D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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家族 ~memories~

 

 うだるような暑さの夏も過ぎ去り、肌寒さを感じるようになった秋の中頃。俺は毛布に包まれ、至福の時を過していた。

 今日は休日だ、昼までゆっくり寝ていよう。

 昨夜からそう思っていたが、外から聞こえてくる賑やかな声で目が覚めてしまった。掛け布団を羽織り直して寝返りを打つとほぼ同時に腹の虫が鳴いた。

 

「......起きるか」

 

 睡眠欲も食欲には勝てなかった。

 いつもと同じように布団を出て、顔を洗い、居間へ入る。居間には誰も居なかった。いつもは誰かしら居るが珍しいこともあるんだなと、そう思いながらテーブルに用意されているラップされた朝食をいただく。

 ――この味付けは......由夢(ゆめ)か。

 初音島へ戻ってくる前は、殺人級の料理だったが。今では、音姫(おとめ)義之(よしゆき)に匹敵......いや、俺的には由夢(ゆめ)の方が――。

 

「あ、往人(ゆきと)くん、起きたんだね」

「さくらか、どうしたんだ?」

 

 普段外出する時は洋服が多いさくらだが、今日は珍しく着物を着ていた。

 

「今から、みんなで神社に行くんだよ。今日は桜姫(ゆうき)ちゃんの、七五三のお祝いだからねー」

 

 

           * * *

 

 

 今俺は、純一(じゅんいち)由夢(ゆめ)と話をしながら港のフェリー乗り場へ徒歩で向かっている。理由は、純一(じゅんいち)の嫁さんを迎えに行くためだ。つまり音姫(おとめ)由夢(ゆめ)の祖母に当たる人で、普段は海外を拠点として生活しているから、日本にはたまにしか居ないらしいが。来週一時帰国予定だったのを前倒しして、桜姫(ゆうき)の七五三を祝うために数年ぶりに初音島へ帰ってくる。

 俺も二度ほど会ったことがある、確か――。

 

「じぃ~......」

「なんだよ?」

 

 気がつくと、純一(じゅんいち)の隣から顔を出した由夢(ゆめ)が、妙な擬音を声に出して目を細めていた。

 

「どうして白衣を着てるんですか?」

「私服は洗濯機。スーツはクリーニング中なんだ」

「はぁ~......、こまめに洗濯しないから」

「今日は、ゆっくりと英気を養う予定だったんだよ......」

「モノは言いようですね。結局、ぐうたらするつもりだったんでしょ?」

「お、そこにコンビニがあるじゃないか、食後のコーヒーでも買って行くか」

 

 都合良くコンビニを見つけた俺は、由夢(ゆめ)の追及を逃れるようにコンビニのドアをくぐった。一足遅れて、口を軽く尖らせた由夢(ゆめ)と、どこか愉快そうに微笑む純一(じゅんいち)も入店してきた。祝儀袋と適当に買い物をして店を出る。

 

「久しぶりに入ったけど、最近のコンビニはなかなか侮れないな」

「ああ、惣菜なんかも本格的だぞ」

 

 弁当も惣菜も種類豊富で学食に飽きた時なんかに利用するありがたい存在だ。何より登校前に寄れるのがいい、時間的に開店してるスーパーもないから便利だ。

 

「コンビニのお弁当ばかりじゃあ栄養偏りますよ?」

「仕方ないだろ? 自分で作る暇なんてないんだ」

 

 俺は常にあと十分、あと五分と布団の中で時計と格闘している。仮に、極稀にすんなり起きたとしても自分で作る気は起きない。そもそも弁当箱もないからな。

 

「それなら由夢(ゆめ)が作ってあげればいいんじゃないかい? 栄養士の資格も持っているんだから」

「ええ~、かったるーい。それにお弁当箱なくされそうだしぃ~」

 

 純一(じゅんいち)の提案を一掃した由夢(ゆめ)は、ジト目を俺に向けてきた。まだ根にもってやがる......。よし、無視しよう。由夢(ゆめ)から浴びせられる批難の視線を気にしないようにスルーして、俺たちは港へと急いだ。

 

「あ、おばあちゃーんっ」

 

 島の北側、俺が初めて初音島に降り立った港。その船着き場に接岸したフェリーから、女性が手を振りながらゆっくりとタラップを降りて、初音島へ上陸した。

 

「お帰りなさい」

「ただいま、由夢(ゆめ)国崎(くにさき)くんは、お久しぶりね」

「ああ、しばらく」

 

 朝倉姉妹の祖母、そして純一(じゅんいち)の嫁さん――朝倉(あさくら)音夢(ねむ)

 俺が彼女と会ったのは、音姫(おとめ)義之(よしゆき)の結婚式と桜姫(ゆうき)が産まれた時の二回。今日で三回目。

 しかし、相変わらず品の良い婆さんだ。純一(じゅんいち)と同い年らしいが、それをまったく感じさせない若々しさがある。それから『婆さん』と呼ぶと、満面の笑みを浮かべながら額に青筋を立てて無言の殺気(プレッシャー)を放つから注意が必要だ。そういうところは由夢(ゆめ)にそっくりだな。

 

「ただいま、兄さん」

「ああ......お帰り、音夢(ねむ)

 

 微笑みながら、いとおしそうに音夢(ねむ)を出迎える純一(じゅんいち)は、とても印象に残った。

 

 

           * * *

 

 

「そう。音姫(おとめ)たちは先に胡ノ宮神社へ行ってるの」

「うん、なんか祈祷とか色々することがあるんだって」

「そう言えば由夢(ゆめ)音姫(おとめ)の時もそうだったな」

 

 三人が懐かしそうに家族の思い出話をしている一歩後ろを、俺は着いて歩く。これが家族と云うモノなのだろか、会話は途切れることなく続く。その話の最中、突然音夢(ねむ)が振り向いた。

 

「大丈夫? 重くないかな?」

「ん? ああ、大丈夫だ。気にするな」

 

 右手に持つ紙袋と肩にかけている音夢(ねむ)の荷物は、長年旅をしていた頃と比べると軽すぎるくらいだ。重さからしてたぶん着替えとお土産ってところだろう。

 

「それより前を見てないと転けるぞ」

「そうだね、ありがとう」

 

 注意をうながすと音夢(ねむ)は微笑んで前を向いた。すると今度は由夢(ゆめ)が立ち止まり、歩幅を合わせて俺の隣に並んだ。

 

「なんだ?」

「や、持つの手伝おうと思いまして。そっちの紙袋貸してください」

 

 返事を待たずに右手に持つ紙袋を奪い取った由夢(ゆめ)は、それ以上何も言わなかった。たぶん由夢(ゆめ)なりに気を使ってくれているんだろう。

 

 家族との日常を知らない、俺のために――。

 

 神社で写真撮影をした後、俺と義之(よしゆき)は近所の商店街で夕食の買い物をしていた。夕飯の献立は『義之(よしゆき)特製カレー』。義之(よしゆき)たちが結婚して芳乃(よしの)家を出た今となっては、食べる機会もほとんど無くなってしまった希少料理の一つだ。

 

「これで全部か?」

「はい、カレーの方は全部揃いました。あとは付け合わせの......」

「トンカツだな」

「......福神漬け」

 

 付け合わせの福神漬けを探しに漬け物コーナーへ行く。ぬか漬け、浅漬け、梅干し、らっきょうと豊富な漬け物が並ぶ中、目当ての福神漬けを見つけた。

 

「あ、あった。普通の赤い福神漬け以外にもカレー用があるみたいですね、どっちにしますか?」

「もちろん赤だろ」

 

 初音島を離れてから、兵庫県の野球場近くで食べたカレーに添えられた真っ赤な福神漬けを今でもよく覚えている。俺の中では、あれこそがザ・カレーだ。

 義之(よしゆき)は頷き、赤い福神漬けを二袋カートに入れてレジを通した。手分けして食材を買い物袋へ詰めて店を出る。

 

「どうしたんですか?」

 

 振り向いた義之(よしゆき)は、とある店の前で足を止めた俺に訊いた。看板には「ケーキ・ビフォア・フラワーズ」の文字。前に見舞い品のプリンを買った洋菓子店。七五三祝いの品にはちょうどいい。

 

「ちょっと寄っていく。先に帰ってくれていいぞ」

「わかりました。じゃあ荷物持ちますよ」

「ああ、悪いな」

 

 義之(よしゆき)に買い物袋を渡して店へ入る。

 突然白衣の男がひとりで入店したせいか、注目を浴びてしまった。だが、こんなことで俺は動じない。普段から白衣で行動することが多いからもう慣れたもんだ。

 ショーケースに色とりどりの洋菓子の中から、適当に見繕ってもらい、家へ帰る。

 

「あっ! く、国崎(くにさき)さんっ!」

由夢(ゆめ)?」

 

 朝倉家の門前に出ていた由夢(ゆめ)は、俺を見つけた途端慌てた様子で目の前まで走って来た。そのまま俺の空いている方の手を取って引っ張った。

 

「なんだよ? おい......」

「いいから早く来て! お姉ちゃんがっ!」

音姫(おとめ)?」

 

 ただならぬ様子の由夢(ゆめ)の後を早足で歩き朝倉家の玄関を上がる。義之(よしゆき)が持っていってくれた買い物袋が、そのまま放置されていた。

 

「こっちです!」

 

 とにかく二階へ上がり、家を出るまで使っていた音姫(おとめ)の部屋へ入る。部屋は当時のままの残っていて、義之(よしゆき)を始め神社で写真撮影した家族全員が揃っていた。そして、数段のロフト上のベットで横になっている音姫(おとめ)音姫(おとめ)の隣では心配そうに寄り添う桜姫(ゆうき)と、祖母の音夢(ねむ)が体温を計っていた。

 

国崎(くにさき)くん、ちょっと来てくれるかな」

「あ、ああ......」

 

 音夢(ねむ)に呼ばれた俺は、由夢(ゆめ)に洋菓子の入った箱を託して彼女の隣へ。

 

「何があったんだ?」

「急に気分が悪くなったみたいなの。熱はないから風邪じゃないみたいだけど。国崎(くにさき)くんの意見も聞きたくて」

「......あんたの方が経験豊富だろ?」

「原因がはっきりしない時は、複数人で診断するのが医療の基本でしょ」

「......わかった」

 

 医療関係の仕事で世界中を飛び回っているんだから、いち養護教諭の俺なんかとは経験値が段違いだ。そんな音夢(ねむ)にわからないのに、俺が分かるとは思えないが......。

 

音姫(おとめ)、大丈夫か......?」

「あはは、みんな心配しすぎだよ~。ちょっと立ち眩みしただけなのに。ねぇー桜姫(ゆうき)ちゃん」

 

 そう言って桜姫(ゆうき)の頭を撫でた音姫(おとめ)。特に顔色が悪いとかも見受けられない。彼女自身が言うように至って健康そうだ。

 起き上がってベットを降りた音姫(おとめ)桜姫(ゆうき)を抱き上げて、笑顔を見せた。

 

音姉(おとねえ)、大丈夫?」

「うん、平気だよ、げんきげんき~。それより夕御飯のお買い物は?」

「あっ! 玄関に置きっぱなしで冷蔵庫に入れるの忘れてた......」

「もぅ弟くんってば、ちゃんと入れないと今の季節食中毒とか怖いんだからねっ?」

「今すぐ行ってくる!」

 

 部屋を出ていった義之(よしゆき)のあとに続いて音姫(おとめ)純一(じゅんいち)由夢(ゆめ)と順番に出ていった。

 最後まで部屋に残ったのは俺と音夢(ねむ)の二人。

 

「どう診断()る? 音姫(あのこ)の症状」

「まず妊娠はないな、隠す理由がない」

 

 そんなめでたいことなら真っ先に義之(よしゆき)に報告するだろうし。それに音姫(おとめ)が体調を崩したのは前にも見たことがある。

 

「たぶん、出産後の体質の変化とかじゃないか。よくあるんだよな?」

「ええ、個人差はあるけどね。体質(からだ)が変わる女性の割り合いは多いわ」

 

 音夢(ねむ)は小さくタメ息を吐いて、俺を見据えた。

 

「私は、ずっとそばには居てあげられないから。音姫(おとめ)のことお願いします」

 

 遥か年下の俺に丁寧に頭を下げる音夢(ねむ)の、孫娘を思う気持ちは痛いほど伝わってきた。

 

 

           * * *

 

 

往人(ゆきと)くん、おかえりー」

「ゆきとさん、おかえりなさーいっ」

「あんあん!」

桜姫(ゆうき)?」

 

 七五三の祝いから二ヶ月が経った十二月の中頃、風見学園から帰ってきたら居間のコタツでさくらと、さくらの膝の上に乗っかった桜姫(ゆうき)、頭の上に乗っかったはりまおが時代劇を見ていた。

 

「どうして桜姫(ゆうき)が居るんだ?」

「ちょっとね......。桜姫(ゆうき)ちゃん、往人(ゆきと)くんの湯飲み持ってきてくれるかな?」

「うんー」

 

 膝から降りた桜姫(ゆうき)は、ぱたぱたとキッチンへ歩いていった。俺は腰を下ろして、さくらの話に耳を傾ける。

 

音姫(おとめ)ちゃん、また体調を崩しちゃって。今は、義之(よしゆき)くんの部屋で休んでるんだ」

 

 純一(じゅんいち)は定期健診で水越病院。義之(よしゆき)由夢(ゆめ)もまだ帰宅していないから、芳乃家(ここ)で休ませているらしい。

 

「そうか。なあ、一度医者に診てもらった方がいいんじゃないか? 今年に入ってもう三度目だぞ」

「それは音姫(おとめ)ちゃんが決めることだから。ボクからは言えないよ」

 

 いつも音姫(おとめ)義之(よしゆき)たちを、一番に気にかけているさくらにしては、意外な返事だった。だから、俺は、なんとなく察した。さくらは、音姫(おとめ)の体調不良の原因に、なにか心当たりがあるのではないかと。

 

「さくらさん、ご迷惑かけてごめんなさい」

「にゃはは。全然、迷惑なんかじゃないよー。気をつけて帰ってね。義之(よしゆき)、二人をしっかりエスコートするんだよ」

「はいはい、わかってますって。それじゃ、お休みなさい」

「うん、おやすみ~。桜姫(ゆうき)ちゃん、まったねぇ~っ」

「ばいばーいっ」

 

 帰宅した義之(よしゆき)由夢(ゆめ)を加え、夕食を食べ終えた午後8時。桜内一家は家路についた。

 

「じゃあ私も帰ります」

 

 少し遅れて玄関から出てきた由夢(ゆめ)

 

「うん。由夢(ゆめ)ちゃん、夕御飯ごちそうさま。とってもおいしかったよ」

「いえ、お粗末様です」

往人(ゆきと)くん、ちゃんと送っていってあげてね」

「は? 歩いて十歩だぞ」

 

 由夢(ゆめ)の実家と、俺が世話になってるさくらの家は隣同士。お互いの塀と塀の間は街灯が設置されていから道も明るいし、ちょっと角度を変えればドアが見えほどの距離だ。

 

「や、別に送ってもらわなくていいですよ。すぐそこですし」

「ダメダメ。女の子が、一人で夜道を歩くのは、とっても危険なんだからね! ほら、往人(ゆきと)くん!」

 

 さくらは、俺の背中をぐいっと勢いよく押し出すと、家の中に入ってしまった。直後――カチャッ! と金属音が鳴った。

 

「カギ掛けやがった!?」

『ちゃんと開けてあげるよ。由夢(ゆめ)ちゃんを送り届けた後でね~』

 

 ――意味不明だ。閉ざされた扉を見たまま俺は立ち尽くしてしまう。

 

「はぁ......、行きましょう。帰ればで済むんですから急いでください。それに、ちょうど話しておきたいこともありましたし......」

「は?」

「いいから早く来てください。寒いですっ」

 

 くるっと背中を向けて歩き出した由夢(ゆめ)の後ろをついて歩く。一歩踏み出すたびに吐く息は白く。芳乃(よしの)家の垣根の内側から伸びる桜の木も春とはうってかわって、葉は全て落ちすっかり冬枯れの木だ。雪は落ちていないものの、吹き付ける風は凍えるほど冷たく、初音島に本格的な冬の訪れを告げていた。

 

「どうぞ」

「ああ、邪魔する」

 

 ――リビングで待っていてくださいと、由夢(ゆめ)は言って二階へ上がっていった。俺は、言われた通りリビングに入り、こたつに足を突っ込んで由夢(ゆめ)を待った。

 

「お待たせしました」

 

 リビングに入ってきた由夢(ゆめ)は、持ってきたアルバムを置いてからお茶を淹れてくれた。

 

「私とお姉ちゃんのアルバムです」

「ふーん、で?」

「......もう少し興味持てないんですか? はぁ~、まあいいです」

 

 由夢(ゆめ)はアルバムを捲り、目当てのページを開いて俺をに見えるようにアルバムを置く。小さな子どもが二人と、その母親らしき人物がベットに座って微笑んでいる写真だった。

 

「お母さんです」

「だろうな。お前らに似てる」

 

 それにしても、この部屋の雰囲気には見覚えがある。数年前の研修で幾度となく出入りをした部屋だ。

 

「病室、だよな?」

「......はい。お母さんは、水越病院に入院していました。ここから先はあまり思い出したくないんですけど......」

 

 言い難そうに躊躇しながらも由夢(ゆめ)は話し出した。

 新しい出会いと、辛い別れを経験した、小さな子どもの頃の話を――。

 

 


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