D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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終着点 ~reunion~

「それで、どこへ行くんですか?」

「ここ」

 

 菓子を食べながら訊いてきた由夢(ゆめ)に、目的地を印した地図を渡す。地図を受け取った由夢(ゆめ)は、スマホに今から行く街の名前を入力して調べいる。

 

「特別観光地って訳じゃないんですね」

「普通の田舎だ。だから言っただろ? 面白くないって」

 

 肘掛けに肘を置いて頬杖を突き車窓へ顔を向ける。都会、地方都市、郊外、市街地と進む度に少しずつ姿を変えていく景色を眺める。

 昼前に乗り換えの駅に到着。電車は乗り換えずに駅周辺の食事処で少し早い昼飯を食べることにした。

 

「うまい!」

「あっ、ほんとおいしい~っ」

「やっぱ違う土地へ来たら地元の物を食う。これが旅の醍醐味だよな」

「ですね。ところで、あとどのくらいかかるんですか?」

「そうだな......」

 

 箸を置いてメモしておいた電車とバスの時刻、待ち時間を計算しておおよその到着時刻を割り出し、今の時刻を照らし合わせて逆算する。

 

「あと二、三時間ってところだな」

「思ったよりもかかるんですね」

「ローカル線だから鈍行しか運行してないんだよ」

 

 事前に調べたけど、目的地へは快速や特急が走ってる反対方向から目指すことも出来る。だが一度、大都市を経由することになるため移動距離的にはかなり遠回りになる。それにどっちを通っても結局、到着時刻はどっこいどっこいだった。

 

「や、別に不満とかじゃですよ。景色もキレイで飽きないし」

「そうかよ。発車までしばらく時間もあるし、これ食い終わったら、商店街で買い物でもしていくか?」

「あ、はい。この辺りの銘菓ってなんだろう?」

 

 食事処を出てた俺たちは、しばし商店街で買い物をして発車時刻に合わせて駅へと向かう。ここからはまた長い電車移動だ。

 電車に乗ってしばらく人通りのある住宅街を移動していた車窓の景色は、やがて田園風景に変わった。均一に区切られた升目の田んぼで鮮やかな緑の葉が風に吹かれ揺れている。

 空にいる少女を探して旅をしていた頃によく見た懐かしい風景。

 

由夢(ゆめ)?」

「すぅすぅ......」

 

 突然、肩に感じた重み。

 朝からテンションが高かったから疲れたのか隣に座っていた由夢(ゆめ)は、いつの間にか俺の肩に寄り掛かって小さな寝息を立てていた。

 

「しょうがないなヤツだな。ほら、風邪引くぞ......」

 

 夏場とはいえ電車内は冷房が効いていささか肌寒い。起こさないように荷物から上着を出して、由夢(ゆめ)の身体に掛けると。俺は再び車窓へ目を戻した。

 

 

           * * *

 

 

「あっ! 国崎(くにさき)さん、海ですよ海っ!」

「別に珍しくもないだろ」

 

 終点で電車からバスに乗り換えての移動。

 バス停を出て山道を走っていた市営バスは海沿いの道へ出た。真夏の太陽が青い海をより青く見せる。波間に反射した日差しに照らされ、海はまるで宝石を散りばめたかの様にキラキラと白く輝きを放っていた。だが、そんな風景(もん)は初音島で見飽きた。周囲を海に囲まれた初音島では夏になれば嫌でも目に入る夏の風物詩ようなものだ。

 

「もう~、わかってないなー。出掛けた先で見るからいいんじゃないですか」

「どこで見ても同じだろ」

「全然違います! それにどこでじゃなくて......」

『後乗車ありがとうございます。次は――』

 

 何かを言いかけた由夢(ゆめ)の言葉は、運転手の次の停車場を伝えるアナウンスによって遮られた。そのアナウンスが終わった後も由夢(ゆめ)は黙ったまま何も言おうとしない。

 

「なんだよ?」

「はぁ、なんでもないです。ほら、次のバス停で降りるんでしょ? 荷物持ってくださいっ」

 

 停車ボタンを押した由夢(ゆめ)は、通路を挟んだ空席に置いた荷物を押し付けて来た。しかも、重い物が入った荷物を厳選してだ。ちゃっかりしてやがる。

 

「ど田舎だ......」

 

 地面に降り立つと思わず心の声が溢れた。

 遠ざかってゆくバスのエンジン音、蝉時雨、浜風に乗って微かに香る潮の匂い。バス停横に植えられたいくつもの向日葵は大輪の花は太陽に向かって咲いている。

 青く澄んだ空、どこまでも続く青空に一筋の飛行機雲が白いラインを描いていた。

 高台にあるバス停から見下ろす町並み。

 目の前には、記憶の中と変わらない景色が広がっている。

 ――あの日と同じだ......。

 

「あつーい......」

 

 いや、今日は由夢(こいつ)が居るんだったな。

 由夢(ゆめ)は、荷物を置いて額の汗をハンカチで拭いながら空いている手で淡いグリーン色のブラウスの襟をぱたぱたさせて風を送り込んでいる。その胸元には透き通るような白い肌が見え隠れしていた。

 一瞬見入ってしまいそうになったところで、足元に置いたバックから商店街で買っておいた日傘を開いて差し出す。

 

「ほら、日傘」

「ありがとうございます。あの、そろそろ教えてくれませんか?」

 

 由夢(ゆめ)の言いたいことは分かっている。移動時間だけで何時間もかかる特別有名な観光地でもない、この辺境の港町に来た理由。

 

「この町はな、俺の――」

 

 ――永遠のように思えた。長い、長い旅の終着点。

 

 荷物を持って、バス停から町へと続く階段を一歩一歩踏み外さないように降りる。

 

「それで、どうするんですか?」

「先ずは、商店街に行く。買いたいものがあるんだ」

 

 真っ昼間にも関わらず車通りも疎らな商店街。それでも、スーパーを始めたとした食料品店、飲食店、本屋、診療所もある。都会暮らしをしている奴には物足りないかもしれないが、普通に暮らすには十分な町だ。

 

「ありがとうございましたーっ」

由夢(ゆめ)、悪いけど持ってくれ」

「はい、いいですよ」

 

 花屋で買った花束を由夢(ゆめ)に渡し、二件隣の酒屋に立ち寄りって、日本酒の一升瓶を購入して店を出る。防波堤沿いの道を歩いて目的地に向かう途中にある武田商店と書かれ看板を掲げる駄菓子屋の前で、俺は足を止めた。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 一緒に歩く由夢(ゆめ)に断りを入れて、店先の自販機にあるひときわ目を引く、ピンク色の紙パックジュースのボタンを三度押す。

 

「何ですか? そのジュース」

「どろり濃厚ピーチ味だ」

「......おいしいんですか?」

 

 普通の清涼飲料ではありえない前代未聞の『果汁400%』と記載されているジュースに怪訝な眼差しを向けている。

 

「そうだな、一言で言うなら......カネを貰っても飲まん」

「なんで、そんなジュースを......?」

「世の中には変わったヤツが居るのさ。さあ行くぞ、もう少しだ」

 

 お喋りを止めて、海から真っ直ぐ延びる坂道を上る。

 そして――。

 

「ここだ」

 

 ある平屋建ての一軒家の前で立ち止まった俺は表札を確認してから敷地に入り、玄関の前でいったん持っている荷物を下ろす。由夢(ゆめ)もバックを下ろした。

 

「ここが国崎(くにさき)さんの......?」

「ああ、この神尾(かみお)の家が。俺の旅の終着点だ......」

 

 ひとつ大きく深呼吸をして呼び鈴を鳴らす。少しの間があってから「はーい、ちょっと待ってやー」と返事が聞こえた。玄関の曇りガラスに人影が写る。

 そして、横開きの玄関が開いて。

 長い髪を頭の後ろで束ねた喪服姿の女性が出てきた。

 

「どちらさん――あんた......!?」

「よう、久しぶりだな。晴子(はるこ)

 

「......立ち話もなんや、とりあえず上がり」と、この家の家主――神尾(かみお)晴子(はるこ)に促された俺と由夢(ゆめ)は、ひとまず家に上げてもらうことになった。

 晴子(はるこ)の着替えが終わるのを待つ間、彼女の一人娘――神尾(かみお)観鈴(みすず)の仏前に、観鈴(みすず)が好きだったどろり濃厚ピーチ味のジュースと花束を手向けて、手を合わせる。今日は、彼女の命日。

 ――遅くなって悪かったな......。

 目を閉じて、心の中で話しかける。

 

「挨拶は済んだか?」

 

 ちょうど報告を終えたところに、背後から晴子(はるこ)の声が聞こえた。振り向かずに「ああ、終わった」と答える。

 

「そうか......。ほな、飲もかっ!」

「は?」

「え?」

 

 台詞の前後半で人が変わったかのようなハイテンションな声に思わず俺たちは振り向いた。すると、短パンに白いキャミソールと涼しげな部屋着に着替えた晴子(はるこ)が、土産で持ってきた酒瓶を片手に満面の笑みを浮かべていた。

 

「この酒、旨いなぁ。あんたも気ぃ効くようなったんやな~」

 

 しみじみ言いながら、なみなみに注がれた酒を一気に飲み干す。これで四杯目だ

 

「飲みすぎると身体に毒だぞ」

「あほぅ。こんな旨いもん飲まん方が身体に毒やっ。ほら居候、あんたも飲まんかいっ」

「おい、溢れただろ」

 

 危うくテーブルに置いてあるスマホが水没するところだった。

 

「そない細かいこと気にすんなやっ、男やろ? 付いとるんやろ!?」

 

 晴子(はるこ)は、身を乗り出して手を伸ばしてきた。そこへ、台所から由夢(ゆめ)がおぼんを持ってやって来た。

 

「......何してるんですか?」

 

 白い目で見られた。

 

「はぁ~......。はい、晩ごはんとおつまみ出来ました、テーブル片してください」

 

 冷たい声に俺と晴子(はるこ)は急いで酒瓶を片付けてスペースを作る。テーブルに並べられた手料理に舌づつみを打ちながら俺と晴子(はるこ)は酒を飲む。

 

「ごっつうまっ! こない旨い酒ひさびさやー。ほらあんたも飲みぃ、うちの奢りや」

「えっと、私たちそろそろ......」

「なんや、もう帰るんか?」

「宿を探さないといけないんだ」

 

 酒に付き合っていたおかげで外はもう日暮れだ。長居しすぎたため日帰りには難しい時間だ。この町に民宿でもあればいいが、無かったら大きな街まで戻る必要がある。

 

「なんやそんなことかいな。そんなん(うち)に泊まればええやん、これで問題解決や! 今日は朝まで飲み明かすでー! ほな最初のコーナーちょっと恥ずかしい告白のコーナーやー!」

「勝手にやってろ」

「あ、あはは......」

 

 絶好調な家主が主導権を握り夜は更けていった。

 

「居候だったあんたが医者とはなぁ......」

「医者じゃない。ただの養護教師だ」

「どっちも似たようなもんやないか。世の中分からんもんやな」

 

 時刻は午前1時を回り由夢(ゆめ)はふすまを隔てた隣の客間で寝ている。俺はと言うと、まだ晴子(はるこ)に付き合わされていた。

 晴子(はるこ)は、まだ酒が残るグラスを寂しげに見つめながら落ち着いた声で訊いてきた。

 

「あんた、どこで観鈴(みすず)のこと知ったんや......?」

「......俺は、ずっと見ていた。あんたと観鈴(みすず)の側で......」

「はぁ? 見てたってあんた、うちが帰ってきた時には居なくなってやないか?」

「あの時の俺は、カラスだったからな」

 

 七年前の夏。この港町にたどり着いた俺は、この神尾の家で厄介になっていた。

 そして、晴子(はるこ)の一人娘――神尾(かみお)観鈴(みすず)こそが、俺が探していた空にいる少女の生まれ変わりだった。

 母親から聞いた少女の特徴「昔へと遡る夢を見る」「全てを忘れていく」「あるはずの無い痛みを感じるようになる」「最後の夢を見終わった朝、その子は死んでしまう」観鈴(みすず)は、母親の話し通りの道を進んでいった。

 でも。どうすることも出来ない自分の無力さ知った俺は、せめて最後まで見届けると誓った。

 

 その時だ――。

 

 ずっと一緒に旅をしてきた人形が、まばゆい輝きを放った。そして次の瞬間どういう訳かカラスに姿を変えた俺は、観鈴(みすず)と出会った時に戻っていた。

 そして、最期の時を見届け。空に想いを届けた俺は、初音島の枯れない桜で目を覚ました。

 

「......()()は、あんたやったんか。道理で逃げへんかった訳やな、あの子の側に居てくれたんやな......」

 

 二人しか知り得ない話を聞いた晴子(はるこ)は、天井を仰いで目を閉じた。

 

「って、うちの目ぇ突いたんはお前かー! 危うく失明するとこやったやないか!」

「ちゃんと詫びを持ってきたじゃないか」

 

 持ってきた酒を、晴子(はるこ)のコップに注ぐ。そいつを一気に飲み干した晴子(はるこ)は、新しい一升瓶を勢いよくテーブルに置いた。

 

「まぁ、ええわ。この旨い酒に免じて許したる。ほな、湿っぽい話しぃはここまでにしよ。さあ、続きいくでー! 次は本日のメインコーナー、エロティックな思い出告白のコーナーやー! 飲むのと話すのどっちがええ?」

「どっちも嫌だ、一人でやってろ」

「なら全裸で裏庭行って『マスター・オブ・裏庭』退治して来んかーい!」

「飲む......」

「あんたイヤらしいな~、うちのエロティックな話し聞きたいねんなぁ、男はみーんなケダモノやー。ほな始めるでー」

 

 聞きたくも無い話を永遠と聞かされ続け、外も明るくなり始めた午前4時過ぎ。晴子(はるこ)は唐突に話題を変えた。

 

「ところで居候。あんた、あの子と一緒になるんか?」

「あの子? 由夢(ゆめ)のことか?」

「せや、由夢(ゆめ)ちゃんや」

 

 晴子(はるこ)は、空になった自分のグラスに酒を注いで話を続ける。

 

「あの子、あんたのこと好きやで。それもここ最近の話しやないな。きっと何年も前からや」

「......どうして、そんなことわかるんだよ?」

「あほぅ。うちも女や、そないなことくらいわかる。健気なところがうちにそっくりやっ」

「ウソつけ」

 

 無言のまま睨み合う。

 晴子(はるこ)は、呆れ顔でタメ息をついた。

 

「えらい遠くからこんな辺鄙(へんぴ)な町に、好きでもない男と二人で来るわけあらへんやん」

「............」

「黙るゆーことは、あんたもまんざらやなんやろ。あんな気立ての良い子そうそうおらへん。ちゃんと答え出したらな――」

 

 このあと晴子(はるこ)が何を言ったのか俺は覚えていない。晴子(はるこ)が話している間、俺は思い返していたんだ。

 初音島に戻ってからそのほとんどの時間を、俺は由夢(ゆめ)と一緒に過ごしてきた。

 

 長い時間を思い返していたんだ――。

 

 

           * * *

 

 

「お世話になりました」

「ええねん、また遊びにきぃや。いつでも歓迎するで」

「はい、ありがとうございます」

 

 あの後、すぐ寝てしまった俺は昼前に目を覚ました。テーブルに朝飯が用意されていただけで、由夢(ゆめ)晴子(はるこ)の姿は見つからなかった。

 とりあえず飯を食べて待っていると二人が帰ってきた。二人は商店街で土産を選んでいたらしい。

 

「じゃあな晴子(はるこ)。飲み過ぎるなよ」

「わかっとるわい。そや、ちょっと待っとき」

 

 晴子(はるこ)は、自宅横の納屋から何か袋を持って戻って来た。

 

「これ、あんたのやろ?」

「ああ、俺のバッグだ。取っておいてくれたのか......」

「せや、いつ戻って来るか分からへんかったけどな。感謝しいや」

「ああ、ありがとな」

 

 肩にかけて礼を言う。

 

「けど、あんたの人形どっかいってしもうて......。堪忍な、ごめんやでっ」

 

 申し訳なさそうに手を合わせて謝る晴子(はるこ)に俺は、大胆なイメージチェンジをした相棒を見せて答える。

 

「いや、いいんだ。ほら」

「なんや新しいのあったんかいな。しかも、ずいぶんと可愛らしいなぁ。似合わへんで」

「ほっとけ!」

 

 そんなの自分でもよくわかってる。

 

「あはは! ウソやウソ、冗談や!」

 

 大笑いをしていた晴子(はるこ)は、ひとつ息を吐く。

 

「うち、男を見る目はあるつもりや。初めてあんた見たときは、ようわからんヤツやったけど。あんた、ええ男になったわ」

晴子(はるこ)......」

 

 ――幸せにならなアカンで......。

 

 最後にそう言って送り出してくれた晴子(はるこ)。俺と由夢(ゆめ)は改めて挨拶をして神尾の家を後にした。

 そして見えなくなるまで手を振って見送ってくれた晴子(はるこ)に......。

 

 ――また会いに来る、と俺は約束をした。

 


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