D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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義之 ~lojical choice~

 音姫(おとめ)の質問に答える事が出来なかった俺は、強引に音姫(おとめ)を連れて桜公園を出て、家まで送っていった。

 

「じゃあな、ちゃんと夜飯食って、ちゃんと寝ろよ?」

「......おやすみなさい」

 

 音姫(おとめ)が家に入ったのを見届けてから、目を閉じて大きく息を吐く。

 ――結局、俺には何も出来ないのか......。

 見上げた夜空に瞬く満天の星々が憎らしく思えてしまうほど、今の俺の心は穏やかじゃない。

 その理由(わけ)は、わかっている。

 音姫(おとめ)由夢(ゆめ)の涙。二日続けて見た、ふたりの姉妹の涙が脳裏に焼き付いて離れないのが原因だった。

 

『くそっ......』

 

 頭を掻いて、世話になっている隣の芳乃家へ帰る。

 白衣のポケットに両手を突っ込み、若干俯きながら敷地の門を潜った時だった。

 

『おわっ!』

 

 小学生くらいの二人の子ども(男女)が、中庭の方から飛び出して来た。ぶつかりそうだったのを寸でのところでかわす。

 

『おい待て、こらっ!』

 

 呼び止めたが、子どもたちは完全に俺の存在を無視して敷地の外へ走って行った。

 

『なんだ、アイツら......』

 

 こんな夜に、小学生くらいの子どもが二人、しかも他人の家の庭から何をしてたんだ。まあ、いい。考えるのも面倒だ。少し立ち止まったが、気を取り直して、玄関の戸に手をかける。

 

『ん?』

 

 戸には鍵が掛かっていた。帰りが不規則なさくらや、朝倉姉妹が夕食を食べに来ることから、義之(よしゆき)は普段からあまり鍵を掛けない。

 珍しいな、と思いつつ呼び鈴を鳴らすも。しばらく経っても中から反応は返って来ない。その代わりに、子どもたちが出てきた中庭から声が聞こえた。

 

『こんにちは』

『ども』

 

 中庭へ回ると、落ち着いた色の着物を着た気品のある婆さん縁側に座っていた。その婆さんは、俺に座るように促す。若干戸惑いながらも、隣に用意された座布団に座る。

 

『いい天気ね』

『はあ?』

 

 日も出てないのにいい天気も何も――って、嘘だろ? 俺は、自分の目を疑った。

 見上げた空には、ついさっきまで瞬いていた星々が消え。その代わりにまばゆい太陽が輝き、降り注ぐ穏やかな日差しと、心地よい風が縁側を吹き抜けていく。

 

『......夢か?』

『へぇ~、いいカンしてるのね。そう、これは夢』

 

 ――夢? 俺は、いつの間に寝たんだ。それとも、枯れない桜の前で見た夢と同じで、枯れない桜が何らかの意図をもって、俺に夢を見せているのだろうか。

 

『それで、あんたは誰だ?』

『あら? わからないの?』

 

 そう言われても、俺に婆さんの知り合いは居ない。完全に初対面のハズだ。

 とりあえず、婆さんの顔を観察する。白髪混じりの長い金色の髪をかんざしでまとめ、さくらやサクラと同じ綺麗な蒼い目をしていた。

 どことなく、さくらよりもサクラに似た容姿に思えた。

 

『まさか、サクラか?』

『サクラ? ああ~、あのすごーくかわいい美少女の事ね!』

 

 何故か、サクラの容姿をべた褒めしているような気がするが気のせいだろうか。

 婆さんは、否定もしないが肯定せずに黙っている俺を見てつまらなそうな表情で言った。

 

『でも残念外れ、あの娘と私は別人。私は、さっきあなたが見た子ども......さくらと純一(じゅんいち)のお婆ちゃん』

『さくらと純一(じゅんいち)......』

 

 言われてみれば、すれ違った女の子の方は髪型がツインテールだったものの姿形は、俺の知っているさくらそのものだった。雰囲気は子どもだったけど。

 純一(じゅんいち)が学生時代に夢で会った『ばあちゃん』ってのは、きっと、この婆さんを差しているんだろう。その婆さんの表情(かお)が、悲しげな表情に変わった。

 

『私の可愛い孫たち。あの子、さくらね、昔虐められてたのよ。だから、孫娘のためにと思って植えた桜が、純一(じゅんいち)の孫娘たちを悲しませることになるなんて因果なモノね』

 

 最初の枯れない桜は、この婆さんが植えた桜。

 

『あなたにも、迷惑をかけちゃってるし』

『いや、俺は別に......って、わかるのか? あんた、死んでるんだろ?』

『ええ、私はもう、この世には居ない。死んでいるわ』

『じゃあ、どうして――』

『説明するのもかったるいわね。そうねぇ、あ、ほら、私魔女だから』

 

 方術(ほうじゅつ)の事を何処で知ったのかを誤魔化したさくらと同じような返答。魔女ってのは思わせ振りなことを言っておきながら核心は話さない厄介な種族らしい。

 

『で、その魔女様が、俺に何の用だよ』

『謝罪とお礼。それから、こうして話すことがあの娘たちの......あなたへの助力になると思って。ずっと悩んでいるでしょ?』

『......ああ』

 

 全部お見通しな訳か。

 少し悔しいが、婆さんの言うことは的を射てる、俺には、枯れない桜のことを常時相談出来る相手が一人もいない。音姫(おとめ)はふさぎ込んでいるし、大丈夫と言った手前、由夢《ゆめ》には弱味を見せたくはない。だが、桜を植えた張本人のさくらと純一(じゅんいち)の婆さんなら、何か打開策を示してくれるかもしれない。

 

『実際問題俺にだって、どうすればいいかなんてわからない。いっそのこと、このまま逃げ出そうとか頭を過るさ』

『それは、しょうがないことよ。誰だって傷つきたくないもの。みんな同じ』

『何か、策は無いか?』

『策、ね。無いこともないわよ』

 

 婆さんは、人差し指を口元に当てて微笑んだ。

 その仕草と笑顔に、サクラの姿がダブって見えた。

 

『あんた......』

『ん、なーに?』

『いや、何でもない。それで、その策ってのは?』

『いちから説明するのは時間がかかるし、かったるいわね。要点だけ簡単に言うと、コインの裏と表。それと同じ様に、物事の原因と解決策は案外近い位置にあったりするものよ』

 

 婆さんは、めんどくさそうに答えると俺の背中に手を添える。

 

『なんだよ?』

『枯れない桜に原因があるなら、答えも枯れない桜にあるかもってことよ。じゃあ、あの子たちのこと頼んだわ、よろしくね~』

『あん? なっ!?』

 

 背中の添えた手に力を入れて縁側から突き落とした。地面にぶつかると思った瞬間、地面は消え去り、俺は眩しい光の中へ落ちて行った――。

 

 

           * * *

 

 

「――って、殺す気かッ!?」

「わぁっ」

 

 女の声。さっきまで話していた婆さんとは違う声が、近くで聞こえた。

 

「もう、脅かさないでくださいっ」

「ハァハァ......。由夢(ゆめ)?」

 

 荒れている呼吸を整えながら、声の主に目をやる。

 義之(よしゆき)が誕生日にプレゼントしたパジャマを着た由夢(ゆめ)が、座布団に座っていた。

 

「落ち着きましたか?」

「......ここは――」

 

 辺りを見回す、見覚えのある部屋。俺が世話になっている芳乃家の客間だった。どうやら俺は、客間に敷かれている布団の上で寝ていたようだ。

 

「スゴい汗。ちょっと動かないでください」

「あ、ああ......」

 

 枕元にあるタオルで額から滴るほどの汗を拭ってくれる。

 由夢(ゆめ)はタオルを元の位置に戻すと立ち上がって、客間を出ていった。

 

「お姉ちゃん呼んできます。横になっててください」

 

 俺は言われた通り横になり頭の後ろで両手組み、婆さんとのやり取りを思い返していた。

 ――原因と解決策は案外近くにある......か。

 あの言葉を聞いた俺は、枯れない桜に関係していることを(いち)から振り返った。最初に思い浮かんだのは、さくらとの出会い。

 

 そう、それが、すべての始まりだった。

 

 さくらからは、枯れない桜の真実。

 そして、桜に込められた願いと贖罪を聞いた。

 次は――サクラだ。

 サクラは、まさに神出鬼没。唐突に現れては訳のわからないことを言って、気付けば姿を消してしまう。まるで夢のような存在。

 そして何より、あの言葉――。

 

『覚めない夢は無いわ。いつか必ず目覚めの時を 迎える。その時を、キミに見届けて欲しい。そして願わくば、あの子たちの支えになってあげて』

 

 そうだ。サクラは、未来に起こるを常に予言していた。サクラの言葉が全て正しく必ず歩む未来だとしたら......。

 

「覚めない夢は無い、目覚めの時を――」

 

 サクラの言葉を前提にした場合、あることに気がついた。ガバッと勢いよく身体を起こし、考えをまとめる。

 

「......桜が枯れることは、どうあっても避けることの出来ない規定事項で。それに、支えてあげてってことは......」

 

 桜が枯れ、夢が覚めた先に何をするか何が出来るかは、全て俺次第ってことか。もしかしたら打開策を見つけることが出来るかもしれない、そう思ったとき襖が開いた。

 客間に入ってきたのは、由夢(ゆめ)音姫(おとめ)。何故か泣き出しそうな表情(かお)をしている音姫(おとめ)は、由夢(ゆめ)が座っていた座布団に腰を下ろした。

 

「もう平気なの? どこも痛くない?」

「はあ? 何が」

「覚えていないんですか?」

 

 よくわからないが、音姫(おとめ)が泣きそうなのは俺に原因があるようだ。

 

国崎(くにさき)くん、(うち)の前で倒れたんだよ」

 

 自覚はまったくない。ただ気がついたらいつもの客間で寝ていた。違和感があるとすれば、由夢(ゆめ)が居たことくらいだ。

 

「家に入ってすぐ外から物音が聞こえて、玄関を出たら......」

 

 塀にもたれる形で意識を失っていた。音姫(おとめ)はすぐに義之(よしゆき)を呼びに行って、介抱してくれたらしい。

 

「きっと疲れていたんですよ。前にも上の空だったことあったし」

「......ごめんね」

「どうして、お前が謝るんだよ」

 

 まるで自分の責任と言わんばかりに申し訳なさそうに謝る音姫(おとめ)だが、原因は俺に助言するため、夢に現れたあの婆さんだろう。

 

「だって、送ってくれた直後だから......」

 

 桜公園で弱音を吐いて困らせた、とでも思っているんだろか。

 

「大袈裟だな。寝てたっていっても一時間そこそこだろ」

 

 目覚まし時計の針は、八時過ぎを表示している。冬場で日が沈むのも早い。音姫(おとめ)を送ってきたのは、午後七時前くらいのハズだ。が、呆れ表情(かお)由夢(ゆめ)がタメ息をついた。

 

「なに言ってるんですか、違いますよ」

「ん、朝の八時か? それにしちゃあ暗いけど」

 

 雨戸でも閉めているんだろうか、客間には照明が灯っている。

 

「ううん、今は、夜の八時だよ」

「どこまで惚けるんですか。国崎(くにさき)さんが倒れたのは、昨日の夜ですよ」

「昨日の夜? ってことは......丸一日?」

「そうです。まったく、なかなか起きないから兄さんも心配していましたし。お姉ちゃんなんて、学校を休んで付きっきりだったんですから」

「......そっか。悪かったな、音姫(おとめ)

 

 と、言ったタイミングで腹の虫が豪快に鳴いた。

 

「腹へった......」

「はぁ~......もう大丈夫みたいだよ。お姉ちゃん」

「あ、あはは、そうだね。用意するね」

 

 ――仕方ないだろ、三食も飯を食い損ねたんだ。

 音姫(おとめ)由夢(ゆめ)は、席を立ち夜飯の用意をしている義之(よしゆき)の手伝いにいった。俺も寝汗で湿った服を着替えて、居間へ向かう。

 襖をあけると炬燵(コタツ)の上の、豪華な食事が並んでいた。由夢(ゆめ)よると今朝も夕食と同じく豪華だったらしく。何か企んでいるんじゃないかと怪しむ由夢(ゆめ)に、義之(よしゆき)は「日頃の感謝の気持ちかな」と答えたそうだが――。

 その言葉の真意は、姉妹が帰った後に判明した。

 

国崎(くにさき)さん、いいですか」

「なんだよ」

 

 炬燵(コタツ)でテレビを見ていると真剣な顔付きで義之(よしゆき)が話しかけてきた。テレビから視線を外して、義之(よしゆき)と向き合う。

 

「今朝、さくらさんに会いました」

「さくらっ!?」

 

 反射的に思わず聞き返した。自分でも驚く程の大きな声で。

 

「はい。て、言っても夢の中でです」

「......夢かよ」

 

 取り乱して損した気分だったが、義之(よしゆき)の話しには続きがあった。

 

「俺、他人の夢を見ることがあるって前に話しましたよね。その夢で、さくらさんに会ったんです。それで全部聞きました。枯れない桜の事も、俺のことも......」

 

 親子の絆とでも言うのだろうか。

 はからずも今、さくらは枯れない桜の中で夢を見ている。その夢と義之(よしゆき)の他人の夢を見る力と繋がり、そして、全てを知った。知ってしまった、己の出生の真実を。

 

「俺、明日、枯れない桜のところへ行ってきます」

「......まさか、お前!」

「はい。桜を枯らします。それが正しい選択だと思うから......」

 

 

           * * *

 

 

 翌朝俺は、普段もよりも二時間以上も早く起きた。

 着替えを済ませ、居間に入る。隣の台所では既に起きていた義之(よしゆき)が、朝食の準備を始めていた。出来上がった料理を炬燵(コタツ)に運んで、二人で朝飯を食べる。

 義之(よしゆき)は遅刻ギリギリが多いこともあって、二人だけで朝飯を食べるのは今日が始めてだった。なんだか新鮮だ。

 因みに今日の朝飯も豪華。

 音姫(おとめ)由夢(ゆめ)の分は、綺麗にラップ保存してある。普段より早い朝飯を食べ終え、食後のお茶を飲む。義之(よしゆき)は、懐かしむように居間を眺めながらゆっくりとお茶を飲み干すと、炬燵(コタツ)に手をついて立ち上がった。

 

「じゃあ、行ってきます」

「まだ、いいじゃないか。せめて――」

 

 ――あいつらが来てからでも......、と言おうとしたら、義之(よしゆき)はテレビの電源を入れた。

 映し出された番組は地元ニュース。初音島では昨夜もまた原因不明事故が発生したとアナウンサーが現場の中継を挟んで報道している。

 

「今は、まだ軽いケガだけですんでますけど。もう時間はないです」

「決意は変わらない、か」

 

 俺は、まだ何も打開策を見出だす事が出来ていない。俺は無力だ。そんな俺に今出来る事があると言うのなら、それは見届ける事だけだろう。

 玄関を出て鍵を掛ける。いつもの通学路を歩き風見学園の正門前で一度足を止めた。

 

「......よし、行きましょう」

「もういいのか?」

「はい」

 

 再び歩き出す。

 少しして桜公園へ到着。公園の奥へ進み枯れない桜がそびえ立つ広場へ。

 枯れない桜の前に思わぬ先客が居た。

 

「弟くん......」

 

 風見学園本校の制服を着た少女――音姫(おとめ)だった。

 

音姉(おとねえ)、どうして......?」

「何となく弟くんがここに来るような気がしたの」

「そっか。......音姫(おとめ)、そこ通してくれる」

「ダメっ!」

 

 音姫(おとめ)は両手を広げて、枯れない桜の前へ行こうとする義之(よしゆき)の行く手を阻む。

 

音姉(おとねえ)――」

「来ないでっ! それ以上、そばに来ないで......」

音姉(おとねえ)、聞いて......」

 

 顔を伏せて懇願する音姫(おとめ)義之(よしゆき)は、優しく抱き締めた。

 俺には、何を言っているのか聞こえないが耳元で何かを囁いているように見える。

 

「弟くん、ずるいよ。ほんと......ずるい」

「ごめん」

 

 義之(よしゆき)の謝罪と共に音姫(おとめ)は、背を向けて枯れない桜に手をついた。

 

「............っ」

音姉(おとねえ)?」

 

 音姫(おとめ)の身体から力が抜けた。――まずい。これはあの時と同じだ。

 

「ダメだ! 義之(よしゆき)音姫(おとめ)を引っぺがせッ!」

「えっ......?」

「くそっ!」

 

 突然の事に固まる義之(よしゆき)を押し退けて、俺は音姫(おとめ)の身体を抱き止めて枯れない桜から引き倒した。

 

音姫(おとめ)、大丈夫か!?」

「はあ......はあ......うぅ......っ」

 

 呼吸は乱れ、顔も青ざめている。あと一瞬遅かったら危なかった事を物語っていた。

 

音姉(おとねえ)、大丈夫? 国崎(くにさき)さん、これは......?」

「たぶん、あの日のさくらと同じように枯れない桜に取り込まれそうになったんだ」

「そんな、どうしてっ!?」

 

 ――もしかしたら、覚悟を決めるのが遅すぎたのかもしれない。制御はもちろんのこと枯らすことすら出来ないほど、枯れない桜の魔力は増大しているのか。

 

「わからん。だが、決断するのが遅すぎたのかもしれない」

「......国崎(くにさき)さん、音姉(おとねえ)を、由夢(ゆめ)をお願いします」

義之(よしゆき)、お前......」

 

 義之(よしゆき)は、立ち上がり枯れない桜の幹に手のひらをついた。

 

「おい、止めろ!」

「大丈夫です。枯れない桜(こいつ)は俺だから......」

 

 ――......今まで、ありがとう。

 義之(よしゆき)のお礼の言葉。

 それを合図に枯れない桜の花びらは全て散り果て――枯れない桜は枯れた。

 

 そして――義之(よしゆき)も忽然と姿を消してしまった......。

 

 


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