D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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帰宅 ~resolution~

 初音島に帰ってきた俺の目の前には、異様な光景が広がっていた。放課後の風見学園の廊下には一部を覆い尽くすように黒い固まりが列をなし、妙な熱気と湿気が漂っている。それらを避けるように歩いて行くと、黒い固まりの出所は目的地の保健室へと続いていた。列をなす反対側のドアをスライドさせて、保健室の中に入る。

 

「はい、もういいですよ。気をつけてくださいね」

「うッス、ありがとうございますッ!」

 

 丸椅子から立ち上がった一人の男子生徒は姿勢を正し、床と平行に90度頭を下げ、ギクシャクした歩き方で保健室を出て行った。奇妙に思いながらも頭を下げた先にいた白衣姿の女性――由夢(ゆめ)に声をかける。

 

「おい」

「ちょっと待って......って、国崎(くにさき)さん!?」

 

 下校時間を待って商店街へ移動。

 

「じゃあ、お姉ちゃんとさくらさんはまだ、お寺で修行しているんですね」

「ああ、俺が教えられることもないし。修行中の世話してくれる巫女さんも5、6人居るから大丈夫だってさ」

 

 ひと月の間、代理で保健医を務めてくれた由夢(ゆめ)への礼を兼ねて入ったカフェで、俺はコーヒーカップを口に運びながら、二つ目のケーキを食べている由夢(ゆめ)に詳しく経緯を話した。

 

           * * *

 

 今から一月と数日前――。

 初音島からフェリー、バス、電車と乗り継いでスマホの地図アプリを頼りに山道を二時間ほど歩き。オレンジ色の日が沈みきる前に目的地の山寺――裏葉(うらは)寺に到着。俺たちに気づいた若い僧に寺務所まで案内をしてもらい応接室へ通された。しばらくすると住職(初老の男性)がやって来た。俺は座布団から立ち上がり、住職の前へ出る。

 

「悪いな、住職。またしばらく厄介になる」

「うむ、話は聞いておる。我々も及ばずながら助力しよう」

 

 住職は畳の上で膝を畳んで落ち着け、音姫(おとめ)とさくらに向きなおしてから頭を下げ、改まった態度で丁寧に挨拶をした。

 

「よく、お越しくださいました。見ての通り不便なところで申し訳ないですが」

「いえ、そんな。私たちの方こそ宿泊させていただけるだけで......」

 

 音姫(おとめ)は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 その後俺たちは、それぞれの部屋へ案内してもらってから早めの夕食を済ませた。先日と同じく精進料理かと思いきや、音姫(おとめ)が料理を買って出てくれたお陰で美味い飯にありつくことが出来た。

 

往人(ゆきと)くん、御住職と知り合いみたいだったけど?」

「ああ、この寺は俺がガキの頃に世話になっていた寺なんだ」

 

 物心がついた頃にはもう、この寺で生活していた。数年後、母を名乗る女性が迎えに来た。

 そして彼女に着いていくことを決めた俺の長い旅が始まった。母との旅は一年ほどの短い期間だったが、空に居る少女の話、方術(ほうじゅつ)と生きていくために色々なことを教わった。

 

「子どもの頃は知らなかったけど、この寺には俺たちが寝泊まりする寺以外に、もう一つ古い社があったんだ」

 

 部屋を出た俺たちは靴に履き替えて、寺の裏側へ回る。すると更に山の中へと続く道が現れた。入り口には柵があり、番人をしている僧侶が身構えろ。

 

「......国崎(くにさき)殿ですか? もしや、今から行かれるのですか?」

「ああ、コイツを早めに戻しておきたいんだ」

 

 二冊の翼人伝を見せると「そうですか、わかりました。ご案内致します」と僧侶は頷いて、先導してくれる。

 十年前、初音島を離れ翼人の手がかりを探していた俺は、この寺に辿り着いた。俗に言う灯台もと暗しってヤツだった。

 

音姫(おとめ)、さくら、暗いから足元に気を付けろよ」

「うん」

「このくらいだいじょ~......うにゃっ!? い、いたい......」

「ったく、言ったそばからかよ」

「さ、さくらさんっ、大丈夫ですかっ?」

 

 茂みに足を取られたさくらが盛大にずっこけた。手を貸して起こし先へ進む。五分ほど石段を上ると開けた場所に出た。

 そこに鎮座する今は使われていない古社(こしゃ)。昔はここを使っていたらしいのだが現在は、屋根の瓦は落ち廊下や手すりに使われている木材も雨風に晒され朽ち果てている。

 

「こちらへ。強風が吹くと瓦などが落ちることがあります故」

 

 僧侶に従い古社を迂回して裏手へ回ると石段の先に洞窟が現れた。僧侶は数歩横へ移動し道を開けた。

 

「それでは私は、こちらでお待ちしております......」

「いや、大丈夫だ」

 

 それぞれ持参した懐中電灯を見せる。僧侶は「そうですか。それではお気をつけ下さい」と頭を下げ来た道を戻っていた。

 俺たちは懐中電灯を点して、雲ひとつない夜空に輝く月の光さえも届かない暗闇の洞窟へ向かって歩きだした。

 

「真っ暗だね~」

「幽霊が出るかもな」

「......うぅっ!? く、くく、くに、国崎(くにさき)くんっ、幽霊とか言うと幽霊さんが出て来ちゃうって言うからっ。だから幽霊って言っちゃダメなんだよ!」

 

 ――自分で連呼してるじゃないか。

 慌てふためく音姫(おとめ)にコートの裾を力強く握りしめられて歩き難いが、気にせず洞窟の奥へ奥へと進んでいく。

 

「着いたぞ」

「ここ......。音姫(おとめ)ちゃん、感じるっ?」

「なにも感じません! なにも見えません!」

「目をつむってるからだろ」

 

 とりあえずツッコミを入れてからランタン型の懐中電灯を点し、音姫(おとめ)を落ち着くのを待つ間に翼人伝を最新の保管棚にしまっておく。

 しばらくして落ち着きを取り戻した音姫(おとめ)は、明るくなった洞窟最新部に構えられた居住空間を見回している。

 

「ここ......、スゴい力を感じます」

「うん、きっとスゴい力を持った人が生活してたんだと思う」

 

「その通りです」突然聞こえた俺たち以外の声。警戒しながら懐中電灯を向けると、声の主は住職だった。

 

「なんだ爺さんか、脅かすなよ......」

「びっくりしたよ~」

「驚かせて申し訳ない。あなた方が洞窟(ここ)へ向かったと聞きつけましてな」

 

 住職は奥の収納棚にある小型パイプ椅子四つ用意して座るように促した。俺とさくらは座ったが、音姫(おとめ)はなぜか立ったまま。

 

音姫(おとめ)ちゃん?」

 

 不思議に思ったさくらが目の前で手を数回動かしても、音姫(おとめ)に反応はない。

 

「う~ん、気絶してるみたいだね」

「おい、爺さん」

「いや、本当に申し訳ない」

 

 音姫(おとめ)が気がつくのを待ってから住職は、水筒のお茶を配り。この洞窟の歴史を教えてくれた。

 

「キミは、どう感じるかね?」

()()()()、だな」

 

 数年前、そして先日と、翼人伝を取りにここへ来た時も同じ感覚を持った。魔法使いのさくらたちとも俺の方術ともまったく違う力を感じる。けど、ただ強力な力と云うわけではなく、とても純粋で清らかな感じだ。

 

「うむ、やはりいい感性を持っている。そう、この洞窟に空真理(くまり)と云われる翼人の一族が生活をしていたと言い伝えられています。彼らは、我々のご先祖様に様々な知恵と力を授けてくれたそうです。その中のひとつが......」

往人(ゆきと)くんの方術(ほうじゅつ)?」

「はい、その通りです。これをご覧ください」

 

 人の姿を安易に型どった白い紙を大きめな石の上に置いた住職は、紙人形を軽く指で触れるとすっと立ち上がって石の上を歩き出した。

 

方術(ほうじゅつ)っ? 住職さんも使えるんですかっ?」

「はい、少しだけ。私には往人(かれ)ほどの才能(ちから)はありませんが......」

 

 住職は拾い上げた紙人形を音姫(おとめ)に手渡す。すると音姫(おとめ)の手のひらの上で紙人形はひとりでに立ち上がり動き出した。

 

「あっ......」

「この紙人形は少なからず方術を使える者が触れると動く仕組みとなっております。しかし、これほど滑らかに動くことは稀です。桜内(さくらい)さん、あなたはよい才能をお持ちの様ですな」

 

 翌朝から始まった修業は、座禅・瞑想を始めとした普通の禅修業のように思えたが、こういった地道なことが重要になるらしい。

 地道な修業からひと月。初めて紙人形――式紙を使っての修業に音姫(おとめ)は苦労していた。元々、魔法の使い方が身体に染み付いているのこと原因だったが、持ち前の真面目さと集中力を発揮し。俺の帰宅前日の夜、数秒間だけ補助無しで動かすこと出来るようになった。

 

「あの調子でいけば、たぶん、あと半年も掛からないんじゃないか」

「そうですか。それでお姉ちゃん、体調の方は......?」

 

 修業のことより、むしろこっちが本命だろうな。

 

「体調不良にはならなかったぞ。さくらの考えだと、あの土地の強力な霊力で鬼の呪いを封じ込めてるんじゃないかってさ」

「そっか、よかった......」

 

 400年苦しみを与え続けてきた鬼も、1000年を優に越える歴史を持つ翼人の力には敵わないってことかもな。少し強ばっていた表情(かお)が緩み由夢(ゆめ)は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「おお、そうだ。土産があったんだよ、ほら」

「ありがとうございます。なんですか、これ?」

「名物の鬼殺し饅頭だ、縁起良いだろ」

「......もう少し気の利いたお土産なかったんですか?」

 

 せっかく買ってきてやったのに贅沢な奴だ。本島のフェリー乗り場で買ったヤツだけど。

 

「じゃあ、なにが良かったんだよ? アホみたいに高いモノじゃなければ買ってやるぞ」

 

 なにか目当ての店でもあったのか由夢(ゆめ)は、黙ったのまま一瞬目を横に向けた。

 

「なんだ?」

「な、なんでもないですっ、ごちそうさまでしたっ。さあ帰りましょう!」

 

 慌てて席を立った由夢(ゆめ)に続いて俺も席を立ち、彼女が視線を移した方を確認しつつ、レジで会計を済ませ、外で待っている由夢(ゆめ)と話をしながら、家への道のりを少しゆっくり歩いて帰った。

 

           * * *

 

 そして、季節は巡り春。

 新しい出会いと別れの季節。

 始まりを告げる季節、初音島にも一年ぶりに桜が咲いた、そんな四月の始めのこと。寺での修業を終えた音姫(おとめ)とさくらが、数月ぶりに初音島へ帰ってきた――。

 

「ママーっ!」

「ただいま、桜姫(ゆうき)ちゃん。遅くなってごめんね」

 

 フェリーから降りてきた音姫(おとめ)の胸に桜姫(ゆうき)が飛び込み、音姫(おとめ)は優しく頭を撫でながら謝っていた。

 

音姉(おとねえ)

「あっ、弟くんっ」

「どう? 大丈夫なの?」

 

 義之(よしゆき)の問いかけに音姫(おとめ)は微笑む。すると抱いている桜姫(ゆうき)を地面下ろして、デフォルメされた侍の様な人形を取り出した。

 

「見ててね」

 

 ベンチに寝かせた人形がひょこっと立ち上がり歩き出した。しかも、ただ歩くだけじゃない。ギミックの刀を抜き殺陣(タテ)のような演技。

 

「わっ、お姉ちゃんすごいね。ねぇ、桜姫(ゆうき)ちゃん」

「うんっ、かっこいい~」

「えへへ~」

 

 妹と愛娘に褒められて得意気に胸を張った。その様子に義之(よしゆき)も安心したみたいだ、音姫(おとめ)と話出した。

 

「さくら、どうなんだ......?」

「バッチリだよーっ。鬼の呪いは音姫(おとめ)ちゃんの方術(ほうじゅつ)憑代(よりしろ)に封じ込めて、古社の洞窟に封印しちゃったから!」

「それ大丈夫か?」

 

 さくらは笑った。

 あの地域、特にあの洞窟は翼人が住んでいたからなのか、自然と強力な霊力が集まるらしく。あと100年もすれば封じ込めた鬼も完全に力を失い自然消滅する見込みと言う話だ。

 

「でも、音姫(おとめ)ちゃん魔法が使えなくなっちゃったんだ」

「え、そうなのか?」

「うん、正確には“和菓子を出す魔法”以外をだけどね」

 

 鬼は命を蝕む反面、宿主に魔力を与えてくれていた。その鬼を封じ込めたため恩恵の方も受けられなくなったらしい。和菓子の方は『お役目』を継ぐ前から使えたから影響が無かったそうだが。

 ――まあ、何はともあれ......。

 

「これで終わったんだな」

「うん。でも念には念を入れて、大きくなったら桜姫(ゆうき)ちゃんに方術(ほうじゅつ)を教えてあげるんだって」

「まあ、それが正解なんだろうけど......」

 

 心からの笑顔で話している音姫(おとめ)たちを見ていると。

 これから先、例えなにが起きたとしても家族(あいつら)なら必ず乗り越えて行けるんだろ、とそう思えた。

 

 そして、俺の中で、ある家族の姿が思い浮かんだ――。


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