D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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雪月花 ~snow moon flower's~

 朝、部屋に差し込む日差しの眩しさで意識が覚めた。

 まだ重いまぶたを開けて、最初に視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。

 

「どこだ、ここ?」

 

 身体に感じる心地よい温もりと重み、視線を落とす。毛布が身体を包んでいた。基本的に野宿が身の上の俺は、こんなの寝心地の良い毛布は持っていない。この不可解な現象を解き明かすため、まだ八割方寝ている脳を巡らせ、昨日の出来事を辿って思い返す。

 

「ああ、そうか。さくらの家に泊まったんだったな」

 

 頭が起きていくにつれて思い出した。

 無事疑問が解消されたところで、もう一度寝ようと思ったが何やら騒がしい。布団から這い出て、騒ぎの出どころであろう居間へ向かう。

 

「あっ、国崎(くにさき)くん。おはよー」

「おはようございます。意外と早起きなんですね」

「ああ、おはよ......」

 

 居間に居たのは、四人分の朝食を用意している音姫(おとめ)と......誰だ。見覚えのあるような女子が、居間の炬燵(コタツ)で暖を取っている。どこで会ったか思い出そうと少女を観察していると、彼女は不思議そうに首をかしげた。

 

「何ですか? じろじろ見て」

由夢(ゆめ)か。メガネが無いと印象変わるな」

 

 謎の少女は音姫(おとめ)の妹、由夢(ゆめ)だった。

 私服姿の由夢(ゆめ)は、昨夜のメガネとジャージ姿とはまったく印象が違って見えた。おっと、長い時間立っていたせいで身体が冷えてきた。炬燵(コタツ)に入って、冷えた身体を暖める。そこへ、おぼんを持った音姫(おとめ)が台所の方から戻ってきた。

 

由夢(ゆめ)ちゃん、弟くんを起こしてきてくれる?」

「えぇ~、かったるいよ」

「じゃあ、私が起こしてくるから。ご飯の準備しておいてね」

「行ってきまーす」

 

 急いで立ち上がって居間を出ていった由夢(ゆめ)、リズミカルに階段を挙がる足音が聞こえた。どうやら、起こしにいく義之(よしゆき)の部屋は二階にあるらしい。

 

「もう、由夢(ゆめ)ちゃんったら。国崎(くにさき)くんは、先に顔を洗って来てね、ヨダレの跡付いてるよ?」

「お構い無く」

 

 人類を堕落させる魔性の炬燵(コタツ)が、俺を強くこの場に拘束している。テコでも動かないだろう。絶対の自信がある。

 

「朝ご飯抜きでいいならいいよ?」

「......顔洗ってくる」

 

 強力な魔力も、三大欲求の食欲には勝てなかった。洗面所で、顔洗う。蛇口から流れる刺すような冷たい水温のおかげで、一瞬で目が覚めた。顔を上げた目の前の鏡には、前髪が長めの少年が写っている。俺だ。鏡に映る自分の姿をまじまじ見るのも久々、だいぶ鬱陶しさもある。自分でカットでもしてみようかと思っていたところで、身体に異変を気がついた。

 これは、きっとあれだな。昨夜久しぶりに、まともな食事と睡眠をとれたお陰だろう。顔色も良い様に感じるし、何だか身体が軽い気がする。軽く肩を回してみる。いつもならパキパキと骨が軋む音が鳴るが、今日はスムーズ回った。

 

「布団、すげー!」

 

 改めて、文明のスゴさを実感。この素晴らしい感動を噛み締めつつ濡れた顔をタオルで拭って、朝食をいただくべく居間に戻る。すると、義之(よしゆき)を起こしの行った由夢(ゆめ)が、先に戻ってきていた。

 

義之(よしゆき)は?」

「そろそろ来ると思いますよ」

 

 いたずらっ子の様な笑顔を見せて言った、由夢(ゆめ)。彼女の言った通り、大きめな足音が近付いて来た。そして、バンッ! と襖が勢い良く開いて現れたのは、しかめっ面の義之(よしゆき)義之(よしゆき)は鼻をさすりながら恨めしそうに、由夢(ゆめ)を睨んでいる。

 

「あ、弟くん、おはよー」

「おはよう、音姉。国崎(くにさき)さんも、おはようございます」

「ああ、おはよ。どうしたんだ? 鼻が赤いぞ」

由夢(ゆめ)に聞いてください......!」

 

 と、言われたため由夢(ゆめ)を見る。若干顔を背けて、笑いを堪えていた。

 

「くそっ!」

 

 悪態と大きなため息をついて、義之(よしゆき)は朝食に箸を伸ばす。対照的な二人に、音姫(おとめ)が若干あきれ顔を覗かせている。どうやら、珍しい光景ではないようだ。

 

「もう。弟くんも、由夢(ゆめ)ちゃんも、ちゃんと仲直りしないとダメだよ?」

「あんな起こし方した、由夢(ゆめ)が悪い」

「すぐに起きない兄さんが悪いんです。私は、何度も忠告しましたから」

 

 いがみ合う二人。音姫(おとめ)が仲裁に入るが、二人の主張は平行線を辿っている。その間に俺は、彼女お手製の朝食を平らげて手を合わせた。

 

「ごちそうさま」

「はやっ!」

「早食いは、身体に悪いですよ?」

「俺は悪くない。この飯が旨いのがいけないんだ」

「あははっ、おそまつさまー。ほら、由夢(ゆめ)ちゃんも弟くんも食べちゃって」

 

 誰かもわからないバラエティ番組を観ながらお茶をすすっていると、洗い物を済ませて居間に戻ってきた音姫(おとめ)が正面に座った。

 

国崎(くにさき)くん。今日、何か予定あるかな? よかったら、初音島を案内するよ」

「ん? ああ、そうだな......」

 

 することと言っても、島を散策しながら人形劇を披露するだけ。詳しい地元民に案内してもらった方が効率がいい。ここは素直に案内されることにした。

 

「頼めるか?」

「うん、任せてー」

「決まりですね。兄さんも早く食べてください」

「えっ? 俺も行くの?」

「当たり前です」

 

 そんなわけで、始めに連れて来られたのは島の東側。

 昨日、人形劇をした商店街。休日ということもあってか、カップルやら、親子連れなど大勢の人で賑わっている。休日は、財布の紐が緩みやすいから狙い目。今なら、そこそこ稼げそうだ。なんてよこしまなことを考えながら歩いていたら、朝倉姉妹と義之(よしゆき)の姿が消えた。

 

「どこ行ったんだ? あいつら。まあ、いいか。さあ、楽しい人形劇の始まりだぞー! お代いは見てのお帰りだー!」

 

 とある店先のベンチで相棒を動かしながら、同時に大きな声を出して客引きを行う。

 

「なんだなんだ?」

「あっ、見て! お人形が歩いてるっ」

 

 何事かと人が寄ってきた。客入りは、まずまず。いつものように人形を歩かせ、途中でくるりっと方向転換させると「おお~」っと、若干歓声が上がった。何度か同じ事を繰り返すと、見飽きてきたようで「これだけなのか?」やら「なんか、地味ね」やら落胆の声が聞こえてきた。

 ――ふっ......認めよう。そう、確かに今までは地味だった。

 薄々気づいてはいたが、面と向かって言われて己を見つめ直した。どうせ同じ町では一度きりの人形劇、その日のうちに別の町へ出る大道芸人だ。その日の食い扶持さえ稼げればいい、と割り切っていた。だが、今日は違う。

 目の前を歩く相棒の人形に意識を集中。すると突然、歩いていた人形が何かに(つまず)いた様にとてっと前屈みで倒れ込んだ。まるで膝と肘の関節が本当にあるように意識して動かし、ゆっくり立ち上がらせ、頭の帽子と膝の辺りを軽く叩く仕草をさせたあと、客に向かって一礼させる。今出来る、会心のデキだ。一瞬の静寂のあと、ドッと沸いた。

 

 

           * * *

 

 

「見たか、由夢(ゆめ)! おっと」

 

 突然大きな声を出した俺に、辺りの通行人が奇怪な視線を送ってくる。やや足早にその場を離れ、別の店先のベンチに座り、先ほど獲得した小銭の入った袋を確認。成果は、上場。念願のラーメンセットを二人前ほど食べられるくらいはある。

 

「さて。アイツら、どこ行ったんだ?」

「こんにちはーっ」

「あん?」

 

 音姫(おとめ)たちとは違う、女の声。顔を上げると、三人組の少女が居た。正面左から、個性的に髪を編み込んでいる小柄な女子、明るい茶髪のショートヘアーで控えめの女子、人懐っこそうな笑顔のロングヘアーの女子。

 

「さっきの人形劇スゴかったです」

「ほんとほんと~。ね、(あんず)ちゃん」

 

 茶髪とロングヘアの二人が人形劇を絶賛してくれて、(あんず)と呼ばれた小柄な女子にも話を振った。

 

「そうね。糸で吊っていたら出来ない動きだったわ。どんな仕掛けか興味深いわね」

「なんだ、お前らも見てたのか?」

「ええ、見てたわ。あなたが店先を占拠して、見物客からお金を貰っていたところをね」

「......はあ?」

 

 何やら雲行きが怪しくなった気がする。

 

「路上パフォーマンスには、警察と自治体の許可が必要よ」

「あ、(あんず)?」

「あなたはちゃんと許可を取ったのかしら? いち、いち、ぜろ」

 

 (あんず)は悪魔の様な笑みを浮かべて携帯を取り出し、わざとらしく通報する仕草を見せる。この(アマ)......。

 

「何が目的だ?」

「ふふっ、察しがいいわね。そこのアイスでいいわ」

「くっ!」

 

 背に腹はかえられん。稼ぎの中から、なけなしの小銭を数枚手渡す。

 

「毎度あり。小恋(ここ)、見張っておいて。(あかね)、行きましょ」

「はーい。小恋(ここ)ちゃん、よろしくね~」

「ふぇっ!? ちょっと(あんず)っ、(あかね)~っ!」

 

 (あんず)(あかね)と呼ばれた長い髪の少女は、茶髪の小恋(ここ)を見張りとして残し、店内へ入っていった。

 ――アイツ、まだ揺する気かよ。

 思わずため息が出た。そんな俺の様子を見た小恋(ここ)は、すごく申し訳なさそうな表情(かお)をしている。

 

「あの、ごめんなさい......」

「いや......」

 

 しばらくして、二人が帰ってきた。(あんず)の両手にはアイス、(あかね)の手には買い物袋が握られていた。

 

「はい、小恋(ここ)

「わぁ~、ありがとー。(あんず)

「はい。こっちは、あなたの分」

「はあ?」

 

 差し出されたアイスと、アイスを差し出している彼女を交互に見る。カツアゲしておいてどういうつもりだ。

 

「要らないなら――」

「いや、食う」

 

 アイスを受けとる。先にアイスを受け取った小恋(ここ)はベンチに座って、帰りが遅かったことを二人に尋ねた。

 

「時間がかかってたみたいだけど、お店混んでたの?」

「いいえ、私たち以外のお客は居なかったわ。他のお店に寄っていたのよ」

「そういうことだよ~、小恋(ここ)ちゃん。というわけで、お人形見せてくださーい」

「見せるか」

「あら、そんな態度でいいのかしら?」

 

 (あんず)が再び携帯を手に取り脅しに掛かった。悪魔か、コイツは。まったく。尻のポケット、定位置にある相棒を渋々、(あんず)に手渡す。

 

「ふふっ」

「傷付けるなよ。俺の命なんだ」

 

 いや、マジで。人形(こいつ)が無くなったら、俺は食いっぱぐれる。文字通り、生命線だ。人形を手にした(あんず)は人形全体を確認するように見てから、(あかね)に人形を渡した。

 

「思った通りね。(あかね)

「うんっ。この(あかね)さんにまっかせなさ~いっ!」

「あ、おい」

 

 心配をよそに、受け取った人形を買い物袋の裁縫道具を駆使して手入れを始めた。手際はかなりいい。

 

「上手いな」

「でしょ?」

 

 得意気な様子の(あんず)と、小恋(ここ)

 

「う~ん、思ったよりも傷んでるね」

「ほんとだー。遠目じゃ気がつかなかったけど、(ほつ)れも多いみたいだよ」

「長年の相棒だからな」

「これで......よしっ。はい、どうぞー」

 

 (あかね)による手直しが済んだ相棒を受けとる。(ほつ)れだけではなく、中綿も新しい物に取り替えてくれたおかげで弾力もあるし、綿のバランスも整っている。ついでに、くすんでいた赤い帽子も新調されていた。

 

「悪いな」

「いえいえっ」

「けど、どうして......」

「珍しい物を見せてくれたお礼よ」

「そうそうっ」

「じゃあ行きましょ、小恋(ここ)(あかね)

「うん、さよなら~」

「ばいば~い」

「ちゃお」

 

 個性的な三人娘は話しをしながら、商店街の奥へ歩いていった。彼女たちを見送ったあと、綺麗になった人形を定位置にしまう。

 

「ふぅ。で、アイツらは本当にどこへ行ったんだ?」

 

 (あんず)たちといた間も、未だ音姫(おとめ)たちは見つからない。仕方ないな。ベンチを立った俺は――。

 

「へいっ、ラーメンセットお待ち!」

 

 商店街のラーメン屋に居た。四人掛けのテーブルにひとりで座っている俺の目の前に置かれたラーメンと、半チャーハンと餃子。これぞ、まさに夢にまで見たラーメンセット。

 どれから手をつけるか迷う。けど、やっぱ先ずはラーメンだよな。なんと言っても、ラーメンセットって冠がついてる訳だし。割り箸を割って、レンゲでスープを啜る。

 

「うっまい!」

 

 冷えた身体に熱いスープが染みる。昔ながらの中華麺。チャーハンも、餃子も、奇をてらわず気取ってない。そうそう、こういうのでいいんだ。この、ちょっと油っぽさがあるメニュー表もどこか味わいを感じる。

 

「ああー、居たー!」

 

 堪能していたところへ、聞き覚えのある声が聞こえた方向を見る。探していた、三人が居た。

 

「フゥフゥ、ずずー......」

「ちょっと無視しないでくださいっ!」

 

 構わず箸を進めたところ、由夢(ゆめ)から罵声が飛んだ。

 眉尻を上げた彼女を先頭に、二人も店内に入ってきた。義之(よしゆき)の両手には、大量の買い物袋が握られている。

 

「もう、何してるんですかっ?」

「ラーメンを食べてるんだよ」

「見ればわかりますっ!」

 

 お前が聞いたんだろ。心の中でツッコミを入れておく。

 

「まあまあ、由夢(ゆめ)ちゃん落ち着いて。騒ぐと迷惑だよ。ちょうどお昼だし、私たちもここで食べよう。ね?」

「そうしてくれると助かる......」

 

 どうやら、義之(よしゆき)の両腕は限界らしい。姉妹は向かいに、義之(よしゆき)は隣に座って、それぞれ料理を注文。

 

「急にいなくなって心配したんだよ?」

「腹が減ったんだ、仕方ないだろ?」

「ひとこと言ってくれればいいじゃないですか」

「ほんと大変だったんですよ、俺が......」

 

 義之(よしゆき)の様子を見るからに、意図せずエスケープに成功していたようだ。客入りは良好、カツアゲされたかと思えば、相棒の手入れもしてもらった。なんだか今日は、ツイている気がする。昼食を食べ終えたあと一度、芳乃家へ戻ることになった。

 

「ごめんね」

「いや、いい......」

 

 俺の両手には、音姫(おとめ)の買い物袋が握られていた。ツイていると思ったのは気のせいだった。義之(よしゆき)と先を歩く由夢(ゆめ)が、後ろを振り向いた。

 

「不思議な力で動かせないんですか?」

「動かせなくはないが......。手で持った方が楽だ」

 

荷物を置いて、今度は島の西側へ向かう。

 満開に咲き誇る桜並木、三人が通う学校、公園、海が望める高台。そして昨日、さくらと出会ったあの桜の大木を見て回ったあと、朝倉姉妹も含めて芳乃宅へと帰宅。

 数日ぶりに湯船に浸かって、タオルを首に掛けたまま居間に入った途端に、食欲をそそるいい匂いがした。

 

「お腹すいた~」

「うん。私も、お腹すいたな~」

「俺も」

「いつもに比べてまだ早いだろ? 夕食には」

 

 時計の針は、六時を少し回った辺り。だが、俺の胃袋は夕食を欲している。

 

「麺は消化が良すぎるんだ」

「や、国崎(くにさき)さんはチャーハンも食べてましたよね?」

「しかも餃子も付いてた」

 

 由夢(ゆめ)と、義之(よしゆき)からのツッコミ。

 

「そんな昔の事は忘れた。今は、カレーだ。カレーなんて食欲しかそそらない料理(もの)を作った、お前が悪い」

「うん。それは、わかります」

「だね~」

「確かにそうだけど、あと一時間くらい待ちなさいってば。作りたてより、寝かした方が美味しいんだから」

「や、そんな変わんないって。食べたい時に食べるのが一番美味しいんです」

 

 由夢(ゆめ)が今、とても良い事を言った。まったく、その通りだ。音姫(おとめ)も、笑顔で頷いている。根負けした義之(よしゆき)が、カレーを用意しようとキッチンに向かおうとしたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。そのまま方向転換して、玄関へ行ってしまった。まさかのお預けをくらうはめに。

 

国崎(くにさき)くん、服のサイズはどう?」

「あん? ああ、やっぱり少し小さいな」

「まあ、兄さんのだから仕方ないですね」

 

 俺が今、着ている服は義之(よしゆき)の私服。夕食を待つ間、風呂にしばらく入っていなかったことと着替えが少ない事を話したところ。

 

「不潔です! 今すぐ入ってきて下さいっ!」

「服は俺のを貸しますよ。小さいと思いますけど」

「溜まってる服、全部出してね。洗濯しておくから」

 

 と、こんな感じで有無を言わさず押しきられた。一張羅のズボンも洗濯中のため、ポケットから出しておいた人形を炬燵(コタツ)テーブルに置く。すると、異変に二人はすぐに気が付いた。

 

「あれ? 綺麗になってる?」

「ホントだ、どうしたんですか?」

「お前たちと同じくらいの三人組の女に......」

 

 言い掛けたところで、襖が開いた。入ってきたのは、もちろん義之(よしゆき)――それと、複数の客人。

 

「こんばんはー。お邪魔しま......あれ?」

「お邪魔......あら」

「あっ、あ~っ!」

「お前ら」

 

 来客は、昼間に会った三人組の少女たちだった。

 

「こんばんは。雪村(ゆきむら)さん、月島(つきしま)さん、花咲(はなさき)さん」

「先輩方、こんばんは」

「みんなは、国崎(くにさき)くんを知ってるの?」

 

 不思議そうに首をかしげる音姫(おとめ)が、三人に尋ねた。

 

「へぇ~、そうだったんだね」

 

 全員でテーブルを囲んで、義之(よしゆき)の作ったカレーを食べながら経緯を説明。まあ、話したのは小恋(ここ)(あかね)だけど。話しの間に俺と(あんず)は、二杯目のカレーをを平らげた。

 

「おかわり」

「私も」

「はやっ! だけど、国崎(くにさき)さんの人形劇が繁盛してたなんて信じられないです」

「フッ......」

「むっ、なんですか? その人をバカにしたような笑いは?」

 

 冷静を装っているが少しイラついたのが、俺にはわかる。そんな由夢(ゆめ)に対して俺は、三杯目のカレーを食べながら大々的に勝利宣言を行う。

 

「おばべば――」

「食べながら喋らないでくださいっ!」

「そうだよ、国崎(くにさき)くん。お行儀が悪いよ?」

 

 姉妹に注意されてしまった。飲み込んで改めて勝利宣言をすると、由夢(ゆめ)は怪しいと言いたそうな視線を向けてきた。まったく、失礼な奴だ。

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょう」

 

 夕食後駄弁っていた中で、(あんず)が立ち上がった。合わせて、一緒に来た二人と義之(よしゆき)も立ち上がる。

 

「うん、そうだね~」

義之(よしゆき)、ご馳走さまー」

「お粗末さま。外まで送ってくる」

 

 音姫(おとめ)が洗い物をしている間、由夢(ゆめ)に新しい人形劇を見せつけてやることになった。

 

「どうだ? スゴいだろ? 楽しいだろ?」

「まあ、昨夜(ゆうべ)よりは。他に出来ないんですか?」

「......ああ、出来るさ!」

 

 由夢(ゆめ)の無茶ぶりに答えるため、とりあえず手元にあった歯ブラシを一緒に動かしてみる。

 

「うわぁ~......」

「ほら、見てごらん。毛先の一本一本が独立して蠢いているね。まるで毛虫の様だね。そこの可愛いお嬢さん、触ってみるかい?」

「続けるんですか?」

「......寝る」

「ハァ、それにしても兄さん遅いですね」

 

 時計を見る。四人が玄関へ行ってから二十分ほどが経っていた。確かに、遅い。洗い物を済ませた音姫(おとめ)が居間に戻ってきてから、五分後。

 

「ただいまー」

 

 義之(よしゆき)が、帰ってきた。結局、雪月花(せつげっか)を、バス停と、家までそれぞれ送り届けた来たらしい。因みに雪月花(せつげつか)は、雪村(ゆきむら)(あんず)月島(つきしま|小恋《ここ)花咲(はなさき)(あかね)の頭文字から取った三人娘の通称。

 そして帰ってきた義之(よしゆき)の手には、ノートの様な物が握られていた。それは「クリパ」の......風見学園で行われる学園行事「クリスマスパーティー」で、義之(よしゆき)のクラスがやる出し物、人形劇の台本とのことだった。昨夜、練習すると言っていたのは劇の前半部分までの仮台本で、今持っているのは、完結まで書かれた本台本ということらしい。

 

「ねぇ、エト」

「なんだい、シャル」

「エトは、クリスマスにサンタさん――」

 

 音姫(おとめ)義之(よしゆき)は、読み合わせを始めた。二人の読み合わせを聞く、由夢(ゆめ)。人形劇と散策で疲れていた俺は、先に客間に戻って目を閉じた。

 

         *  *  *

 

 暗闇の中、誰かが立っている。

 周囲が徐々に明るくなってきた。人の後ろ姿だ。

 ――誰だ?

 俺は、その誰かの背中に声を掛けた。

 そして、次の瞬間、俺は......現実に引き戻された。


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