D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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約束 ~epilogue~

 僕は、空を見ていた。

 いつも悲しみの色をたたえていた空。

 どこまでも、どこまでも限りなく続く蒼......。

 この果てなき空の向こうにいる少女。

 

 僕は、彼女に届けなくてはならない。

 人の夢や願い......。穏やかで、ささやかな幸せな記憶(ひび)を。

 

 いつの日か、新しい始まりの時を迎えるために。

 

 この大空を(かけ)るため翼を広げ駆け出す。両の翼が風を捕らえた。ふわりと体が浮き上がる。翼を大きく羽ばたかせ何度も風を切った。

 体は、どんどん空高くへと昇って行く。

 

 さあ行こう――。この空の向こう側へ......。

 

 果てなき旅が始まった。

 

           * * *

 

 どれだけの時がたっただろう。

 空を、大気を、風を切って飛んでいた体は地上へ向かって落ちていく......。休むことなく飛び続けた体は悲鳴を上げ、もう動かない。

 徐々に空が遠くなっていき、自然と目が閉じられていく。

 

 ――僕の旅は、ここで終わってしまうのだろうか。

 

 そう思った時、落下していた体は地上へ叩きつけられることなく止まった。

 柔らかくて、温かい何かが僕の体を包んでくれている。

 優しい匂い。懐かしい匂い。いつかどこかで感じた匂いがした。

 

『長き時を越えての働き、まことに大儀であった。お主こそ、真に忠臣。()の誇りだ......』

 

 女の子の声。こんな空の上で? 誰だろう。

 疲れきっていて重いまぶたを力を振り絞って持ち上げる。

 僕は、青い瞳の少女に抱かれていた。

 

『これで、ようやく翼を休めることが出来る。お主のお陰だ、礼を言うぞ』

 

 ――翼......? 瞳を動かすと、白く輝く美しい翼が少女の背から生えていた。

 そうか......。

 いつの間にか辿り着いていたんだ。これで役目を終えることが出来た。僕の旅もここで終わる。

 

()は、空へと還る。大切な者たちの元へ......』

 

 少女は空の更にその先を見ていた。

 暗闇の中、無限に煌めく輝きは彼女の翼と同じくらい綺麗だった。

 

『お主は、これからお主自身の人生(みち)を生きよ。そして、人生(みち)を歩き終えた暁には――』

 

 少女に抱かれていた腕からすり抜けた。

 彼女は上へ、僕は下へと徐々に離れていく。

 僕は、少女へ向かい必死に手を伸ばした。だが、無情にもその距離は縮まるどころか広がっていく。

 意識が遠退いていく中、少女は微笑んで僕に言った。

 

 ――お主の人生(たび)記憶(はなし)を聞かせてくれ......。と。

 

 

           * * *

 

 

 僕は、どうなったんだろう。

 空に居る少女を探す旅は終わったのだろうか。

 僕を呼ぶ声が聞こえた(誰だ?)。目を開ける。

 

「くっ......」

 

 眩しさで目が眩む。手で光を抑え薄目で徐々に慣らす。少しして見えるようになってきた。

 視界は薄紅色だった。

 その正体は落ちてくる無数の花びら。スミレ色の空と相まって幻想的な風景を演出している。

 

「............」

「こんばんは」

 

 少女の声。遠い昔、どこかで聞いたことのある声だ。

 

「こんなところで寝てると風邪引くよ」

 

 顔を上げる。綺麗な金色のショートカットの青い瞳に透きと通るような白い肌の少女が立っていた。

 少女は膝に手をついて、古い友人に再会した時のように懐かしむような表情で僕を見ていた。

 

「キミは......」

 

 僕は、彼女を知っている。

 背中に顔を向けると大きな桜の木が満開の花を咲かせていた。

 そうだ、僕は......俺は――。

 

「あはは......」

「どうしたの?」

 

 顔を伏せ。ある意図を持って少女へ言う。

 

「迷子なら交番へ行ってくれ」

 

 少女は察したのか、「ふふっ」と小さく笑った。

 

「商店街で人形劇してたよね。見たいな。ボク、キミの大ファンなんだ」

「そうだな......。じゃあ和菓子をくれないか?」

「はい、どうぞ」

 

 開いた少女の手の上には、大きな大福餅が乗っていた。

 

「お前も帰ってきたんだな」

 

 少女は、とびっきりの笑顔を見せた。

 

「うん、ただいまっ。往人(ゆきと)くん、おかえりなさいっ」

「ああ......ただいま。さくら」

 

 ――そうか。俺は帰ってきたんだ。この初音島(しま)に......。

 感傷に浸っていると、さくらは俺に手を差し出した。

 

「帰ろ。ボクたちの居場所(おうち)へ」

「ああ、そうだな。ん?」

「あっ......」

 

 伸ばした俺とさくらの間に羽根が落ちてきた。

 その羽根は、ゆらゆらと舞いながら俺の手のひら触れ、直後、光輝き形を変える。光が収まると羽根は思い入れのある古びた人形になっていた。

 人形からは、俺に生きろと言っているような、そんな強い意思を感じた。

 いつもの定位置に人形(あいぼう)をしまい立ち上がる。

 

「帰るか」

「うん、帰ろう」

 

 並んで家路を歩く。

 久しぶりに見る町並みに懐かしさ覚えながら昔世話になっていた家に到着。

 

「ただいまーっ」

 

 先に家に入るさくらの後に続く。奥から足音が近づいてきた。

 

「おかえりなさい、さくらさん。もうすぐ夕食......」

「よう」

 

 俺を見て固まっている青年――義之(よしゆき)に声をかける。

 

「ゆ、由夢(ゆめ)!」

 

 義之(よしゆき)が、奥へ向かって大声を上げると、奥から不機嫌そうな表情(かお)の少女――由夢(ゆめ)が出てきた。

 

「もう~、何ですか? 油使ってるのに。あっ......」

「俺、音姉(おとねえ)に電話してくるからっ」

 

 久しぶりに見た由夢(ゆめ)は、以前の記憶と変わらない二つの団子がついた頭、以前の記憶より少し大人びていた。

 

「久しぶりだな。元気だったか?」

「あ、はい。お久しぶりです......」

「二人とも挨拶はあとあと。さあ上がって~」

 

 さくらに促されて上がり居間へ。

 炬燵(こたつ)で夕食をいただきながら話を聞くと二人とも既に風見学園を卒業していた。

 義之(よしゆき)は、天枷研究所に就職。由夢(ゆめ)は、調理の専門学校へ進学。

 音姫(おとめ)は初音島に居ない。風見学園を卒業後海外留学。今はロンドンの魔法学校に通っていて明日の朝一で帰国予定だそうだ(この世の中のは魔法学校なんてモノが存在するのか......)。長年旅をしていたが世の中には、まだまだ俺の知らないことがあるようだ。

 

「おとーとく~んっ!」

「今の声......音姉(おとねえ)?」

「あれ? 確か、明日って......。兄さん」

「ちょっと見てくる」

 

 音姫(おとめ)は、明日帰国予定のハズ。帰国理由は、さくらの帰還を祝うパーティーを開くため。実は、さくらも昨日帰ってきたばかりで今日は、夕食前に散歩へ出掛けたところを何かに導かれるように枯れない桜へ赴き。

 そして、そこで俺が寝ていた。

 さくらの話しを聞いていると、義之(よしゆき)が大きな荷物を抱えて戻ってきた。後ろには音姫(おとめ)も居る。

 最初からサプライズで今夜に帰ってくる予定だったらしく。俺が帰って来たこと義之(よしゆき)から聞き、急遽フェリーをキャンセルしてタクシーで帰ってきたそうだ。

 

「久しぶりだね。国崎(くにさき)くん、お帰り」

「ああ、ただいま。お前、魔法学校に留学してるんだってな」

「うん、そうなの。でね――」

 

 音姫(おとめ)の土産話を聞きながら夕食を済ませて風呂に入る。例によって着替えは義之(よしゆき)の物を借りた。

 風呂上がり、縁側で春の夜風を受けて火照った体を涼ませる。

 

「ふぅ......」

「なに物思いにふけてるんですか?」

「ん?」

 

 顔を向けると、パジャマ姿の由夢(ゆめ)が飲み物を二つ持って立っていた。俺にコップを差し出してから隣に座る。

 

「おじいちゃんみたいですよ。はい」

「ああ、悪いな。夜桜を見てたんだよ」

「ほんとおじいちゃんみたい」

「ほっとけっ」

 

 コップに注がれた麦茶を一気に飲み干す。コップを置くのを待っていたのか話し掛けてきた。

 

「あの。国崎(くにさき)さんの旅は終わったんですよね?」

「ああ、終わった......」

 

 そう旅の目的は果たした。かわりに新しい目的が出来けどな。

 

「そうですか。じゃあ、はい」

 

 由夢(ゆめ)が、俺に向けて両手を差し出した(仕方ないヤツだな)。俺は、優しく、心を込めて由夢(ゆめ)の頭を撫でてやった。

 

「わぁっ、なにするんですかっ!」

「なんだ、頭を撫でてほしかったんじゃないのか?」

「違いますっ。お弁当箱! 約束したでしょっ」

 

 ――......そう言えば、そんな約束していたような。

 初音島を離れた時のことを思い返す。弁当と一緒に入っていた手紙、『返さないと......わかってますよね?』と、とても威圧感を感じる文章だった気がする。

 

「............」

 

 無言のまま、チラッと由夢(ゆめ)を見ると顔つきが変わっていた。目を細めて疑いの眼差しを向けてくる。

 

「......なくしたんでしょ?」

「そ、そんなわけないだろ......?」

「あ~っ。やっぱり無くしたんだっ」

 

 むーっと頬を膨らませる由夢(ゆめ)

 枯れない桜の近くに荷物は見当たらなかった。もちろん金もない。俺に残された手段はただ一つ。

 

「人形劇で稼いで新しいの買ってやる」

「別にいいですよ」

 

 ――どうせ無理だし、と冷めた表情でボソっと呟きやがった。くそ......馬鹿にしてやがるな。

 

「ふっ......侮るなよ? 長年の旅でコツを掴んだんだ」

「どうだか」

「......見せてやるよ。国崎(くにさき)最高! って言わせてやるからな......」

「はいはい」

 

 横に寝かせていた人形(あいぼう)に念を込める。ひょこっと思い通り立ち上がった。よし。感覚は鈍っていない、行ける。

 

「ボクにも見せてー」

「は......?」

「えっ......?」

 

 さくら、義之(よしゆき)音姫(おとめ)、そして謎の宇宙生物――はりまおも、柱の影に隠れてこっちを見ていた。

 笑顔のさくら。ばつが悪そうな音姫(おとめ)義之(よしゆき)

 

「えっと、すみません......」

「お邪魔しちゃった、かな?」

 

 どうやら盗み見していたみたいだ。

 まったく、何を考えてるんだか。

 

「兄さん、趣味悪すぎですっ」

「お、俺だけ?」

「あはは......」

「それより往人(ゆきと)くん、早く見せてよー。はりまおも見たいよね?」

「あん! あん!」

「ったく、仕方ないな」

 

 まずは、こいつらを笑顔にしよう。

 そして、いつの日か――。

 

「さあ、楽しい人形劇の始まりだ! お代は見てのお帰りだぞー!」

 

 fin.




 あとがき+設定。
 連載開始から八ヶ月弱。
 今回の更新を持ちまして完結となります。
 別の作品の完結を優先させるなど不定期でゆっくりな更新でしたが、呆れもせず最後までお付き合いくださりありがとうございました!

 ○主人公。国崎(くにさき) 往人(ゆきと)
 連載のきっかけは、夏といえば『AIR』でしょう。とまあ実に軽いノリでした。
 そこで最初に考えたのが舞台をどうするか、です。原作の『AIR』にオリ主を入れるとても難しく感じ、主人公で旅人の国崎(くにさき) 往人(ゆきと)なら別の舞台でも動かせるんじゃないかと考えました。

 ○D.C.Ⅱ~ダ・カーポⅡ~を舞台に選んだ理由。
 魔法と法術。二つの似た要素と何より『枯れない桜』の存在。
 原作(D.C.ⅡP.S.)にて。さくらが制御出来なくなった理由が曖昧だったため、これはいけると思い『AIR』で重要な役割を果たしていた『羽根』を暴走の要因として使いました。

 ○ヒロインについて。
 連載開始当初から特定のヒロインは決めていません。終盤に進むにつれて、由夢(ゆめ)ぽくなりましたけど。あくまでも往人(ゆきと)とさくら、枯れない桜の物語りとして書いていました。

 ○タイトルについて。
 お気づきの方も多いと思いますが。
 今作の『D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い』の『K.S』は『国崎(くにさき)最高!』です。

参考資料

○AIR(原作PS2)
○AIR(アニメ)

○D.C.Ⅱ.P.S~ダ・カーポⅡ~プラスシチュエーション
○D.C.P.S~ダ・カーポ~プラスシチュエーション
○D.CⅢ+~ダ・カーポⅢ~プラス

○Visual Art's/Key
○Circus

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