い酒に免じて許したる。ほな、湿っぽい話しぃはここまでにしよ。さあ、続きいくでー! 次は本日のメインコーナー、エロティックな思い出告白のコーナーやー! 飲むのと話すのどっちがええ?」
「どっちも嫌だ、一人でやってろ」
「なら全裸で裏庭行って『マスター・オブ・裏庭』退治して来んかーい!」
「飲む......」
「あんたイヤらしいな~、うちのエロティックな話し聞きたいねんなぁ、男はみーんなケダモノやー。ほな始めるでー」
聞きたくも無い話を永遠と聞かされ続け、外も明るくなり始めた午前4時過ぎ。
「ところで居候。あんた、あの子と一緒になるんか?」
「あの子?
「せや、
「あの子、あんたのこと好きやで。それもここ最近の話しやないな。きっと何年も前からや」
「......どうして、そんなことわかるんだよ?」
「あほぅ。うちも女や、そないなことくらいわかる。健気なところがうちにそっくりやっ」
「ウソつけ」
無言のまま睨み合う。
「えらい遠くからこんな
「............」
「黙るゆーことは、あんたもまんざらやなんやろ。あんな気立ての良い子そうそうおらへん。ちゃんと答え出したらな――」
このあと
初音島に戻ってからそのほとんどの時間を、俺は
長い時間を思い返していたんだ――。
* * *
「お世話になりました」
「ええねん、また遊びにきぃや。いつでも歓迎するで」
「はい、ありがとうございます」
あの後、すぐ寝てしまった俺は昼前に目を覚ました。テーブルに朝飯が用意されていただけで、
とりあえず飯を食べて待っていると二人が帰ってきた。二人は商店街で土産を選んでいたらしい。
「じゃあな
「わかっとるわい。そや、ちょっと待っとき」
「これ、あんたのやろ?」
「ああ、俺のバッグだ。取っておいてくれたのか......」
「せや、いつ戻って来るか分からへんかったけどな。感謝しいや」
「ああ、ありがとな」
肩にかけて礼を言う。
「けど、あんたの人形どっかいってしもうて......。堪忍な、ごめんやでっ」
申し訳なさそうに手を合わせて謝る
「いや、いいんだ。ほら」
「なんや新しいのあったんかいな。しかも、ずいぶんと可愛らしいなぁ。似合わへんで」
「ほっとけ!」
そんなの自分でもよくわかってる。
「あはは! ウソやウソ、冗談や!」
大笑いをしていた
「うち、男を見る目はあるつもりや。初めてあんた見たときは、ようわからんヤツやったけど。あんた、ええ男になったわ」
「
――幸せにならなアカンで......。
最後にそう言って送り出してくれた
そして見えなくなるまで手を振って見送ってくれた
――また会いに来る、と俺は約束をした。