D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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音姫 ~witch of justice~

 風見学園へ続く桜並木を歩きながら隣にいる由夢(ゆめ)に、由夢(ゆめ)が見るという予知夢について訊いた。

 

「お前が、予知夢を見始めたのは枯れない桜が咲いてからか?」

「違いますよ。桜が咲く前に、兄さんが(うち)に住むようになる夢を見ました」

 

 ――由夢(ゆめ)の予知夢は、枯れない桜に与えられた力じゃないって訳か。なら俺の法術(ほうじゅつ)と同じく生まれつき持っている力ってことだな。

 まあ由夢(ゆめ)の祖父、純一(じゅんいち)も魔法使いの血を引いているんだから予知夢を見るのも不思議じゃないのかもしれない。

 

「じゃあ由夢(ゆめ)は魔法使いなのか?」

「う~ん......どうかな? 私は、ときどき受動的に予知夢を見るだけですし」

 

 意識して見ようと思っても見れません。と付け加えた。知りたい未来を自由に見れる訳ではなく、由夢(ゆめ)が経験する未来を、時期など関係なく無作為に見せられるとの事だ。

 

「あっ、でも私のお母さんは()()()使()()()魔法使いだったんですよ」

「マジか?」

「マジです。小さい頃に見せてもらいました」

 

 ――魔法を使える魔法使い、ね。言葉としてはおかしく感じるけど、由夢(ゆめ)の見る無作為な予知夢と違って実際に意識して魔法を使えるということらしいが、もしかしたら......。

 今俺の頭に浮かんだ考えが当たっているのなら、純一(じゅんいち)の言っていた言葉の意味が解明する。

 

「――音姫(おとめ)も魔法を使えたりするのか?」

「お姉ちゃんですか? う~ん......言っちゃってもいいのかなー? まあ国崎(くにさき)さんにならいっか」

 

 風見学園が近づくにつれて増えてきた生徒の耳を避けるように、通学路を少し外れた公園のベンチに座ると、由夢(ゆめ)は「オフレコですよ?」と口先に人差し指を立てた。

 

「お姉ちゃんもお母さんと同じで魔法を使える魔法使いです」

 

 やはり俺の考えは当たっていた。

 さくらが消えた翌朝、純一(じゅんいち)が言った『あの娘に背負わせる』のあの娘は――おそらく音姫(おとめ)の事。

 純一(じゅんいち)が制御に失敗した場合、枯れない桜の暴走を止める事ができる可能性を持つ唯一の人物が、魔法を使える音姫(おとめ)だけということになるんだろう――確かに残酷だ。

 

(うち)の家系は魔法使いが多いみたいで、おじいちゃんも手のひらから和菓子を出せるんです」

純一(じゅんいち)も出せるのか」

 

 さくらが純一(じゅんいち)に貰った和菓子は魔法で出した和菓子だったのか。

 

「おじいちゃん()ってことは兄さんが出せるの知ってるんですね。お姉ちゃんも出せるんですよ」

 

 ――二人とも秘密にしてますけど......。と、面白くなさそうに呟いた。音姫(おとめ)義之(よしゆき)も魔法を使える事を由夢(ゆめ)に隠しているみたいだ。それでオフレコって事か。

 

「さあ行きましょう。遅刻しちゃいます」

 

 反動をつけてベンチから立ち上がり、俺に向かって身を翻した。

 頷いて通学路に戻り数分、風見学園の正門前に到着。聞き覚えのある声が、わざと俺たちに聞こえるトーンで背中から聞こえてきた。

 

(あんず)さーん、あの二人どう思いますか~?」

「ふふっ、当然アレよ」

「アレだよね~」

 

 雪月花(せつげっか)の『雪』と『花』は、並んで歩いている俺たちをどう弄り倒そうか面白がっている。

 そんな(あんず)(あかね)に対して、俺と由夢(ゆめ)は示し合わせた様に無視を決め込んだ。

 

「学校帰りに商店街でお買い物してたり、前から怪しいと思ってたけどぉ~」

「ええ、あの時より一歩距離が近いわ。二人の仲は、既に深い男女関係......日本海溝よりも深い関係へ発展しているわね。夜になると同居人の目を盗んで......」

「いやぁ~んっ」

 

 好き勝手言っている二人のアホトークを無視して、付属昇降口の前に到着。いつもと同じくここで由夢(ゆめ)と別れる。

 

「じゃあな、由夢(ゆめ)

「はい。あ、そうだ、兄さんに会ったら伝えてください。今朝の件は今夜ゆっくり聞かせてもらいます、って」

「伝えておく」

 

 由夢(ゆめ)の笑顔が怖い。

 ――今朝の件、とは。桜公園から帰って朝飯を食べている時に「純一(じゅんいち)と何を話していたんだ?」と訊いたところ。義之(よしゆき)は、聞かれたくなかったのか由夢(ゆめ)に一瞬目をやってからはぐらかし、それを不信に思った由夢(ゆめ)の追求を「日直だったの忘れてた! 戸締まりお願いします!」と言って逃げだした。

 その行動が更に由夢(ゆめ)の不信感を買ってしまったみたいだ。

 

「もぅ~っ! 構ってよーっ!」

 

 背中から抗議の声。無視を決め込んでいたのを忘れてた。後からネチネチ言われるのも面倒だ、仕方なく相手をしてやることに。

 

「ん? なんだ、お前ら居たのか」

「居たのか? じゃないですよーっ」

 

 (あかね)は頬を膨らませ。(あんず)は、待ってましたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべた。なにやら面倒な事になりそうだ。

 

「ふふっ、違うわ、(あかね)

「ん~?」

「狙いは、私たちを無視し続けた時の反応よ。つまり放置プレイを楽しんでいたのよ」

 

 ――違う。(あんず)の思考は斜め上だった。

 しかも性質(タチ)の悪い事に、否定しようが、肯定しようが、どちらにせよ(あんず)の思う壺と言うこと。

 

雪村(ゆきむら)先輩、花咲(はなさき)先輩、おはようございます」

「おはよー、由夢(ゆめ)さん」

「おはよ」

「私、日直ですので失礼します」

 

 危険を察知したのか由夢(ゆめ)は、軽く会釈をすると早足で昇降口へ消えた(......上手く逃げやがった)。残された俺は、二人の目が由夢(ゆめ)に向いているうちに身を翻し背中を向ける。

 

「さて、俺も舞佳(まいか)に頼まれ事をされてたんだ。じゃあな!」

 

 片手を上げて、颯爽とこの場を離脱。

 

「あっ、逃げた~!」

「逃げたわね。仕方ないわ、小恋(ここ)に変えましょ」

「ふぇっ!?」

小恋(ここ)ちゃん、おはよ~。今日の下着は何色かな~?」

「いきなり、なに!?」

「その反応は黒ね」

「ち、ちがうよーっ」

「じゃあ紫? もう小恋(ここ)ちゃんってばぁ、お・と・な」

「そんなの穿かないよっ。今日はっ......。言わないもんっ」

 

 (あんず)の声の近くで小恋(ここ)の声が聞こえた。どうやらタイミング良く(悪く)登校してきたみたいだ。

 俺は、生け贄になった小恋(ここ)に心の中で同情して保健室へと向かった。

 普段通り掃除を済ませて救急箱の補充をしていると、学園中に非常ベルが鳴り響いた。

 

「なんだ? 避難訓練か?」

「そんな予定はないハズだけど。ちょっと確認してくるわ」

 

 状況を把握するため保健室を出て行って間も無く非常ベルが鳴り止む。直後、舞佳(まいか)が慌てた様子で戻って来た。

 

「大変よ、理科の実験中に火が上がったみたいっ」

「マジかよ」

 

 怪我人の有無はまだわからないが、俺たちは救急箱を持って現場へと向かった。事故が起きた場所は、保健室と同じ特別校舎棟内の理科室。

 出入り口のドア付近には、ここで授業を受けていたであろう付属の生徒を本校の生徒会役員が誘導していた。その生徒たちの中に、今朝一緒に登校した女生徒と見覚えのある牛柄帽子の女生徒を見つけ、彼女たちの元へ。

 

由夢(ゆめ)美夏(みなつ)

「あっ、国崎(くにさき)さん」

「おおっ、国崎(くにさき)ではないか」

 

 見た感じ二人に怪我は無さそうだが、念のため確認しておく。

 

「お前たち、ケガはないか?」

「はい、大丈夫です」

美夏(みなつ)も問題ない。クラスの皆も無事だ」

「そっか。授業は、お前たちのクラスなのか?」

「はい、理科の実験中に突然アルコールランプが割れて、それで火が......」

 

 閉じられたドアの小窓から理科室の中を見る。

 消火器を持った数人の教師が火が上がった机を囲む様に確認作業をしていた。火の手が上がったと思われる机の真上には火災報知器が設置されている。どうやら火の熱か煙があれに反応したみたいだ。

 由夢(ゆめ)は俺の白衣の袖を引っ張り、美夏(みなつ)に気付かれない様に小声で話しかけてきた。

 

「あの、これも枯れない桜が......?」

「さあな、わからん」

 

 考えたくないが劣化などが無く突然割れたのなら可能性は高いだろう。やはり純一(じゅんいち)は、上手くいかなかったのだろうか。

 

「ほら、あんたら教室に戻りなさいっ」

高坂(こうさか)先輩」

 

 理科室の近くで話しをしていた俺たちに声をかけてきたのは、生徒会副会長のまゆきだった。

 

「あれ、妹くん? 妹くんのクラスだったの?」

「はい」

「まゆき、音姫(おとめ)は?」

音姫(おとめ)? 音姫(おとめ)なら......あれ? さっきまで居たんだけど。エリカ、音姫(おとめ)知らない?」

 

 残った生徒も由夢(ゆめ)美夏(みなつ)だけになり、撤収作業を始めていたエリカに訊く。

 

朝倉(あさくら)先輩でしたら、気になることがあると生徒会室へ戻りました」

「ありがと、だってさ。さあ妹くんと天枷(あまかせ)は、早く教室に戻って」

「ああ、由夢(ゆめ)、戻ろう」

「はい、失礼します」

 

 由夢(ゆめ)美夏(みなつ)、生徒会もまゆきを残し各々の教室へ戻って行った。

 

「お前は、教室へ帰らなくていいのか?」

音姫(おとめ)が居ないから、先生方の話しを聞かないといけないの。ところで国崎(くにさき)くん」

「なんだ?」

「最近、音姫(おとめ)に何か変わった事なかった?」

 

 真剣な目と声色。まゆきもここ数日の音姫(おとめ)に何か変化を感じているのだろうか。

 

「家に飯を食べに来なくなった」

「ありゃ~......そりゃまた重症だ。あの音姫(おとめ)が、弟くんを避けるなんて」

義之(よしゆき)を?」

 

 まゆきの声からは、どこか確信があるように聞こえた。どうして義之(よしゆき)を避けているとわかるのだろう。

 

音姫(おとめ)、二言目には『あのね、弟くんが――』で話しが始まるんだけど。ここ最近それが無いからさ」

「そりゃ、気になるな」

「そうでしょ。こんなこと今までに一度も無かったから、ちょっと心配で......」

高坂(こうさか)

 

 理科室から、まゆきを呼ぶ教師の声。

 

「はい。じゃあ行くね」

「ああ。まゆき、それとなく探ってみる」

「うんっ。ありがと」

 

 まゆきを見送り、俺は保健室へ戻る。

 俺より後に戻って来た舞佳(まいか)の話しによると、燃えたのはランプの燃料だけで大した被害は無く、幸い怪我人も居なかった。

 肝心のアルコールランプは、新学期に合わせて新しく新調した物であることが判明。火がついた状態で唐突に割れたらしく、落としたりぶつけたり等の強い衝撃を加えた訳では無いそうだ。

 最初からヒビや亀裂が入っていたか等は不明で原因は調査中らしいが、おそらく結論は出ないだろう。

 だから、俺は――枯れない桜へと向かった。

 放課後、風見学園を出て桜公園へ着いた時には、東の空に幾つか星が見え始めた。徐々に暗くなる足下に注意して公園の奥へ奥へと進んでいく。

 枯れない桜の前に風見学園本校の制服を着たポニーテールの女生徒が桜を見上げていた。

 

「よう」

 

 背中に声をかけると彼女の身体がビクっと震えた。彼女は恐る恐るゆっくりと振り向く。

 振り向いた女生徒――音姫(おとめ)は、今にも泣き出しそうな表情(かお)をしている。

 

国崎(くにさき)くん......」

「何してるんだよ? こんなところで」

「............」

 

 体の前で手を組んだまま何も答えない。

 俺は、音姫(おとめ)の横を通って枯れない桜に手を触れた。枯れない桜の中に純一(じゅんいち)の気配を感じる。

 

「......純一(じゅんいち)

「っ!? わかる......の?」

 

 絞り出す様な震える声。

 

「ああ......、何となくな」

「そう、なんだ......。国崎(くにさき)くん、聞いてくれる?」

 

 公園内のベンチに座って音姫(おとめ)の話しを聞く。

 

「今朝、おじいちゃんにお願いされた。もし自分が失敗したら、桜を頼む――。って」

 

 俺が、今朝二人に会う前。もしくは先に桜公園へ行った後の話しか。

 

「信じられないと思うけど、わたし、魔法使いなの」

「そっか」

 

 予め由夢(ゆめ)から聞いていたし驚きも無い。音姫(おとめ)にも、俺が驚かない事に戸惑う様子は見せなかった。

 

「うん、だから、この島の異変を止めないといけないの。だって、私は――『正義の魔法使い』だから」

「『正義の魔法使い』?」

「正義の魔法使いはね、困っている人を助ける正義の味方なのっ」

 

 得意気に胸を張った。だが、それは一瞬ですぐに顔を伏せた。

 

「でも、どうすればいいか分からなくて......。どうして、どっちかしか選べないの......? わかってるんだよっ? この桜は初音島のみんなをっ。今日だって由夢(ゆめ)ちゃんの授業中に......だから、絶対枯らさなきゃいけないのっ。でも......」

 

 足下に涙の粒が幾つも落ち、アスファルトを滲ませていく。

 

「桜を枯らしたら......弟くんが......。私の大好きな人が......」

 

 顔も上げた音姫(おとめ)は、すがるような声で訊いた。

 

 ――わたしは......どうすればいいの?

 

 俺は、その問いかけに答える事が出来なかった。


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